本日、大祓

本日6月30日は
大祓(夏越の祓)です。

神社の氏子が、茅で作られた大きな輪の中を
左回り、右回り、左回りと
三回通って、汚れを祓う行事が有名ですね。
(こちらは、12月末の年越の祓でも行う神社もありますが)

茅の生命力が神秘的な災いを除く力を持つと
考えられていたことの行事です。


大祓というと、とかく大晦日の一連の行事と連動した
12月末の年越の祓えが有名ですが


6月もあと7時間あまりで終わり
まもなく7月になろうとしている
いわば一年の折り返し点です。

このあいだ、年を越したばかりのような
感じがしていたので

時の流れの速さに
改めて気がつかされるのです。


6月30日オンエアー 第169回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

しばらく、サミット関連の情報をお届けしていましたが

サミットよりも、更に生活に密着する
ニュースが入ってきました。

ここしばらくの道新の記事です。



道議会、支庁改革条例可決 午前4時、議場に徒労感(06/28 14:06)

第二回定例道議会は二十八日早朝、現在の十四支庁を九総合振興局と五振興局に再編合理化する「道総合振興局設置条例案」を本会議で採決し、与党会派の自民党・道民会議と公明党の賛成多数で原案通り可決、閉会した。
 道は来年四月一日の施行を目指しているが、道議選選挙区に関する公職選挙法の一部改正が前提となるため、施行期日はなお流動的だ。
 採決では、自民党・道民会議の藤沢澄雄(日高管内)、石塚正寛(留萌市)、松浦宗信(根室市)の三氏が会派の方針に背いて反対した。いずれも振興局となる地域の選挙区選出だ。一方、民主党・道民連合は「賛否を問う段階まで審議が深まっていない」(幹部)として、全員退席・棄権した。共産党は反対した。
 このほか、会派として反対した中間会派のフロンティアで、八田盛茂氏(小樽市)が賛成に回った。
 高橋はるみ知事は閉会後の記者会見で「過去に思いをいたしながら、前に一歩ずつ進まなければならない。これは北海道の生き残りをかけた改革だ」と述べ、百年間近く続いた十四支庁を再編する意義を強調した。
 このほか、道議の費用弁償を減額する「議員報酬条例改正案」、「アイヌ民族を先住民族と位置づける決議案」など議案十九件と、道路整備に必要な財源の確保を求める意見書案十四件を、いずれも原案通り可決した。
 定例会は二十七日が会期末の予定だったが、道総合振興局設置条例案について審議した同日の道州制・地方分権特別委で、民主党が知事の出席を求めるなどしたため、調整に手間取り、会期を一日延長。閉会が二十八日午前四時五十分までずれ込んだ。
 公選法の改正は、支庁再編後も現行の支庁単位で定める道議選の選挙区割りを維持できるようにするもので、道議会与党が施行の前提条件として求めていた。


支庁改革条例可決 与野党、責任押し付け合い(06/28 14:17)

 第二回定例道議会は、支庁制度改革関連条例案をめぐる与党の自民党・道民会議と野党の民主党・道民連合の攻防で、本会議の採決が二十八日早朝までもつれ込み、五年ぶりの“徹夜議会”となった。与党から造反組が出ることで採決の行方が注目されたが、民主党会派の退席・棄権で、あっけなく幕切れ。後味の悪い結末で、議場には徒労感だけが残った。
 条例案が本会議で採決されたのは、空が白み始めた二十八日午前四時二十分。傍聴席は振興局に格下げとなる日高や桧山管内の住民など百人で埋まったが、ヤジや怒号が飛び交った数時間前の委員会とはうってかわり、静かに審議を見守った。
 民主党の退席方針決定で、圧倒的多数での条例案の可決が確定的となり、緊迫するはずの本会議場は、居眠りやあくびを続ける議員の姿が目立った。
 「審議を引っ張るだけ引っ張っておいて、最後は逃げた」「無責任野党そのものだ」。本会議終了後、自民党の会派控室では、民主党への恨み節があちこちから聞こえた。
 一方の民主党側も「支庁再編に対する道の熱意が最後まで伝わってこなかった」「自民党は条例案の中身よりも、知事のメンツをつぶさないことを優先させた」と反論。それぞれ徹夜議会の責任をなすりつけ合った。
 道議会の論議が日付をまたいで徹夜議会となったのは、堀達也前知事時代の二〇〇三年三月、産業廃棄物循環的利用促進税(産廃税)条例案を採決、否決して以来。
 同年四月に発足し、現在二期目の高橋はるみ道政下では初めて。振興局に格下げとなる地方からの根強い反対の声に加え、昨年四月の道議選で、自民党が議席を減らす一方、民主党が議席を伸ばし、与野党の勢力が接近したことが、徹夜議会となった背景にある。


支庁再編きょう可決 自民「造反なら処分」(06/27 06:59)

 十四支庁を九総合振興局と五振興局に再編する支庁制度改革関連条例案は、道議会会期末となる二十七日の本会議で、与党会派の自民党・道民会議と公明党などの賛成多数で可決する見通しとなった。二十六日に自民党が条例案への賛成を機関決定したほか、公明党も賛成する方向で最終調整している。
 同日開かれた自民党の議員総会では、原田裕会長が、決定に背いた「造反議員」を規約にのっとって処分対象とすることを明言。地方の反発が根強いことについては「(支庁再編で)影響を受ける地域への具体的対策の実行に私としても、会派としても責任を持つ」と述べ、理解を求めた。
 振興局に格下げとなる選挙区選出の三人が条例案に反対する意向を明言したが、同会派からの反対が五人以下なら、採決の結果には影響しない状況だ。
 第二会派の民主党・道民連合も同日、条例案に対する対応を協議。同条例案が付託されている道州制・地方分権特別委員会で、あらためて高橋はるみ知事の出席などを道側に要求することを決めた。条例案には反対する方向だが、会派としての判断は二十七日に持ち越した。
 公明党は二十七日の議員総会で賛成を機関決定する方向。中間会派のフロンティアは反対する見通しだが、一部は賛成もしくは棄権する可能性がある。
 一方、二十六日の道州制・地方分権特別委は、各会派の内部協議などの影響で開会が同日夜まで遅れ、実質審議を翌二十七日に持ち越した。
 道側が、民主党の要求に苦慮していることもあり、条例案の委員会採決と本会議開会が、大幅に遅れる可能性も出ている。


支庁再編可決 これが百年の計なのか(6月29日)

 現在の十四支庁を九つの総合振興局と、その出先となる五つの振興局に変える支庁再編の条例が、道議会で自民、公明の賛成多数で可決された。
 百年続いた仕組みを変える条例だ。北海道の将来を見据えた「百年の計」とすべき見直しだろう。
 それにふさわしい、内容の濃い検討と議論を踏まえての可決だったのか、強い疑問が残る。
 振興局となって道職員が減る地域は過疎に拍車がかかる。再編で痛みを強いられる。
 地域の反対を置き去りにして与党は採決を決め、民主は棄権した。議論すべきことはまだあった。責任ある対応とは言い切れまい。
 道の姿勢にはそれ以上に反発が強い。何より、不信を募らせる地域と道の間に亀裂が生まれ、対話も滞りかねないことを憂慮する。
 道と市町村、地域のかかわり方を見直し、道内での分権を進めるはずの見直しが逆に市町村との対話を閉ざすものになりかねない。
 改革の意義が揺らいでいる。
 高橋はるみ知事は「北海道の生き残りをかけた改革だ」と強調した。しかし、生き残りを言うなら過疎の地域こそ深刻ではないか。
 知事はこれから難しい舵(かじ)取りを担わねばならない。その重さをしっかりと認識すべきだろう。
 道は来年四月の再編実施を目指している。それまでに、反対する地域の理解を得られない場合でも、見切り発車するのだろうか。
 今度こそ地域が納得できる対応を地域に示さねばなるまい。そのうえで十分に話し合い、それでも合意が難しければ実施を遅らせる決断があってしかるべきだ。
 早急に示すべきなのは、知事が約束した地域振興条例の具体的な中身だ。振興局の新しい組織、職員削減数、それにかかる年数などの詳細も必要になる。
 分権と並ぶ再編の狙いは道の行財政改革だった。財政悪化の負担をどれだけ地域にツケ回しするか。そう取られることを懸念したのか、詳細は後回しになっていた。
 道議会の議論の前提と言える、こうした内容すらまだはっきりしていなかった。地域の怒りはもっともで、あきれるばかりだ。
 条例の可決より、これから地域の理解を得て進める方がよほど難しい。地域の痛みを分かち合う対応を示さない限り、失った信頼を取り戻せはしない。
 北海道と地域の将来構想をもとに道の組織や市町村との関係、行財政改革の進め方を考える−。この原点を忘れ、道の機構改革で終わるなら地域の切り捨てでしかない。

北海道の行政組織が
100年ぶりに大きくかわるというのに

それほどの論議がないという批判もありますが


そもそも、支庁に代表される
北海道の行政組織と本州の行政組織が違うのは

どのような歴史時経緯があったのでしょうか。

1868年(明治元年) に、
新政府は蝦夷地に箱館裁判所を置くことを決めて、
直ぐにその名を箱館府と改めました。

但し、戊辰戦争のひとつ函館戦争によって
「蝦夷共和国」が成立をしたために
すぐに蝦夷地は新政府の下に統一されなかったのは
過日、番組でもお話をし、当ブログでも
話題にしました。

箱舘戦争の終結、すなわち榎本武揚総裁の五稜郭の降伏後、
蝦夷地は1869年(明治2年)に北海道と改称され、
11国86郡がおかれました。

11国は以下の通り

渡島国 後志国 胆振国 石狩国 天塩国 北見国
日高国 十勝国 釧路国 根室国 千島国


現在の富良野市周辺は、石狩国にあたりまして

札幌郡 夕張郡 樺戸郡 空知郡 雨竜郡 上川郡
厚田郡 浜益郡 の8郡がおかれました。

現在の石狩・空知・上川が、全部
石狩国だったわけです。



その後、館藩(松前藩)領以外を管轄する
開拓使が設けられてから北海道の開拓は本格化しました。
1870年(明治3年)、根室国の花咲郡、根室郡、野付郡が
東京府に編入されたが、同年末に廃止。


明治4年(1871年)廃藩置県が行われ
最初はほとんどの藩が県になったことで
館藩の旧領(爾志郡・檜山郡・津軽郡・福島郡)に
館県が設置されます。

同年9月 館県は道外の弘前県などと合併、
弘前県(青森県)の一部となり消滅。

明治5年(1872年)10月 福島郡など四郡(旧館県)が
青森県から開拓使に移管しました。

渡島半島の南部が開拓使に移管することで
北海道全域が開拓史の所管となります。


開拓使は当時の民営化の国策に乗っかるかたちで
1882年(明治15年)に廃止され、
代わりに函館県、札幌県、根室県の3県が
設けられることになりました。
しかし、行政効率の悪さから1886年(明治19年)には
再び統一行政機関として北海道庁が置かれるようになりました。


また1878年に郡区町村編制法が出されまして
いままでは、地理的な区分にすぎなかった郡が
行政機関として復活しました。

この法律は、いわゆる三新法の一つですが
府県の下に郡を置いて、郡長を任命する事を定めました。
この制度下の郡は自治体ではなく、
郡長以下は中央政府の官僚でした。
郡の役人が勤務する役所は、郡役所といった。

1890年に郡制が公布され、
郡は府県と町村の中間の地方公共団体として規定され、
郡会が置かれ、郡会議員が選挙されました。

その後1921年には郡制廃止法が発布され、
1923年に郡会が廃止され、1926年に郡長と郡役所が廃止されるまで
郡は行政組織として機能をしていたのです。


一方、北海道では、少ない人口と広い土地という特殊性から
郡よりも更に広域な役所を、ということから
支庁が設置されるようになったのが1897年、
その後、北海道で市制が施行された1922年、
支庁が再編されて14支庁となり

そして、今日の状態になるのです。

この時に少々面白い混乱もあって

かつて水系でわけた郡と
生活圏でわけた支庁があわずに

郡と支庁の名前があっていないのが
富良野周辺なのです。

だから、富良野周辺の上富良野・中富良野・南富良野は
空知郡なのです。

またさらに南の占冠は
沙流川・鵡川の水系ということで勇払郡なのですが

上川支庁にはいっています。


そして、戦後ですが、
1947年5月3日に施行された地方自治法では、
北海道の支庁も含めて都道府県の事務を分掌する出先機関は
各都道府県が条例で定めることとなりました。

現在では地方事務所・支庁のほか、
地方振興局・行政センター・県民局などの
名称を用いている府県もあります。

その他また、一部の市町村のみに
出先機関を設置している都府県もあり、
出先機関を設置していない府県もあります。

北海道と同じく支庁という名称を使っているのは
山形県もそうですし

現在道州制をにらんでか

東北地方の県では、広域連合化の動きが
目立っています。


当ブログでも
鉄道の廃止、郵便局の民営化、限界集落などを
話題にしていることなのですが

行政サービスの低下は最もさけるべきことでしょう。

先日、岩波ブックレット722
「信号機の壊れた「格差社会」」
(佐高信・雨宮処凛・森岡孝二共著)を読みました。

多くの衝撃と多くの示唆を
与えられたのですが


佐高さんの文章に以下の部分があります。

引用させていただきます
「JR東日本の羽越線脱線事故(二〇〇五年一二月)は、私の地元の山形県の庄内町でのことでした。あの事故は、突風で車両が横倒しになったものです。JR東日本は、突風が原因だ、というんです。「ふざけるな」と私は思いましたね。突風なんて、あの地方では私が生まれる前から吹いているんです。いま急にはじまった気象現象じゃないんです。いったい、何を考えているのか。
そうしたら、元JR東日本の松田昌士氏が本を書いていて、それを読んで納得しました。
次のような趣旨のことがかいてあるんです。
「民営化して、コストを下げなければならない。コストを下げるために車両を軽くする、車両の軽量化を進めた。それでこすとを下げることに成功した。国鉄時代だったら技術陣がうるさくて、それは出来なかっただろう。」
国鉄時代、なぜ技術陣がうるさかったのか。それは安全性がゆるがせにされる、と思うからうるさく言っていたわけです。安全を考えると、これ以上軽くしたらだめだ、ということです。「国鉄時代ならできなかった」、その「安全性」をコストのために突破してしまったのです。そしてそのことを民営化を推進した本人が自著のなかで告白しているのです。
よく考えたら、素人にだってわかりますよね。車体を軽くしたら、当然、弱くもあるし、倒れやすくもなるでしょう。だから技術陣は軽くしてはいけない、とうるさく言っていたわけですよ。そんなことも重要視せずコストカットしていったわけです。だから命が大事とか、安全第一とかいうのはまったくのデタラメなのです。

筆者註)上の記述に佐高氏の事実認識違いがあります。詳細は後日、当ブログにて、お知らせします。事実認識違いの記事を紹介し、関係各位にご迷惑かけしたことを、お詫びします。(7月6日 記)

田原総一朗氏が二〇年前に書いた本があります。そのなかで彼は「自分も国鉄民営化には反対だ」と言っているんです。本の中に次のようなことが書いてあります。北海道のある町の町長がこう言ったというのですよ。国鉄は赤字だ、赤字だというけれども、それでは、消防署は赤字だからなくそうといいますか?警察は赤字だからやめようといいますか?と。そうですよね。警察や消防を赤字だからなくす、とは絶対に言いませんよね。国鉄―流通だって同じで、これはライフラインの問題なんです。それは赤字・黒字でははかれないもののはずです。(後略)」


これは、実は国鉄の問題だけではなく
地方のインフラクチャー、
教育とか、郵便とかにも
共通する問題なのです。

それぞれ、赤字だからなくすのか、

と、いう問題で

警察・消防と同列で考えて欲しい問題だと思います。

そして、支庁の問題も実は同列かもしれません。

先々週の当ブログ「ルピナスの花咲く」でも
書いたのですが、

交通機関と、支庁所在地を奪われ
教育の機会や地方郵便局がなくなっている

檜山管内の人の思いやいかに

と、思うのです。

(もうすこし
問題を、楽観的に受け止められれば良いのかもしれませんが
郵便も、JRも当初喧伝していたほど
地方にとっては良い方向にいっていないので
どうしても悲観的な考えになってしまうのです。

しかもボク自身北海道で三つの町で暮らしていましたが
いずれの町も中心部には、廃NTTの建物が
そびえ立っていたので、なおさらなのです)



さて、

来週はいよいよサミット本番
と、いうことで、来週はサミットについて
先週まででお話できなかったことについて
お話させていただきたいと思います。



ダライ・ラマ14世の、チベットに対する提案は以下の通りです。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



I LOVE HOKKAIDOな「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日、来週からは午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。

あと、来週から放送時間がかわります。
いままで、169回分とも月曜の午後4時からおおくりしていましたが

来週から、1時間遅くなって
月曜日の午後五時からおとどけすることになります。

よろしければオツキアイのほど、お願いします。


追 夏のお祭り
三日目 東 ポ06 b
「東行本舗」です。

comment

Secret

羽越線、特急いなほ事故について

こんばんは。佐高信さんの応援ブログをやっているものです。

国鉄のJRへの民営化が「いなほ」事故の遠因かどうかの問題は別として特急いなほの脱線の原因が車両軽量化である、と言うのは残念ながら、佐高信さんの思い込みではっきり言ってデタラメです。

なぜなら、特急いなほの車両は「軽量化されていない」からです。いくら松田氏が車両を軽量化しなくてはならないと言ったとしても現実にいなほ5号の車両が軽量化されていないのですからお話になりません。
畑村洋太郎氏の事故分析と対比すればよいと思います。

詳しいデータは山岡俊介さんのストレイドッグブログのコメント欄で議論されています。
http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2006/04/post_cb0b.html

なお、佐高信さんは上記サンデー毎日の記事のいなほ事故に関する部分を単行本「田原総一朗への退場勧告」の再録記事からはすべて削除しています。
にもかかわらず、単行本化の後に出版された岩波ブックレットで、相変わらずこのようなことを公言しているのは理解に苦しみます。

佐高信ファンブログですが、かえって佐高信さんに辛口になってしまうブログですのでよろしくお願いします。

ありがとうございます

ichigeki様>初めまして。

今回は文中の重大な誤りについて
ご指摘いただき、感謝しています。

事故についてのブログも興味深く
読ませていただき
大変勉強になったと同時に
改めて、伝える事の難しさを
知りました。
本当にありがとうございました。

今後も何かありましたら
よろしくお願いします。
プロフィール

Author:イトー×ani:歴史の旅のナビゲーターを自称


最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
Powered By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ