関連性がないとは
先週のSPAの連載、
坪内祐三さんと、福田和也さんの対談
これでいいのだ!のなかで
こんな話が出てきました。
(前略)
福田「ただ、……実はね、ワタクシ個人的には殺人とかの「三面記事ネタ」ってほとんど興味がないんだよ。というのは、犯罪って、どんどん減ってるんだよね。去年までの統計で、例えば殺人の認知件数は07年が戦後最低でしょ。昭和30〜40年代の半分くらい。つまり最近の治安状況は、画期的によくなってるんだよ。マスコミも事件が減ってきているから、一つ一つの事件を大きく扱うのかもしれない。むしろ、興味深いのは、そんなに犯罪が減っているのに「治安パトロール」とか「防犯パトロール」とか、と地域や商店街ごとにグルグルと見回りしている人達がすごく増えたでしょ。そういう過剰や意識に興味が向くよ」
(後略)
と、のことですが
そんな実感が持てずに
なんとなく不安感が増幅されて、
福田さんは、地域防犯パトロールのことに言及されていますが
警察とかの警備もすごくコマかくなっていて
監視社会となっている。
ここらへんも気になるところですが
そんな一因が
こんなところにあるのではないでしょうか
こちらは、
岡田斗司夫さんの近著
「オタクはすでに死んでいる」(新潮新書)です。
岡田さんの著作といえば
いろいろと読ませてもらってますが
近年の「フロン」あたりから
最大のベストセラー「いつまでもデブと思うなよ」
といった著作には正直ぴんと来なかったのですが
こちらは結構なるほどと思うところが多かったです。
最初は彼の出した同人誌で
「ロフトプラス1」でのイベント
「オタクイズデッド」を文章化した
「オタクイズデッド」が底本になっているのかなと
思っていたのですが(こちらも、持ってます)
そこにとどまらず
上質の現代批判となっているのが
しっかり読めたうえ、
考えも深まったということで
ピンときたのだと思います。
この本にこのような内容がかかれています。
少々長い引用ですが、おつきあいください。
(前略)
しかし九〇年以降、日本は不景気の時代に突入しました。それも「極貧→貧乏→まだ豊かとは言えない」という昭和型の不景気ではありません。「街にはバブル時代の遺産が残っている=かつて日本は豊かだった→しかしいつまでたっても生活は楽にならない→きっと不景気は半永久的に続くに違いない」という、平成型とも言うべき「不景気をこじらせた」状態です。
このため、子供たちは大人になりたがりません。
大人だって、チャンスがあれば子供に戻りたくって仕方ありません。
だって、現実の生活では「明日は今日より苦しいかもしれない」という兆候しか見えないから。年金は破綻して環境汚染は進み、勝ち組と負け組みはますますはっきりして、日本は超高齢化社会に突入する。
こんなことを毎日聞かされたら、誰だって「大人になりたくない」「早く大人になるのは損」と考えて当然でしょう。
「小学校で『大人社会では当たり前の事件』が起きただけで過剰に拒否する」「若く見られることが何よりの美の基準」
私たちはいつのまにか、このようなバランスの欠いた思考に慣らされてしまっているのです。
岩村暢子著『普通の家族が一番怖い』(新潮社刊)では、「子供にいつまでもサンタの存在を信じさせたい」という親が急増している、という事実が指摘されています。幼稚園や小学校低学年の子供ではありません。同書には、中高生にも必死でサンタの存在を信じ込ませようとする親の異様な姿が描かれています。
(中略)
親が子供に「大人にならなくていい」「大人になると損だ」と教育しているのです。なぜなら自分たちもそう思っているから。
さて、さきほど私は「オタク文化が成立するための二つの要素」を述べました。
「日本の大人は子供っぽいので、オタクになる」
「日本の子供文化は大人っぽいので卒業する必要がない」
今、急激にオタクが増えているのは、オタク・ブームや「萌え」ブームだけのためだけではありません。経済の行き詰まり感が「大人になるのは損」という判断を、全世代・全階層に徹底してしまった。
「大人な判断」「大人の見識」「大人の品格」
これらの事はいちいち新書などで教わるまでもなく、身につけていることこそ「大人」の証拠でしょう。しかし、そういう「大人の属性」を得たとしてもなんの得があるのか?
あえて苦労を引き受け、常に向上を求める大人の姿勢は、短絡的に見るとあきらかに「損」なのです。そして、そういう「短絡的」なスパンでした、ものを考えられない。短絡的な感情=「今の気持ち」だけで判断することを「自分の気持ち至上主義」というわけですね。
そのため、オタクの総人口が急激に増えてしまったのです。
「無理して大人になるよりも、楽して子供っぽく得して生きる」
こりは今の若者の話ではありません。日本の全世代・全階層が無意識に求めている生き方です。
学校ですぐにキレる親や、病院で医師を吊るし上げる患者。
コンビニや喫茶店で怒鳴る客や、病的なクレーマー。
何か問題があると、責任者に土下座させないと気がすまないワイドショー・マスコミ。
これらはすべて私たち自身、または、すぐ隣にいる「平均的日本人」の姿です。
(後略)
オタクを批判しているつもりが、
実はそれが、オタクを大量発生させているのと
根っこが同じだった。
このことに改めて気がつかされて
目からうろこが落ちた思いだったのでした。
と、考えると、福田氏が述べている
監視社会も、なんともホームルーム的という
感じもしてきます。
岡田氏の文章に戻りますが、
オタク論から現在の世相論へと
発展しているのが、本書ですが
こんな文章でしめくくられています。
「大人になる、というのはイヤなことだけじゃないかもよ」
「老後の不安なく健康で長生きグルメで、ってばっかかんが得るのは、はたして『生きてる』って言えるの?」
以上、長々とよんでいただいてありがとうございました。
「老後の不安なく〜」といったことに疑問を呈したのは
中島梓さんも同様なことを言われていて
僕はそちらの本も読んで、
たくさんの示唆をもいただいたのでした。
と、いうことで、今回の諸々の事件だけでなく
現在のなんとなく、イヤな感じを
読み解くヒントになるかもしれませんので
よろしければ、一読をおススメします。
ヤジウマ的よろずウォッチャー「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
坪内祐三さんと、福田和也さんの対談
これでいいのだ!のなかで
こんな話が出てきました。
(前略)
福田「ただ、……実はね、ワタクシ個人的には殺人とかの「三面記事ネタ」ってほとんど興味がないんだよ。というのは、犯罪って、どんどん減ってるんだよね。去年までの統計で、例えば殺人の認知件数は07年が戦後最低でしょ。昭和30〜40年代の半分くらい。つまり最近の治安状況は、画期的によくなってるんだよ。マスコミも事件が減ってきているから、一つ一つの事件を大きく扱うのかもしれない。むしろ、興味深いのは、そんなに犯罪が減っているのに「治安パトロール」とか「防犯パトロール」とか、と地域や商店街ごとにグルグルと見回りしている人達がすごく増えたでしょ。そういう過剰や意識に興味が向くよ」
(後略)
と、のことですが
そんな実感が持てずに
なんとなく不安感が増幅されて、
福田さんは、地域防犯パトロールのことに言及されていますが
警察とかの警備もすごくコマかくなっていて
監視社会となっている。
ここらへんも気になるところですが
そんな一因が
こんなところにあるのではないでしょうか
こちらは、
岡田斗司夫さんの近著
「オタクはすでに死んでいる」(新潮新書)です。
岡田さんの著作といえば
いろいろと読ませてもらってますが
近年の「フロン」あたりから
最大のベストセラー「いつまでもデブと思うなよ」
といった著作には正直ぴんと来なかったのですが
こちらは結構なるほどと思うところが多かったです。
最初は彼の出した同人誌で
「ロフトプラス1」でのイベント
「オタクイズデッド」を文章化した
「オタクイズデッド」が底本になっているのかなと
思っていたのですが(こちらも、持ってます)
そこにとどまらず
上質の現代批判となっているのが
しっかり読めたうえ、
考えも深まったということで
ピンときたのだと思います。
この本にこのような内容がかかれています。
少々長い引用ですが、おつきあいください。
(前略)
しかし九〇年以降、日本は不景気の時代に突入しました。それも「極貧→貧乏→まだ豊かとは言えない」という昭和型の不景気ではありません。「街にはバブル時代の遺産が残っている=かつて日本は豊かだった→しかしいつまでたっても生活は楽にならない→きっと不景気は半永久的に続くに違いない」という、平成型とも言うべき「不景気をこじらせた」状態です。
このため、子供たちは大人になりたがりません。
大人だって、チャンスがあれば子供に戻りたくって仕方ありません。
だって、現実の生活では「明日は今日より苦しいかもしれない」という兆候しか見えないから。年金は破綻して環境汚染は進み、勝ち組と負け組みはますますはっきりして、日本は超高齢化社会に突入する。
こんなことを毎日聞かされたら、誰だって「大人になりたくない」「早く大人になるのは損」と考えて当然でしょう。
「小学校で『大人社会では当たり前の事件』が起きただけで過剰に拒否する」「若く見られることが何よりの美の基準」
私たちはいつのまにか、このようなバランスの欠いた思考に慣らされてしまっているのです。
岩村暢子著『普通の家族が一番怖い』(新潮社刊)では、「子供にいつまでもサンタの存在を信じさせたい」という親が急増している、という事実が指摘されています。幼稚園や小学校低学年の子供ではありません。同書には、中高生にも必死でサンタの存在を信じ込ませようとする親の異様な姿が描かれています。
(中略)
親が子供に「大人にならなくていい」「大人になると損だ」と教育しているのです。なぜなら自分たちもそう思っているから。
さて、さきほど私は「オタク文化が成立するための二つの要素」を述べました。
「日本の大人は子供っぽいので、オタクになる」
「日本の子供文化は大人っぽいので卒業する必要がない」
今、急激にオタクが増えているのは、オタク・ブームや「萌え」ブームだけのためだけではありません。経済の行き詰まり感が「大人になるのは損」という判断を、全世代・全階層に徹底してしまった。
「大人な判断」「大人の見識」「大人の品格」
これらの事はいちいち新書などで教わるまでもなく、身につけていることこそ「大人」の証拠でしょう。しかし、そういう「大人の属性」を得たとしてもなんの得があるのか?
あえて苦労を引き受け、常に向上を求める大人の姿勢は、短絡的に見るとあきらかに「損」なのです。そして、そういう「短絡的」なスパンでした、ものを考えられない。短絡的な感情=「今の気持ち」だけで判断することを「自分の気持ち至上主義」というわけですね。
そのため、オタクの総人口が急激に増えてしまったのです。
「無理して大人になるよりも、楽して子供っぽく得して生きる」
こりは今の若者の話ではありません。日本の全世代・全階層が無意識に求めている生き方です。
学校ですぐにキレる親や、病院で医師を吊るし上げる患者。
コンビニや喫茶店で怒鳴る客や、病的なクレーマー。
何か問題があると、責任者に土下座させないと気がすまないワイドショー・マスコミ。
これらはすべて私たち自身、または、すぐ隣にいる「平均的日本人」の姿です。
(後略)
オタクを批判しているつもりが、
実はそれが、オタクを大量発生させているのと
根っこが同じだった。
このことに改めて気がつかされて
目からうろこが落ちた思いだったのでした。
と、考えると、福田氏が述べている
監視社会も、なんともホームルーム的という
感じもしてきます。
岡田氏の文章に戻りますが、
オタク論から現在の世相論へと
発展しているのが、本書ですが
こんな文章でしめくくられています。
「大人になる、というのはイヤなことだけじゃないかもよ」
「老後の不安なく健康で長生きグルメで、ってばっかかんが得るのは、はたして『生きてる』って言えるの?」
以上、長々とよんでいただいてありがとうございました。
「老後の不安なく〜」といったことに疑問を呈したのは
中島梓さんも同様なことを言われていて
僕はそちらの本も読んで、
たくさんの示唆をもいただいたのでした。
と、いうことで、今回の諸々の事件だけでなく
現在のなんとなく、イヤな感じを
読み解くヒントになるかもしれませんので
よろしければ、一読をおススメします。
ヤジウマ的よろずウォッチャー「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
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