先日、某地方紙に以下の記事が掲載されていました。

「限界集落という呼び方をめぐって議論が起きている。「限界」という言葉の持つ響きが絶望的で、荒涼とした地の果てのようなイメージを与える。住んでいる人たちの気持ちを考えると、呼び方を変えるべきではないかとの声が高まっている▼限界集落というのは、戸数二十戸未満で六十五歳以上の高齢者の割合が半分を超える。過疎と高齢化が集落消滅の寸前まで進む「限界」の実情。その先進地である島根県内には四百集落あり、中山間地集落の一割以上を占める▼この問題について島根県立大学で講演した小田切徳美明治大学教授は改称派の論客。「高齢化率など数値だけが独り歩きして現場を見ようとしない。表面だけ見て限界集落の言葉がはんらんしている」と戒める。その反省もあってか、呼び方を言い換えるところも出ているという▼小田切教授によると、限界集落に代えて「維持・存続が危ぶまれる集落」(国土交通省)、「小規模・高齢化集落」(山口県)と呼ぶ一方、長野県では「生涯現役集落」というのも現れ、京都府綾部市は「水源の里」にイメージチェンジ▼お役所らしく「限界」の定義に沿った説明型もあれば、過疎・高齢化を逆手に取って元気印を掲げ、恵まれた自然環境を誇るネーミングに集落の個性が競い合うかのようだ▼しかし言い換えによるイメージ操作で限界集落の厳しい現実を情緒的に溶解し、曇らせてしまう。その危険性と隣り合わせながら、限界に生きる力を守る郷さとづくり。そこに支援が欲しい。(前)」


ラベリングが与えるインパクトの効果は
この言葉以外にも、ありますし

場合によっては、レッテル張りとかラベリングが
一人歩きする場合もあります。

「限界集落」という言葉に僕自身が興味を持ったのも
「限界集落」の持つ、インパクトに引かれたというのか

大きな理由なのです。


まぁ、インパクトがあるということは
イメージがよろしくないとというのもつながるので

両刃の剣なのですが…


このことについて、
宮崎の東国原知事は

「宮崎県は『限界集落』の呼称を使っていない。『希望集落』のような、中山間地域が元気で明るい未来に向かうイメージの呼称が良い」

といって、
限界集落に代わる呼称を募集しています。

限界集落という語感に
ネガティブイメージを感じ
住民にマイナスな感情をもたせるのは

ナットクをしないわけでもないのですが…


希望集落ですか…



希望集落というセンスは

北海道の市町村に多く残る弥栄などの地名や
デンマーク植民地のグリーンランドにも通じる

イメージのみが先行するように感じるのです。


イメージのみ重視というと
市町村の合併によって
ひらがな地名が増加しているというところとかとも
重なって

なんとなくいやーんな感じがします。


その、いやーんな感じの原因は

問題がすりかえられることで
言葉狩りにつながることや、
問題の本質のすりかえが起きることが

気になることでしょう。


この場合の本質は、過疎の問題です。

過疎をなんとかしたいのならば
住んでいる人の意識の問題もあるでしょうが
当然行政が動かなければならない部分も
大きいでしょう。

ところが、呼称の変更という
きれいなラッピングをすることによって
本質がすりかえられる

そして本質が見えないまま
物事があいまいになっていくことで

思考停止をおこしてしまって
問題が先送りされていく。

そんなことって
スゴい多いですからね。

注意をしなければいけないかもしれません。


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