2013.01.26 球春悲喜
2月も目前になりまして,まだ寒い日々が続いていますが,
野球関係でいろいろなニュースが入ってきて,球春を予感させます。

まずは喜からです。

デイリースポーツの記事です。引用させていただきます。

センバツ出場校決定!21世紀枠はいわき海星、益田翔陽、土佐、遠軽
デイリースポーツ 1月25日(金)15時0分配信

 第85回選抜高校野球(3月22日から13日間・甲子園)の出場校選考委員会が25日、大阪市内で行われた。

第85回選抜高校野球 出場36校
 記念大会のため例年より4校多い36校が選出された。
 昨年の春夏から甲子園3連覇を狙う大阪桐蔭(大阪)が、2年連続12度目の出場を決めた。
 21世紀枠では、東日本大震災の津波による壊滅的被害や原発事故の影響を受けながら、昨秋の県大会で16強入りしたいわき海星(福島)のほか、益田翔陽(島根)、土佐(高知)、遠軽(北海道)の4校が、センバツ切符を手にした。
 また、東北絆枠で山形中央が選ばれた。
 組み合わせ抽選会は3月15日に行われる。

出場校は以下の通り。
▽北海道 北照(北海道)
▽東北地区 仙台育英(宮城) 聖光学院(福島) 盛岡大付(岩手)
 山形中央(山形)=東北絆枠
▽関東地区 浦和学院(埼玉) 花咲徳栄(埼玉) 常総学院(茨城)
 宇都宮商(栃木)
▽東京 安田学園 早実
▽東海地区 県岐阜商(岐阜) 菰野(三重) 常葉学園菊川(静岡)
▽北信越地区 春江工(福井) 敦賀気比(福井)
▽近畿地区 京都翔英(京都) 報徳学園(兵庫) 大阪桐蔭(大阪)
 龍谷大平安(京都) 履正社(大阪) 大和広陵(奈良)
▽中国地区 関西(岡山) 広陵(広島) 岩国商(山口)
▽四国地区 高知(高知) 鳴門(徳島) 済美(愛媛)
▽九州地区 沖縄尚学(沖縄) 済々黌(熊本) 創成館(長崎)
 尚志館(鹿児島)
▽21世紀枠 いわき海星(福島) 益田翔陽(島根)
 土佐(高知) 遠軽(北海道)


そうです、春のセンバツに、北海道から、道大会優勝の北照高校とともに
21世紀枠で、遠軽が選ばれたのです。

おめでとうございます。

こんなニュースもありました。
毎日新聞の記事です。引用させていただきます。

<センバツ>春夏通じ「最北端」の悲願結実…遠軽
毎日新聞 1月25日(金)22時27分配信

 一足早い春の便りがオホーツクの大地に届いた--。25日に第85回選抜高校野球大会の21世紀枠で出場を決めた遠軽(北海道遠軽町)。春夏を通じて「最北端」から悲願の甲子園の切符をつかみ、厳寒の地に笑顔がはじけた。【森健太郎】
 午後3時4分、校長室に高野連からの電話が鳴り響いた。受話器を取った後藤哲校長は「ご期待にたがわぬよう一生懸命精進します」と答え、両手で小さくガッツポーズしながら安堵(あんど)の笑みをこぼした。
 「甲子園」。遠軽にとって、あと一歩まで近づきながら到達できない地だった。05、06、11、12年と過去4回、夏の北北海道大会の決勝に進んだが、敗戦。11年春の21世紀枠候補になったが、選に漏れた。
 別室で待機していた選手たちに、後藤校長は「夢を夢で終わらせるな。さらに高いところに登って、今度は君たちがまちに元気を与える番だ」と伝えると、選手たちは「よっしゃー」と肩を抱き合った。その後、吹雪のグラウンドに駆け出し、待ち焦がれた吉報に喜びを爆発させた。
 遠軽町はオホーツク地方内陸部にあり、人口約2万2000人。同校は1940年創立の町内唯一の道立高校で、同地方からは昨年の21世紀枠の女満別(めまんべつ)に続くセンバツ出場だ。
 冬は雪に閉ざされ、氷点下20度以下になる日もあるが、除雪したグラウンドで守備と走塁を練習、ビニールハウス内でティーバッティングを繰り返し、実力を磨いてきた。
 だが、何度もはね返された甲子園の壁。「選手たちには(甲子園を)思いっきり意識させてきた」。就任5年目の佐藤貴之監督(41)は振り返る。選手たちも心を一つに、冬場の限られた練習環境を苦にもせず、高いモチベーションを保った。
 校舎にはこの日、町民有志が用意した「祝 春の甲子園初出場」の垂れ幕が掲げられた。甲子園での目標は「校歌を歌うこと」(佐藤監督)。まずは初戦突破に全力を注ぐ。
 柳橋倖輝(こうき)主将(2年)は「先輩が決勝で負けた姿を見て、自分たちの代では必ず甲子園に出ようと決意していた。環境をハンディと考えず、できることをとことんやって挑みたい」。夢の舞台での飛躍を誓った。


こちらはスポーツ報知の記事です。
引用させていただきます。

遠軽、創部67年目で初の甲子園…センバツ出場校決定
スポーツ報知 1月26日(土)10時13分配信

 遠軽に“春”が来た! 第85回記念センバツ高校野球大会(3月22日開幕・甲子園)の出場校を決める選考委員会が25日、大阪市内で行われ出場36校が出そろった。北海道では21世紀枠で、遠軽が創部67年目で春夏合わせて初となる悲願の甲子園出場を決めた。部員40人の野球部は町内唯一の高校。昨春、センバツに出場した女満別に続き2年連続で北見地区からの選出となった。一般選考では秋季全道大会を制した北照が、2年連続5度目の出場を決めた。組み合わせ抽選会は3月15日に行われる。
 オホーツクの空に、遠軽ナインの歓声が響き渡った。午後3時過ぎ。校内で待ちわびていたナインに一報が告げられと、町内にも祝砲が鳴り響いた。仲間と歓喜の輪を作って抱き合う選手。悲願の甲子園切符を手にし、今までにない喜びを味わった。
 歴史の扉が開いた。昨夏、2年連続で北北海道大会決勝で敗退。過去4度決勝に進みながらあと一歩が遠い。秋の全道も4強に終わった。上級生が涙に暮れる姿を2度見てきた柳橋倖輝主将(2年)は「こんなにすごい先輩たちでも勝てない。何か変えないとと思った。チームの雰囲気を高いレベルに持っていくしかなかった」と振り返る。
 その後、全員が「甲子園レベル」を意識した。より素早い送球など今まで以上にワンプレーの質を高めた。午後7時の完全下校までの限られた時間を有効に使いレベルアップ。冬には2週間に1度、チーム内で打球の速度を測る「ティー大会」を実施し、「仲間に負けたくない」という競争心も成長の糧にしてきた。
 1月5日。いつもと変わらぬ雪一面の中、新年の練習が始まった。グループ別の練習で、ランニングの練習に割り当たった選手たちは学校から2キロほど離れた遠軽神社に立ち寄った。
 毎年、練習始動日に行う恒例の初詣。甲子園出場につながればと「54円」のおさい銭を入れて手を合わせ、出場を願った。柳橋主将は「願掛けですよ」とはにかんだが、その20日後、願いは野球の神様に通じた。
 67年夏、70年春に甲子園に出場した網走南ケ丘を抜き、春夏を通じて日本最北端からの甲子園出場となる。役場が用意した横断幕もお披露目され、人口約2万2000人の遠軽町内も祝福ムードに包まれた。「町の方の応援が力になるので、その恩返しがしたい」と柳橋主将。凍(い)てつく寒さを吹き飛ばすほどの熱気に包まれ、遠軽の春が始まった。
◆遠軽高校 1940年、遠軽中学として創立された遠軽町内唯一の道立高校。全校生徒数は578人(女子266人)。野球部は1947年創部。部員数は40人。過去の成績は春が全道11回出場で最高成績は2002年の準V。夏は北北海道大会23度出場で昨夏2年連続も含め過去4度決勝に進出。秋は全道12度出場で昨秋の4強進出が過去最高。佐藤貴之監督(保健体育教諭)は08年10月就任。村田貴憲部長(40、国語教諭)。吹奏楽部は全国常連で、強豪のラグビー部は昨年12月の花園で全国初勝利を飾った。主な卒業生は元北海道知事の堀達也氏ら。所在地は遠軽町南町1。後藤哲校長(55)。
◆遠軽町 遠軽町、生田原町、丸瀬布町、白滝村の4町村の合併により、2005年10月1日から遠軽町に。北海道の北東部、オホーツク管内のほぼ中央に位置し「見晴らしのよいところ」というアイヌ語の「インガルシ」が由来している。面積は1332・32平方キロメートルで人口は2万2035人(12年12月現在)。町のシンボルは北海道自然100選、国指定名勝「ピリカノカ」の構成資産としても指定された、地上から78メートルにそびえる「瞰望岩(がんぼういわ)」が有名。主幹産業は農業、林業のほか、1000万本のコスモスが満開となるコスモスフェスタや白滝ジオパークなど、近年は観光も力を入れている。丸瀬布地区は96年に映画『モスラ』のロケ地にもなった。町の木はエゾヤマザクラ、町の花はヒマワリ。佐々木修一町長。
◆町内お祭り騒ぎ
 町内も遠軽ナインの快挙に盛り上がりを見せている。この日、高野連からの連絡を受けた後藤校長の元には、地元関係者らが多数訪問。甲子園初出場を祝福した。今後は、商工会議所内に事務局を設置する見通し。協賛会や後援会も立ち上がる予定だ。佐々木修一町長も「長い間、待ちに待ったこの日がついに訪れました。甲子園では遠軽高校らしいプレーを見せてください」と祝福のコメントを贈った。


何度か当ブログで書かせていただいていますが,
私が,富良野に住む前に5年へほど住んでいたのが,遠軽町です。
そんな町の高校が,満を持しての全国大会出場です。

だから,富良野に引っ越しても,スタルヒン球場で行われた
北北海道大会とかを応援に行ったことも数度ありました。
新聞記事にもありましたが,ここ数年で,北北海道大会の決勝で
数度敗れていまして,僕も白樺戦とかを実際に応援に行って,
がっかりした気持ちで帰ったこともありましたので,
そんな時のことも鮮やかによみがえってきます。

今回甲子園を決めた佐藤監督は,

「選手だけが勝ち取ったものではなく歴代OB、指導者からの大きなプレゼント。支えてくれた家族、地域に感謝したい。練習環境は限られるが、オホーツク代表として恥ずかしくないよう戦いたい。」
と語っています。
ご自身の努力をさておいて,今までの伝統をリスペクトする姿勢は,
やはりいいものだなと思います。

ここにおいて,晴れて「高校野球小僧」〔白夜書房 刊〕→「高校野球太郎?」
の「あと一歩校」から卒業であります。
しかも,スポーツ報知の甲子園出場校の下馬評では,
21世紀枠の学校のなかで,唯一チーム力評価がBがついていたそうです。

まずは,初めての甲子園で自分たちの野球をしてもらったうえ
できれば,遠軽高校の校歌を甲子園で聴きたいものですが,
今回の甲子園の経験を糧として,さらに大きく成長をして
夏の大会での大暴れを期待するとしましょう。


そして,こちらは悲のニュースです。

デイリースポーツの記事です。引用させていただきます。

日本ハム糸井2対3トレードでオリックスへ「今は寂しい気持ちでいっぱい」
デイリースポーツ 1月23日(水)15時9分配信

 日本ハムの糸井嘉男外野手、八木智哉投手と、オリックスの木佐貫洋投手、大引啓次内野手、赤田将吾外野手の2対3のトレードが成立し、23日に両球団が発表した。
 WBC日本代表候補の糸井は、近大から2003年のドラフト自由枠で日本ハムに、投手として入団。06年に外野手に転向し、09年からレギュラーに定着した。
 走攻守そろった外野手で、ベストナイン3回、ゴールデングラブ賞4回獲得。11年、12年には最高出塁率のタイトルを獲得している。昨季は134試合に出場し、打率・304、9本塁打、48打点、22盗塁の成績だった。
 糸井は球団を通じ「今はさびしい気持ちでいっぱいですが、この世界では当たり前のことと捉えています。ファイターズ入団から9年間、ここまでやってこられたのも、チームやファンの皆さんのお陰だと思っています。本当に有難うございました」とコメントした。
 左腕の八木は創価大から05年の大学生・社会人ドラフト希望枠で日本ハムに入団。1年目の06年に12勝を挙げて新人王を獲得した。通算成績は34勝26敗、防御率3・38。
 八木は「7年間ファイターズでプレーできたことは財産です。けがもしましたが、優勝チームでプレーでき、今は良い思い出しかありません。バファローズはリーグも同じなので、北海道でプレーする機会があると思いますし、しっかり結果を残して活躍している姿を皆さんにお見せします。心機一転頑張ります」との談話を発表した。


こちらは日刊スポーツの記事です。
引用させていただきます。

【日本ハム】糸井、八木がオリへ電撃移籍
日刊スポーツ 1月23日(水)15時12分配信

 日本ハムの糸井嘉男外野手(31)八木智哉投手(29)、オリックスの木佐貫洋投手(32)大引啓次内野手(28)赤田将吾外野手(32)の2対3の大型トレードが成立したことが23日、両球団から発表された。
糸井“天然”の契約保留
 糸井は4年連続で打率3割超でゴールデングラブ賞、2年連続で最高出塁率のタイトルを獲得している日本球界屈指の外野手。3月のWBC日本代表候補にも選ばれている主力選手だが、契約交渉で難航しており、いまだ未更改だった。八木は06年に新人王を獲得するなど実績十分の左腕。
 日本ハムは2人を交換要員にした補強策を敢行。手薄な先発投手と遊撃手、糸井の移籍でやや弱体化する外野手として、それぞれ木佐貫、大引、赤田の獲得へと至った。絶対的なレギュラー不在の右翼手と、先発左腕に不安があるオリックスと双方の思惑が合致し、特大移籍劇がまとまった。


と,いうことで,糸井選手と八木選手がオリックスバファローズにトレードになりました。
朝,出勤時に聞いていたラジオでは,糸井選手は契約が結ばれたもののポスティングでメジャーを
匂わせていたといったことが言われていたので,ひとまずは安心をしていたのですが,
まさに寝耳に水です。


とはいえ,冷静に考えてみると,ファイターズの野手の控えは,飯山選手以外は
誰も彼もが若手ばかりで,さらに,今シーズンは,ファースト稲葉以外は
セカンドもサードもショートも海外移籍や怪我,故障の関係で
固定しないでキャンプに挑むのです。

外野も紺田選手がフロントに転出してから,内野以上に若手ばかり。
それこそ,内野では飯山選手にあたる存在とか,往年の坪井選手にあたる存在が
いないというチーム事情。

右の先発の中心も,ウルフ・ケッペルと,2人の外人選手で
一人は故障あけ。続く多田野,谷元もそこまで計算できるわけではない。

そんなことを考えると,それなりに若くてリーダーシップのとれる内野の大引,
右の先発で,昨年も防御率2点台の木佐貫,
外野のユーティリティープレイヤーにして,スイッチヒッターの赤田
この三選手の補強というのは,さすがのファイターズフロントというか,
的外れでない気がします。

とはいえ,その代償が糸井選手ですから,痛いといえば痛いです。

野球選手としてのポテンシャルも当然高いですが,糸井選手といえば
数多くの伝説を残しています。


大学時代ポカをした糸井に対して,鉄建制裁のために,殴りかかってきた監督に
ハイタッチをかましました。

ドラフト1位指名を受け、日ハム球団側との会食の後、「どうでしたか?」と記者から
質問された時の答えが「エビフライ!」

入団後,ピッチャー時代、投球練習でカーブ投げるといってたのに
ロージン触ったりしてるうちに忘れて豪速球を投げて,キャッチャーに思い切り怒られる。

試合中ひちょりに守備位置指示の合図をされても、まったく気付かない。

試合中稲葉さんに「よしおーーーー!ベンチ見ろーーーー!」といわれて、
やっとベンチを見る。

「何も考えないようにしてバットを振れ」とアドバイスされるが、
「何も考えないってなんだっけ?????」と考えこんでしまい、
何も考えないという事が出来ない。

チームスタッフに「うちゅうかんってなんですか?」と聞く←この時プロ入り5年目

代打で出てきて三球三振、「何の球種を待っていたのか?」と報道陣に聞かれ
「ストライクです」と真顔で答える。周囲は絶句。

08年契約更改でハンコを押そうとポケットから出したらリップクリームだった。

これからの目標は「からだひらかないさんになります!」

ヒーローインタビューで「好調の要因はなんですか?」と訊かれて
「よういん……… 規則正しい生活をすることです 」と答えて横にいたひちょりは大爆笑。

外野守備練習時、突如スイッチが入るのかいきなり「よっしゃぁー!!」と叫び
周囲を驚かせる,と稲葉は語る

09年オールスター初出場に際し、「セ・リーグで話してみたい人は?」と問われ
「えっ!? 自分はセ・リーグのベンチに入るんですか?」と答える。

09年七夕イベントの短冊に書いた言葉が「頭がもっとよくなりますように」

奥様とのなれそめを問われ「なれそめってなんですか?」

インフルエンザ離脱から復帰、連敗脱出後、裏声で「勝ったよー!勝ったよー!」と絶叫

ヒーローインタビューで,そのときファイターズは首位を走るチームなのに
「最後まで諦めずに」

電光掲示板に表示される自分の打率は見ないことにしている。理由は、
見ると「 地獄に落ちる 」から。

ひちょりに次いで、二代目北海道新幹線大使に任命。任命式での宣誓で、
あたかも選手宣誓のように右手を挙げ、自分でもおかしい事に気付いたのか
速攻下ろしたためふしぎなおどり状態

優勝決定戦にて敬遠された後、糸井選手自体の体調が万全でなく代走が出るからと思い
一塁に向かわずにそのままベンチに戻ろうとする
(この際、次打者の金子の顔が本気で怒ってるように見えた)。
どうやらルールを分かっていなかったらしい。
そのときの一言が「ルールひとつおぼえました!」←このときプロ入り6年目

レフトポール際へ長打を打つたび、即走塁せずその場で
ぼんやり 打球の行方を眺めている。全力疾走がモットーのハムにおいては
罰金モノで、このため糸井の払った罰金は外野手会の罰金総額の半分を占める。

これを受けてのこれからの目標は?「 打ったら走ります! 」

09年リーグ優勝を決めた日の会見でファンに対し「一年間ありがとうございました」。
周りの選手から「まだ終わってない」と一斉にツッコまれる。

また、同じ会見で鶴岡に「糸井君とは同級生なんですけど、何を考えているかわからない」
と言われる。

報知新聞で優勝手記を発表。インフル発症について
「 なんでもっとうがいせんかったんや! 」と激しく悔やんだと綴った。

09年契約更改で年俸大幅アップ。
糸井「(球団から評価の細部を示した)紙を見せられたけど、内容はよくわからなかった。」

ヒーローインタビューにて、「ファンの方の声援が一番の・・・アレです」

2死からのフライで、全力のタッチアップをするなど予期せぬ行動を見せる

「日本で一番東にある球団は?」の問題に、自信を持って
「ソフトバンクホークス」と解答。

雑誌インタビューでケッペルがこう語った。
「ハムは個性派ばかりだから挙げていったらキリがないけど、
その中で挙げるとしたら糸井かな・・
何がおもしろいかはうまく説明できないんだけど(苦笑)本当に愉快な選手さ」

世界水泳バタフライ決勝を見て「うわー出てえ!」と叫ぶ

2012年の開幕戦の第1打席でヒットを放ったときのコメント。
「いきなりビッグチャンスが回ってきて 血管が開きました。 」

誕生日の7月31日に3安打を放ち、インタビューで
「毎日誕生日だったらいいのに」 とのたまう。

12年9月15日の ソフトバンク戦 に勝利をして,首位を奪回した試合後のロッカーで、
西武が敗戦した報に他の選手達が沸く中、「で、 バンクはどうなったの? 」と
真顔で尋ねて周囲をあぜんとさせる。

HBCラジオの「ファイターズDEナイト忘年会SP公開生放送」において
「規則正しい生活」とフリップに書こうとするも、漢字がわからず困る。
曰く「きそくの『 そ 』の漢字が難しくて書けない」

こんな愛されキャラですからね。本当に惜しまれます。

さらにこんな問題も勃発しているようです。


北海道新聞の記事です。引用させていただきます。

ああ 糸井さんも八木さんも… 困惑の黒松内 移籍の2人ともハム応援大使(01/25 09:32)
町長室に置かれていたサイン入りユニホームや等身大写真パネル。移籍決定後、パネルは撤去された
 【黒松内】プロ野球北海道日本ハムの糸井嘉男選手と八木智哉投手のオリックス移籍が決まったのに伴い、両選手がまちの「応援大使」を務める後志管内黒松内町が困惑している。町長室には両選手の等身大写真パネルなどを飾り、町中にポスターも張って強力な応援団として期待していただけに、幹部は「まさか2人とも移籍とは。後任はどうなるのか」と気をもんでいる。<北海道新聞1月25日朝刊掲載>

近場の黒松内町。よりによって,大使が二人ってのが
因縁というか,なんというか。

ちなみにこんな記事もありました。
夕刊フジの記事です。引用させていただきます。

“優等生と問題児”日本ハムとオリックス、対照的な戦力補強
夕刊フジ 1月26日(土)16時56分配信

 今オフの戦力補強は、さながら学校のクラス替えのように「優等生クラス」と「問題児クラス」という、対照的なチームカラーが際立つ結果となった。
 選手教育に力を入れる日本ハムは、新任の阿井英二郎ヘッドコーチ(48)やスカウト陣に現役教師を招へい。23日の大型トレードでは、オリックスから“学級委員”タイプの3選手を獲得した。
 赤田将吾外野手(32)は西武時代から人望が厚く、選手会長も務めた。2010年の春季キャンプ中に電撃トレードが決まると、クールな涌井秀章投手(26)が真っ先に号泣するなど、選手から胴上げで送り出された。
 大引啓次内野手(28)は法大時代、「法大史上最高の主将」「学生野球の鑑」と他大学からも称賛された。契約金の8000万円も全額実家の神社に寄付するような男で、今季は選手会長就任が決まっていた。
 木佐貫洋投手(32)といえば、生真面目かつ謙虚な性格で知られ、新人記者にも直立不動の敬語で答える。球界で異彩を放つたたずまいから、ネット上では「公務員」とあだ名される。
 どこに出しても恥ずかしくない人間性。札幌ドームに詰めかける妙齢の女性ファンのハートをガッチリつかみそうだが、戦力としてもチームに貢献できるといいが。
 一方のオリックス。実績は十分だが、いわくつきで古巣を追われた面々がズラリとそろう。
 日本屈指の外野手、糸井嘉男(31)を獲れたのは、まさに“ひょうたんからコマ”。日本ハムが絶対の自信を持つ査定システムにたてつき、ポスティングシステム(入札制度)での米大リーグ挑戦までちらつかせた結果の放出だった。
 阪神から平野恵一内野手(33)が出戻ったのも、交渉がこじれたのが原因。国内フリーエージェント(FA)宣言したものの声がかからず、異例の減俸提示で古巣が手をさしのべた。
 巨人から交換トレードで加入した東野峻投手(26)は、原辰徳監督(54)の禁煙の勧めを公然と無視。結果が出ているうちはよかったが、開幕投手も務めた11年後半から不振が続くと、あっさり見切りをつけられた。
 「白川の清きに魚の住みかねて-」のたとえもある。愛煙家が多い新天地なら、東野も居心地がいいのでは。
 品行方正の日本ハムとヤンチャ系のオリックス、どちらの路線が勝利へつながるだろうか。

うむ。これはなんともいえないですね。

ちなみに,糸井選手ですが,本日記者会見で,
オリックスは好きなチームなので,がんばってチームの優勝に貢献したい
と前向きなコメントを語っていたので,とりあえず一安心です。

ただ,糸井選手は,京都の地方の高校から近畿大学に進学していまして,
学生時代はちょうど,がんばろうKOBEの時期ですし,
そのときのオリックスの外野は,イチロー,谷,田口です。
(当時糸井選手が外野を意識していたかどうかはわかりませんが,)
だから,関西人の氏が,オリックスに好意を持っているのは,納得です。

WBCやオリックスのキャンプで糸井選手がどう変わっていくのか,
そんなのもみたいです。
ちなみに,今回,札幌ドームでのバファローズ戦の初戦は4月27日です。
これは,見に行くしかないかなぁ。




かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
のパーソナリティーをつとめていた
イトー×aniでした。
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