この日は、栗山のはらへー太さんでカレーを食べる予定でした。
そこでその前に行く温泉は近場のところです。
ゴルフ場が併設されているホテルがあり、築20年程度なのかなぁ、
少し古びた感じです。券売機で購入し中へ。

休憩場には、ステージなどもあって、カラオケ大会とか余興なら出来るレベル。
そこでは早速地元の人がくつろいでいます。
そんな様子を見ながら脱衣場へ行くと、こちらも賑わっていて、中も多くの人がいます。

入ると全面が窓なのに加えて天井も高めで開放感があります。
お湯も露天風呂が丸見えでしたが。露天の壁が高いので、
展望はそれほどでもない模様。

しかも、冬季間は露天風呂は休止ということで、お湯こそはってましたが
入れない状態でした。

内風呂の大きめな湯槽をたのしんだのちに、こちらを後にして
はらへ~太さんに向かったというわけです。

ちなみにこちら、循環・塩素の表示はなかったのですが、
成分分析表の銀色のシールも張られていなかったので
名前は伏せます。




後日、お仕事の関係で札幌に行きましたが、その翌日は
畏友GMクンと飲む予定。ということでその日は札幌に泊まりました。
その夜〔というか早朝〕にはW杯の抽選がありまして
晩酌をしながら興奮してみていました。
果たして、日本は死の組を逃れた模様。
確かに予選のほか3チームもあなどれませんが、
でも、まずは死の組み入りを逃れたということで
深夜〔早朝〕なのにメートルも上がります。

と、そのままヲちてしまいましたが、当然のように抜けていません。
朝飯こそは無事いただいたものの、体がオモダルい。
これは抜かなければ、ということで、この日の宿から一番近い
温泉銭湯にむかいました。

桑園駅から程近いスーパー銭湯風の建物は
行った10時代ですでに混雑をしています。

券売機にお金を払い、広々としたエントランスからロビーを抜けて
混雑している脱衣場を抜けて中へ。

湯槽を満たすお湯は薄い黄色でしたが匂いは無く、
なめるとほのかにナトリウムの味がします。
露天も混んでいましたが、ひのき風の方には、屋根があって、
半分仕切りがあり、寝風呂になっているのでまずはここでまったり。

あー、生き返ります。

さらに内風呂には低温湯があるので、そちらでさらにのへーっとします。

さらには外に出ていすに腰を下ろしたりしながら一時間。
たっぷりと汗をかいたせいで、体も軽くなりました。
よかったよかった。

ちなみにこちらは札幌市内の温泉銭湯ということで
あたりまえだの循環、塩素でありましたので
名前はふせます。




翌日、連日の飲みで疲れたからだを癒すべく、
自宅に帰る前によったのが、ワイス温泉 ワイス荘。

ワイス荘は、国道5号線沿いに、目立つ看板がありまして
そこが目印。曲がると、小ぢんまりとたたずむ温泉で
少し奥まったところにある駐車場には、たいてい車が何台もとまっています。

この日も、工事関係の車でしょうか、ワゴン車とかが
たくさん止まっていました。

が脱衣場へ行くと、丁度タイミングがよかったのでしょうか、
先客はどなたもいらっしゃいません。

中へ入ると、窓から陽光がさしこむタイル張りの浴室は広く、
その中央にドドンとひとつ広い浴槽がありまして
プラスチックのパイプから勢いよく注がれたお湯が、
湯槽の縁の三方からざんざんとあふれていまして、
お湯が流れて満たされた床のタイルは茶色く変色しています。

お湯は無色透明で、少々熱め。ほんのりとした湯の香とともに、
軽くナメると、ほのかなナトリウムっぽい味が
温泉に入っている気分を盛り上げてくれます。

この透明なお湯に身を沈めると、自然と息も出てきますし、
肺の空気を思い切りだすのも気持ちいいです。
お湯の中でも、お湯の外でも肌にあたるお湯の感触もいいです。

多くの人に愛されているのもよくわかります。

かつて、一回、朝が九時から始まるようになった時期がありましたが、
これだけファンがいるのなら、六時始まりは正解でしょう。

そして、この日も日曜の午後でありながら
先客のかたはいないということで、貸切ならではの楽しみ
道南スタイルを楽しみました。
背中で感じるお湯がオツなのはどこの温泉でも共通です。

耳を澄ますとお湯が流れる音しかしません。最高です。
が最高すぎて、そのまま軽くヲちてしまいました。
本当に。気持ちよすぎです。

と、いうことで、ここで少しだけ元気づけをしたのちに、
自宅に戻りました。

ちなみに、こちらは、
昭和43年(1968年)、金属鉱物探鉱促進事業団(当時)が
鉱床探査で実施したボーリングで温泉を確認したことに始まるそうで、
2年後の昭和45年(1970年)7月に村営(昭和46年に共和が町制施行)の
国民保養センター・ワイス荘がオープン。

湯量低下で昭和50年(1975年)に別の泉源(2号井)をボーリング。

昭和55年(1980年)、町営から民間に譲渡し、
長らくワイス観光が経営していましたが、
平成17年からワイス温泉(㈱市原)が経営を担っているという
歴史があるそうです。

近所には国富鉱山もありましたし、納得です。

これからも、この温泉の歴史が続いて欲しいものです。

あと、国富鉱山といえば、国道五号線の国富交差点のシンボル。
50mの高さを誇る旧国富鉱業所の大煙突です。
が、この煙突がたくさんの方々に惜しまれつつも、
老朽化に伴い解体されることとなりました。

少し前から、何か煙突にカバーのようなものがついていて
横を通るたびに少しずつ低くなっているような気がしたので、
調べたらそういうことになっているそうです。

富良野に住んでいる時から、国道5号線をドライブしているときに
この煙突を見ると、ニセコが近づいているなぁ、などと
思ったものですが…

寂しいけど、そういうことです。


ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。
よろしければ。


かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした。(´・ω・)ノシ

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