巡礼記の続きです。

呉の駅北部と、駅周辺を満喫し、呉名物の屋台でしめて大充実した前日。
そして、翌日のこの日ですが、旧軍関係の場所を歩きます。

まずは、宿の朝ごはんをいただいてからチェックアウトの準備をすることしばし、
そしてチェックアウトをしてから、呉駅に向かいます。
今回お世話になった宿ですが、呉駅徒歩2分って立地が便利すぎです。

駅前のバスセンターから、8時25分発の、桂浜・温泉館行きのバスに乗ります。
前日に乗った辰川行きのバスは2人しか乗りませんでしたが、
こちらのバスは結構な人ががのっています。
この日も海がきれいです。

かつて呉の軍需産業を支えた工場群や、
呉の海上自衛隊の潜水艦などを見ながら、
走ることしばしで、警固屋5丁目に到着。

こちらから歩くことしばしで、青葉が大破着底した場所につきます。
バスの走る道から海にむかうと、目の前に高架道路があって、
すぐには行けない感じです。

と、いうことで、遠回りをして、海側に出ます。
思えば、この道をすずさんと刈谷さんが、モガの服とか嫁入りの時に来た晴れ着などを
食料と交換したり、塩水を汲みに来た時に、リヤカーを引いて歩いた道です。

そして、到着。

ここで、「郵便やサン♪」の縄跳び歌をBGMにして
哲さんが海を見ていた場所です。
穏やかな海。鮮やかな空。
あの日、哲さんが見た海もこうだったのか。

とはいえ、石碑があるはずなのに、ないですね。
海岸沿いには、釣りをしているオジさんこそいれ、それっぽいものはありません。

と、いうことで来たのとは逆方面の高架道路と一般道路が交わって
横断できるところまでいって、道路の逆側に行きます。

そして、しばらく歩くと、ありました。
巡洋艦青葉終焉之地 碑です。

堂々とした石碑の字は、中曽根康弘元内閣総理大臣が揮亳したもの。
中曽根氏が、青葉の乗組だった過去があるからの依頼だそうです。

と、いうことは、哲さんとも、勤務が重なっていたり
などと妄想もふくらみます。

碑に軽く手を合わせてから、バス停へ。
かえりは、警固屋5丁目のバス停から、9時37分のバスで、
今度は子規句碑前へむかいます。

途中、日新製鋼やIHIの工場群の威容に圧倒されます、
ここで、数多の海軍の艦船が作られたんですね。

自衛隊の潜水艦が複数とまっているところには、
たくさんのミリオタの人が集まっています。
そういうのを見ると、ここも再訪したいなぁ、
次は、江田島とか、艦船めぐりとか、湾内クルーズとか、アレイからすこじまとか、
そっちをメインに呉の観光をしたいなぁ、

などと思っていると、バスは子規句碑前に到着。

バスを降りると、ここらへんは、いわゆる歴史の見える丘の地域
明治22年呉鎮守府開設以来の歴史を感じることができる代表的な場所です。

明治39年に建築された海上自衛隊呉地方総監部(旧呉鎮守府庁舎)などの
旧海軍関連施設や、戦艦「大和」をはじめとした巨艦を建造した
ドックなどの旧海軍工厰時代の工場群跡が一望できるのです。

眼下にはかつて呉海軍工廠だった港湾が一望に広がり、
現在も稼働しているドックが見渡せます。
この、今も巨大な船が入渠しているドックに、
数多の艦船が入渠していたのです。

あまたの碑があって、それぞれを堪能したのですが、
目的は、晴美さんが死にすずさんが右手をうしなう
時限爆弾があった現場を見に行くことです。

宮原小学校の横に映画と同じようなカーブを描く道を発見。
ここです。
チョコレートは備えませんでしたが、軽く手を合わせてから、
今度は、その直前に空襲警報がなったため、防空壕に入れてもらった場所を訪れます。

空襲があった時に壊された、防空壕の向かいの家の塀が
映画と同じ感じで残っています。

大戦末期のアメリカ軍は、港湾施設を占領後に使用するということを踏まえて、
艦船などは攻撃しましたが、施設については、最低限の爆撃にすませたそうで、
その分、思いっきり住宅地に爆弾を落としたのです。

そんな激しい空襲のシーンを思い出しながら、
さらに駅へむかって歩いていくと、

??

同士の匂いのする人のグループに、次々すれ違います。
しかも、カラカラのついたトランクを持っている人も多数。
なにか、ここらへんでイベントでもあるのかな。

そんなことを思いながら、さらに歩いていくと、
横には、入船山公園のグランドが見えます。
国立病院の前にある病院への階段があります。
「この世界の」の中で、円太郎さんが、広の工場で空襲にあったあと、
入院していた病院の後継の病院です。

この階段も映画に出てきたねぇ。
そういえば、円太郎さんを見舞うすずさんのシーンで、
グランドで運動をしている海軍の軍人さんがうつりますが、
これは、入船山公園のグランドのことでしたね。

そして、入船山記念館。

こちらは鬱蒼とした森の中にあります。
重要文化財の旧呉鎮守府司令長官官舎を中心に、郷土館、歴史民俗 資料館(近世文書館)等があって、
呉の歴史をたどるのには、かかせない施設です。
外観この改修中のために、全貌が見えませんでしたが、
内装のしっとりとした具合はさすがです。

洋と和が調和した空間はすばらしい。
そんな当時の雰囲気を味わったり、コミックに出てきた伝単を見たりして
「伝単は届けんと、また憲兵さんにしかられんでぇ」などとつぶやきながら、
一通り展示を見終わりまして、街中へ向かいます。

呉市立美術館や、海上自衛隊呉音楽隊の看板がつけられた建物を横目にすすんでいくと、
旧下士官集会所があります。
すずさんが周作さんに帳面を届けに言った時に出てきた。
コーナーが丸くなっているのが特徴的なモダンな建物です。

こちらは1903年に下士官・兵のための厚生施設として設置されたそうです。
当初は「呉海軍下士卒集会所」という名称でしたが、1921年に「呉海軍下士官兵集会所」に改称されました。
この建物は、1936年に完成したそうです。
映画の中では、威風堂々とした将校さんが歩いていました。
現在は、映画の中とは違って、レンガ色に塗られています。
そして、看板には、海上自衛隊 呉集会所 と書かれています。

やはり、このモダンな建物も実物を見ることができてよかったです。
そして、めがね橋の下をくぐって、さらに北へ。
四ツ道路の交差点の自分のいる向かい側は、
すずさんと、径子さんが、残飯雑炊をUMAAAAしたところです。

そして、さらに進んでれんが通りへ。
そこでは、山乃家さんでうどんを食べてから駅に戻って、

広島にむかったというわけです。

広島では、新井口のCOCO'Sで西殿の写真をおさめたり、
基町で、「君の名は。」で、瀧の通っていた都立神宮高校のビジュアルのモデルとなった
基町高校を見てから、中央公園へ。
こちらは、「夕凪の街、桜の国」の中で、皆実とかが澄んでいた原爆スラムの跡地です。
皆実の弟の旭が晩年訪れたり、ぼーっとした場所でした。

ま、こちらは、3月のカープオープン戦のときに再び訪れる予定で、
そのときは、もう少し時間をとりたいな。

などと、思いながらこちらをあとにして、広島駅へ。

そこでお土産をシバきながら、14時35分発、のぞみ34号で、品川に向かいます。

さよなら 広島 さよなら

車内で、前日買ったメロンパンなどをいただきます。
そして、途中ウツラウツラしますが、珍しく、富士山もしっかり見たりして、

ただし、新横浜を出た後に急停車。

??

と思ったら、地震のせいで、緊急停車だそうです。

このタイミングで????

と、あせりましたが、結局20分遅れで品川着。
この日に乗る予定の20時15分発 AirDo37便には間に合いました。
よかったよかった


そんな「この世界の片隅に」聖地&聖域巡礼でした。


では、また(´・ω・)ノシ
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