150回
お陰様をもちまして、
当番組「FURANO History Factory」が
150回を迎えました。
先週も書きましたが、
返す返す、こんなシュミに走ったトークと、
シュミに走った選曲の番組を
許して、かつ聴いていただいている
あまつさえ、メールや手紙などを出してくださっている
リスナーの方々と
そもそも番組自体をオンエアしている
「ラジオふらの」の懐の広さに
感謝することしきりなのです。
そんな感謝の念をこめつつ
2月18日オンエアー 第150回放送分
「FURANO History Factory
(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」です。
前回は、AMラジオについての話でしたが
今回はその他のラジオについてです。
短波ラジオ放送を最初に行ったのはオランダで
極長距離を伝送できるというメリットを生かし
1927年に海外植民地向けの試験放送を開始、
翌年には、
当時オランダ領のインドネシアでの受信に成功します。
これに追随する形で、イギリス、ソ連、フランス、ドイツ、イタリアなどが
植民地向け放送やプロパガンダ的放送を短波で開始しています、
なんたって短波の魅力は、最初にも書いたとおり
電波が長距離に飛ぶこと
日本でも1935年に、北米西部・ハワイ向けに短波で送信され、
日本の国際放送(当時は海外放送と呼んだ)は幕を開けました。
NHKによる海外放送には開始当初は呼び名がありませんでしたが、
やがて非公式に「ラジオ・トウキョウ(Radio Tokyo)」が使用され
1941年1月に公式に定着しました。
これが短波放送の第一号で、民間の短波放送は
1954年に開設された「株式会社日本短波放送
(1978年から、ラジオたんぱ、現ラジオNIKKEI)」によるもの。
あとは、国内の短波局は2005年に「特定失踪者問題調査会」によって
作られた「しおかぜ」があります。
国内で、短波が脚光を浴びたのは、
1970年代後半(昭和50年代)に
中東戦争やオイルショックをきっかけとして
海外の国際放送の受信ブーム、
いわゆるBCLブームが起きた時期でしょう。
時事ニュースから、日本向け放送、
そしてそれぞれのお国柄が良く出たような番組など、
バラエティーにとんだ内容の
番組が作られていて、
BCL用のラジオは、
僕の子ども時代には手の届かない存在として
輝いていました。
そして、受信報告書をかねたベリカードの収集も
ラジオ趣味の王道的な扱いで、
レアなカード目当てに、マニアが日本向けではない放送を
競って工夫して受信しようとしました。
が、そんな時代も今は昔
2006年現在で、BCLラジオは
ソニー以外では作っていないそうです。
さて、AM.SWと来れば
F.H.F.もお世話になっているFMです。
FMも、AM放送を世界で初めて行ったフェッセンデンによって
1902年に考案されたそうですが、
実用化されたのは1933年
アメリカのエドウィン・H・アームストロングによってで
FM方式による公共放送はアメリカで
1938年から試験的に開始されました。
日本での第一号は、1957年から開局したNHK−FMです。
その後NHKは、1963年には東京局でステレオ放送開始。
1964年には全国規模で地方局を相次いで開局させ、
同年にようやく全国で(しかもステレオで)放送できるようになりました。
一方、民放FM局の第一号は、
一般放送事業者としては「愛知音楽放送(現在のエフエム愛知)」が
1969年に開局し、
FM放送の実用化実験局として開局したのが
1960年に開局した「FM東海(現在のエフエム東京の前身)」です。
その後、FM放送は、その音質がAMに比べクリアであることから
音楽ファンに対する音楽プログラムが多く流され
70年代からは、番組を録音する「エアチェック」が流行りました。
エアチェックを目的として放送される番組と楽曲がそれぞれ載った
FM情報誌が創刊されもしました。
FM Fan、FM レコパル、FM Stationなどが
それにあたりますし、「ぴあ」などの情報誌にも
FM番組欄がありまして、
僕もだいぶんお世話になったものです。
しかし、民放局を中心に「楽曲そのものを楽しむ」から
「トークの合間に楽曲が流れる」など番組スタイルが変化し、
それから貸しレコードからレンタルCDなどの普及
現在では、音源のダウンロードなどを原因として
エアチェックという言葉は死語となっています。
また、BCLの趣味と重なり、
僕の中学時代の部活の後輩でも
ハマっていたヤツがいたのですが
市民ラジオとかミニFMなども
ラジオの一時代を彩った言葉として忘れられません。
が、これも、一部の趣味の世界
ラジオに対して参加をする敷居が
低く感じるようになったのは、
FHFならびに「ラジオふらの」もお世話になっている
コミュニティーFMのおかげでしょう。
コミュニティーFMは、1992年に制度化されて、
同年にできた函館の「FMいるか」が第一号です。
道内には23局のコミュニティーFM局があり
日本一の局数をほこっていますが
さすが、第一号を開局した地域という感じがしますね。
そんなコミュニティーFMは、1995年の阪神・淡路大震災で、
災害時における情報伝達メディアとしての
ラジオの重要性がクローズアップされる結果となりまして
地域のコミュニティーの活性化とともに、
コミュニティーFMの存在意義の一つというか
指針となっています。
ただ、BCLやエアチェックという言葉が
だんだん廃れていく中
変わらない暖かさみたいのも
ラジオにはあります。
先日、「ふらスマ」にゲストで出させていただいた時
曲のあいだに、パーソナリティーのしむにぃさんと
小森まなみさんの23年間続く長寿番組
「mamiのRADIかるコミュニケーション」の話になって
(以前、しむにぃさんも、こちらの番組のリスナーだったと
なんかの時にお話を聞いていたので)
「いまだに、ハガキでしかお便りを扱ってないってスゴいですよね」
「林原めぐみさんの番組もそうですよね」
なんて話でもりあがったのですが。
やはり、そこらへんは、小森さん、林原さんと
ラジオの力を信じているお二人ならではだなぁと、
実感してしまったのです。
(因みに厳密にいうとRADIコミは
2007年11月から、郵政民営化で
ポストが遠くなってしまった人や、身体が不自由な人が
パソコンでアクセスしたいという要望にこたえて、
メールでの受付もおこなうようりなり、
林原さんの番組も
一部コーナーはメールでのお便りの受付をしていますが
中心はハガキであることにかわりはありません)
2005年の2月、ラジオふらのの方から
「番組をしませんか」というお誘いをうけて、
4月から番組を始め、
そろそろ丸三年になりますが
僕自身、多くのパーソナリティーのかたなどから
ラジオから受け取ったものを
ひとつでも多く発信できるように
今後も、200回、そしてその次目指して
頑張りたいと思います。
たまには少し真面目な「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076−0026 富良野市朝日町2−17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp
FAX 0167-22-2787
このブログのコメント欄でも
受け付けます。
当番組「FURANO History Factory」が
150回を迎えました。
先週も書きましたが、
返す返す、こんなシュミに走ったトークと、
シュミに走った選曲の番組を
許して、かつ聴いていただいている
あまつさえ、メールや手紙などを出してくださっている
リスナーの方々と
そもそも番組自体をオンエアしている
「ラジオふらの」の懐の広さに
感謝することしきりなのです。
そんな感謝の念をこめつつ
2月18日オンエアー 第150回放送分
「FURANO History Factory
(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」です。
前回は、AMラジオについての話でしたが
今回はその他のラジオについてです。
短波ラジオ放送を最初に行ったのはオランダで
極長距離を伝送できるというメリットを生かし
1927年に海外植民地向けの試験放送を開始、
翌年には、
当時オランダ領のインドネシアでの受信に成功します。
これに追随する形で、イギリス、ソ連、フランス、ドイツ、イタリアなどが
植民地向け放送やプロパガンダ的放送を短波で開始しています、
なんたって短波の魅力は、最初にも書いたとおり
電波が長距離に飛ぶこと
日本でも1935年に、北米西部・ハワイ向けに短波で送信され、
日本の国際放送(当時は海外放送と呼んだ)は幕を開けました。
NHKによる海外放送には開始当初は呼び名がありませんでしたが、
やがて非公式に「ラジオ・トウキョウ(Radio Tokyo)」が使用され
1941年1月に公式に定着しました。
これが短波放送の第一号で、民間の短波放送は
1954年に開設された「株式会社日本短波放送
(1978年から、ラジオたんぱ、現ラジオNIKKEI)」によるもの。
あとは、国内の短波局は2005年に「特定失踪者問題調査会」によって
作られた「しおかぜ」があります。
国内で、短波が脚光を浴びたのは、
1970年代後半(昭和50年代)に
中東戦争やオイルショックをきっかけとして
海外の国際放送の受信ブーム、
いわゆるBCLブームが起きた時期でしょう。
時事ニュースから、日本向け放送、
そしてそれぞれのお国柄が良く出たような番組など、
バラエティーにとんだ内容の
番組が作られていて、
BCL用のラジオは、
僕の子ども時代には手の届かない存在として
輝いていました。
そして、受信報告書をかねたベリカードの収集も
ラジオ趣味の王道的な扱いで、
レアなカード目当てに、マニアが日本向けではない放送を
競って工夫して受信しようとしました。
が、そんな時代も今は昔
2006年現在で、BCLラジオは
ソニー以外では作っていないそうです。
さて、AM.SWと来れば
F.H.F.もお世話になっているFMです。
FMも、AM放送を世界で初めて行ったフェッセンデンによって
1902年に考案されたそうですが、
実用化されたのは1933年
アメリカのエドウィン・H・アームストロングによってで
FM方式による公共放送はアメリカで
1938年から試験的に開始されました。
日本での第一号は、1957年から開局したNHK−FMです。
その後NHKは、1963年には東京局でステレオ放送開始。
1964年には全国規模で地方局を相次いで開局させ、
同年にようやく全国で(しかもステレオで)放送できるようになりました。
一方、民放FM局の第一号は、
一般放送事業者としては「愛知音楽放送(現在のエフエム愛知)」が
1969年に開局し、
FM放送の実用化実験局として開局したのが
1960年に開局した「FM東海(現在のエフエム東京の前身)」です。
その後、FM放送は、その音質がAMに比べクリアであることから
音楽ファンに対する音楽プログラムが多く流され
70年代からは、番組を録音する「エアチェック」が流行りました。
エアチェックを目的として放送される番組と楽曲がそれぞれ載った
FM情報誌が創刊されもしました。
FM Fan、FM レコパル、FM Stationなどが
それにあたりますし、「ぴあ」などの情報誌にも
FM番組欄がありまして、
僕もだいぶんお世話になったものです。
しかし、民放局を中心に「楽曲そのものを楽しむ」から
「トークの合間に楽曲が流れる」など番組スタイルが変化し、
それから貸しレコードからレンタルCDなどの普及
現在では、音源のダウンロードなどを原因として
エアチェックという言葉は死語となっています。
また、BCLの趣味と重なり、
僕の中学時代の部活の後輩でも
ハマっていたヤツがいたのですが
市民ラジオとかミニFMなども
ラジオの一時代を彩った言葉として忘れられません。
が、これも、一部の趣味の世界
ラジオに対して参加をする敷居が
低く感じるようになったのは、
FHFならびに「ラジオふらの」もお世話になっている
コミュニティーFMのおかげでしょう。
コミュニティーFMは、1992年に制度化されて、
同年にできた函館の「FMいるか」が第一号です。
道内には23局のコミュニティーFM局があり
日本一の局数をほこっていますが
さすが、第一号を開局した地域という感じがしますね。
そんなコミュニティーFMは、1995年の阪神・淡路大震災で、
災害時における情報伝達メディアとしての
ラジオの重要性がクローズアップされる結果となりまして
地域のコミュニティーの活性化とともに、
コミュニティーFMの存在意義の一つというか
指針となっています。
ただ、BCLやエアチェックという言葉が
だんだん廃れていく中
変わらない暖かさみたいのも
ラジオにはあります。
先日、「ふらスマ」にゲストで出させていただいた時
曲のあいだに、パーソナリティーのしむにぃさんと
小森まなみさんの23年間続く長寿番組
「mamiのRADIかるコミュニケーション」の話になって
(以前、しむにぃさんも、こちらの番組のリスナーだったと
なんかの時にお話を聞いていたので)
「いまだに、ハガキでしかお便りを扱ってないってスゴいですよね」
「林原めぐみさんの番組もそうですよね」
なんて話でもりあがったのですが。
やはり、そこらへんは、小森さん、林原さんと
ラジオの力を信じているお二人ならではだなぁと、
実感してしまったのです。
(因みに厳密にいうとRADIコミは
2007年11月から、郵政民営化で
ポストが遠くなってしまった人や、身体が不自由な人が
パソコンでアクセスしたいという要望にこたえて、
メールでの受付もおこなうようりなり、
林原さんの番組も
一部コーナーはメールでのお便りの受付をしていますが
中心はハガキであることにかわりはありません)
2005年の2月、ラジオふらのの方から
「番組をしませんか」というお誘いをうけて、
4月から番組を始め、
そろそろ丸三年になりますが
僕自身、多くのパーソナリティーのかたなどから
ラジオから受け取ったものを
ひとつでも多く発信できるように
今後も、200回、そしてその次目指して
頑張りたいと思います。
たまには少し真面目な「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076−0026 富良野市朝日町2−17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp
FAX 0167-22-2787
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