2010.03.29 卒業
FHF
弥生三月も最終週に突入。
明明後日からは、4月であります。

今年は結構遅い時期まで
雪が残っているイメージがありましたが、
やはり少しずつですが、春めいて来ている
感じがします。


3月は、多くの別れがありながら、
慌ただしく時は流れて、

出会いの春を向かえていくのです。

そして、私「イトー×ani」も、ラジオふらのから
卒業をすることになりました。



3月29日 オンエア 第259回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
です。

2005年4月4日午後4時にはじまりまして、
のべで丸々5年間、259回の放送でありました。

私自身が富良野から引越をするということで、
なんとか番組を継続させる方法を模索したのですが、

会社の考えもありまして、
本日で卒業であります。


番組で語ったテーマとともに、
たくさんの伝えたいことがありましたが、
うまく伝わったかどうか…


それで、僕自身が伝えたいと考えていたメッセージは、
番組のなかで、自然と伝わっていくのが
理想なのですが、最後なので、もう一度お話しをさせてください。


社会や世間の常識とされていることが、すべて正しいとは限らない。

物事が正しいか、誤っているかを見極めるためには、
わかりやすく、耳当たりの良い情報だけに頼るのは危険である。

自分の言葉は、周囲を攻撃するのも、
周囲から防御するのにも、最良の武器である。


昨年お亡くなりになった
中島梓さんの著作にありましたが、

ある作家が、「笑っていいとも」に出演して、
番組の中で「うち、テレビないの」と発言すると、
司会のタモリさん以下、
会場のすべての人が「えええっ!」という驚嘆の声をあげたそうです。

テレビなんか、無くてはならないものではなく、
見たければ見たらいいし、見たくなれば見なくてもいいものです。

それが、なんとなくですが、
「ないのはおかしい」ものになっているのです。

「笑っていいとも」のお客さんの反応がすべてではありませんが、
一つの、わかりやすい例だといえるでしょう。


70年ほど前までの日本人が
「お国のために命を捨てるのは忠義だから、
子供が死んでも泣いてはならない。」と
ほとんどの人が思っていた時代のことを聞くと、
時代遅れだとか、非人間的だと思うのでしょう。

しかし、そんな人は、
「テレビは誰でも持っているものに決まっている」と
信じ込むことについては、どう思うでしょうか。

迷妄であることについては、どちらも同じです。
そんな常識とは誰が決めたのでしょう。


「お国のため」というのは、国が決めた都合だから、
極めて分かりやすい。
ですが、「テレビ」については、
テレビしか楽しみがないわけではないけれど、
いつのまにか、テレビが生活の一部になっている視聴者たち、
つまり僕たち自身が決めたことです。

僕たち自身が長年かかってじわじわとしてきた刷り込み。
こういうものに、僕たちは非常に抵抗しづらいのです。

この文章を書いたり引用しいている僕も含めて、
僕たちは、以前番組で広告の話をしたときにもしたとおり、
「商品は売らなくてはならない」という
商業主義の論理によって、絶えず刷り込みをされています。

季節ごとに新番組を楽しみにして、新聞・雑誌にマルをつけて、
ビデオやDVDで録画をして、話題は前日のテレビ番組のことばかり。
テレビに出てくるタレントのゴシップのほうを、
隣に住んでいる人の情報よりも、詳しく知っている。


そういう人は、自分が「お国のため」という共同幻想を
ばかげたことだと思えるから、戦前の人よりはカシコいのだ
と思っているのかもしれません。
が、本当は今の方がずっと巧みに操られているのではないでしょうか。

今では、もうみんなが
「戦前みたいなつまらぬ共同幻想にはひっかからないぞ」と
思いながらも、
誰かが操る競争主義の原理にのせられて、
消費社会の原理に乗せられて、
ローンを組んでいるのです。


誰に操られているのかはわかりません。

どういう手口で操られているのかもわかりません。

僕自身が、ごく一部わかっている部分についても、
実はわかった気になっているだけで、
操られている意識もないままに、
これまた誰かに操られているのかもしれないのです。



いつかお話したかもしれませんが、
石炭を掘る炭鉱夫たちは、
カゴに入れたカナリヤを一緒につれて穴に入ります。

極めて弱くて、デリケートなカナリアが苦しみ出したり、
死んだりしたら、有毒ガスが発生している。
ということを報せてくれる、
異常の探知係として使ったそうです。


現在の世の中の歪み、
例えば、立て続けに起こるいじめの問題にしても、
浪人生や元派遣職員の殺人・障害事件でも、
荒れる成人式でも、ホームレスを集団で襲う中学生たちも、
毎年三万人を超えている自殺者数も、
それを、敏感さ故に異常な世界に警鐘をならす
「炭鉱のカナリア」に例えること自体、
古くさいことなのかもしれませんが、
そこに異常さを感じずにはいられません。


僕は、自分のことを決めるのは自分であるべきですし、
自分で主体的に選択したことによって、
生きていきたいと考えています。

だから、目に見えない何かに操られるような状況には、
強い違和感を覚えるのです。

何か、わけのわからない。理不尽な事件が起こるたびに、
同じようなことを感じている人はいるでしょうし、
そんな不正に対して真剣に考えたいと思っています。

現実社会で日々起きていく面倒くさい手続きとかに流されつつ、
怒ったり不満だったりを表明しても変わらない現状に対して、
あきらめてしまわずに、感性の若さを持ち続け
なおかつ社会を変革できる人こそが、
この後の世の中に必要となってくるのだと思います。


ラジオでみなさんにお話をする時に心がけたことは、

多くの人の幸せに手を貸すことが出来たらいいなと
思っていました。

そして、今の気持ちを忘れないようにしてして、
なんとなく居心地の悪い世の中を、
少しでもいい方向に向かっていくために大切だと考えていることを、
番組でも話してきました。


世間の常識を疑うということは、
僕らが「当たり前」と思っていることも含まれます。

「健康で、豊かで、食物にこまらなくて、適応していること」
がいいことであり、幸福であり、目標だ。
というのは、当たり前のことです。

ただし、だからこそ、現在の僕らを取り巻いている、
資本主義的商業主義社会の原理である、
「買って買って、買いまくりましょう。
もっと食べて、もっと運動をして、もっと健康になって、
もっとスリムになること。これが幸せです。」
というメッセージを受け入れてしまうのです。


これらのメッセージに従うために
僕らは生活させられているという面もあります。


過剰はよいこと。
富裕はよいこと。
沢山消費するのが良い消費者。
たくさん生産するのが、良い生産者。
たくさん売れるのが良いセールスマン。
たくさんお金を持っているのが幸せな人。



はたして本当にそうなのでしょうか。



忘れてはならないことがあります。

「僕らは滅びゆく存在である」ということです。
「メメント=モリ(死を忘れるな)」ともいいます。

更に言い方を変えると、
「僕らもまた、地球上にいる無数の種のなかの、
たった一つの種に過ぎないのだ」ということです。

人間は万能ではありません。
人間には生と死を自分で判断して、
コントロールする権限はないのです。


死に対して目をふさぎ、盲目的に逃げること。
これは、「現在がよければ、それですべてが良い」という、
享楽主義の傾向の典型ですし、
そこにも消費はつけこみます。


死を賛美しているわけではありません。

「生と死を自分で判断して、コントロールする権限はない」とは、
永遠に生き続けることも出来ないかわりに、
自分で自分の生命にけりをつけてしまうことも良くない。
ということなのです。


では、なんで、そんな枷をされながら生きていくのか、
と考えると。


生は可能性だからだと思うのです。

枷があったとしても、
生きていればいいことがあるかも…。という可能性です。


しかも、だから、確実とは言えません。
そもそもこの世の中に確実なことなどはありません。

だから、面白いのかもしれないのです。

こんなことについては、すでに気がついている人がいるかもしれません。

その人は今の気持ちを忘れないでください。

生と死については、生涯ついてまわる問題です。
一生涯考えても結論の出ない問題かもしれません。

僕にしても、これらの考えは「今、この現在での考え」ということで、
この考えを維持できていけるかは、正直よくわかりません。

でも、考えることをやめてしまうのと、
考え続けるのでは、人生の幅が違ってくるのではないか、
と思っています。

安易な道に流れずに
可能性を信じて
考えや行動を続けること。


それも、攻守を支える武器になると思っていますし、
そんな考えでラジオを続けてきたのです。


また、世間の常識を疑うということは
世間的に弱者とされているものの
すばらしさにスポットを当てることも
大切だと考えます。


番組中では一回について平均5曲
トータルでのべ1330曲をこえる曲を
かけてきました。

これらの曲は二年目以後からかけた分は、
ほとんどが新譜なのですが、
日本の音楽流通業界から見ると、主要といえるジャンルでは
ない曲なのです。

だからランキング番組にでる時も
ぞんざいな扱いをされることも
少なくないのです。


だからこそ、そんな曲にもスポットをあてたいという
意図があったのです。

また、このジャンルの楽曲を愛する人は
心優しい人たちなので、

番組のブログで曲の名前とか
感想をアップすることによって
番組を聴かなくても、この番組とか
ラジオふらのを応援をしてくれたりもします。

そんな方にも支えられてきて、
なんとか5年間やり通したというわけなのです。

が、それも最後であります。



晩唐の詩人に于武陵という人がいます。
9世紀末の、大中年間(847~859)、進士に及第しましたが、
官職にはつかずに、各地を放浪し、
晩年は嵩山の南に隠棲したといわれています。

だから、生年は810年とわかっていますが、
没年は不明です。

この時代の唐は、黄巣の乱などがおきる
きっかけとなった圧政であるとか
政治の乱れなどがある

混乱の時代でした。

彼の五言絶句に「勧酒」があります。

 勧君金屈巵
 満酌不須辞
 花発多風雨
 人生足別離

君に勧(すす)む 金屈巵(きんくっし)
満酌(まんしゃく) 辞するを須(もち)いず
花発(ひら)いて 風雨多し
人生 別離足(た)る


江戸時代の儒学者で、
五代将軍 徳川綱吉の懐刀である、老中柳沢吉保や
八代将軍 徳川吉宗のブレーンである
荻生徂徠の高弟であり
文人画の画家でもある服部南郭は
このように通釈しています。


金屈巵は、持つ手(柄)のある(黄金の)盃なり。親しい友達に逢うて、此の方(自分の方)から一ぱいまいれとさしたを、「勧む」と云ふ。必ず辞儀(辞退)せらるるな。このやうなことはまた(二度とは)ないことぢゃ。

なぜなれば、花盛りぢゃほどに見やうと思ふ間に、風雨でもすれば、落ちてしまふ。人生もその如く、大方(おほかた)別るることが多いものぢゃ(「足る」は多いの意)。しかれば、逢うた時に、酒でも試み、楽しむがよい。


親しい友人に出会って、せっかくの機会なんだから飲もうよ。
もういいなんて言うなよと言っているわけです。

しょっちゅう会っている友人に
「人生は云々」と言ってお酒をすすめているのだとすると、
屁理屈をこねて絡んでいる困った人ですが、

ここでは、久しぶりに会った友人と
楽しいひとときを楽しんでいるか、
友人との別れを惜しんでいるかの、
どちらかでしょう。

いずれにしても、酒宴の後は
また別れ別れになりそうです。


現在のように移動手段が発達している時代からは
想像しにくいことですが、
徒歩や馬などが主要な移動手段であった時代には、
遠方への旅立ちは、今生の別れを
意味しかねませんので、
頭のどこかに、もう会えないかもしれないという
意識があったことだと思います。

先ほどもお話したとおり、
于武陵は放浪生活をしていますし、
「全唐詩」という、唐代の詩人の詩を集大成した詩集で
彼の詩を見てみると、あちこち旅をしていた様子が
わかりますので、
そんな別れを何度も経験しているのでしょう。

今、楽しめるだけ楽しもうよという姿勢の裏には、
惜別の情が隠されているのです。


この詩を、「山椒魚」などで知られる、
作家「井伏鱒二」はこのように翻訳をしました。



コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
         (『厄除け詩集』)


「人生別離足る=人生に別れは十分にある=人生に別れはつきものだ」と、
「さよならだけが人生だ」とでは、
意味内容が少しずれていますが、

翻訳であるということを離れて、
「さよならだけが人生だ」というフレーズ自体を見てみると、
よくできた名文句ですし。
耳に残るフレーズです。

そのため、一般に広くこのフレーズが
知れ渡ることになったようです。

また、箴言のようなインパクトの強さを持ち
言いやすいために
井伏鱒二の訳を好む人も多いようです。


アイロニカルかつ、クールで
突き放したようなな表現は
僕も好むところでもあります。


また、
たまたま、今朝読んでいた日刊スポーツで
高田文夫さんの連載が最終回を向かえていましたが、

タイトルは

さよならしないと、また出会えない。

でした。


こちらもなかなか含みのある言葉ではないですか。


とまれ、
5年間番組におつきあいいただき、
ありがとうございました。

と、いうことで、お礼です。

初めて番組に、おはがきを頂きました。
あなたから頂いたおはがきは、
番組のシナリオを入れているクリアファイルに
大切にはさませてもらっています、ネットダアーさん、

この番組を始めるそもそものきっかけとなった
「お茶でへそをわかす」のみなみさん、
同じく「お茶へそ」メンバーで、ゲストとして出てもらったり
ミキサーをお願いをしたり、
当ブログの立ち上げでも、大変お世話になりました、杏紀さん、
同じく「お茶へそ」メンバーで、
この後ミキサーなどでお世話になった、太一君、
はじめて「番組を聴きました」といってくれた、よしほさん
ラジオの話をもちかけてくれましたり、
ありがたい資料をいただいたりしました、みやこさん
初めて行った「ラジオふらの」の事務所で、
「番組聴きましたよ、新番組も期待しています」
と言ってくれた、しおみさん、
初メールいただきました、本当にありがたかったです
どーも光一さん、
番組の宣伝をさせてもらったうえに、
番組にゲストででていただいた、まいさん
番組初のゲストであり、このあと「お気に入り探偵組」の
メンバーとして一緒に番組をしました、
あんどぅさん、さえきちさん、ムラ子さん
番組出演回数ナンバーワン
もはや常連ゲストである、畏友GMクンこと夢行クン、
同じく常連ゲストであり、しばしばブログにも
コメントを寄せてくれております畏友P氏こと3pinクン、

ご自身の番組に、僕のコーナーをつくっていただいたり
ゲストで招いて頂いたりして大変勉強になりました。
郡司さん、はっちゃん、小田島さん、
同じく、ゲストで出して頂きました、トキタハジメくん、
しむにぃさんと、る~やんさん
ナオミさん、あーちゃんさん、

ブログにリンクをはっていただきまして、
かつコメントなどをいただいております、
「旧FRCタイム」の三上さん、
「みかんの音楽室」のみかんさん、
「マンデーナイトフィーバー」の山下さん(トラ仲間)、うえっちさん、
レイコさん、旧メンバーのよしみほさん、
「外遊び専科 ~つりへ出かけよう」のサブさん、
冬夜おりおんさん、
番組にメールいただきました、ありがとうございました、
「アビーロードスタジオ」のジュシーヘイザンさん、
特番を、一緒に出来て嬉しかったです。ジャイブ坂下さん

さまざまなアドバイスや
励ましの言葉をいただいております、
トールモリオカさんに、きむら先生、
フジオカさん・ミズエさん・スズキユージさん

あなたがたのがんばりに刺激を受けながら
なんとか番組を続けることが出来てきました
感謝をしておりました。小梅さん、・本田さん・クニオさん
ちーさま・さとうさん・桑名さん・竹内さん・大滝さんなどの、
ラジオふらのの「ラジオサポート隊」の皆さん、

たびたび、ご自身のブログで当ブログのことを取り上げていただいてます
富良野カリ~番長、松野さん、

それからこちらも刺激を受けましたが
「富良野市 ことぶき大学」の生徒さんに
「ふらの市民講座」の受講生のみなさん、
上の二つの橋渡しをしていただきました
この番組のリスナーでもあります教育委員会のMさんとTさん、

ふらの広場で大変お世話になりました、吉田さん
第一回放送などでミキサーをお願いして
その後も今現在にいたるまで、数多くの貴重なアドバイスをいただいたり
何かとお世話になっておりますPanさん、
この野放図な番組をアタタカク容認していただいておりました
ラジオふらのの丸山社長、

そして、この放送を聴いてくださいました
すべてのリスナーの方。

このブログに遊びに来てくれているすべての皆さん、

本当に、本当に
ありがとうございました。


またどこかでおあいできる日を
心より、楽しみにしております。


ごきげんよう。


イトー×ani




ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアーしました。


このあとは道央に住む予定ですが、
機会があれば、またボランティアで
番組作りに関わりたいと考えています。

興味がある関係者のかたがいらっしゃいましたら
当ブログのコメント欄まで連絡をいただけたら
有り難いです。

それと、
ブログはもう少しだけ
続くかもしれません。
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2010.03.24 球春到来
プロ野球のパ・リーグが開幕いたしました。

とりあえずまだ3試合しか終わってないのですが


今年も混パの様相でありますね。

ま、それだけ楽しみが増えるということで…。


パ・リーグの開幕が例年より早いことと、
昨年はWBCの影響で開幕がズレこんだこともあり
ことさら開幕が早く感じます。

また、昨日からは、
春のセンバツ高校野球も開幕しました。

イメージ的に、選抜が佳境にさしかかったところで
プロ野球開幕という感じだったので、

今年は、少々テレビなどの扱いは
地味なような気がします。


さて、そんなセンバツ高校野球の開会式ですが、
球児の動向も当然気になるところですが、
今年も甲子園の開会式では
地元富良野高校の書道部の字が飾りました。


以下は毎日新聞の記事です。

感動の舞台へ:第82回センバツ・山形中央 富良野高書道部、プラカード揮毫 /山形
2月19日12時2分配信 毎日新聞

◇センバツ開会式用
北海道富良野市の富良野高の書道部員が、3月21日のセンバツ開会式で山形中央が使うプラカードの校名の揮毫(きごう)に取り組んでいる。

08年の第80回大会から日本高野連と毎日新聞社は、国際高校生選抜書展(書の甲子園)の団体の部で地区優勝した高校に揮毫を依頼している。富良野高は、北海道地区で2年連続優勝の原動力となった3年生13人が、山形中央、北照(北海道)、前回優勝の清峰(長崎)の各校を担当した。
顧問の今野冲岳教諭は「個性的でもいいが、万人に分かりやすいようにし、その中で力強く伸びやかな富良野高らしさを出して」と指導。部員が競作し、代表作を決める。山形中央に挑戦した郡山香澄さんは「難しい文字はないがバランスが難しい。山形には行ったことはありませんが、頑張ってほしい」と話した。【横田信行】


第82回センバツ:富良野高の書道部員が校名揮毫--開会式プラカード /北海道
3月3日10時53分配信 毎日新聞

富良野市の富良野高の書道部員が、第82回選抜高校野球大会の開会式で北照など3校が使うプラカードの校名の揮毫(きごう)に取り組んだ。
第80回大会から日本高野連と毎日新聞社が、国際高校生選抜書展(書の甲子園)の団体の部で地区優勝した高校に揮毫を依頼。同校では、北海道地区で2年連続で優勝の原動力となった3年生13人が北照、21世紀枠の山形中央、前回優勝の清峰(長崎)の各校を担当した。
顧問の今野冲岳教諭は「個性的でもいいが、万人に分かりやすいようにし、その中で力強く伸びやかな富良野高らしさを出して」と指導。部員が競作し、評価し合って代表作を決めた。北照に挑戦した安井彩さんは「同じ道内の高校生なので、やはり頑張ってほしい」と話した。【横田信行】
3月3日朝刊



NHKでドラマ化されて
更に注目が深まった、
お気に入りのマンガ「とめはねっ!」(河井克敏さん作・小学館)でも

ストーリーのキモとなっているのが、
書の甲子園ですが、


HPを見ますと

世界の高校生たちが、若い力と情熱を傾け、腕と感性を競い合う“書の甲子園”「国際高校生選抜書展」の第18回展を来春、開催します。
  第17回展には24カ国・地域、15,107人が参加。表彰式には日本・中国の入賞者が大阪に集まって、国際交流を深めました。
  フレッシュな高校生の作品を今秋、募集します。奮ってご応募下さい。

 2009年春

などと書かれていました。


北海道・東北・北関東・南関東・中部北陸・
東海・近畿・中国・四国・九州山口の
各地区で団体優勝が決められ

さらに全国優勝 一校
全国準優勝(十七回は三校)が決められます。


そして、新聞記事にもありました通り、
各地区の優勝校が
代表のプラカードを揮毫したのです。

富良野高校書道部は、
昨年も書の甲子園で北海道団体優勝を飾り、

鵡川高校・沖縄尚学高校・利府高校の文字を
担当しましたので

2年連続ということになります。


昨日、開会式の様子を生で見ることは
できなかったのですが、夕方のニュースで見て、
力強い字だなあと感心しました。


ちなみに、決勝に進んだ場合の閉会式での
プラカードも開会式で使われたのと
同じものがつかわれます。

清峰高校は、昨年の優勝校ということで今大会の出場はなく、
山形中央高校は残念ながら昨日敗退してしまいましたので、

あとは北照高校の健闘に期待をしますか。

北照高校については、
北海道勢甲子園100勝の期待もかかっています。


こちらは、読売新聞の記事です。


道勢100勝へ北照着々・・・甲子園初練習

 21日開幕の第82回選抜高校野球大会に10年ぶり3度目の出場をする北照は18日、兵庫県西宮市の甲子園球場で練習した。北海道勢としては、あと1勝で春夏通算甲子園100勝を達成するとあって、選手らのプレーに力がこもっていた。

 まずは、内外野分かれてのノックで、連係や、新しくなった芝生の打球の跳ね方を確認。走者を置いての打撃練習では実戦を意識し、盗塁を織り交ぜたり、ベースカバーを互いに注意したりしていた。

 河上敬也監督は「今日の狙いは甲子園に慣れることだったが、選手は思ったより落ち着いていた。初戦突破で100勝を目指します」と言い、西田明央主将は「チームの守備はいいので、全員の打撃の調子を上げていきたい」と話していた。
(2010年3月19日 読売新聞)


北照高校の活躍を期待して、
応援をします。



あと、甲子園大会の開会中は、
ずっとプラカードは展示されているそうなので、

興味があるかたは是非富良野高校書道部をはじめとした
各校の力の入った文字を

堪能してほしいと思います。




ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファントリー)
北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771
FHF
弥生三月も4週目に突入、
あと10日もすれば4月です。

先週は、富良野地区の小学校の卒業式が
ありました。

多くの別れがありながら、
慌ただしく時は流れて、

出会いの春を向かえていくのです。


以前、二月はロシアで「光の春」と、
美しい表現をするとお話しをし、

先週は、「音の春」という
すてきな表現を紹介しましたが。

暑さ寒さも彼岸までという有名な言葉で
象徴されるように、

3月の下旬くらいからは気温の上昇もあるので
「温度の春」という言い方もされます。

郊外に車を走らせていると、
目に付くのが雪で覆われた畑や田んぼにつけられた
融雪剤の描く模様なのです。

気がつくとそんな模様の形に
雪解けがすすんでいて、

春に近づいているのだなーと
思う反面、

北海道にとっては、3月は
低気圧が発達してオホーツク海に抜ける時に
吹雪いたりする時期でもあります。

先週末もそうでしたし。

ただ、そんなのが来た後に
気温が上がったりするので、

やはり、少しずつですが、
着実に春へと、近づいているのです。



3月22日 オンエア 第258回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
です。

バンクーバー・パラリンピックが終了しました。

こちらは本日配信された
時事通信の記事です。


新田が2個目の金=太田は銀、日本のメダル11個〔パラリンピック〕
3月22日9時17分配信 時事通信

【ウィスラー(カナダ)時事】バンクーバー冬季パラリンピック最終日は21日、当地で行われ、ノルディックスキー距離の男子1キロスプリントクラシカル立位で新田佳浩(日立システム)が優勝し、10キロクラシカル立位に続いて今大会2個目の金メダルに輝いた。4大会連続出場の新田は2002年ソルトレークシティー大会の銅と合わせ、3個目のメダルとなった。
 女子の1キロスプリントクラシカル立位では太田渉子(日立システム)が銀メダル。太田は前回トリノ大会のバイアスロン立位の銅に続く2個目のメダルとなった。
 日本は今大会、前回トリノ大会より2個多いメダル11個(金3、銀3、銅5)を獲得。メダル総数では国別で6位となった。
 競技は全日程を終了。午後7時(日本時間22日午前11時)から当地のメダルプラザで閉会式が行われる。次回は14年にロシアのソチで開催される。


と、いうことです。
テレビなどでは、
アイススレッジホッケーの決勝こそ
放送されていましたし、

それこそ早朝からオリンピック同様に
選手の活躍に一喜一憂を
してしまいました。

いやー、スポーツっていいっスね。

ただ、他の競技については、
スポーツニュースで流れる程度で、

そんなに注目をされていませんでしたし、

オリンピックのように新聞に
メダルの獲得数がのっているわけでもないので

調べてみました。

そしたら、

メダル獲得

1位 ロシア 金12 銀16 銅10 計38
2位 ドイツ 金13 銀5 銅6 計24
3位 カナダ 金10 銀5 銅4 計19
4位 ウクライナ 金5 銀8 銅6 計19
5位 アメリカ 金4 銀5 銅4 計13
6位 スロバキア 金6 銀2 銅3 計11
7位 オーストリア 金3 銀4 銅4 計11
8位 日本 金3 銀3 銅5 計11
9位 ベラルーシ 金2 銀0 銅7 計9
10位 イタリア 金1 銀3 銅3 計7

以下
フランス 金1 銀4 銅1 計6
ノルウェイ 金1 銀3 銅2 計6
オーストラリア 金0 銀1 銅3 計4
スペイン 金1 銀2 銅0 計3
スイス 金1 銀2 銅0 計3
フィンランド 金0 銀1 銅1 計2
スウェーデン 金0 銀0 銅2 計2
ニュージーランド 金1 銀0 銅0 計1
韓国 金0 銀1 銅0 計1
チェコ 金0 銀0 銅1 計1
ポーランド 金0 銀0 銅1 計1

という結果だったそうです。

ちなみに
日本は、

クロスカントリースタンディングのカテゴリーで
新田佳浩選手が金メダル2個
大田渉子選手が銀メダル、

アルペンスキーシッティングのカテゴリーで
狩野亮選手が 金メダルと銅メダル
森井大輝選手が 銀メダルと銅メダル
大日方邦子選手が 銅メダル2個
鈴木猛史選手が 銅メダル

アイススレッジホッケー男子が銀メダル

で、
それぞれ獲得をしました。

中でも、高福祉を実現していて、
さらに冬季五輪の種目にも強い
北欧の国々と互角にゲームをする
と、いうことなど、

選手の活躍に、勇気づけられたというわけです。


ただし、オリンピックも同様なのですが
冬季の種目というとどうしても
活動や遠征の資金などが
潤沢ではないようすを耳にします。



例えばオリンピックで話題になったカーリングですが、
今回の遠征や今までのチーム強化については
青森県におうところが多かったのです。


冬季の競技はどうしても、
雪国にある地場の企業の協力の大小が
結果に結びつく例が多く、

北海道・東北の景気がなかなか良くならないなかでの、
ソルトレイクシティーやトリノの結果という
反省項目があったのですが、

なかなか、この点については、
改善されない問題でした。


しかも、これは、先日配信された
記事であります。


選手強化へ一層の支援検討=鳩山首相〔五輪〕
3月1日10時24分配信 時事通信

 鳩山由紀夫首相は1日午前、バンクーバー冬季五輪の閉幕に当たり「日本人の選手、頑張ってくれた」と日本人選手の活躍をたたえた。日本のメダルが銀3、銅2個という成績に関しては「メダルの数がどうのという声はあると思う。国として何か積極的にさらに強化すべきところがあれば、また考えていきたい」と述べ、選手の育成・強化に向けた国としての一層の支援を検討する考えを示した。首相公邸前で記者団に語った。 


こちらは、その三ヶ月前の記事です。

五輪選手ずらり、補助金減に反対表明へ 「強化に影響」2009年11月30日21時35分
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 日本オリンピック委員会(JOC)は、行政刷新会議の「事業仕分け」で、約27億円の選手強化に対する国からの補助金などが縮減の対象になったことに反対を訴える記者会見を1日に東京都内のホテルで開く。上村春樹・選手強化本部長のほか、山本博(アーチェリー)、冨田洋之(体操)、太田雄貴(フェンシング)ら五輪メダリストらが出席する予定。JOCは「縮減されれば、2012年ロンドン五輪に向けた国内外の強化合宿、国際大会の遠征費、各競技団体のコーチ配置などに影響が出る」とし、世論にも賛同を訴えたいとしている。



この文章でもわかる通り、
三ヶ月前に同じ政党が目玉政策として
行った、事業仕分けでスポーツ振興基金が
槍玉にされていました…。

三ヶ月前の制作と今回の首相の発言との
整合性も気になるところですし、


更に、

日本のオリンピックの強化費は、27億とのことですが、

他国は、
ドイツ270億円
米国165億円
英国120億円
中国120億円
オーストラリア110億円
韓国106億

ですからね…。



この首相の発言が
また三ヶ月で変わったりせずに
口ばっかりで終わらないことを
セツに祈ります。


さて、スポーツにあてる資金が
少ないという問題の原因の一端は
国家がスポーツに介入しなかった歴史があります。

では、どこがスポーツ振興をになっていたのか。

日本では、学校と企業だったのです。


学校教育の一環として
スポーツが奨励されたおかげで、

日本の多くのスポーツ競技の歴史は
学校教育の歴史と共にありました。



だから特に戦前は、企業スポーツが
整備をされる前ということもあり、
日本のスポーツを牽引したのは
学校スポーツであるといっても言い過ぎではないのです。


戦後になって、数多く増えたのが、企業スポーツですが、
もともとは会社内の同好会やサークルとして始まりました。

高度経済成長、企業に余裕が出てくるにつれて、
企業スポーツも盛り上がり、
1960年代以降全国規模のリーグ戦や
トーナメント戦が実施されるようになりました。

そのようなリーグ戦であるとか
トーナメント戦などの全国大会が盛んになると、

社員の士気高揚や社員相互の連帯感や一体感の獲得を担ったり、
企業の宣伝を担ったり、娯楽の提供という福利厚生の一貫として、
企業スポーツが盛んになります。

そこで、所属する企業がお金をだしながら
スポーツを行うという形式が出来たのです。


お金を出すといっても、プロとは厳密に異なり、
就業時間内に練習をしても、
就業したものと見なして賃金を支払うこととか、
体育館やグランドの整備や、遠征にかかる費用などの経費を、
会社からのお金で賄うことを指しています。


このような環境が整えられると
それ以前の大学スポーツに代わって
国内スポーツの牽引役を担うようになったのです。


また、学習をしたあとに部活動をする
という形でスポーツに親しんできた多くの日本人アスリートにとって
学習が就業に変わったという
部活動型の企業スポーツというのは
性に合ったのかもしれません。

そんな形で各企業、各種目で
スポーツが盛んになりました。

景気の良い時代に、景気のよい会社が
多くのスポーツ選手を抱えるというのが

いわば当たり前だったのです。


だから1950年代~60年代のいろいろなスポーツの
年表などを見ていくと、


例えば都市対抗野球で優勝しているのは、
全鐘紡、大昭和製紙、八幡製鉄、日本石油、丸善石油
熊谷組、積水化学、電電近畿、富士鉄広畑、

バレーボールの黒鷲旗で優勝しているチームは
男子なら八幡製鉄、日本鋼管、住金小倉、松下電器、東レ
女子なら倉紡万寿、日紡足利、鐘紡四日市、日紡貝塚

ラグビーの社会人ラグビーフットボール大会で
優勝・準優勝のチームというと
配炭公団、三井化学、八幡製鉄、九州電力、近鉄
トヨタ自工、新日鉄釜石


といった、素材関係の会社が
目立っています。


ちなみに、サッカー天皇杯では50年代から
大学生のチームやクラブチームとともに、
古河電工・八幡製鉄・東洋工業・ヤンマー
三菱重工、日立製作所などが優勝・準優勝をしており、

八幡製鉄以外は、現在のJリーグ所属クラブの
母体となった企業であるのが、特徴ですかね。



あと、全国社会人ラグビーフットボール大会
1949の準優勝は、住友奔別という


富良野のご近所、三笠市幾春別にある
現在も威容を誇る、
日本有数の巨大竪坑の遺構でしられている
会社です。


また道内の様々なアマチュアスポーツの
状況でいうと、


三井芦別とか、羽幌炭鉱とかの
活躍もありましたし、


特に、社会人野球では
北海道5強

大昭和製紙北海道(白老町)、
新日本製鐵室蘭(室蘭市)、
王子製紙苫小牧(苫小牧市)、
北海道拓殖銀行(たくぎん、札幌市)、
NTT北海道(電電北海道、札幌市)

等と言う言葉もあります。


このように、世相を反映しているのが、
大学生の人気企業とともに

社会人スポーツの強豪チームだったのです。


しかし、バブル崩壊のあたりから
企業の非生産的部門は統廃合が進み、

このことの延長上で、
企業スポーツから撤退する企業が増え、
費用対効果の薄い企業スポーツは
衰退の一途をたどっています。

経営の合理化が進む中、
明らかに「イメージアップ・販売促進につながる」ものでなければ、
企業にとって価値のないものとみなされました。

「これ以上スポーツチームを維持していけない」という
危機的状況下での廃部のところもあれば、
「スポーツチームを持つ意味がない」という
経営判断での廃部もありますが

事情は似たようなものです。


このような例は各競技ごとで、
いくらでも挙げることが出来ます。


このような現状について経済産業省が主催する
「企業スポーツ懇談会」は、

企業スポーツの撤退が及ぼす影響について

【1】 競技力強化の観点から
・各競技のトップリーグへの参加チーム減少
・各競技のトップリーグの競技レベル低下

【2】 選手の観点から
・競技者が安心して練習できる環境の縮小
・大学スポーツ、更にジュニアスポーツの衰退

【3】 地域貢献の観点から
・スポーツイベントや施設開放等の停止
・地元市民がスポーツと触れ合う場の減少


を列挙し、以下のようにまとめています。

企業スポーツ資源(競技者、指導者、施設、ノウハウ、資金等)の消失は、直接的、間接的に我が国のスポーツ体制の基盤を脆弱化させ、とりわけ国際競技力の低下、生涯スポーツの低迷など、スポーツ界全体に影響する。


なるほど。

ただし、このような理念こそあれ、
現実に企業がなかなか支援できない今

どうすれば良いのかという話については


来週お話します。





ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄
化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒07 6-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
先日引っかかったニュースです。

子供の性描写規制に反対=都青少年条例改正で-漫画家ちばさんら
3月15日16時17分配信 時事通信

 漫画などでの子供に関する性描写を規制対象とする東京都青少年健全育成条例改正案について、漫画家のちばてつやさんらが15日、都庁で記者会見した。ちばさんは「(漫画の)表現全体の元気がなくなる」などと述べ、条例改正に反対する意見表明を行った。
 改正案は現在開会中の2月都議会で審議中で、漫画やアニメに登場する18歳未満の人物を「非実在青少年」と規定。非実在青少年の性的行為を描写した図書類は、青少年への販売・閲覧を制限する不健全図書の指定対象に追加することなどを盛り込んでいる。 



この手の話が出ては消える
東京都なのですが、

18禁のコミックにマークが付いた当たりでも
一旦された論議で、
このことを戯画化して表現した
「サルでも描けるまんが教室」竹熊健太郎・相原コージ 小学館
でもこのテの規制の無意味さと
ナンセンスさについて
言及されていましたから、

なんだな~って感じです。


ちなみに、「子供に関する性描写」の対象は
十八歳未満だそうです。

なんだかな~



ま、問題点として考えられるのは

「現実」と上手に付き合う方法を
思いつけないから、すぐに制限をかけるという
安直な考え方がまずはあるでしょう。

○○が悪影響を与えている可能性がある
じゃぁ○○を規制しよう!
といって外圧をかけるのは、

自分が注意をしても効果的ではないので、
学校に、校則を厳しくしてもらうように
お願いをしたり、

自分の子供が電車内とかで騒いでても叱らずにいて、
他の人が注意すると
「ほら、おじちゃんが怒っているでしょー」
などと言ったりしたり、
場合によっては逆ギレして、
注意するようなこと自体が悪いように思う親のようです。

自分で出来ない事を「規制」に任せておいて、
何か起これば「規制が足りない」と言う。

そんな風に感じるのです。



また、犯罪を犯す人が
「漫画やアニメに影響された」というのは、
「ムシャクシャしてやった」「××があって欲求不満があった」
と同じく「自分は悪くない」と自己弁護するための言葉だと思うのです。



また、今回の条例案の骨子が
性犯罪の抑止であるならば、

このような見えやすく御しやすそうなところではなく

性犯罪者への厳罰であるとか、前科を持っている人の
データベース化など他にも手はあるはずです。

実際の少女達の援助交際や売春をほとんど見逃し、
架空の少女達を止めようとするのは
矛盾をした話だと思います。

少女売春の低年齢化の原因と
いわゆる有害コミックは全く関係ないですよね。

ここの厳罰化が大切なのと、思いますし、


少女売春の低年齢化についていうと、
どう考えても漫画よりもティーンの読むファッション系雑誌の
中身のほうが影響力は強いでしょう。

「体験談」とか「リアルレポ」とかいう触れ込みで
青少年の性行動を推奨するかのような記事を読ませ、
その記事が現実で、早く大人体験しなきゃと
思いこむ子どもの方が、有害コミックをリアルだと感じる
子どもよりも絶対多いと思うのです。


このようなことでも、なぜマンガだけ?と
思うのです。

御しやすいと思って叩いているのでは
と思ってしまうのです。


さらに百歩譲って
架空の表現が現実に影響を与えるのであれば
テレビドラマでの殺人事件という架空の表現は
現実に影響を与えないのでしょうか、

映画でのバイオレンスなシーンは
現実に影響を与えないのでしょうか。

と、考えると、
殺人よりも、合意の上での性行為のほうが
問題であるというのも変な話だと思います。


これもマンガは規制しやすく、
テレビ局や映画は目をつむるって
感じてしまうのです。



更に話を戻すと、
「不健全」であるマンガとかアニメが
少年の性犯罪を助長するのであれば
客観的な根拠を示すべきだと思うのです。

各国に比べて低い性犯罪の発生率を
問題にしない。

なおかつ、このようなコミックの有害指定の
前と後での変化も調査されていないですし、

諸外国がメディア規制をした前後での
性犯罪の発生件数が増加したことなども
こには触れられていないのです。


そして、マンガ・アニメ・ゲームが規制対象で、
映画・テレビ・文学・歌が規制対象ではないということも、

その因果関係が不明瞭ですからね。
源氏物語から現代小説まで、名著と呼ばれる本に
今回の都条例案にひっかかる表現が含まれているケースは
枚挙にいとまがないのに、
なぜマンガ・アニメ・ゲームといった
いわゆるサブカル系の新しい表現手法に限定されているのかは
合理的な説明は出来ないでしょう。


そう考えると、
「実際の行為を誘発する」ってのは単なるこじつけで、
性表現が不快で、
単に気にくわないから目に入らないように
規制しようと言う感情が
先行しているのでは
と考えてしまうのですよ。


まとめていうと
この東京都の条例改正案の根っこには、

業界のしがらみなどで、
より直接的な出会い系の媒介をする携帯通信とか
風俗関係(含むビデオ業界)、大手マスコミに比べて
圧倒的に統制がしやすい
出版業界の中でも、小説の下位にあたる
低俗な文化であるというとらえかたを
されているのがありありでして

なんかイヤな感じがしたわけなのです。


某掲示板で

「石原の著書、太陽の季節(wikipediaより)
>高校生・津川竜哉はボクシングに熱中しながら仲間と酒・バクチ・女・喧嘩の自堕落な生活をしている。ある夜盛り場で知り合った少女英子と肉体関係を結び

はい規制!」


といった、職人技の書き込みに
思わず快哉を叫んだり、


「この主張って経産婦に多いですが、彼女らの生娘気どりとか気持ち悪いです。」


といった内容に思わず膝をたたいたのですが。


ちなみにこの条例案は
この議会は通過せず継続審議になりましたが


児ポ法の問題とあわせて
予断なりません。






ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファントリー)
北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771
☆Cafe&Bistro Panier (カフェ アンド ビストロ パニエ)
(富良野市北の峰町22-27)

残業が終わった後、
無性にガッツリとカレーを食べたくなることが
あります。

もう、たまらないほど。


ガッツリってのがポイントですよ。

ガッツリというと大盛りですが
大盛りにしなくても、オイしいカレーで
ガッツリした満腹感を
えられるお店があるのですよ。

それが北の峰の黒いカレーの店として有名な
パニエさんであります。

カフェ・アンド・ビストロですから、
カレーだけのお店ではないのですが、
カレーが有名ですよね。

特に黒いカレーが有名なのです。

ということで、お店へむかいまして
車を駐めて中へ。

メニューを見ますと、カレーのメニューは
以下の通り。

「当店自慢の黒いカレーです
(サラダつき)

ポークカレー 800円
キノコカレー 800円
チキンカレー 800円
ビーフカレー 900円
シーフードカレー 900円
ソーセージ カレー 1100円
カツカレー 1100円
ハンバーグカレー 1100円

オムカレー 1000円」

と、いうことで、こちらのオムカレーも
魅力的ではありますが、

何せ、ガッツリ行きたい日でしたので、
オーダーしたのが、

カツカレーでした。


こちらのカツカレーの盛りは
圧倒されますしね。


と、いうことで、
道新を読みながら
待つことしばしで

登場~



をををををを!

この堂々としたライスの盛りに
負けない威風堂々とした豚カツに散らされている
香ばしそうな胡麻と、
見た目にも清涼な感じのパセリ
タップリかかった黒いカレーには
カレーの黒さをひきたたせるように
白い生クリームとか
粒々のコーンがチラされていて

おしゃれです。

さすが、ビストロ。


そして、これでもかと乗っかっている
生野菜とか、フライドポテトいう
ワンプレートが

たまりまへんな~

大人のお子様ランチですよ。



ということで、まずは
黒いルーを


ぱくっと





じぃぃぃぃん


このホッとさせる味が
懐かしいですよ。

旭川・富良野地区は
黒いカレーを売り物にしているお店が
多いですが、

そのどこの店よりも黒いルーです。

また黒いカレーというと、
深山峠にあるお店で提供されるような
薬膳系の黒いカレーを
思い出されるかもしれませんが、

こちらは洋食であるカレーの延長上に
カテゴリーされる感じの
カレーなのです。


それならばこの黒さはどこから来るのか。

それは玉ねぎをはじめとした素材を
とことんいためて、煮込んだ結果なのです。

だからこそのこくがぎゅっと詰まっていますし、
旨味も凝縮された感じです。

そんな独特のコクと、
カレーの味を損ねず、
旨味として昇華出来るギリギリまでの
苦みがアクセントになっているところも


いいですよ。


そして、見た目の黒さは伊達ではない。

しっかりとスパイシーなのです。

美味いっすね~。


でもってつづいて、あぢあぢのカツを
サクッ。

アヂアヂ

このアヂアヂから衣とみあうような

内側までしっかりと火が通されていまして
だからこそあふれ出す肉滴なんです。

このサクサクアヂアヂシミシミのカツと
黒いカレーがベストマッチなんですよ。

カツにたっぷりと黒いカレーをつけて

サクサクっ。


じぃぃぃぃぃぃぃん。


心のヒダにしみる味ですね。


上に散らされているゴマも
パセリもそんな濃いカレーとカツの組み合わせに

バリエーションをつけてくれるのです。

コーンも一粒一粒までが
しっかりとアマいのです。

カレーの濃さとスパイシーさに
このコーンの甘さも
後を引く感じですね。


しかも、付け合わせについている
たっぷりの大降りな揚げたてのポテトも

ホクホクですし、

たっぷりのサラダもいいですね。

この上にも
つぶつぶのアマいコーンが
たっぷりとのっかっています。


福神漬けも、こちらがオムカレーをはじめてから
導入されたのでしょう、
地元、「ますぞう」さんの福神漬けが
いいですね。

庖丁人味平で知って以来、意識をした
スパイシーなカレーと福神漬けの組み合わせの
良さってのが、再認識できます。

とにかく、すべてのメニューが
一品一品丁寧に作られているのが
伝わってるのですよ。


あ~おいしかった。


食べ終わるころには
じわっと汗をかいていました。

あとでじわじわ~っと来る
辛さと滲む汗が

こちらのスパイス遣いの
絶妙さのゆえんでしょう。





☆Cafe&Bistro Panier (カフェ アンド ビストロ パニエ)
(富良野市北の峰町22-27)
◇営業時間◇ 11:30~21:00
◇定休日◇ 不定休 ◇駐車場 有り
◇電話◇ 0167-23-6359






☆「奥芝商店 旭川亭」(旭川市旭町1条13丁目2146-14)
脂っこい仕事がひと段落しまして、
忙中閑有、若干余裕が出来ました。

しかし、しばらくすると
年度末の業務が入ってきそうだってことで、
この時期は、余裕が出来たのをイイコトに
ここぞとばかり、少々遠出をするのです。

ただ、今年については事情があって、
今月はこの回を入れてあと2回くらいしか
旭川へ行けない感じなのです。

と、いうことで、次回はアジア金星堂へ行こう
と考えていたので
今週は奥芝ですよね。

1月に2週連続で行った反動か
先月は立ち寄りませんでしたしね。


ということで、
5時くらいに行けば
何でも食えるってことで、

この日の駐車場一番乗り。
除雪もしていない感じですが、

そんな駐車場に車を入れて、
さくさくと新雪を踏みながら
てこてこ歩いていると、

外のcloseをopenに直している店員さんと
目があいました。

そしたら、
まだ、僕が店にはいるそぶりなどをしていないのに、
目が合うや、
「いらっしゃいませ」
などと言われてしまいました。


ばれてーら


「カレー」の表札とか
どとうのつららを見ていると、

勝手知ったる古民家を改造した
店舗の玄関ドアをガラガラと横開き。

ずらっと並んでいる黒い履き心地の良いスリッパに
足をとおし、

今回も待つことなく
オヒトリ様の常である
二階のカウンター席へと通されました。

キシキシと軽くきしむ木の床とか、
階段を踏む感触を楽しみながら、

カウンター席へ腰を下ろします。


でもって改めて
メニューをみますと、

「3月限定

しばれほうれん草と根菜の肉包みカリー 1,200円

3月限定のこちらのカリー
越冬にんじんと減農薬ゴボウ
を富良野産の豚肉で包み
焼いてからスープと一緒に
煮込む、手の込んだカリーに
仕上がってます。
しばれほうれん草も
トッピング。ぜひお試し下さい!!」


と書かれていたのです。

うまそー。


ワタクシ、前回は、その月のスペシャルを
その前は、レギュラーのモツカリーを
それ以前から6回前まで連続して、
その月のスペシャルを、
その前はレギュラーメニューを
その前はその月のスペシャル、
その前は、レギュラーメニュー
さらにその前は5回連続で、
その月のスペシャルを、食べておりました。

たしかに、しばれほうれん草と根菜の肉包みにも
ひかれます。

が、
しばらく仕事の関係で奥芝の旭川には
来られなさそうな予感なのです。

と、いうことで、
「しばれほうそれ草」や
「根菜の肉包み」にも
おおいにそられるのですが

久々のレギュラーメニューから
選択をします。


こちらのお店の流儀通り、
まずはスープ→具→トッピング→辛さ→ライスの量と種類など
という順番でオーダー。

こちらのレギュラーメニューは

やわらかチキン 980円
プリプリえび 1080円
生鮮野菜 950円
十勝餃子 980円
挽肉と納豆とオクラ 950円
チョリソーとバジルソーセージ 980円



その他数量限定のスペシャルカリーとして
厚切り角煮カリー 1150円
厚切りベーコンとキノコのカリー 1150円
牛モツカリー 1300円


それと今月のスペシャルの選択肢の中から、
一年ぶりの
「厚切りベーコンとキノコのカリー」で

オーダーっ。


スープは

チキンスープ(トマトベース)
エビスープ(エビベース) +100円

のうちで、

店内にぷぅんと漂っているエビ香が刺激的な
ご推奨のエビスープではなく
スープはいつものチキンスープ、

トッピングは、
1品までなら追加料金無料の
A オクラ、アボカド、ブロッコリー、
インゲン豆、ホールトマト、れんこん
舞茸、キクラゲ、キャベツ

B +150円
チーズ、納豆、挽肉、原木椎茸、キタアカリ

C +200円
チキンレッグ、海老、十勝餃子
チョリソー、バジルソーセージ

D +300円
厚切り角煮、厚切りベーコン

から、マイタケをトッピング。

辛さは
1 睦月 辛くなくても味は逸品
2 如月 一般的に言う普通くらい??
3 弥生 ピリリと旨い
4 卯月 ご家庭のカレーの辛口程度
5 皐月 定番!店長のオススメ! ピッキーヌ赤1本
6 水無月 水無しでもいけるかな? +50円 ピッキーヌ赤1本青3本
7 文月 普通じゃ満足できない方へ +100円 ピッキーヌ赤1本青6本
8 葉月 お口の中がHiriHiri +100円
  ピッキーヌ赤1本青9本 砕きピッキーヌ1g
9 長月 翌日が辛い?? +150円
  ピッキーヌ赤1本青12本 砕きピッキーヌ2g
10神無月 この辛さに神も無い +150円
  ピッキーヌ赤1本青12本 砕きピッキーヌ3g
11霜月 覚悟してください +200円
  ピッキーヌ赤1本青12本 砕きピッキーヌ6g
12師走 師も走るほど辛い!!! +200円
  ピッキーヌ赤1本青12本 砕きピッキーヌ9g

の中から、刺激強めの
+100円の葉月。

ライスは、レギュラーを
オーダー。


いつもの手にずっしりとくる重さの
ベージュ色した陶製タンブラーでお水を飲み、

いつものアコースティックギターの
インストルメンタルに
ぼーっと耳を傾けながら

待つことしばしで、

良い香りとともに
灰白色の丼のような器に入ったスープ。
ご飯茶碗のような器に入ったご飯には
いつも通りレモンが添えられていて登場。


うむ!




非透明系で、鮮やかなオレンジがかったスープが
ほんのわずかに
茶色がかっていまして、
これが、奥芝のカレーですよ。


そんな色には
中央の水菜や横にあるカボチャやピーマンの緑との
鮮やかなコントラストに加えて、
同系色のニンジン、それから
水菜の下から見え隠れしていて
隠れているのにそのデカさがわかるベーコン

そして、えいやっとはいっている
淡いアイボリーのマイタケやシイタケなどの
具の彩りが、
器の中で美しい世界を織りなしております。

いやー、正統奥芝のカレーですね。

いいぞいいぞ。

ということで
気分も盛り上がってきたのところで、
いつも通りまずはスープを一口。


パクっ







!!!!

ゥヲヲヲヲヲヲんッ!


うんうん。

こ、これデスね

まずは、あっさりすっきりとした飲み口
スイスイといけそうな感じながら
ぶわぶわぁっと
複雑な、旨みとこくと辛さのハーモニーが
口の中で広がります。


今回はベーコンがメインですから
そんなエキスが溶け込んでいて尚更。

普段から、すぐに複雑な、
さまざまな具材から溶け出した旨みとこくの
味へが出てきて、
一気に口の中でぶわっと広がるのが、
たまらないのですが、

肉のウマみと燻煙香で尚更なのです。

そんな旨みに加えて、
しっかりとしたこくが
さらにボディーブローを
繰り出されてくるのです。


そんなしっかりとしたボディーに支えられて、
辛さがアッパーのように
効いてくるのです。


そんななんともいえないウマさを通り越した
ウレしさという連打が、
ストレートに口の中に広がって
思わず目じりが下がってしまいます。

オイシスギテ。


そして、相変わらずの生ピッキーヌは
伊達じゃねぇぜって
感じで、刺激的な辛さが来る。

と、いっても、いたい感じとかとんがった感じという
わけではないのです。

口の中ではあくまでも
ウマさに支配されていて

そのすっきりとした飲み口とあわせて
一口食べてはまた次に、一口食べてはまた次にと
次から次からほしくなるような
やさしくもオイしいお味なのです。

そして、次から次から飲んでいると
たまに
ヲ!という刺激こそ来るものの
辛さがウマさの一要素となっていて、

カラいからこそのウマさという感じも、
十分な機能をしています。

辛味、こく、旨味が
スープカレーの交響曲というか、
すべてのあじわい自体が、
こちらで、スープを作ったりする時の
様々なテマヒマの結晶であるということが
実感できて、それが、嬉しいですし、
そんなのを味わう贅沢さで、
顔のニヤケが止まりません。



スープがあくまでもウマく
その飲み口もスッキリなので
本能の赴くままに、すいすいっと次々飲んでいると

気が付いたら、汗だくになっているという。

口は辛いといってないけど
体が辛いといっている
そんな、口ではなく、体で味わう

スパイスの刺激です。

これこそが、奥芝のカレーの魅力っスよぉ

ヤサシゲだけど刺激的。
旨さを感じなが夢中に食べていると、
気づいたら汗だくにもなる。


一口ごとに違うウレしさを感じさせてくれるような
そんな表情の変化を、一瞬一瞬のうちに見せてくれる
変幻自在なカレーは、奥芝ならではなのです。



しかも今回の具材のメインの一つは
分厚いベーコンですが

メニューの厚切りベーコンの文字に偽りなし!

一気に食べると、口の中がベーコンだけに
なってしまうような分厚いヤツが
7切れも入っております。

ベーコンの肉自体がもっている旨みに加えて
熟成された脂の旨みや、燻煙香が
三位一体で口の中で暴れます。
しかも脂と肉とが、絶品スープに混じってですからね~。

こりゃ、ハンパネー。


少々お行儀が悪いですが
ただでさえ、口いっぱいにものをほおばるというのは、
幸福なことですが、

それが、こちらの極旨ベーコンなのですから
無条件口福ですわ。

ベーコンからにじみ出る肉滴や脂と
スープのアンサンブルも言うことなし。

やはりレギュラーの座を守り続けているメニュー
伊達ではありません。おそるべしです。

もうこれでさらに
ニヤニヤニヤニヤが
止まりません。


そして、あと一方の看板は
きのこですが、

スープカレーできのこっていうと
どーせ、しめじとかがぺろんと入っている程度でしょう

と思われるかもしれませんが

違います。

まずは軸ごと、縦に二つに切られた
しいたけがごろんごろんと入っています。

だから、笠の部分のふわふわっとした
食感と、軸とか石突きの部分の
少々硬めのこりこりっとした
食感のアンサンブルなども
味わうことも出来るのですよ。

こんなきのこって、他のお店でも
なかなかお目にかかることって
ないのです。

そして、そんな食感のよさもさることながら、
味ですよね、味。

ただでさえ、きのこって
旨みのエキスがギュッと濃縮された食品ですが

これがまた、絶品スープとあうことあうこと。

たまりまへん。

しかも、まいたけの薫り高いことと来たら、
結構個性的なスープにも負けず
むしろ、スープの香りと、きのこの香りの
相乗効果で、トんでしまいそうです。

しめじやなめこのとぅるんとした食感も
きくらげのくにくにっとした食感も

それぞれが食べるたびに表情を変える
このスープの中で、輝いておりますし

きのこは、旨みの塊でありますから
そんなのが、ごくウマスープとであって

やはりエラいことになっております。


ヤバイヤバイ。


おいしいものをヤバイという気持ちが
よくわかります。


しかも、

刺激的なスープと好一対である、
芯までアマいキャベツとか

スプーンでも無理なくさくっと切ることができるくらい
柔らかに煮込まれているニンジンのアマさとか

固めに調理されているものの
ジューシーな汁と、吸い込んだ脂で
ウマウマアヂアヂになっている
素揚げのなすとか

大胆にカットされていて
そのアマさが強調されている
カボチャの甘い味とか

カレーの表面をおおってその彩りだけでなく
シヤキシャキな食感と、体が内側からきれいになりそうな
そんな水菜とか。

これまたアオい味でアクセントをつける
ピーマンとか

レギュラー陣も手堅いぞ。


この手堅さは、
昨年のファイターズばりで、

いよいよ今日からパ・リーグも開幕ですが、
今年のファイターズのディフェンス陣も
かくあってほしいという感じに。


いちいち、

わしわしと食べながら 


うめ~な~モ~


喰いすすめていくのです。

いやーレギュラーメニューもすげーです。

で、もって、最初は、スープと、ご飯を
交互に食べて、

その味わいを確認して

そして、次にスープにご飯を
ひたしてたべて

絶妙なコラボレーションを
堪能して、といったバリエで楽しんでいた
スープカレー終盤のオタノシミといえば

残ったライスを、残ったスープに投下して
思いっきりレモンを絞って混ぜて

ついでに残った水にも軽く絞って


先月いただいた
絶品カレーに黄身がとろんと溶け込んで
陶然としながら食べた温玉は、夢うつつの出来事だと諦めて

一気呵成にかっこみます。

わしわし わしわし

うおォン


うおォン
うおォン


これですこれです。


んー、しゃーわせー


そして、そのまま
タンブラーに手を伸ばして
水を一気に


ぐびぐびぐびっと飲んで


とん



ぷっはー

ふぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。


水を飲んで、あせがびゅっと出てくるのも
喰った~感を満たしてくれます。

しあわせだー

しあわせだー

しあわせだー



いんやぁー喰った喰ったぁ


生きててよかったー。

道産子でよかったー。


もー、超シンアワセ~デアリマス。



階段を下りて、お金を払うときに
厨房から思い切り、エビエビした香りが
ぷぃんと流れてきまして

またニマニマしてしまいました。

外に出ると、
3月独特のオホーツク海で発達した
低気圧のせいで、
横殴りの雪がふっていましたが、

心までホットホットでありました。





☆「奥芝商店 旭川亭」(旭川市旭町1条13丁目2146-14)
◇営業時間◇ 11:00~15:00/17:00~23:00
(22:00LO スープがなくなり次第終了)
◇定休日◇ 不定休 ◇駐車場◇ 有り
◇電話◇0166-51-1100




あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
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ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファントリー)
北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771
様々なバリエーションのある
カツ丼の話は
先週にした、新潟たれかつや長岡洋風カツ丼をはじめとして、
何度もこのブログでしておりますが、

そんな話について、丁度タイムリーな特集が
週刊文春でされていました。

3月15日 オンエアー 第257回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります

題して、
「列島縦断 カツ丼 二十二箇所巡礼」

このような文章がまず書かれています。

「丼の中に豚カツとご飯。シンプルだがその可能性は無限大だ。卵でとじる、ソースで食べるだけがカツ丼ではない。まだ見ぬカツ丼を求め、日本を巡って出会った二十二丼」

といった文章の下、北は北海道から南は沖縄まで、

二十二種類のバリエーションのあるカツ丼を
美味しそうな写真とキャプションで
紹介されているのです。

といったことで、何週かにわたって
紹介をしたいと思います。

①正調卵とじカツ丼 三朝庵(東京都)
早大生に愛される老舗そば屋。初代店主が他の五とじカツ丼を作り出した。そば屋だけに返しを使っただしは甘じょっぱい東京風でごはんが進む。「当店のカツ丼はこだわりのカツ丼ではありません。普通のそば屋のカツ丼です」との店内の張り紙に元祖のプライドと自負がのぞく。

②卵かけカツ丼 梅八(大阪府)
関西ではカツを煮て卵でとじるのではなく、卵とじをカツにかける方法が散見される。衣の食感を重視するのが関西風か。「卵かけごはんのイメージで作った」というこのカツ丼は卵とじにさらに卵黄が乗る。カツのサクサクと濃厚かつトロトロの卵の組み合わせが新しい。

③群馬ソースヒレカツ丼 志多美屋(群馬県)
鰻の卸から食堂に転じ、大正末期に祖父が作りだした、ソースカツ丼で元祖を名乗る。創業以来、注ぎ足しのソースは砂糖、みりん、醤油などね加えた秘伝のもので癖になる。「鰻のたれをヒントにしたのでは」と三代目。肉はもともとロースではなくヒレを使っていたとい。

④元祖ソースカツ丼 ヨーロッパ軒(福井県)
ドイツ帰りの初代が大正2年に“発明”したソースカツ丼で、カツ丼の歴史がはじまった。細かいパン粉、薄く伸ばした肉、香辛料の香り高いソースなど、ウインナーシュニッツェルを思わせる洋風な佇まいはとんかつと一線を画す。シンプルながらごはんとソースも相性抜群。

⑤駒ヶ根ボリュームソースカツ丼 きらく(長野県)
駒ヶ根はボリュームある丼で町興しをしているが、その元祖。「卵が高いからソースを使い、ソースを使い、ソースも高いから醤油でわっているのでは」という昭和初期に初代が作りあげたソースを注ぎ足して使用している。分厚いカツ丼からはみでんばかり。

⑥新潟たれカツ丼 とんかつ太郎(新潟県)
昭和初期、市内の堀端で洋食の屋台を引いていた初代が、ビーフカツレツを醤油だけに潜らせてご飯にのせて提供したものがルーツだという。今でもカツは薄く、パン粉も細かい洋食風だ。豚肉でだしをとっているたけには、一瞬ソースかと思うようなコクがある。甘さは控え目で、醤油の香ばしさがカツによく合っている。

⑦会津若松煮込みソースカツ丼 なかじま(福島県)
初代社長が煮込み用オリジナルソースを開発。「会津のカツ丼はソース、卵とじ両方ある。その辺がヒントでは」と女将。見た目は卵とじ、香りはソースで驚くが、ソースの辛さと卵の穏やかな甘さがバランスよく、いいとこどりになっている。

⑧岡山ドミカツ丼 味司野村(岡山県)
昭和6年創業。市内にドミカツ丼を出す店は多いが「うちは秘伝のソースなので同じドミカツ丼と読んで欲しくないくらい」と女将。ゆでキャベツを添えるのも創業当時から。ねっとり重厚なソースは3日かけて作る。ドミグラスともハヤシとも違うソースはまさにオリジナル。


正調卵とじカツ丼はご存じの味ですし、
先週も書いた通り、僕のカツ丼探しがはじまったのが
群馬ソースヒレカツ丼

また、当番組でも
先週とかにとりあげた新潟たれカツ丼とか、

カツ丼のルーツともいうべき
ヨーロッパ軒の元祖ソースカツ丼に
B1戦士でもある駒ヶ根ボリュームソースカツ丼に

バラエティーに富んだカツ丼の話になると
必ず登場をする岡山のドミカツ丼の話は
今までしてきましたが、

生玉子がのっかっている
関西の卵かけカツ丼の話であるとか、

卵でとじられた煮カツがのっているのに
ソース味という
会津若松煮込みソースカツ丼の話は

正真正銘今回ばはじめてでありました。


いやー日本にはバラエティーに富んだ
カツ丼があるものですが

そんな特徴をお話したら、
時間になってしまいました。


と、いうことで、

続きはまた来週
紹介をしたいと思います。




あなたのオススメどこのカレーですか?

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FHF
弥生三月も三週目に突入しました。

富良野地区の中学校の卒業式が
昨日もありました。


また、富良野看護学校とか、
来週末は地区の小学校と、
卒業式が続いていくことになります。


多くの別れがありながら、
慌ただしく時は流れて、

出会いの春を向かえていくのです。



以前、二月はロシアで「光の春」と、
美しい表現をするとお話しましたが、

三月は「音の春」というすてきな表現があるそうです。

3月ともなれば、日脚が伸び、夜明けも早くなり
ラジオ生放送の時間帯もまだ明るい感じで、
日暮れも遅くなっています。

夜がまだ明け切らないうちから、
かすかに聞こえる自然の音が、気になります。

まだ明けきらないほのかに黄色く染まる空気の中、
他の音が少ないだけ、よけいによく聞こえます。

新聞受けに新聞を「コトッ」とほうりこまれる音。
遠ざかる足音に車のエンジン音。

雪解滴のぴちょんぴちょんという音

風にカサコソ吹かれる落ち葉の音。

チチチチと鳴く鳥の声などの競演があって、
春だなあと感じるのです。



3月15日 オンエア 第257回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
です。

富良野のスキーシーズンを締めくくるともいえる、

第22回全国高等学校選抜スキー大会(アルペン種目)や
第11回富良野市長杯スーパージャイアントスラローム競技大会が
富良野スキー場を舞台に開催されましたが
無事終了しました。

全国から来た高校生スキーヤーによる
熱い戦い繰りが、富良野を舞台に
くり広げられました。

ひょっとしたらこのラジオを
自宅に戻るどこかで聞いている
選手の方もいらっしゃるかもしれません。

本当にお疲れ様でした。

また、バンクーバー冬季パラリンピックが開幕し、
21日までの10日間にわたって
熱戦が繰り広げられることになり、

早速、先週当番組で紹介をした5大会連続出場となる
ベテランのチェアスキーヤー大日方邦子選手が
銅メダルを獲得したというニュースも
はいってまいりました。



さて、オリンピックのあとに開催されるのが
恒例になったパラリンピックですが、

身体表現の美しさを追求することに
オリンピックもパラリンピックも
差がないということで、同時に開催をされていますが、

同じような考えのもとで、
かつて、近代オリンピックにあったのが、芸術種目でした。

種目は絵画、彫刻、文学、建築、音楽があり、
スポーツを題材にした芸術作品を制作し
採点により順位を競った種目でした。

そもそも近代オリンピックのもととなった
古代ギリシャではじまったオリンピックは、
神を讃えるという信仰的な要素が強いもので、
スポーツをすることで、強く美しい肉体で
神を表現することから生まれたものでした。

また、古代ギリシャでは、芸術表現も
同じく神を表現する一手段でした。

だから古代ギリシャの芸術性のリアルさは
神を表現する手段として、人間性の追求が
なされたというわけです。

そんな古代オリンピックのありかたを理想としたのが
クーベルタン男爵の提唱で始まった「近代オリンピック」で

その理念として「肉体と精神の向上の場」が掲げられ、
男爵の希望もあって芸術競技が採用されたのです。

当時の規約には、
「オリンピックはスポーツと芸術の二つの部門で競技を行わなくてはならない」
という一章がありました。

実際、芸術を極める人々にとっては、
素晴らしい国際的コンペテションの場を提供されていたのです。

はじまったのが、第一次世界大戦の直前である
1912年のストックホルムオリンピックからで、

第二次世界大戦後の1948年のロンドン・オリンピックまで
合計7回の大会で正式競技として実施されました。

種目は、
都市計画 建築設計 文学全般 詩歌 劇作 叙事詩
音楽全般 声楽作曲 器楽作曲 オーケストラ作曲
絵画 単彩画と水彩画 ポスター・スタンプ・シール
彫刻・エッチング 彫塑 メダル レリーフ
山岳賞 グライダー賞

といった種目です。

建築・文学・音楽・絵画・彫刻など
文字通り幅広い分野を
評価したということなのです。

ただ、七回で終わってしまったのは、
芸術作品について客観的な基準をもって採点を行うことが困難で、
恣意的な判定がしばしあったのではないかとの
批判が生じたことが理由とされます。

2度の大戦を挟んで、政治的な思惑も
絡んだといいうこともあるでしょう。

ナチスドイツからのメダリストが多かったというのも
あったのかもしれませんし。

そんな点から、数値で明確に評価が出来る
スポーツに絞ったほうが妥当だという
判断があったということです。


因みに、芸術作品について客観的な基準をもって
採点を行うことが困難だといった批判は、
先日のバンクーバーオリンピックでも物議をかもした
フィギュアスケートとか、
夏では、シンクロナイズドスイミングとか新体操といった
芸術的要素が重視される競技においても同様ですが、

こちらは、まだ身体を使う要素が強いので
成立をしていますが、
近代オリンピックが「世界的な祭典」から
より純粋にトップアスリートの競技の場として
変貌をしていくなかで、そぎ落とされたものともいえます。

但し、最後の芸術種目が行われたロンドン大会の
次に開催されたヘルシンキ大会以降は、
オリンピック精神に則って、
競技ではなく文化プログラムとしての
芸術展示が行われようになりましたし、
芸術展示を行うことは、
オリンピック憲章にも定められています。


さて、オリンピックとなると
どうしても気になるのは日本人選手の活躍ですが

日本人選手は1932年のロサンゼルスオリンピックと、
1936年のベルリンオリンピックの2回参加しています。

一般のスポーツの国内競技団体にあてはまる団体として
「大日本体育芸術協会」(現在の日本スポーツ芸術協会)があって
作品募集・国内予選を行っていました。

1932年ロサンゼルスオリンピックでは
絵画・版画部門で長永治良が参加し
「蟲(むし)相撲」で 佳作

1936年ベルリンオリンピックでは
絵画種目(絵画)で 藤田隆治が、
作品名「氷上ホッケー(アイスホッケー)」 銅メダル
絵画種目(デッサン・素描部門)で鈴木朱雀が
作品名「古典的競馬」 銅メダル
若き日の東山魁夷、小磯良平、棟方志功が、選外

音楽種目(作曲)で江文也が
作品名「台湾の舞曲」で4位入選
山田耕筰が作品名「行進曲」で 選外
諸井三郎が作品名「オリムピックよりの断片・三章」で選外
箕作秋吉と伊藤昇 選外

という結果でした。


この次に実施の予定だった東京大会と、
その次のロンドン大会は、
第二次大戦のために開催されず、
繰り越しにより、4年後に1948年開催されることになった
ロンドン大会は、敗戦国である日本とドイツは
参加を拒否され、前述した通り、
この大会以降、芸術部門の競技は規約から
削除されてしまいました。

ベルリンオリンピックは、
第二次世界大戦前、ヨーロッパで
ヒトラーのナチス・ドイツがいよいよその地歩を固めつつあり
ゲルマン民族の意識高揚を狙って、「民族の祭典」と銘打たれ、
大々的に開催されました。

スポーツ競技はもちろん、
オリンピック規約にある「芸術部門の競技」も華やかで、
全世界の芸術家たちが応募しました。

メダリストの鈴木朱雀(すずき すじゃく)は、
1891年12月7日に生まれ、
1972年5月4日に亡くなった、日本画家、挿絵画家で、
本名は鈴木幸太郎といい、弟は童画画家の鈴木寿雄です。

朱雀は、野田九甫に師事し、川端画学校で学びました。
1920年第2回帝展に「吟鳥」が入選し、
1936年ベルリンオリンピックの芸術競技絵画種目に
作品名「古典的競馬」を出品し銅メダルを獲得しました。

書籍や雑誌の挿絵、書籍の装幀など
多くの作品を残し、歴史上の人物の人物画が多い作風です。

早稲田大学會津八一記念博物館に
小泉八雲の肖像を描いた絵画が収蔵されており、
同博物館収蔵資料データベースで閲覧することができます。
菊池寛の「日本武将譚」挿絵が代表作です。



藤田隆治(ふじた りゅうじ)は、日本画家で、
1907年4月13日山口県豊北町に生まれました。

高島北海、野田九甫に師事し、
革新日本画会、青竜社展、新文展に入選。
1934年には吉岡堅二らと新日本画研究会を結成します。

1936年にベルリンオリンピックの芸術競技絵画部門に
作品「アイスホッケー」で参加し銅メダルを獲得。

同作品はナチスに買い上げとなり
その後の行方については明らにはなっていません。

弟子の笠青峰が復元を試みた際の資料によると
モデルとなったアイスホッケー選手は
慶應義塾大学と王子製紙の選手だそうです。

1938年に新美術人協会を結成。
その後、北九州市に移り創作を続け、
佐賀大学講師も務めました。



また、音楽分野で唯一4位に入選をしたのが
台湾で生まれ、日本で活躍した作曲家、声楽家である、
江文也です。

江文也(こう ぶんや)は1910年6月11日台湾で生まれ
本名は江文彬といいます。
4歳で一族と共に廈門に移住し、
13歳で長野県上田市に本土留学して
旧制上田中学校(現長野県上田高等学校)へ入学。

この頃、恩師であるスコット女史と出会って音楽を学びました。

その後、武蔵高等工科学校(新制武蔵工業大学(現東京都市大学))
電気科で学ぶ一方、東京音楽学校夜間校で声楽を学びます。

合唱団の指導者に見い出されて昭和7年(1932年)、
コロムビアレコードのバリトン歌手となります。

この頃から山田耕筰、橋本國彦に作曲を学び、
同年、第一回音楽コンクール声楽部門入選(翌年も同部門2位に入賞)。
翌昭和8年(1933年)3月、乃ぶ夫人と結婚。
JOAK(東京放送局)に出演して
「タンホイザー」、「ボエーム」などを歌いました。
「ボエーム」の日本初演で歌ったのが文也でした。
また文也はオペラ「タンホイザー」の主役を務めました。

日比谷公会堂でのステージには
台湾から多くの人がつめかけ、
台湾新民報には「音楽の天才江文也氏に聴く」と報道。
台湾の誇りとして、郷土訪問音楽団が組織され、
台湾7つの都市で文也の演奏会が開催されたほどでした。

今日も、「肉弾三勇士の歌」などの戦時歌謡や
『第二生蕃歌曲集』の自作自演などの録音が残されています。


作曲については、長谷川和夫、李香蘭が主演した
「蘇州の夜」などの映画音楽を担当しました。
松島詩子の歌うレコード「知るや君」は、
A面が島崎藤村作詞「知るや君」、
B面が「シュロの葉陰に」となっていますが、
A面の作曲、B面の作詞作曲も文也が行ったのもでした。


これほど能力もあり活躍もしていましたが、
日本音楽コンクールの声楽で2年連続、作曲で3年連続、
なぜか常に二位でした。


満を持すかのように、1936年のベルリンオリンピックの
芸術競技に、前述の管弦楽曲「台湾の舞曲」を出品。
当時は「3位入賞」と報じられましたが、
実際には四位相当の、選外佳作という扱いでした。

当時の日本で作曲家の大御所の曲が入賞せず、
文也の曲が入賞してしまったということで、
オリンピックにおける入賞は楽壇の世界で大きく取り上げられず、
台湾出身という暗黙の差別に、
文也はいらだっていたと伝えられています。


その後も中国、台湾、日本の音楽語法と
モダニズムを融合したピアノ曲、声楽曲、交響曲などを
数多く発表しました。

1936年に北京に出発し、
37年には中華民国臨時政府の国歌に相当する曲を完成。
北京中央公園の大広場で、日本と中国の混成大ブラスバンドで演奏し、
中国全土に放送されました。
1938年には北京師範学校教授として迎えられ、
その後は優遇されて、1939年には国立音楽院院長となり、
家族のいる日本と中国を往復する日が続きました。


そんな彼の人生を一変させたのが
戦争でした。

第二次大戦が終わることにより、彼は日本国籍を失い、
家族を残した日本に戻ることができなくなりました。

蒋介石の国民党政権下では、日本軍部に協力をしたということで、
「文化漢奸」として10ヶ月拘禁されましたが、
米軍クラブのジャズバンドの指揮をして
糊口をしのぐことができ、
しかも、この頃、現地の女性と再婚をします。

1947年には北京の中央音楽学院教授に就任し
1949年の中華人民共和国成立後も大陸に残り、
1950年からは天津中央音楽院教授に就任しました。


しかし、1957年からの反右派闘争、
そして1966年からの文化大革命で
彼は「日本帝国主義の手先である」と糾弾され、
地位を剥奪された上に、
大半の作品の自筆譜やピアノなどを焼かれてしまいます。

そして下放労働に送られました。

その間も密かに作曲を続け、
文革が終結した後の1978年に他の文化人と同様「平反」で
解放されやっと名誉回復されましたが、すでに健康を害していました。
肺気腫、胃潰瘍に加えて脳卒中で倒れ、
五年後、北京で73歳にてこの世を去ったのです。


中国に残って以降、江の名は
日本の音楽界から忘れ去られてしまっていました。

しかし文革終了後の名誉回復以降、
香港、台湾、そして中国での再評価・録音が増え、

日本でも徐々にその名が知られるようになって来ました。

1999年には
「まぼろしの五線譜 江文也という『日本人』」(井田敏著、白水社)が
出版されましたが、
中国側の遺族の扱いをめぐって日本側の遺族が抗議したうえ、
東京の江家に保管されていた銅製のベルリンオリンピック参加メダルを
第3位用の銅メダルと誤認して記述したことから、
現在は絶版になっています。

2004年に公開された映画『珈琲時光』においては
江文也が映画のテーマとなっていて、
彼のピアノ曲が取り上げられると共に、
日本側の乃ぶ夫人と娘が出演していのす。

Naxosの「日本作曲家選輯」でも作品集のリリースが予定されており、
彼の日本での再評価はこれから進むといわれています。



また、彼の政治に翻弄された
理不尽にも感じる生涯を見るに
政治と平和についても、考えてしまいます。

音楽や美術などの芸術は
人の心を豊かにするものですし、

スポーツを見て得られる感動やカタルシスは
まさに芸術を味わうことで得られるものと
等しいと思っています。


そのようなスポーツを通じて、
国と国とのみにくいエゴ向きだしの争いではなく、
等しく人間としてのびていく可能性ある存在であることで、
手と手を取り合いながら、人と人、国と国との関係が、
もっと良くなるといいなと思ったのです。

五輪が象徴するものは、
五つの輪が支えあって協調する「平和の祭典」です。

あらためて芸術・スポーツ・平和について
考えてみたいと思うのです。







ヘタリアに言論と表現の自由を!
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北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
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リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
忙中閑あり期間を利用して
再び道東へとむかいましたが、

このときに訪れたのが、
まずは帯広の「たぬきの里」

こちらは、駅から徒歩5分圏内とはいうものの
周囲に昭和っぽいラブホテルのネオンなども見えたりするので

どんなもんかなと思って、
駐車場に車を入れようとすると


!!

この時の気温は-二℃くらいでしたが
排水溝からもうもうと湯気がたっております。

もう、これだけで期待満々ですよね。

帯広市内の温泉銭湯にありがちな
モール泉独特の
木の饐えた香りが充満していまして

うぃぃぃぃ

こりゃいい温泉だよ。


気泡のつきもなかなかなのです。


と、いうことで、帯広駅からも近く、
よくとまる宿にも近いということで、

また利用しそうな予感であります。

ま、このあとはみすずで
おいしいラーメンをいただいたのですが…


でもってその翌日ですが、

今まで道東へ行くとやれ、養老牛だ
やれ和琴半島だと、
行っていたのですが、

かつて道東にすんでいたときにお世話になったのが、

仁伏温泉でした。

川湯温泉が独特の強烈な硫黄泉で
たまらない個性を発揮していますが、

そこからわずか十キロあまりしか離れていないのに
きれいな無色透明の
アルカリ泉がわいているのです。


すごいですよね、温泉って。

そんな、なかでも
一番あししげく通っていたのが
屈斜路湖ホテルだったのです。


ここは、屈斜路湖から5メートルという
至近距離に温泉がありまして、

温泉で結氷していないところに
白鳥が優雅な姿を見せているのが
いい風情なのです。

今回訪れたのは十五年ぶりですが、

今回行ったら露天風呂ができていて

ますます湖への近さを
実感してしまいました。


いい温泉でした。


そして、翌日むかったのが

これまたお気に入りの
野中温泉別館であります。

冬季なのでオンネトーへはいけませんでしたが、

車から降りるだけで、
むわっと漂う硫黄臭に

顔がニヤついてしまいます。

で、中に入り
湯銭を払って長い廊下を、色々な人の色紙を見ながら
歩いた先にあります脱衣場にいきますと、
古い風情がいいのに加えて、
脱衣場は清潔に改装されています。

こんな配慮も好きなのですが、

浴室は入ると、古い風情を残していて、
タマラないですね。


壁から床から、湯槽からすべて、
釘などを一切使っていない総カラマツ造りの内湯とともに
(ま、釘などをつかうと酸にに負けるからでしょうが…)

しかも、カランや洗い場がなくて、
お湯を桶でくんで使うというのが、また
イサギヨクて良いですね。

そんな湯槽を満たすのは、軽く碧みがかった透明なお湯。

口に含むと軽くエグい程度ってのも
また良いですね。

そんな、風情のある内風呂とともに、
広々とした露天風呂が魅力です。

露天風呂は旅館に背を向けると、
土手のような斜面が視界をしめ
その上に、針葉樹林が生えていますが、

温泉の熱ですこし雪解けが進んでいるものの

幻想的な景色が展開されております。

そんなのを
ぼーっと見ていたり
個性的な一面木ばりの内風呂を堪能しているうちに

あっという間に、1時間が過ぎていました。

そんな感じで、大満足の温泉三連荘で
年度末のアブラっこい時期を
のりこえていきますわ。






ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。

ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファントリー)
北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒07 6-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
☆つじや食堂 (北海道川上郡弟子屈町湯の島3丁目5-12)

忙中閑あり期間、二泊三日で道東おいしいものと
温泉の旅で、久々の仁伏温泉へ向かったのです。
丁度昼時に弟子屈市街につくように
時間を設定したのですが、それは、
弟子屈一の、いや、釧根地区一お気に入りの
スープカレー店、「つじや食堂」へ向かうためでした。

釧路川の沿いで、遊水公園のようになっているところにたつ
相変わらず、いい雰囲気の建物であります。
時間が12時半過ぎたところだったので
お店の前の駐車場は一杯でしたので

お隣にある道の駅摩周温泉の駐車場に
車を入れて、
併設されているエスニックグッズなどが販売されている
辻谷商店の中に入りまして、

二人がけの木のイスに腰を下ろし、
メニューを選びます。

2年半前に行ったときには
夏だったこともあってメニューは「チキン」「野菜」「南インド風」
があり「南アジア風」をオーダー

1年前に行った時、メニューには
「冬季はいつもと違った具材でカレーをこしらえます。
魚介だったり、お肉だったり、野菜だったり
その日によって変わりますので、黒板をご覧ください。
店主 色んなカレーを楽しんで作ります!!」
と書かれていて
冬季は日替わりメニューのみ、
行った日に、黒板に書かれているこの日のカレーは
「手羽元と野菜のカレー」
スープは選択できます。
「A)スリランカ風
丸鶏、野菜、果物、かつおの厚削りなど
ふんだんに使ってとったスープと 数十種類の
スパイスのみで仕上げた、さらりとした中にも
滋味たっぷりのスープ
B)南インド風
 ベースのスープカレーにココナッツミルクのコクと甘み
沖縄の島唐辛子の辛さが加わった、少しとろりとし
たスープ Aよりも辛め」
この二つから選べ、Aを選択したのです。

今回訪れた時はメニューは
南インド風
野菜カレー
チキンカレー  各1200円
でしたので、

前回・前々回と違う選択ということで、
野菜カレーを選択。

まつことしばし、


ブルースハープとだみ声のボーカルの次に
陽気のサルサといった感じで、
エスニックなサウンド以外の
つながりがない無国籍ぶりがここちよいBGMに
耳を傾けながら、

こちらは、谷口ジロー作品や
諸星大二郎作品が本棚に並べられていて、

このマニアックさも魅力です。

しかも「孤独のグルメ」は
旧版の、巻末に久住昌之さんのエッセイが載っている
バージョンであります。

今は我が家の引越し荷物の奥にある(であろう)「旧版」
「新装版」は常に読みやすい場所に置いてありますし
巻末のエッセイが所収されている
「野武士のグルメ」も、その横にあって
繰り返し読んでいるのですが、

やはり、手にとってしまいました。

と、いうか、「つじや」で読む孤独のグルメは
最高でごわす。
というレベルなんですが


具材を素揚げするなど、調理している
ちりちりちりという音が
なんとも食欲をそそりますし

相変わらず
カウンターと厨房を区切る壁の出入り口のところ
上には赤い板に黄色い字で
「スパイス調合室」という怪しげな文字が躍る看板が
さりげなく掲げられているところにも、
おもわずニマニマしていまいます。

いいですね。



そんなこんなで待つことしばしで
よい香りとともに、登場しました。



ヲヲヲ!


これはこれは


その立ち上るかつお節由来の香しさとともに、
銀色の食器入った、オレンジ色がかった
非透明系列の少しだけとろっとした感じの
スープと、

ピラミッドみたいに円錐状に盛りつけられている
緑色のピーマンとにんにくの芽
緑色と黄色のかぼちゃ
紫と淡い緑色がまざったなす
白い長いも
灰色がかった淡い茶色の舞茸
淡い茶色のごぼう
鮮やかな赤のパプリカに
オレンジの人参といった
野菜群との色合いが
まずはいいですね~。

しかも、ライスと隅ににちょんと乗っかっている
レモンとのコントラストも鮮やかな銀色のお皿も
おシャレであります。

と、いうことで、

まずはスープを
ぱくっと


ん?




うおオン

うををををををををん


こ、これは

うーまーいーぞー


まずはスプーンですくっただけで
スパイスとカツオ節の香りが
たちあがってくるのですが、

そのまんま口の中でも
そんな旨みがガツンときます。

ここまでカツブシカツブシしたカレーも
突出した魅力なのでありますが。

そんなカツオブシの香りとうま味、味わいが
他の具材の旨みであるとか、
香りであるとか
スープの中のコクなどと

見事に調和をしているのです。

だから、かつおぶしのカレーというと
どっちかというとスッキリとした飲み口のカレーであることが
多いのですが、

こちらはガツンとしたパンチも効いておりまして、
土台がしっかりとしている上に、
すっと飲み干したあとには
すっきりとしたサワヤカな食後感が
ふんわりと残響のように残る。

そんなレベルのカレーなのです。


こちらのメニューには、

「スープカレーについて

つじや食堂のスープカレーは、
鳥がら・丸鶏・野菜・果物・魚から
じっくり・さっぱりスープをとり、
20種類のオリジナルブレンド
スパイスを加え、化学調味料や
食品添加物など一切加えることなく
仕込んでいます。
どこにも無いここだけの味です。」

と書かれているのですか、
そこらへんのバランスは絶妙ですね~

この、コク・うま味がしっかりとしている土台があっての
刺激的なスパイスの暴れっぷりが
あるのですよね~


孤独のグルメの
井之頭五郎ではないですが
「うん、うまい」と言いながら
ばくばく食べてしまいます。

と、いうか、

先週はゴローちゃんが、アジア金星堂に来たら
などと、妄想してしまいました。

つしせや商店を訪れても、ハマりそうですね。



そして、入っている具材ですが、

先ほど円錐状に野菜が盛られていると
書いていましたが、

これは食べる順番迷うよ~。

しかもよく見ると
円錐の下に、ジャガイモも潜んでます。

なおさら迷うよ~

ニンジンもカボチャもアマアマで
スパイシーな刺激を緩和する感じ。
カボチャの素朴な甘さもいーのですが
それ以上に、ニンジンがスゴくアマい。
ビックリしますわ。

スパイシーさと、対比する甘さの
コントラストといえば、

もう一極にあたるような
野菜の鮮烈さも味わいたいぞ。

ってことで、パプリカもいいし
ピーマンもいい。このアオさってのが
ごくうまいスパイシースープに
すっきりさを加えてくれるのです。

しかも、すっきりだけでなく
カツブシの香りがガツンとくるスープが
ポイントなのですが

カツブシと和っぽい食材のマッチぶりも
はんぱない。

ゴボウの素揚げの素朴な感じに
コリコリッとした食感と、野趣に富んでる味わいが
カツブシにマッチですよ

短冊形にカットされて、
シャクシャクッとした歯ざわりと
少しとろっとした食感が持ち味の素揚げ長芋。

ナスはジューシーで
個性的スープと僕的素揚げナスで最重要ポイントの
ナス汁がアフれる感じに、
なすの皮が油通しされているのと
バランスが絶妙で、
これもカツブシとあうんですよ。


ホコホコで大地の滋味を閉じ込めた
道産子万歳~と叫びたくなるようなじゃがいもに
ジャガバターみたいに切れ目がはいってるのも
いいですね。

「混沌のグルメ」で、ゴローちゃんが
食べていたネオベネツィアのじゃがバターを
彷彿させてくれる感じの
ほこほこほっこりさ。

しかも、舞茸の鼻奥にふわんと抜ける
香りとこりっとした食感

しかも比較的滋味にとむラインアップ中の
トリックスターがニンニクの芽の刺激

うーむ。

たまりまへんな~。

これは確かに野菜のカレーだよ
野菜がいちいちウマいんですよ。



ってことで、ライス、スープともに
残り少なくなったところで、

ライスに添えられているレモンをきゅっと絞って
ライスをスープに投入して

ゆで卵の黄身をスープに溶かして、

わしわしっ

ふぃー


しんあわせぇ~
でありまーす。


にしても、オーガニック系の食堂について
「机がぺとぺとする」旨のせりふがある
「孤独のグルメ」を
そのテのお店でよむというのも

なかなかアジのあるものです。


ちなみにこちらは机はぺとぺとしてませんよ。

為念



あと、店舗奥の広いスペースで、
きっとここでライブが行われるんだろうなー
といった場所には
卓球台が置かれているところも

ホホエマシイのですが

今回は、それらの上にエスニックなグッズが置かれていて、
「仕入れをした商品が置かれてますので、入らないでください」
と書かれていました。

と、いうことは、
こちらの商品もいずれ
辻谷商店
ならぶのですね。

そんなエスニックグッズを
仕入れては売っているお店で、
貿易商であるゴローちゃんが
活躍する話を読むってのも

アジなものですね。





☆つじや食堂 (北海道川上郡弟子屈町湯の島3丁目5-12)
◇営業時間◇ 12:00~18:00(O.S.17:30) 冬季は16:30閉店(O.S.16:00)
◇定休日◇ 水曜日 ◇駐車場 有り
◇電話◇ 015-482-4020






☆「カリーハウス ジャンジャン」(釧路市北大通9-2-7)

釧路でお世話になる回数が
比較的多いホテルの近くに
昨年の7月にカレー屋さんが
オープンしたというニュースを耳にしました、

今までも釧路とかへ行く頻度は
そんなに高くなかったのですが、

これからさらに減りそうな予感なのです。

ってことで、
道東の温泉へ行くために
釧路に止宿した夜に

早速行ってきました。

入り口隠れ家的なバーのよう趣ですが、
中に入ると、喫茶店風の家庭的な明るい内装で
テレビがかかっているのも家庭的さを醸し出していて
いいですね。


お一人さまでしたが、すいていたので
四人がけのイスに腰を下ろして
メニューを拝見。


見ますと

いらっしゃいませ、
“カリーハウス ジャンジャン”のオーダー方法です。

①お好きなカレーをお選び下さい。
ジャンジャンカレー うちの定番。ほぐれたチキンが入っているよ。¥600
ビーフカレー    牛肉によく合うカレーです。 ¥900
チキンカレー    チキンのボリューム感。  ¥700
ポークカレー    懐かしの味わいをどうぞ。 ¥750
シーフードカレー  海の幸をふんだんに。   ¥800
牛すじカレー    とろとろの牛すじとの新しい出会い。 ¥650
カツカレー     サクサクのカツとカレーの相性は抜群! ¥900
ハンバーグカレー  ボリューム満点のハンバーグ。  ¥750
スペシャルカレー  カツ・エビフライ・ハンバーグ・目玉焼きのトッピング
                         ¥1200
ハヤシライス    今日はカレー気分じゃない貴方に。  ¥900

②お好みの辛さは?
1ジャン 辛いのが苦手な方に。
2ジャン 定番の辛味。チキン・シーフードなどがおすすめです。
3ジャン カレー好きはこの辛さ。ビーフカレー等が合います。
4ジャン 普通の辛さでは満足できない方へ。
5ジャン 更に刺激を求める貴方へ贈ります。
5以上をご希望の方はお申付け下さい。お子様向けの甘口も用意しております。

③ライスの量も選べるよ。
 普通 ±0円
 大盛 +100円
 少なめ -30円

④トッピングはいかがですか?
カツ トッピングの王道です  ¥250
エビフライ みんな大好きエビフライ!  ¥200
ハンバーグ ボリューム満点!  ¥150
ソーセージ カレーとの相性抜群です。  ¥100
目玉焼き まろやかな味わいに。  ¥80
生玉子              ¥60
チーズ とろーりチーズが食欲をそそります。 ¥100


といった選択でした。

が、もう一方のメニューも
目に入った。


それは

晩酌セットあります。17:00~20:00

※カレーはライス少なめです。
※ビールは小瓶です。
※小鉢がついてます。
Aセット1000円 カレーの種類 ジャンジャン 牛すじ
Bセット1100円 カレーの種類 チキン ポーク ハンバーグ スパカレー
Cセット 1200円 シーフード・ビーフ・カツカレー・ハヤシライス
ビール&小鉢 ビールはこちらかにお選びください。
・エビス。プレミアムモルツ・ノンアルコール

なんですと~

前日の帯広で訪れた、「ラーメンみすず」さんでも
頼んだのですが、
前日はラーメン、今日はカレーだから
ってことで、
ここは迷わず晩酌セットですよ。

ということで。
牛すじカレー   4ジャン 
ライス普通  生玉子トッピングの
晩酌Aセット、プレミアムモルツで
オーダー。

待つことしばしで
小鉢一杯の柿ピーとプレミアムモルツが登場。


うむ、柿ピーですか。

ビールを飲みながら
ポリポリと柿ピー食べながら
更に待つことしばし

小鉢の柿ピーはまだ半分くらい残っている
タイミングで、

カレー登場であります。

カレーは家庭的な店内にマッチした
褐色の穏やかな感じでして、

同じプレートに乗っかって、
お皿の1/4をしめるサラダも
いい感じですよ。

ということで、


いっただっきま~す

ぱくっ



うぉぉぉぉぉ


じぃぃぃぃぃぃぃぃぃん


見た目通りの家庭的というか
喫茶店風なお味なのです。
いいですな。

家庭的な味ながらも、
こくとか旨味はしっかりと出ているぞ。

しかもスパイスが前面に出てきて
4ジャンはダテではないです。

しかも、具材の牛スジですが
これが口の中で、とろっとろに
とろけるタイプなのです。

牛スジって、おでんの中とかで
とろっとろになっていながら
独特の存在感を発揮しているところが
たまらないですね。

食感だけではないんですよね。
とろっとしたのを噛むと溢れてくる
旨味のカタマリが

カレーのコクやらウマ味やらを
しっかりと補っているところが

すごいですね。

うむ、うまい。

にしても、柿ピーがまだ残っているぞ。

どうしよう。

いーや、カレーと一緒に食べてしまえ。

と、いうことで、カレーと
ビールと柿ピーの三角食べで

完食をした後、ビールでグビっと流し込んで

デザートの甘味抑えめのヨーグルトでしめて


ごちそうさまでした。


ふぃ~


ホロ酔い機嫌でホテルへと戻ったのですが…

そんな時に、

北海ジャンジャンって
どこいったのだろう

北野ファンクラブの
エンディングテロップとかで
見かけたんだけど…
それにしても、あの時に流れた
僕になりたい が 当時の深夜の雰囲気を
強烈に思い出させてくれるのですが…

そんな余計なことを
思い出してしまいました。


☆「カリーハウス ジャンジャン」(釧路市北大通9-2-7)
◇営業時間◇ 11:00~14:00/17:00~20:00
◇定休日◇ 日曜日・祝日 ◇駐車場◇ 無し
(店舗向い北大通10パーキング利用で30分無料スタンプ押印サービスあり)
◇電話◇ 0154-24-3333








あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
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僕は一九六〇年代の出身で、
高度経済成長期の雰囲気のようなものを
幼少期に感じながら過ごしてきました。

ですから、

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』の世界観とかには
直撃をされてしまうのです。

で、食生活にしても、
やはり肉はご馳走というイメージが大変強いのです。

特に我が家では、あまり外食をしなかったので、
店屋物をとるとか、観光に行った時に食事をするなどは

一大イベントでして、

その時に記憶として注文した頻度が高かったのが
カツカレーとカツ丼だったのです。

ただし、以前も書きましたが、
僕の母方の実家は群馬で、
その時に店屋物の出前をとる話になって、

迷わずカツ丼をオーダーしたところ、
予想と違う、ソースカツ丼が出てきて、

ションボリしたことがありましたっけ…。


と、はいうものの、
幼かった僕が知らないのは当たり前のことですが、

ソースカツ丼は、カツ丼の一大潮流でして、


福井県全域・長野県南部(伊那地方)・山梨県全域・
群馬県南部・栃木県西部・福島県西部と

それぞれ個性的なソースカツ丼が
分布をしているのです。

以前、このブログで著書などを紹介した
地域独特の食文化にして、
食べ物の地域性=同一名称でも地域によって内容が違うこと
(例 室蘭市、東松山市、今治市における「焼き鳥」等)
や独特な調理法・食べ方を、「食の方言」と名づけ、
それを題材にNIKKEI NETで読者との交流企画コラム
「食べ物 新日本奇行」を連載している
野瀬秦申さんが、「食べ物 新日本奇行」で

関東・東京地方を
取り囲んでいると、言われて

ナルホドと思ったものです。

また、全国には
更にバリエーションに富んだカツ丼が
存在しますが、

県内に、卵とじでも、ソースでもない
独特なカツ丼が2種類も独自の発展を遂げているのが
新潟県なのです。

そんな新潟県で、
こんなニュースがありました。

3月8日 オンエアー 第256回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります

<掘り出しニュース>長岡「洋風」VS新潟「タレ」 カツ丼サミット 長岡で8店が対決
3月7日18時45分配信 毎日新聞
 【新潟】新潟県を代表する「ご当地カツ丼」といえば、長岡市の「洋風カツ丼」と新潟市の「タレかつ丼」。それぞれを提供する屋台をならべ、両者の魅力を味わってもらう「カツ丼サミット」が今月28日、長岡市の大手通りで行われる。二つのカツ丼の「食べ比べ」イベント開催は初めて。サミットは、同市など実行委が主催する「ながおか食の陣」の一環。二つの同時PRをと、長岡市のNPO「復興支援ネットワーク・フェニックス」や新潟市の市民グループ「うますぎタレかつ軍」などが協力し、準備を進めてきた。
 洋風カツ丼は皿に盛ったご飯にとんかつをのせ、ケチャップやデミグラスのソースをかけて食べるもので長岡市の洋食店「小松パーラー」(閉店)が発祥とされる。タレかつ丼はとんかつをしょうゆベースの甘辛いたれにくぐらせ、ご飯にのせて味わうもので新潟市の「とんかつ太郎」の考案とされる。
 実行委によると、今回出店するのは、洋風カツ丼側からは長岡市の「レストランナカタ」などの5店、タレかつ丼側からは新潟市の「とん八」など3店の予定。食べ比べをしてもらうため、カツ丼の量をやや少なめにし、価格は500円前後で考えているという。
 フェニックスの樋口勝博代表理事(44)は「この機会に両方の魅力を味わってほしい」。タレかつ軍の畠山康成さん(35)は「長岡の人にタレかつ丼の存在を知ってもらい、新潟にもぜひ足を運んでもらえれば」と話している。【畠山哲郎】



新潟県は、環日本海文化圏の中央という
地理上の特性から
古代から海運の要所でした。

そのため、
特に、文化圏で言うと、
もとから独自に発達を見せた
東北の文化圏や
関西の影響が強い北陸文化圏など
様々な文化の混交したところです。

しかも、北前船などの発達によって、
関西との直接の繋がりであるとか、

江戸などとの東国の都市との
繋がりもありました。

このような要素に加えて、

近世では、新潟の開港などによって、
西洋文化の摂取も早いと言うことで、

独自の文化が形成されました。


中でも食文化でいうと
古くは「えご」(いご)であるとか
「冬菜」「へぎそば」「のっぺ」など
独特の食べ物が知られています。


魚喃キリコさんのコミック「ハルチン」(祥伝社)の中で
ハルチンとチーチャンが
これを巡ってヤリトリするシーンが
がありましたっけ。



そして、最近では、B級グルメとして脚光を浴びていまして、
新潟県民を見分ける最終兵器とも言われている、
焼きそばにトマトソースがかかった
「イタリアン」ですが、
(こちらは
『うらバン! ~浦和泉高等学校吹奏楽部~』
(都桜和さん作 芳文社)の
キャラクターが食べていまして、
思わずニヤっとしたのですが…

にしても、「あんたの知識は全部マンガか!!」と言われたら
「はい そのとおりですが何か?」
と言うしかないのですが…)

にしても最近では、
カレーイタリアンとか
和風きのこイタリアンとか、

イタリアンをイタリアンたらしめている
トマトソースからハズれたメニューが
続々登場をしていて、

イタリアなんだか、和風なんだか、インドなんだか
わからないことになっていて
すごいですね。

ちなみにイタリアン発祥の店 みかづきのHPには

「秋の定番メニュー!!
しめじ、えのき、椎茸、きくらげ、きのこたっぷりソースをどうぞ!」

などと書かれていますが…



そんな、イタリアンに追随する動きをしているのが、
「うますぎ たれカツ軍」率いる
新潟のタレかつと
長岡の洋風カツ丼なのです。

両方ウマそ~

両方食べられれるこのようなイベントの存在は
やはりアリガタイと思いますし、

機会があれば現地に行って、
是非全品制覇したいものです。


にしても、日本には
いろいろなカツ丼があるものですが、

丁度「週刊文春」が
うってつけの特集をしていましたので、

来週から紹介をしたいと思います。




あなたのオススメどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

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番組内で紹介させていただきます。

あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
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〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
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FHF
弥生三月も二週目に突入しました。

富良野地区にある4つの高校をはじめ
北海道内多くの公立高校では
3月1日に卒業式がありましたが、

先日の日曜日は富良野地区の
中学校の卒業式がありました。


また、今週は富良野看護学校、
来週末は地区の小学校と、
卒業式が続いていくことになります。


多くの別れがありながら、
慌ただしく時は流れて、

出会いの春を向かえていくのです。


また、週末には、
富良野のスキーシーズンを締めくくるともいえる、

第22回全国高等学校選抜スキー大会(アルペン種目)や
第11回富良野市長杯スーパージャイアントスラローム競技大会が
富良野スキー場を舞台に開催されます。

今週の週間天気を見ると、
連日小雪が降りそうということなので、
ゲレンデコンディションは
維持できそうです。

再び、全国から来た高校生スキーヤーによる
熱い戦い繰りが、富良野を舞台に
くり広げられることになるのです。



3月8日 オンエア 第256回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
です。

熱気を帯びて連日伝えられた
オリンピックの報道については
一段落した感がありますが、

今週は、バンクーバーで
今度は冬季パラリンピックが
現地時間の3月12日に開幕し、
21日までの10日間にわたって
熱戦が繰り広げられることになります。


日本選手団は、前回2006年のトリノ大会では、
金2、銀5、銅2と、合計9個のメダルを獲得し、

今回も、5大会連続出場となる
ベテランのチェアスキーヤー大日方邦子選手
(電通パブリックリレーションズ・
冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリスト(1998年長野大会、滑降)
にして、その後もアルペンスキー競技で合計8個のメダル
(金2個、銀3個、銅3個)を獲得)らを筆頭に、
男子34人、女子8人の合計42名の選手たちが
メダル獲得を目指すことになります。


さて、オリンピックのあとに開催されるのが
最早恒例のようになっている
パラリンピックですが、

国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee、略称IPC)が
主催する身体障害者を対象とした
世界最高峰のスポーツ競技大会のことです。

オリンピックと同じ年に同じ場所で開催され、
2004年のアテネ大会から夏季オリンピックと
共同の開催組織委員会が運営をしています。

その歴史は比較的新しいといえます。


パラリンピックのはじまりは、
1948年のロンドン・オリンピック開会式の日に行われた、
車いすの入院患者による
アーチェリー大会にあります。

第二次世界大戦の後期である
1944年にイギリス政府は、神経専門医であった
「ルードイッヒ・グッドマン博士」に要請して、
傷病軍人の治療のためロンドン郊外に
ストーク・マンデビル病院国立脊髄損傷センターを開設しました。

グッドマン氏は、戦争で負傷した兵士たちのリハビリテーションとして
「手術よりスポーツを」との主張を強く持っていた人物で、

そこでは病気やケガによる身体障害からの回復に、
スポーツを取り入れていたために、
その一環として、この病院の競技場で洋弓の大会を開催したのです。

それが1948年のロンドン・オリンピックの
開会式の日に行われたのでした。


この競技会は、この後も続くことになります。

最初は入院患者のみの競技大会でしたが、
その後、1952年には国際大会となり、
第1回国際ストーク・マンデビル競技大会の名で
大会が開催されました。

参加国はイギリスとオランダの2カ国でした。

このグットマン氏の行動を支えたのは、
「将来、障害がある選手たちにとって、
この大会が、オリンピックと同じ価値を持つ大会になるように」という考えで、

障害者も健常者も、将来は一緒に出場できる可能性を持った大会を
視野にいれていました。

この大会は、毎年開催され、
大会ごとに参加選手や競技種目が増えていきました。

そうして1960年には、グッドマン氏を会長とした
国際ストーク・マンデビル大会委員会が組織されて、

この年にオリンピックが開催されたローマで、
国際ストーク・マンデビル競技大会が
開催されたのでした。

今では、この大会を、第1回パラリンピックとよんでいます。

そして、第2回大会が開催されたのが
1964年の夏季オリンピック開催地の東京でした。

東京の大会は、国際ストーク・マンデビル競技大会と
全身体障害者を対象にした日本人選手だけの国内大会の
2部構成で行われました。

現在は、この両者を合わせて
パラリンピック東京大会と呼ばれています。

「パラプレジア・オリンピック」
(半身の不随とたたかっている人たちのオリンピック)を
省略して、「パラリンピック」という呼び方が広まったのは、
この東京大会からでした。

オリンピックの開催都市で、大会が行われることは
東京で一旦中断しますが、

1972年のハイデルベルク大会は、
この年にオリンピックが行われた
ミュンヘンと同じ西ドイツでの大会でした。

1976年、モントリオールオリンピックの年、
国際ストーク・マンデビル競技連盟と
国際身体障害者スポーツ機構との共催で、
モントリオールと同じカナダの
トロントで大会が開催されました。

そして、この大会以降は、
半身の不随以外の障害のある選手の参加が認められるようになり、
さらに、障害の違いをこえて競う競技も実施されるようになりました。

また、1976年から冬季大会が始まり、
第1回大会は、オリンピックは札幌で行われましたが、
パラリンピックはスウェーデンの
エーンシェルドスピークで開催されました。


このように開催が大規模になってきて
認知度が上がってくると、
パラリンピックの場は、リハビリテーションの延長ではなく、
障害がある人たちが身体を鍛えて
技や力を競い合うスポーツ大会として発展するようになりました。

また、パラリンピックという名称について、
難色を示していた、国際オリンピック協会も
影響力を軽視出来なくなったようで
1985年、国際オリンピック委員会の同意によって、
正式に "パラリンピック"という名称が使われることになりました。

元々は前述した通り、
「パラプレジア・オリンピック」
(半身の不随とたたかっている人たちのオリンピック)の
略語でしたが、
半身不随者以外も参加するようになったため、
1985年からは、
「パラレル(並行・もう一つの)オリンピック=パラリンピック」
と解釈をすることになりました。

だから、開催時に既に「パラリンピック」と呼ばれていた大会は、
この次の1988年ソウル大会からで、

この大会はオリンピック組織委員会が
パラリンピックに直接関わる初めての大会ともなり、

この大会からは再び夏季オリンピック開催都市が
夏季パラリンピックも開催されるようになりました。

なお、冬季大会が冬季オリンピックと同一都市で開催されるようになるのは
1992年のアルベールビル冬季大会からです。


その後、IOCは、積極的にパラリンピックとの協力を進め、
2000年のシドニー大会からは、
オリンピックとパラリンピックの大会組織委員会が同じ組織になり

さらに、「オリンピック開催国は、オリンピック終了後、
引き続いてパラリンピックを開催しなければならない」ということも
義務になりました。
それ以降も、オリンピックとパラリンピックは、協力関係を深め、
2008年夏季大会、2010年冬季大会からIOCはパラリンピックについて
運営・経済両面においてIPCを支援。
また、パラリンピックの構成や保護を強化するとともに、
パラリンピック競技大会の組織委員会は、
オリンピックの組織委員会に統合されることになりました。

こうして、パラリンピックは、グッドマン氏の願いどおり、
まさに「もう一つのオリンピック」となったのです。



今回のバンクーバー・パラリンピックは、
アルペンスキー・ノルディックスキー・
アイススレッジホッケー・車いすカーリング
が行われます。

これらの競技のなかには、障害者のために特別に
考案されたルールもありますが、
大半は、原則として健常者が行っているスポーツのルールを、
一部変更して行っているのが中心となっています。

これは、そのルールを使えば、
障害者でも健常者でも、誰もがその競技を
楽しめるところになりまして、
ここが、最大の特徴ですし、
グッドマン氏の理念が生きているところだと
いえるでしょう。


このように、スポーツとして、
大きな可能性を持った障害者スポーツですが、

ヨーロッパのスポーツクラブでは、
クラブでできるスポーツのなかに、障害者の競技がふくまれ、
障害者、健常者の区別なく楽しんでいる競技も
たくさんあるそうです。

夏季パラリンピックの種目ですが、
車椅子バスケットボールは、人気があって、
アメリカでは、プロリーグもできていますし、
そこでは、日本人の車椅子バスケットボールの選手も
プロとしてプレーしたことがあります。

これも、夏季パラリンピックの種目ですが、
シッティングバレーボールの盛んなイランでは、
試合会場の体育館が満員になるほど盛りあがっています。

これらの国々にとっては、障害者スポーツは特別な存在ではなく、
それぞれが、他のスポーツと同様に
スポーツの1種目として、みんな楽しんでいるのです。



そんな一方で、40年も前から、
パラリンピックとかかわってきた日本ですが、

残念ながら、今でもリハビリの延長と考えている人が少なくないですし、
障害者スポーツを見たことがない人も多いのが現状です。

理由の一つとして、政府のスポーツを担当する
役所の違いがあげられます。

日本でJOCは文部科学省管轄の機関ですが、
それに対して、障害者スポーツを所管するJPCは、
厚生労働省が担当しています。

この行政の区分には、
パラリンピックはオリンピックと同様の「スポーツ」であるとするより、
リハビリテーションの延長上にある「医療」「福祉」により
振興を図る大会であると見られてきた経緯があるのです。


しかし、パラリンピックの回が重なるごとに
「リハビリ」よりも「競技性」の要素が高まると、
選手の間から「競技」としての取り組みが要求されるようになりました。

国際的にはすでに競技スポーツとしてのレベルアップが進んでおり、
日本もこれに挑む選手および関係者を中心として
「競技スポーツ」としての強化が図られるようになったのです。

国際的には競技の最高峰の祭典として、
オリンピックとの統合に向けた取り組みが
国際パラリンピック委員会と開催地の
オリンピック、パラリンピック委員会の間で進行しています。

このような競技を取り巻く世界の情勢や、
国内での現状を考えると、

パラリンピックにおける競技スポーツの振興は、
福祉だけでなく「スポーツ文化」全体の発展につながる
「文化」としての理解と支援が求められることになるのです。

ただ、たとえば施設面で言うと、
役所や文部科学省が建てる体育館は
健常者を考えて作られていることが多く、
障害者スポーツは、厚生労働省が支援して作る
障害者専用のスポーツセンターでしかやりにくい、
という状況もあります。

障害者専用のスポーツセンターを作ることよりも、
パラリンピックの精神にもあるとおり、
すでにあるスポーツ施設を、障害者スポーツでも
利用できるようにすることのほうが、

安く簡単に施設は出来るでしょうし、
そうすれば、健常者と障害者の垣根のない社会、
バリアフリーな世界をつくることにもつながります。

駅や学校にエレベータをつけたり、
公共の建物の階段の横にスロープをつくる、
といったことだけじゃなく、

障害者と健常者がみんなが一緒に、
スポーツを楽しめる環境を作ることだって、
バリアフリーです。

そんなことを考えるきっかけに
バンクーバー・パラリンピックが
なればいいのかなと思いました。

冬季オリンピックを視聴しているうちに
普段目にしない競技の思わぬ面白さに
気がつくように、

パラリンピックを視聴しているうちに、
上のようなことに気がつく人が
増えるといいなと思っているのです。



また、競技自体の楽しみとして、
今大会は、アルペンスキーのスーパーコンビ
(スーパー大回転と回転を1本ずつ滑りタイムを競う)が
正式種目として新たに加わり、

車いすカーリングで初出場を果たすなど、
日本選手団の出場種目数が増えたこともあり、
前回を上回るメダル獲得が期待されるそうです。

ただし、前術したとおり、パラリンピック大会は、
障害のある人たちに高水準の競技に参加する機会を与え、
世界にパラリンピックの精神を広め
国際親善を図ることを目的として、4年に一度開催される大会ですから

どの国の選手にも声援をおくることが
出来るような観戦をしたいものです。


と、はいうものの、日本選手や
北海道出身の選手は応援してしまいますね。


ちなみに、下の新聞記事は
毎日新聞の記事です。


バンクーバー冬季パラリンピック:美幌出身・車いすの久保選手、スキーで /北海道
3月6日10時47分配信 毎日新聞

 ◇車いすの久保恒造選手、マラソンから転身「夢」実現
 障害者スポーツの祭典、第10回冬季パラリンピック大会が12日(日本時間13日)、カナダ・バンクーバーで開幕する。網走管内美幌町出身の久保恒造選手(28)=日立システム=は、車いすマラソンで夏の北京パラリンピックを目指していた。夢はかなわなかったが、ノルディックスキー距離・バイアスロンでメダルを目指す。【芳賀竜也】
 夢半ば、だった。車いすマラソンにあこがれ、挑んだ北京パラリンピックは男子3枠の代表選考から漏れた。「ロンドン(パラリンピック)までの4年間は長い」と、ぼうぜんとした。当時の支援先企業との契約も「北京までの4年間」。そんな時、ナショナルチームの監督を務める日立システムスキー部の荒井秀樹監督(55)が「バンクーバーとソチでメダルを目指して、スキーをやりませんか」と声を掛けた。
 地元の美幌町は距離スキーが盛ん。バンクーバー五輪で距離スキー日本勢過去最高となる5位入賞を果たした石田正子選手(JR北海道)も同町出身だ。実家の目の前も距離スキーコース。たびたび練習していたチームメートで札幌出身の長田弘幸選手(日立システム)は夏場のトレーニングに車いすマラソンを取り入れており、荒井監督は久保選手の評判を長田選手から聞いていたという。
 距離スキーの座位用スキーは「シットスキー」と呼ばれる。アルペンの「チェアスキー」と似ているが、サスペンションがなく、スキー板が2本なのが違いだ。「やってみると、体の使い方が(車いすマラソンと)似ている」。冬場の雪上トレーニングと合わせ、マラソン用の車椅子「レーサー」を使った走りこみで持久力が向上した。
 美幌高時代は球児だった。三塁手で4番打者。選抜大会への参考資料となる秋季全道大会の出場経験もある。「野球は終わり」と思った夏の地区大会数日後。知人が運転する車に同乗して事故に遭い、下半身不随になった。車いすマラソン選手を目指そうと思ったのは、入院中に見たレース中継がきっかけ。「野球少年がプロ野球選手を目指すように、トップの車いすレーサーになりたいと思った」という。
 雪原のレーサーに転身し、新たな刺激を感じている。「人生はたった一度しかないのに、立ち止まってはいられない」。パラリンピックは初出場だが、ワールドカップ・バイアスロンで今季総合2位。北京行きの切符を逃した悔いを、バンクーバーで晴らすつもりだ。
 ◇道内6選手、日本代表に
 第10回冬季パラリンピック大会には日本から選手・役員95人が出場し、道内在住の6選手も日本代表として世界の強豪に挑む。
 大会はアルペン▽ノルディック距離▽バイアスロン▽アイススレッジホッケー▽車いすカーリングの5競技で行われる。道内在住者は、久保、長田両選手のほか、アイススレッジホッケーに永瀬充(34)、三沢英司(37)、伊藤仙孝(26)=いずれも旭川市、須藤悟(39)=札幌市=の4選手が出場し、上位進出を目指す。【三沢邦彦】




と、いうわけで、道内・国内の選手を含め、
全ての関係者の健闘を

心よりお祈りしたいと思います。





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2010.03.07 呉さんが
オリンピックが無事閉幕しまして、
一週間あまりがたちます。

韓国関係では、未だになんか
釈然としない記事が多く伝えられてきて

なんだかな~と思うのです。

さて、今回のオリンピック前に起きたことについて、
今まででもあちらこちらで、論評されましたが、

1番まとまっていて、
すとんと落ちたのが
以下の文章なのです。


こちらは週刊ポスト 2010.3.5号 の
「スノボ国母とニッポン社会」で呉智英が喝破!
です


なぜ大人たは、この若者に、
「ドレスコードの意味」と
「サムライの義務」を説けないのか

今回のバンクーバー五輪は、この21歳の奔放なファッションと立ち居振る舞いに、大の大人たちが右往左往させられた大会として記憶されるに違いない。それでも表彰台を期待された国母和宏は、勝負をかけた決勝で、大技「ダブルコーク」に失敗、メダルを逸した。日本中の期待を集め、だからこそ傍若無人を気取ったこの若者に、大人たちはどう対峙すべきだったのか。評論家呉智英氏が斬る。

無自覚そのもののファッション

「自覚」の欠如。
 今回の国母選手をめぐる問題について考える際に浮かび上がってくるのは、まさにその一言です。
 自覚という言葉を説明するなら、「自分自身の立場・状態・能力などをよくわきまえて行動する」ということになるでしょう。それはつまるところ、自分と社会とのかかわりの中で、見つけていくしかないものです。
 私は何も、国母選手をはじめ若者たちに「伝統に従え」とか「社会に服従しろ」といっているわけではありません。若者が社会に対して取る態度は、批判的であっていいし、時には反抗であって当然です。しかし、社会に対して自分がどういう立場を貫くべきか、いわば「軸足をどこにおいて生きていくか」は、自分で決めるしかない。国母選手に決定的に欠如しているのが、その「自覚」なのです。
 プライベートで彼がどのようなファッションをしていようが一向にかまわないと思うし、上の世代からみて、奇抜な格好をしたがるのは若者の常です。ですから、国母選手の問題を「若者ファッションの是非」という観点からとらえても意味はない。
 むしろ重要なのは、彼がオリンピックという公式行事と、自分とのかかわりをどう位置付けていたのか。つまり「どう自覚していたのか」ということです。
 国母選手が日本を出発し、カナダに入国する際、ズボンを腰まで下げ、シャツを丸出しにするような格好をなぜ選んだか。そこに、彼自身の主張や価値観があったのなら、。それは良しとすべきてしょう。
 しかし彼は、
「反省してま~す」
 と、不満気な表情を浮かべて、投げやりな感じで頭を下げていた。本気で反省しているわけでもなし、何か信念があるわけでもなし。つまり彼のファッションは、個性や価値観の表現ではなく、雰囲気になんとなく流されているという「無自覚」そのものなのです。
 オリンピックは、200超の国が参加する、世界有数の規模のイベントです。仮に、彼が現代の国家のシステムに反発しているなら、それを表現する絶好の場所であるわけです。
 かつて、1968年のメキシコ五輪で、注目すべき事件が起きました。
 男子陸上200㍍競争で、当時の世界記録で優勝した米国の黒人アスリート、トミー・スミスと、同じく米国代表の黒人選手で3位となったジョン・カルロスが、表彰台で、アメリカ国歌が流れる中、星条旗に向けて拳を突き上げたのです。顔はうつむいたまま、靴をはかず黒いソックスと手袋をはめていました。このとき、米国は公民権運動の真っただ中。黒人差別の悲惨な状況を世界に訴えるための行為でした。
 2人は当時、メダルをはく奪されるなどの制裁を受けましたが、現在では、出身大学に銅像が建立されるなど、差別問題に完全と立ち向かった信念が評価され始めています。
 五輪というのは、場合によってはそれだけの主張を世に発信できる場でもあります。それに比べ、今回の国母騒動のなんとだらしないことか。
 やはり国母選手は、「五輪出場者」としての自分に、無自覚でありすぎたと感じるのです。

はびこる「成金体質」

 ただし、この「価値観の溶解」とも呼べる無自覚は、国母選手に限ってのものとは思えません。国母選手と同様の傾向は、社会全般で見られます。
 そもそも、今回の騒動についても、批判されるべきは国母選手だけではないでしょう。もっと反省すべきは周囲の大人たちです。
 よく指摘される話ですが、オリンピック選手派遣にかかる経費は、当然ながら税金で賄われます。官僚や警察官などが公務員として責任を求められるのと同様に、代表として選ばれたからには、日の丸を背負っていくという役割と責任を負うことになるのです。
 それがいやなら、代表になることを辞退すればいいだけのこと。しかし、いったん出場を決めたからには、そのルールとドレスコードに従う必要がある。
「国費で参加するのだから、ドレスコードを守れ」
 彼を諭す理由は、その一言で十分なのに、周囲の大人たちはそれすらいえなかった。あるには、注意をしても彼を納得させるだけの説明ができなかった。
 その理由は、若者世代だけでなく、大人世代にも国母選手と同様の「価値観の溶解」が広がっているからではないでしょうか。
 大人たちですら「自分とは何か」と、自らについて深く考えたことがないのではないか。そして、自分が軸足を置くべき価値観を持ち得ていないのではないか。だから国母選手の服装がいいのか、悪いのかを問われて、「あれ?」と立ち止まってしまう。今回の問題が“若者ファッションの是非論”になってしまったのも、「あの状況では許されない」という判断を瞬時にできない人が、それほど多かったということです。つまり日本人の価値観そのものが溶解してしまっている。
 日本において、これほど「無自覚」がはびこったことについては、高度経済成長以降、この国がずっと一定以上の豊かさをイジしてきたこと、さらには「物資至上主義」ともいえる社会が構築されてきたことと無関係ではないでしょう。
 人間は貧しい時には、生活のため、周囲との協調に気を遣わざるをえない。しかし、なまじ財力を持つと、金の力に頼ることで、社会との関係性を考慮する必要がなくなり、だらしなく 傲慢になりがちです。
 たとえばいわゆる“成金”は、伝統や格式を重んじる飲食店に行って、「金はあるぞ。ここにあるもの全部もってこい!」とやってします、その店の雰囲気や様式美を壊してしまうことがままある。
「俺には金があるから、やりたいようにやる」という考え方によってしまえば、おのずと自分を取り巻く社会の力や、公共性などを軽視しがちになってしまうのです。それが、自覚の欠如へと直結する。
 そうした30~40年にわたる社会全体の「価値観の溶解」傾向が、端的な形で表れたものが、今回の国母騒動ではないでしょうか。
 彼ら若者世代のふるまいは、われわれにとっても自らの無自覚ぶりの鏡ととらえるべきで、国母選手を他人事のように批判するというのは、筋違いです。

ロゴマークとしての“サムライ”

 私自身、大学生だった1966年当時に、ジーンズをはいて通学し始めました。その頃、ジーンズで大学に通うことは一般的ではなく、教授や友人からはあからさまに嫌悪の目を向けられました。それでもあえてジーンズをはくことは、若干大げさですが、そういう旧来の考え方をもった人々への「反抗」という自覚が確実にあるました。
 この感覚は、私と同じ団塊の世代であれば、ある程度シンパシーをもってくださる向きも多いかもしれません。この時代には、若者たちもある種の「自覚」を持っていたはずです。
 旧来の価値観と、新たな価値観が対立することは決してまずいことではありません。相反する価値観の対立があって、社会規範は少しずつ変わってゆくのです。
 ですが現代のファッションには、そのような価値観が感じられるでしょうか。
 たとえばジーンズ。近年はわざと膝や裾に破れ加工を施した「ダメージジーンズ」が流行しています。このダメージに、若者世代の反発なり自覚が感じられるかといえば、それは疑わしいでしょう。タレントやモデルの真似を、ただ後追いでしているだけではないか。国母選手のダボダボのファッションも、また然りでしょう。
 国母選手は五輪本番直前、「SAMURAI」と書かれた真っ黒なマウスピースをはめたまま取材に応じていましたが、それもまた近年の、日本代表イコール“サムライ”という流行を追っただけで、彼にとってはいわばロゴマークとしての意味しかなかったのでしょう。
 封建社会において、支配階級である侍には、上に立つものとしての強さと同時に、義務や責任が求められた。彼はそうしたことにさえ、無自覚であることを晒してしまったといえます。
 私たちは、彼の周囲の大人たちが「オリンピックのドレスコードとは何か」を説けなかったことと同様、若者たちに「自覚」を促せずにいるという社会の現状に気づくべきなのです。


なるほど、

このことについては、

多くのマスコミで、声高に批判をしながらも、
どこか予防線を張ったかのような印象を受ける
報道がほとんどであったような気がします。


先週も書きましたが、マスメディアは商売ですから、
どのようなケースにも対応をして
取材な番組の編成なりを
するのでしょう。

が、
いつも思うのですが、
玉虫色の番組を作って
どのような対応をも出来るメディアではなく、

「この選手についての行動に対して、当社は批判の意を込めて
一切、ふれません」
なんてメディアが1社でも出てきたら、

それもメディアの持つ特質であり
社会に対する影響力などを考えるならば

なんだかいいなーと思うのですけどね。

でも無いでしょうけどね…







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民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
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北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
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3月1日オンエアー 第255回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です。

♪「フレンズ」  中野愛子
TV『ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド』Op

問答無用、理屈抜きで、脳髄に衝撃を受けながら
記憶の扉が開く曲があります。
今よりも自分をとりまく音楽環境が脆弱で
一度手に入れた音源を、ヘビーローテーションをしていくうちに
脳髄に刻み込まれている。
そんな音楽が、音楽を聴いたシチュエーションとともに
記憶のヒダも刻印されているものの
最近は聴かなくなっていたところに、
何の気無しに聴いていたラジオから流れてきたところで
不意うちをくらわされるように記憶のスイッチを
押されてしまう。
だからラジオを聴くのってやめられないのです。
そんな接し方をしているミュージシャンの作品の一つが
レベッカの楽曲群なのです。
レベッカの代表曲といえばフレンズでして
疾走感のあるビートと、シンプルながらキャッチーな
シンセサイザーの旋律に絡むギターのフレーズ。
土橋さんのセンスあふれるアレンジにのっかって
奔放な小悪魔のようでもありながら、
サビの部分ではアツく歌うNOKKOさんのボーカルの
取り合わせがタマらない、文句なしの名曲なのです。
そんな原曲の疾走感などを残していきながら、
ギターの軽いタッチのカッティングとともに
シンセのサウンドを太いストリングスにした
イントロに導かれていって、
中野さんの太い堂々とした声が映えます。
この歌声が、小悪魔的で、この後のガールズロックの
一大潮流を作りあげたといっても言い過ぎではない、
日本ロック史的にもエポックメーキング的な
NOKKOさんのボーカルとは異質ですが、
おっとこまえな歌い方のところで
共通点を感じるんですよね、中野さんのボーカルとは。
キモチ良いツボをきちんとつくリズムのいじり方とか
細かい音符で上下動を繰り返し
聴き手の体温を上げるようなストリングスに
絡みつく野村よっちゃんのギター、
そして極めつけは、さびあけのリズムオフでの
サビを朗詠するのようなパートですから、
原曲ファンであっても、ごちそうさまな仕上がりです。
80年代香りを残していきながら
しっかりと21世紀の曲として聴くことの出来るのは、
土橋さんの原曲がしっかりしているのに加えて、
藤田淳平さんのアレンジワークが素晴らしいというところでしょうか。
ただ、フレンズはメジャーな曲で、
ラジオから流れてくることも少なくないので、
タマに耳にしているということで、
不意打ちを食らうような感はそれほと多くない
他にも中野さんの歌声で、
ナッシングトゥールースなどの
初期の名曲を聴きたいです。
それから、レベッカは初期以外、
固定のギタリストを置かないバンドで、
ライブの時はいつもサポートメンバーでしたが
確か僕が見に行ったレベッカのライブで
この曲のギターソロを弾いていたのが、
カップリング曲のアレンジなどを担当している
是永巧一さんだったような気が…





♪「さくらさくら咲く ~あの日君を待つ 空と同じで~」  marble
TV『ひだまりスケッチ×☆☆☆』Ed

『ひだまり』のエンディングで
marbleさんの楽曲というと、
切ないギターのフレーズが特徴的で
全体敵にふわんとした印象の強い
ミディアムテンポな楽曲が
まずは頭に浮かんでくるのです。
この曲もイントロこそは、切なげな
いつものギターが
曲の世界へと導いてくれるのですが
すぐに入るしっとりとしたボーカルの
うしろで鳴っているハイハットの音と
キックの心臓のようなビートとかベースの音が伏線のように、
最初のフレーズが終わると爆発する感じで、
アップテンポになっていくのです。
Aメロパートでは、ギターとボーカルだけが
メインにでてくるってことで、
今までのマープルのサウンドですが、
ギターのザリッとしたカッティングとか
ドラムのリズムパターンが変わったところとかで、
次第に盛り上がってサビへつっこんでいったところで
さらに大爆発って展開がいいです。
間奏部分では、ギターのサウンドと共に、
そのバックで鳴っているストリングスの音色の
調和がキモチ良く響いているのですが、
じつはこのストリングスの音色が
最初のサビの後で八分を主体とした
刻みとかで動いているところの
延長上にとらえられるのですね。
時に八分のリズムを刻み、
時に伸びやかに歌い上げながら
ギターのソロを盛り上げていく
ストリングスのアレンジってのが、
この曲では実は最大の聴きどころだったりして。
曲のテーマでもある「桜」が持っている、
叙情的なイメージと、ストリングスが多用されたサウンドは
ぴったりあっているので、
アップテンポでありながら
テーマとの乖離を感じないのは
ボーカルの歌声で感じる叙情性とともに、
ストリングスのサウンドが果たしている
効果が大きいのだと思います。
キューンと効果音のような感じで
響くギターもステキな感じで
最後のサビ前のギターのアルペジオにのせて
つぶやくようなフレーズも
魅力的なアクセントとして響くところも
なんともはや。
アップテンポな楽曲だからこそ描ける
切なさってあるものです。
これこそが、いずれ別れを迎えながらも
日々基本脳天気に過ごしている
ひだまり荘の日常って気がします。
にしても、週末どこかで遊ぶときに
押せ帆になるホテルはBSが入るので
結構な頻度で『☆☆☆』を見ることが出来て
(北海道は地上波でやってなくて、自宅ではBSは見られません)
珍しく曲とエンディングの映像が
リアルタイムで結びつくのです。





♪「優しい忘却」  茅原実里
「FURANO History Factory」3月のマンスリーパワープレイ
映画『涼宮ハルヒの消失』主題歌。

シンセサイザーのSEのような
癒しを感じるふわんとした音に続いてはいる
ピアノの流麗な旋律と
サスペンダーシンバルのクレッシェンドとともに
ストリングスののびやかなオブリガートが
美しく響いています。
ピアノの伴奏と重なるような
ギターのアルペジオに乗っかった
茅原さんの歌声のもつ、
時に硬質に響きながら
基本的にはやさしく響く魅力が
この曲にも映えています。
彼女が絡む楽曲は、アップテンポで
機械的な曲が多いのですが、
こちらは、3/4のスローな楽曲でして、
旋律自体も、アメリカのフォークソングというか
唱歌のようなシンプルさが、
寄せては返すような波のように
繰り返されるという、曲自体とともに
メッセージの強さをしっかりと味わうことが出来る
そんな曲に、ところどころ鏤められた
堅い文語調の単語がアクセントになっている
歌詞がよく似合いまして、
そんな歌詞をしっとりと歌いこなす茅原さんの
新しい魅力発見といったところでしょう。





♪「うつくしさ」  Kalafina
 「progressive」カップリング

鈴の音と甲高い機械的な音とともに
ピアノが一定のリズムと音符を刻む
音色の組み合わせが不思議に鳴り。
わらべうたとか架空の世界の民謡のようにも響く
和の要素が入った伸びやかなフレーズが
ハマっている、スローなナンバーです。
旋律は基本が和の要素なのですが
コーラスのつけかたとかは、
中世ヨーロッパの教会音楽のようでもあり
この組み合わせは
梶浦由記さんならではの世界でして
彼女の作品の真骨頂でしょう。
時には主旋を歌い、時には魅力的なコーラスをつける
歌声のバリエーションもKalafinaならでは。
不思議な楽曲にのる
警句のような不条理にも響く言葉も
曲の世界を魅力的にしています。
シンプルな歌と歌の世界をつなぐのは、
壮大なチェロの音とか
ギターの骨太な音とかでして、
それぞれ雄大な感じでつなぎ
音と音のバリエーションを感じさせて
くれながらも、その後に伴奏の楽器として
加わることで伴奏を厚くしているところも
面白いのですが、
そんな感じで重層的に盛り上がったところで、
ピアノ以外の音がすっと引いて
歌声とピアノの音だけになって
コーラスで盛り上がっていくのが
これまた不思議な感じで良いですね。
やはり歌声とピアノです
ノイズのように響く
コーラスのうつくしさ
カップリング曲は不安をあおるような
バイオリンの旋律と不思議なコーラスから
クールな旋律と旋律が
疾走感あるビートにのる曲でしたが
その曲とも好一対で
続けて聴くと、やはりたまりません。





♪「さよならメモリーズ」  supercell

ブレスの息をのむ緊迫感から
唱歌のようなストレートでシンプルな旋律を、
ピアノのストレートな四分音符で奏でられる
和音をベースにしたサウンドにのせた
素朴なサウンドから一転して、
ピアノの低い音とストリングスのクレッシェンドを
きっかけとして、ピアノとかの軽やかなタッチとともに
リズミカルなリズムのテンポにかわり、
ギターとピアノが作り出すサウンドに
ストリングスの十六分の音群が奔放に絡むところで、
まずはガッツリつかまれること必至。
ギターのカッティングとともに
青春の懊悩などの含蓄が読み取れる
奥行きと広がりのある歌詞がのっかって
サワヤカに歌われる上昇音階を基本にした歌の
シンプルなサウンドとのバランスが、まずはいいです。
鋭いカッティングをするギターは、
ハイハットのリズムとかにクセがあるドラムのビートと
サビのパートで十六分を刻む
タンバリンなどとともに、疾走感を出しているなのですが、
ピアノの奔放なサウンドとか、
ストリングスが奏でる、時に伸びやかで
時に鋭い動きなどが絡んでくるところがいいです。
サビの伸びやかなコーラスとともに、
今まで述べた全ての魅力が
つっこまれたサウンドってのが
お腹いっぱいになる、たまらない感じです。
サビの最後で一瞬リズムオフになるところも
効き過ぎるくらい効果的です。
人生において、今までのいろいろなコトを
怒濤のように、思い出すのが卒業の不安定な時期ですが、
そんな感情を、こんなサウンドと歌詞で
的確に表現をしているところが、
問答無用で素晴らしいのです。
ギターがジャーンとなったあと
リズムオフの四分音符だけのピアノから
ストリングスの八分の音に導かれて
リズムを倍にして、大人っぽい雰囲気を醸し出したかと思うと
そしてリズムもどして
ピアノとストリングスの競演に
ギターが入ってきて
ドラムの十六分のフィルインから
リズムオフふたたびって展開にも
揺れるのですが、そんなアレンジの妙があった末の、
「わかんないよ♪」の色っぽさときたら…。
そしてサビのきっかけ部分のリズムオフが
再びやってくるのでして、
リズムの奔放なパートと落ち着いたパートとの
コントラストがすごいですし、
翻弄されるキモチ良いサウンドです。
一瞬りとて油断ならない感じで、
リズムのフィルインなど伴奏の音などが
重なってきて盛り上がってきたところで
「好きでした。」と伝えられるメッセージ。
しかも、最後の最後で「ああやっと言えた」ですから
この世界の深め方は、すごいですね。
曲と詞のもてる魅力のすべてを
つっこんでいるといって言い過ぎではないです。
Voには前作である「君の知らない物語」に引き続いて
Nagiさんが担当していますが、
いままで述べた細かい仕掛けをすべて含めて
彼女は、青春時代特有のドキドキと
切なさを見事に表現しているんです。
リズムオフでピアノと歌になるところで
またぐっと掴まれる
なんて引き出しが多いんでしょう。
ryoさんのの切なさ溢れる歌詞と
秀逸なメロディーが光ります。
しかもじっくりと聴いていると
前作「君の知らない物語」の続編的世界観を
垣間見ることが出来るのです。
ここもスゴかったですし、
ジャケットに張られている2010桜ソング、
卒業ソングの決定版という惹句も文句なしです。
今後も注目をしていきたいですね。
と、いうことでオンエア日が
公立高校の卒業式だったということで、
卒業ソングの香りがする曲を
多めにかけてみました。






このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ

ヘタリアに言論と表現の自由を!
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FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
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☆「アジアンスープカリー べす」
(札幌市白石区北郷5条9丁目 1-1厚別通り沿い)

週末、畏友GMクンや畏友P氏などと
札幌で飲み会でありました。

行ったのはススノ界隈の、串揚げ屋さんとして
歴史あるお店「千里」でして、
そこで、しこたま串揚げをいただきました。

美味しゅうございました。

で、その前、札幌に行く途中は、
ながぬま温泉を楽しんだのですが、

札幌からの帰りであります。


なんとなく僕とGMクンが車にのって
札幌界隈を走ると
足が向かってしまうのが
べす なのです。

前回も、前々回も
二人でつるんでいきました。

前回訪れた時は、
あえて昼食時間をハズした時間に
訪れたのに駐車場が満車で
入るのに時間がかかったりして、

と、いうことで今回は
開店の一五分前に向かったのですが


!!

駐車場はほぼ満車、

ようやく一台車を入れるスペースを見つけ
そこに車を入れまして、

待つこと一五分で店内へ。


明るい時間帯に行ったとしても
店内の照明が落としめであるので、
心地よい薄暗さが印象的で

ここの不思議な魅力にあふれる
スープカレーを食する舞台装置としては
効果的です。

待っているうちに気分も高まってきます。


こちらのメニューは
レギュラーメニューが

チキンカリー 930円(基本野菜+チキン)
チキン野菜カリー 1030円(基本野菜(ピーマン)+カボチャ、レンコン、おくら、ブロッコリー、チキン)
チキン&かき揚げカリー 1030円(基本野菜+チキン+かきあげ)
ハンバーグカリー 930円(基本野菜+ハンバーグ)
ネバネバカリー 900円(基本野菜+刻みおくら、納豆、ひき肉、モロヘイヤ、ナメコ)
フィッシュフライ&野菜チーズカリー 900円(基本野菜+フィッシュフライ、焼きチーズ)
きのこカリー 930円(基本野菜+しめじ)
ベジタブルカリー 950円(基本野菜+ブロッコリー多め、かぼちゃ、レンコン、おくら)
モロヘイヤ&アサリカリー 900円(基本野菜+モロヘイヤ、あさり)
貝カリー 1000円(基本野菜+ホタテ、アサリ)
牡蠣フライカリー 1030円(基本野菜+カキフライ5個)
シーフードカレー 1100円(基本野菜+バーナ貝、エビ、ホタテ、アサリ)
お子様カリー(小学生以下) 420円(にんじん、うずら卵、ピーマン、ミニハッシュドポテト)

土日限定
豚煮カリー 1050円(基本野菜+豚煮)
ラム煮カリー 980円(基本野菜+ラム煮)

※基本野菜とは…
・にんじん ・キャベツ ・ピーマン ・なすび ・揚げジャガイモ 
・バジル ・うずら卵  ※季節によって変わる場合がございます。

スープは通常のスープと、ココナッツでコクをプラスした
ナリアルスープが選択出来ます。

トッピングが
チーズ110円
温トマ焼きチーズ150円
焼きもチーズ150円
ハッシュドポテト130円
豆腐のふわふわ揚げ150円
とりつくねの卵つつみ150円
レンコンのはさみ揚げ110円
温泉たまご100円
ウズラ卵(5ケ)110円
オクラ120円
納豆100円
モロヘイヤ100円
ロールキャベツ130円
あらびきウインナー150円
チキン300円
フィッシュフライ(チーズのせ) 300円
ハンバーグ 300円
きのこ 300円
かきあげ 120円

揚げチーズちくわ・チーズもちベー

ライスは大盛り(300㌘)ぷらす50円
特盛り(400㌘)プラス100円
特々盛り(500㌘)プラス150円

辛さが
0番 0.5番 辛み無し
1番 1.5番 やや辛口
2番 2.5番 中辛
3番 3.5番 辛口
4番 4.5番 大辛
5番マイルド 5番 5.5番 マニアむけ +50円
6番 6.5番 +100円
7番 7.5番 +150円

ただし、5番の手前に
悪魔みたいのがいて
「こっちへおいで ケ ケ ケ 」
なんて言ってるし

しかもあなたの体調にあわせて、辛さをお選び下さい。

とか、

ここからはマニアの領域です。辛くても怒ってはいけません…。

などとも書いてあるのです。

うーむ。

ちなみにこの日は、
温泉を堪能したあとってことで

辛いカレーをたべたら
ふたたび血行がよくなりすぎてしまうだろう。


と、いうことで、
GMクンが土日限定メニューの
「ラム煮カレー」 辛さ3番を

ボクは、前回はGMクンのオススメ
「ラム煮カレー」の3.5番
その前は「チキン&かき揚げ」に
そらに前は「ラム煮カレー」
その前は「フィッシュフライ・焼きチーズ」
さらに前は「チキン&野菜」だったので

今回は、
こちらに来たらカリカリクリスピーな
揚げ物メニューは外せない。

ってことで、かき揚げ&チキン 
レンコンの肉挟み おんたまトッピング
辛さ4番で、
チェックメイト。



店内は混んでいるのですが、
待つことしばしで登場しました。


味のある食器にのせられたターメリックライスと
これまた味のある深みの色合いが特徴的な
食器の中に、

濃いオレンジ色、微透明系スープに
これでもかってくらい入っている、たっぷりのバジルと
これまたこれでもかってくらい入っている、たっぷりのゴマが
スープや具材に散らされているのが見える感じで

どどん、と乗っている
かき揚げに、隠れるようにして
ぶっといチキンが…。

その上に飾らされている水菜も
濃いオレンジとのコントラストが
いい感じですね。



ってことで、
まずはスープをぱくり



!!


うおォン

ゥヲヲヲヲヲンっ


うーまーいーぞー



まずはすっと軽く甘い飲み口が訪れて、
「甘いは旨い」という魯山人の言葉をも
思い出した直後に、

こくや旨みのハーモニーが
口一杯に広がるのがまずは良い感じ。

しかも、コクも旨みも
ガツンとした感じのパンチが効いている感じです。
スパイスがガツンとくるのは
結構ありますが、こく・旨みが
ガツンと来るのは、いいですね。

トマトの酸味とかスパイスの刺激とかも
いい感じなのですが、このアマ味と旨味とコクがありながら
飲み口がさっぱりとしているがいいんでよよ

しかも、そのこく旨みに負けていない
塩の使い方も、いいです。

しょっぱいと感じる直前まで
塩を振り続ける料理。

そんな「よしながふみ」さんのマンガで得た知識を
思い出し、
今柊二さんてきなボキャブラリーで言うと
「おかず力が高い」スープなのです。

塩分を感じながらも、
それが攻撃的に突出をしていないのは
やはり、アマ味とともにしっかりとしたコクやウマ味に
支えられたゆえんです。


そして、そんなコク・旨み・塩分に支えられつつ
決してまけていなくて、
それぞれの個性を発揮している、スパイスの刺激
さすが、辛さ4番
キレのある辛味ですね~

スープの外見とか、
スプーンにすくった感じはすっきり系

でも、口に入れると
ガツンとパンチが効いている系

と、は、言うものの
飲み干した後はすっとひいて、
残響のように、すべての魅力がふーと漂ってくる。


そんなギャップと、
そもそもスープ自体がウマいので、
いつ食べても感動のお味なのです。


バランスと旨みを堪能したあと
残像のように残るウマ味と
ジンと残る辛さの
そんなあと引くバランスまでが
計算ずくであるかのようで、
たまらないのが、こちらのカレーっスね。


ふんだんに散らされているゴマに加えて、
たっぷりバジルの香りもいいですな。


でもって上にのっている具材には、
油通しをしっかりするのが信条か

サックリサクサクを通り越して
さらにカリッカリといった
クリスピーな感じに仕上げられた
えび入り野菜のかき揚げです

ただ、しっとりとしたよりは、
これくらいクリスピーな方が

この濃ゆウマいスープにはいいです。

後乗せサクサクって言葉を
思い出すくらいのサクサクを通り越して
カリカリ具合なので

上半面は、ずっとスープにつかず
カリカリの食感を楽しめて
下半面は、絶品スープを吸い込んで、
テロテロになる。

この、揚げ物が入ったスープカレーを
食べるときの醍醐味を味あわせてくれるのです。

かき揚げのクリスピーさを堪能しつつ
チキンに行きますと、
これまた、スプーンでつついただけで、
肉がほろほろと崩せる、
そこまでしっかりと煮込まれているのに

肉のウマ味はしっかりと濃縮されて残っている

タマリマセン。

チキン単品でいただいても
美味しいのですが

スープの中でほぐれると
旨味がスープに溶け込むようで

これまたいいんですよ


そんな、しっかりとしたメインにも負けないのが
これまたしっかりと油通しがされた
大ぶりなじゃがイモも、ニンジンも、ナスも、キャベツ
ピーマン、といった基本野菜です。

にんじん柔らかさと滋養にあふれた
ニンジン本来の甘味を味合わせてくれるところ、

じゃがいもは、皮がさっくりとしているところと
中のあまさとほくほく具合というコントラスト、

なす自体から染み出てくるなす汁と
油によってさらにオイしくなっていて、
さらに、そんなウマさにスープがあわさった
のコントラストのすばらしさ。

スープの塩気とスパイスの刺激を緩和する
キャベつのあまみと、ピーマンのアオみ

忘れてはいけない、
トッピングしたれんこんはしゃくしゃくの歯ごたえに
レンコン自体の淡泊な味と
中の挽肉からじわっとしみだしてくる
肉滴のバランスもいうことなしっ!

それぞれがしっかりとした味が引き出されております。

うーむ。極楽であります。
うーむ。しあわせですなー。

と、思ったら


ピーピーピー

エマージェンシーコールが頭の中で
鳴り響きます。

お、

温玉がぁぁぁぁぁぁぁ

ウマイウマイいってあちこちの具材に手を出している時に
温玉の黄身をひっかいてしまったようで、

黄身がスープに流れ出しました。

これはヤバイ

スープとともに、流れ出た黄身を掬って
スープをすすると


うっまー

いや、旨いんですけども

最後の楽しみにとっておきたかったな~


そして、いつもどおり

ライスが半分くらいになると
残りの具材とスープに
ライスを投入して

半分流れ出てしまった温玉の黄身とともに

一気にかき混ぜ出
ドトウのようにかっこむをしますが、

温玉が半分亡くなっても
こちらにはまだ援軍がおります。


べすの基本野菜うずら卵です。

こちらのウズラ卵も
黄身が半熟なので
幸せな気分を味わう事が出来ます。


うずらって
野菜じゃないよね
というツッコミはさておき


いやー

至福のひと時でありますなぁ。

そういえば、列作っていた時に
後にならんでいた人たちからは
関西弁が流れてきましたし、

駐まっていた車にも、レンタカーが
ありましたので。

そういう認識をされているのですね。


と、いうわけで、いつまでも思い出し笑いができる
そんな充実感とともに、

こちらをあとにしました。

ちなみにこちら、
アルコールのメニューはビールしかないようなのですが、

このおかず力の強いカレーで
ビールをグビグビッといきたいものです。

ま、ここは、車で行くことしかできず、
ここのそばに
宿泊する施設がないので、
かなわぬ夢なのですがね。


あと、こちらの並びとかウラにある
おそばやさんとラーメン屋さんも
ハイレベルらしいという情報を得ました。


恐るべし北郷




☆「アジアンスープカリー べす」
(札幌市白石区北郷5条9丁目1-1 厚別通り沿い)
◇営業時間◇11:30~15:00、17:30~22:00
◇定休日◇木曜、第3水曜  ◇駐車場◇有り
◇電話◇ 011-879-8151





☆「アジア金星堂」
(旭川市東5条11丁目2-1)

オシゴトが一段落しものの、
このあとは、年度末に向けて
忙しくなりそうな予感。

忙中閑ありというヤツです。


ってことで、旭川へ行ってカレーを
味わったのです。

向かったのが、
アジア金星堂でした。

車を駐車場に止め、中に入り、
いつもの「キュウキュウニョリツリョウの席」こと
窓際の2人がけの席へすわる前に、
その隣のビニールのテーブルマット席の
デスクマットの下におかれている
「今日のカレエ」の紙を見ましたら、

「今日のトッピング」しかなかった…


とはいえ今日は
いつものメニューから行こうと
思っていました…


ちなみに、いつものメニューは


スウプカレエ とろみのない「カレー」です。

サッポロ型 一般的な「スープカレー」スタイル
1 サッポロスウプカレエ オコイ ③ 1000円
バジル風味の「スープカレー」
サッポロGT ③ 1100
上記オコイのトッピングが一部イカゲソから揚げになります
サッポロベーコン ③ 1050
上記オコイのトッピングにベーコンが入ります
2 トムヤムカレエ ③ 1050
えびとチキンの酸味系サラサラスウプカレエ

トマ・から型 インド風スパイス系トマトの酸味
3 チキンビンダルー ④ 1000
ゲキカラスパイシーのスウプカレエ
ビンダルーベーコン ④ 1050
上記ビンダルーのトッピングにベーコンが入ります

コク・あま型 
4 イエローカレエ ③ 1000
ココナツミルク風味のタイ風スウプカレエ
イエローGT ③ 1100
上記イエローのトッピングが一部イカゲソから揚げになります
5 グリーンカレエ ハーハ デ・ドーン
期間限定のタイ風スープカレー。ハーブが強い
6 スラバヤチキン ③ 1000
仮想ジャワ風辛味ココナツスウプにエビみそのうまみ
スラバヤGT ③ 1100
上記スラバヤのトッピングが一部イカゲソから揚げになります
7 ローツェチキン ③ 1000
ココナツミルクとあら挽きスパイスの風味
ローツェGT ③ 1100
上記ローツェのトッピングが一部イカゲソから揚げになります


カレエ① とろみのある「カレー」です。

ジパング型 コクと旨みのニッポンのルウカレエ ①
8 チキン 700
9 ハロハロ チキン&ポーク 750
10 GESO100 イカゲソから揚げのせカレエ
11 ポーク 750

カレエ②

インド型 じっくり炒めたタマネギのとろみ
12 ムルギー ②~X 1000
  チキンとジャガイモのシンプルスパイスーカレエ

キーマ型 ひき肉を使ったカレエ
13 キーマオリジナル ③ 950
  チキンひき肉と豆のインド風カレエ トマト+ヨーグルト風味
14 スラバヤキーマ ④ 950
  チキンひき肉のアジアンテイスト甘辛さは、ココナツミルク使用
15 黒キーマ  ③ 950
  チキンひき肉のパキスタン風スパイシーカレエ 汁気が少ない。


トッピング
半熟卵 50 揚げ玉プラス 50 チェダーチーズイン 50
コロッケ 2ケ 150円〔1ケ 100円〕

というラインアップ。

辛さ設定は、

0
1  家庭用中辛程度
2  家庭用辛口程度
3  家庭用辛口以上
4  劇的に辛くなる
5  ④の二倍のスパイス
X
という設定です。


これまで私がこちらで食べたローテーションは
「揚げギョーザカレエV50」→「タンドリィレッドスゥプ」←「サッポロベーコン」
←「黒キーマ」←「揚げギョーザカレエV50」←「ビンダルーベーコン」
←「キーマ・オリジナル」←「ビンダルウカタナ」←「サッポロスウプ」
←「グリーンカレエグライダー」←「ぎゅうスジイエロー」←「サッポロスウプ」
←「ヤキブタイエロー」←「チキンサブジ」←「ローツェ・チキン」
←「キーマオリジナル」←「ムルギー」←「サッポロスウプ」
←「給食のカレー&タコライス」←「サッポロスウプ」←「ジパングカレーのハロハロ」


ということで、
しばらく、スウプカレエとか、キーマとか、ジパングが
続いているということで、
1年半ぶりのムルギーをオーダー。

辛さは3番です。


そして、本棚見たら
前回行った時に気がついた「聖☆おにいさん」とか、
「801ちゃん」に加えて

唐澤なをきさんの、
「ウルトラファイト番外地」が
増えていまして、

ますます僕の家の本棚の様です。


これは、「ムダヅモなき改革」とか、
「もやしもん」がこの本棚を飾るのも

時間の問題でしょうか。


で、今回はガンダムさんの4巻を
ゲラゲラ笑い読みしながら

まつことしばし、

いつもどおりの、アジア金星堂でしか嗅ぐことが出来ない
蠱惑的な僕を魅了してやまない香りとともに
登場しました。

この香りがいいんですよね、

前回食べたジパングカレエは、
ライスと共にワンディッシュに盛られている
ニッポンのカレーのスタイルですが、

こちらは、アジア金星堂のカレーとして
オーソドックスな、
お皿に盛られたライスと別に
ボウル状の器に入った、鮮やかな黄褐色の
ルーっぽい層の中から、
半透明の汁が浸み出てくるのが
特徴です。


ってことで、まずはルーを一口

ぱくっと


!!!!!!!!!!!!!!!!!!

うおオン。



じぃぃィン



これっスよね~。


スプーンで掬って、口元に運ぶと
鼻腔をくすぐるスパイスの香り。

そして、トロトロな感じで
優しさを感じるんだけど、
後から、スパイスがしっかりと
主張してくるという、

トータルすると、店主の方のコダワリが伝わってくる
凝ったスパイス遣いとともに

僕のツボを刺激するウマ味とこくの
絶妙さが
アジア金星堂のカレーだなあ

唯一無比のカレーなのです。


トマトの酸味とウマ味も感じれば
玉ねぎをこっていりしているってことで、
アマさを感じますし、

ヨーグルトのさわやかさをも
感じることが出来るのですが、

ただし、

最初は濃いな~ウマいな~コクがあるな~
玉ねぎもいいな~
などと思いながらばくばく食べているうちに

そんな味に支えられて際立つ
スパイスの妙でしょうか

じっとりと汗がにじんでくるといった、

そんなハーモニーを味わうのであれば
ムルギーです。


しかも具材の鶏肉は、
口の中に入れたとたんにホロホロとなる
やわらかさと

肉の中から溢れてくる
旨みが、特濃カレーをさらにコクしてくれるのです。

これは、ハマりますよ。
しかも、ホコホコのジャガイモも
ステキです。

このような計算し尽くされた感じの
カレーでアリながら、

オフクロの味のような
ホッとさせてくれる味なのです。

円錐台形に盛られたライスも、
桜色したアチャールもいい感じ。


辛さはHot level3ながらも
食べ終わっていると、
しっかりと汗をかいてくる感触も
たまりません。


そういえば、
今週発売の週刊SPAに「孤独のグルメ」の新作が
掲載されていて、

そのなかでゴローちゃんがペルー料理に
舌鼓を打っていましたが

そのエスニックな外見ながらも
ホッとさせる味という点で

共通点があるのかもしれません。


と、いうか、

ゴローちゃんが、アジア金星堂に来たら

などと、妄想してしまいました。


「北海道新旭川 流通団地のカレエ」

なんてタイトルで

流通団地かなんかに用があったゴローちゃんが
「たいして成果はなかったな」
と一人ごちながら

「旭山動物園がはやっているとはいえ
こういうところは変わらないものですね

うー、それにしても腹がへった。

なんでもいいから、腹に入れたい」

などといいながら、偶然見つけたアジア金星堂に入る。


「スープカレーっても、ありゃあ、若者の食い物だろう」
などとひとくさり
さらに

「スウプとかカレエとか、
そんなこだわりって邪魔だよな」

などといいながらも
結局サッポロスウプを注文し

「ん、(ここで表情がかわる大ゴマ)
なんだ、こりゃあ、
ウマい、スゴくウマい。
水が違うのか、スパイスか」

などと大満足で完食をしたあと、

「こっちのジパングカレエも」

なんて感じの
いつものツンデレ展開が

アジア金星堂で繰り広げられる…





(ゴローちゃんの表情で)
うータマラン


すっかり「混沌のグルメ」に
ヤられてしまったものの見た
白昼夢のようです。


なんてことをも思わせながら

水をくいっと飲んで


すぅ。

ぷっはぁぁあ


んまかったー。

大マンゾクっス。



てか、その前に
こちらの本棚に孤独のグルメが並ぶのが
先ですかね。





☆「アジア金星堂」
(北海道旭川市東5条11丁目2-1)
◇営業時間◇11:00~14:00、17:00~21:00(売り切れ次第閉店)
◇定休日◇火曜日、第1第3水曜日 ◇駐車場◇有り
◇電話◇ 0166-25-1503








あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


ヘタリアに言論と表現の自由を!
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自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
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北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
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月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
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長野県には、
小諸、松本、松代、駒ヶ根、伊那、諏訪、長野と
それぞれ個性的な成り立ちや
歴史を持つ町が多いので、
観光や史跡めぐりをした時にも
それぞれの個性を
楽しむことが出来るのです。

しかも、名物の信州そばや野沢菜漬けは言うまでもなく、
お焼きやローメンやソースカツ丼など
安く美味しい食べ物もたくさんあります。

そんな長野で、
食にまつわる
こんな話題がありました。

3月1日 オンエアー 第255回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」


での、コーナー「富良野印度化計画」であります

松本に老舗店「集」のカレーを継承したレストラン-常連客にも好評/長野
2月23日16時6分配信 みんなの経済新聞ネットワーク

「女性にもくつろいでもらえるように」(工藤さん)とデザインされた「かふぇ&れすと 縄手通り」店内。
 松本・縄手通りに2月18日、「かふぇ&れすと 縄手通り」(松本市大手4、TEL 0263-32-4888)がオープンした。場所は昨年秋に閉店したレストラン「集(つどい)」跡。(松本経済新聞)

 店長の工藤勇人さん(47)はもともと「集」の常連客。「松本一辛い」と言われた「特辛(とっから)カレー」が名物の「集」は約40年の歴史を持つ老舗店だった。ある時、「集」の店主・宮下光雄さん(67)から閉店の話を聞いた工藤さんが「継がせてほしい」と持ちかけると、宮下さんは快諾。1カ月近くかけて「集」の味を伝えた。

 カレーメニューは「集カレー」(750円)、「中辛」(800円)、「特辛」(850円)の3種類。「量も価格も『集』時代とまったく同じ」(工藤さん)。ランチ以外の時間帯は「カツ」「ハンバーグ」(各300円)のトッピングが可能。そのほか、「ナポリタン」(750円)や「カルボナーラ」(800円)、「トースト」(500円)なども用意する。デザート(250円~)はパティシエである工藤さんの息子が担当する。

 コーヒーは、三澤珈琲(本店=伊那市)社長の三澤顕介さんがブレンドを手掛けたオリジナルの「縄手通りブレンド」(380円)が「おすすめ」。「自分がコーヒー好きということもあって。カレーの後にスッと入るような味を目指した」と工藤さん。苦みが苦手な人には、砂糖やミルクではなくチョコレートを添えて提供する。店舗面積は15坪、座席はカウンターとテーブル・座敷で40席。

 提供できるカレーに仕上がるまで6日間を要する。「ベース作りだけで3日かかる。まさかこんなに手間暇をかけているとは思わなかった」。水曜定休だが、火を入れるために毎日店に通っているという。

 「オープンは松本商工会議所のバックアップなしではかなわなかった」と話す工藤さん。起業の相談に行った時、担当者が「集」を知っていたこともあり、「夢を語る人は多いけれど、実現できる人は少ない」と厳しく指導。経営セミナーを紹介してもらうなどの支援を受けた。

 オープン日の18日は、「集」の常連客が開店前に列を作ったという。「お客さんに『集のカレーが復活した』『あと20年頑張って』と言われ、すごくうれしかった」と工藤さん。「カレーの味を変えないようにしたい。このカレーをベースにした『縄手通り』オリジナルのメニューも展開していきたい」とも。

営業時間は11時~21時(ラストオーダー)。水曜定休。



学生時代に通ったお店、
子どもの頃に食べた味など

誰にとっても、忘れられない味があります。

それがオフクロの味ではなく

どこかのお店の味などで、

最近であったら、後継者の問題などで
色々なところで、そのような味がなくなることを
嘆く記事を見るのです。


しかし、今回は、
完成まで6日間を要して、
ベース作りだけで3日かかるという
手間暇かかる作業で、

かつ、火を入れるために
定休日の水曜日にも通うという

そんな努力をしてまで

伝承に名乗りを上げる人がいる。
というのが、素晴らしいと思います。

また、この復活劇に一役買っているのが、
かつてこちらのお店のお客であったとはいえ、

商工会議所の人であるということも
いい話だなと思ったのです。

当然、お店の方の尽力に報いるような形で
ファンとしては、お店に通うことも
大切でしょうし、

お店の方と顧客の方の相互の信頼関係で
支えられるというのは、

すごく健全な形だなと思っています。

このような話が
あちらこちらで聞けるようになると
良いなと思って
今回は、この記事を紹介をしました。





あなたのオススメどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。

あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
北海道富良野市と上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中


番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771
2010.03.02 弥生の空に
FHF
如月二月も終わりまして、
弥生三月に突入であります。

2010年も、もはや6分の1が
終了したことになるのです。

一月は行く
二月は逃げるの言葉の通り、
慌ただしく日々が過ぎていった気がします。

そして、三月は去る。
これからも早く過ぎる
日々が続いていくのです。

また、三月は去ると言えば、
学校の卒業や、職場の人事異動などが
ある季節でもあります、

今日も市内など富良野管内をはじめ
多くの高校で、卒業式が行われました。

この後も、中学校、小学校と
卒業式が行われていき、

多くの別れがありながら、
慌ただしく時は流れて、
出会いの春を向かえていくのです。



3月1日 オンエア 第255回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
です




17日間にわたって繰り広げられた
連日の熱戦が続くバンクーバーオリンピックが
無事終了いたしました。

選手達の超人的な技量とともに
そのような技量を高めてきた、
多くの選手の努力を垣間見ることが出来て、
僕自身もたいへん刺激を受けました。

スキー競技やリュージュのコース状態の悪さや、
フィギュアスケートの音響ミスに
ジャッジの不公平さなど、
気になることもありましたが、

基本的に、それぞれの競技の面白さに、
思わず生活時間帯がひっくりかえってしまった
そんな日々も、とりあえずはこれでおしまいです。

さて、そんな冬季五輪中は、
普段あまりテレビで放映されない種目が
テレビで見ることが出来て、思わぬ面白さに
目覚めたりするのですが、


その最たるものがカーリングでしょう。


僕自身も、地元、富良野の高校を卒業した
目黒萌絵選手がトリノの大会に続き出場し、
今回はチームの主力だということもあって、
前回大会同様に、注目していたのに加えて、

今回も序盤などでの健闘ぶりがあって
声援をおくったクチなのです。


カーリングは、氷上で行われるウィンタースポーツで、
4人ずつ2チームで行われ、
目標とする円をめがけて各チームが交互に8回ずつ
石を氷上に滑らせて、
石を円の中心により近づけたチームが得点を得て、

これを10回繰り返し、総得点で勝敗を競う競技です。


高度なコントロールなどの技術とともに
優れた戦略が必要とされることから、
「氷上のチェス」とも呼ばれています。



カーリングが日本で普及されたのは、
結構最近のことで、

僕自身がカーリングを知ったのは、
今から二〇年近く前に
当時の週刊少年サンデーに連載されていた
吉田聡さんのマンガ『ちょっとヨロシク!』に
出てきたこととともに、

単行本の中で、
吉田さんがカーリングを体験した時、
吉田さんがいくらスィープをしても
まったくストーンの速度も軌道がかわらないのに
選手がスイープすると、速度や軌道がかわるので、
選手はスゴい、

といったムネのマンガを
描いていたので、
印象に残っているのです。


その後、冬季オリンピックの種目に
正式採用された長野での
男子チームの活躍で、
より身近に感じるようになったのです。

だから、新しいスポーツであるのかと
勝手に思っていたのです。



そもそも競技の発祥は、
15世紀のスコットランドで
池や川の氷上で、石を投げ合って遊んだのが
起源ではないかと言われています。

スコットランドでは、1551年の日付が記された、
世界最古のカーリーグストーンが発見され、
保存されていますので、
16世紀にはすでに定着していたのが
定説になっています。

ただ、当時は底の平らな川石を
氷の上に滑らせていたものとされていて、
このカーリングの元となった遊びは、
こちらもスコットランド、グラスゴー近郊の
レンフルシャーで、1541年2月に行われたと
記録されているのが最古のものです。


「カーリング」という名称の起源も
定かではないですが、
ストーンがクルクルと回転(カール)しながら滑っていくさま、
又は、ストーンがサークルに向かっていく様子が
女性の髪の毛のカールのように、
ゆっくりとカールを描きながら動いていくところから
カーリングと名付けられたと言われていまして、

1630年のスコットランドの印刷物中に
この名称の使用が確認されています。

そんなスコットランドでは16世紀から19世紀にかけて
戸外でのカーリングが盛んに行われていて、

1760年には、エジンバラキャノンミルズクラブが設立され
その他いくつものカーリングクラブがあったそうです。

一方でスコットランドから渡った移民も
カーリングを楽しんでいて、
現在のルールは主にカナダで確立したもので、
1807年には王立カーリングクラブが設立されました。

また、1832年にはアメリカ合衆国にカーリングクラブが誕生し、
新大陸でも活発に競技が行われるようになると、

1838年には、母国とも言うべきスコットランドで
グランド・カレドニアン・カーリングクラブが出来ます。

このクラブは時のヴィクトリア女王によって
ロイヤルの名称を授かり、
ロイヤル・カレドニアン・カーリングクラブとして
現在も残っております。

160年前にスコットランドで結成された、このカーリングクラブは
やがて世界のカーリングを統括していき、
世界選手権の開催にも貢献をしました。

その活動の中で生まれた、
多くのカーリング選手(カーラー)は、
自国のカーリング協会に登録されますが、
それは同時にロイヤル・カレドニアン・カーリングクラブの
メンバーとしても登録されるというシステム、

言い換えると、世界中のカーラーは
ひとつのクラブの仲間という考えが確立されました。


そんなカーリングは、19世紀の終わりまでには
スイスとスウェーデンへと広まり、
更にヨーロッパ全土へと広まり
1957年に「国際カーリング連盟」が創立されます。

1991年に、国際カーリング連盟が発展解消する形で
「世界カーリング連盟(WCF)」に名称変更され、
その翌年にスペインのバルセロナで行われたIOCの総会で
カーリングが冬季オリンピックの正式種目として認められ、
1998年の長野オリンピックから
オリンピックでのカーリング競技がスタートをしました。

現在はヨーロッパを中心に北米、中南米、アジア、オセアニアなど
45ヵ国がWCFに加盟しています。



さて、カーリングが日本に初めて登場したのは、
1937年(昭和12年)と言われています。

この前の年、ドイツのガルミッシュ・パルテンキルヘンで開催された
冬季オリンピック大会に参加した日本選手団が、
4年後の1940年に、札幌で開催されることが決まっていた
冬季オリンピック競技大会に、このゲームを導入する目的で
現地からストーンを持ち帰り、
長野県諏訪湖で実演。

カーリングクラブを設立し、
カーリング大会も開催しました。


しかし、日中戦争、第二次世界大戦になって
札幌オリンピック自体が幻の大会になり、
この競技はそれ以後、日の目も当たらず、
休眠状態になってしまいました。

その後1947年(昭和22年)1月頃、
諏訪湖氷上でカーリング大会や
1958年(昭和33年)北海道ウトナイ湖において
カーリングストーンの導入が行われたようですが、

こちらも、普及するには至りませんでした。

では、いつから本格的な普及が
始まったのかというと、

北海道で、1977年(昭和52年)以降、
カナダアルバーター州との文化交流事業の一環として
カーリングが紹介されましたが、

1980年(昭和55年)1月から北海道庁が
カナダの元世界チャンピオンであったウォーリー・ウースリアック氏を
招聘し北海道内21市町においてカーリング講習会を開催して普及につとめ、
各市町にカーリング協会が次々と誕生したことに端を発します。

これを機会に、1981年(昭和56年)に
北海道カーリング協会が設立されました。


この波は、本州へ広がり、東京都をはじめとして、
インドアリンクのある名古屋市などにカーリングファンが増え、
同時に協会が設立されることになりました。


1983年(昭和58年)東京都カーリング協会が、
1984年(昭和59年)愛知県カーリング協会が
それぞれ結成されたことから
日本を統一する組織化についての機運が高まり、

準備委員会を経て、1984年(昭和59年)2月に、
北海道、東京都、愛知県の3都道県のカーリング協会によって
日本カーリング協会を設立しました。

この設立を記念して第1回日本カーリング選手権大会を、
第11回札幌冬季オリンピック大会の会場となった
札幌市真駒内アイスアリーナで開催しました。


このような各地で競技が浸透をしている中、
特に普及に熱心であったのが、
北海道の常呂町(現 北見市)です。


常呂町は、80年代の普及がはじまった当初から、
ビールのミニ樽やプロパンガスミニボンベなどで
ストーンを自作し、町を上げての普及に取り組み、
1981年には、第1回NHK杯(北見放送局)カーリング大会を開催、

1988年には、「はまなす国体」のカーリング競技場として
五本のレーンを備えた国内初の屋内カーリング専用ホールを建設、

国内外の大会を開催し、
オリンピック選手を多数輩出などの
非常に大きい功績をもたらしました。

1998年の長野オリンピックでの
男子チームスキップとして活躍をし
競技の知名度をあげた
敦賀信人さんをはじめとして、
多くの選手が処出身なのです。

なんといっても、
長野オリンピックでは男女の代表十人中五人が、

これまたテレビで注目を集めた、
2002年のソルトレイクシティオリンピックでは
女子チームの五人中四人が

全試合を中継された中で
7位入賞という活躍を見せたことで、
日本におけるカーリングの認知度が一挙に高まった
2006年のトリノオリンピックでは、
女子チーム五人中三人が、

そして今回のバンクーバーオリンピックでも
五人中二人が、常呂出身なのです。



と、いうことは今までオリンピックの
日本代表になった二五人のうち、
一四人が、常呂町出身。

そんな競技って寡聞にして、
僕は知りません。


常呂町は、先述した
五本のレーンを擁する
専用のカーリングホールがあって、

冬場は草野球ならぬ、草カーリングが
行われておりまして、

老若男女問わず、熱い戦いが
繰り広げられています。

オリンピックの代表になった選手達も
そのような場数を踏んで、競技に目覚めた
人たちなのです。


このように、
競技の面白さともに
国内での歴史が比較的新しいというところも
注目するところです。



さらに、カーリングの試合を見ていて気がつくのは、
最後の微妙なストーンの近い遠い以外には

審判らしい人が出てこないところです。


これは、前述した、全員が一つのクラブの仲間である
という意識とも通じるかもしれませんが、

カーリングというスポーツは、
スポーツマンシップを重んじる競技であるため、

例えば相手チームの失策を喜んだり、
あるいは、そのような態度を示すことは、
慎むべき行為として忌避されています。

途中のエンドの終了時に自チームに
勝ち目がないと判断したとき、
潔く自ら負けを認め、
それを相手に握手を求める形で示すという
ギブアップの習慣も

フェアプレーの表れの1つだそうです。

競技者がファウル・ルール違反をした時、
それを自己申告するくらいのプレイ態度が期待されています。

試合中のその場の両チームの競技者自身が判定する
セルフジャッジの競技であることからも、

無用のトラブルを避けるためにも、
フェアプレーはカーリングに欠かせない要素と考えられているのです。


そのあらわれが

世界カーリング連盟が定めるRULES OF CURLING(カーリング競技規則)の
冒頭に掲げられている
The Spirit of Curling(和訳「カーリング精神」)です。

カーリング競技の根本は、この理念から
成立していることを示しているのです。

カーリング精神(The Spirit of Curling)は、
カーリング競技の基本理念。また、これを述べた文章のことで、
すべてのルールやジャッジを支えるものとして、
競技者の間で尊重されています。


原文は英語ですが、競技各国によって
それぞれ翻訳をされています。

ちなみに以下の文章が
日本語訳 です。

「カーリングは、技量と同じくらい、しきたりを重んじるスポーツである。うまくいったショットはひとつの喜びだが、カーリングの伝統あるしきたりが真に生きているゲームを目の当たりにすることは、それに勝るとも劣らないくらい素晴らしいことである。カーラーは勝つためにプレイするのであって、負かすためにプレイするのではない。真のカーラーは、不正をして勝つくらいなら負けることを選ぶだろう。

良きカーラーは対戦相手の気を散らしたりしない。またそういう行為によって、ベストを尽くそうとしている相手を邪魔したりはしない。

いやしくもカーラーたる者は、故意にルールを破ったり、しきたりを辱めたりはしない。しかし、もし偶然そうしてしまい、それに気づいたならば、誰に言われるまでもなく、自ら違反を申し出るものである。

ゲームというものは、プレイヤーそれぞれの技量を明らかにするためにある。しかし同時にゲームの精神について言えば、善きスポーツマンシップ、思いやりある態度、そして誇り高い振る舞いが求められている。この精神は、ルールの解釈や適用のしかたに生かすべきであるのみならず、アイスの上にあるとなきとにかかわりなく、すべての参加者が行いの鑑とすべきものである。」


なかなか、いい文章だと思いませんか?

このような文章の存在も
僕にとって、カーリングについての興味を
ますます多くしてくれる原因となりました。

ここに述べられている理念の背景として、
カーリングがイギリス(スコットランド)発祥のスポーツの例に漏れず、
プレイヤーを審判の監視でがんじがらめにするよりも、
その自発的・自律的なフェアプレイにゆだねること=セルフジャッジを
美徳とする競技であるということが挙げられます。

最後のよりどころとしてルールは存在しますが、
その解釈や適用は第一義的にはプレイヤーにゆだねられ、
プレイヤー間の意見が食い違い、紛争が生じた時に
初めて審判が介入するのが
カーリング競技の基本的なありかたなのです。

と、いうことを考えると
ゴルフと似ていると考えるのが
わかりやすいのではないでしょうか。



このようなルールを重んじることが出来る精神性とともに、

繊細なストーンのウエイトをコントロールするテクニック、
微妙なスウィーピングによるコース誘導そして
欧米人と比較して体格面での不利が競技に影響しないこと。

これらを鑑みても、カーリングは
細かい仕事が得意な
日本人向きのスポーツと言えるのではないかと思うのです。



前回、前々回もオリンピックでも盛り上がったのですが、
今回の中継での盛り上がりをきっかけとして、

さらにカーリング人口が増えると
ソチでも面白いことになるのでは
と思いますし、

今回の遠征や今までのチーム強化については
青森県におうところが多かったのです。


冬季オリンピックはどうしても、
雪国にある地場の企業の協力の大小が
結果に結びつく例が多く、

北海道・東北の景気がなかなか良くならないなかでの、
ソルトレイクシティーやトリノの結果という

反省項目があったのですが、

なかなか、この点については、
改善されない問題でした。


来週はそんな話をしたいと思います。





ヘタリアに言論と表現の自由を!
民族浄化[ここでは、ある民族のみを浄
化した姿で描けという要求]反対!
自由ヘタリア救国民族解放戦線の「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory(F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
北海道富良野市・上富良野町・中富良野町など限定で聴く事が出来る、
コミュニティー放送局FM「ラジオふらの」の
月曜午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒07 6-0026 富良野市朝日町5-17 ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

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