訃報が入ってきました。毎日新聞の記事です。
引用させていただきます。

<訃報>「大鵬」納谷幸喜さん72歳、第48代横綱
毎日新聞 1月19日(土)15時53分配信

 大相撲史上最多の幕内優勝32回を誇り、柏戸(1996年死去)とともに「柏鵬時代」を築いた第48代横綱・大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)さんが19日午後3時15分、東京都内の病院で「心室頻拍(しんしつひんぱく)」のため死去した。72歳。日本相撲協会が同日、発表した。
 北海道弟子屈(てしかが)町出身。ロシア人の父と日本人の母の間に樺太(サハリン)で生まれ、終戦直後に北海道に移り住んだ。中学卒業後に営林署に勤めていたところをスカウトされて二所ノ関部屋に入門し、1956年秋場所初土俵。59年春場所後に18歳10カ月で新十両、60年初場所には19歳7カ月で新入幕。その場所で12勝を挙げて敢闘賞を受賞した。
 その後も史上最年少昇進記録を塗り替えて出世。入幕4場所目に新三役になると、三役3場所目の60年九州場所で初優勝し20歳5カ月で大関へ。大関5場所目の61年秋場所には、柏戸との優勝決定戦を制して柏戸とともに横綱昇進。新入幕から所要11場所での横綱昇進は歴代最速。21歳3カ月は北の湖にしか破られていない。
 横綱昇進時は187センチ・133キロ。バランスの取れた体と、右、左どちらの四つでも取れる攻め手の豊富さで優勝を重ね、横綱5場所目の62年名古屋から63年夏場所まで6連覇、さらに66年春場所からも6連覇を達成。全勝優勝も8回記録。その強さと人気から、9連覇を果たしたプロ野球の巨人や、世代を問わない好物と並び称され「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉も生まれた。
 68年にはひざのけがで4場所連続休場したが、休場明けの同年秋場所2日目から69年春場所初日まで、双葉山に次ぐ当時昭和以降2位の45連勝をマーク。2日目に戸田に敗れたのも、先に戸田の足が出たのを審判団が見落としたもので、これ以降、判定にビデオ映像が参考資料として使われるようになった。
 71年初場所で32回目の優勝。その翌々場所5日目に貴ノ花(先代二子山親方・故人)に敗れて引退を決意し、一代年寄「大鵬」を襲名した。36歳で脳疾患のハンディを背負ったが、不屈の精神で復活。日本相撲協会理事を7期14年務めた。親方としても関脇・巨砲(楯山親方)、小結・露鵬ら14人の関取を育てた。05年の定年退職後は相撲博物館長を務めた。【上鵜瀬浄】

大鵬さんは、現役時代の活躍こそ知りませんが、
以前私が氏の出身地に住んでいたということもありますし、
その町にある記念館にも何回も行ったことがありました。

また、別の機会で読んだ、知床の戦後開拓地の本には、
その戦後開拓の時に住んでいて、岩尾別小学校にも通っていた
という記事も読みました。
知床の戦後開拓については、斜里町でもどこか黒歴史扱いされていたので
数冊出ているこの地のレポートというのは、大変興味深く読みました。
そんなことからも、
親しみを感じている力士の一人でしたが、
このような記事が入ってまいりました。

氏のご冥福を心からお祈りさせていただきます。


さて、ここからが温泉の記事です。

ドライブをしてきて、家まで1時間を切るところに到着。
が、肩と腰とに鈍痛が残る。
ということで、ここは温泉ですか。
で少しだけ家路を遠回りして向かったのが、
ニセコ・蘭越界隈で12を争うお気に入りである、鯉川温泉です。

そのお湯といい、湯槽の大きさといい、露天といい、全体的な風情といい、
静かだったら言うこと無しの名湯ですが、
そんなことを考える人は少なくないので、人気の温泉です。
ましてや現在はスキーシーズンの真っ最中ですから。
多くの人がお湯を楽しんでいるはず。

ま、そんな温泉もいいでしょう。
駐車場に車を置いて、外に出ると、気温は氷点下10度
そんななかたたずむ、昔ながらの建物の風情がまずはいいです。

見ると、車が結構とまっています。
中に入って、湯銭を手渡して、ぎしぎしと鳴る、昔の学校っぽい廊下を
歩いているときも、窓ごしに見える雪景色

脱衣場に入ると、スキーウェアがあったり、普段着があったりと
バラエティーにとんでいます。

中はなかで、湯槽のへりが黄褐色に変色しているところに
その満たしている淡い青みがかった碧色のお湯という
大好物なシチュエーションで、お年をめした方から、若い人から
さまざまな客層の人がお湯を楽しんでいます。
そんななかにも、当然のようにオーストラリア人の方も
お湯を楽しんでいます。
冬のニセコでは見慣れた景色です。

天井の明り取りの窓とその周辺は、
長年の湯気で変色をして、独特な模様を作っているのもいい感じです。
湯槽からはざんざんとお湯があふれてきていますし、
お湯の表面から立ち上がる湯気やもやが
フラットな視線で見ることができて、温泉番組のようで、いいですね。

露天は露天で、こちらにも何人も先客がいらっしゃいました。
滝から流れる水の音と白い雪の組み合わせが風情あります。

しかも、普段なら滝見の湯なのですが
この日の滝の前には、盛大に雪庇がせりでていて
これも豪快な、この時期ならではの景色を作っています。

ということで内風呂、露天ともに計一時間ばかり堪能をして
着衣をしていると、地元の方が話しに花を咲かせていました。
そんな観光客から地元民まで、さまざまな方に
愛されているなということを
再認識して、自宅へ戻ったのでありました。

さて、後日の話ですが、今年も2年前に続いて、
「大腸内視鏡検査」がありました。

その日は、私は朝の7時から町内の某病院に行きまして、
ナースルームに行くと、患者さんが入院されている病室に通されて、
開いているベッドに座るよう指示をされました。

そこで、看護師さんが持ってきたのが、
まずは大腸を空にするための
2リットルの経口腸内洗浄液です。

2リットルですか。

看護師さんの指示通り、
ちびちびと2時間かけて飲みました。
どこかナトリウムっぽい冷泉の味にも
通じるような通じないような。
薬効アラタカなものを飲んでいると思えば、
全然我慢は出来る味わいのものをいただくのも久しぶり。
病室で、テレビを見たり、本を読んだりしながら
ごろごろしながら飲みましたが
前回とは違って、飲みだしてから1時間たっても、
便が出ないのが、ちょっとアセりました。
前日の夕食後にも錠剤を飲んだのですが、
そのときも、少ししか便は出ませんでしたし…

が、1時間を経過すると、しだいに出るようになってきて、
その後は何度もトイレに行って、腸内をからにしたのです。
今回は前回の反省もあったので、普段ウォッシュレットを使わない
自分ですが、出口の痛痒感を抑えるべく、使用。
なんともいわないもぞもぞ感と何度も戦いつつ、
検査予定時間の12時をまちます。

その後、時間を少し過ぎて、血圧を測ったのちに、
準備もととのいまして、いよいよ検査開始。
検査自体には、胃部内視鏡カメラのように
エズいたり、ゲホゲホなったりもなく、
それほどイタさは感じませんが、
お腹の中で何かが動くという違和感には
何回か「うっ!」となりました。
さらには、撮影のために腸内に空気を入れた時も、
その腸がぱんぱんになる感覚が何度か痛く感じたのでした。

検査は40分くらいで終わり、
前回は、異常がなかったのですが、今回は、この結果を受けて
再度小樽の病院にいかなければならないので、
少々憂鬱は続きますが、この日はとりあえず終了。

今回はウォッシュレットを使ったものの、出口から出てきた
経口腸内洗浄液のせいで、出口が少々ヒリヒリしているので、
それをいやすために、近場の温泉に行くべ
ということで、こちらの病院からもっとも近い温泉へ、
ということでむかったのが、くっちゃん温泉 ホテルようていさんです。

こちらの、ぬるっとしたしっとりとなる感触のお湯がいいですし、
淡い碧茶色のお湯が湯槽の縁からざんざんとあふれていて
床に模様を作っているのがいいです。

湯温が内風呂よりも少し低いので、長居できる露天もいいのです。

そんなに大きい施設ではありませんし、人気があるのでたいてい混雑しています
が、行った日は平日のしかも検査が終わったのが1時少々過ぎた時間ということで、
僕以外にくつろいでいるお客さんは2人しかいないという環境の中で、
落ち着いてのへーつとすることができます。

この日は雪だったので、羊蹄山は見えませんでしたが
露天などでのへっとすごすことによって
少しカラダが軽くなったような気がします。

いい温泉です。

良く全身を洗ってから湯船に沈みますと、
あー、きもちい~

ということで、まだ違和感は残るものの、元気になって
この前日の5時から何もお腹に晴れてなかったので、
21時間ぶりの食事へとむかったというわけです。


ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。



かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした。
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