2016.10.10 広島伝説
CSのファーストステージ、パ・リーグはソフトバンクが突破
マリーンズは下剋上ならずです。
そして、セ・リーグは1勝1敗。本日決まります。
ああ、どちらが来るのか、楽しみなような怖いような。


先日、札幌の某書店に行って、週刊ベースボールを買おうとしたら、売り切れでした。

??

そして数軒ハシゴしたのですが、全部降られて、
結局手に入れたのは、余市のTAUTAYAでした。

表紙を見ると、ファイターズの優勝特集。
どうりで、などと納得して、自宅へ戻ったのでした。


さて、いよいよ、今週金曜日に広島に乗り込みます。
手元にあるチケットはCSファイナルステージの4戦.5戦
ということで、金曜は仕事を終えて、新千歳から広島空港に飛んで、
そのまま連絡バスで広島市内に向かい、運良く捕れた市内中心部
(平和大通の近くです。)の宿に入って、できれば、巡礼もかまして、

そして、翌土曜日は第4戦。9時くらいに球場にならんでからのゲーム観戦。
終了後、この日の宿は東広島なので、新幹線でそちらに移動。
さらに、翌日曜日は第5戦、同じく9時くらいに球場に並んでからゲーム観戦。
終了後、この日の宿は広島駅前なので、そちらに行ってから、別の巡礼をカマして
月曜日は新幹線で神戸に移動して、神戸~新千歳に飛んで帰ってくる予定です。

出来れば、3連勝で日本シリーズ行きを決めてほしいのですが、
そうすると試合い見れないしなぁ。
なんとか5戦目で日本シリーズ行きを決めて欲しいですが
そうすると2敗するのかぁ、うーん。

などと贅沢な悩みを抱えております。

天気も持ちそうですし、気合いも入ります。
そんなレポートはまた後日、当ブログでしたいと思います。



そんなカープ関連で、先週気になったニュースを3つ。


一つ目は、先日引退を表明した廣瀬選手ですが
RCC中国放送の解説者になるそうです。
外から野球を見ることが出来るので、いいですね。

~速報!今季引退のカープ・廣瀬純選手 中国放送解説者に~
 
今シーズンで16年間の現役を引退する
広島東洋カープの廣瀬純選手が、
来シーズンからRCCの野球解説者となります!

廣瀬選手のコメント
 「選手に近い目線からカープ野球の魅力を
  幅広い年代に伝えていきたい」

とのことです。新しいフィールドで野球を学んで、
それをいつかカープに還元してほしいものです。

これで、カープOBの解説者は、
NHKが大野さん
RCC(TBS系)が安仁屋さん、山崎隆造さん、横山竜二さん 廣瀬さん
広島テレビ(日テレ系)が山本浩二さん、池谷さん、野村さん
広島ホームテレビ(テレ朝系)が北別府さん、前田さん、
テレビ新広島(フジ系)が山内さん 
フリーが達川さん。ということになるんですね。


二つ目は、カープファン倶楽部「コイココロ」が、大幅に定員を増やすとのこと。
今までは18000人限定なうえ、継続入会が80%を超えて
新規入会がしにくかったのですが、
来年からは会員定員が3万人になる。とのことです。

おおお、これは朗報。
連続で入りそびれていたので、今年こそ。リベンジ成るか、です。

にしても、コンビニで申し込みをするしかない私
チケットを購入した時みたいに端末に張り付かなくてはならないですね。



そして、三つ目は訃報です。

1960年代から70年代にかけて、カープの主軸として活躍して、
現役時代はカープ一筋であったのにもかかわらず、
その後、ロッテの監督などもつとめた、山本一義さんが、
9月の17日になくなっていたと、3日、報道されました。
9月10日にカープが25年ぶりのセ・リーグ優勝を果たし、
祝賀ムードに水を差したくないとする故人の意向で、
遺族が公表を控えていたそうです。

この配慮が、まず感動します。

山本さんは、広島商、法政大でプレイをしたのち、61年にカープに入団。
強打の左打者として、タイトルこそはとっていませんが、15年の選手生活の中で
打撃10傑入り5回、ベストナイン2回、オールスター出場5回と
カープにとってはなくてはならない選手として活躍していました。
山本浩二選手の前に4番を打っていたのが、山本一義選手で、
山本浩二選手が法政大学に進んで、カープに入ったのも、山本一義選手の影響です。

カープがリーグ初優勝した75年限りで現役を引退。
引退後はカープや近鉄バファローズなどのコーチを経て
82年から2年間オリオンズ監督を務めました。
カープのコーチ時代は高橋慶彦、金本知憲といった
多くの好打者を育てまして、現役時代よりも、僕は、こっちの印象のほうが強いです。


ちなみに、1961年のプロ入りに際しては、高校、大学と先輩にあたる
鶴岡一人さんが監督をしていた南海ホークスへの入団を約束していたそうです。

ところが大学4年生のある日、野球部のマネージャーから「通産省から電話です」
と呼び出され、電話に出てみると通産省に来てほしいとのこと。
出向くと、当時の通産大臣であった池田勇人が、
「ふるさとを捨てるな、帰ってきてほしい。僕が首相になるか、
 君がカープを強くするか競争しようではないか」と、
こぶしで机を叩きながらの熱弁をしたそうです。

当時から、広島を大切にしていると公言していた山本さんは
この「ふるさとを捨てるな」の言葉に参りまして、
広島入団を決意して、殴られる覚悟で大阪の鶴岡さんのもとを訪れて、
今までの事情や、池田さんの話をして、
「ふるさとを捨てるな」の言葉が耳から離れない、どうか広島へ帰してほしい
と頭を下げたところ
鶴岡さんからは、「胸張って広島へ帰れ。広島へ帰って、活躍せい。
何か手伝うことがあれば、何でもしてやるから、頑張ってみろ」と言われたそうです。

あああ、いい話しです。

そして、選手として活躍し、コーチとしても後進の指導で成果をあげ
素晴らしい野球人生です。

それにしても、ここでも池田さんの登場です。
以前、こんんなエピソードを紹介しました。

大のカープファンの池田首相は、万年Bクラスチームの弱さに
イライラしていた。
同じ万年Bクラスチームの国鉄を資金援助していたサンケイ新聞の
水野成夫社長とは、同じ亥年生まれで親友同士だったが、
カープには国鉄のエース・金田正一投手に抑えられ、
四番・豊田泰光遊撃手にホームランされ負けるという
“必敗パターン”があった。

ある時、必敗パターンにやられたカープを見て
堪忍袋の緒がきれた池田首相は「水野君、豊田の電話番号教えろ!」。
で、豊田宅に
「ワシじゃ、首相の池田じゃ。アンタ、よう打っとるが、カープの試合に打ったらいけんよ」
と電話をしました。
「あんなビックリしたことはなかった」と豊田泰光さんは振り返りました。

微笑ましいエピソードですし、豊田さんは、日本の首相でも注目をしているんだ。と
自分の仕事について社会に与える影響力を再認識して、
改めて襟を正して気持ちを強くしたとのことです。

そんなエピソードは、今、毎週木曜日のお楽しみ
「疾風の勇人」(大和田秀樹さん著 講談社 モーニングコミック)には
出てくるのかな?

にしても、池田さんが影響与えた野球選手が奇しくも同年にお亡くなりになるというのも
どこか運命めいたものを感じます。

 
山本一義さんに対して、心より
哀悼の意を表したいと思います。

あちらの世界からもカープの活躍を見守ってください。




と、いうことで。(´・ω・)ノシ
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