2012.08.17 8年ぶりに
カープの河内投手が8年ぶりに勝ち投手になりました。

デイリースポーツの記事です。
引用させていただきます。


広島・河内が8年ぶり白星…ウイニングボールは夫人に
デイリースポーツ 8月17日(金)9時5分配信

 広島中がうれし泣きじゃ!河内貴哉投手(30)が2004年9月4日以来、実に2903日ぶりの勝利を挙げた。七回2死から登板しピンチを断つと、八回は3人でピシャリ。その裏、「河内に勝利を」を合言葉に逆転に成功。白星が舞い込んだ。左肩の手術、長いリハビリを乗り越え今季、育成からはい上がった苦労人左腕が、CS進出を争うヤクルトとの3連戦勝ち越しと貯金1をもたらした。

 大入り2万8952人を前にした8年ぶりのお立ち台で、河内は喜びをかみしめた。「こんなにたくさんの広島ファンの前で勝つとは思わず、本当にうれしい。言葉に表せないくらい最高」。

 地獄を味わい、どん底からはい上がってきた左腕に2903日ぶりの勝利が贈られた。1‐1の七回、失策で1点を勝ち越されなお2死一塁で登板。川端を追い込むと、スライダーで空振り三振に斬り、断った。

 八回も続投し3人でピシャリ。復帰後最長の1回1/3を無失点の完ぺきな仕事がナインに火を付けた。野村監督はベンチで「河内に勝たせてやれ」と号令した。言葉通りの逆転劇となり、歓喜の夜となった。

 「とにかく思い切って腕を振るだけ。この1勝に貢献できたことが大きい。自分に勝ちが付くのが実感なく、逆転したことがうれしかった」と、顔をほころばせた。

 08年5月に左肩の関節唇および腱板部の修復手術。半年は左肩がほとんど上がらず、日常生活すら支障をきたした。肩の稼働域を広げていくリハビリは過酷を極めた。

 先の見えない日々を助けたのが、09年4月に結婚したまどか夫人だ。自宅で左肩のアイシングや治療を手伝い続けてくれた。「投げられない時から支えてもらった」。夫人にプレゼントするウイニングボールを大事そうにポケットにしまった。

 09年オフに戦力外通告され、育成契約。背水の今季、5月18日に支配下契約が結ばれた。投げられない日々、ひたすら走り続けた。その姿が今の若鯉たちに焼き付く。

 右肩痛に苦しんだ大竹は「3軍の(リハビリ)メニューはきつい。でも黙々とこなす河内さんを見ていると、やらないとと思った」。昨季左肘を痛めた斉藤は「河内さんがいなかったら、今の僕はない」と言う。

 河内に最後まで涙はなかった。「5年間休んでいたので、どんどん取り返したい」。連勝で貯金1とし4位・ヤクルトに2・5差と広げた。苦労人左腕の復活星が鯉ナインに何より勇気を与えた。



こちらはスポニチアネックスの記事です。
引用させていただきます。


河内8年ぶり白星 「投げる姿を見るのが夢」の妻に贈る
スポニチアネックス 8月17日(金)7時1分配信

 涙は悔しい時に何度も何度も流してきた。だから、うれしい時は自然と笑顔でいられた。お立ち台に上がった広島・河内は、感謝の言葉を並べた。

 「リハビリ中はいろいろな方に支えてもらった。5年間仕事をせずに休んでいた。4年間も育成契約を結んでくれた球団にも感謝したい」

 1―2と勝ち越された直後の7回2死一塁で登板。川端を3球三振に仕留めると8回も3者凡退に抑えた。その裏、野村監督から「河内に勝たせてやれよ!」とのゲキが飛ぶ。すると、打線が奮起して逆転。04年9月4日の中日戦(広島市民)以来、2903日ぶりの勝利が転がり込んだ。

 国学院久我山時代は甲子園出場こそなかったが、99年ドラフトで3球団が競合した逸材。1年目にプロ初勝利を挙げるなど、将来のエースと期待されたが、伸び悩んだ。08年5月には左肩関節唇と腱板部の修復手術を受け、09年オフに戦力外。背番号は「124」だった2度の育成契約を経て、今年5月16日に支配下選手登録された。

 09年4月にまどか夫人と結婚。「投げる姿を見るのが私の夢」という言葉を胸に、超音波治療など長く苦しいリハビリを続けてきた。ウイニングボールは「嫁に渡したい」と、この時ばかりは目は少し潤みかけていた。

 「こんなに大勢のカープファンの前で勝ちがつくとは、言葉に表せないくらい最高です」。痛みのない位置を探し続け、横に下がった腕からはもう入団時のような150キロを超す速球は投げられない。それでもどん底からはい上がった背番号24がチームに再び貯金1をもたらした。




こちらはスポーツナビの記事です。
引用させていただきます。

広島・野村監督「みんな河内に勝たせたかった」
スポーツナビ 8月16日(木)22時54分配信

 広島は16日、東京ヤクルトを4対2で下した。1点ビハインドで迎えた8回、エルドレッド、堂林翔太の連続タイムリーで3点を奪って勝ち越し。河内貴哉は3番手として7回途中から登板し、1回3分の1を被安打ゼロに抑え、8年ぶりに勝利投手となった。

 以下は野村謙二郎監督のコメント。
「(先発の)大竹(寛)が(4回に)1点、不運な当たりから点を取られたんですけど、その大竹がベンチで声を出している姿から、みんなにも良い雰囲気が出てきましたね。
 今日はまあ、いろんなミスがありました。天谷(宗一郎)にしても、右打ちのサインを出してサードゴロを打ってみたり。菊池(涼介)も、イージーなダブルプレーのはずが悪送球をして。それで、こちらも腹をくくって、菊池には取り返せという意味で(8回のチャンスに代打を出さずに)打席に送ったんだけど、結果が出なくて……。まあ、これで悔しさをバネにまたやってくれればね。菊池は打てなくても、守備範囲とかそういうところで良さがありますから。ミスはまぁ、1年生なのでしょうがないので。
(勝利投手になった河内は?)僕はずっと、河内に勝たせたいと言っていたんだけど、その通りになって。みんなも、そういう気持ちだったんじゃないかなと思います。河内の起用法については、ちょっと(今村)猛が登板過多ということもあり、7回に猛を投入すると、連戦が続く中では厳しいということで、横山(竜士)、その後に河内という選択をしたんですけど。まあ、頑張ってくれたと思います」

取材協力:野球専門誌 Baseball Times



もう、これらの記事を読んだだけで、涙が出てきそうです。

いい、チームだな、カープ。

日常生活に支障をきたすほどの肩の怪我を持っている選手に対して
しっかりと、リハビリを保障し、
かつ、それを受け入れる選手とか、周囲で暖かく見守るチームメート。


本当に、いいチームです。

今年は、左の中継ぎは、青木投手がいないということで、
支配下登録されてしばらくは、勝ち負けのつかないところで
投げていましたが、
その他の左投手がいまひとつ心もとない中、防御率0点台の河内投手がよくささえていましたし、
そんながんばりに対するごほうびのようです。

しかも、大竹投手も、横山投手も、河内投手ともども
怪我〔しかも、三人ともルーズショルダー〕から復活してきた選手たちですし、
大竹選手は、自分の勝ち星がないのにもかかわらずわがことのように喜んでました。

ほかのピッチャーも河内投手の勝ちをリスペクトする態度がすごくいいですし、
河内投手の復活劇に、周囲の人々との関係を含めて、
「球場ラヴァーズ」で実央が感動するような物語に
リアルタイムで立ち会うことができるのが、広島の魅力です。

ちなみに、最後に河内が勝ち投手になった試合のスタメンですが、

1番 中 緒方
2番 二 尾形
3番 右 嶋
4番 一 ラロッカ
5番 左 前田
6番 遊 シーツ
7番 三 新井
8番 捕 石原
9番 投 河内です。

この試合はサードは新井選手でしたが、このシーズンのサードは基本野村現監督でした。


あと、このときの勝利投手は河内投手ですが、 セーブが大竹投手というのも
どこか運命じみていい話。

さらにいうと、この時、今村投手や堂林選手は
まだ中学生だったんですよ。

とまれ、河内投手、おめでとうございます。
今後もよろしくお願いします。




かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
のパーソナリティーをつとめていた
イトー×aniでした。
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