劇場版の「けいおん!」見てきました。
いやー、いい「ゆいあず」でした。
もう、ラブラブ。

でも3人部屋だと「りつみお」のラブラブ分は少なくて、
かといって、「ムギ」がボッチ先輩になるのは耐えられないので
まぁ、しょうがないところ。

いい形でテレビアニメを補完していただいたので、
僕的にはオイしくいただくことができました。

ま、しいて言えば、アビーロード分とかが足りないかな?
BECKでロンドンに行ったときには、もっとロックロックしていましたし、
某zの「大爆発」ばりに、あのシーンをきちんと再現してくれるのかなぁ
などと思っていましたから。

ま、新しい演奏シーンもたくさんあってよかったのと
机の上ステージをフルで見ることができたのもよかった。

見終わって、満足な気持ちを抱えてエレベーターに乗っていると
非ヲタでふつーのカップル風のお二人さんも、

「ライブシーンとか新しいのあってよかったよな」
「うん、みんなかわいかった~」
などと感想を述べていました。

よかったよかった。


これで、冬のお祭りに向けて、ギアが一段あがったので、
リアルなお仕事〔本職〕でも、まだまだ脂っこいことが続きますが、
それもそれなりに取り組みながら、お家に帰っての原稿作業に
全力で取り組む所存であります。ハイ。

と、その前にもテンションがあがる事項がありました。

それは、分厚い本の購入ですよ。
冬のお祭りまで一ヶ月をきったタイミングで販売されます。

お祭り前の大切な気合入れの儀式である
発売された、「分厚い本購入の儀」はかかせません。

今年儀式を行ったのは、函館でした。

トシさん、オレ、今年も買ったよ、この本。

この時期は、天気が荒れたりすることでの
JRの運行状況が気になります。

かつて、台風や豪雪などによるJRの遅れで、
分厚い本の北海道への入荷が遅れて、歯噛みしたことが
何度もありました。

そうそう、駅の火事が原因でJRが不通になって入荷しなかった、
なんてこともありましたか。

今回はそれらのこともなく、無事に入荷した模様
ということで、函館へ出向いて無事購入。

「ずしっと来る分厚さが頼もしい」ってやつです。

この名言を残したDrモローさんのマンガも相変わらずのキレで
いい感じですが、

夏ほどではないですが、やはり2011年を締めくくるお祭りだからというか、
改めて、今年のお祭りは開催されるんだなあということが
実感できますし、このために多くの人が努力をしたのだと思うと、
本当に頭が下がる思いです。

心から、ありがたいです。


表紙のイラストは表紙イラストは「ブラックラグーン」 などで知られる
広江礼威さん

背表紙に描かれているのが、キラとリョーマです。

これ見るだけでテンションあがります。


とはいうものの、表紙の裏側には、夏のお祭りのときと同様に、

「災害が発生した時のお願い」とかかれた
地震発生時の対応が大きく書かれていますし、



ごあいさつには
都条例のことやビックサイトの階層の話もありましたが、
「震災義捐金」をはじめとした、震災関連の話とかが書かれています。

まだ、異常事態は続いています。が、日常を保とうとする努力も
同じように続けられています。

これらの活動に支えられて自分の居場所が確保されているのであれば、
やはり、全力で自分の活動をするとともに、
準備会の理念に敬意を表しながら、全面的に協力するのが
自分は義務としてこころえていきたいと考えています。

こんなにテンションのあがる自分の居場所をまもるためですからね。


さて、テンションがあがるといえば、
やはりり自分や友人たちのサークルカットを見た時ですよ。

載ってる載ってると、一人シミジミと見返すと、
本当にいよいよ冬のお祭りだ。
これを見たら引き返すことは出来ないぞ
と、気合が入るのです。


歴史全体〔日本史だけでなく、西洋史、中国史などもすべて含めて〕で
シマは一つ弱しかありませんし、分厚い本でのページ数も
4ページしかなくなっていることに、ジャンルとしてのさびしさを感じますが、
だからこそふんばっていきたいとも思ったのです。

と、いうことで、お祭りに行きます

新撰組酔狂パロの、「まこと☆マギカ!」や、
北のフェルト神「カントリーまぁむ」様の
職人技のフェルトマスコットなどをひっさげて、

お祭り3日目、3月31日(土)
東2ホール U-14b 歴史のスペース。

サークル名はいつもどおりの「東行本舗」です。


あと、畏友P氏のスペースでは

Kalafinaをはじめとした梶浦由記サウンドについて
ものした本〔私も一部原稿を書いてます。〕頒布のお手伝いをします。

こちらは
お祭り1日目 12月29日(木)
東5ホール ポ-37a
サークル名は「V.O.L.」です。


また、畏友GMクンのスペースでは

ニセコ周辺の温泉などのガイドについて
ものした本〔こちらも私も一部原稿を書いてます。〕の頒布のお手伝いをします。

こちらは
お祭り2日目 12月30日(金)
東5ホール ヒ-11b
サークル名は「北蝦夷協和会」です。




というわけで、よろしければ、遊びに来て下さい。

東京ビッグサイトでお会いしましょう。



かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
のパーソナリティーをつとめていた
イトー×aniでした。



追 ちなみに、夏のお祭りの日程ものっていましたが

今年は10日 11日 12日だそうですw
ちょっと早いっスね。



追2

訃報です。

毎日新聞の記事です。引用します、


<訃報>市川森一さん 70歳=脚本家、「黄金の日日」など
毎日新聞 12月10日(土)11時20分配信

 大河ドラマ「黄金の日日」や特撮番組「ウルトラマン」シリーズなど多くのテレビドラマや映画の脚本を手がけた脚本家の市川森一(いちかわ・しんいち)さんが10日、肺がんのため死去した。70歳。葬儀は21日午前11時、東京都港区南青山の青山葬儀所。喪主は妻美保子(みほこ)さん。

 長崎県出身。1966年、特撮番組「快獣ブースカ」で脚本家デビュー。「ウルトラセブン」「コメットさん」「傷だらけの天使」など多くの人気番組の脚本を手がけた。NHKの大河ドラマ「黄金の日日」や「山河燃ゆ」などの壮大な作品や、「淋(さび)しいのはお前だけじゃない」(第1回向田邦子賞)「もどり橋」(芸術選奨文部大臣賞)など人情の機微を表現したドラマで高い評価を受けた。88年公開の映画「異人たちとの夏」では、日本アカデミー賞の最優秀脚本賞を受賞。「長崎ぶらぶら節」「黄色い涙」などの脚本も担当した。

 情報番組のコメンテーターとしても活躍し、日本放送作家協会の会長を務めた。2003年にNHK放送文化賞を受賞。

 今年11月に旭日小綬章を受章、原作・脚本を執筆したNHKドラマ「蝶々さん」が放送されたばかりだった。



こちらは、RRB TODAYの記事です。
引用します。

 
脚本家・市川森一さん死去、「ウルトラセブン」アンヌ隊員もブログで追悼
RBB TODAY 12月12日(月)13時41分配信

 脚本家・市川森一さんが10日に亡くなったことを受け、「ウルトラセブン」でアンヌ隊員役を演じた女優のひし美ゆり子がブログで市川さんを偲んでいる。市川さんは「ウルトラセブン」の脚本も手がけていたほか、93年に制作され話題となったドラマ「私が愛したウルトラセブン」でも脚本を担当した。

 ひし美ゆり子のブログ「アンヌのひとりごと」では、「訃報..市川森一氏」という日記を公開。「今朝、起きるなり市川森一氏の訃報が流れて来た。まさか...まさか...ご病気だったとは知らなかったので寝耳に水ですぐには信じられなかった」と第一報を聞いたときの衝撃を記している。

 市川さんとは「ウルフェス2006スペシャルナイト」というイベントで会ったのが最後だそうで、そのときにはイヤリングをしてこなかったひし美のためにイヤリングを探してくれたという。「市川さんも森次さん(モロボシ・ダン役)も、人前に出る事が慣れていらっしゃるからおシャレ心の薄れた私が気になるのでしょう。でも、お二人ともホントに優しく助言して下さった。私も久々人前に出るのだから、装飾品まで気配りしなきゃね」と当時のブログを再掲し、「あれから45年近い歳月が経ってしまったんだわね」とウルトラセブン出演当時の写真も公開している。

 また、ひし美はTwitterでも市川さんとの思い出を語っている。「市川森一氏と初めて会った記憶。セブン撮影当時は一度も会えませんでした。S44年夏、湘南のホテルで『日焼けコンテスト』の審査委員をお互い頼まれました。瓜二つの妹さん同伴でお二人にこにこしながら私に近付いてきて妹さんが言いました。『お兄さんよかったね。やっとアンヌ隊員に会えたね』w」とツイートしている。

 別のツイートでは市川さんが脚本を担当したドラマ「私が愛したウルトラセブン」の取材の際に、当初は「ダン=織田裕二&アンヌ=宮沢リエ」の予定だったという“秘話”まで明かしている。ひし美のブログでは、ウルトラ警備隊の同僚たちとの交流(過去の日記にはアマギ隊員も登場する)やイベントなどで当時の衣装を見にまとった現在のひし美の写真なども公開されており、ウルトラセブンファンの交流の場ともなっている。




ウルトラセブンでいうと、盗まれたウルトラアイとか、
ダン対セブンの決闘といったシブいお話の脚本を担当されていました。

子供ながらに衝撃的で、再放送のたびに見返していたことを
思い出します。

また、氏が脚本を担当した「黄金の日々」って、僕はまだ子供でしたが
はじめて自分から見たいと思った衝撃的な大河でした。

だから、僕の信長の原型は高橋幸治さん、
秀吉の原型は緒方拳さん
三成の原型は近藤正臣さん
小西行長の原型は小野寺昭さんなのです。


しかも、お亡くなりになった日の11時からHBCラジオから流れてきた
テレフォン人生相談は、ちょうど市川森一さんがパーソナリティーの回で、
ドライブ中の車内で「ふーん」とか思って聞いていた直後の
訃報ですから、なおさらビックリしました。

「テレ人」でいえば、2011年は児玉清さんも鬼籍に入られています。

そういえば、黄金の日々では、児玉さんは家康でした。


「テレ人」でも追悼の番組を流すそうです。
オシゴトで聞けないでしょうが、でも聞きたいなあ。

とまれ、つつしんで、氏のご冥福をお祈りいたします。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://radiofhf.blog65.fc2.com/tb.php/1381-4293a21f