十勝から車で帰ってくる途中ですが、最初は長沼界隈の温泉に入ろうと思っていたのですが、
丁度、HBCラジオ「ガンちゃんの世界一面白いプロ野球の番組」がはじまるところだった。
しばらく聞いてなかったので、聞いてから温泉に入ろうと思い、帰り道にあり、
かつここから1時間以上かかる温泉は、と考えた時に出てきたのが、支笏湖畔の温泉でした。
ということで、恵庭市街を抜けてから、国道を経由して、支笏湖畔北部へ。
「あれ?いとう温泉の看板がないなぁ」などと思いながら進むと、
そのまま丸駒温泉に到着しました。

と、いうことで丸駒温泉にお世話になりますが、休日の午後ですので、流石の混雑です。
降ったりやんだりの雨の中、館内に入って浄められた館内をすすんでいくと、
脱衣場があります。この時点で混んでいるのを再確認します。

とはいえ、こちらは内風呂も比較的広ければ、露天風呂もあって、
さらに、名物である、支笏湖とつながっているため
支笏湖の水位で温泉の水位も変わるという露天風呂もあります。

だから、それぞれの湯槽に別れて入っているので
そこまで混んでいる感じはせずにゆったりとそれぞれのお湯を楽しむことが出来ます。

まずは名物の露天から。この日はそこまで水位が深くないです。
以前訪れた時は、水位130センチでした。この時小さい女の子連れのお父さんがやってきて
お父さんいわく「外のお風呂は始めてだねー」なんて言ってましたっけ。
初めての露天が丸駒だなんて、どんな英才教育なんですか。
ま、しっかり、お子さんのことを支えていましたが、うっかり手でも滑らそうものなら
その子は露天に対して一生トラウマを抱えてしまうでしょう。

なんて余計な心配をしたのですが、この日は家族連れなどはなし。

あとは、航空関係者とか、ゴルフを楽しんでいる風のお客さんが多いのもこちら。
ま、確かに千歳からも1時間足らずでこれますからね。

大学生風の4人組がハシャいでいました。

淡い緑いろをして、なめると鉄の味のするお湯は
いかにも効きそうな感じでそこはよかったですね。
内湯も、内湯と隣接している露天も、それぞれが味わいがありましたし、
せわしない感じはしなかったのでいい感じです。


また、この日は支笏湖一面が降ったりやんだりする雨のせいで
霞がかかっていて、そんな景色も幻想的でよかったです。
と、大満足をして地元へ戻ったのでありました。

ただ、行きは見逃していた「いとう温泉」の看板ですが、
改めて見ると、看板が外されたあとと、温泉へ降りる道に
鎖が張られているのを発見。どうなったんでしょうか??

あと、僕が行った直後に降った大雨のせいで、
丸駒温泉へ行く道が閉ざされていたニュースを聞きました。
道は無事開通したのですが、同じ時期に閉鎖になった、
札幌~支笏湖間の国道は未だに閉鎖されています。

どうなることやら。



さて、この翌週は甲子園巡礼。
一勝一敗で帰ってきたのですが千歳到着が15時少し前。
これから、帰り道にある温泉で、なおかつ家からそう遠くないところ
と考えて向かったのが、いつものワイス温泉 ワイス荘です。

ワイス荘は、国道5号線沿いに、目立つ看板がありまして
そこが目印。曲がると、小ぢんまりとたたずむ温泉で
少し奥まったところにある駐車場には、たいてい車が何台もとまっています。

この日は日曜の午後でありながら、お客さんはやや少ない感じです

湯銭を払って脱衣場へ行くと、そこで話し込んでいる湯上がりのお客さんが3名。
丁度タイミングがよかったのでしょうか、さらに今まで入っていた人が
出ようとしたところです。

中へ入ると、窓から陽光がさしこむタイル張りの浴室は広く、
その中央にドドンとひとつ広い浴槽がありまして
プラスチックのパイプから勢いよく注がれたお湯が、
湯槽の縁の三方からざんざんとあふれていまして、
お湯が流れて満たされた床のタイルは茶色く変色しています。

お湯は無色透明で、少々熱め。ほんのりとした湯の香とともに、
軽くナメると、ほのかなナトリウムっぽい味が
温泉に入っている気分を盛り上げてくれます。

この透明なお湯に身を沈めると、自然と息も出てきますし、
肺の空気を思い切りだすのも気持ちいいです。
お湯の中でも、お湯の外でも肌にあたるお湯の感触もいいです。

そして、この日も先客のかたはいないということで、貸切ならではの楽しみ
道南スタイルを楽しみました。

道南スタイルは、こころから気持ちいいですし、
遠征の疲れが一気に癒されます。
背中で感じるお湯がオツなのはどこの温泉でも共通です。

耳を澄ますとお湯が流れる音しかしません。

最高です。

と、いうことで、元気づけをしたのちに、
自宅に向かったというわけです。

ちなみに、こちらは、
昭和43年(1968年)、金属鉱物探鉱促進事業団(当時)が
鉱床探査で実施したボーリングで温泉を確認したことに始まるそうで、
2年後の昭和45年(1970年)7月に村営(昭和46年に共和が町制施行)の
国民保養センター・ワイス荘がオープン。
湯量低下で昭和50年(1975年)に別の泉源(2号井)をボーリング。

昭和55年(1980年)、町営から民間に譲渡し、
長らくワイス観光が経営していましたが、
平成17年からワイス温泉(㈱市原)が経営を担っているという
歴史があるそうです。近所には国富鉱山もありましたし、納得です。

これからも、この温泉の歴史が続いて欲しいものです。


ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。

かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした(´・ω・)ノシ
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://radiofhf.blog65.fc2.com/tb.php/1783-4e1122a3