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2021.03.02 避密の万字線
先日、道内最長、国内第二位のバスに乗ってまいりまして、
その話でも書こうと思ったところ、昨年行った
避密旅のレポートを一つしていないのに気が付きました。

と、いうことで、まずはそちらのお話からです。

9月のある週末、時間があったので、空知の廃線跡バスを
2本乗ることにしました。

金曜日、勤務時間終了とともに職場を出ます。
途中給油をしてから、札幌市の宿に入ります。
この日はヨドバシでお買い物があったので、それをすませてから
「ばりきや」さんでラーメンをいただいてから宿に戻って、
ゴロゴロしながら宇崎ちゃんとか天晴を見てからZzz

翌朝は5:40起床。身体を浄化して着替えを済ませてから
7時前に宿を出ます。お世話になりました。
朝食は伏古インターチェンジ近くの「半田屋」さんです。
こちらで、ご飯、豚汁、なすの揚げびたし、納豆、ノリ、生卵の朝食。
豚汁は生姜が効いてますし、なすも出汁がよくしみていて
ナス汁ともマッチしていて、しみじみ美味です。ごちそうさまでした。

伏古インターから高速に乗って、そのまま道央道を走り
岩見沢インターでおります。

で、この日に乗るのはまずは岩見沢市営バスです。
万字線は室蘭本線の志文駅から、万字炭山駅へと伸びる盲腸線ですが、
現在、中央バスが、岩見沢〜毛陽間を、
岩見沢市営バスが、くりさわ〜万字炭山間をバスが走っていまして、
志文〜上志文間はバス路線はありません。
もともとは、中央バスが万字線の代替バスを走らせていましたが、
毛陽万字間が廃止されて、それを受け継ぐ形で
市営バスの路線があります。

と、いうことで迷いましたが、末端部を走る市営バスに乗ることにします。
で、万字炭山まで自動車で行って、くりさわ支所までの路線を往復してから
車で丁未峠を越えて夕張に入って、
石炭の歴史村のバス停から夕張線の廃線跡バスを往復する予定です。

岩見沢インターで高速を降りて、道道38号夕張・岩見沢線で
まずは万字をめざします。
富良野時代は、新千歳空港に行くや
廃鉱ドライブ時などによく使った道です。
途中、メープル小学校が見えます。インパクトある校名ですが、岩見沢市立学校で、
こちらは上志文小学校と朝日小学校が統合されてできた学校です。

それを横目走ると萩の山スキー場が見えますが、
スキー場麓に広がるのが上志文の集落です。
郵便局の手前にある民家と車庫の間に、かつての上志文駅が見えます。
鉄道跡はありませんが、駅舎が残っている状況です。

その後、上志文のセコマで買い物をしてから
道道を夕張方面に走らせます。

JR万字線は、三井系の政商、朝吹英二が開発し、その後北炭に経営が譲渡されます。
その時、北炭は、朝吹家の家紋が「卍」だったのにちなみ
万字炭鉱と命名しました。
その万字炭鉱から産出される石炭の積み出しのため作られたのが
万字軽便線です。
万字線の開通により、美流渡炭鉱や朝日炭鉱など多くの炭鉱が生まれ、
石炭輸送で大いに活況を呈しますが、
しかし第二次世界大戦以降のエネルギー革命と、
1976年の台風による出水事故で、坑道が水没し、
復旧できないまま炭鉱は閉山。
1978年に貨物営業が廃止されて、1980年に国鉄再建法が成立すると
第1次特定地方交通線に指定され、1985年に廃止されたました。

8時35分に、旧万字駅である、万字バス待合所に到着。
かつて駅であったたてものがそのまま残っていて
万字仲町簡易郵便局になっています。
さらに岩見沢市が設置した、駅名票型の石碑とか
駅の裏手にはホームに降りる階段など、鉄道の痕跡も残っています。

8:40にバスが到着。ちいさなマイクロバスです。
挨拶してから「くりさわまで」と行き先を告げて
バスに乗ります。乗客は私だけ。

8:45、定時にバスは出発します。
万字寿町回転所の近くにかつての万字炭山駅がありましたが、
こちらは痕跡はありません。

さらにバスは一旦戻って、交通センターへ。
こちらには駅舎のような建物がありますし、
踏切などもありますが、こちらは万字線とは関係がありません。
かつては万字炭山駅の碑がここにありましたが、現在はありません。

秋桜の花がきれいに咲いていますが、
折しも、カーラジオからさだまさしの「秋桜」が流れてきます。
出来過ぎです。
巴公団前で停車して、ドアを開けて待つことしばし、
常連さんでも待っているのか、時間調整なのかはわかりません。

バスはさらに道道を進み、開拓の碑なども見えますし、
収穫の終わりむき出しの土が見える畑あり、
重く穂を垂れる稲が連なる田んぼがあり、
果樹園ありと、広がる田園風景がいいです。
メープルロッジ周辺は、結構車もとまっています。
中央バスの終点はこちらです。

さらに走ると、美流渡市街地にバスは入ります。
バスは右折し、交通センターへ。こちらで2人お客さんが乗り込みます。
交通センターは旧美流渡駅跡。たてものなどは新規のものですが、
駅の構内がなんとなくしのばれます。
にしても、構内が広いのがうかがえます。
ここから上美流渡の美流渡炭鉱にむかって
北星炭礦美流渡礦専用鉄道が伸びていましたので、納得です。

バスは道道から離れて、シコロ沢川沿いの道を走り、上美流渡へ向かいます。
道は基本森の中を走りますが、途中、栗沢工芸の里の看板があったり、
モリタンの工場や上美流渡小中学校の跡などを見ながら
唐突に現れた、緑町の工場のところで折り返します。

こちら、昭和42年に廃線になった
鉄道沿いですが、鉄道跡はよくわかりません。

来た道を引き返して道道に戻り、
続いて朝日に向かってバスは走ります。
常連さん風のお客さんは、さっきからずっと
ファイターズの話をしています。
幌向川にかかる橋をいくつか越えてしばらく行くと、
朝日の集落です。
こちらにあるのが朝日駅跡。
岩見沢市に万字線鉄道公園として、
きれいに保存、管理されている木造駅舎とかホーム、
踏切に、SL B201が見えます。

朝日も、美流渡同様、万字線の開通によって開発された
かつての炭鉱町です。

さらに栗沢温泉のバス停を通過。
栗沢温泉は、ここから勾配のついた道をしばしすすむと、
少しだけうっそうとした林や山がありまして
そんな山を背おった形で見える一軒宿です。
規模はそんなに大きくないのですが、
開湯は1909年と古い歴史を持っていて、
湯温の低さから湧かしていますが、
軽く硫黄臭がただようところも良く、
入った時のすべすべする感触がいいのと、
札幌から1時間少々で行けるのにもかかわらず、
あたかも十勝の秘湯のような趣がお気に入りでした。

が、2011年に廃業してしまいました。残念無念。

さらにバスは進み、栗山・岩見沢市街と宮村の分岐を示す
青看板のところで左折。ここで万字線からは離れます。

この道に来て、この看板をみると
「直球で行こ~!」などと言ってしまうのですが。

さらにバスは幌向川を挟んで道道夕張岩見沢線を並走する農免道路。
高台を走るので、スキー場が高いところから見ることができます。
いいですね。

上幌のバス停で1人お客さんが乗ってきて、
ずっと続いているファイターズの話に自然に入ってます。

大地のテラスのところで、道道30号線三笠栗山線に出ます。
この道も富良野に住んでいた時、千歳への近道で
良く走った道です。

さらにバスは茂世丑北部の手前で左折。
茂世丑の農家の前をぐるっと回ってから
再び30号線に戻って、左折。
道道817号 茂世丑最上線です。この道も千歳への近道で良く走った道です。
バスは峠を越えて、途中左折。福祉村や故郷の森、スポーツ公園などを通ります。
福祉村の団地のところで一人乗ってきます。
スポーツ公園の野球場では、大会が開催されているのか賑わっています。

そして、市立病院、JAで私以外の乗っている人がすべて降りて、
1人で終着の市役所栗沢支所に到着。
定時より少し早いです。

帰りのバスまで50分以上あるので、
近くのコンビニなどで買い物などをしてから、
11:00にバスにのって、来た道を戻ります。
JAで4人乗ってきます。
1時間弱というのは、お買い物に丁度いい時間です。

美流渡交通センターで私以外が全員降りてから、
万字のバス停を目指します。
毛陽交流センターの先からは、お客さんも乗らないのか
少し速い感じですが、
結局終着のバス停には定時より速い時間に到着。
この次の予定がギリギリなので、この速い到着は大歓迎です。


と、いうことでバスを降りて車に乗り込んで
丁未峠越えで夕張を目指し
次のターゲットそに備えたのです。


が、その話はまた次回です。






ということで。(´・ω・)ノシ
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