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2011.03.13
無題
3月11日に発生いたしました、「東日本大震災」と
「中信越の地震」にて被災された方々、およびご家族、ご親族、ご友人、
その他関係される全ての皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、
不幸にしておなくなりになったかたがたの
ご冥福をお祈りいたします。
また、被災されたかたがたにおかれましては
一日も早く平穏な日々が戻ってきますように。
私自身、道央某所の職場におりましたが
幸いなことに横揺れを数分間感じ程度でした。
が、ぐんにゃりとした横揺れが数分間続くというのは
初めての体験でした。
その後職場で同僚がつけたテレビで
東北〜北関東の惨状を目の当たりにしたのです。
言葉になりません。
今思うのは
冒頭にも書きましたが、
被災された方々、およびご家族、ご親族、ご友人、
その他関係される全ての皆様に対するお見舞い
不幸にしておなくなりになったかたがたのご冥福
被災されたかたがの一日も早い平穏な日々の回復です。
そして、以前当ブログでも書いたのですが、
このような事件の時に、毎回のように問題になっていることがらが、
ひとつでも多く改善されますようにということです。
たとえば、
被災者の方の心にムチを打つようなインタビューをする
マスコミが現れませんように
とか、
救助活動の邪魔になるような轟音をたてて
取材陣のヘリが飛びまくりませんように
とか、
国を挙げての災難に対して、嘲笑や呵呵大笑をするかのような
インターネット上などでの中傷などの書き込みが
ありませんように
とか、
災害のドサクサにまぎれて
犯罪をたくらむ人が出ませんように
などです。
ただし、官房長官が記者会見で
「ヘリの取材は自粛してほしい」
と指摘したとおり、なかなか難しいところは
あるそうです。
〔ちなみに、今までの批判や官房長官の一言が奏功して
現在は一社しかヘリを飛ばしていないという情報もあります。〕
こんな非常事態にこそ、人々の民度は現れると思っています。
僕自身も冷静に
何かできることをしたいと思っています。
あと、こんな記事を見つけました。
産経新聞の記事です。
紹介します。
政府、後手の対応 首相視察が混乱拡大との見方も
産経新聞 3月12日(土)23時26分配信
福島第1原発1号機の爆発について説明する枝野官房長官=12日午後8時43分 首相官邸(栗橋隆悦撮影)(写真:産経新聞)
菅直人首相は12日夜、福島第1原発について「一人の住民も健康被害にならないよう全力で取り組む」と強調した。ただ、原発で爆発が起きたことで、政府の危機管理能力が問われることになった。「最悪の事態を想定」(枝野幸男官房長官)してきたはずなのに、退避指示の範囲を徐々に広げた。爆発の事実を発表したのも発生から2時間以上たってからで、官邸の混乱ぶりがうかがえた。
しかも首相が12日朝現地を訪れ、1時間近く視察したことは現場の作業を遅らせる一因になったとの指摘もあり、責任を問われかねない。
「国民の安全を第一に考えて対策を取ってきた。周辺住民が健康被害に陥らないよう全力を挙げたい」
12日夜の会見で、首相は原発への対応をこう強調した。ただ、爆発とは言わず「新たな事態」と形容するにとどまった。
首相は12日午後の与野党党首会談で原発に関し「危機的な状況にはならない」と強調していた。会談中に官邸側は「会談後、首相と官房長官の会見を行う」と発表した。爆発が起きたのは会談の最中だった。
会談終了から1時間半以上たって単独で会見した枝野氏は首相が会見をいったんキャンセルした理由について「首相は、メディアを通じてメッセージを伝えるのは大変重要だと思っていたが、それ以上にこの事象(爆発)にしっかりと対応することが重要だとなった」と釈明した。
12日朝、首相は原発視察に先立ち、記者団に「現地で責任者ときっちりと話をして、状況を把握したい。必要な判断は場合によっては現地で行うかもしれない」と意気込みを語った。
政府関係者によると視察は首相が突然言いだした。枝野氏も12日未明の会見で「陣頭指揮を執らねばならないという強い思いが首相にあった」と説明した。
しかし、現場はすでに放射性物質の一部放出をしなければならない事態に陥っていた。そこに首相がヘリコプターから降り立ったため、現場担当者も首相の対応に追われた。
退避指示も当初「風向きなどを考えて」として3キロから始まり10キロ、20キロと範囲を広げた。枝野氏は「専門家が詳細な分析をしているので、周辺住民は落ち着いて対応してほしい」と言いながら、退避指示の拡大などのメディアへの情報提供が遅いことには「間違いのない情報を伝えないといけないから」と強弁した。
どう思われますか。
かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした。
「中信越の地震」にて被災された方々、およびご家族、ご親族、ご友人、
その他関係される全ての皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、
不幸にしておなくなりになったかたがたの
ご冥福をお祈りいたします。
また、被災されたかたがたにおかれましては
一日も早く平穏な日々が戻ってきますように。
私自身、道央某所の職場におりましたが
幸いなことに横揺れを数分間感じ程度でした。
が、ぐんにゃりとした横揺れが数分間続くというのは
初めての体験でした。
その後職場で同僚がつけたテレビで
東北〜北関東の惨状を目の当たりにしたのです。
言葉になりません。
今思うのは
冒頭にも書きましたが、
被災された方々、およびご家族、ご親族、ご友人、
その他関係される全ての皆様に対するお見舞い
不幸にしておなくなりになったかたがたのご冥福
被災されたかたがの一日も早い平穏な日々の回復です。
そして、以前当ブログでも書いたのですが、
このような事件の時に、毎回のように問題になっていることがらが、
ひとつでも多く改善されますようにということです。
たとえば、
被災者の方の心にムチを打つようなインタビューをする
マスコミが現れませんように
とか、
救助活動の邪魔になるような轟音をたてて
取材陣のヘリが飛びまくりませんように
とか、
国を挙げての災難に対して、嘲笑や呵呵大笑をするかのような
インターネット上などでの中傷などの書き込みが
ありませんように
とか、
災害のドサクサにまぎれて
犯罪をたくらむ人が出ませんように
などです。
ただし、官房長官が記者会見で
「ヘリの取材は自粛してほしい」
と指摘したとおり、なかなか難しいところは
あるそうです。
〔ちなみに、今までの批判や官房長官の一言が奏功して
現在は一社しかヘリを飛ばしていないという情報もあります。〕
こんな非常事態にこそ、人々の民度は現れると思っています。
僕自身も冷静に
何かできることをしたいと思っています。
あと、こんな記事を見つけました。
産経新聞の記事です。
紹介します。
政府、後手の対応 首相視察が混乱拡大との見方も
産経新聞 3月12日(土)23時26分配信
福島第1原発1号機の爆発について説明する枝野官房長官=12日午後8時43分 首相官邸(栗橋隆悦撮影)(写真:産経新聞)
菅直人首相は12日夜、福島第1原発について「一人の住民も健康被害にならないよう全力で取り組む」と強調した。ただ、原発で爆発が起きたことで、政府の危機管理能力が問われることになった。「最悪の事態を想定」(枝野幸男官房長官)してきたはずなのに、退避指示の範囲を徐々に広げた。爆発の事実を発表したのも発生から2時間以上たってからで、官邸の混乱ぶりがうかがえた。
しかも首相が12日朝現地を訪れ、1時間近く視察したことは現場の作業を遅らせる一因になったとの指摘もあり、責任を問われかねない。
「国民の安全を第一に考えて対策を取ってきた。周辺住民が健康被害に陥らないよう全力を挙げたい」
12日夜の会見で、首相は原発への対応をこう強調した。ただ、爆発とは言わず「新たな事態」と形容するにとどまった。
首相は12日午後の与野党党首会談で原発に関し「危機的な状況にはならない」と強調していた。会談中に官邸側は「会談後、首相と官房長官の会見を行う」と発表した。爆発が起きたのは会談の最中だった。
会談終了から1時間半以上たって単独で会見した枝野氏は首相が会見をいったんキャンセルした理由について「首相は、メディアを通じてメッセージを伝えるのは大変重要だと思っていたが、それ以上にこの事象(爆発)にしっかりと対応することが重要だとなった」と釈明した。
12日朝、首相は原発視察に先立ち、記者団に「現地で責任者ときっちりと話をして、状況を把握したい。必要な判断は場合によっては現地で行うかもしれない」と意気込みを語った。
政府関係者によると視察は首相が突然言いだした。枝野氏も12日未明の会見で「陣頭指揮を執らねばならないという強い思いが首相にあった」と説明した。
しかし、現場はすでに放射性物質の一部放出をしなければならない事態に陥っていた。そこに首相がヘリコプターから降り立ったため、現場担当者も首相の対応に追われた。
退避指示も当初「風向きなどを考えて」として3キロから始まり10キロ、20キロと範囲を広げた。枝野氏は「専門家が詳細な分析をしているので、周辺住民は落ち着いて対応してほしい」と言いながら、退避指示の拡大などのメディアへの情報提供が遅いことには「間違いのない情報を伝えないといけないから」と強弁した。
どう思われますか。
かつて、コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」(富良野市)の
月曜午後五時からオンエアーしていた
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)の
パーソナリティーをつとめていたイトー×aniでした。
3pin
生きている内にここまで大規模な天災に遭遇するとは思ってもいませんでした。
犠牲者の皆様の冥福を祈り、被災されて現在困難な状況におかれている全ての皆さんの平穏無事を祈っております。
被災地から離れた場所に住まう自分にできることは些少の義捐金を送ることと祈ることぐらいですが、一日も早く平穏な日常が戻ることを願って止みません。
なお、多分有史以来最大の危機に直面している日本に対し、有形無形の支援の手を差し伸べてくださっている世界中の皆さんに最大限の感謝をいたします。
犠牲者の皆様の冥福を祈り、被災されて現在困難な状況におかれている全ての皆さんの平穏無事を祈っております。
被災地から離れた場所に住まう自分にできることは些少の義捐金を送ることと祈ることぐらいですが、一日も早く平穏な日常が戻ることを願って止みません。
なお、多分有史以来最大の危機に直面している日本に対し、有形無形の支援の手を差し伸べてくださっている世界中の皆さんに最大限の感謝をいたします。
2011/03/13 Sun 23:46 URL [ Edit ]
イトー×
3pin様>いつも、どうもありがとうございます。
こんかいの震災の影響は、日本や世界にどのような影響を与えるのかはまだ想像すらできませんが、微力ながらいかに支えていくかということが、僕ら一人ひとりにかせられた使命なのかもしれません。
こんかいの震災の影響は、日本や世界にどのような影響を与えるのかはまだ想像すらできませんが、微力ながらいかに支えていくかということが、僕ら一人ひとりにかせられた使命なのかもしれません。
2011/03/26 Sat 04:03 URL [ Edit ]
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