2009.11.18 昭和のカレー
かつて、家で食べるカレーも、
学校の給食で食べるカレーも、
学食で食べるカレーも

イメージとして黄色いカレーでした。

で、外で食べたカレーのスプーンが
コップに入っていたのにビックリして
家でもマネたりとか、

庖丁人味平のカレー戦争でも
そんな描写があって、冷たい水を飲んだりと

なんだかナツカシイ思い出が出てくるのです。

そして、こんなことも思い出したのでした。


11月16日 オンエアー 第240回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。

こんな記事がありました。


ノーベル賞下村さん、母校訪問=65年ぶり、思い出のカレー-大阪
10月14日16時27分配信 時事通信

 ノーベル化学賞を昨年受賞した元米ウッズホール海洋生物学研究所上席研究員の下村脩さん(81)が14日、65年ぶりに母校の大阪府立住吉高校を訪問した。下村さんは同校の中野悦次校長に「転校してきた時、旧友のおごってくれたカレーがおいしくて忘れられない。ぜひ食べたい」とメールで要望。65年前の味を再現した「思い出のカレー」が下村さんに振る舞われた。
 一緒に食事をした同級生によると、下村さんは「こんな味やったなあ。昔はソースをかけて食べたんや」と懐かしみ、戦時中のころを振り返っていたという。 

カレーと聞くと、ノスタルジアをも
思い出させてくれます。

しかも、僕も子供のころは、
カレーにソースでした。

で、カレーとソースの関係について
スルドく考察をしているのが、
当番組でも何度か取り上げました、

野瀬泰申さんの、
「天ぷらにソースをかけますか? ニッポン食文化の境界線」(新潮文庫)
です。

こんな記述です。

「阪急百貨店二十五年史」には昭和十一(一九三六)年から十二年に黄金期を迎えた梅田阪急食堂では、一日の平均客数が四万五千人に上り、三十銭のランチが毎日一万五千食、次いでコーヒー付き二十銭だったカレーライスが一万三千食も売れたと書かれている。三位が二十銭のカツレツで九千食。この当時、どれだけカレーが人気であったかがよくわかる。
さて、私が阪急百貨店の社史を読んでいて目に留めたのは、その次の記述であった。これだけの需要を賄うのに百貨店側が、一日に使った食材は「白米60俵、牛15頭、豚5頭、鶏350羽、卵(4貫入り)三〇個、ソース40石、醤油(3斗6升入)80樽、酢40樽」などであるが、中にでてくる「ソース」とはウスターソースを指す。それを日々40石、つまり一升瓶で4000本(七千二百リットル)も消費しているのである。これを客数の四万五千で割ると、一人当たり百六十㏄になる。
これは、和食、洋食、中華全体の平均であって、和食と中華にはあまりソースは使われなかっただろうから、洋食に限って考えると一人一回当たりソース使用料は恐るべき量になる。一番人気のランチの中身は「エビフライ、ミンチボール、ライス、コーヒー」であったので、ソースを使うとすれば、エビフライだけであろう。
三番人気のカツレツはソースが必需品であるが、カレーにも相当量のソースが用いられていなければ、このな数字にはならない。というのも「ソースで天ぷら」の章で見たように、日本型のウスターソースは明治の大阪で生まれ、大阪には当時から「洋式醤油」「新式醤油」を料理にかけまわす文化があった。カレーにもソースをかけたであろうし、現在の大阪の大衆的なカレーがソースを随伴していることから考えても、どこかの時点で「カレーにはソース」が定型として出来上がっていたはずである。
ともかく「カレーにはソース」と思っている人が「たまには贅沢して卵をのせようか」と考えたとしよう。カレーライスにソースをかければ、「自由軒」のように全体を混ぜるのか、食べる部分だけわそのつど混ぜるのかは別にして、混ぜないと味にむらができる。ならば卵は一緒に混ぜることができる生卵でなくてはならない。ゆで卵では混ざらないのである。
わたしは大阪の「カレーに生卵」という食べ方は、その前に「カレーにはソース」というかき混ぜ型の食べ方があったから成立したのではないかと考えている。かき混ぜない食べ方に、混ぜないと食べにくい生卵が入ってくる余地はなかろう。だからカレーライスを混ぜない東京では生卵ではなく、ゆで卵になったのである。
(中略)
それにしても梅田阪急食堂でのソース消費量は多すぎはしないか、一日四十石ではなく四石だったのなら、現代人はホッとするのである。



とのことです。

なっとく、
ナルホド。

カレーにソースと
カレーに生卵の関連性が

見事に解き明かされています。



それで、下村先生ではないですが、
カレーとノスタルジアの話というと、

僕も学食の粉っぽいカレーとか、
某大手チェーン店(ココイチではないですよ。
ってか、僕が学生のころココイチは東京に
なかったですし…)の缶っぽいカレーとかで

なんぼ腹を満たしたことか…。

そんなことが、かつて学生時代にカネがない時通った
カレースタンドの横を通りかけるときに
ふと思ったりしますし、

帰省やお祭りなどで、
羽田空港に行ったとき、

モノレールや京急の乗り換えのところで
強烈なカレーの臭いをかぐと、

あー東京なんだなー

ってことが再認識されたりして…

カレーっていいですね。



にしても、カレーとは関係ありませんが、
ノーベル賞つながりで、

ノーベル賞受賞の野依氏憤慨 事業仕分けで「スパコン世界一」を否定
11月13日19時32分配信 産経新聞

 政府の行政刷新会議の13日の仕分け作業は、次世代スーパーコンピューターの開発予算に事実上の「ノー」を突きつけた。議論の方向性を決定づけたのは「(コンピューター性能で)世界一を目指す理由は何か。2位ではだめなのか」という仕分け人の発言。結局、「科学技術立国日本」を否定しかねない結論が導かれ、文科省幹部は「日本の科学技術振興政策は終わった」と吐き捨てた。
 次世代スパコンは最先端の半導体技術を利用。ウイルス解析や気候変動問題のシミュレーションなど広範な研究での活用が期待されている。「1秒あたり1京回」という計算速度が売りで、現在、世界一とされる米国製の10倍の速度になる算段だ。平成24年度から本格稼働の予定だが、総額約700億円の国費が今後必要なため、財務省は見直しを求めている。
 この日、口火を切ったのは蓮舫参院議員。その後も「一時的にトップを取る意味はどれくらいあるか」(泉健太内閣府政務官)「一番だから良いわけではない」(金田康正東大院教授)「ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う」(松井孝典・千葉工業大惑星探査研究センター所長)などと、同調者が相次いだ。
 文科省側は「技術開発が遅れると、すべてで背中を見ることになる」と防戦したが、圧倒的な「世界一不要論」を前に敗北。同研究所の理事長でノーベル化学賞受賞者の野依(のより)良治氏は「(スパコンなしで)科学技術創造立国はありえない」と憤慨していた。

なんて記事があったのを見かけると

なんだかな~と
思ってしまうのです。






あなたのオススメどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
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