世間で北海道新幹線のニュースが、ニギヤカな感じです。

とはいえ、道内の民放がこぞって特番を組んだり、
道内で一番シェアの高い某新聞が、「正月か?」ってくらい増刊紙面を何面も作ったりと
盛り上がっているのはマスコミだけで、あとは平常運転な感じで静かです。

あと20年したら新幹線の駅ができる私が住んでいる町ですらそうなのだから、
ほかのところはなお更だろなぁ、などと思ったりして。


そんな今日の二週間とちょい前、こんなことがありました。

ある日のお仕事中、ワタクシの上司にあたるかたが、
「イトー君、今週日曜の仕事、オレやっとくから休んでいいよ」
とおっしゃいました。

アリガタヤ。

そして、後に何の気なしに、JR CYBER STATIONを見てみたら、
土曜の夜発車のはまなすの指定席に、なんと空きがあるもよう。
まさか、このタイミングで切符のとれる可能性があるとは。
しかも、これ以降、廃止の日まで全部の指定、寝台は埋まっています。
これは千載一遇のチャンスか、と思って、
翌日早々にK知安駅に行くと、無事に切符がとれました。

と、いうことで、
FictionJunction CLUB会員限定「FJC会員が選ぶ"もう一度聴きたいBEST20 Part2"」
に行くので使うのが、ラストになるかな? と思ったはまなすですが、あと1回乗れました。

そして、この時ははまなすが目的なので、
ついでに浅虫温泉に行ってから「スーパー白鳥1号」帰ってこれます。
スーパー白鳥も今回で乗り納めです。

ということで、実は今までと、あまり代わり映えがありませんがレポートです。

急行「はまなす」は、青函トンネルの開通により廃止された青函連絡船の深夜便の代替として、
1988年に運転が開始されました。
「B寝台」、「ドリームカー」、「のびのびカーペット車」、「自由席」といった
バラエティに富んだ車両のグレードと、札幌・青森を夜に出たあと、
青森・札幌に早朝に到着するという、使いやすい運行時間が特長で、
運行開始以来、鉄道ファンのみならず、数多くの観光客とかビジネス客に加えて、
帰省などで利用するファミリー層などを運んで来ましたが、
北海道新幹線が開業するのに加えて、車両の老朽化もあって、
2016年3月21日をもって運行を終了するのです。

白鳥は、もともと1961年10月に運行を開始された。日本海沿岸を走る昼行特急で、
大阪~青森・上野間を結んでいました。
当時、大阪駅~直江津駅間は青森駅発着編成と上野駅発着編成を併結して運行され、
国鉄内部では青森駅発着編成を「青森白鳥」、上野発着編成を「信越白鳥」と区分していました。
「青森白鳥」は大阪~青森間(当時1052.9km)を走る、
昼行特急列車としては日本一の走行距離を有する列車でした

1965年10月1日のダイヤ改正で上野駅発着の「白鳥」を「はくたか」と系統分離した後、
青森駅発着の「白鳥」が単独で運行されましたが、
国鉄分割民営化を経て2001年3月3日のダイヤ改正により、大阪駅~金沢駅間は「雷鳥」、
金沢駅~新潟駅間は「北越」、新潟駅~青森駅間は「いなほ」に系統分割され、
一旦「白鳥」の名前が消えました。

そして、2002年12月1日に東北新幹線が八戸駅まで開業したのを機に、
八戸駅での東北新幹線との接続。そして、当時津軽海峡線を走っていた
快速「海峡」が、機関車の老朽化や客車列車独特の作業の繁雑さなどの問題があり、
問題解決を目的とした置き換えのため、
八戸駅~青森駅~函館駅間で運転を開始した特急の名前として復活します。

2010年12月4日、東北新幹線の新青森駅までの全通にあわせ、
新青森駅で東北新幹線と接続する特急として新たに運行を開始しました。
が、こちらも歴史的な使命を終えて、2016年3月21日を持って運行終了です。


約27年間、北海道と青森の間を結んで来た「急行はまなす」や
複雑な歴史を持った「白鳥」の雄姿がみられるのも、本当にあと僅か。
ということでの、はまなすと白鳥のさよなら乗車です。

土曜日は午前中仕事でしたが、午後から地元のバスと、都市間バスを乗り継いで、
16時過ぎに札幌に到着。その後、一粒庵で、麻婆ラーメンを食べたり、
若干の用足しをしたのちにいつものようにキオスクで、ビール、ハイボールと、
軽いつまみがわりの調理パンやおにぎりを買ってから、
駅改札内の大型ビジョンがある待合の横にある、列車の時刻が書かれたビジョンを見ると
21時38分入線予定と書いてあったので、21時30分くらいに、札幌駅の4番ホームにあがりまして、
「はまなす」が、入線してくる様子などをカメラにおさめます。

入線後は、先頭に行って、同好の士に混じって写真を撮影。
先月に乗った時よりも、さらに写真をとる人が増えています。
女性も多くて「見て見て、いい写真、たくさん撮れた」などと女性同士で話して
写真を見せ合ったりしています。
鉄道好きな女性って本当に増えたなぁ、と思いながら、
こうやって青く塗色されたDD51に牽引される青い車両を見るのも
あとわずかならば、この勇姿を写真におさめるのも本当に最後だな
などと考えながら、自分の席が連結されている車両へ戻ろうとすると、
DE51と、寝台車の間に高速軌道試験車と書かれたマヤ検ことマヤ34 2008 が連結されてます。
これは珍しいです。
私が写真をとると、同じように写真をとっている人が何人もいます。

「軌道試験車」は、軌道の状態を走りながら測定できる車両として、
1960年から1981年にかけて10両が新製されました。
軌道の測定は、5m間隔で設置された、各台車中央の
測定用の小車輪の動きを検出することで行うそうです。

マヤ34 2008は、8両目にあたる1978年の増備車で、日立製作所製。
1987年の国鉄民営化の時、JR各社には9両のマヤ34が引き継がれましたが、
現在現役なのは、北海道の2008と九州の2009のみで、
マヤ34 2008は、2004年の更新改造に引き続いて、2012年3月に苗穂工場で全般検査を受け、
今も北海道各線を検測して回っているそうで、
「はまなす」にもたびたび連結されているそうです。

さらに、手前の貫通扉の窓に「手ブレーキ 機関側出入り台にあります」と
張り紙があるのも写真におさめてから、この日の座席へ。

前回はB寝台、前々回はドリームカー、その前は、カーペット車、
更に前はB寝台だったのですが、この日は、ドリームカーです。
しかも、土曜日の切符に加えて、数日前にとったのにも関わらず、窓際でした。
ちなみに、ここ数ヶ月ではまなすに5度乗車しましたが、
そのまま東京に行った時は2度ともB寝台だったのに対して、
浅虫温泉の南部屋海扇閣に行った時は2度ともドリームカーでした。
全くの偶然だぞ。

カーペット車に乗った時は、浅虫温泉の駅前にある公共温泉に行って
そのままとんぼ返りしましたっけ。
ま、今回もとんぼ返りですが。

ちなみにこの日は、B寝台の1号車と2号車の間に増結21号車。指定席が3号車から6号車
その間の4号車がカーペット車で、5号車、6号車がドリームカー。
さらに後に自由席の7、8、9号車という編成です。

ドリームカーには、かつて「急行まりも」(札幌~釧路)など気動車のグリーン車に使用されていた
指定席車両が使われています。
大型のシートと、145度まで倒れる深いリクライニングの角度が特徴です。
倒してみると、にょろ~ん、という感じで無段階で倒れるので、しっかり休めそうです。
私自身は、はまなすだけでなく、まりも時代にもお世話になった車両なので、
これで本当におわかれと思うと、いよいよ感慨深いです。

入るとすぐに、ミニロビー的なフリースペースがあります。
高いカウンターのようなテーブル1に、高い椅子4の組み合わせのセットが
通路から見て両サイドに設置されていて、昭和感に溢れています。
現在、夜行列車でのこのようなスペースは数少ないので、貴重な存在です。

行ったときに、すでに何人かが談笑されてます。人気です。

席に行くと、周囲に誰もいないので、荷物を置く前に、
前回見て、いいな~と、思った、
自分の座るシートをにょろ~んとたおした写真を撮っている人がいたのを思い出して、
自分も自分の席と隣の席を完全に倒した写真をとります。

すると、「すいません」と声を掛けてくる人が居るので、
「あ、すいません、すぐ戻しますので」と言うと
「違うんです。その写真、僕にもとらせてください」とのこと。
どうぞどうぞ、と、写真をとってもらったり、しばし談笑。
こういうのも最後です。

荷物を置くと、戻した座席を初手からにょろ~んと、全部倒すのもなんなんで、
軽く傾斜させてゆったりします。
足下にはフットレストがありまして、こちらが、グレーのビニール張り面の土足用のと、
座席と同じモケット張りの素足用がある、リバーシブル構造です。
横にあるレバーで高さ調節ができるので、自分の体格・寝る体勢にあった高さで
足載せを使うことができます。
まずは、ウラにむけて靴を脱いで、軽くくつろぐ姿勢にあわせて角度を調整します。

すると、お隣さん登場。軽く挨拶をしてから、発車に備えます。
向かいのホームに、接続をするスーパー宗谷が登場。
そして、しばしして定刻に発車します。

ホームには3~40人くらい、カメラを構えた人が残って、お見送りをしています
手を降っている人も居るので、手を振り返したりもします。
そういえば、さきほど、写真を見せ合っていた女性の2人連れのかたも、
カメラを構え続けています。
てっきり、はまなす発車前にホームを右往左往しながら写真とっている人って
全員が乗る人だと思っていたのですが、ちがうんですね。

しばらくして、オルゴールが流れて車内放送が始まります。
このオルゴールもあとわずか。
「明朝~時」というアナウンスも、もう聞けないんだなぁ。

発車のタイミングに合わせて、ビールをカシュッとあけます。
気分は別れの盃です。

苗穂・白石と、外の景色を見ながらビールをチビチビ。つまみ代わりのお握りをモグモグ
オレンジ色の街灯とかが綺麗ですが、こうやって、夜の景色を見るのも本当にもう最後です。

前回、寝台に乗った時は指定席車両にニギヤカそうでしたが、
この日の寝台も指定席も満員だそうですが、周囲は割と静かめです。
ビールやハイボールを飲みつつ、レールのガタンゴトンの音を聞きながら
千歳を過ぎたあたりで、睡魔がきました。
ここは素直に眠りましょう。と、後の方にリクライニングを倒すねむお話して、
にょろ~んとさせてから、睡眠。

と、はっと目覚めると、列車が減速してます。しかも外は町な感じです。
あ、函館です。

駅に近づくにつれて、半分くらいの人はまだ寝ていますが、
残りの人は機関車の切り離しに備えています。

今回は、切り離しや連結などは見ないで、座席でまったりとしています。
そして、気が付いたら、また軽くオちていまして、
函館でも出ずに体力温存したので、青函トンネルは見られるかな
と思ったのですが、今回も寝たまま通過をしてしまいました。

目が覚めたら、東の空がすっかり白んでいます。
そして、蟹田の直後、路線が海岸沿いに出るところで、丁度日の出をむかえます。
陸奥湾に浮かぶ朝日がものすごく綺麗ですし、
時間もぴったりで、天気もいいという、なんというご褒美でしょう。

神々しい生命力を感じる赤い力強い朝日と、陸奥湾の朝やけがきれいです。
持っていたラジオをNHKにあわせて聴いたり、
外を見ているうちに、おはよう放送が流れて、あと30分くらいで青森到着の時間です。

そこで、荷物やゴミをまとめて、忘れ物がないかを確認したのちに、
景色を見ると、またまた次第に人家が増えてきます。

そして、青森駅にほぼ定時に到着。
上野発の夜行列車で来たわけではなく、北へ帰るわけでもなく、
札幌発の夜行列車で南下してきたのですが
「青森~駅~は雪~のなか~♪」などと口ずさむのはお約束です。
ま、これで、私が「はまなす」に乗るのは、本当の本当に最後です。
今まで、ありがとうございました。さようなら。

「はまなす」は青森到着後、すぐに機関車が切り離されて、
その代わりに、ディーゼル機関車が反対方向に連結され、青森駅を離れていきますが、
この日は、前回訪れた時よりも一本早い列車で浅虫温泉に行きたかった。
乗り換え時間は5分強ということで、後ろ髪を引かれる思いで駅へ行き、
老舗旅館南部屋海扇閣の「朝風呂&朝飯バイキング」に
青森~浅虫温泉間の往復券がついて、1950円というお得な
「浅虫温泉あさ風呂きっぷ」を購入。
この切符も販売期間が3月一杯なので、買うのも使うのも最後です。

そして、6時25分発八戸行き快速に乗って、
1ヶ月ぶりの青い森鉄道の車窓を味わいます。
日曜の早朝というこの時間、さすがに学生さんはいません。
6時48分浅虫温泉着。そのまま南部屋海扇閣を目指します。

そちらで、バイキングと朝風呂を堪能。あー、大満足でした。
感想は、後日当ブログにて。

そして駅へ戻って、 8時50分発の青森行きに乗って、9時14分に青森駅着。
駅前の観光センターで用を足したり、同僚や知人のお土産を買ったり
この日の昼飯にするための大館、花菱の鶏めし弁当を買ったりしてから、

10:31分発のスーパー白鳥1号にのります。
スーパー白鳥も、前回浅虫に行った時以来ですから、1ヶ月ぶりです。

乗る前に、これで最後だからという気持ちで写真をとっていると、
多くの人が写真をとっています。
はまなす だけが終わるわけではないんだという気持ちが改めて強くなります。

この日は指定席です。7号車に乗車、窓則の席なので、景色も綺麗です。
さっき、浅虫温泉で見た海の向こうの陸地ってここらへんですかね。

座席の背面には青函トンネル通過予定時刻が列車毎に書いてある
シールが貼っていて、そんなのも改めて写真におさめたりします。

行きにきれいな赤い朝日だっかのず、すっかり上がって、キラキラと陸奥湾を照らします。

逆側には併走する新幹線の高架も車内から見えます。
途中、蟹田ではJR北海道の乗務員と交替があって、
蟹田~木古内間は特急列車しか走らないのでこの相互区間内のみは
乗車券のみで特例で特急自由席に乗車出来るコースで、青春18切符も使えましたっけ。
青函トンネルが開通した1988年から28年間、
海峡線の列車が停車する本州側の最北駅で、
何度となくJR東日本とJR北海道の乗務員交替があった駅でしたが、
北海道新幹線開業後は、単なる津軽線の一駅に戻るのでしょうか。

乗務員の交代は蟹田ですが、JR東日本とJR北海道の境は中小国。
信号所を過ぎると津軽線と分岐して、海狭線の高架線に新幹線が合流。
さらにいくと新幹線の線路と分岐して、新幹線の奥津軽いまべつ駅の横を通過します。
新幹線駅を津軽海峡線が挟む配線で、昨年8月10日までは津軽今別駅がありましたが、
ホームは撤去されています。
ここも貨物とかの信号所的な感じで残るのですかね。

そして、いくつかのトンネルを経て青函トンネルへ。
途中トンネルとトンネルの間は三線軌条なのが見て分かります。

青函トンネル自体は、僕自身、きっと新幹線になっても使うことが予期できるのですが、
白鳥で通るのは最後です。と少し感傷的になって、
竜飛海底・吉岡海底の通過を目視確認をして、いよいよ北海道に戻ります。

そして、木古内を通過、江差線として乗るのもこれがきっと最後で、
次に乗る時は、道南漁り火鉄道になる沿線の景色は綺麗で、
天気こそ曇ってきましたが、穏やかな海が目にはいります。
遠くに見える函館山の形も北海道に戻っていた感じで安心をしますし、
上磯のセメント工場の威容と、積み出しのベルトコンベアが海にのびている様子も
いつ見ても感動的です。

ほぼ定時の12時22フ分にて函館駅に到着。

お世話になりました。今までありがとうございました。
と、スーパー白鳥に別れを告げると
向いのホームには、このあとのるスーパー北斗 が泊まっています。

最後の白鳥の勇姿を写真におさめたあと、イキオイで北斗の写真も撮りますと、
なんか多くの人がそうしていまして、
写真を撮りおわったワタシに
「コノ車両ッテメズラシインデスカ」と聞いてきた女性もいたりして、
ワタシは、「この車両は珍しくないですが、こちら(白鳥)の車両はあと2週間で廃止です」
と言ったら、「アリガトウゴザイマス」とお礼されて、そちらの女性の方も
白鳥の写真をとっていました。

本当に女性で鉄道の写真をとるかたって増えましたね。

そして、函館12時29分発のスーパー北斗7号に乗ります。

乗り換え時間が約7分で写真とったら時間的にいっぱいいっぱい
なおかつ、函館の駅構内のキオスクも駅蕎麦も撤退してしまったので、
1回改札を出ないと、駅弁が買えなくなった函館駅は、
一方で新しいエキナカのショップが出来て、
テナントに入った色々なお店が新幹線開業に備えている、という
ハナヤカなニュースが流れるのですが、
一方でこんな寂しいニュースは報じられません。

ダイヤ改正で、新幹線開業というハナヤカなニュースがある一方で、
ワタシが使うような地方線は、キハ40の老朽化という名目のもと、
大幅に減便されて、不便になるのと、極めて似た構図で、
ちょっとションボリします。

話しを戻して、そんな函館駅の買い物事情に加えて、
前回買ったみ×どのお弁当がハズレだったということもあって、
(み×どのお弁当に美味しいのも多いのですが、タマタマこの回チョイスしたのが
残念な感じでした。)
今回も青森駅のニューデイズで、大館花菱の鶏めしを仕込んでいました。

この日は指定席もいっぱいですが、窓際の席を無事確保。
函館の街の景色が次第に田舎にかわっていく、七飯のあたりで、鶏めし弁当をいただきます。
井之頭五郎氏ではありませんが、「せめて列車が動き始めてから食べればいいのに」です。
ゴローちゃんが、新幹線の中をシウマイ臭くしたジェットテロの回での名言です。
東京駅を出発してすぐに駅弁を食べ始める出張サラリーマンを
「どうしてあんなにせっかちなんだろう」とあざ笑った時のせりふです。

「どうしてああせっかちなんだろう。せめて列車が動きはじめてから食べればいいのに……。
俺は少なくとも新横浜を過ぎてからだな。せこい出張でも少しは旅気分を味わいたいじゃないか。」

せこい出張ではありませんが、ワカルワカル。
ま、この日は朝はバイキングで、死にそうなほど空腹ではないので、
余裕を持って、人家が少なくなったところまで、ハイボールをチビチビしてました。

大館駅の鶏めし弁当は、僕としては、東北のJR駅弁でもトップクラスに好きなお弁当です。
前回は、黒いかけ紙の特上鶏めし弁当でしたが、
今回は、赤っぽいかけ紙の通常の鶏めし弁当です。

掛け紙をはずして、ふたをあけると、このルックスでまずヤられます。
まずメインは、茶色い味付けご飯の上に鮮やかな黄色のそぼろとたまごに、
鶏肉の甘辛煮と、綺麗な桃色の飾り麩と・緑のいんげんと・栗の甘露煮
そして、おかずのコーナーには
がんもどき煮(魚肉(たら)・玉葱・豆腐)
鶏肉のつみれ(鶏肉・玉葱・とんぶり・パン粉)
変わり蒲鉾(魚肉・ほうれんそう・でん粉)
胡瓜漬け・柴漬け・椎茸甘露煮(うえに胡麻がチラされている)・
といったところがこんにちわです。

特上に入っていた、茄子の田楽煮、エビ真薯、ハムなどは入ってませんでしたが、
これで、880円ですから、コストパフォーマンス的にもいいです。
特上は1100円。これはこれで美味しいからいいのです。

箸袋から、取り出した箸を割ると、軽く木のいい匂いがします。
この弁当の割り箸は、秋田杉の間伐材を使っていて、美しい木目が入っています。
弁当箱は木の年輪の模様が入った樹脂製ですけど、箸は純正の秋田杉で、
箸なのにしっかり香る杉にまず、感心しながら
ご飯に箸をたてて掴んで頬張ります。

うん、美味しいです。
買ったのが2時間以上前なので、ご飯は冷えていますが、旨いです。
大潟村と大館のあきたこまちを使っているそうで、ふっくらとした米自体も
ほんのり甘くて旨味あります。
炊き加減は絶妙ですし、醤油とか砂糖とかみりんとかベースにした味付けも濃すぎずに、
米とのハーモニーをしっかりと味わうことができます。
鶏の滋味と旨味を生かした極上の出汁がくわわって
噛むたびにうまにが出てきます。これは美味しいです。
炊き込みご飯がつめたくなっても美味しいってのがうれしいです。

鶏肉もしっかりとしたかみ心地で、しみじみ旨いですし、
メインである比内鶏のしっかりとした味わいと、それを生かしつつも
濃い目に味付けて、かつ楽しめる歯ごたえに加えて、
こちらも噛むと、旨みとともに肉滴もあふれてきます。
あー、比内鶏美味しい。
丁寧に作られた卵のそぼろもご飯の旨さを守り立てます。

そしておかずも、一見、実にシンプルですが、
その一品一品が混んでいます。

がんもどきは、豆腐と魚のすり身のベースに、たまねぎがはいって、
ひろうすみたいですし、
ほうれんそうなどでカラフルになっている、花形の変わり蒲鉾でも
ずいぶん手が込んでいて、これもおかずとして旨い。
とんぶりがはいっている芸の細かさを見せている鳥のつみれも
表面が固め、中が柔らかめで、軽く噛むだけで肉滴が出てきます
しいたけもしっかり煮込まれた上、旨味が溢れてきますし、
胡瓜漬けもきちんとした本漬けですし、
柴漬けまでが丁寧な感じがして、旨いです。
こんな感じで、一品一品、芸が細かいのです。
それぞれがいい仕事しています。

そして、ご飯にあうものは、ビールやハイボールにもあうのです。
大沼とか、駒ヶ岳とか見ながら、この贅沢さ。です。

しかも、しかし保存料を使用していないので通販はやっていないというのも
スペシャル感を盛り上げてくれます。

そして、最後に栗の甘さに酔いしれて、完食いたしました。
ああ、このシウマイ弁当にも匹敵する充実ぶり。
さすが東北きっての名弁当です。

因みに今回、鶏めしを手に入れた青森駅のニューデイズでは、
鶏めし弁当と、極上鶏めし弁当の横に、唐揚げ鶏めし弁当が売っていました。
こちらも気になります。

なんでも調べると、定番の「鶏めし」に比べて、ご飯の量は少なめですが、
その代わりに、鶏手羽の唐揚げ1本と鶏唐揚げが3個入っているそうです。

しかも、お値段は650円と、コストパフォーマンス的にも文句なし。
このご時世に600円台で駅弁が帰るなんて。
今度、秋田か青森にいって駅弁買うなら、これだなと心に誓ったりして。

あと、買ったビニール袋からとりだして、座席に付属しているテーブルを倒して、
赤い掛紙がついた弁当を置くと、私の隣の席の方が
隣「すいません、そのお弁当って、この辺で買えるところあるんですか?」
私「あ、これ、青森駅のニューデイズで買ったんですよ。」
隣「あー、青森ですか…、…でも、青森でも売ってるんですね」
私「1ヶ月前とか行った時にも売ってましたよ」
隣「ありがとうございます」
なんて会話がはずんだりしました。すごいね、鶏飯。

そして、ご飯を食べたり、ハイボールをあおったりしながら、東山とか、
鷲の巣などの味わいのある駅の佇まいを見たりして、長万部着。

長万部で45分待ちということで、構内の観光案内所とかでぶらぶらしたのちに、
そして14時29分の小樽行きにのって 倶知安到着が16時と、
ほぼ26時間たって戻ってきたわけでありました。

そして、ワタシ以外は全員が外国人観光客といった、
ホームなのにアウエイ感しかしない路線バスに乗って自宅へと戻ったのでした。


あああ、大満足な、僕的最後のはまなす、そして白鳥でした。

そして更に今回のダイヤ改正で、最後になるものもありまして、
そちらの遠征も計画しておりますが、
その顛末は、また後日、当ブログで報告できたらいいなと思っています。

と、いうことで。(´・ω・)ノシ
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://radiofhf.blog65.fc2.com/tb.php/2044-cc148666