お祭りが終わって、北海道へ戻りしばしたちました。
が、実はお祭り前に車の調子が悪くなったので、
ディーラーに出しっぱなしでありました。

が、このタイミングでガス給湯器の調子がオカしくなりました。

前も車を車検かなんかで預けているタイミングで
ガス給湯器がオカしくなりまして



まったく

しかも三が日ということで、業者はやっていませんでした。

そこで、駅伝を見終わったタイミングでむかったのが、
くっちゃん温泉 ホテルようていさんでありました。

こちらの、ぬるっとしたしっとりとなる感触のお湯がいいですし、
淡い碧茶色のお湯が湯槽の縁からざんざんとあふれていて
床に模様を作っているのがいいです。

湯温が内風呂よりも少し低いので、長居できる
露天もいいのです。

そんなに大きい施設ではありませんし、
人気があるのでたいてい混雑していて、
三が日最終日のこのひも例外ではありません。

が、これくらいの規模の温泉なので、
落ち着いてのへーつとすることができます。

外には雪が舞っているので、羊蹄山などは見えませんでしたが、
露天などでのへっとすごすことによって
少しカラダが軽くなったような気がします。

お祭りから帰ってきて、箱根をずっと見ていた身でしたが、
生き返りました。



さて、このあと所用があって、札幌へ向かいましたが、
まだ車はありません、
そこで、バスで札幌に行く途中に停まる上に、一時間くらいしたら
次のバスが来るというありがたい温泉がありまして、
そこが、ワイス温泉 ワイス荘です。

ワイス荘は、国道5号線沿いに、
小ぢんまりとたたずんでいる温泉です。

国道沿いには目立つ看板がありまして、
少し奥まったところにある駐車場には、
たいてい車が何台もとまっています。

さらに、土曜日の朝六時少々過ぎとかに行ったのにもかかわらず、
もうすでに車が何台もとまっておりました。

が、この日は八時過ぎに到着すると
朝風呂のピークの時期は過ぎたのか脱衣場に入ると、先客は一名です。

中へ入ると、窓から陽光がさしこむタイル張りの浴室は広く、
その中央にドドンとひとつ広い浴槽があります。

しかもプラスチックのパイプから勢いよく注がれたお湯が、
湯槽の縁の三方からざんざんとあふれていまして、
お湯が流れて満たされた床のタイルは茶色く変色しています。

お湯は無色透明で、少々熱め。ほんのりとした湯の香とともに、
軽くナメると、ほのかなナトリウムっぽい味が
温泉に入っている気分を盛り上げてくれます。
肌の感触もいいですよ。

朝早くから、多くの人が入っているのもわかります。

かつて、一回、朝が九時から始まるようになった時期がありましたが、
これだけファンがいるのなら、六時始まりは正解でしょう。

そして、この日も先客のかたがしばらくしたら出て行ったので、
ここは、めずらしく貸切のワイス荘になった
ということで、道南スタイルを楽しみました。

最高です。


ちなみに、こちらは、

昭和43年(1968年)、金属鉱物探鉱促進事業団(当時)が
鉱床探査で実施したボーリングで温泉を確認したことに始まるそうで、

2年後の昭和45年(1970年)7月に村営(昭和46年に町制施行)の
国民保養センター・ワイス荘がオープン。

湯量低下で昭和50年(1975年)に別の泉源(2号井)をボーリング。

昭和55年(1980年)、町営から民間に譲渡し、
長らくワイス観光が経営していましたが、
平成17年からワイス温泉(㈱市原)が経営を担っているという
歴史があるそうです。

これからも、この温泉の歴史が続いて欲しいものです。






ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。



かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした。
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