2008.12.31 大晦日です。
今年も残すところ今日のみになりました。

で、今更なのですが、
2008年ってどんな年だったのかナーと
改めてアレコレと思い出すのです。

と、いうことで先日放送の「F.H.F.」の
「富良野印度化計画」も
下のような内容となりました。

12月29日 オンエアー 第194回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。


今年を締めくくる季節でありますが
2008年も様々なニュースがありましたが
カレーのニュースといえば2月にあった
こちらでしょう

「ボンカレー発売から40周年にあたる12日、大塚食品が2月12日を「レトルトカレーの日」として、日本記念日協会に正式登録したことを発表した。発表会には2代目イメージキャラクターの松坂慶子さんも駆けつけ「カレーは日本の食卓に欠かせません。今後もさらに50年、100年とボンカレーがみなさんに愛されるように、私もお手伝いします」と国民食の長寿を祝った。
 発表会では松坂さんが、仕事が忙しい時などは、自宅でもボンカレーを利用していると話し、「子どもたちもボンカレーは大好きです。『私のカレーはおいしいでしょう』と自慢しながら食卓に出します」と公私にわたる“ボンカレー生活”を披露。イメージキャラクターに決まった時は、友だちの女優さんからもうらやましがられたと話した。
 また初代イメージキャラクターの松山容子さんもビデオ出演し「ボンカレーのお姉さんと呼ばれたことがうれしかった。松坂さんもボンカレーを大切に育ててください」とメッセージを寄せると、松坂さんも「先輩の名に恥じないよう、ボンカレーのイメージを受け継いでいきたい」と返した。
 会場では、笑福亭仁鶴さんが出演し「3分間待つのだぞ」「じっとがまんの子であった」の流行語を生んだ「子連れ狼」のパロディーCMなど歴代のテレビCMが流された。また、78年にCM出演した王貞治・福岡ソフトバンクホークス監督もビデオで登場。「私がCMに出演した78年は、ホームラン800号を達成した記念すべき年でした。ボンカレーを国内のみならず、世界中のみなさんに食べてもらいたい」と祝辞を寄せた。
 また「カレー」をテーマに料理や音楽の分野で活躍している4人組ユニット「東京カリー番長」の水野仁輔さんも登場し、松坂さんから初代ボンカレーをご飯によそってもらう場面も。かぐわしいカレーの香りが漂う中で水野さんは、「初代ボンカレーのジャガイモのゴロゴロ感は忘れられない」とウンチクとともに感慨を語り、“松坂さんに盛りつけてもらったカレー”だけに、おいしさもひとしおの様子だった。
 「ボンカレー」は、「お湯で温めるだけで、だれでも簡単にできる」国内初のレトルト食品として、1968年2月12日に全国発売。これまでに25億食を売り上げた。発売当時は、レストランのカレーが100円だったのに対し、ボンカレーが80円。最初のうちは「手抜き料理」などと評され、販売が伸びず、今でも目にする松山容子さんのホーローの看板は、営業マンが自ら各地で取り付けてまわったという。
 同社の中井吉人社長は「40年愛され続けたボンカレーのイメージを守り、駅伝のように次世代にバトンを受け継いでいきたい」と、さらなる時代に向けた思いを語った。同社では40周年を記念し、現在は沖縄だけで販売されている初代ボンカレーを他の46都道府県でも13日から100万食限定で出荷する。2008年2月12日」」

と、のこと。

ボンカレーには、私自身も
大変お世話になりましたので
このようなニュースは、面白いなーと思って
聞いていたのですが

なかなか紹介できませんでした。

2008年中であり
2008年を締めくくる放送で
おとどけできて、良かったです。


なお、このニュースの紹介にあたっては
「ラジオふらの」水曜日午後7時からオンエアされている
ビートルズ専門番組「アビーロードスタジオ」の
ジュシーヘイザンさんの
示唆をいただきました。

感謝をしております。


あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771


さて、いろいろあった今年も
いよいよ終了であります。
本年もみなさまにいろいろとお世話になりました。

と、いうことで、

みなさん、よいお年をお迎えください。
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♪12月29日オンエアー 第194回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です


♪「パルトネール」 CooRie

ストリングスっぽい伸びやかでサワヤカな響きと
造語っぽい不思議なコーラスの組み合わせで
疾走感のあるイントロを構築しているところが
まずはキャッチーです。
アルペジオのようなフレーズを
16分音符で小刻みに上下しながら
奏でている音もいい感じではないですか。
rinoさんの透明感のある声も
そんな曲の世界によくあっていて
サワヤカかつ疾走感あふれる世界を
盛り上げています。
のびやかな歌のパートに絡むストリングスも、
曲の持つかっこよさを補完しています。
CooRieの曲というと
サワヤカなミディアムテンポの曲が
多い印象がありましたが
こんなアッパー系の楽曲もよく似合います。
ブレイクの使い方とかも巧みならば、
ブレイク明けなどポイントになる場所で響く
シンセボイスのような歌声もいいです。
アップダウン激しいベースラインのカッコヨサや
ドラムのビートとかも疾走感の原因ですね。
間奏のストリングスアンサンブスに
ソロギターやコーラスがカラム箇所については
雄大な世界の広がりを感じられます。
シンセボイスの歌声から一転して
弦楽四重奏みたいな伴奏と歌が来たり
生ギターとピアノで歌われるパートが来たりとか
リズムのイジリ方のバリエーションも豊富で
そんなの組み合わせの妙をも感じることが出来て、
構成のウマさをも感じることが出来ます。
プロデュースを担当している大久保さんとは
D.C.Ⅱからのお付き合いですが、
ハピマテのアレンジや、
経験値上昇中の作編曲のノリをも
感じることができて、これはいい融合です。
そういえば、ボーカルで作曲のrinoさんは
岩崎みなみちゃん(茅原さん)の「透明リボン」の
作曲者でもありました。納得。





♪「そんな陽だまりの中で」 藤田咲
「Crystal Quartz」カップリング
KONAMI STATIONインターネットラジオ「悠幻の学び舎」Ed
ラジオ「藤田咲の音がナル箱庭」Ed

ピアノとストリングスとアコースティックギターの
おだやかな音色に導かれた、
スローテンポのメッセージ性の強い楽曲です。
彼女の明るく透き通ったような歌声が
こんなアコースティックサウンドに
よく似合いますし、彼女の歌声のせいもあるのでしょう
素朴なアタタカさがダイレクトに
伝わってくるのです。
2番からツリーチャイムとベースに導かれるように
ドラムなどが入り音がアツくなってきます。
最初は1番と同じような感じで歌っていますが
伴奏の音が厚くなるにしたがって
次第に声もハッキリとした張りがでできて
曲の盛り上がりに大きな役割を果たしています。
基本的な声質を変えずに、表現を変えているのは
スゴいなーと素直に感心します。
Bメロ部分でのストリングスが
4分音符を刻み迫るような盛り上げに絡むところとか、
そして次には流れるような16分の音符を奏でる
そんな差もカッコいいですね。
盛り上げ方のツボを心得ている感じです。
バックにはいるグロッケンの癒される音とともに
タイトルにある「陽だまり」をイメージさせてくれる
アタタカイ聴後感が得られます。





♪「縁雷〜EN-RAI〜」 斎賀みつき feat.JUST
「FURANO History Factory」12月のマンスリーパワープレイ
WEBラジオ『隠の王』テーマソング

今までは曲の魅力について語りましたが
当然、詩の力も強く、メッセージ性があってこその
この曲なのだと思います。
歌詞の随所に、曲のテーマである
雷や縁、だけではなく、縁を想起させる
糸などの単語が巧みに配されています。
また、雷を連想させる
空で鳴く光、いかずち、雷鳴、遠雷などの単語や
雷の背景として、イメージしやすい
朧月 闇などの単語なども
あたかも、東山魁夷あたりの一幅の風景画を
思いおこさせてくれるかの趣です。
だからこそ、ピアノやストリングスとかが奏でる
和の要素が入っているセツない旋律もそうですし、
斎賀さんの麗しいボーカルがあうのだと思うのです。
しかも、チョッパーベースも重たいギターも
やはり溶け込んでいていいですね。
この曲でいいフンイキになったあとに
ワタクシのコーナータイトルコールによって
余韻もヘッタクレもなく世界をブチこわしてしまって
ほんとスイマセン。
この曲をパワープレイのワクでかけるのは
最後でありました。




♪「Trinity Cross」水樹奈々
「Trickster」カップリング
TV『ロザリオとバンパイア CAPU2』Ed

アカペラでリンと張られた麗しい彼女の歌声に
ストリングスが響くところに
まずひきつけられます。
ストリングスのイントロに
打ち込みの音と重いギターが融合している
ミディアムテンポの曲です。
時には旋律を補って、時には聞き手に迫るように旋律を盛り上げて
常イオイシイ役割を果たしているストリングスの対旋律とか、
ふわふわしたシンセの音なども、印象的ですが
リズム隊とかギターの音色の重みが
びしっときいていて、曲自体が引き締まる感じです。
曲はマイナーコード進行ですすんでいきますが、
それと歌詞が織り成す世界があいまって
セツナさ炸裂でたまりませんね。
サビヘツッコムところとか、
間奏へつっこむところとかの
凝ったコードの使い方も面白いです。
感想部分は、イントロの壮大な世界を
再び思い出させてくれつつ
ギターのソロとストリングスアンサンブルの
せめぎあいがなんともかっこよく曲が盛り上がり
Cメロのリズムオフのパートへと
突入しますが、これがまた、せつないですな。
リンとはられた声だからこその
セツナさが際立ってくるのですね。
作詞:作曲:志倉千代丸さんも見事ならば、
編曲を担当されている、
savage geniusでも活躍している
Elements Garden 藤間仁さんの
見事なお手並みを見ることができます。
それにしても、今週の「イブニング」で知ったのですが
水樹さん「少女ファイト」(日本橋ヨヲコさん作)のラジドラでは
主人公の大石練役ですか…
個人的には犬神先輩の大原さんや志乃のゆかなさんなどとともに
大変大変タノシミであります。
あと、某店頭で、先頃発売されたライブビデオを流していましたが
…ヤヴァイ
欲しいかもしれない。




♪「ポラリスの涙」 音速ライン
Tv『テレパシー少女 蘭』Ed

オルガンの音にのっかった
アコースティックギターの爽快なカッティングと
倍音っぽい音が多めなところが魅力的な歌声に
上に重なるコーラスもバランスがいいですね。
アップテンポ気味の楽曲に乗っかる
ピアノに、ストリングスも、このさわやかな世界を
守り立てていますし、
歌詞も、そんな世界をいい形で表現しています。
サビ開けからドラムとかのビートが入り
ベーとなどが加わり音が厚くなりますが、
それだけではなく、
対旋律のチェロの音とかもいいですし、
あくまでも歌声をしっかりと聞かせる
そんな曲の作り方もいいですよ。
また、サビ部分とかで時折見られる
マイナーコードの使い方も絶妙。
それが、ピアノとアコースティックギターのCメロ部分で
強烈に聴いてきます。明るくサワヤカ一辺倒ではなく
マイナーコードでメッセージを歌うところとかで
青春の懊悩みたいのをあらわしている感じがします。
そこで語られるのが
「いつからボクラユメヲワスレテイタンダロウ」という
メッセージですが、
ブレイクですぐにさびへと戻って
また新しい世界と戻っていくという
そんな構成がいいですね。
サビも最後の最後でメジャーコードで締めくくられるところが
やはりいいなぁと思うのです。
最後のコーラスもきもちいいですし
総じて、清涼感の残る曲ですね。
CD帯にあさのあつこさんが
「懐かしいような、極めて斬新なような
不思議な曲でした。
いつまでも心に残り、感情を揺すります。」
と書いていますが。納得です。






このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771
FHF
ワタクシ現在東京
滞在継続中デアリマス。

ということで、今年度最後の番組は
収録でお届けする予定ですが
無事お届け出来たでしょうか。

12月29日オンエアー 第194回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。


先日、富良野市教育委員会社会教育課主催
「ふらの市民講座」2008年度の第一講目で
お話をさせていただきました
直江兼続の話の最終回であります。

柴田勝家を牽制するという
共通の利害をきっかけとして
急接近していった、上杉と豊臣

結局、景勝が五大老となるまでに信頼をされ
秀吉のおこす戦の要所要所で活躍をしてきました。

が、1598(慶長3)年、秀吉が死去すると、徳川家康が台頭します。

秀吉に「義」を果たしてい上杉景勝と
家康の台頭を快く思っていない石田三成と親交深い直江兼続の存在は
当然目の上のコブであります。

しかもこの時の景勝は兼続のすすめで
軍事力の増強をしておりました。


上杉家中にも徳川家との融和を主張する
藤田信吉などもいましたが、結局彼と対立をして
追放して、対立姿勢を明らかにします。

また、景勝の旧領である越後にきた堀秀治が、
景勝は謀叛を企てると家康に密告したりするものですから

家康は4月1日、軍事力増強を進める景勝に対し
五奉行の一人増田長盛の家臣である
伊奈昭綱、河村長門の両名を、問罪使として派遣し、
このとき、家康は兼続と親交もあった
西笑承兌に弾劾状を認めさせています。

その内容は、景勝の軍事力増強を咎め、
異心が無いのであれば、誓書を差し出した上で上洛し、
弁明するべきというものでした。

これに対して兼続は、
いわゆる「直江状」という書状をおくったとされます。

これは、道路・橋などの普請や新城、武器購入の必要を説明し、
密告者を究明してその真偽を確かめるべきという内容の、
堂々とした申し開きの書なのですが、
いわば家康に対する挑戦状でした。


以下は、史料として最も有名なものの引用です。


直江状
今朔の尊書昨十三日下着具に拝見、多幸々々。

一、当国の儀其元に於て種々雑説申すに付、内府様御不審の由、尤も余儀なき儀に候、併して京・伏見の間に於てさへ、色々の沙汰止む時なく候、況んや遠国の景勝弱輩と云ひ、似合いたる雑説と存じ候、苦しからざる儀に候、尊慮易かるべく候、定て連々聞召さるべく候事。

一、景勝上洛延引に付何かと申廻り候由不審に候、去々年国替程なく上洛、去年九月下国、当年正月時分上洛申され候ては、何の間に仕置等申付らるべく候、就中当国は雪国にて十月より三月迄は何事も罷成らず候間、当国の案内者に御尋ねあるべく候、然らば何者が景勝逆心具に存じ候て申成し候と推量せしめ候事。

一、景勝別心無きに於ては誓詞を以てなりとも申さるべき由、去年以来数通の起請文反古になり候由、重て入らざる事。

一、太閤以来景勝律儀の仁と思召し候由、今以て別儀あるべからず候、世上の朝変暮化には相違候事。

一、景勝心中毛頭別心これなく候へども、讒人の申成し御糾明なく、逆心と思召す処是非に及ばず候、兼て又御等閑なき様に候はば、讒者御引合せ是非御尋ね然るべく候、左様これなく候 内府様御表裏と存ずべく候事。

一、北国肥前殿の儀思召のままに仰付られ候、御威光浅からざる事。

一、増右・大刑少御出頭の由委細承り及び候、珍重に候、自然用所の儀候へば申越すべく候、榊式太は景勝表向の取次にて候、然らば景勝逆心歴然に候へば、一往御意見に及んでこそ侍の筋目、内府様御為にも罷成るべく候処に、左様の分別こそ存届けず候へども、讒人の堀監物奏者を仕られ、種々の才覚を以て妨げ申さるべき事にはこれなく候(や)、忠信か、佞心か、御分別次第重て頼入るべく候事。

一、第一雑説ゆえ上洛延引候御断り、右に申宣べる如に候事。

一、第二武具集候こと、上方の武士は今焼・炭取・瓢べ以下人たらし道具御所持候、田舎武士は鉄砲弓箭の道具支度申し候、其国々の風俗と思召し御不審あるまじく候、不似合の道具を用意申され候へば、景勝不届の分際何程の事これあるべく候や、天下に不似合の御沙汰と存じ候事。

一、第三道作り、船橋申付られ、往還の煩なきようにと存ぜらるるは、国を持たるる役に候条 此の如くに候、越国に於ても舟橋道作り候、然らば端々残ってこれあるべく候、淵底堀監物存ずべく候、当国へ罷り移られての仕置にこれなきことに候、本国と云ひ、久太郎踏みつぶし候に何の手間入るべく候や、道作までにも行立たず候、景勝領分会津の儀は申すに及ばず、上野・下野・岩城・相馬・正宗領・最上・由利・仙北に相境へ、何れも道作同前に候、自余の衆は 何とも申されず候、堀監物ばかり道作に畏れ候て、色々申鳴らし候、よくよく弓箭を知らざる無分別者と思召さるべく候、縦とへ他国へ罷出で候とも、一方にて(こそ)景勝相当の出勢罷成るべく候へ、中々是非に及ばざるうつけ者と存じ候、景勝領分道作申付くる体たらく、江戸より切々御使者白河口の体御見分為すべく候、その外奥筋へも御使者上下致し候条、御尋ね尤もに候、御不審候はば御使者下され、所々境目を御見させ(候はば)、合点参るべく候事。

一、景勝事当年三月謙信追善に相当り候間、左様の隙を明け、夏中御見舞の為上洛仕らるべく内存に候、武具以下国の覚、仕置の為に候間、在国中きっと相調い候様にと用意申され候処、増右・大刑少より御使者申分され(候)は、景勝逆心不穏便に候間、別心なきに於ては 上洛尤もの由、内府様御内証の由、迚も内府様御等間なく候はば、讒人申分有らまし仰せ越され、きっと御糾明候てこそ御懇切の験したるべき処に、意趣逆心なしと申唱へ候間、別心なきに於ては上洛候へなどと、乳呑子の会釈、是非に及ばず候、昨日まで逆心企てる者も、其行はずれ候へば、知らぬ顔にて上洛仕り、或は縁辺、或は新知行など取り、不足を顧みざる人と交り仕り候当世風は、景勝身上には不相応に候、心中別心なく候へども、逆心天下にその隠れなく候、妄りに上洛、累代弓箭の覚まで失い候条、讒人引合御糾明これなくんば、上洛罷成るまじく候、右の趣景勝理か否か、尊慮過すべからず候、就中景勝家中藤田能登守と申す者、七月半ばに当国を引切り、江戸へ罷移り、それより上洛候、万事は知れ申すべく候、景勝罷違い候か、内府様御表裏か、世上御沙汰次第に候事。

一、千言万句も入らず候、景勝毛頭別心これなく候、上洛の儀は罷成らざる様に御仕掛け候条、是非に及ばず候、内府様御分別次第上洛申さるべく候、たとえこのまま在国申され候とも太閤様御置目に相背き、数通の起請文反故になり、御幼少の秀頼様へ首尾なく仕られ(なば)、此方より手出し候て天下の主になられ候ても、悪人の名逃れず候条、末代の恥辱と為すべく候、此処の遠慮なく此事を仕られ候や、御心易かるべく候、但し讒人の儀を思召し、不義の御扱に於ては是非に及ばず候間、誓言も堅約も入るまじき事。

一、爰許に於て景勝逆心と申唱え候間、燐国に於て、会津働とて触れ廻り、或は人数、或は兵粮を支度候へども、無分別者の仕事に候条、聞くも入らず候事。

一、内府様へ使者を以てなりとも申宣ぶべく候へども、燐国より讒人打ち詰め種々申成し、家中よりも藤田能登守引切候条、表裏第一の御沙汰あるべく候事、右条々御糾明なくんば申上られまじき由に存じ候、全く疎意なく通じ、折ふし御取成し、我らに於て畏入るべきこと。

一、何事も遠国ながら校量仕り候有様も、嘘のように罷成り候、申すまでもなく候へども、御目にかけられ候上申入れ候、天下に於て黒白御存知の儀に候間、仰越され候へば実儀と存ずべく候、御心安きまま、むさと書き進じ候、慮外少なからず候へども、愚慮申述べ候、尊慮を得べきためその憚りを顧みず候由、侍者奏達、恐惶謹言。

慶長五年    四月十四日    
                                             直江山城守兼続

豊光寺    

侍者御中




これを読んで激怒した家康は、景勝征伐のため、
1860(慶長5)年6月18日、伏見を出発。
江戸で進撃方策を定め、約5万余の兵を率いて、
7月24日小山に着きました。
これが関ヶ原の戦いの遠因となる所謂会津征伐です。


家康の家臣などの日記等から、
上杉側から何らかの返書があり、
これを見て家康が激怒したことで
会津遠征を決意させる
直接のきっかけとなったことは確かなようであります。

が、直江状の文面自体は
後世の偽作であるともいわれています


それにしても、通常であれば普通の旅行者でも
二週間強の道のりを
5週間かけて移動をしています。
史料にも「遅々たる進軍」と書き残されているほどですが
それは、石田などとの戦の大義名分を考えつつ、
家康にとっての誰が味方で・誰が敵かを識別しつつ、
石田方を挑発するように、出兵を狙ってのこの進軍速度なのです。

その後、
景勝も家康の進撃に備えて、白河の南、革籠原に陣して、
この地で家康方を粉砕しようと待っていました。


そんな家康の狙い通りに、石田三成等の挙兵を聞き、
8月4日、小山を出発して再び上方へと戻っていきました。

これが関ヶ原の戦いの東軍となります。

小山で家康方が引き返してしまったために
この地で戦いは行われなかった革籠原ですが
ここで兼続は、家康方を盆地へ追い込んだ後に、
川をせき止める。という陣を張ったのでした。

上杉家中の戦いぶりなどを研究して、
陸大の卒論をはじめ、いくつもの論文に使っている
陸軍の鬼才、石原莞爾は、この陣形と戦い方を評して
「革籠原が、家康軍数万の墓になるところだった。」
ともらしたとか…。



その後兼続らは米沢に帰り、
東軍に与した最上義光征伐の計画をたて、
9月に約4万の兵をもって侵攻します。
義光は戦力を集中させる為に、
一部の城を捨てるよう命じますが、
それを拒否して籠城している畑谷城を兼続は攻め落し、
その後は、上山城や長谷堂城を囲み、
最上軍及び援軍の伊達軍と戦いました。


これが東の関ヶ原こと、慶長出羽合戦の中心となった
長谷堂城の戦いです。


ただ、この戦いは、上杉方はどうにも分が悪く
人数が上回る戦いであっても
ナカナカ攻めきれないところがあったようです。
2万近い大軍を率いながら1000名ほどで長谷堂城を守る
最上勢に苦戦するところは、兼続らしくない
戦いでもあります。

また、長谷堂城の戦いについては
当時の良質の史料がほとんど残されておらず
兵数も後世の軍記などに頼ることになるのですが、
これらは誇張された部分も多く
それぞれに数の開きがあり、確実な兵数は不明です。

ただ、数に優る上杉方であっても
戦局的には不利な状況が続いたのにくわえて
関が原で三成が敗戦したという報が到着することによって
直ちに退却をします。

退却にさいしては、劣勢を挽回し勢いに乗る最上軍と、
義光を救援するために伊達政宗のおくった援軍が
追撃をしてきて激戦になりますが、

この時に、兼続は全軍を13隊に分け、鉄砲隊の援護により、
余り損害なく10月6日米沢に帰ることになります。

この戦法は、「懸かり引きの戦法」といい
良く薩摩のステガマリと対比されます。


敵中深く侵入した布陣から、退却をするということで

ただ逃げるのでは、敵の思う壺になってしまう。

これを鉄砲隊のカーテンを作って
少しでも遠くへ逃がすのが
ステガマリです。

一方、懸かり引きは、
しんがりが攻撃態勢を保ちつつ
別働隊が退路を作って少しずつ引きながら
迎撃の隊形を作るという形をとります。

迎撃の隊形が作られていますから
おいそれとは攻め込めない。

追うのと、敵の罠に飛び込むのの違いです。

13段にわかれた軍が
ある軍は引き、ある軍は迎撃するワナを作りと、
交互に応戦をしながら、
結果的には徐々に撤退をしていくという戦法です。

前述のステガマリが、決死の覚悟の鉄砲隊を
足止めのために切り離して
彼らの命を犠牲にするのに比べて
合理的であるということから

後に帝国陸軍参謀本部も参考にしたほどです。

そして、この戦いのキーであった殿をつとめ
兼続とともに、激戦をしたのが
1595年、南下和尚より紹介をされた
前田慶次郎でした。

余談ですが、職場の休憩時間中に
ふらの市民講座の準備のため
「愛」の前立てのついた兜の写真を見ていると
職場の同僚が

「えー、こんな兜本当にあったんだ~」

などと言いまして

??、と思って聞いてみると

その人いわく
「CR花の慶次」をやっていた時に
「愛」の兜をかぶった武将が出てくると
なんかいいリーチになるそうで

出てきた時とかはウレしいんだけど

こんな兜ってあるわけね~よな~
などと思いながら

打っていたそうです。

Uさん、かってにネタにしちゃてました。
ゴメンなさい。


閑話休題

結果として上杉軍の最上侵攻は、
山形攻略が成らなかったばかりか、
逆に反撃に出た最上軍に庄内地方を奪われて、
伊達軍の福島侵攻をも誘発することになりました。

結局、1601(慶長6)年7月、景勝、兼続ともに上洛をして
家康に謝罪をし、徳川家に忠誠を誓います。
そして1608(慶長13)年に兼続は、直江重光と改名します。

家康から罪を許された景勝は出羽米沢30万石へ減移封となり、
上杉氏の存続を許されることになります。

ただし、120万石が30万石に減らされて
しかも、家臣のリストラを一切行わなかった。
(このツケをはらうことになるのが上杉鷹山なのですが…)
当時の家臣の数が約6千
米沢の人口も約6千、ということで
移ってきた家臣は殆ど住む家もなく食物も不十分。
大部分は掘立小屋で極めて粗末な仮住まいをしました。
このような苦しい生活をしながら
直江兼続の指揮のもとに上下ともども約10年間苦労して、
1609 (慶長14) 年、米沢城下町の形が出来てきたのです。

そして米沢城下に堤防を築いて町を整備し、
殖産興業・鉱山の開発を推進するなど、
米沢藩の藩政の基礎を築きました。


兼続は、自分の石高6万石のうち五万石を返上、
のこりも5千石下級藩士へ配るとともに
開墾、用水、植林及び農業生産にも力を入れました。

用水のために堰をつくりましたが、
これは、現在でも、直江石提と呼ばれております。

堰近くに今も「龍師火帝」(りょうしかてい)と刻んだ大石があります。

これは兼続が堰をつくった時に水神及び火帝をまつり、
用水不足することなく、
水害のないよう祈祷したものと伝えられていまして。

水の神様「愛宕神」が、兜の前立ての「愛」だという
説もある、兼続らしいエピソードです。


また、深く耕し土が肥えることから、ゴボウの栽培を奨励し
強壮剤としてのウコギの栽培、の他
商品作物として漆、楮、桑、紅花の栽培も薦めました。

農民に作物の栽培等の諸注意を示し、農業を励ませ
武士にも農業をやらせる手引き書である「四季農戒書」を作らせて、
配ったといいます。

また、1604(慶長9)年には近江国住友村や和泉国堺から
鉄砲つくりを米沢に呼び、それぞれ200石ずつ与えて鉄砲製造をさせ、
10年間に約千挺製造させたのにくわえ、
鉄砲打ちの稽古も奨励し、年に何回か鉄砲打ちを藩主が御覧になり、
成績の良いものに褒美を与えるようにもしましたし。

鉱脈を探し山へも行ったとのことで

殖産興業ということを強く意識して
領国経営の片腕となったのです。

加えて、以前から収集していた蔵書を生かして
藩士子弟の学問修業の道場、禅林文庫を作りました。

どうしても、ここらへんは
のちの米沢の名君「上杉鷹山」のしたことと
ダブって見えるのです。

鷹山は、当時り米沢藩で憚られていた直江兼続の法要を
「上杉家で直江殿夫妻の法要も営まず、
香典も添えないのは人情ではない」と述べて、
兼続の200回忌を挙行し、香華料を捧げましたし。

しかも、禅林文庫が全身となった学問所は
興譲館と名前を変えて
現在の山形県立高校に受け継がれています。

ちなみに興譲館と命名したのは
鷹山の師匠である学者細井平洲です。

ここらへんも、なかなかいい話だと思います。


1614(慶長19)年からの大坂の陣においても、
兼続は徳川方として参戦し、武功を挙げましたが

1620(元和5)年、江戸屋敷で病気によって
波乱万丈に満ちた生涯を終えたのでした。
享年60歳でした。


あと、兼続には、以下のような
有名なエピソードがあります。

最後に紹介します。

景勝の代理として大坂城に上った際、伊達政宗が
同席の諸大名に「めずらしいものを」と
天正大判を回覧しました。
その際、兼続は、素手ではなく扇子で受け、
撥ねるようにして表裏を見ました。
政宗は、兼続が陪臣であるために遠慮していると思って
「山城、手にとって見るも苦しゅうないぞ」と言ったところ、
兼続は「冗談召さるな。不肖兼続の右手は戦場にあっては
先代・上杉謙信の代よりの采配を預かるもの。
左様に不浄なものを触れるわけには参りません」
と、政宗の膝元へ投げて返したそうです。


後年、江戸城内で伊達政宗とすれ違った時、
兼続は知らぬ顔で会釈をしませんでした。
政宗が「陪臣の身で大名に会釈せぬとは無礼ではないか」と咎めると
「これはご無礼いたしました。これまで兼続は
中納言様(政宗)とは戦場で相まみえる間柄だったゆえ、
(戦に負けて逃げる)後姿しか拝見した事がなく、
お顔を存じ上げませんでした」と慇懃に答えたそうです。

伊達政宗の心中いかに…って感じですが。



さて、そんな兼続を、どのように描いてくれるか
と、いうのは
来年のお楽しみで
アリマスな。


ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
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受け付けています。


お祭り終了しました。

お祭りでお会いした方々におかれましては
大変お世話になりました。
あなたがたからかけていただいた
過分なる一言一言を、今も有り難くかみしめておりますし、
それらのお言葉や、みなさんの行動のすべてが
僕を動かすパワーとなりました。
心よりお礼を申し上げたいと思います。
本当にありがとうございました。

と、いうことで、心の充電も終わりましたので
次は夏のお祭りにむけて
頑張りたいと思います。

なお簡単なお祭りのレポートは
こちらの「ぶろぐ」を見てください。

http://okiniiri771.web.fc2.com/top.html
昨日は15万人ですか…。
スゴいですね。

周りにも、これより出陣を控えしもののふたちが
ハイテンションで会話をされているでござるよ。

ということで、本日はその一人になりに
これから現場へと直行したいと思います。


さて、先日も紹介しました
札幌の「カントリーまぁむ」様の
職人技のフェルトマスコットといえば、

いや~

スゲ~

これはカワイイ。


今回、お祭りで頒布できるのは

らき☆すたの
「こなた・かがみん・つかさ・みゆきさん
あきらさま×3種類
(ハイテンションバージョンと、普通バージョンと、イラっとしているバージョンの
三種類あって、こちらも芸がコマかいっス)」

そして

全部が全部かわいいのですが
中でも特に、今回僕のハートが射抜かれたのは
「バイトこなた」と題された

「こなた」が「ハルヒ」のコスをしているフェルトマスコ

これは、

ヤヴァい。

カワイスギル。

しかも、全部数量限定のため

多分、午前中に売り切れるの必至かと。
〔夏もそうでした〕

もし運良く、このページをごらんになって
興味のあるあなた

ビックサイト東5 パ-49aで
おあいしましょう。




さて、前回同様、今回も
素敵な出会いがありますように。

行ってきます。


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2008.12.28 1日目
いよいよお祭り当日であります。
当ブログを更新している横で
「オススメ企業ブース」なる文書を
大量に印刷している人とかもいて

気分的にも高まってまいります。

と、いっても今日は行きませんが


もっぱら準備と、〔別件〕の買い物に
一日使いたいと思います。

それにしても、旭川空港から飛行機が飛んでよかったです。
前日から千歳を中心に飛行機の欠航のニュースを聞いていて
移動当日は雪の中心が旭川であるという予報。

ところが当日、富良野はいい天気だったのですが
バスで旭川に移動するにつれて
怪しくなってくる雲行き。

そして、旭川は雪でした。

東京から旭川にくる飛行機も
天候調整とか、千歳か女満別に行くとか
いってまして、

僕自身はみうらじゅんさんの本を読みながら
大いに不安だったのでしたが…

でも、結局1時間30分遅れで
飛びました。

よかったよかった。


無事にこれたのはよかったのですが、
年末のツメの時期に
イレギュラーな仕事が入った関係で、

肝心要の新作は間に合いませんでした。スイマセン。
前々回に無料配布をしたものを手直しして
持ってゆきます。


ただ、札幌でフェルトマスコットやアクセサリーなどを作られている
「カントリーまぁむ」 さま謹製の
入魂のフェルトマスコットは
多めに持ってゆくことができそうです。

それではまた明日
よろしければ会場でおあいしましょう。

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追 明日29日(月)は
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」
東5 パ-49aです
冬祭りが目前まで近づいております。
なおかつ土日はお仕事もあったりして
しかも、急ぎの仕事も入ったぐらいにして
どうなる、どうなるオレ状態ですが、

ここ数週間、必要な時以外は、
いよいよ、遠出をすることが出来なくなってました。

でも腰とか痛痒感があれば
やっぱり温泉っスよね。

しかも、久々にしっとりとした
静かな風情を味わいたい。

と、いうことで訪れたのが
お仕事を終えて向かった
白金温泉 銀瑛荘でした。

世間的にも休日のこの日
また仕事量がそんなに多くなかったので
サクッと終わらせて、
その後は、自分自身のラジオの収録も終えて
HBCラジオ「ガンちゃんの世界一面白いプロ野球の番組」
を聴きながら

巨人軍・小笠原選手の愛称の由来について
先週ガンちゃんが番組内でお話しされたことが
もう「ウィキペディア」に反映されている

って話とかに、大笑いをしながら

12時過ぎに到着。

脱衣場にいくと、籠が一つしかふさがっていません。

と、いうことで、僕以外にいたお客さんは
1人だけでしたし

しかもそのお客さんが、僕が入るのと
ほぼ入れ替わりで外に出られましたので

貸しきりだ~

温泉の神様ありがとー

家から夏場なら車で40分弱ということで
比較的良く行くのですが、
こんな空いている銀瑛荘も
はじめてでした。

今年の100湯目です。
白金温泉のお湯は、緑がかった褐色の温泉が
どこも特徴なのですが
こちらは、どちらかというと
茶色が強いです。

露天は特に茶色っぽいなと感じたのですが
ふだん、こちらは夕方とか行くことが多く
この日は、昼にいったせいかもしれません。

あちらこちらに置かれている
アンモナイトとか、
温泉を注ぐ管の亀裂から
お湯が噴き出していて
湯ノ花がかたまっているところとか、

適度な温度と、気泡のつきと、ヌルっとする感触が
お気に入り。

人気のお風呂なので、普段は常連さんで
賑わっているのですが

貸しきりだと、このこぢんまり加減も
むしろ、ウレしいですね。

内風呂も大堪能、
こっちは露天よりも微妙に
濃い碧がかった茶色になっています。

やはり、光の関係でしょうか。

一時間ばかり、貸しきり状態と
温泉の良さを堪能したあとに

そのまま、上富良野の「手打ち蕎麦 まん作」へ行きました。

こちらは、ボク自身も大好きなお蕎麦屋さんなのです。

しかも、某雑誌で道内のお蕎麦屋さんの特集を
していた時の「とじそば」の写真がウマそうで

こちらでは、いつも、カレーそば以外は
冷たい蕎麦一辺倒だったので

いつか食べたいなと思っていたのです。

と、いうことで
「とじそば」と「ミニ叉焼ご飯」をオーダー。

JAZZアレンジのクリスマスソングが
低く流れるなか

待つことしばしで登場。

とじ蕎麦は、全体を見るからにふわっふわの卵が
覆っていて、その上に白髪ネギみたいに切られたネギが
ふわっとかかっているのですが

この卵が見た目通りのふわっふわ
しかも、食べるとさくさくの天ぷらの衣部分が
歯ごたえや味を引き立てていて

ベストマッチですね。

こりゃーウマいっす。

いい油をつかっていることが
これだけでよくわかります。

しかも、僕がこちらで冷たい蕎麦ばかり食べているのは
更科そばのせんさいさを味わいたいからなのです。

が、温かくなっても蕎麦の香りが鮮烈だったのと
どちらかというと濃いめで甘辛のガツンと効いてくる
イメージが強かった汁も、
温かい蕎麦用のせいか
出汁はしっかりしているものの
淡いお味でこれまた。

繊細なおそばや
ふわふわな卵を引き立てています。

叉焼も、肉の良さやほんのりとアマい味付けが
雑穀が入ったご飯にあってます。
ワケギとワサビも
アクセントとして効いています。

たまりまへんなー

サイコーまんさく。

と、大満足で富良野に戻って、お祭りの準備を
したのでした。


101湯目は緑色のお湯と広い露店が印象的で
随所に昭和の香りが色濃く残る天人閣。
特に露天から見える景色が絶景なのと
温泉の湯気でイブされていい感じに色がついている
建物が印象的ですね。

が、こちらで露天を楽しんでいる時に
雨に降られました。
12月下旬に天人峡で雨って…
2008年の冬らしい体験でアリマス。

ここでマンゾクしたあとは、
美瑛の洋食や純平で
メンチカツと海老フライとチキンカツの定食に
舌鼓をうって。
「KOTOKOノコト」などを聞きながら
富良野へ戻ったのでした。

102湯目は淡い褐色の湯と
ヒバ・ヒノキの香りがぷんとして
よい感じのカミホロ荘でした。

路面の雪が中途半端に溶けてから
そして凍ると、アイスバーンになって
おっかないのですが

かえって山道だと
圧雪路面になって
アイスバーンほどは怖くありません。

と、いうことで、冬季期間中であれ
また向かいますね、十勝岳温泉郷にも
(正確には、ヒュッテバーデンは翁温泉
カミホロ荘は神峰路温泉ですが)


103湯は、碧がかった茶色いお湯と
しょっぱさがインパクト強い
北村温泉ホテル

朝7時から営業をしているということで
札幌でのイベント前に、シャキッとするためには
かかせまへん。

が、この日はぐっと道内冷え込んだということで
国道12号線とか、12号から峰延過ぎて左折して
北村へ向かう道とかが、ヤバい感じで
路面ツルツルなのが、正直大変でしたが

温泉はいつも通りのにぎわいでしたが、
どなたかが露天の入口を破壊されたようで
入口修復中のために
露天へは行けまへんでしたわ。

残念。



104湯目、今年の道内温泉の(多分)入りおさめは
シュラ場の友「フロンティア フラヌイ温泉」であります。

と、はいうもののオシゴトもあるので
出勤前の朝風呂でアリマス。

この日は久々にまとまった雪が降り
雪かきなどもしたのですが
そんな日ということもあってか
40分近く滞在しましたが
ずっと貸しきりでした。


ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです
♪12月22日オンエアー 第193回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です


♪「U make 愛 dream」 KOTOKO
「3D生活空間サービス『ai sp@ce』」テーマソング

ツリーチャイムのキラキラとした音に導かれた
ストリングス、アコースティックギター、ピアノで
奏でられる穏やかなイントロが、
今までのKOTOKOさんの
曲とは違っているかな、と思わせつつ
すぐに、16分音符でカチカチと鳴っていたり
16分でのベースラインが奏でられたりと
躍動感のあるリズムが基調となる
トランス・テクノ系列のリズム処理に
ストリングスなどが重なったところに、
KOTOKOさんのかわいらしい声が入り
いつもの彼女ワールドになります。
曲全体もメジャーコード進行一辺倒ですし
歌詞の前向きなところとあいまって
彼女の歌声が生えながら、メッセージが伝わる感じが
なかなか良いなあと思います。
イントロ部分からずっと鳴っている
対旋律のストリングスであるとか、
ところどころで効果的な役割を果たす
ツリーチャイムの音などもいいのですが、
リズム隊がかっちりとキマっているのと
しっかりと対比となっている点で
アコースティックな楽器群の音が映えてきますし、
広がりのある旋律に加えて
単調なリズムがオフになるところで
アコースティックな音源の音と
彼女の声とのアンサンブルが美しく響き
曲世界に広がりと奥深さを作り出しています。
そんなに派手さは感じませんが、
手堅さを感じる一曲です。
オリコンのウィークリーチャートは
初登場20位だったそうです。
そういえば、彼女は現在、年明けの武道館公演を控えていまして
毎週楽しみに聞いている彼女のラジオ「KOTOKOノコト」では
そんな模様がひしひしと伝わってきます。
成功するとよいですね。
F.H.F.は北海道出身と
北海道を基盤とするアーティストを応援しています。





♪「勇気の鼓動」 茅原実里
「Paradise Lost」カップリング

カップリング曲の「Paradise Lost」は
突っ走るような疾走感と、
どちらかというとクールに歌われることが多い
茅原さんの歌声にしては、アツク響く、
そんなのがキモチよい曲です。
(このアツさと攻撃性は、張飛名義で歌われている
「覚悟きめや」以来でしょうか?)
が、そんな曲のアツさを冷ますように
穏やかなストリングスやチャイムや
アコースティック、ピアノの音に導かれて
せつせつとしっとりと歌われるのです。
曲自体はマイナーコードで歌われますし
曲がすすむうちに、楽器を重ねていきながら、
朗々と歌われるサビ部分へと突入をするのですが
そうやって曲が盛り上がってくることと、
サビの一番最後の部分で、メジャーコード進行に
転調されるところが、壮大に響くのに加えて
救いのように感じ、癒されます。
間奏部分のギターソロもカッコよければ、
ストリングスのかけあいでなおカッコよくなる
間奏以外にも、あちらこちらで響いている
ストリングスはもちろんのこと
アコースティックピアノやギターを始めとした
生音の使い方も、曲を有機的に盛り上げています。
掛け合いのように歌われるコーラスの
個性的なところとかは、
歌手「茅原実里」の可能性を
感じさせてくれる演出です。
最後の最後のアコースティック部分と
彼女の歌声だけという
曲の締めくくり方も、すごく好みでアリマス。





♪「縁雷〜EN-RAI〜」 斎賀みつき feat.JUST
「FURANO History Factory」12月のマンスリーパワープレイ
WEBラジオ『隠の王』テーマソング

斎賀さんのボーカルの魅力は
やはり、歌唱力の高さもありますし
歌声の独特さってところでしょうか。
斎賀みつき feat.JUSTの楽曲では、
Rapを担当しているTADDさんとの
親和性を強く感じるのですが、
それは彼女の歌唱力に加えて
その歌声に起因をしている、
一聴するとRapも斎賀さんが
担当しているのってくらい馴染んでいる。
そんなある意味中性的な麗しさが
個性的な歌声を形作っているとこ、
そんなボーカルがあってのことなのかなぁ、
と思っております。
中毒性があるほど魅力的な歌声です
麗人サイガーは伊達ではないです。





♪「茜色センチメンタル」ROUND TABLE featuring Nino
「ナガレボシ」カップリング

ベレンと弾き鳴らされるルーズなギターの音色に、
ポロンと響くピアノ、
そして、これまたチューニングユルい感じの
ルーズなスネアドラムが特徴的なドラムの音に
個性的なNinoさんのボーカルが生えます。
彼女の甘えたような拗ねたような歌声は、
明るく穏やかに曲中で響きまして、
どの時代であっても、必要とされるような、
普遍的な歌声だと思いますよ。
曲自体もほっとさせてくれる曲ですし
冒頭でもいっていますが
終始バックで響いているかき鳴らされるギターと
スネアとかチューニングとかを
ルーズにした感じのドラムの音に
タンバリンとかの音が
カレッジポップというカテゴリーの世界を
いい形で演出しているように感じるのですが。
そして、そんな音には、
「空が茜色に染まる」とか「永遠のような夏が終わる頃」
といった、セツナく胸に来る歌詞がハマりますし
そんなレーズの使い方がウマいですね。
こちらもカップリング曲の疾走感のある軽快さと
好一対で、聞くことが出来ますし
さらに次の曲でNinoさんの吐息混じりのような
そんなボーカルを味わうと
さらに世界が広がります。
こちらもいつかオンエアをします。




♪「月とオルゴール」 新谷良子
ゲーム『冬のロンド』挿入歌

歌い手が新谷良子さんで、
タイトルが「月とオルゴール」と聴くと
彼女独特の甘い声が響くような
ミディアムテンポの曲かななどと
勝手にイメージして
イントロの穏やかな音を聞くと
なるほど、とか思うのですが、
どうしてどうして、しばらくすると
次第に大きくなってきて
気がついたら重たくハードな音色で暴れるような
ギターやベースの音がはいるやいなや、
アッパービートに曲は突っ走っていくのです。
歌声自体は、新谷さんのかわいらしい声なのですが
それが、ハードなギターなどのサウンドと
マッチしているのが、面白いですね。
曲も激しい一辺倒ではなくて、
彼女の早口に歌われる部分を
カワイラシクも聞かせるパートもあったりして
さまざまな要素を取り入れて
マッチしないようなものをマッチさせるという
離れ業を軽々と成し遂げています。
そんな、彼女唯一の世界を作り上げているところが
スゴいと思います。
思えば、ロリパンなんてことを
雑誌よりも早くラジオとかで言っていたのが
新谷さんだったような気が。
と、なると
ンッタンンタタン、ンッタンンタタンという
アッパーなビートも納得。
誰かパンクテイストのハードロックの曲と
オルゴールのアンサンブルなんて
思いついたんだ。って感じです。
後半部分で出てくる
弾き鳴らされる独創的なピアノの
エキセントリックな響きもいいですね。
彼女の歌声とともに、
作詞・作曲・編曲を担当しているR・O・N
さんの手腕も光ります。
新谷さんが出した11thマキシシングルでした。






このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
☆「カフェ・ノラ」(富良野市下五区)

冬祭り前にもかかわらず
急に、休日出勤が入ってしまいました。
ここの休みをアテにしていただけに
このタイムロスは、相当ヤヴァい。

しかも、この仕事は
継続的にあと1週間ちかくしないと
終わらなそうなお仕事であったりして



更に時間が削られる見込み…




でも、
「おまつりの準備があるから
お仕事できまへ~ん」
などとは言えないのがツラいところ(アタリマエ)

血涙を流しつつ(そんな気分で)
お仕事へと向かったのでした。

ただ、そんな休日出勤の時に
心の支えになるのが
こちらで食べるカレーなのです。

富良野のタマネギ畑の中に
忽然と立っている、築60年の古民家を改装した、
ギャラリー&陶芸工房『野良窯』 さん。

午前中の仕事を終えて車を走らせると
変わらぬタタズマイでむかえてくれます。

カラカラと軽やかな音を立てるドアを開くと

ぷぅんと漂う馥郁たるお香の匂いが
まずは、疲れた神経にシみますね~。

キシキシと成る木の床を踏み、
昔のお医者さんで使っていたという
面白い座り心地のイスに腰を下ろすと

メニューをもってきてくれます。

と、メニュー見る前は
「スープカレーでも食べよ~」
と思っていたのです。

こちらは、スープカレーも
大正時代のルーカレーも
ラムのあったかキーマカレーも
それぞれがじんわりとやさしい味をしているということで

すごく安心して頂くことができるのです。

前回来たときもスープカレーでしたが、
ま、間があいていたので
これがいいのかなぁ、と思っていました。

と思っていたのです。



メニューを見たっけ

「日曜限定」と書かれているメニューが
あるではないではないですか。

しかも、ぼくにとっては、インド定食以来の
新メニュー

と、いうことで、注文したのが
「ラビーカリー」でした。

耳慣れないメニューでしたが
メニューを見ると
なんでも、ココナッツミルクが使われた
スリランカ風のカレーだとのことで

古くは小川屋商店、
近くでは、アジア金星堂や、美瑛のバーチなどで
ココナッツミルク入りカレーのウマさに
目覚めたワタクシにとっては
ウレしいかぎりであります。

オーダーをしてから
トイレへと向かったのですが
その間も漂う、お香の香り

ゼイタクな時間ですね。

しかも、トイレへ行く時は、ギャラリーにもなっている
居間のような部屋を通らなければならない

障子からさしてくる穏やかな陽光とか
欄間彫刻のように部屋の間にあいている
飾り窓とか

窓に並べられている
陶器のミニハウスなどをみながら

やはり昔のマドガラス越しに農村風景を見ると
もう何年も行っていない

北関東の祖父母の家を思い出すのです。

と、少々時間をかけてもどると
さっきまでカフェにも漂っていたの香の匂いが
スパイスの香りに変わっています。

シュンシュンと音を立てているヤカンをのせた
石油ストーブもこの空間にはピッタリとハマって
いい感じであります。

待つことしばしで、いつもの灰白色の鼎のような
三本足の食器に入って、野菜サラダが登場

エスニックなドレッシングとシャクシャクと小気味よい
葉っぱの歯ごたえの感触を味わいながら

さらに待つことしばしで
野菜サラダと同じ形で
大きさが2周りほど大きい食器に入って
登場をしました。



これは、

見た目にも鮮やかな 緑がかった鮮やかな黄色。
しかもそのカレーの色を補う

水菜やピーマンの緑が
なんとも調和をしております。

と、いうことで
いっただきまーす

と、カレーを一口。

パク


ヲ?

ヲヲヲヲヲヲヲ!


じぃぃぃぃいいいん


こ、コレハイイ。


まずは、ココナッツミルクの穏やかな味わいに
癒されるのですが、

それにくわえまして
決してケレンミがある感じではないのですが
スパイスの香りがしっかりとでていて
気持ちよく鼻腔に口腔をくすぐり

しかも、残響のような旨みにコクが
いつまでもいつまでも
ぼおっと残るという。

やさしい、こちらのお店の方の
笑顔や人柄のような

ヤサシクもアタタカイカレーであります。

スリランカ風とメニューには書かれていましたが
東南アジア風でもある感じでして

共通点である、インド洋の海洋性の
カレーなのかなぁなどと

ぼおっと思いながらも
スプーンは止まりません。

ウマすぎて。

しかも、具のベーコンが、
細かく切られている物の
かみしめるたびに出てくる
夥しい脂に旨み
それから、カレーの香りにも負けない
燻香が、ハーモニーにアクセントをつけていて
すごく強い存在感をシメしています。

水菜やピーマンは、その彩りだけではなく
シャキシャキな食感もいい。
それと、ココナッツミルクのカレーには
欠かせない、名バイプレーヤーのタケノコも
コリコリシャクシャクとした食感とともに

このカレーにはよくあっていますし

どっちかというと
コリコリシャクシャクな食感の中で
ヤワラカい食感と
独特のウマ味担当の
シメジの存在も有りがたいところ。

しかも、当然ながら
新米故か
少々ヤワラカイ感じに炊きあがった
こちらのお米に、あうんですよね。

と、



口の中にコリッとした食感が



スプーンですくってみると



挽かれる前のクローブでした。

当ブログをまとめた自費出版物の表紙には
「も×し×ん」にインスパイヤされた
スパイスに目鼻を付けた絵を描いていますが

手前味噌ながら、そんな絵を
思い出してしまいました。

さらにすくったら
カルダモンとかも入っていましたし…。

そんなせいか、
まろやかだなーまろやかだなーと
思いながら、口では辛さを感じないのですが
中盤くらいからは、しっかりと汗ばんできた。

口で感じず体で感じる
そんなのも刺激的なカレーであります。

てなことを考えつつも、

シメ残りのカレーにライスを残ったライス投入し
一気呵成に
うめーうめーいいながら
夢中で完食。

ぷっはー。

でもって水を一口

んくっと飲んで

人心地つきました。

が、
気がつくとしっかりと汗をかいていまして。

外は氷点下三度
石油ストーブがシュンシュンいっているものの
木造独特の、涼しさをも感じます。

が、そんな中だからこそ、
アタタカサを感じることができて
それが心の芯までをもアタタカクしてくれるようで

ホットになりやした。

そうそう、2008年には
いくつか悲しいお別れをしましたが
今年10月、中富良野にある
大好きなグリーンカレーを食べることができるカフェ
Shimba'Cafe 小川屋商店の休業で
少々お寂しくなってしまった、
富良野のココナッツミルク入りカレー事情でしたが

このメニューの登場ということで
少しだけホッとしながら

午後の仕事へとむかったのでした。



☆「カフェ・ノラ」(富良野市下五区)
◇営業時間◇ 11:30~23:00
◇定休日◇ 11月~4月は土日のみ営業 ◇駐車場◇ 有り




☆「soup curry room CooDoo(クードゥー)」
(札幌市中央区大通東4丁目4-45)

冬のお祭り直前ではあるものの、
そのお祭りには欠かせないものを
手に入れるために
札幌へと向かいました。

でもって、札幌での要件は無事終了。

その後は、イベント前最後の札幌ということで

札幌のスープカレーの食べ収めになってもいいように
お気に入りの店へ行きたい

と、いうことで訪れたのが

CooDooさんでした。

こちらは、外から見ると、
銀色のステンレスっぽい入口のドアと
真っ白な壁とのコントラストが、
まずはオシャレであり、
60~70年代のサイケ・ポップとか
昔のSFに出てくる未来の家とかをも
思い出させてくれるのです。


しかも店内に入ってもオシャレでカラフルなのです。

基調は白なのですが
プラのイスとかが、インテリアの雑誌にも載りそうな
デザイナー系ですし
丸いテーブルとカウンターも
これまたオシャレ

丸く空間を区切っているパーティーションとかも

60年代のアメリカのドラマや
SFに出てくる基地のようですし

イスから床から、おもちゃのような色遣い
SFのようなインテリア
アオとか赤とか黄色オレンジなどが
パズルとかゲームの駒のように配置されていますが
原色というよりは、やはり60年代に多く目にしたような
少々くすんだ色ってのが、またいい感じです。
店内を見ているだけでも楽しくて

なんだか秘密基地感じが漂っています。

しかも店に入って、カウンター席に腰を下ろした瞬間
耳に入ってきたBGMが
TOTOの「99」でした。


もう、なんか、これだけでウレしい。

昼食時間をハズした時間である
午後2時過ぎに行ったのですが

こんでいるハズです。

さて、オーダーは何にしよう。

こちらは、札幌の人気店ですが
メニューは比較的シンプル。

メインは、
チキンカリー
ポーク角煮カリー
野菜カリー
チキン野菜カリー
ポーク野菜カリー
豆腐ハンバーグカリー ※数量限定
シーフードカリー ※平日夜、土日祝のみ

辛さは

0 辛いのは、まったくダメな方
1 辛いのは、あまり得意じゃない方
2 辛いのは、まあまあいける方
3 辛いのは、結構いける方
4 辛いのは、全然いける方
5 辛いのは、超好きな方
5~10
11~∞(無限大)
11番からはピッキーヌが入ります

トッピングは
チーズ(スープorライス)ハーフ・ブロッコリー
温泉タマゴ・タマゴ(ウズラ5コ)・なす・オクラ
小松菜・納豆・ソーセージ 3本・挽肉・しめじ

といったところで
数量限定の豆腐ハンバーグや
日祝限定のシーフードにも
惹かれたのですが

ここは原点に返って、

チキン野菜の5番

マンスリートッピングのから揚げにも
惹かれつつも、トッピングは
いつもの温玉を。

あと、お米を雑穀米とターメリックライスから
選択できるので
雑穀米をお願いしました。


で、こちら、スタイリッシュなお店であるにもかかわらず
スポーツ新聞とか週刊ポストが置いてあるというのに
気がついたのは、前回こちらに一緒に訪れた
畏友P氏でした。

スタイリッシュなお店だと
「ヴォーグ」とかしかなかったりして
読む物がないので手持ちぶさたになることが
少なくありません。

(エスニック系のお店だと
地球の歩き方とか現地のガイドのみって場合も
少なくなくて、これはこれで、ですが…)

が、こちらではそんな心配なし
僕みたいなカレーオヤジ(加齢おやじ)でも
大丈夫。

POROCOや北海道新聞や
道新スポーツもありますしね。

なんて、感じで時間をつぶしながら

ココチヨイ洋楽に混じる
時折厨房より流れてくる
「ジャーっ」というイセイの良い音を聞き、
ワクワクしながら、待つことしばし。


じゃーん、まずは雑穀米から登場しました。


おおう。

ご飯の横に添えられている
金褐色の漬け物もいい感じです。

でもって、スタイリッシュな食器に入って
カレーも登場

存在感のある具だくさんの合間から
垣間見られる、黄色がかったスープから
漂ってくるのは

ルーカレーっぽいかおり

しかも、表面にういた
バジルと

夥しい量のゴマ・ゴマ・そして、ゴマ。


こりゃあ、ウマそーだ。

ってことで、いっただっきま~す
まずはスープを一口

パク




!!!

うをををををををっ

こ、
これは

う、ウマい

ウマすぎる。

まずは、香りと同様な
ルーカレーっぽい味が来るのですが
その直後には、丹念にとられていたことがわかる
スープのコクとウマが
たっぷりとしみでていて

しかも、ルーカレーとは一線を画するのが
その独特のスパイス遣い

最初の印象から、一瞬で
変化をして、

この不思議なバリエーションもいいっスね。

でもって辛さもまた
時間差でビシッとやって来て
シゲキテキですよ。

また、これでもかと散らされたゴマが
コクとか旨みを補いつつ

直球のカラさの緩衝の役割を果たしている。

これまた、札幌の人気店を引き合いに出しますが
他のスープカレーでは、カオスっぽい味が
魅力となっている場合もありまして
それはそれで好きなのですが

すごいストレートにウマさが伝わってくるので

カオスっぽいスープカレーとは
明確に違うのです。

うわっ、ウマいわ
コレハウマいわ。


しかも、こちらは具材が細切れに
なっていないタイプです。

野菜に埋もれている(それだけたくさんの野菜が
入っているということですが)チキンは
見た目では主張していないですが、味はホンモノ。
骨離れがよくって
しっかりと中に肉滴を封じ込めているタイプ。

にんじんの柔らかさと甘さに
かぼちゃもほこほこあまあまで
しかもキャベツもしっかりとアマい。

これはカレーのカラさと好一対。

ピーマンにオクラのアオい感じに
じゃがいものホコホコ感じ
(あと、スプーンでツツいていたら
ぺろっと皮がトレまして
骨離れのいいお肉にはよく巡り会いますが
皮離れのいいジャガイモって、初めてです) 
もウレしいですし

なすはジューシー、
シメジにいたっては
傘部分はもちろんのこと
こりまたしっかりと油通しされた
軸や石突きの部分までウマい。

あと、札幌だけではないのですが
スープカレーの名店といわれる店で
ビックリするのが

ブロッコリーやヤングコーンまで
しっかりとウマいのです。

ここも例外ではなく

むしろ、この色が変わるくらいジックリと
油通しされたブロッコリーの
独特な感じが
ツボなのだなぁと
再認識をしながら


楽しい時間は、あっという間に過ぎるモノ

残ったスープと具材の中に

雑穀ライスを投入で

攪拌しい
とっておきの温玉をツブして

一気呵成に

いっただっきま~す




ぷっはぁぁあ

いやー、うんめいね~
しあわせだね~

と思いながら、

これまた最後のタノシミと、とっておいた
うずらの卵を食べたら

!!

こちらの黄味も、半熟でした。

こんなウレしいサプライズも
いいですね。



ほのかに香る、カレー粉のような香りに
マンゾクをしつつ

水をグビッ。とのんで


ふーっ。

見渡すと

周囲でも多くの人が
満足そうな顔をしながら
カレーを食べているということで

そのように愛されているお店。

今年で5周年だそうです。
おめでとうございま~す。

と、思いつつ、ココチヨイ唇に残るヒリヒリとともに
車に乗り込み、富良野へと向かったのでした。



☆「soup curry room CooDoo(クードゥー)」
(札幌市中央区大通東4丁目4-45)
◇営業時間◇月~土 ランチ11:30~15:00、ディナー17:00~22:00
日祝 11:30~22:00
◇定休日◇ 水曜日 ◇駐車場◇ 有り





あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で
参戦いたします
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
12月22日 オンエアー 第193回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。

先週のブログの冒頭でも少々書きましたが
国土交通省 北海道開発局が主催する
「わが村は美しく-北海道」運動 第4回コンクール
地域特産物部門におきまして
富良野オムカレーの
「食のトライアングル(農・商・消)研究会」が
銅賞を受賞しました。

おめでとうございます。

この運動は、以下の内容で行われております。

「わが村は美しく-北海道」運動の概要

1 運動の趣旨
北海道は明治初期の開拓に始まり、以来130年が過ぎましたが、この間厳しい気象条件を克服し、近代的な農業技術を取り入れ、火山灰や泥炭などの厳しい土地条件を改良しながら、今日では、生産性の高い大規模で専業的な農業経営が展開され、我が国最大の農業地帯へと発展しました。
 しかし、経営規模においてはEU並みと言われるまでになりましたが、生産力が一定レベルに到達している状況にあって、北海道農業の次の発展を目指すには、付加価値をいかに高めるかにかかっており、あらゆる地域資源を活用した取組へのアプローチが必要になっています。
 また、近年、農産物の輸入自由化や食料消費構造の変化を始め、世界的な人口増加、環境問題など農業・農村を取り巻く状況が大きく変動する中で、農業経営の安定や農村の活性化をこれまで以上に図ることが求められています。
 このような状況に直面している北海道農業を、北海道の持つクリーンな魅力を一つのブランドとして、消費者の求める安全、健康志向に応えるとともに、本州にはない広大な農村空間の魅力を地域の資源として活用し、活力のある農業農村を築くために「わが村は美しく-北海道」運動を展開していきます。
 この運動は、みんなで参加しみんなで考える住民参加を基本として、行政を含めた専門家が具体化していこうというシステムです。
 それぞれの地域が、特徴の違いをさらに際立たせることで、競争の原理が生まれ、独自の優れたブランド品を生産することができます。その結果、美しい景観、魅力豊かな特産物を求めて人が集まり、人の交流も高まることになります。
 誰もが住んでみたい、誰もが行ってみたい"ミナクル・ランド"、誰もが買ってみたい"ミナカウ・ブランド"をつくり、北海道スーパーブランドづくりをめざそう。

2 運動の進め方

 この運動は、「美しい景観の形成」(風物)、「地域特産物づくりをめざした農業振興」(産物)、「人の交流」(人物)の3物の育成を合言葉にして展開していきます。 

 1「美しい景観の形成」(風物)
北海道の美しい景観がもたらす経済的、環境的な波及効果はとても大きく、全道で、美しい景観形成のビジョンを明確にしつつ、地域住民と行政が一体となって、より魅力のある景観づくりを目指します。

2「地域特産物づくりをめざした農業振興」(産物)
安全で安心できるクリーンな食料、地域が誇る特産物の提供、生産効率、コスト管理、人材の養成や、従来の個人経営の活力を生かしつつ法人組織経営への移行など、新しい農業経営のスタイルは、農産物のブランド化にとっても不可欠であり、都市部との交流を生みながら、豊かな田園空間の形成やより魅力ある特産物を育てることを目指します。

3「人の交流」(人物)
豊かな景観や農林水産資源、地域から生まれ優れたブランド品(特産物)は、観光客にとっても魅力溢れるものとなって新たな「人の交流」を生み、観光王国北海道の魅力をいっそう増大させるものであり、北海道グリーンツーリズムの振興を目指します。

3 運動推進のための組織

 この運動の推進のために「北海道田園委員会」を設立しました。
 「北海道田園委員会」は、様々な地域の魅力づくりへの参加をすべての人々に呼びかけ、住民、団体、専門家、行政、企業など多くの関係者の協力を得ながら、地域住民の主体的な参加による美しい景観・環境の保全・形成や地域の特産物のブランド化など様々な取組を行います。
 さらに、この運動をより実効性のあるものとするために、「景観」「特産物」「人の交流」の3つの部会を置き運動の円滑な展開を図っていきます。


「わが村は美しく-北海道」運動とは?

「わが村は美しく-北海道」運動は、北海道の農山漁村地域や地域を支える
農林水産業をもっと豊かにするためにスタートしました。

 取り組みの中心となるのは、そこに住んでいる住民の方々であり、
それぞれの地域にとって大事なもの、地域の価値を再発見し、さらに魅力を高めます。
 北海道の豊かな未来づくりは、一つ一つの地域の取り組みから始まり、
それぞれの地域の個性が響き合い、高め合うことによって、北海道全体が
いきいきとしてきます。
 北海道開発局では、北海道内各地での住民主体の地域活性化活動を支援するとともに、
貴重な地域資源情報として事業の推進に役立て、農山漁村の発展に寄与することを目的に
平成13年から「わが村は美しく-北海道」運動を推進し、運動の一環として、
隔年でコンクールを開催しています。
 コンクールは、道内各地で地域の魅力と活力を高めようとする地域住民の
努力と行動に光をあて、全国に伝えるとともに、活動を支援し波及させていくことによって、
農山漁村の新たな発展を目指すことを目的としています。
 また、コンクールに参加することにより、他の地域や活動団体から多くの刺激を受けながら、
より高い目標を目指していくことを期待しています。


第4回コンクールの概要

○応募期間 平成20年1月7日~平成20年3月14日
○応募対象
  [景観部門]
    ~地域の特色を生かし、生活と生産に根ざした景観形成活動
  [地域特産物部門]
    ~地域で生産される農林水産物及びそれらを利用した主として加工品の生産販売活動
  [人の交流部門]
    ~地域の魅力を高めるコミュニティづくりに結びつく都市又は他地域の人達との交流活動
○応募件数
  全道100市町村から169団体(229件)の応募
   【景観部門:41件  地域特産物部門:83件  人の交流部門:105件】
○審査結果
  20年4月~6月 ブロック調査
  各開発建設部毎に設置されたブロック調査委員会による全応募団体の現地調査及び調
査結果の表彰審査委員会への報告

  20年6月~10月 全道審査
  表彰審査委員会による現地調査の実施、表彰団体の選考

○表彰
   <部門賞>  部門別に金・銀・銅賞及び特別賞を選考し、表彰します。
   <わが村は美しく賞> 3部門全てで部門賞を受賞(特別賞を除く)した団体
       (異なる団体による受賞可)がある市町村の中から選考し、表彰します。

審査結果
○部門賞
<景観部門>
   金 賞        該当なし
   銀 賞        該当なし
   銅 賞  (根室市) 酪農家集団AB-MOBIT
   特別賞        該当なし
<地域特産物部門>
   金 賞  (江別市) 江別麦の会
    〃    (根室市) 歯舞地区マリンビジョン協議会
   銀 賞  (中札内村)中札内村農業協同組合
   銅 賞  (北竜町) 北竜ひまわりライス生産組合
    〃    (富良野市)食のトライアングル(農・商・消)研究会
    〃    (北見市) オホーツク北見塩焼きそば推進協議会
   特別賞  (斜里町) JFウトロ漁業協同組合 女性部
    〃    (留萌市) 北海道留萌千望高等学校
<人の交流部門>
   金 賞  (長沼町) 長沼町グリーン・ツーリズム運営協議会
   銀 賞  (浦河町) 浦河町立荻伏小学校
    〃    (中標津町)北海道中標津農業高等学校
   銅 賞  (当別町) 当別町農村都市交流研究会
    〃    (上士幌町)NPO法人ひがし大雪自然ガイドセンター
    〃    (稚内市) 勇知ポテト村雪まつり
   特別賞  (沼田町) 沼田町ホタル研究会

○わが村は美しく賞
根室市
   [景観部門] 酪農家集団AB-MOBIT (第4回コンクール 銅賞)
   [地域特産物部門] 歯舞地区マリンビジョン協議会 (第4回コンクール 金賞)
   [人の交流部門] 酪農家集団AB-MOBIT (第2回コンクール 銅賞)

という結果だそうです。

それで、富良野の食のトライアングル研究会が受賞した
地域特産物部門で、入賞をした団体の概要は
以下の通りです。

金賞
 江別麦の会(江別市)
 春まき小麦ハルユタカの「初冬まき栽培技術」を確立し、その技術が全道に広がっています。小麦の生産から製粉、製麺のすべてを江別市内で完結した地域ブランドに成長させ、小麦に関わる人々との交流のためシンポジウム・イベントを開催し、地域活性化に取り組んでいます。

歯舞地区マリンビジョン協議会(根室市)
 「1漁業部会1ブランド化運動」を推進し、「一本立ち歯舞さんま」、「はぼまい昆布しょうゆ」等の完成度の高い商品を開発し、はぼまいブランドを確立させています。また、千島桜の植樹や漁船による納沙布岬観光などの地域活性化活動も行ってます。

銀賞
 中札内村農業協同組合(中札内村)
 えだ豆で独自の栽培技術管理基準を設定し安心・安全を徹底するとともに畑から調理・加工するまでわずか4時間!液体窒素による瞬間冷凍製品化を実現し、全国へもぎたてと同じ美味しい枝豆を届けています。また、枝豆を利用した加工品開発にも力を入れ雇用の促進にもつながっています。

銅賞
 北竜ひまわりライス生産組合(北竜町)
 消費者に安全・安心な米を届けるため、水稲生産農家全戸が減農薬栽培に取り組み、生産情報公表農産物JAS規格の認証を取得し、「ひまわりライス」ブランドを確立させました。生産履歴の公表や直接販売により、首都圏や関西まで販路を拡大しています。

食のトライアングル(農・商・消)研究会(富良野市)
 富良野農業と観光の共生・相乗効果を考える中から、「食」をキーワードに地元産の農畜産物で作るカレーに着目し、農業・商業・消費者を結ぶ活動として「ふらの型カレー文化」の創造、食育・地域交流を展開しています。

オホーツク北見塩焼きそば推進協議会(北見市)
 1市3町が合併した新しい北見市で、北見の海から山までの特産物を使いオリジナル商品として「オホーツク北見塩焼きそば」が生まれました。その波及は経済や産業振興、社会貢献など広く地域の活性化につながっています。

特別賞
 JFウトロ漁業協同組合女性部(斜里町)
 季節営業の婦人部食堂が、漁業関係者の食堂から観光客にも利用される食堂へと発展しました。具材の水産物は、全てウトロ産を使用し地元の味を提供しています。帆立貝や平貝を使った婦人部特製弁当は、ウトロのかあさんが料理した素朴な味として人気が急増しています。

北海道留萌千望高等学校(留萌市)
 留萌の地域資源を活用した商品開発及びビジネスモデルの企画・実践・研究を行い「千望炭素ラーメン」、「もっちり米パスタ」、「にしんそぼろ」などの特産品を開発しました。各地の販売会にも積極的に参加し、地元企業等との協力・連携のもと、地域一体となった取組を展開しています。



URLはこちらです

http://www.hkd.mlit.go.jp/zigyoka/z_nogyo/wagamura/jd/index.html#01



先週と意見が重なりますが
このような地道な活動が
評価をされるのは、まず素晴らしいことですし

これらの事業に関係したすべての方々の多大なる努力については
本当に頭が下がる思いなのです。

富良野オムカレー、だけではなく
カレーを使った町おこしについて
評価されたことを良かったなーと思いながら、
当ブログで情報を発信する以外にも、

今後ともに、僕も何が出来るのかを
考え続けていくのにくわえて
できることはどんどんしていきたいと思います。

また、
同じく銅賞に入りまして
ボク自身もオイしくいただいたことがある
オホーツク北見塩焼きそばの
「オホーツク北見塩焼きそば推進協議会」のみなさんも
おめでとうございました。

また北見に行った時には
お世話になりたいと思います。




あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2008.12.22 冬至におもふ
FHF
昨日は冬至でした。
札幌では、日の出が7時3分
日の入りが16時3分
9時間の昼と15時間の夜という
一年で一番日中が短い日です。

この後から段々
朝が早くなるイメージがありますが

日の出の時間が遅くなるのが早く
日の入りの時間はまだまだ
遅くなるようです。

柚子湯や、冬至粥(小豆粥)や南瓜を食べると
風邪をひかないという風習は有名ですが
中国の北方では餃子を、
南方では餡の入った団子をゆでたものを食べる
習慣もあるそうです。

先日訪れたスーパーでも
「冬至かぼちゃ」の名前で
白玉団子とカボチャが餡であえられたものが
売っていました。

ってことで、ワタクシ昨日は
カボチャ団子と餃子をいただきました。



12月22日オンエアー 第193回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

先日、富良野市教育委員会社会教育課主催
「ふらの市民講座」2008年度の第一講目で
お話をさせていただきました
直江兼続の話の続きであります。



越後の国を強固な一枚岩にまとめあげた
戦国最強といっても過言ではない、上杉謙信。


近衛前久との血書の起請文を交わしたことから
朝廷・幕府のために戦い、

関東管領に対しての仇敵北条氏と抗争し

村上義清や高梨政頼(景虎の叔父)の要請を受けて
武田信玄と激闘を繰り返す

このような「義」の戦いを繰り返したと上
下克上の風潮が当たり前の戦国時代に関わらず
一旦結んだ同盟は破らず、見返りの領土を求めないという
潔癖なところに
魅力を感じた人も少なくないでしょう。

このような薫陶を受けたのが
幼少時の直江兼続(当時は樋口与六)だという設定で
大河ドラマははじまるものと思われます。

直江兼続は、永禄3年(1560)、
越後国魚沼郡上田庄坂戸城に生れました。

父は同城主の長尾政景に仕えた「樋口惣右衛門兼豊」
(源義仲(木曾義仲)の重臣である樋口兼光の末裔といっております)
母は信州泉氏の娘(直江景綱の妹説もあります)と
伝えられています。

彼は、謙信の姉であり、政景の正室であり
次男、長尾顕景(のちの上杉景勝)の実母でもある
仙桃院の薦めで、幼い頃から景勝に仕え
長尾政景の死をきっかけとして
顕景に従い謙信の居城である春日山城へ入っていった
というストーリーで
ドラマはすすんでいくのでしょう。
この時、謙信34歳 兼続4歳 顕景(景勝)9歳でした。

ですが、
ここらへんのことを裏付けする史料はありません。


面白おかしく歴史をエンターティンメントにした
江戸時代後期の講談とか、
明治時代以降の講釈本などには

兼続は謙信に才気と美貌を見出され、小姓・近習として近侍、
その寵愛深い衆道の相手、かつ、
信頼の篤い近臣であったという「俗説」が
世間に「定説」として広く流布し、
現代でも時代小説や、一般向けの歴史解説本などが
この「俗説」を「事実」として採り上げています。

が、実際には生前の謙信と兼続の関わりを示す
信憑性のある史料は今の所、ないということで、

青少年期の兼続が謙信との関係は
全く不明なのです。

だから、1577(天正5)年、
上杉謙信軍が織田信長軍に大勝した
手取川の戦いに参戦しているかどうかも

当然全くわからないことなのです。

が、ドラマ的には「いる」ってことで
盛り上がるのでしょう。



何回かこのブログでも

NHKのプロデューサー氏が、歴史作家の加来耕三氏に語った話を
彼ご自身が出演されているラジオ番組でお話をされて
僕はラジオでこの話しを聞いたのですが

史料がないことについて
歴史ドラマ制作をする立場としては

しめた と思うとのこと。

ナルホドーって感じです。


さて、そんな謙信と兼続が出逢った
とされた14年後に
謙信が急死をします。


謙信が、長尾家を継ぐ前後に
国を割るような内乱が起きますが

1578(天正6)年の謙信の死後も、上杉の家督をめぐり
謙信の養子である23歳の上杉景勝
(前述通り、実父は長尾政景)と
同じく養子の24歳の上杉景虎 (実父は北条氏康)との間で
すさまじい内乱がおきます。

これが御館の乱です。
御館とは、上杉謙信が関東管領上杉憲政を迎えた時に
その居館として作られた関東管領の館で
春日山城下に設けられ後に
謙信も政庁として使用していました。


当初この戦いは景勝方が不利のまま進んでいきますが

1万両で仇敵、武田勝頼に協力要請をし、
甲越同盟を結ぶことで形勢逆転、
1579(天正7)年、景虎が自害をするという結末で
けりがつきます。


この御館の乱では兼続は、父樋口兼豊と共に
景勝方に付いていまして、
このころから、景勝の側近としての活動が
現存する史書にも残るようになりました。


ところが、御館の乱により
越後の国中はめちゃくちゃになりますし、
しかも、1581(天正9)年には、
能登・越中を柴田勝家に奪われてしまうことになります。


そんな年、春日山城中では
景勝の側近である家老直江信綱と家老山崎秀仙が、
対談中に毛利名左衛門秀広に殺害されるという事件が起きました。

この時に殺された直江信綱に子がなかったということで、
名門直江家の断絶をおしんだ景勝の命で

兼続は、信綱の父である直江景綱の娘で、
信綱の妻であったお船の方の婿として結婚
(お船の方にとっては再婚になります)
跡取りのない直江家を継ぐことになります。

ここからいよいよ「直江兼続」になるのです。


しかし、上杉家の基盤の弱体化は変わらず、
1582(天正10)年、武田勝頼が
天目山で織田信長に滅ぼされ、
信長の部下、森長可は信濃の大部分を手に入れ
越後国境に迫りました。

同じ頃、信長の部下、滝川一益も上州廐橋城をとり、
更に越後魚沼郡上田への侵攻をねらっていました。

越中でも、信長方の前田利家、佐々成政の勢力が増大し、
上杉方の越中魚津城は信長方に攻められ、
篭城した上杉方の中条越前守景泰等十余名が
自刃して城は陥落しました。


このような織田勢に三方を囲まれる形となった
上杉にとって幸運だったのが、
信長が本能寺の変で明智光秀に殺されたことで、
織田勢が退陣をしたことです。


しかも、1583(天正11)年には、兼続の尽力で、
景勝は織田家中で台頭をしてきた
羽柴秀吉と和することで、局面は好転することになります。


さらに、賤ヶ岳の戦いこそは合戦には参加できませんでしたが
1584(天正12)年の小牧・長久手の戦い、
1585(天正13)年の富山の役でも
それぞれ秀吉に味方をして、
富山の役では、佐々成政を牽制しました。

この時に秀吉やこの後の盟友となる石田三成と
会合をした(しかも秀吉がひょこっと景勝と兼続に会いに来た)
という話がありますが…

こちらも信憑性のある史料はありません。



公式に秀吉と景勝・兼続が逢ったとされるのが

1586(天正14)年に、景勝、兼続が上洛をした時で
この時に、それまで文書を交わしたことがあった
兼続と、盟友石田三成の初対面もありました。



その際には、景勝は、越中と上野の領有を放棄することで
換わりに佐渡・出羽の切り取りを許可されます。
また、景勝は、正親町天皇に拝謁して
右近衛少将に任じられました。

その後、景勝は、

1587(天正15)年には、柴田勝家と結ぶなどして
長年にわたり抗争状態にあった新発田重家を討ち、
再び越後の統一に成功。(新発田重家の乱)

1588(天正16)年には再び上洛をして、
従三位参議に昇叙され、
この時、豊臣姓と羽柴の苗字を許されました。

また1589(天正17)年には本間氏を討ち佐渡を平定し、

1591(天正19)年の小田原攻めにも
1892(文禄元)年の秀吉の朝鮮出兵にも
それぞれ参戦をしております。

特に朝鮮出兵が始まると、
5,000人を率いて肥前名護屋に駐屯、

翌1593(文禄2)年には3か月にわたって
家臣の高梨頼親らを伴って渡鮮をし、
釜山郊外に城郭の建築などにあたりました。

これらの事業の片腕となって活躍をしたのが
兼続だったのです。


そして、蒲生氏郷の死と、その後の蒲生家の断絶により
1598(慶長3)年、秀吉の命により、蒲生の旧領
会津120万石に加増移封されました

これは、秀吉にとって目の上の瘤である
北側に境を接する最上義光や、
伊達政宗と衝突の危険性が有るので、
改易された蒲生氏に代わり
東北諸大名の監視と牽制のための配置でした。

更に景勝は、最上・伊達対策として要となる
米沢城に直江兼続に30万石
(与力を含む、直江本領は6万石との説あもります)を
与えて配置するという、異例の措置をとります。

それだけ信頼が篤かったという事でしょう。


ただ、このようなエピソードのみだと
武力の人のイメージが強いですが
そんなことはありません。

兼続は上洛する時などは、必ず
能書家の家来をつれていきます。

それは、なぜか
文書を集めるという、実益を兼ねた趣味が
あるからなのです。

南化和尚、西笑承兌などとも親交があり
文化人としても知られています。

兼続の蔵書である宋版の『史記』『漢書』『後漢書』は
南化和尚から贈られた物であり
いずれも国宝に指定されています。

そんな兼続を、ある武将がひやかしたそうです
「そんな、書ばかり求めて、田の肥やしにもなるまい」

答えて兼続曰く
「頭の肥やしになりもうす」
ここいらあたりが、兼続の真骨頂かと。


朝鮮出兵時は、激務をこなしつつも
医学書三百巻を書写させたという

ここらへんも彼のスサマジサを感じますし、

後の話になりますが、
1607年日本初の銅活字といわれる『文選』(直江版)の出版や
米沢藩の学問所である禅林寺を創立しています。


ただ、その後の秀吉の死によって、
家康の専横に加えて
武断派・文治派の権力争いがおきます。

会津120万石の有力大大名で
豊臣五大老の一人でもある上杉景勝は
家康の専横を苦々しく思い、
家康との直接対決を決意して、
直江兼続に命じ、軍事力の増強に乗り出しました。


景勝の軍事力増強は、
近隣の大名である最上義光や堀秀治らによって
逐一、家康に報告されました。
さらに3月11日には、
上杉氏の内部で唯一、時勢を見据えて
家康との関係修復に奔走していた津川城代の藤田信吉が、
直江兼続の讒言を受けて上杉氏から追放されました。

家康は、このように軍事力増強を進める景勝に対し
増田長盛の家臣の伊奈昭綱、河村長門両名を
問罪使として派遣。
このとき、家康は兼続とも親交がある
西笑承兌に弾劾状を認めさせています。

その内容は、景勝の軍事力増強を咎め、
異心が無いのであれば、誓書を差し出した上で上洛し、
弁明するべきというものである。というものでした。

これに対して、景勝と兼続が
どのような対応をしたかというのは

また、来週のお話であります。



ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
☆「奥芝商店 旭川亭」(旭川市旭町1条13丁目2146-14)

旭川に根ざしていたミニコミ誌
『あさひかわTOWN情報』をルーツとしている
フリーペーパーが、「asatan」ですが

こちらの店舗情報「EAT!! SHOPS」のページには
「奥芝商店 旭川亭」さんの月替わりメニューが
写真入りで載っているのが
楽しみの一つなのですが

今月のカレーが
「和牛すきカリー」
とのこと。

説明文によると

「特選和牛カリー リクエストに応じて待望の復活
旭川亭独自の月替わりメニューは、スープの味がしみ込んだ松阪牛・近江牛などの特選和牛と焼き豆腐・長ネギ・春菊・うどんを使っていて、さらに温玉が味をまろやかにしたカリー。エビスープとの相性もバツグン。」

とのこと、

しかも写真見たら
これまたウマそっスね~。

タマランっすね~


これまた喰うっかねえ!!


ってことで、突撃をいたしました

今年開店のこちら、早くも来店は6度目ですが
前回・前々回、その前、さらに前と、4回連続で、
その月のスペシャル。

そして、今日もなのです…


「カレー」の表札も目を引く
古民家を改造した店舗の
玄関ドアをガラガラと横開きすると

玄関先の黒板にに
「和牛すきカリー」の文字がありました。

コレですね。

黒いスリッパを履き

階段を上がり2階席のカウンターへ。


前回同様、行ったのは休日とはいえ夜の部が
開店してしばらくたった5時少々過ぎ
ということで比較的すいておりましたが

ただしこみの真っ最中か
とにかく、カレーのスパイスの香りに加えて
エビスープのエビ臭がぷぅんと漂っております。

こりゃあいい。


いつものように
まずはスープを選んで、具を選んで
トッピングを選んで、辛さを選んで
そしてライスの量などを選ぶという段取りを。

カウンターの上のメニューには

「スープの味がしみこんだ、特選和牛をはじめ
トウフ、長ネギ、春菊、玉ネギ
そして温玉にうどん。
そう!!まるでアレですね。
でも…中身はしっかりスープカレー
限定なので、お早目にどうぞ
ニンジン、タマネギ、キャベツ、しめじ
水菜もはいってま~す」

と、書かれていて、「asatan」の広告文とは
若干違いますが、

それくらいでは僕の和牛魂は変わらない。

ということで、ノー躊躇で
「和牛すきカリー」
ただ、店内にぷぅんと漂っている香りが刺激的な
ご推奨のエビスープではなく
スープはいつものチキンスープ、

トッピング1品までなら追加料金無料のマイタケ
辛さは前回同様、強めの刺激が欲しかったので
+100円の葉月(ピッキーヌ赤1本青9本刻み1g)

そしてライスは、やはり和っぽいスープカリーには
これでしょう、土日限定のきのこ御飯を。



お水を飲みながら
周囲の癒される雰囲気を眺め

お客さんの会話にも耳を傾けつつ

(横で食べている、女の子の2人連れが
うっかりスープの中にはいってしまったピッキーヌごと
噛んでしまったのか
口の中が痛い痛い言っていましたが)


フラメンコっぽいギターが
「なだそうそう」とか、「ハナミズキ」などが
演奏されている感じのBGMに
耳を傾けながら

待つことしばしで
良い香りとともに

灰白色の丼のような器に入ったスープ。
ご飯茶碗のような器に入ったキノコ御飯には
いつも通りレモンが添えられていて登場。




普段は、非透明系、淡いオレンジがかった茶色をしたスープに
癒されることしばしなのですが

おやおや、
今回は大分茶色味が強いようですよ。

しかも、そんな色だけど
中央の水菜や横にある春菊の緑との
コントラストがなんとも鮮やかで
よい色合いですし

豆腐や温玉やうどんの白も、
ニンジンの赤色もステキです。

しかも、その横には
たっぷりの牛肉がほんとうに
盛りだくさんでスープに沈んでいて

これもまたウマそー。


ということで
いつも通りまずはスープを一口。


パクっ








ゥヲヲヲヲヲヲッ!


こ、これデスよ。

う、ウマいっスよぉ

そして

おやっ

口の中から漂ってくる、
そこはかとない、
ヤサシゲな醤油の味にかほりが…



うむ、これは

カレーうどんとか
カレーそばとか

そんな趣でもありますよ。


辛さが直球には来ない。

でも遅れて
ズドンとキマシタ。

相変わらずの生ピッキーヌは
伊達じゃねぇぜって
感じですが

やはりお醤油(割り下?)効果か
いつものスープのウマ味に加えて
散見することができるしょう油の
ウマ味やコクが
辛さを穏やかに感じさせている。

スパイスのキレと
スープのコクに旨みが
しょう油との味のつながりをも
強固にしていて
なおかつここでしか食べることのできない味に
進化させている。

流石です。

が、いくらしょう油のオダヤカでヤサシゲな味が
前面に来るとはいえ、

生ピッキーヌは伊達じゃねぇ

刺激的かつ、汗だくにもなる。

そんな変幻自在でありながら
日本人のDNAにも訴えかけてくるような
どこか懐かしさを感じる
やはり奥芝、匠のワザですね。


しかも今回の具材のメインは
まずは、牛肉です牛肉。

かつて、京都に旅行をした時に、
お店の方に作ってもらう「すき焼き」を
体験したことがありました。

割り下と砂糖のバランスも
感動的でしたが

その肉の柔らかさ

焼きつつ、煮るという
手間のかけ方と
柔らかさにノックアウトをされたのです。

が、
そんなのを思い出しましたよ。

たっぷりと入ったお肉が
ヤワラカイですね。

一口放りこむと




口の中でアブラが溶けますね

そしてこれまたこのスープと
ベストマッチですね。

もうこれだけでニヤニヤニヤニヤが
止まらないのです。

しかも、

トウフ、長ネギ、玉ネギと
食べ進めていっても
ニヤニヤは止まらない

淡泊ながらスープをまとった豆腐も
くたくたに煮込まれた長ネギも
同じくクタクタに煮込まれたタマネギも

ウマウマーっす。

シメジや舞茸の茸も
すき焼きの脇役としては
絶妙なバイプレーヤーぶりを
発揮してくれますし

水菜や春菊のクセのあるアオさも
すき焼きではいいアクセントとなるのです。

にんじんやキャベツといった
あまりすき焼きとは縁のない面々も
すっかりこのスープに馴染みながら

カレーの刺激を和らげてくれる
役割を果たしているのです。


そしてうどんですようどん。

きのこご飯もありつつ
うどんもありつつで

孤独のグルメであれば
「む、炭水化物がかぶってしまった」
と言った感じですが

かぶってオッケー。

むしろ両方食べられて超オッケーって感じ
なのですよ。

にしても、独りで外食をしていると
常に孤独のグルメのセリフが
ぐるぐるしてしまうという

私が「孤独のグルメ」中毒なのか…

いやいや
「男は常に、孤独のグルメ なのさ」

などとひとりごちながら

うどんもずるずる。

これだけで上質なカレーうどんです。

というか、こんな具だくさんな
カレーうどんもいいかも

ってまた新たなカレーの可能性に
気がつかせてくれる

そんなマッチぶりであります。

でもって、スープも減ってきて
ご飯も減ってきてで

スープカレー終盤のオタノシミ
残ったライスを、残ったスープに投下して
思いっきりレモンを絞って混ぜますが

この時に、温玉登場ですよ、オ・ン・タ・マ

あ~、奥芝で
温玉を食べることができるなんて…

当ブログでさんざん奥芝のカレーは
固ゆでの卵しか入っていないなどと

書き続けたおかげか(違いますね)


とにかくこの巡り合わせに
心より感謝をしまして

一気呵成にかっこみます。



くんっ

ぷっっ、はあ~

シンアワセェ~、


水を一気にぐびぐびっと飲んで

ぷっはー

ふぃぃぃ。


いやー、おでんもいいですけれども
スキヤキもいいですね

こう考えると
寒くて大変な冬の日だけれども
冬に際立ってオイしくなる食べ物って
沢山あるじゃないか。

そんな冬の日も悪くないと
感じることができた
カレーとの邂逅に
感謝しつつ

富良野へと戻ったのでした。





☆「奥芝商店 旭川亭」(旭川市旭町1条13丁目2146-14)
◇営業時間◇ 11:00~15:00/17:00~23:00
(22:00LO スープがなくなり次第終了)
◇定休日◇ 不定休(12月は30日まで営業) ◇駐車場◇ 有り




☆「北の味 山人」 (北海道富良野市北の峰町10-33)

富良野に住んでみて思ったのは
観光客だけではなく、
地元民でもそれぞれお店に来店をすることが多い。

人口二万五千人は伊達じゃないですからね。


かつ観光客も、ツアー客から、外国人から
ライダー・チャリダーまで混在している

そんな関係のせいか、
気さくな感じでふらっと入ることができる定食屋さんが
多いなーと思ったのです。

しかも、揚げ物のレヴェルの高いお店が
少なくない。

本場根室もかくやって感じ、押し麦がアクセントの
絶品エスカロップの「cafe麦秋」とか

アツアツの肉滴と、カリッとした衣がベストマッチ
ジューシーな唐揚げ定食の「山香食堂」とか

付け合せのスパゲティーまでオイシイ
アツアツ鉄板で出てくるメンチカツ定食の「めし処あきら」

それぞれ他のメニューも大変魅力的なのですが

(当然、どちらのお店も、当ブログに何度か登場をしているとおり
大変オイしいカレーを、食べることができます。)

上に上げたメニューは
ふと、無性に食べたくなるメニューで
なおかつ食べに行った時には
毎回毎回性懲りもなく
アッチッチの肉滴によって

口の中をヤケドしてしまい
学習能力の無さを露呈しつつも
オイシいものが食べたいという本能が
学習を上回ること
必定のメニューなのですが

上の3店と並ぶ
揚げ物の美味しいお店が

北の峰にある山人さんなのです。

と、いうことで
最近は定食を食べることが多かった
山人さんでしたが

久々にこちらのカレーが
食べたくなりました。

こちら、カレーメニューは

ビーフカレー
カツカレー
オムカレー
コロッケカレー

の4品がありますが

前回はカツカレーを食べて

その定食とかでも
いつもヤられてしまうエッジがピンピンにたった
サクサク衣のカツに肉滴のバランスの良さ

しかも、ルーはルーで
カツカレーをオーダーしたのに
ごろごろ入っている牛肉といったコンボに

打ちのめされて〔当然、良い意味で〕
帰った記憶があるのですが

カツカレーとともに
揚げ物がのっているカレーということで
気になる一品

いよいよ満を持して
コロッケカレーをオーダーしました。

「週刊ポスト」とかを読みながら、
待つことしばしで良い香りとともに
登場をいたしましたのが

濃いブラウンの、いかにも欧風カレーって感じのルーと、

こんもりと盛られているライスの
中央にどん、と鎮座ましましている
といった表現がふさわしい風情の

堂々としたキツネ色のコロッケ。
しかもエッジはピンピンに立っていて
見るからにサクサクって感じです。

たっぷり野菜のサラダも
一人身にはウレしいところ。

まずは、ルーを一口。








じぃぃぃぃん


これは、見た目こそ欧風な感じで
しかも確かにこくと旨みが
しっかりでている感じと

スパイスの調和が取れている

正統派カレーであるのです。



しかも、それにくわえて

オフクロのカレーにもどこか似た
独特の魅力というか、
定食屋さんのクセになりそうな
カレーという感じでもあります。

これは、ウマいわ。



そして、本日のメインエベント
楽しみにしておりました分厚いコロッケに
スプーンをサクっと刺しますと


!!


ヲヲヲヲ



ポテトコロッケじゃない。

カニクリームコロッケですよ。


カニクリームコロッケというと
俵型のものを思い浮かべることが多いでしょうが

メンチカツのような分厚さをもつた
楕円形のフォルムに油断をしていました。

そして、ルーのかかったコロッケを
口へ

サクっ



ん?


アフアフアフアフアフ



サクッとした小気味よい歯ごたえの直後に
アッツアツのクリームに

攻撃されてしまいました。

アツアツアツ、
と言えずに

つい「アフアフアフアフ」となってしまいました

それくらいのアツアツ。

しかも中のクリームがマロヤカだし
カニもたっぷりとはいっている

しかもカニの筋とかまで入っているということで
お店の人がカニをほぐしほぐししながら
コロッケのタネを作ったのだなあ
などといった製作工程まで
思いが及んでしまいました。

しかも、このクリーミーなソースと
カニなどの中の具とのバランスは
丁寧にして上品

僕が今食べているような
演歌の似合うようなカウンターではなく
クラッシックが流れるような
洋食店であじわうような、一流のお味です。

しかも、そんなコロッケと
そんなカレーが、ご対面ですから。


今までのコロッケカレー観が
一変してしまいました。


というか、コロッケカレーという
素朴な名前には好感を持てるのですが

でも、ネーミングで絶対損をしているのではないか

とかんぐったりして。


どうしてもコロッケカレーと聞くと
駅の立ち食い蕎麦のコロッケそば同様

チンしたものか冷食、しかも業務用の
マッシュポテトしか入っていないコロッケを

とりあえず乗っけました
って感じの

カレースタンドの定番メニュー
カツカレーは食べたいんだけど
お金が少々足りないんで
したらコロッケで的な
扱いをされていたのではないでしょうが。

しかし、違う、このコロッケカレーは
感動した。そしてコロッケカレー観が一変した。


今まで不当に低く見ていた
そんなすべてのコロッケカレーに懺悔したい感じの


そんな極上のコロッケカレーでした。

スキーをするために、富良野にお越しになる方で
北の峰スキー場にお越しのさいは

ぜひスキー場から徒歩五分の山人で

コロッケカレー、食べてみてはいかがでしょう。

ビックリしますよ。


なんてことをも頭に浮かびつつ

ルーにもどると

またまたごろごろ入っている
牛肉にご対面ですよ。

これもウレしいですね。

サラダもサラダで
ドレッシングのマヨネーズの
波状攻撃が野菜にあっているし

スパイシーなルーや
アツアツのコロッケの
丁度いい箸休めになります。

なんてことを考えつつ
一気呵成にいただきまして


ごっつぉーさまでした。

と、車に乗り込むと



学習能力のないワタクシ

また本能にまけてしまいました。


口の中はシッカリとヤケドをしていたのでした

トホホ。


でも、名誉の負傷です。





☆「北の味 山人」 (北海道富良野市北の峰町10-33)
◇営業時間◇ 11:30~23:00 ◇定休日◇ 水曜 ◇駐車場◇有り




☆「朝日のあたる家」 (富良野市北の峰町13-28)

月末のお祭りに向けての準備強化中。

ということで、旭川だ、札幌だと
ウカれて出かける回数も
当然少なくなっております。

多分、今週末に旭川行って、イベントで旭川に行く以外は
ず~っと富良野に腰をすえる感じ。

と、いうことでイキオイいくお店も
富良野のお店が中心になります。

富良野以外でカレーを食べると
富良野に戻った時は
その反動でカレー以外をいただくことが多くなります。

ってことで、番組では富良野オムカレーのお話を
することも少なくなく
なおかつ、富良野オムカレーをメニュー化している
お店に行くことも少なくないものの、
なかなかしばらく食べることもなかった。

と、いうことで、
久々の富良野オムカレー。

いただいたのは、こちら
「朝日のあたる家」さんです。

カンカンカンと軽やかな音をたてて
階段をのぼって
ぎいっとドアを開けると

喫茶店のような、いつもの穏やかな空間が
飛び込んできます。

立派な切り株のようなイスに
腰を下ろして

オーダーするのは
富良野オムカレー

BGMに流れる
ウッドベースの音がズンズン響く感じの
耳に優しいジャズの音色に耳を傾けると

まずはふらの牛乳が登場

こちらをまずは
くぴっと。

っハー!

濃いですね

この濃厚さに観光客ならずとも
地元民である私も
思わずノックアウト。

つづいて、ビックコミックオリジナルで

あぶさん、で景虎がFAでソフトバングに行く話しと
あぶさんに孫ができる話を読みながら

まつことさらにしばしで

登場。

これですよ。

で、普段だったら
ルーをぱくっ

ですけど

ここではそれができません。

というのは、こちらは

ターメリックライスの上に
カレールーが乗っかって

なおかつそのうえに
黄金色に輝く半熟のオムが
どどん

と乗っかるような
そんなオムカレーなのです。

富良野オムカレーといっても
さまざまなパターンがあるのですが

これはここだけの
唯一無比なオムカレーなのです。

見た目にも
黄色・こげ茶色・黄色という
三つの色合いのコントラストがすばらしい

ということで、ライス・オム・ルーを
同時にスプーンに乗っけて

ぱくっ






!!

じぃぃぃぃぃぃぃぃん。


うっわぁぁぁ

まずは卵のまろやかなお味。

富良野オムカレーがメニュー化されるずっと前から
「たまごカレー」やたまごカレーにハンバーグの乗っかった
「スペシャルカレー」が
看板メニューであった
朝日のあたる家、さんですから

卵のまろやかさについては、
お手の物。

しかも、
卵は卵で
富良野オムカレー、メニュー化後に
邂逅をした、大西さんの「さくらたまご」

これがコクがあって
しかも、僕の大大大大大好きな
半熟のフワトロですから。

玉りまへん。

そんな味が来てしばしすると
カレールーの
しっかりとした
濃厚な味がガツンとやってきます。

優しげなお袋系でもあり
喫茶店の濃いコーヒーにも似合いそうな
スパイシーで苦みばしった感じでもあり
食べあきない定食屋さんのような感じでもあり

そんないろいろなところで食べるカレーを
髣髴とさせてくれるような
変幻自在なカレールーです。

そして、噛み締めると、
ルーの濃さと卵のやさしさの
ハーモニーをしっかりと受け止める
ターメリックライスの
しっかりしたお味。

しかもそれもそのはず
あたりまえだの富良野米なのです。

そんなうまみの三層構造
うまみの黒い三連星による
うまみのジェットストリーケアタックが

一口食べては

やってきて

また一口たべては

やってきて

ガイア・マッシュ・オルデカ
ガイア・マッシュ・オルテガ

って感じなのです。
(わかりにくい例えでスマンです
ヲタ故の運命なのよね)


すごいすごいすごい。


しかも、

付け合せのサラダもフレッシュ

富良野産にこだわるサイドメニューの
ベーコンも燻煙香がかぐわしく
油がジュッとしみ込んだ。

噛めば噛むほどおいしい。

もっともっと食べたーい

といった代物なのです。

それでもって、これまた付け合せの
豆のピクルスも

豆の旨さに加えて
すっぱさがアクセントになっているところが

いいっスね。

しかもこのウマさが
全部地元由来のもの

ってことで、
全部が全部
近くのお店で購入ができる

地元の人がそれぞれの素材に着目しつつ

観光客の方も、
あえてお取り寄せをしたくなるような

そんなきっかけを投じることができる

そんなカレーです。

北の峰のスキー場は
例年にない雪不足で
まだオープンをしていませんが

ぜひきたら、山人さんともども
こちらも寄ってほしいです。



☆「朝日のあたる家」 (富良野市北の峰町13-28)
◇営業時間◇ 11:00~22:30  ◇定休日◇ 火曜日 
◇駐車場◇ 有り





あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で
参戦いたします
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
2008.12.19 ムシケン
「わが村は美しく-北海道」運動 第4回コンクール
地域特産物部門におきまして
富良野オムカレーの
「食のトライアングル(農・商・消)研究会」が
銅賞を受賞しました。

おめでとうございます。

こちらにつきましては、
22日(月)オンエア予定の
「FURANO History Factory」内
「富良野印度化計画」で取り上げたいと思います。

お楽しみに。

お楽しみといえば、
仕事で外勤や出張の時とか、
出先で車に乗る時は、
まず、富良野では「ラジオふらの」、
その他コミュニティー放送局のあるところは
それぞれの放送局。
そうでない時は「HBC」か「Air-G」という
優先順位でラジオを聞くのですが
「カーナビRadio午後一番!」は別格というか

なかなか仕事の関係で聴くことは出来ないのですが
時間があえば、結構聴きますね~

先日、たまたま外勤の時にきいたら、
「ことナビ」こと「きょうのひとことナビゲーション」のコーナーで

その時の関さんが出した問題が、
今週のテーマを考えるきっかけとなりました。



12月15日 オンエアー 第192回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。

先週のブログの冒頭でも少々書きましたが

先々週、夜中に目が覚めて
つけっぱなしのテレビを見ると
番組が「CDTV」~「ランク王国」に
なっていまして、
そのままぼーっと見ていたのです。

そう、北海道ではHBCテレビの深夜にオンエアをされている
「ランク王国」ですが

この番組は、様々なランキングを紹介しながら
トレンドを紹介していくような
特徴の番組ですか。

僕としては大学時代にオンエアされていた
「マーケティング天国」の印象が非常に強く

分析とかそういうのがなくって
たんに紹介だけというのも
いさぎよいといえばいさぎよいのですが

なんだか、食い足り無さこそあったものの

初代の進藤晶子アナのカワイサなどもあって
ダラダラと見続けて今に至るという
感じなのですが。

そうですか、もう十三年ですか。

さて、その回に紹介されたのが

「全国ご当地B級グルメTOP10」
じゃらん 調べ

でした。
これで「富良野オムカレー」が3位になった話は
先週に書きましたが

ランキングは以下の通りです。

1位 富士宮やきそば
2位 静岡おでん
3位 富良野オムカレー
4位 宇都宮餃子
5位 新潟 イタリアン
6位 浜松餃子
7位 横手やきそば
8位 駒ヶ根ソースカツ丼
9位 広島 お好み焼き
10位大阪 たこ焼き

なるほど。

僕としては、大好きな讃岐うどんがはいっていないのが
納得いかないところこそあるものの

まぁ、あれはあれで、別格なのですが

びっくりしますよね、食べると。


富良野オムカレーが3位は
喜ばしいところであります。

スゴいですね。

先週と意見が重なりますが
そうやって認知度が出てきた富良野オムカレー、
他のB級グルメに比べ
歴史が浅いのは否めないものの

だからこそ、今までの関係者の頑張りなどには
頭が下がる思いなのです。

今後ともに、僕も何が出来るのかを
考えていきたいと思います。


さて、カーナビの話ですが

そのときのことナビゲーションのコーナーで
関さんが言ったのが

「ムシケン」だったのです。


この前の週に発売された
週刊SPA!も
「泣けるほど旨い鍋」ベスト19と題した
特集をしていました。


その中で、フードアナリストの紗羅さんのインタビューを交えて
下のような記事が載っていました。


「この冬は果たしてどんな鍋が流行るのか?フードアナリストの紗羅氏は「昨年に引き続き、カレー鍋のブームは衰えないでしょう。さらに今年は、4つの鍋にも注目したいですね」と語る。
「一つ目は好みに合わせて肉や野菜をトッピング出来るコラーゲン鍋。美肌効果があるうえ、注文の段階から楽しめるからです」
シメがイタリアン風になる鍋も、人気急上昇中だという。
「チーズ鍋やトマト鍋などで、鍋を楽しめるのはもちろん、シメのリゾットやパスタがまた絶品!」
根強い人気のアジアン鍋も要チェックだとか
「鶏を丸ごと1羽使ったタッハンマリに注目です。美肌効果もあり、本場韓国ではかなりの人気になっています。まだ提供する店が少ないので話題になりますよ。」
このほかホント句集の掲載鍋以外では、「一度に焼肉と鍋の2種類の料理が味わえ、そのお得感から人気が出そう」というのが横濱鍋。「鍋の中央の出っ張った部分で肉を焼き、周りの溝になっている部分で鍋を楽しむスタイルに注目!」」

とのことなのです。

 コラーゲン鍋とは、たとえば、国産の鶏ガラを約10時間煮込んでゼラチン状にかたまったコラーゲンを投入する鍋とか

チーズ鍋はチーズと投入する鍋合わせたスープでシメはご飯でリゾット風に
トマト鍋は鶏ガラスープのトマトスープで、シメはパスタでいただくという

そんなお鍋なのです。

もしくは
大阪では鉄板鍋とよばれ
独特なちとりのような鍋でいただく
ちりとり鍋や
二種類のスープを楽しむことができる
火鍋などもオイしそうなのですが



ことナビで話題になっていたのが

蒸し鍋でした。

同誌の特集では、
(畑)ハレノヒ ゲートシティー大崎店が
紹介されていて

ベーコン、小松菜、トマト、シイタケ、プチトマトなどが
彩りキレイな写真の下に

「有機野菜をセイロで蒸して、ソースをつけて食べる蒸し鍋は、その名も「ムシケン」。“蒸して健康”の略で、基本の野菜はキャベツ、トマト、小松菜など7種類。さらに1人前に1種類ずつ、季節の野菜と肉類、好みのソースが選べる。スープは和風だし(かつおと昆布)か洋風だし(ブイヨン)、シメはカッペリーニか雑炊と、選択肢が多いのも魅力。蒸し上がるまでのワクワク感もまた楽しい。

との紹介記事がありました。

これはウマそうですね。

いままで鍋というとスープに具材をくぐらせるのが
パターンですが、その常識を真っ向から
覆すのが、面白いですし

蒸す、という調理方法が素材の持ち味を引き立てる
という点に着目したのも、素晴らしい。

まだ、道内で食べられるお店は
ないようですが

あれば、チャレンジしたいなぁと
思ったわけでした。




あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
♪12月15日オンエアー 第192回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です


♪「Prototype」 石川智晶
TV『機動戦士ガンダム00 セカンドシーズン』Ed

ピアノのポロンと鳴る音に
重なるように入る幻想的なコーラスが
融合した不思議な響きのイントロに
導かれて染み入るように入ってくるのが、
一聴すると、無機質にも聞こえるのですが
良く聴くとすごく味のあるという
絶妙なバランス加減と、
絹のような繊細さに加えて
艶やかな伸びやかさをもつ
優しげな石川さんの歌声です。
彼女の歌声が魅力的なところに加えて、
思春期の懊悩とかをあらわすのには
絶妙なはまり具合であるのは、
名曲「アンインストール」とかで
実証済みです。
曲も、ピアノに加えて、対旋律や間奏で活躍する
ストリングスだけならば、単に穏やかなくくりの
楽曲におさまるのですが、そこにとどまらず
要所要所をギュンとした音でしめるギターの音や、
ベースラインの動きについても
自然と曲に馴染んでいて、
一幅の絵画のような世界を
作りだしています。
特に、ストリングスがせつなげで、
哀調を帯びた対旋律を奏で
間奏のピアノの音色へと自然につながり
そのままストリングス同様せつなげな
ピアノだけをバックにして
穏やかに歌われるところから
次第にベースや、ストリングスのサウンドを
重ねて入れていって、曲に厚みが加えながら
再びサビヘとすすんでいく
壮大な展開がいいですね。
後奏でのストリングスの旋律や
不思議なコーラスを使っての
曲のしめくくりかたもいいです。
この曲は、石川智晶さん6枚目のシングルで
12月8日付のオリコンウィークリーチャート
初登場3位でした。
こちらの曲は、当ブログのコメント欄にも
書き込みをしてくださっている
畏友3pin氏のリクエストでした。
ありがとうございました。





♪「水の惑星」 savage genius
「JUST TUNE」カップリング

打ち込みで歯切れのいいビートと、
ベースやギターの音が小気味よい
アップテンポの楽曲に、
そんな曲に良くハマっている
攻撃的なストリングスの音と
そして、舌足らずなところが魅力なのに加えて
ハキハキと歌いこなされる
ああ さんのボーカルが
まずは耳についてきます。
間奏部分とかでは、
拍子を倍にしてゆったりとした感じで
演奏を披露したり、
リズムのパートをオフにして
穏やかに聴かせたりと、
曲に様々な色をつけているところも
面白いのですが
特に、長い間奏部分から
穏やかなピアノのソロになって
そのピアノソロにストリングスがかさなり
しっとりと歌われるパートがきて、
そこだけ聞くと、
バラード曲のようにも聴くことが出来るのものの
それが、しだいに曲が盛り上がるに従って
テンポを倍にしていく部分などを聴くと、
この前に、曲の拍子とかをいじっていたのが、
伏線であったのかと気がつかせてくれるという
そんな曲の展開が絶妙で、
カッコ良いですよ。
作曲・編曲を担当されている
Elements Garden 藤間仁さんの
見事なお手並みを見ることができます。





♪「縁雷〜EN-RAI〜」 斎賀みつき feat.JUST
「FURANO History Factory」12月のマンスリーパワープレイ
WEBラジオ『隠の王』テーマソング

いきなり斎賀さんのボーカルが
直球で楽器のように響き
ストリングス、ピアノ、ギターを
従えるという、そんな主従関係が明確になる
構成で曲がはじまるのです。
斎賀さんの、朗々と歌われる
セツナげな旋律によくにあう
艶っぽいお声という歌のパートと
カッコ良いRapのパートの組み合わせの
妙を感じることができますし
そんな2人のかけあいに加えて
間奏のギターソロとかも
泣きのギターって感じで
ギュンといた音も含めて
とても、良く味わうことができます。
そんな本職バンドサウンドといっても
遜色ないくらいの楽曲で
あらためて才能溢れる人であると
思うのです。うむ





♪「未来スケッチ」Hearts Grow
「そら」カップリング
「日本トランスオーシャン航空」2008年イメージソング。

ピアノと、歪んだギターにハモンドっぽい音に導かれた
明るいのだけれども、ぞこか明るさの裏側にある
切なさという、青春時代の複雑な感情をも感じる、
そんなイントロを聴くだけで、
期待でわくわくしますし
そんな期待に違うことのない
元気ながらも、ただ元気だけではなく
しっかりと聴かせてくれるボーカル。
しかもツインボーカルですから
それぞれのソロのパートは、二人の歌声を
コーラスやユニゾンのパートについては
二人の個性を両方味わうことができるってことで、
もうこれだけで、まずはいいなぁと思うのです。
ただ、これだけにはとどまりません。
流石、沖縄出身のバンドというべきか
リズムパターンの処理とかを
1番とに2番で変えていったりとか
基本のビートが素直なエイトビートではないところに加えて、
ギターサウンドは時に明るく
時にソリッドに奏でられ、
骨太なベースとも連動性があるところとかも聞き所。
旋律はあくまでも覚えやすく、
親しみやすいサウンドでありながら
バッキングの音のイジりかたとか
リズムパターンのバリエーションなどが
いろいろと凝っていて
聴くたびに様々な発見ができる
そんな曲なのです。
こんな女の子のツインボーカルと
高い音楽性の組み合わせっていうことで
もっと注目されてもいいのでは
と思います。
JTAのイメージソングですが
マリンビジョンに流れているモノでかかっている曲
だそうです。
あー沖縄行きたい~♪
と思うのは、カップリング曲「そら」と
同様であります。





♪「冬の向日葵」 近江知永
ゲーム『冬のロンド』挿入歌

静かに流れるピアノの音に
ほんのりと暖かみのある近江さんの歌声が
そっと重なる、穏やかなスローテンポの曲です。
Aメロがメジャーコードの進行ですすんでいきながら
Bメロ、そしてサビの最初の旋律が
少々セツナゲながら、
全体的に暖かみを感じるのは
底に流れている様々な音の組み合わせと
近江さんのサワヤカな歌声が
連動をしてのことでしょう。
特にサビ部分の最初はセツナク
そして次第にアタタカクという
コードや旋律の進行などに加えて
ストリングスが追いかけてくるところとかは
曲自体が盛り上がりながらも
すごく、ホッとできます。
このセツナくもアタタカイという曲こそが
タイトルの「冬の向日葵」を
体現しているということですか。
Cメロのハモンドオルガンか重なって
そしてドラムの3連符のフィルインをつかって
ドラマチックに盛り上げていったあとで
ピアノのソロだけで、サビがうたわれる
そんな曲構成の中での波のように盛り上げたり
スッと引いたりとかも含めて、
穏やかな楽曲で、気持ちよく聴くことが出来ますし
これまた冬に出逢った向日葵のように
あたたかくやさしくなれる
そんな佳曲です。
あと蛇足ですが、近江さんの歌というと
「樋口一葉~たけくらべ~♪
幸田露伴~五重塔~♪」
ってのを真っ先に思い浮かべてしまうのは
ワタクシが『スケッチブック』ヲタだからですか
そうですか。
あー、スケッチブック見て~
うちかえって見よ~







このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
FHF
月は卵型の軌道で地球を周回していて
最も接近する位置を近地点、
逆に最も遠ざかる位置は遠地点というそうで、

その差は約5万キロメートル
あるそうなのです。

先日12日は
月が「近地点」に達するのと、満月が重なる
非常に珍しい近地点での満月であったそうです。

だから、非常に大きい満月を見ることが出来る
日とのことで、少々楽しみに
しておりました。

この日ワタクシは職場の忘年会でありましたが

残念ながらこの日の富良野は雪ということで
見ることが出来ませんでした。

が、その翌日
仕事を終えたあと、用があって
旭川へ向かったのですが

途中美瑛のあたりで

ちょうど出始めで
地上の物と対比をすることができるので
尚更でっかく見える月が
視界に入ってまいりました。

月齢16,十六夜の大きな月に
しばしみとれてしまいました。


まもなく冬至ですが、
夜の長い時には
長いなりの楽しみが

あるものです。



12月15日オンエアー 第192回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

先日、富良野市の教育委員会社会教育課が主催をしている
「ふらの市民講座」の第一講目を
終えました。

毎回毎回、熱心にお話に耳を傾けていただいている
受講者の方々の熱意に
私自身も、多くのことを学ぶことが出来
刺激を受ける行事なのですが

この時期のテーマはいつからか
来年の大河ドラマという話になっています。

というわけで、
昨年のこの時期には「篤姫」の話をさせてもらいまして
今年は来年の大河「天地人」の主人公
直江兼続の話をしたのです。

そんな講座の内容について
受講者の方々などの許可もいただきましたので
一部かいつまんで、番組でもお話させていただきます。



さて、直江兼続といえば、
徳川家康に反発をし、関ヶ原の戦いのきっかけを作った
「直江状」の存在と
石田三成との友情や彼のもつ戦略眼のスルドさ。

そして、何より2004年6月2日に放送された
人気番組『トリビアの泉』でも紹介された
(『トリビア~』です「愛をかぶった戦国武将がいる」と紹介されました。
『トリビア~』の話は傑作歴史大河ギャグマンガ『風雲児たち』の作者
みなもと太郎さんが出されていた自費出版物でも紹介されていました
しかもこの時のみなもとさんの感想は
「こんな兜をかぶったヤツはアホに違いない」でしたw
あと『トリビア~』で兼続を演じたのは榎木孝明さんでした)
愛の字が書かれた独特の前立ての兜が有名です。

ま、今回の大河は、僕にとっては
「愛」の兜を見ることが出来るというだけで
ごちそうさまなのですが。


さてさて、兼続や、兼続の主君である
上杉景勝が生まれ育ったのが、
越後の国現在の新潟県です。

新潟県は、面積12583k㎡
(北海道の7分の一 県で4位 ちなみに富良野市のある
上川支庁の面積が9,852km2)の広さに
245万人の人口を要しております。
そんな広い県域をもって富山県と親不知で接し
山形県と鼠ヶ関で接するという地域性からか

地方区分では中部地方に分類されているものの、
NHKの天気予報や裁判所のエリアでは
関東甲信越(裁判所は東京高裁)
電力会社は東北電力
民放もこの関係で東北の番組をネット。
衆議院比例代表区では北信越地方(北陸信越ブロック)。
鉄道はほぼJR東日本ですが、県西部を走る北陸本線と大糸線はJR西日本
交流電源の周波数は東日本の50Hzに一部と西日本の60Hzが混ざる

そんな北陸と東北の要素が
混在している場所なのです。

300㎞を超える海岸線を持ち県の形も細長く
北と西に折れ曲がっているのに加えて
県内にも川、山や峠が多いため
それぞれによって区切られているという
地理的要素の違いから、

離島であり文化・風土の大いに異なる
佐渡地方以外、いわゆる本州の部分は、

上越市を中心とする上越地方、
長岡市を中心とする中越地方、
新潟市を中心とする下越地方の
3地域に大きく分けられていて
それぞれが独自の文化をもっています。

上越と中越を米山峠で
中越と下越を阿賀野川で区分する方法も
ありますが。


先日ニュースで
上越新幹線が通らずに、北陸新幹線が通るのに
「上越市」というのはいかがなものか
ということで、市の名前について考えるという
報道がされました。

以下は産経新聞の記事です。


新潟県上越市で北陸新幹線の平成26年開業に向けて市名変更の運動が起きている。市内唯一の新幹線駅を管轄するJR東日本が「上越線」「上越新幹線」との混同を避け、駅名に“上越”を採用しないという憶測が広がっているため。運動を進める「市名を考える市民の会」(長井泰雄代表)は11月末に変更の必要性を説く小冊子「上越市でいいんですか?市民が誇れる市名を!」を発刊、運動に本腰を入れる。

  ■写真でみる■ こちらは「雪国」の舞台、“上越”線の湯沢駅 

 「頸城野(くびきの)市は十分、検討に値する案です」。市民の会が先月29日に上越教育プラザで開いた小冊子の出版記念講演会「市名・地名を考える」で上越市の新しい市名候補が飛び出した。声の主は地名の専門家で講師の楠原佑介氏(埼玉県上尾市在住)。

 地名資料室・地名110番主宰、正しい地名を復興する運動世話人の楠原氏は「国、郡、郷のレベルで、頸城は日本列島で1000年以上たった1つしかなかった。ほかとの識別性が高い地名です」と、歴史的な由緒正しさを前面にその優位性を付け加えた。

 市内唯一の新幹線駅に“上越”を使えるよう木浦正幸市長がJR東日本に「上越線」「上越新幹線」の変更を求める意向を示している。これにも「変更にかかる費用を市が負担するといっても検討してくれるかどうか。たぶん、変えないでしょう」と切り捨てた。

 食い入るように聞き入ったのは30人ほど。旧上越市(直江津市と高田市が昭和46年に合併して誕生)と周辺13町村による平成の大合併のあり方を考える市民団体「住民自治と合併問題を考える会」を中心に19年7月に発足した市民の会メンバーと関係者だ。

 関心の高さには理由がある。平成の大合併で考える会は新市名について住民の意見を聞くよう提言したが、合併協議の紛糾を避けるため住民アンケートなどは棚上げされ、考える会が独自に新市名を問う住民アンケートを17、19年の2度実施した経緯があるため。

 19年の住民アンケートの回答者は70人。複数回答の結果は“くびき野市”はじめ13町村の郡名である「頸城」関連が36件と圧倒的に多く、かつての上杉氏の居城名だった「春日山」関連が12件、旧市の「高田」関連が10件、「謙信市」が5件などの順となった。

 上越は「越後上越市」と「えちご上越市」が計3件だけ。不人気の理由を小冊子は直江津と高田両市が合併で12万人規模になれば新幹線や高速道路、国立大学などを誘致できると、合併を急ぐあまり新市名で十分に市民の意見を聞かなかったためと結論づけている。 JRの「上越線」「上越新幹線」は上野国(こうずけのくに)の群馬と越後の国の新潟両県を結ぶ妥当な命名と説明。沿線に「上越国際」や「上越・石打丸山」の有名スキー場があり、新幹線駅に“上越”を冠すれば県内外のスキー客の混乱を招くと指摘する。

 これを裏付けるアンケート結果も載せている。19年2月に市が首都圏(1都3県)の1000人から回答を得た結果、地図で正しく上越市を指せたのは24.6%だった。考える会の2度のアンケートでも市名変更支持が17年の24%が19年に38%に急上昇した。

 「県外では今でも“私は高田”“私は直江津”といわないと分かってもらえない。市名問題はこの37年間くすぶってきたんです」と話すのは、考える会会長の佐藤忠治・市民の会事務局長。「市名も駅名も地域の看板。変更するならこれが最後のチャンス」と力説するのは長井代表。

 市民の会は2000部作製した小冊子を希望者に配布して運動を盛り上げる計画。駅名について、JR東日本は「地元の意見を聞いて検討していく」、市新幹線交通政策課は「幅広く意見を聞いている段階」が公式見解だが、すでに「越後高田」や「妙高」の名前も挙がっている。

 柏崎市に被害が集中した昨年7月の中越沖地震は4年前の中越地震とわずか1字違いの名称に義援金が中越地震に流れた苦い経験もある。重要な名称を決めるには十分な議論を期待したいものだ。市民の会事務局は(電)0255・34・3759。小冊子の希望者は80円切手を同封して〒949-3759、上越市大潟区四ツ屋浜501へ。



まぁ、上越新幹線の名前のもととなった
上越線は、関東と新潟を短絡する鉄道として
計画されたもので、
群馬県の上野・新潟県の越後の
一文字ずつをとっての命名ですから
上越地方とは関係ありませんし


その上越市も、もともと上越地方の中心という
側面こそあるものの、
もともとは高田市・直江津市などが
合併によって命名された地名です。

市名の問題については
このあともどうなるのかが
気になるところではありますが…



閑話休題

といった多様性をもつ越後の国ですが
国分寺や国府がおかれたのが
現在の上越市でした。

こちらは古くから港町として栄え
しかも、古代から海路として
太平洋よりも船の運行が盛んであり

なおかつ大陸の文化を吸収する時の
航路でもあった
日本海側の街ということで

室町時代末に成立した日本最古の海洋法規集
『廻船式目』に、三津、七湊として書かれている
港湾都市の一つでもあります。

ちなみに
三津は
伊勢安濃津(津市)、
筑前博多津(福岡市)、
和泉堺津(堺市)

七湊は
越前三国湊(坂井市)、
加賀本吉湊(白山市)、
能登輪島湊(輪島市)、
越中岩瀬湊(富山市)、
越後今町湊(直江津)(上越市)、
出羽土崎湊(秋田湊)(秋田市)、
津軽十三湊(五所川原市)

安濃津以外は全部日本海に面している
街であるということで

納得ができます。



さて、そんな越後ですが

14世紀は、建武中興の時に、
新田義貞が、後醍醐天皇から賜った土地が、
越後と上野と遠江でした。

しかし建武中興は長く続かず、
足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻しますが、
挙兵後には、後醍醐側の中心である新田義貞の
領地は攻撃の的となります。

尊氏の叔父にあたる上杉憲房と
従兄弟の憲顕が越後を攻め取って
(憲房は戦死をしますが)
その後、越後・上野は上杉氏が守護になります。


また、尊氏が京で政治を行うということで
かつて武士が政治を行っていた鎌倉に鎌倉府を置き、
尊氏の子 基氏を派遣して
鎌倉公方として、関東・東北の政治を
担当させます。

そして幕府の政治にならい
補佐をする役職を関東管領(はじめは関東執事)と呼び、
足利氏傍系の上杉氏が、代々関東管領をつとめます。

初期においては同じく、上杉氏と同じく
足利傍系にあたる斯波氏や畠山氏が
就任していたこともありましたが
次第に上杉氏に独占され
最終的には、上杉氏が世襲していくことになります。

そんな上杉氏は越後の守護でありながら鎌倉にいることが多く
越後での実務を担当したのが、越後守護代の長尾氏でした。

こちらは系図をたどっていきますと
高望王にとつながっていく
これまた桓武平氏の名門です。

長尾氏は、為景の代になると
不在の権力者と在地の実務担当ということから
対立をするようになった関東管領と争ったり
闘争を有利にすすすめたりするために
朝廷や幕府に寄進をして、将軍(義晴)の名前を、
自分の子ども(長男の晴景)に与えてもらったり
工作をしていました。

しかし、
病弱な晴景に変わり台頭したのが
弟の景虎でした。

彼は、兄である晴景の養子となって
長尾氏の家督を継ぎました。

そして景虎は、主君・上杉定実から見て「正妻の甥」
且つ「婿の弟」にあたるという血統もあったのと
その卓越した武力によって。

越後の国を強固な一枚岩にまとめあげました。


前述した通り、国自体が広いのと
地形の関係から、お隣信濃ほどではないにせよ
国人などの群雄が割拠している状態なのが
当時の越後でしたが、

彼が長尾家を継いで越後の国をおさめると
最初こそ、内部抗争はあったものの
次第に勢力を拡大して、
甲信を制した武田氏と雌雄を決する戦いを繰り返し、
やがて北条氏に攻められ勢力を失いつつあった
上杉氏の上杉憲政の懇願で、
上杉政虎と名を変えて、
上杉氏の家督と関東管領職を継承し、
27代関東管領として、
通常の守護よりも格段に高い地位を得ることとなりました。

その後に将軍足利義輝より偏諱を受けて
上杉輝虎と名乗りました。

この時に朝廷・将軍家と上杉家のあいだを取り持ったのが
関白近衛前久でした。

彼は天文5年(1536年)、近衛稙家の長男として
京都に生まれ
天文23年(1554年)に18才で、関白左大臣となります。
また、藤氏長者に就任しをし
天文24年(1555年)には、従一位に昇叙

永禄2年(1559年)に、景虎が29才で上洛をした時、
前久は23才でしたが、景虎と血書の起請文を交わして
盟約を結ぶ関係となります。

しかも、前久は、関白の職にありながら、
永禄3年(1560年)に越後に下向し、
更に景虎の関東平定を助けるために上野、
下総の古河御所に赴くなどの行動をとります。

そんな関係から、朝廷や幕府との間柄を
取り持つことになりましたが、

ここらへんに上杉謙信の行動原理が見て取れます。


たとえば、謙信といえば、北条氏との抗争ですが
それは、あくまでも関東管領上杉氏と対立をし
虐げたのが北条氏 ということで
北条氏と対立関係を持ちます。

武田信玄と激闘を繰り返した川中島の合戦も、
村上義清や高梨政頼(景虎の叔父)の要請を受けてでしたし、

手取川の戦いなどで知られる織田攻めも
朝廷の要請があってのことです。


そのような「義」の戦いを繰り返したということと

謙信は同盟を破らずに、領土を求めずに
戦いを繰り返しました。

信玄や北条や織田は敵対勢力の殲滅に
他領の略奪という武力主義にもとづいての
軍事行動を行うのに対して、

謙信は信玄や北条が奪った領土を旧領地に返還させる
強行措置としての「義」の戦いをしたという

ここらへんが、戦国大名上杉謙信の
魅力なのですが

このような薫陶を受けたのが
幼少時の直江兼続(当時は樋口与六)だという設定で
大河ドラマははじまるものと思われます。

兼続(与六)は、1564年に
謙信の居城である春日山に行ったとされますが

これについては、信憑性のある史料はありません。

この時、謙信34歳 兼続4歳 景勝9歳でした。

さて、そんな兼続、どのような活躍をするのかは
また次回のお話であります。





ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)


来週は年末恒例企画を予定している
「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
この時期は
2008年のお江戸は台場を締めくくる
冬の一大イベントまで、
カウントダウン期間です〔僕の中で〕

そして、そんな気分を盛り上げる
分厚い本が、昨日6日に発売予定。

一番近い販売店はア二×イトである
と、いうことで、
旭川まで買いに行ったのです。





店内に入ると、
「入荷が遅れていますのでご了承ください」

とかかれた紙が棚の上に書いてあって
いつ入荷するのかワカラナイ状態

日が暮れてもまだ入荷はせず
このまま夜にツルツル路面をオッカナビックリ帰るのは
やだなー
などと思ったのと、

この時間まで待ったことで
家に帰るのが面倒になったので
そのまま旭川に泊まることにしました。

結局、
厚い本はその日の午後六時くらいに
無事購入できたのです。
よかったよかった

しかも、今夜は泊まる場所を作ったってことで
そんな荷物をもち
せっかくの旭川の街中だから
ということで

アルコール付きの夜カレーへゴー

ワクワク勇みながら
足を動かしました。

向かったのは、今年オープンした
札幌に本店のあるスープカレーやサンの支店で
お気に入りの一軒でした。





明かりがついていない





あれ?

窓には
「J口」の「貸物件」の張り紙が張られているのが見えますし

カンカンカンと鉄の階段を上っても
あたりまえだの真っ暗な店舗



ガーン

僕はショックを受け

(その後、よく見たら看板とかも外されているじゃん)
とか思いながら

スープカレーをあきらめて
博多はキャナルシティの中にある
ラースタにもにも支店が出来たらしい

人気ラーメン店のB光軒で
しょうゆラーメンを食べながら
ビールをいただいたのでした。


ラーメンとビールの組み合わせは
寒い冬の旭川にびったりとマッチをする
ウマさでしたし

お店のなかに張られている
「北のフクヤママサハル」の名で
HBCラジオ・カーナビラジオ午後一番の番組内で
大活躍wをされている
「ロミオマシーン」のヴォーカル
「大森俊治」さんのサイン色紙などを見つけたりと

それなりに楽しかったのですが

カレーを食べる気マンマンだったところが
ふられてラーメンを食べるという

ハシゴをハズされたというか、
どこか上滑りする感じが
ずっとあったのに加えて

あのカレーを旭川で食べることが
もうできないなんて…

と、いうことが
かえすがえす残念でアリマスね~。

また、札幌行く機会があったら
本店のほうへお邪魔してみましょうか。




そういえば、先ごろ
市内の某スープカレー屋さんにも

大きい「貸店舗」の紙が
張られていました。

こちらは、自宅から近いお店でしたし
味もそれなりだったのですが

開店直後にちらのお店に行った時に、
お客が僕だけだったという
こともあってか

「いらっしゃい」
と出迎えられて
オーダーを済ませたあとに

「地元の人?」
「どこ住んでんの?」
「仕事なにやってんの?」
などと、いろいろと訪ねられたことに
ヘキエキをしたのに加えて

「やっぱ、フラノって、いいっスよね~
ずっとあこがれてたんスよ」

などと自分語りをはじめたりして、

それでも、
そのときはたまたま店員さんのあたりが
よくなかったのであろうと思って

別のときに行ったのですが…

「あれ、また来てくれたんだ~」
と同じような歓迎をされ

前回以上にいろいろと僕のことを聞かれ
またいろいろと彼自身が語った

と、いうこともあったので

それ以来行っていなかったのです。


僕自身が、極端な人見知りであり
あまり親しくない人に話しかけられることを
大変、苦手としている
ということもあるのでしょうし

このようなきさくに話かけられることを
サービスと受けてめるお客さんも
いるのでしょうが

僕は正直、初対面の人から
住所とか仕事とかを聞かれるとは
思っていませんでしたので

衝撃を受けたのですが。

といったことと
お店が無くなった理由とは
関係があるのでしょうか?
無いのでしょうか?

ちなみに、そちらのお店の看板は
まだ外さておらずに、残っています。




どこに行ってもカレー莫迦「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです
先週末は、旭川で分厚い本を買うことが
週末の第一目標であったため
それを中心にモロモロの予定を考えました。

午後に買い物をすることにして、
12時に昼食を「アジア金星堂」でとるためには
だいたい11時までに温泉から上がる。

そのためには早くから開いている
温泉に行こう

と、いうことで訪れたのが
吹上温泉白銀荘でした。

こちらは、6時から8時の朝風呂もありますが

通常、日帰り入浴は9時から入館 10時から入浴
という時間での利用になっています。

ということで、10時につくべく
山道を走ったのですが
この日は軽く雪が舞っている日でした。

しかも、道には雪が積もっていまして
幸い凍結していないのと、
新雪だったので、そんなにコワい思いは
しませんでした。

だから、欲を出して更に雪道の難易度が高い
凌雲閣にもイッチャウ?
(こちらも日帰り入浴が朝の8時からです)
などとも考えたのですが、

それは年明けで
東京から帰ってきたときに
北海道の雄大さを実感するために
とっておこうと思って

初心のまま、吹上温泉へと向かいました

しかも、この時に吹上露天の駐車場には
車が一台しか止まっていない!!

そんなのも見たことありません。

雪が降ろうがナニが降ろうが
結構な台数車が止まっているのが
吹上露天駐車場ですから

一瞬、吹上露天にも惹かれたのです。

が、じつはこの時は
対雪中露天装備を怠っていた。
(簡単に言うと脱いだ服と靴を入れるビニール袋を
用意していないというだけですが)

と、いうことで、こちらもあきらめましたが

その後はトラブルとかは当然
ツルッとケツを振ることもなく
たどり着くことが出来ました

が、この選択が実は良かったのですよ。

98湯目です。

こちらは、広々とした露天と
木の香りが漂う内風呂が魅力で

あまりにも魅力が多いために
常にお客さんでごったがえしている
そんな温泉なのです。

ついた時間が丁度10時

僕以外にいたお客さんは
2人だけでした。

家から夏場なら車で30分弱ということで
比較的良く行くのですが、
こんな空いている白銀荘の温泉は
はじめてです。


と、いうことで
誰に気兼ねすることなく、
苦く、かつほんのりと硫黄の香りのする
お湯を飲んだり、

雪が深々と降り続く中
僕以外には露天風呂には1人しかいない

そんなのも味わいつくしたり

しかも、こちらの露天は
かなり熱い湯温の岩の湯槽
熱い湯温の岩の湯槽
丁度良い湯温で広々とした岩の浴槽
の三つがあって

たいていは一番広くて
一番入りやすいところで
のへーっとしているのですが

流石にこの日は
寒かった。

と、いうことで
熱い湯温の湯槽に身を沈めながら
究極の頭寒足熱だなぁなどと

思ったりしながら
優雅な時を過ごしたのでした。

雪が降りそうな日の早い時間帯は
流石の白銀荘もすいているということを

今回は学ぶことが出来て
それが収穫でありますネ。


ちなみに小1時間ばかり滞在しましたが
旭川に向かうため
来た道を引き返す時にも

吹上露天の駐車場には
車一台しか停まっていませんでした。

こちらも、来年あたり
チャレンジしたいかと…





さてその後、無事旭川に到着
カレーを食べた後、買い物に予想外の時間がかかったということで
急遽、その夜は旭川にそのまま滞在。

翌日は、妹背牛温泉ペペルへとむかいました。

こちらは、旭川近郊の入浴施設で
一番早い時間である10時から営業をしている
ということで、

よくお世話になります。

さらに南に行けば

朝の7時からやってるツワモノ
北村温泉もありますが。

しかも、こちらは街中にあるということで
雪の日であっても、朝一で行っても、
混んでいるのは
前回10時前にこちらについた時に
経験済みであります。

と、いうわけでこの日は
10時半くらいにつきましたが
当然の混雑ですが、まぁ、それでいいのです。

と、いうことで99湯目です。

こちらの最大の魅力は
そのお湯です。

少ししょっぱくって、しかも
モール泉っぽい木の饐えたような香り
ぬるっとした肌をなんどもなでたくなるような
独特のお湯の感触。
そして、全身を覆うような気泡のつき

周りに人がたくさんいたとしても、
子どもたちが嬌声をあげながら
バタバタと騒ぎ回るようなのではなく

大半が地元のお客さんであるので

そんなにぎやかさにも
ニコニコしてしまうような温泉が

こちらの魅力ですね。


ということでたっぷりとお湯を堪能したあと

エフエムなかそらち=FM G‘skyをBGMにしながら
車を南に走らせて

シーズ・ザ・デイ!で
スープカレーを食べたのでした。




ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

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〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
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2日目 29日(月)東5 パ-49aです
☆「アジア金星堂」
(北海道旭川市東5条11丁目2-1)

先週も仕事〔本職〕がタテコンデいたこともあったので
なかなか旭川に行くことができませんでした

が、分厚い本が売り出された日は
なんとしてもその日のうちに仕入れて読みたい。
と思って、前日までに当面の仕事を片付けて
旭川に出かけた時に

旭川といえば、カレー

ってことで
いつものようにアジア金星堂へと
むかったのでした。

車を駐車場に止め
いつもの「キュウキュウニョリツリョウの席」に座る前に
いつものクセで「今日のカレエ」は何かいな?って感じで
お隣の席を覗き見していると
(「キュウキュウリョリツリョウの席」こと窓際の
2人がけの席には、今日のカレエが書かれた紙が
置かれてないのです)

「本日のカレエ」は「ヤキブタイエロー」

を?

これは
まだ未食なカレエではないですか。

しかも、これまで私がこちらで食べたローテーションを考えても

「チキンサブジ」←「ローツェ・チキン」←「キーマオリジナル」
←「ムルギー」←「札幌スゥプ」←「給食のカレー&タコライス」
←「札幌スゥプ」←「ジパングカレーのハロハロ」
ってことなので、コレマタ問題はナシ

ということでノー躊躇でオーダーをしました。

BGMの昭和歌謡をおともに
「独りでできるもん」森下えみこさん著
を読みながら

まつことしばしで
いつもの良い香りとともに登場しました。


これまた、
このブログにカレーのことを書いてからは
初登場のメニューです。


定番のメニューにのっているカレーである
「イエローカレエ」は
メニューには
「ハーブの香りとココナッツミルクのコク」と
書かれている、東南アジアテイストのもの

ですから全体的の色は
黄色がかっているのですが
単純に真っ黄色ってわけではなく
(こちらの「給食のカレエ」は、ビックリするほど
真っ黄色のカレエでしたが…)
上澄みのようにオレンジがかったスープが
染みだしているところが
アジア金星堂のカレーだなー
って感じですし

独特のスパイス遣いの香りにくわえて
ココナッツミルクの穏やかでヤサシゲな香りと
蠱惑的な香草の香りのハーモニーの
三重奏

ビジュアル的にも香り的にも
このコントラストがいいのです


ってことで、まずは一口

ぱくっと



んっ?



ゥヲヲヲヲヲヲゥ!


じぃぃぃん。



これっスよ。

こちらのおふくろの手料理のような
穏やかさを持ちながらも
スパイスやハーブなどの使い方には
そうとうなコダワリと密やかな主張がある

そんなここでしか食べることが出来ない唯一無比の
だからこそ僕を魅了するスパイス遣いとおアジ。

しかも、スパイスの刺激を
ほどよいところで、ココナッツミルクの
ナチュラルな甘さが緩和をしてくれますし

食べるたびに漂うパクチーの香りも
東南アジア系カレーをたべている感を
大満足させてくれて
陶然となってしまいます。

スパイシーながらも残響のようなアマみという
複雑でいながら、癒される味です。

そんなカレーには
東南アジア風カレーでは定番の食材
茄子やたけのこが、よく似合います。

タケノコのコリコリとした食感もよければ
茄子自体もアタリマエのようにジューシーで
このスープとよくあっているのですが

なんたって今回のメインは
ヤキブタです、ヤキブタ。

堂々とスープの中央に
固まりでゴロンと鎮座ましましている
威容を拝見させていただくだけで

そのお姿たるや、神々しいことこのうえなし。

しっかりとしょう油で煮染められて
濃焦茶色をしていまして
上に散らされている海苔ともあいまって

こりゃあ、たまらん感じです。

スープのイエローとオレンジ

ピーマンのグリーンにパプリカの赤

そしてど真ん中に鎮座するのが
濃焦茶色の分厚いチャーシューの固まりですからね。

ビジュアル的にも言うことナス。

しかもパクッと一口
食べてみると


!!!!!


ヲヲヲヲ


なんて柔らかいんだ~

そして、なんてジューシーなんだ~

外側のしょう油が少々コゲて
香ばしくなっているところと

内側のジューシーさとの
対比もたまりませんし

その柔らかさたるや
上等な豚の角煮のようです。

しかも、一口食べただけでそれとわかる
八角などの香りが

キチンとしたヤキブタを喰っているという
気分を満足させてくれます。


その他の具材も

もやしとかコーンは、こちらでは定番ですが
きっちりと手堅くウマい。

にんじん、パプリカ、ピーマンといった
具材も当然のように
しっかりとした素材本来の良いお味をだしていまして

この、スパイシーかつあまうまスープに
よく似合います。

しかも、食べすすめていくと


ン?

!!


ヲヲヲッ

!!!!!


ヤキブタの下に
骨つきチキンが隠れているという
サプライズー

たいていヤキブタとメニューに書いてあったら
アキブタしか入っていないのが定番なのに
いつもながらの、肉離れが良く
ヤワラカで美味しい鶏肉が登場です。

こちらも、また、イエローカレエに
よく似合いますわ。

などとほくほくしながら

こんなにサービス良くていいのでしょうか

ウレしくってどうにかなっちゃいそうです。


円錐台形に盛られていたごはんには
白いのと淡い紅色をした
ゴマが散らされていまして
淡い紅色した粒々は
うめのような酸味がきいていて
これまた面白いアクセントです。


ってことで、最終的に
いつものように、残ったスープに
ライスを投入、

半熟卵の黄身とからめて

いっきにかっこむをやりまして


すぅ。

ぷっはぁぁあ


んまかったー。

大マンゾクっス。


やっぱりアジア金星堂はいつみても
違う顔を見せてくれて
いいですな。やめられんですバイ。

ということで
大満足のまま街中へと向かったのでした。


前回の当ブログでは
今年は二回ぐらい
おじゃますることに
なるのでしょうかね。

と、書いていましたが


ひょっとしたら、今回が
今年最後のアジア金星堂になるかも。


でも、これで締めくくれられるのなら
大満足っス。


☆「アジア金星堂」
(北海道旭川市東5条11丁目2-1)
◇営業時間◇11:00~14:00、17:00~21:00(売り切れ次第閉店)
◇定休日◇火曜日、第1第3水曜日 ◇駐車場◇有り




☆「SEIZE THE DAY!」(北海道岩見沢市7条西5丁目2-4)

このほど開店7周年をむかえたのが
こちらのお店です。

札幌市以外の店舗としては
相当早い段階から開店をしていましたので
古株という言葉で定義づけても
いいのではないでしょうか?

先日、妹背牛の温泉に行った時に
昼はカレーかなぁ、などと思い

ママズキッチンやGoYenは
結構近い時期に行ったということもあり
今年のゴールデンウィーク以来ですから
約半年以上ぶりに訪れました。

少々店舗から離れた駐車場で
車から降りたところで
すでに良い香りがただよってきまして

ここらへんは名店とよばれるお店は
どこでもそうなので
期待ができます。


喫茶店風のインテリアと
雑貨やさんをも経営しているというせいもあるのか

雑貨や小物、食器などの使い方が
オシャレでくつろげそうな店内です。

メニューは、

チキン・野菜・チャーシュー・豆腐
ソーセージ・チキン野菜・チャーシュー野菜・チャーシュー豆腐
これがいつものメニュー

ですが、今回目がいったのは
季節のメニューと書かれていた

ラムとラム豆腐なのでした。

こちらは、オーソドックスに
チキンのカレーもウマければ

チャーシューのカレーにはいっている
堂々としたチャーシューも

東被肉のようなジューシーさと
本格中華もかくやという香りで
ブッタマゲルんです。

が、

前日に「アジア金星堂」で
「ヤキブタ」のカレエを喰ったということもあるのと

このチキンやチャーシューと
オイシクしあげていく技で
ラムがどうなってしまうのか

ということに興味津々

ということで

ラム・豆腐をオーダー。

辛さは
1から5は0円
6から10は50円
11から20は100円

といったところから

6番をオーダーしました。


こちらのお店ではよく読むのですが
はた万次郎画伯のマンガを読みながら

まつことしばしで

登場しました。


ほんの淡い、ベージュ色したオシャレな食器に入った
濃いオレンジのサラサラスープに
ラムと豆腐がどんどんって
入っておりまして

ほーれんそうと、ピーマンの濃い緑が

スープの濃いオレンジ色とは
絶妙なコントラストてキレイですね。

と、いうことで
まずは一口。

ぱくっと




!!!!


ヲヲヲヲヲヲ


う、ウマ~

このスープのオレンジ色が
トマト由来からきていることが
ハッキリとわかる旨み

しかも、オレンジ色の中に輝く
赤いニクいやつが

大胆に散らされている砕いたたかのつめで

ウマ~

のあとに

カラ~

が訪れてきて

輪唱のようなハーモニーと
しっかりとした残響に

翻弄されそうです。


でもって辛さの直球から
一旦退避をするために
豆腐にいきましたが

この木綿豆腐が
ほっとするおあじで

いいですね。


ラムもラム独特の味が
肉を食べている感を満たしてくれます。

ラムの香りに
スープのスパイシーさという
それぞれ異なる個性を受け止める

お豆腐の存在は
やはり侮れません。

ラムだけでなく、ラムと豆腐にして
良かった~


と思いました。


しかも、ビックリするのは
スープや豆腐・ラムのウマさだけではありません。

じゃがいもが、めちゃくちゃうまくって、
びっくりするほどです。

札幌とかの素材にこだわったスープカレー屋さんや
それこそ滝川のママズキッチンとかにも
匹敵するような、ホクホクでアマい

これだけフカしてバターのせて食べるだけでも
絶対ウマい、そんな北海道民で良かった~
とおもわせてくれるじゃがいもですし

茄子もウマいよ茄子も。

茄子自体の旨みや汁に
スープカレーがカランだところが
僕の数多いツボの
一つなのでアリマスよ。

にんじんもあまあまですし
スープに彩りをつけている
ピーマンやホウレンソウも
シッカリと、それぞれのアオいあじが
スパイシーなスープと調和して

おいしくいただけますし

シメジのツルンとした食感も
よろしーですねー。


しかもライスは
押し麦入りのご飯ってことで
普通のご飯と少々違った
くにっとした食感も
楽しめるのです。

いやー、うめーうめー

とかいいながらね
汗だくになりながら

一気呵成にいただきまして


これまたいつものお楽しみ
ライスをスープに投入

(ただ、こちら半熟or生卵のトッピングが
ないんですよね~)

すると、ライスのなくなった皿からは
内田春菊さんのイラストのような
シーラカンスの模様が登場。


こんなアソビゴコロも
スキです。

お隣は、ギャラリー&雑貨
Cocopelliさんということで

こんなお皿とか買うことも出来るのでしょうかね。


なんてことを考えながら
攪拌したあとに
一気呵成に残りを平らげまして

ぷっはぁぁぁあ。

ゴッツォーサマでした。


大満足で、汗だらだらかきながら
富良野への帰路へついたのでした。


☆「SEIZE THE DAY!」(北海道岩見沢市7条西5丁目2-4)
◇営業時間◇ 平日・土11:00~14:30(LO) 17:00~21:00(LO)
日・祝日 11:00~21:00(LO)
◇定休日◇ 月曜日  ◇駐車場◇有り





☆「カレーのふらのや」
(北海道富良野市弥生町1-46)

地元の富良野でスープカレーを食べる時は
カフェ・ノラか、こちら
今年オープンをしたふらのやが
お気に入りです。


しかし「カフェ・ノラ」は冬期間ということで
週末の営業しかないのに加えて

こちらは営業している時は結構夜遅くまで
灯りがついているので

お仕事の帰りとかにも立ち寄ることが出来るのです。

と、いうことで、仕事帰りに訪れました。



こちら、かつては「北の国から」などのドラマにも出た
「野乃花」という店舗で、そのころから
センスがよくて居心地の良い感じの
お店でしたが

そんな雰囲気はそのままで
少々スタイリッシュになった感じでしょうか。


メニューには
スープカレーとルーカレーがありまして


スープカレーは

やわらか骨付きチキンカレー・富良野産角煮ロールカレー
ふらのやオリジナル赤鶏フランクカレー・富良野産納豆&豚カレー
道産野菜カレー・スペシャルシュリンプカレーがあり

ルーカレーもやわらか骨付きチキンカレーを始め
富良野産豚角煮ロール オリジナル赤鶏フランク トンカツ チキンカツ 
大エビフライなどがあります。

前回はルーカレーのとんカツカレーを

その前は道産野菜たっぷりとかを食べたので

今回は、角煮ロールと迷ったあげく

熟考のすえに

「ふらのやオリジナル赤鶏フランク」の文字の魅力に
あらがうことができずに
ふらのやオリジナル赤鶏フランクカレーに決定。


辛さは標準で10番まで。
その後追加料金で50番までUP可能。

結構辛かった記憶があるので

追加料金なしの8番でオーダー。


こちらはマンガも沢山あるのですが
この日は新聞を読みながら
待つことしばしで

感じの良い店員さんが
運んできてくれて

良い香りとともに登場。


まずは
重厚な感じの銀鼠色のもようがシブい
陶器の食器がおしゃれですね。

しかも、そんなお皿には
押し麦の入ったターメリックライスの上に
長さ十五センチ以上
直径五センチ近い威風堂々とした
自家製の赤鶏フランクが
二本ものっかっています。


こりゃスゴいね


カレーの入った器の中、スープは鮮やかなオレンジ色で
器との色の対比でも映えますし

ピーマンのグリーンににんじんのオレンジとも
いい感じです。

と、いうことで

まずはスープから

いっただっきま~す







!!!

ヲヲヲ

これは、まずはスパイスの刺激と
丹念にとられた具材のウマ味とか
コクなんてのが
口の中で
暴れるのです。

こちらはスリランカから輸入した
有機栽培スパイスを中心として
オリジナルに配合したものを使用。

こんなスパイスの刺激と

豚骨・鶏ガラ・野菜・魚貝類から
とられたスープのコクやウマ味が
刺激を包み込む感じです。

そして、
しばらくすると、
たまねぎ由来の甘みとか
魚介由来のかつぶしっぽい
だしのあじってのが
残響のように漂ってきます。

たまねぎは富良野産の旬のものを使っているのでしょうし

スリランカをはじめ南インドのカレーは
モルジブフィッシュが使われていますので
それぞれがそんなスパイス遣いにも良くマッチして
これは、面白いし

やはりナニよりウマい。


さまざまな具材のウマ味を
最大限に引き立たせるような
工夫が感じられる

丁寧なスープに

まずは好感が持てます。

しかも、当然なのですが
きちんとスパイシーなところも

いうまでもありませんが
いいです。

このカラさはいいですね。

しかも、具材ですが

ジャンボフランクを
スープに投入しようと
フォークでさすと


ぷす


うぉぉぉ

ビックリしたぁ。

その肉滴が溢れてきました。


モッタイナヤモッタイナヤ。

肉滴りを逃さずすべてスープへといれるべく

速攻でスープに沈めましたが

いやー、このフランクとカレーの取り合わせ

タマりませんなー

ハンバーグカレーを食べる時も
肉滴とカレーの組み合わせに
ヤられてしまうのですが

そんなのをも
思い出させてくれましたし


噛むと、ぷしーっ
噛むと、ぷしーっ
っと

イチイチ肉滴が攻撃をしかけてくるうえに

噛みごこちも良くって
フランクにかぶりつく時の至福を
あじあわせてくれる、そんな皮と中のおニクの
バランスの妙

いやー、これはタマランです。

しかも、
揚げた小さいジャガイモも
それぞれがウマーです。

さすが富良野のジャガイモだわ
というのを実感させてくれる出来。

なすのジューシーさも

にんじんのアマさもいいですし

じゃがいもや玉ねぎも含めて
地元の食材へのコダワリを見せているところも
これまたいいですよ。

食料自給率450パーセントの
富良野市ですから

そんな事実をも思い出させてくれる
野菜の味のよさ。

そして、今回は、なかなかスパイシーなカレーだった
ということもあって、
たっぷりと入ったキャベツのアマ味も
すごくアクセントになってくれて

ありがたいところで、いいです。

と、いうことで、
うめーうめーいいながら

残ったスープに残ったライスを投入し

まぜまぜしていっただっきま~す。

またまたこうすると
沈殿しているスパイスの刺激が

しっかりと甦ってきて

またまた出てきた滝汗を
もろともせずに

一気にかっこみます。

ぷっはぁぁぁっ


ゴチソーサマでしたっ!


大満足であります。


と、いうことでスパイスの刺激で
少々火照った体のまま

店外へと出たのですが




ここって我が家から
徒歩で行ける圏内なので

よく考えたら、車を置いてから出直して
ビールとかいただきながら
カレーを味わえば

さらに楽しい晩になりましたかね。


と、はいうものの現在は
年末年始のモロモロのイベントを抱えていますので
それらが終わったあとの
週末とかに、実行にうつすやもしれません。

その時は、角煮ロールですかね


☆「カレーのふらのや」
(北海道富良野市弥生町1-46)
◇営業時間◇11:00~22:00
◇定休日◇ 不定休 ◇駐車場◇ 有り






あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で
参戦いたします
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
先日、冬休み前の楽しみである
買ったばかりの分厚い本を読みながら
つい気がつくと、
眠りに落ちてしまいましたw

ふ、と夜中に目が覚めて
つけっぱなしのテレビを見ると
番組が「CDTV」~「ランク王国」に
なっていまして、
そのままぼーっと見ていたのですが

「ランク王国」の中で採り上げられていた
「B級グルメランキング」では
富良野オムカレーが3位になっていました。

スゴいですね。

こちらのランキング、詳細はまた来週に
お話をするとして

そうやって認知度が出てきた富良野オムカレーですが
他のB級グルメに比べると
歴史が浅いのは否めません。

だからこそ、今までの関係者の頑張りなどには
頭が下がる思いなのです。


さて、同じカレーで
こんな取り組みもありました。


12月8日 オンエアー 第191回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。

11月26日に配信された
毎日新聞の記事です。

<サザエカレー>隠岐の“常識” うまみ成分たっぷり、美容にも 公式レシピも

隠岐で古くから“常識”とされているサザエ入りのカレーライスを、本当に“常識”にしようと、有志が集まって「隠岐名物サザエカレーを広める運動」が始まった。隠岐の飲食店のメニューに加えてもらう働きかけに始まり、目標は全国B級グルメグランプリ。隠岐伝統の家庭の味が全国を席巻する日が近いかもしれない。

 「隠岐のカレーはサザエが常識」は意見の分かれるところ。西ノ島のかなぎ漁師の家庭で育った男性は「ゆでたサザエがいつも食卓に山盛りだった。肉なんてほとんど入れない。カレーにはサザエ」と言う。一方、島後で育った男性は「サザエカレーなんてつくったことない。カレーには肉」と話す。「漁師の家では常識だが、普通の家ではそれ程でもない」というのが真実のようだ。

 海士町が売り出したレトルトパック入りのサザエカレー「島じゃ常識、さざえカレー」はよく知られるようになったものの、サザエカレー自体が島外から訪れた人の目に触れる機会が少ない。「本当に常識?」「単なるキャッチコピーにすぎないんじゃないか」と言った声が出ていた。

 しかし、サザエカレーが隠岐ならではの味であることに変わりはない。サザエカレー売り込みに燃える人たちが集まって「みんな大好きサザエカレー実行委員会」をつくってしまった。まず、だれでも気軽に食べられるところを増やそうと、メニューに加えてくれる飲食店を開拓。現在、隠岐の島町で12店、海士町と西ノ島町で各2店が賛同している。また、サザエカレーマップやサザエカレーのぼりをつくってPR。島外から訪れる人はもちろん、地元の人にも親しんでもらおうと第2弾、第3弾のイベントも計画している。

 実行委のメンバーの1人、澤谷幸治さんは、カレーにサザエが合うのは理にかなっていると言う。「サザエにはうまみ成分のコハク酸がたくさん含まれています。その量はアワビの2倍。隠岐では昔から魚や貝をカレーに入れてましたが、サザエのうまみ成分こそがカレーにぴったりと合ってます」と分析する。また「美容にいいと言われているコラーゲンの含有量がすごい。4日も煮込んでいるとサザエの身がほとんど溶けてコラーゲンの厚い層が浮かんできます」と話す。

 実行委が目指すのは、来年の全国B級グルメグランプリ。毎年秋に開かれている「B-1グランプリ」では、全国各地の自慢のご当地料理が覇を競い合う。静岡の富士宮焼きそばや、神奈川の厚木シロコロ・ホルモンに並ぶような「ご当地料理」として認められるのか。サザエカレーが隠岐に新しい夢を生み出してくれるかもしれない。


 〇…レシピ…〇

 ◆「隠岐名物サザエカレー」レシピ(みんな大好きサザエカレー実行委作成)
材料(5人分)=サザエ1キロ▽タマネギ1個▽ニンジン1本▽ニンニク2分の1房▽日本酒・油適量▽赤ワイン6分の1本▽市販のお好みのカレールー5人分

 作り方
(1)鍋にサザエを並べ酒を注ぎ強火にかける。湯気が上がってきたら弱火にし20分間蒸す
(2)蒸し上がったサザエをむき内臓は捨てる。蒸し汁はザルでこして取っておく
(3)タマネギとニンジンは1ミリ幅のクシ切りにし、ニンニクは包丁の背でつぶす
(4)鍋に油を適量入れ、ニンニクを入れ弱火にかける。においがたってきたらタマネギを入れ中火で透き通るまで炒める
(5)ニンジンを入れ油がまわるまで炒め赤ワインを注ぎ強火にかける。わいてきたら、取り置いたサザエのむき身と蒸し汁を加え、わき立ったところで分量の水を加える
(6)わいてきたら、あくと余分な油を取り弱火にする
(7)しばらく煮て、ニンジンが柔らかくなったらカレールーを加え、さらに1時間煮込む
(8)次の日に再び弱火にかけて温まったらできあがり。




以上の記事は、島根県の沖合いにある
隠岐での取り組みの紹介です。


その土地ではふつうに食べられているものの
他の地方ではなかなか食べられていない
ローカル食あふれる食事やメニューを
「常食」と定義づけしたのが、
このブログでも何度か話題にしている
森田信吾さんのコミック
『駅前の歩き方』〈講談社〉ですが

このように、歴史とか伝統とかに裏付けされた食事や
思わず、顔がほころんでしまうような
エピソードは、本当にウラヤマシイ想いがあります。

また、貝のカレーって聞くと
苫小牧の「マルトマ食堂」で食べた
絶品の「ホッキカレー」とかをも
思い出してしまいます。

こちらも苫小牧の常食です。


そんな伝統にうらうちされたBグルに対して
新興勢力である、新しいご当地グルメは新しいご当地グルメで
送り手と作り手たちが、ともに新たな伝統を築いていく、
フロンティアでパイオニアであるのだ

と、いう、いわば育てる楽しみがあります。


と、いうこともあったので紹介いたしました。


来週は、この「ランク王国」の話と
あとは冬こそ鍋の季節
そして鍋でカレーといえば「カレー鍋」ということで

新興勢力「カレー鍋」のライバルになりうる
今年ブレイクしそうな
新しい鍋について紹介します。



あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
♪12月8日オンエアー 第191回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です

♪「鬼帝の剣」 ALI PROJECT
TV『鉄のラインバレル.』Op

ギターのイコライザーを思い切りかけて
ひずませた重たい音と、ベースとの組み合わせで作られる
直球ストレートのヘビメタサウンドで
バロックのような荘重な旋律を
奏でているところが、なんとも様式美的な
イントロがまずは印象的ですし、
しかもそんなサウンドに続いて、
拡声器を使って歌っているような
シンセを通した声から、
素の声へ変わるところとかの組み合わの妙に
それの面白さに惹きつけられるのに加えて、
変拍子の使い方が、不可思議な世界を盛り上げるような
不安定さが感じられて、これも印象深いですね。
イントロはシンセサウンドとギターとベースで
ゴリゴリと重厚なサウンドを奏でていますが
歌部分に入ると、軽やかなビートになったかと思うと
これまた大仰な対旋律を奏でるストリングスが
ギリギリと迫りくるような圧迫感で演奏するところの
ギャップとかを仕掛けているところが、
これまた不思議な感じでいいですね。
基本は前述の通り、バロックのような旋律を
ヘビメタのような音色で演じるのですが
そこにストリングスとかシンセの組み合わせが
さらに有機的になってきているのが
新しいアリプロワールドです。
細かく複雑で、音域の広い音の移動を
丁寧で着実に、しかもなんなく歌いこなす
アリカさんの歌のウマさも相変わらず。
歌声をシンセで加工しているところも新しければ、
ハウスみたいに伸ばした歌声を
切ってつなげたりするところも面白いです。
ギターのうねうねした旋律もいいですし、
重厚なシンフォニックなパートとのかけあいとかも
アリプロワールド炸裂です。
サビあとの後奏のあどけない歌声とかを
ここで始めてくり出していくところも
曲をよいかたちで締めへとすすめていきます。
あどけないパートがあるからこそ
シンフォニックな後奏が映えるという
片倉さんとアリカさんの世界には
翻弄されっぱなしです。
12月1日付のオリコンウィークリーシングルチャートでは
初登場9位でした。





♪「WIN」 平野綾
「涙 NAMIDA ナミダ」カップリング

打ち込みのようなビートと
同じようなテイストのベースラインに
ギリっとしたギターの音が鳴って
ハードな印象を受けるイントロから、
メッセージ性が強い曲が入るや
ギターの対旋律などが
ひょろひょろっとフェイクっぽく重なる
そんな風に聞こえる曲です。
プロデューサーであり、作曲者はつんくさん。
つんくさんの曲といえば
昭和歌謡のテイストをほどよくいれた
90年代のかほりがするような曲で
エセストリングスを入れたりする
全体的にフェイクやギミックの香りがする曲を
得意としておりますが
そんな曲をも自分の物として歌いこなしている
平野さんの歌のウマさには脱帽です。
ただ、ENOZの楽曲とか、
MonStarなどの路線がいいなぁと
思っている僕としては、
もう少し直球なロックを聴きたい
などと思ってしまうのですが
贅沢でしょうか?





♪「縁雷〜EN-RAI〜」 斎賀みつき feat.JUST
「FURANO History Factory」12月のマンスリーパワープレイ
WEBラジオ『隠の王』テーマソング

ストリングスとピアノに導かれる
しっとりとしたイントロにのっかる
斎賀さんの艶っぽくも魅力的なボーカルに
打ち込みのリズムがフィーチャーされて
曲が盛り上がっていきます。
ストリングスやピアノの旋律に加えて
歌の旋律は、基本的に和のテイストですが
途中にかき鳴らされるギターの音とかも
そんな世界を盛り上げているのと
せつないサウンドに、ギュンとなるギターソロとか
跳ねるようなチョッパーベースといい
カッコいいRapの部分といった組み合わせが
一聴すると、ミスマッチなようでいて、
溶け込んでいるのが見事です。
そんな曲の構成を引き立てているのが
やはり斎賀さんの歌唱力のなせる技
なのだと思います。





♪「シンフォニー」ROUND TABLE Featuring. Nino
「恋をしてる」カップリング

アコースティックギターとエレキギターに
ビブラホンの音を思わせるような
軽やかなエレキピアノとかが重なり
トライアングルの音とか
ポコポコと鳴る効果音とともに
さわやかな感じをかもしだしている
穏やかなミディアムテンポのナンバーです。
コーラスの重ね方も絵画みたいに
さりげなくもきれいな感じで
いいなあと思うのに加えて、
ただ、単にスローな曲というのではなく
ジャジーなイメージを持つエレキピアノの音と
これまたジャジーなギターソロとかが
フィーチャーされていって
穏やかながらも
次第に盛り上がるアドリブとか
インプロビゼーションっぽいのは
作曲の北川さんがジャズ出身だからですか。
そんな風にも楽しむことが出来ますし
何よりも、終始穏やかに響くのが
少々鼻にかかった舌足らずな印象を受ける
カワイらしいNinoさんのボーカルで
Cメロの部分とかでは軽やかに、
難しい旋律を歌いこなしているところとかは、
このあとのギターソロと相まって
大人っぽい感じもします。
そのあとのエレキピアノの伴奏だけで
歌われる部分とかも素敵ですし、
全体として、都会っぽくもあり素朴でもある。
せつなくキュンとして
忘れていたことを思い出させるような
曲中のメッセージではないですが
日だまりのような楽曲です。




♪「PSI-missing」 川田まみ
TV『とある魔術の禁書目録』Op

短調でクールな打ち込みのサウンドに
ストリングスやピアノのような
クールな旋律にコード進行で
イントロからAメロへとすすんでいきまして
16分の小刻みに動く打ち込み音たちに
耳もいくのですが、そんな楽曲に、
川田さんのボーカルもクールに響き
曲によくあっています。
途中メジャーコード進行の旋律をちらりと見せたあとに
そしてサビは再びクールなマイナーコード進行にもどる
そんなやりかたがカッコイイですし、
サビでのびのびと歌われている
川田さんのボーカルがいいですね。
一聴すると、典型的なI‘veのアーティスト楽曲ですが、
間奏部分は一瞬YMOの名盤「BGM」の楽曲を思わせるような
実験音楽めいたシンセの不安をあおる低い音に
旋律にエコーかましたコーラスとか
ハウスミュージックのような
ぶつぶつととぎれた音にブレイクが
いいですね。
全体的に曲の緩急のつけかたとか
不安な感じが強いのは
曲名の「PSI-missing」(超心理学(超能力、超常現象)、
サイ科学で言うところの「サイ消失」現象
(ESPテストなどの的中率がランダムな確率より
有意に低い値となること。
被験者が無意識的に誤った答えを選択することによって
起きると解釈されている)を意味する。)を
体現しているような気もしますし
曲中の不安な要素が強ければ強いほど
サビ部分での前向きなメッセージや歌声に救われる
そんなホラームービーっぽい作りが
島みやえい子さんとかにさなります。
オリコンのウィークリーシングルチャートでは
初登場14位でした。









このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。

FHF
先週後半には雨が降ったものの
週末はガッツリと冷え込んだ
富良野でした。

が、予報では今週も気温が
高めで経過する模様



寒いのは正直勘弁してほしいですし
ドカ雪で、雪かきに難儀するのも
大変なのですが

でも、例年並みくらいには冷え込んだり
積雪があったりしないと

少々寂しい気がします。

贅沢な悩みでしょうか。


12月8日オンエアー 第191回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

しばらく中世日本文学のお話をしてきましたが
そんな間にも世界は動いております

驚いた事件としては、
一つはバンコクの空港占拠なのですが
まぁ、これは、基本的に
一国の政治の問題です。
〈ある国の内政が他の国に飛び火をしたり
他の国の影響も受けることも
ままありますが…〉

が、複数の国を巻き込んだ話もありました。

それがインド、ムンバイのテロでした。
事件のあらましは以下の通り

「インド西部の商業都市ムンバイで、2008年11月26日午後10時過ぎ(現地時間)ごろ「タジ・マハール・ホテル」と「ホテル・オベロイ」を含む少なくとも10カ所で、連続テロとみられる爆発や銃乱射事件が発生した。このテロにより日本人1名を含む死者は183人、負傷者は約300人が犠牲となった。 「デカン・ムジャヒディン」と名乗る組織が電子メールで犯行声明を出したとの地元の一部報道機関が報道。その後、インド当局がパキスタンのイスラム過激派「ラシュカレ・タイバ」との見方を示している。」


さて、この事件を外務省の海外安全ホームページは
以下のように伝えております。

インド:インドにおけるテロ事件頻発に伴う注意喚起 (2008/12/04)

1.11月26日午後9時30分頃(現地時間)、インド・ムンバイにおいて、ホテル、レストラン、駅等十数か所で、無差別銃撃や爆弾(手榴弾)によるテロ事件が発生し、183名が死亡、294名が負傷しました(29日、連邦政府発表)。また、テロリストはホテル2か所及びユダヤ人施設等を占拠し、人質多数を取って長時間立て籠もり行為を行いました。日本人も2名が死傷したこの事件は29日まで続きました。現時点では、犯行グループの主体、目的等詳細について、インド当局による捜査が続いています。
また、12月3日、テロ事件現場の一つであったチャトラパティ・シヴァジ・ターミナス(CST)駅構内荷物保管所で爆薬が発見され、警察により処理されました。事態は現在もなお流動的であり、ムンバイ警察は引き続き公共機関(駅・空港)を中心に高度警戒態勢を敷いています。

2.上記1.の事件以外にも、インド国内では本年以下のような爆弾テロ事件が発生し、多数の死傷者が出ています(死傷者数は報道によるもの)。
(1)5月13日、西部ラジャスターン州ジャイプールでの連続爆弾テロ(230名死傷)

(2)7月25日、南部カルナータカ州バンガロールでの連続爆弾テロ(8名死傷)

(3)7月26日、西部グジャラート州アーメダバードでの連続爆弾テロ(256名死傷)

(4)9月13日、デリー市内での連続爆弾テロ(121名死傷)

(5)10月1日、北東部トリプラ州アガルタラでの連続爆弾テロ(76名負傷)

(6)10月30日、北東部アッサム州グワハティでの連続爆弾テロ(342名死傷)

3.また、以下のような脅威情報に基づき、インド治安機関は警戒体制を強化したと報道されています。特に、12月6日のバブリ・マスジッド・モスク破壊事件(注)発生16周年記念日を目途に高度警戒体制が敷かれています。

(注)バブリ・マスジッド・モスク破壊事件:1992年、多数のヒンドゥー教徒がアヨーディヤのモスクを破壊した事件。

(1)デリー(IGI空港)、チェンナイ、バンガロールの各空港及び主要な鉄道駅を標的としたテロ事件を引き起こすという脅迫メールが「デカン・ムジャヒディン」と名乗る者から送付されている。
(2)ベンガル州北部とコルカタ市内において、イスラム過激派のHUJI(ハルカトゥル・ジハード・イスラミ)及び反政府勢力のカマタプル解放機構(KLO)がテロ事件を引き起こす可能性がある。

4.つきましては、インドに渡航を予定されている方は、上記の情勢を慎重に検討することをお勧めします。また、既にインド滞在されている方もテロ等の不測の事態に巻き込まれることのないよう、最新の治安情勢の入手に努めるとともに、必ず旅程と宿泊先を家族や知り合い等に残されますようお願いします(また、国際通話可能な携帯電話を用意される場合は、その番号を御家族等に残されることや関係在外公館などの緊急連絡先をメモリー保存しておくことも、万が一のために有益です。)。なお、多くの人が集まる公共の場所(空港、ホテル等も含む)、駅、市場、バス停および宗教施設等には、可能な限り近づかないよう十分ご注意ください。また、テロ事件が発生した場合の対応策を再点検し、状況に応じて適切な安全対策を講じられるよう心掛けてください。

さて、この事件を聞いて

人口約1200万人の大都市ムンバイってどこ?
と思った人も少なくないでしょうが


こちらは、かつてはポルトガル語に由来する
「ボンベイ」と呼ばれていましたが、
1995年に、現地語であるマラーティー語での名称にもとづく
古来の地名に改称されました。

ボンベイと呼ばれている時より
文化・芸術の発信拠点でもあり、
特に映画大国インドを支える街でもありまして、
米国のハリウッドにちなみ「ボリウッド」とも呼ばれています。

さて、
こちらは、その後日の報道です


「ムンバイ(CNN) 180人以上の犠牲者を出した先週のムンバイ同時テロの捜査が進むなか、以前から揺れていたインドとパキスタンの関係が悪化している。インド当局は、拘束された容疑者の1人が捜査当局にパキスタン人であることを自供したと発表。一方のパキスタン当局は、インド側がまだ何も証拠を提示していないと反論している。パキスタンのマリク内相はCNNに対し、インド側の発表が不当だとの認識を示した。

消息筋がCNN-IBNに語ったところによると、この容疑者は武装した犯行グループの唯一の生き残りとされ、インド当局はパキスタン拠点のイスラム過激派「ラシュカレトイバ」による訓練を受けたとしている。容疑者はムンバイ市内の標的を探せるよう、グーグル・アースの地図を記憶するよう指示されていたと供述した。

ラシュカレトイバは国際テロ組織アルカイダとのつながりが指摘され、1990年代にはパキスタン政府の支援で、カシミール地方北部の領有権をめぐるインドとの紛争に関与した。ラシュカレトイバの活動は2002年、パキスタン当局によって禁止されている。

インド政府は5年になるパキスタンとの停戦を一時凍結する方向で検討しており、パキスタンとの対話プロセスも中断する可能性をにじませているという。

パキスタン治安当局者はCNNに対し、インドとの緊張が高まった場合は、軍部隊をアフガニスタン国境地帯から移動し、紛争に備える可能性を示唆した。

こうしたなか、インドの主要政党は11月30日、5時間にわたって会合を開いた。ムカジー外相によると、会合に出席した各政党は、治安強化策の模索に取り組む方針を明言するとともに、同時テロを捜査する連邦機関の設置案について協議した。

ブッシュ米大統領は今回の事件の犠牲者に米国人が含まれていたことを受け、インドのシン首相に対して、米国が国際社会と連携して過激派を追跡する意向を表明した。ライス米国務長官は12月3日にインドを訪問する予定。

国際刑事警察機構(インターポール)は現地に捜査支援チームを派遣する予定だが、インド当局の認可待ちという。」


こちらは、毎日新聞の報道です

「【ムンバイ(インド西部)矢野純一】インド西部ムンバイで起きた同時多発テロで、地元のイスラム教徒に動揺が広がっている。ヒンズー教徒が多数派のインドで、イスラム教徒は経済成長から取り残され、生活も貧しいまま。こうした現状への不満が事件の背景にあると指摘されるが、イスラム教徒たちは「イスラム犯行説」に困惑する一方、口々に「テロは断じて許せない」と語る。

 テロの現場の市中心部から北へ約10キロ。イスラム教徒約15万人が暮らすバンドラ・パラックナガ地区へ入ると、舗装が途切れ、トタンやブロックを積み上げた粗末な家並みに変わる。ゴミが散乱し、すえたにおいが漂う。

 「イスラム教徒への報復が怖くて、ここから逃げ出そうと思った」。自営業、イクバル・クレイシーさん(52)は心配そうな表情で話した。州政府は何が起きても守ってくれない。地元警察も立ち入らず、「ここに来るのは誰かを捕まえに来るときだけ」と不満をぶつける。

 雑貨屋を営むアブドル・ラザさん(80)は事件後、3人の孫に外出しないよう言いつけている。「政府は証拠も無くイスラム教徒やパキスタンが背後にいると言い、我々への怒りをあおろうとしている」と語気を強めた。

 厳しい戒律を守って生きるイスラム教徒は、生活習慣の違いなどからインド社会では浮いた存在だ。雇用拒否などの差別を受け、地域住民の7割はイスラム教徒内だけで完結する商売についている。

 それでも事件後、同地区のモスク(イスラム礼拝所)では、犠牲者を悼みヒンズー、イスラム両教徒が平和に暮らせるようにと祈りがささげられている。アブドル・サッターさん(62)は「無実の人を殺すテロリストがイスラム教徒だとしても、我々は彼らを許さない」と話した。」


テロの舞台となったムンバイがあるインドは
ヒンドゥー教徒が多く住む国です。

ただし、国内はヒンドゥー教徒だけでは
ありません。

2001年に行われた国勢調査によれば、
宗教別に見たインドの人口比は
以下のようになります。

・ヒンドゥー教徒 80.5%
・イスラム教徒 13.4%
・キリスト教徒 2.3%
・シーク教徒 1.9%
・仏教徒 0.8%
・ジャイナ教徒 0.8%
・その他 0.6%


2001年当時のインドの人口が
大体10億人なので
8億人のヒンドゥー教徒と
1億3千万人のイスラム教徒が
混在していることになるのです。

世界で一番イスラム教徒の多い国が
インドネシアで、だいたい1億8千万人
その次がパキスタンでだいたい1億5千万人
ついで、インドで
その次が、バングラディシュの約1億1千万人

ということで、インドネシア以外は
南アジアの3カ国が上位を独占しております。

まぁ、イスラム教国のイメージが強い
イランは総人口自体が7000万人
トルコが6800万人
サウジアラビアとイラクが
それぞれ2500万人ですから。

人口の多い、東南アジア・南アジアのほうが
相対的に信者が多いのです。


そして、南アジアのお隣あっている三カ国
インド・パキスタン・バングラディシュは
元は一つの国でした。

その後、この地は、
ヨーロッパ列強の植民地となりますが
ほとんどの部分を支配するイギリスと、
小さな飛び地を押さえるフランスとポルトガルの
三つに支配されていました。

ボンベイの語源がポルトガル語なのも
そのせいなのです。

その後、フランスとポルトガルを追い出し
イギリスがほぼ単独で支配をするようになりましたが

19~20世紀のイギリスの植民地支配の常套手段が
分割支配でした。

これは、お互いに対立をさせたり
ある民族を優遇することによって
支配に対する反感を
宗主国に向けないという方法で

「オーストリア=ハンガリー二重帝国」が
ハンガリー人を優遇して
他の民族の反発の盾にしたやりかたも
これでした。

イギリスは南アジア支配について
人種、宗教、地域の差異で分割した集団を
互いに反目させることで
長期の統治に成功をしたのです。

しかも、あとはお得意の二枚舌外交で

ある時は優遇をしたり、期待をさせたり
別のある時は弾圧する。
ある時は一方の、
またある時は別のグループを優遇して
住民同士の対立を煽っておきながら、
自らは調整役に回るという方法で

自分のところに植民地支配に対する不満が
来ないように仕向けていったというわけです。

マレー半島ではこの手法でマレー人と中国人の対立を煽り、
マレーシアとシンガポールが分離する原因を作るとともに、

南アジアでは、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の
対立を煽ったのでした。


イギリスがインドに進出する時の王朝は
イスラム系のムガール王朝で
〈この時代を象徴しているのが
インドを代表するイスラム的建築である
タージマハル廟です。〉
イギリスはこれを抑えるためヒンドゥー教徒を優遇しました。

またイスラム教徒がイギリスの作った学校を
「イスラムの教えに反する」と拒否したので、

高級官吏や医師、弁護士など植民地体制下で
西洋式の教養を身につけた地元のエリート層は
ヒンドゥー教徒が多くなったのです。
さらに、イギリスはインド人知識人層を懐柔するために、
1885年には諮問機関としてインド国民会議を設けました。

しかし、第一次世界大戦の時に、
戦争に勝利をすれば、自治を与えるという約束を信じ
イギリスに協力したにもかかわらず裏切られたことや、
〈この時のイギリスの二枚舌外交によって
パレスチナ問題も現在にいたる大問題となっております。〉

それ以前の日露戦争における日本の勝利を見て
非白人国家による白人国家に対する勝利出来ることを
知ったことなどの影響を受け

民族自決の理念が高まり、
インドではさらに民族運動が高揚し
インド国民会議の中でも
反英的な急進派が台頭して、
ガンジーらのもとで反英闘争に取り組みました。

が、これに対してイギリスは
今度はイスラム教徒を優遇し始めました。

当時の民族運動の中心であったベンガル地方を、
西ベンガル(現在の西ベンガル州、ヒンドゥー教信徒多住地域)を
他の州に編入して、地方議会選挙でベンガル人を少数派して
東ベンガル(現在のバングラデシュ、イスラム教徒多住地域)に
ムスリム自治州を設立することで、
民族運動の分断を図ったのでした。

これをベンガル分割令といいますが
かえって反英闘争を激化させる結果となりました。

このベンガル分割令をうけ、急進派の主導で
イギリスに反発する機運は高まり
こうした動きに対して、イギリスの植民地政府は
全インド・ムスリム連盟を発足させて、
分割案賛成運動を推進しました。

結局このベンガル分割令は撤回されますが
宗教対立の根は深く

第二次世界大戦の後、
1947年にイギリスがインドから撤退をしたあとに
インドは独立しますが、
その時に、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の激しい衝突が起き、
多数のヒンドゥー教徒による支配をよく思わない
イスラム教徒が多数を占めた地区が
全インド・ムスリム連盟を率いた
ムハンマド・アリー・ジンナーによって
パキスタン(ウルドゥー語で清浄な地という意味を持ち
また、パキスタンを構成する五大地域の
パンジャブ・アフガン・カシミール・シンド・バローチスタンの
それぞれから文字をとって命名)として
分離独立をしましした。


この時の混乱で100万人近い死者と数千万人の難民を出したほか、
現在は、インドもパキスタンもお互い核保有国ということで
現在でもカシミール地方の帰属などをめぐり
「核戦争勃発の危険が最も高い対立」が続いているわけです。


また、こうして建国したパキスタンですが、
宗教で国土を分けたために東ベンガル州が
東パキスタンとして大きな飛び地になりました。

西と東はインドを挟んで1600kmも離れていて、
民族構成も歴史も違って
「イスラム教徒が多い」ということしか共通点がない。

と、いうことで
のちに独立をしたのがバングラデシュです。


さて、

一度、デタントへ向かった印パ関係が
今後どのようになるのか

お互いが核兵器を保持し
しかも、世界2位と世界6位の人口
〈パキスタンの人口は約1億6千万人〉を
抱えている大国どうしの対立であるということなどを

改めて考えてみるのが必要でありましょうし

インドの首相がパキスタンの空爆を警告するような
発言をしていることも、大変気になりますが

このことは決して、
「日本人が被害にあったから大変」だけ
と言う問題ではなく
〈日本人の死者の方につきましては
心よりご冥福をお祈りいたします〉

このような時こそ
歴史に学ぶということを
意識して欲しいと思うのです。




ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)


来週は年末恒例企画を予定している
「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
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毎週月曜日午後五時からオンエアー中

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〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
帝京大学ラグビー部

関東大学対抗戦リーグ

初優勝おめでとうございます。



大学を開校してほどない1970年に創部、
78年に関東大学対抗戦に加盟して以来
初優勝です。

思えば、僕が入学する前前年に早稲田に初めて勝って
その翌年に明治に初めて勝って、

赤い旋風の名がついたのはそこらへんからですね。

また、大学の体育の授業でお世話になったのが
当時のラグビー部の監督さんだったこともあり

応援をしていたのですが

なかなかその後は勝てませんでしたが

見事今回、優勝で対抗戦を終えることができました。


過去見ても、対抗戦では早稲田、明治、慶応、日体しか
優勝したことがないということで、
史上5校目の栄冠になります。

いやー、ウレしいですね。

校歌でも歌っちゃいましょうか



♪むらさき匂う   武蔵野の
緑あかるく    咲く望み
常に真理の    丘に立つ
我等が母校の   伸びゆくところ
輝く歴史を    新たに書かむ
その眉若き    生命は燃えて
翔ける大学帝京の 校章見よや
いざ 讃えむ日本の
栄光になうわが帝京~♪



「輝く歴史を 新たに書かむ~♪」なんて
まさに現在のラグビー部のようではありませんか。

年始の駅伝での活躍も
期待したいところですし


「輝く歴史を新たに書く」ために
アクションをおこしたいのですが。





さて、話は温泉の話しへと
戻ります。


前回挙げたのは、3週間前に行った温泉ですが
先々週と先週に行った温泉を
一挙に紹介します。

先々週と先週の週末は
それぞれ仕事があったということで
全部近場の温泉です。

93湯目は、東旭川にある龍乃湯温泉。
こちらは、東旭川駅の裏手にありまして
源泉温度が低いので
加温をしておりますが

行った日の関係もあるのでしょうが
とにかく混んでいました。

脱衣場も人がいっぱいでしたし
浴室内もいっぱいです。

しかも、湯槽を満たしているお湯が、
びっくりするくらい真っ赤なのです。

もともとは透明なお湯が
酸化をすることによって
赤くなるのは、よくあることですが
ここまで酸化がすすんでいるのも
ナカナカのものですね。

まぁ、入っている人たちが
みなさんよい表情をしていて

人知れず地元の人に愛されている
そんな温泉なのだなぁと

感服をしたのですが。


94湯目は、いつもの朝風呂、フロンティア・フラヌイ温泉でした。

この日は名物「サイロ風呂」の最後の日。

「サイロ風呂」は冬季は封鎖するお風呂なのですが

そんな日に立ち会えた僥倖に感謝をしつつ
サイロ風呂をはじめとした
しゃっこい温泉をまったりと
あじわいつくしたのでした。



95湯目は、白金温泉の大雪山白金観光ホテルです。
今年の10月とかにも訪れていますが
実は、雪のシーズンに行くのは
はじめてでした。

こちらは、白金温泉の入浴施設の中でも
お湯の質が良く、しかも広々としているのに
若干、日帰り入浴の価格が高めに設定されているため
比較的すいておりまして
広い湯船でのんびりとしたい時にはお世話になります。

広々とした脱衣場から、広々とした浴室にはいって
プールを渡る形でかかっているような橋を渡り

これまた広々とした湯槽に
身を沈めます。


この日も3人くらいしかお客さんがいなかったということで
内風呂だけでなく
露天風呂もほぼ貸しきり状態。

と、いうか、冬の露天の楽しみは
雪見風呂っかない

と思って外へむかったら



これは、スゴい。

比較的白金温泉の中では
美瑛の町よりに施設があるのですが

露天風呂のすぐウラまで
伐採されていない森林がせまっているので

視界には、ホテルの施設以外には
雪をかぶった木々しか
目に入ってきません

しかも、かべには天然の巨石が使われておりますし。

これは、秘湯の趣でもあります。

ただでさえ、ゆっくりできる楽しみをもてるのに加え

また、新たな魅力を発見してしまいました。



96湯目は、旭岳温泉の湧駒荘
この日は、一日いい天気という予報を信用して
途中で傾斜がキツい道があっても大丈夫だろう
と考えて向かいました。

前回は、8月に行ったのですが
日帰り温泉「神々の湯」は、夏場は別の入口だったのですが
今回はフロントにいったら案内をされました。
案内された通り進んで
別館のレストランとかをつっきると

神々の湯へ

畳が敷かれていて雰囲気のよい脱衣場から
浴室の中へ入ると、高い天井と
木材をふんだんに使った内装が
いいですね。

湯槽も木で作られていて
お湯の香りと木のいい香りが混じって

陶然としてまいります。

まとわりつくようなお湯の質が良いのは
言うまでもなく、

しかも、何種類もの目に見えて違う
お湯に入れるところも
ポイントが高いのです

岩風呂の露天も雪雪雪でいい感じ

まぁ、周辺に木がないというのと
電信柱が目の前に見えたのは
ご愛敬ですか。



それで97湯目は、
白金温泉「ほしの灯家」です。

こちらも前回訪れたのは今年の9月で、
冬に行くのは久しぶり。

白金独特の 微妙に硫化水素臭がする
碧茶色の少々とろっとした感じで
赤茶色の細かい湯ノ花が漂うお湯にいやされます。

成分分析表的に言えば含塩化土類ボウ硝泉です。
しかも、手作りの露天風呂ってのもいい感じ。

で、こちらはそんなに湯度は高くないのですが
今回露天へいって実感しました。

雪が降りしきる中、

露天への道も裸足で雪を踏みながら
確保をしなければならない。

そんな想いをして入った温泉は



ヌルい

ところが、こちらの露天風呂は
岩とかで区切られている
奥がお湯の注ぎ口

ということで、お湯の注ぎ口までいったら
そこは、丁度いい温度でした。

しかも速攻性があるのか、
すぐに体が温まり、汗がジワッと出てくるところも
いいですね。

降りしきる雪と、
温泉から見える木々という風情が

これまた、どこか山奥の秘湯へと
行った気分で

軽くトリップできました。

あと、僕の後に露天風呂に入った人は
積もった雪を裸足で踏まずに

温泉のお湯で溶かしてから
移動をしてました。

ナルホド



ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
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畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです
気がつくともう3週間も前にもなってしまいましたが
道南へ行って参りました。

で、その前に宿泊をした苫小牧を朝に出て
国道37号線から5号線へ
そして八雲町内で277号線
(雲石国道)に入って

八雲温泉おぼこ荘の看板とかを横目に
雲石峠をこえましたら

見えて参りました
見市温泉の看板です。

国道からちょっとだけ入ったところに
建物もありましたが
旅館自体が、見市川の川筋にたっていて

良い風情です。

しかも、歴史を感じる部分と
立て替えの部分が融合をしている
センスあるたてかえがいい感じですね。

と、いうことで湯銭を払って
脱衣場へと向かいますが
その途中ですでに
川を見下ろせるようなスペースがあるのが。
なかなかいいではありませんか。

90湯目です。
脱衣場から浴場へ入ると
キレイな内装のスッキリとした感じの
浴室ですし
湯槽もスッキリとした形をしています。

が、違うのがそのお湯の色です。
赤茶色のお湯なのです。

これはいいですね
たまらんですね。

そんな湯槽を横目に
露天へ行きますが

!!

景色がスゴいです。

まずは見市川の川幅がすごく広く見えるということと
そんなせせらぎが、一段高いところから
見下ろせるのがいいですね。

川のスグ横にある露天風呂もいいのですが
これもまた素晴らしい景色で

北湯沢のかわせみあたりを
思い出してしまいますが

かわせみからは某大艦巨砲主義的ホテルが
視界に入りますが

そんなのは一切目に入らないということで

こちらのほうが好みです。

また、温泉ということで周辺が少々温かいせいか
富良野ではすっかり終わってしまっていた紅葉が

まだ散り残っていて
とくに露天の横には鮮やかな紅色を見せる
葉っぱがあって、湯煙とよくあっていました。

赤茶色のお湯ははっきりとしょぱい味ですし

僕の行った時間は僕だけで貸しきりでしたし
内風呂もいいです。

思わず道南の流儀にしたがって
お湯がザンザンと溢れている床に
横になってしまいました。

ぜいたくな時間ですな~。

と、いうことで大満足でこちらを後にして
熊石から国道229号線~228号線の
追分ソーランライン~福山街道・松前国道を通り

函館へと向かったのでした。

にしても知内では
Air-GやHBCよりも
FMあおもりがハッキリと入ってきたのが

なんとも興味深かったです。

函館では「土方歳三最後の地碑」に手を合わせたあと
一旦ホテルへ入って

夜はKanakoのスープカレー屋さんで
舌鼓をうったというわけです。

でもって翌日。

ホテル~市電~五稜郭~北洋資料館~市電~
旧イギリス領事館~~元町公園~旧函館区公会堂~
ぐるぐる食堂~市電~市立函館博物館~碧血碑~

というなかなかハードな行程で

結構坂道などを歩いたせいで足がぱんぱんになった時のお約束
「谷地頭温泉」へ
91湯目でした。

広い浴室内と、メチャクチャ多いカランの数。
それもそのはず、水道局の管理だそうです。
(「笹流ダム」のことを調べていて
知りました。)

そして五稜郭の形をした
露天の湯槽が
いいですね。

が、露天の湯温が疲れた体には
少々キビシイ感じなので

もっぱら内風呂の低温(それでも40度)の
湯槽とか、普段はそれほどお世話にならないのですが
何せ足が疲れているということで
ジャグジーなどにお世話になりながらも

ここでも少々
ウツラウツラしてしまいました。

実はぐるぐる食堂でもビールを入れていましたが
ハードな行程ですっかり汗になって流れたので

ここでも、湯上がりのビールを
しっかりいただきました。

ウマかった。

でもってホテルへ戻り
吉田商店へと出かけたのでした。



そして翌日。
富良野へ帰る日ですが

国道五号線を北上して
石谷駅を過ぎると
濁川の集落へ向かう道がありますが

左折をした瞬間に

山と山が迫ってきて谷のようになっている道路の奥には、
今止んだばかりの雨が降り残ってか
霧のように広がって、景色をけぶらせます

これだけで期待満々。

いつも何かある予感がする濁川温泉なのです。

そんな感じで向かったのは
濁川温泉一の老舗「新栄館」です。
なんたって、開業は明治年間ですからね。

このブログでも一度登場していますが
その時は、旧館に行くことが出来ずに

新館の温泉を楽しんだのですが

今回はいかに

たどり着いて湯銭を払うと

「温泉はこちらです。」
と導いてくれました。

やった。今回は旧館だ。

超久々二度目の旧館です
92湯目です。

多くの人の足に踏まれたのと
宿の人が丹念に磨いたので

いい感じに輝いている廊下をふみつつ

指をつっこまれて穴があいた障子とか
天上の薄暗い感じとかが
狭く急な階段とかが

北関東にある僕の祖父母宅を思わせる
ザ・昭和って感じに
かなり鄙びた雰囲気で趣があります。


脱衣場もそんな感じです。

脱衣籠を使っている形跡もなく
一昨日の見市温泉に続いて

今日も貸しきりみたいです。

あちらこちらを見てみると
木の立派な成分分析表には
「昭和10年2月」と書かれておりまして

それって、2.26事件の丁度一年程前ではないですか。

そんな見るものすべてを
スゲースゲーと想いながら

浴室へ。

入ると湯煙の中には
湯治場の風情もあるような
床を彫りぬいた感じの湯槽がみっつありまして

すべての湯槽からは
淡い緑茶色の濁り湯が溢れております。

まずは手近な湯槽に手をつっこみますが



アツッ

アツイというかシビれてイタい感じも
道南ならではですか。

どこか入れそうなところはと

それぞれ手をつっこんだ結果
一番湯温の低いところへ
入りました。
うっわあ~
これはいいわ。

なんだか今まで疲れ切っていた体の細胞が
蘇生をしていくような感じで、

やわらかいお湯が
体にしみいってくるようです


湯元からといみたいな溝を通って
お湯が入ってきますが

その溝を通る間に湯温が下がったりとか

お湯を止めることで湯温を調整するのは
日の出湯とか道南のお湯に
おおい形式ですね。

また、冷たい水が出てくる黒くカタいホースは
吹上露天をも思わせてくれまして

ここもツボです。

ザンザンとあふれ出す湯が床に作る
アールデコとか前衛建築のような不思議な造形とか
すのこみたいな不思議な天井とか
そこに湯気がつくる模様
湯気まで芸術ですね。

ピチョーンピチョーンという
滴の音もいい感じ。


そんな見るもの聴くものすべてが
芸術っスね。


と、いうことで大満足をして
富良野へとむかったのでした。






ちなみに今まで入った温泉については
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2日目 29日(月)東5 パ-49aです
☆「クロック(clock)」
(北海道札幌市中央区円山西町9丁目2-25 旭山プラザ1F)


先日、お仕事(本職)の関係で
札幌へ出張でした。

しかも仕事の場所は西区で
仕事の開始が13時から

富良野から札幌市内を通って西区に行く途中で
なおかつオイシイカレーが食べられるとなったら



ポクポクポク

チーン

ここしかないじゃないですか。

と、いうことで向かったのが
円山にあるクロックでした。

ここしばらくスープカレーのお店が
雨後の竹の子のように増えている札幌で

僕的にお気に入りのインド風カレーを食べさせてくれるお店が
「ミルチ」であるならば
欧風ルーカレーを食べさせてくれるお店として
真っ先に頭に浮かぶのが
こちらなのであります。

札樽道を新川の出口でおりてから
山の手地区を抜けて、
円山動物園とかを横目に見ながら
カーブがちの坂道を走っていると

緑色の「カレー」の看板を発見
あれですね。

車から降りるとすでにぷぅんと
かぐわしくも魅力的な
カレーの香りが漂っております。

到着したのが丁度11時30分で
開店直後ということもあったのですが
すでに何組かお客さんが入られていましたし

この時、僕と同行者でむかったのですが
入った直後にも何組もお客さんが入ってきました。

人気がありますね。

お店の場所柄でしょうか
店内のインテリアもオシャレで清潔な感じ。

今までは休日に行くのがほとんどだったということもあり
主な客層がカップル中心だったので
少々場違いな感じがしていたのですが

これまたお店の場所柄か、
平日は、ネクタイを占めたサラリーマン風のお客さんが
多いような…

僕もネクタイ姿だったので
これなら安心してカレーを味わうことが出来ます。

と、いうことでメニューを見ながら
考えることしばしですか

何せ来たのが本当に久しぶり
前回畏友P氏と訪れたのが
すでに記憶の彼方になっているということで

基本にかえって
「ビーフチーズカレー」の激辛(普通でいえば辛口)をオーダー
この時一緒に訪れた同行者は
「チキンカレー」をオーダーし

穏やかなBGMに耳を傾けつつ
談笑をしながら
まつことしばしで

よい香りとともにやってまいりましたよ。


前述通り、こちらは僕の中では
札幌で一番といってよい欧風カレーを
食べさせてくれるお店として認識をしていますが

まずは、上品なレストランで出てくるようなお皿に
乗っかっているライスの上には
とろっとろに煮込まれたビーフが

鎮座ましましておりまして

これが、いいんですよ。


そしてカレーポットの中には
これまたチーズの溶け込んだ
濃褐色のドロっとしているカレールーが。

これですよこれ。


ということでまずはルーのいただくために
カレーポットからライスにカレーをかける

このスプーンにのっかる重さとカンショクが
トロみのついたルーカレーの醍醐味だよねー

などと思っていると



チーズが、予期せぬくらいに

びよ~んと

糸をひきました


!!


これは

スゴい。

そんな先制攻撃に
早くも嬉しさでクラクラしつつ

ルーをぱくっと。

!!

!!!!!!

じぃぃぃぃぃぃぃん


うわっ、

これは

これはうっまーい。

極めて上品なルーカレーですから
様々な野菜とかをはじめとしたエキスが
溶け込んでいて
コクとウマ味のハーモニーを
作りだしています。

しかもこのコクの原因は
確か水を使わずに煮込んでいると
何かの本で読んだのですが

そこにもあるのでしょう。

それてコクがあるのに
クドクなくて

サワヤカなカラサとともに
すっと引く感じなのです

そしてまた

食べたくなるという。

一口食べて、手間をかけられていることが
わかってしまうという

そんなカレーをオイシクしてくれる
一手間一手間の過程が
いちいちウレしいですね。

いやーたまりません。


が、
まだ肝心要のビーフに
手を出しておりませんよ。

と、いうわけで
まずはとろっとろに煮込まれた
ライスの頂上に鎮座している
ビーフにスプーンをつけますが



ビーフがホロッホロに煮込まれていて
軽く崩すことが出来ますし

しかも口の中にいれたら



ほとんど歯を立てていないのに
口の中で崩れていくという

これだけで極上の
何時間も煮込まれたようなビーフシチューの中の
ビーフの有様。

そんなカレーと
そんなビーフのマリアージュですから

!!

うまくないハズがない!

しかも、カレーをライスにかけるたびに

びよ~んと糸を引く
チーズもウレしいです。

チーズとカレーって
どうしてこんなにあうのでしょうか。

カレーのスパイシーさを
チーズが緩和してくれる役割も果たして


これはタマらんです

カレーをかけたり、口に入れたり
ビーフを割ったり、チーズの糸が
にょ~んとなったのをたぐったりと

何をしても、笑顔がこぼれてしまいます。

これは、脱帽です。


同行者も、最初はビックリした表情から
満足そうな表情にかえつつ
「これ、オイシイですよ」などといいながら

チキンのカレーをほおばっておりまして

いやー、良かった良かった。

お店を出ることは27席ある店内は
すっかりと満員になっておりましたし

車を駐車場から出すと
入れ替わりにすぐ僕が停めていたところに
車が滑り込んできました。

ま、この人気も
納得の味わいですよ。

満腹しながら車を走らせていると

チーズのおかげで少々うすらいだ辛さが
反撃するように

うっすらと汗をかいていましたが

こんな反撃なら大歓迎です。




☆「クロック(clock)」(北海道札幌市中央区円山西町9丁目2-25 旭山プラザ1F)
◇営業時間◇ 11:30-22:00 ◇定休日◇ 月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜休)
◇駐車場◇有り




☆「Soup Curry Yellow(イエロー)」
(北海道札幌市中央区南三条西1丁目 12-19 エルムビル1F )

ということで、札幌出張で仕事が終わり
その夜ですが
ホテルがススキノであったということで

今まではススキノに泊まった時には
ALOALOやGARAKUなどに行っていましたが
これまた久々のYellowへと行きました。

まぁそのまえには
某青い袋のお店とかを
回ったりするのですがw

ということで
黒板にメニューが書かれた看板を見つつ

オシャレなドアを開けましたら

黒がベースのオシャレでスタイリッシュな内装が
目に飛び込んできます。

DJブースとかを横目にしながら

店員さんにお独り様であり
タバコを吸わない旨を告げると

禁煙席へと通してくれます。

こちら喫煙席と禁煙席を
大きなガラスでしきっているところも

スタイリッシュな店内に
自然と溶け込んでいて
そのガラスの仕切り自体が
インテリアのようであります。

しかも、ここに来たら
常にメニューが迷うのですよね。

魅力的で独特のメニューが
多すぎて…

最初は無難にチキンでも
などと思っていまして

外に書かれたメニューも
チキン・野菜・チキン野菜・
フィッシュフライ・豆腐・豚角煮

といった、オーソドックスな
感じなのですが

テーブルの上に置かれたカード状のメニューを見ると
やはり目移りします。

前回こちらを訪れた時に舌鼓を打った
ベーコンステーキのスープカリー以外にも

たとえば。
モツ鍋風スープカリー
とか
角切り炙りチャーシューとオクラのスープカリー
とか
水餃子カリー
とか
大根と豆腐とガルバンゾーのカリー
とか
じっくり煮込んだラム肉とBlue Herbのカリー
とかですからね

そりゃあ、迷いもします。


そんななか、目に飛び込んできたメニューが

露地物舞茸と土ごぼうのスープカリー

でした。

露地物舞茸に

土ごぼうだなんて



ステキすぎです。

と、いうことで熟考の末決定。

ただ、これでは
少々肉分が足りない

と、いうことで、前回もお世話になった
ベーコンステーキに加えて
温玉とフライドガーリックをトッピング

辛さは6段階に分かれていて
4番~は追加料金なので、4番を選択


あとは、北海道樽生ビールピリカワッカの
ハーフ&ハーフをオーダー。


先に来た濃厚かつサワヤカなビールで
喉を潤しながら

BGMのハウス系の音楽に耳を傾けつつ
改めて机の上に置かれている
カード状のメニューを眺めつつ

待つことしばしで

いいかおりとともに
登場をいたしましたよ。


これだこれだ。

マッテマシタ。

黒い陶器の端とかが
鈍く銀鼠に縁取られて光るオシャレな皿や
器に入ったのは

明るいオレンジの半透明系スープには
タップリのフライドガーリックが
散らされていますし

なにせ、存在感のある舞茸と
さらに存在感のある

堂々としたベーコンステーキ
しかもピーマンや水菜が

目にも鮮やかで、これだけで
もうたまりまへん。

ってことでいっただっきま~す

ぱく



!!!

うをををををををっ

こ、
これは

う、ウマい

ウマすぎる。

肉のエキスや野菜のウマみが
たっぷりとしみでていて

コクも文句なし
ウマみも文句なし

でもって辛さも
いい辛さです。

といった冷静なコメントでは
おさまらないような
グンバツのウマさなのです。

しかも、トッピングのガーリックが
最初ッから最後まで
シゲキテキなスープに
パンチを与え続けてくれて

こちらもあわせて

狂喜乱舞したいほど


まぁ、独りでやっていたら
ハタで見たらバカですし
オシャレな店内の雰囲気を
ブチコワシにするので
やりませんがね。


これは、もう、

なんつーか、タマリマセンなー。


しかも、プリっプリの舞茸は
食べたら旨さや風味が鼻からいっきに駆け抜ける

まさに旨さのあまり舞ってしまうようなレベル。

土ごぼうは衣をつけて揚げられて
入っていましたが

これまた土ごぼうの名にふさわしい
素朴な味ながら
野卑な感じとか、ごぼうのエグ味とかはない
絶妙なバランスのもの。

しかも天ぷらですから
最初はサックリ衣が
次第にテロテロって変化も
しっかり味わえます。


ブアツイレンコンは、ブアツイのにシャクシャクの歯ごたえが
これまたいいですし、

それ自体が汁っけたっぷりのナスは
カレースープを吸って相乗効果でエラいことになってますし

にんじんやじゃがいものホクホクしながら
アマいのは言うに及ばず

他店では、色合い調整か添え物や味かアクセント的な役割の
ピーマンですら、分厚くて、歯ごたえよくて
かめばピーマンのもつ旨さが

しっかりと出てくるというもので


この手抜きのなさが
人気店の人気店たる所以。


しかもですよ、
トッピングに頼んだのが

こちらジマンのベーコンステーキですよ。

ステーキの名に恥じない分厚くて
噛めば噛むほど燻煙香と脂のウマ味が
しみでてきて、これまたエラいことに

「よしながふみ」さんの食エッセイ
「愛がなくても喰っていけます」に

「にくづきに旨いと書いて脂」
という名言がありますが

そんなセリフすらも
頭に浮かんでくるのですよ。


いやー

うめーうめーうめー


五穀米のレモン添えも
このカレーにベストマッチです。

が、

幸せなときは長くは続かない。

喰いすすめるうちに
次第に中身は当然のように減ってきて

あれほどニギヤカだった器の中が
次第に寂しくなっていきます。


まるでこれは、泉昌之さんのマンガ「夜行」で
駅弁を喰っているようではないですか

でも、あのオチは、
とっておいたカツと思ったものが
タマネギだということで
大ショックを受けるというモノでしたが

そんなサプライズは当然なく

最後のお楽しみ
五穀米を残りのスープに入れて

とっておいた温玉とともに
攪拌して食べると

ライスにいろいろなものがからんできて
うわっ、極旨スープとトロトロ卵のハーモニーが
うわっ、厚切りベーコンが
うわっ、こくまろとろたまが
うわっ、しゃくしゃくれんこんが
うわっ、こくまろとろたまが

って感じで
最後の最後
スープの一滴までをも

飲み尽くしたところで
残りのビールをごくっとして

ぷっはぁぁああ


大満足デアリマス。



会計をすませて
お店を出ると

外は気温3度の風がふいていまして

カレーで汗だくになったカラダには
キモチイーネと想いながら

ホテルへと戻ったのでした。



☆「Soup Curry Yellow(イエロー)」
(北海道札幌市中央区南三条西1丁目 12-19 エルムビル1F )
◇営業時間◇11:30~22:00(LO21:30)
◇定休日◇ 無休 ◇駐車場◇ 契約駐車場有り





☆「Spice cafe Verodeca(スパイス・カフェ ベロデカ)」
(札幌市西区宮の沢1条1丁目6-27 サンステージ宮の沢1F)

札幌での出張、お仕事の場所は西区宮の沢です。
ということで昼食は、地下鉄宮の沢駅から
徒歩スグにある
ベロデカさんへ…

とことこと歩いていくと西友のかどを曲がった当たりで
すでにスパイシーな匂いが



いいですねぇ

外見も喫茶店風ならば
内装もそんな感じで

明るい店内では

大学生風のグループに
ネクタイ締めたサラリーマン風のお客さん数人に
お子さんを連れたお母さんのグループが

それぞれくつろいでいる様子です。

僕は基本札幌や旭川のスープカレー屋さんは
週末にしか行かないのですが

ウィークデイのランチタイムとしては
結構アタリマエの景色なのでしょう。

こんな景色もいいですね。


で、メニューですが

具材が
「ジューシーやわ鶏」
「とろトン煮込み」
「四季彩ベジたべる」
といったレギュラーメニューと
マンスリーカレーがあり

スープは
「いつもの」と「黒旨」が
毎日食べることの出来るスープで
あとは日替わりで「うまトマ」と「こくナッツ」の
選択が出来ます。

辛さは
1~5番が無料
6番が50円増し
7番が100円増しで、ここからピッキーヌが入り
8番が150円増し

トッピングは
100円の
イモモチ・ウィンナー・フィッシュフライ・レンコン・キノコ・オクラ・チーズ・揚げギョウザ・カボチャ・キャベツ・
150円のハムカツ・カマンベールチーズ

とあって、
前日に行ったイエローほどではないですが
こちらも目移りします。

が、店の入り口横に置いてある
黒板に書かれた文字が、とても魅力的だったので

入るときに、そちらに決めておりました。

それは11月のマンスリーカレー
「ゴボウ入り手ごねハンバーグとほっこりカボチャのスープカレー」
です。

またゴボウですが
ゴボウ、スキなんですよ。

しかも、手ごねハンバーグに
ほっこりカボチャですから

黒板見るや瞬決です。


しかも5か月前にこちらで食べたのは
「ベジたべる」の黒旨スープでしたが

「ゴボウ入り手ごねハンバーグとほっこりカボチャのスープカレー」は
「うまトマスープ」ということで

これまた、前回とかぶらない良い選択。

ってことで決定し、

トッピングはハムカツも惹かれたのですが
それは次回のオタノシミにとっておいて

今回はトロトロたまごをスープにトッピングをして
辛さは6番でオーダーをしました。


BGの洋楽とか、テレビの映像とかに
目や耳を傾けながら

待つことしばし。

時折盛大にジャージャーという
具を油通ししている音がして

これまた期待でワクテカです。


ということで
まずはライスが登場し

ほどなくして白く非対称形のおしゃれな器に入った
カレーが登場。


まずは、中央部のハンバーグが
威風堂々としているのと

器の縁にもたれかかっている
大ぶりにカットされたカボチャと

ハンバーグの上を白く飾る揚げ春雨が

目に入ってきますよ。



しかもスープは
うまトマってことで、オレンジがかっているのでしょう

が、

あまりよくわからない。

なぜか

それは、一面を覆うような
沢山のフワフワなとき卵が
溶け込んでいるのです。

一見するとカオスっぽいですが

スープをすくってもすくっても溶き卵。

いいですね~

玉子好きには玉乱(たまらん)ですよ。

ということで、卵ごとスープをパクッと。






!!!




ヲヲ?


じぃぃぃぃぃん



こりゃウマいっすね。

トマトの旨みと酸味
他の具材由来のコクに旨み

そしてさすが六番のスパイシーさが

あいまって重層的に攻撃をしてきます。

前回食べた黒旨よりは
サワヤカで後味がスッキリしている
感じなので、

その分スパイスが際立って
感じるのかもしれません。

実際にピッキーヌっぽいストレートな辛味も
感じます

が、当然トンガッタ主張をする感じでは
ありません。

溶き卵効果か
すごくマイルドにいただくことが出来るのです。

トマトと卵の組み合わせも
絶妙ですしね。

トマトと卵とカレーというと
以前中央区にあった
マッサーラあたりをもボンヤリと
思い出してしまうのです。

しかもにんじんはヤワヤワでアマアマ、

じゃがいもは北海道民で良かったーって感じの
ホクホクのじゃがいも

キャベツもアマけりゃ、
なすはジューシーで

シメジのぷにっとした食感も良ければ
オクラもブロッコリーも
アオくてウマい、素揚げされたときの脂で
旨みが引き立てられている感じです。

プチトマトも目に鮮やかで
いいですね~

でもって目玉の一つのカボチャも
当然アマアマだしかつ分厚いしということで
大満足ものでしたし 

ゴボウ入りハンバーグはハンバーグで

これまたタマランです。

何度も当ブログで行っておりますが
ハンバーグを割った瞬間に
透明な肉滴がスープにしみ出る時に

幸福を感じるのです。

口に入れても、噛むたびに
肉滴がじゅうっと溢れてきて
たまりませんし

そんな肉滴とスープカレーが
同時にタッグを組んで攻めてくるわけです

しかも時々コリッとした食感を残した

ごぼうまでが加勢するわけですから

降伏 幸福です。

全面口福です。




大学生風?のグループも
しきりにウマイとか鶏がヤワラカイとかイイながら
食べていました。


そんなことも含めて
よいお店だなぁと思いつつ

再びお仕事へと戻ったのでした。



あと、今まで当ブログではこちらのお店を
「ヴェロデカ」と書いていましたが
「ベロデカ」の方がオフィシャルのようです。

ツツシンデ訂正イタシマス。


☆「Spice cafe Verodeca(スパイス・カフェ ベロデカ)」
(札幌市西区宮の沢1条1丁目6-27 サンステージ宮の沢1F)
◇営業時間◇ 11:30~21:00(Lo 20:30) ※ ランチタイム 11:30~14:00
◇定休日◇ 月曜・第3日曜  ◇駐車場◇有り





☆「スパイシキッチン Coco Nut Punch(ココナッツパンチ)」
(北海道旭川市緑が丘二条四丁目10-7)

札幌でのお仕事を終わらせると
週末は久々に一日オフになりました。

ということで、散髪に行ったり
ヲ買い物に行ったり、温泉に行ったりしましたが

当然そんな日の昼食は
カレーです。

前日にベロデカに
前々日にイエローへ行っていたので

今回はスープカレーではなく
ルーカレーが食べたかった…

そういえば、旭川でルーカレーといっても
まだ食べいてないお店があるじゃないか。

と、いうことで向かったのが

ココナッツパンチさんでした。

旭川医大の前の道を
緑が丘団地に少し入っていくところで

ホテル医大前の横にあります。

道が狭いのと、団地の中で
駐車スペース自体が狭いので

車を停めるのに少々ナンギをしますが

なんとかとめて店内へ。
まぁ、ここらへんも
こちらを訪れるのも3度目ということで
慣れたものですね。


ボードウォーク風のカウンター席に
腰をおろすと

その上にずらっと並ぶ
リキュールやジンなどの
色も形もとりどりの酒瓶とか

あいかわらずいい感じですし
無造作に於かれているマンガ雑誌も

なんかくつろげそうな感じで
いいですね。

こちらは、メインはスープカレーで

チキンと野菜
豚角煮と野菜
ソーセージと野菜
ベジタブルのスープカレー
の他にも

漢カレーとか
厚揚げと野菜のスープカレーなどや

今月のカレーである
きのこのバターソテーとベーコンのスープカレー
などなど

心を揺さぶられるような気になるメニューは
数多くあるのですが

前回来たときに
スープカレーでありながら
ルーカレーっぽい香りがするところに
面白みを感じながら食べたところ

ルーカレーから極上のスープカレーにアプローチした
そんなウマ味

前回食べたトマトとベーコンとチーズのスープカレーとかは
丸ごとトマトがトロトロチーズを纏っているのが
感動ものなのに加えて

ベーコンもうまくて

そんな具材のウマ味を引き出している
カレーということでも

すごい興味を持ち

これはルーカレーもウマいに違いないと判断し

次に来る時にはルーカレーを喰うぞ~

と決心していたということから

それらの魅力的なメニューに心を惹かれながらも
カツカレーをオーダーしました。

BGMの洋楽に混じって
厨房からはカツを揚げるイセイのよい音が
してまいりますが

待つことしばしで

登場しました。


ヲヲヲ


オーソドックスな
濃褐色のルーをまとった
タップリのライスと
キツネイロのおいしそうなカツが

いいですね~

ということで
まずはルーを
ぱくっと






!!!

じぃぃぃぃぃぃん


予想通り、

スープカレーの作り方も丁寧なので
期待できると思っていましたが

そのとおりでした。

いや、予想を上回るかもしれません。

これはウマいっす。

コクはあるけどクドくない
ウマくてスパイシーなうえに

どこかオフクロのカレー的な
空きがあるところが

またいいですねー。

気取らずに食べることが出来るのだけれども
楽をしている感じが全くしない。

オイシクしようと工夫をしていったあまりに
気取らない味にたどり着いた感じです。

これは、いいですよ。


つづいてカツをば

サクっ



これもいいですね。


キツネイロの衣は、
パン粉がピンと立っているような
そんなエッジの効いている
感じでこそはないですが

サクサクの衣の噛み心地も
サワヤカですっきりしていますし

噛むたびに、奥から奥から
肉滴もいい感じでしみ出してきて

衣とのバランスもいいですし
衣の旨さと肉の旨さと脂の旨さの
ハーモニーが奏でられて

しかも、ルーや
これまた美味しいライスと一緒に
口の中に放り込むと

そんなカツの魅力と
スパイシーなルーに美味しいご飯の魅力とが、
口の中であわさって

相乗効果で、タマラン感じになります。

こりゃあ、ウマい。


ルーカレーを選択して
またあらたなこのお店の魅力を
発見できて良かったー。

総じて、カツがカレーのスパイシーさに
よくあっていて
口の中が美味しいものでイッパイに満たされる
カツカレーを喰らうシアワセや醍醐味を
味合わせてくれますな。

と、いうことで
一気呵成に食い尽くしたあと

大満足でお店をあとにしたのでした。

オイシカッタ~


うむ次こそは、

これらのカレーたちで
オイしいジントニックあたりを
いただけるステキな夜を

過ごしたいものなのですが…





☆「スパイシキッチン Coco Nut Punch(ココナッツパンチ)」
(北海道旭川市緑が丘二条四丁目10-7)
◇営業時間◇:12時~24時 ◇定休日◇:日曜日 
◇駐車場◇有り





あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
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コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

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〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

追1 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で
参戦いたします
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
追2
見ると、ありがたいことに
ブログのカウンターが50000Hitを超えていました。
8月11日の当ブログで40000Hitを数えましたが
そのときと同じになりますが
当ブログを覗きに来ている皆さん
ラジオふらのリスナーの皆さん
ラジオふらのスタッフ並びに関係者のみなさん
当ブログの立ち上げをしてくれた杏紀さん
本当に ありがとうございます。
今後もこのペースでいきます。
2008.12.03 顧客の品格
日本で一番カレーを売っているのは
新宿駅構内の「C&C」だそうです。

僕が大学生だったときは、
埼京線〔もしくは山手線〕から、新宿駅で
京王線に乗り換えて通学していたので

いやがおうにもお店の横を通らざるを得ない。
その時には、イカニモなにほひに引き寄せられて
フラフラといってしまった事、数知れず。

しかも、朝はともかくとして
学校帰りとかはハラペコですからね。


まぁ、にほひどおりの味で
一口目はウマーなのですが

あとは…という感じです。


土山しげるさんの「極道メシ」で
駅の立ち食いそばを評して

「あんな、最初の一口はえぇねん
あんだけ食いたいんやけど
2杯目はもうええわって思うネン」

といったようなことが言われていますが

どこか通じるかもしれません。


でも、アノ味がたまに
ミョーにたべたくなるんですよね、

あの1000%鉄板で冷食である
トッピングのフライ類とともに。



まぁ、ここでは長居せずに
カレーをカッコんで
最後に水をくんっと飲んで
ハードボイルドに立ち去るのが
流儀です。


12月1日 オンエアー 第190回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」であります。

このコーナーでは、あまりボク自身のことは語らないのですが
先日の体験談を語らせてもらいました。

先日某店にカレーを食べに行きました。
こちらは古民家を改造したうえに
オシャレな内装がなされていて
BGMやインテリアも配慮がなされていて

隅々までお店の方のコダワリが
伝わってくるので
お気に入りのお店なのです。


室内であるにもかかわらず、
玉砂利が敷き詰められていたり
そこに敷石があったりするのも
オシャレですね。


が、この日にいったら
妙にニギヤカでした。



と思って見ると





あろうことか、
その玉砂利のところを砂場のようにして
嬌声をあげながら遊んでいる、幼児が5名





この幼児たちの親らしき人たちは
さらに奥にすわっておりまして

時たま、幼児の嬌声よりも
大きい声でお話をされたり
笑ったりされています。

幼児の遊びは
エスカレートをします。

玉砂利をお店のスリッパにつめたり
敷石を埋めて小山を作ったり

しまいには
玉砂利を投げ出しました。

すると、お母さんの一人でしょうか

「こら、石、投げないの…」

と、言って
また談笑にふけっております。

ま、たしかに投げないの…
ですけど、

それ以前にそんな境遇にいたら
投げるに決まっているから

遊ばせないのが先決でしょうよ。

すると、しばらくして
そのお母さんの一人が子供たちの輪の中に入った。

こんどこそは、とめてくれるのだろう。

と、思ったっけ



一緒に遊びだしました。

子供たちの嬌声はいよいよ上がります。






僕が「孤独のグルメ」の井之頭五郎であれば


「モノを食べる時はね 誰にも邪魔されず
自由で なんというか 救われてなきゃダメなんだ

独りで静かで豊かで…」


とひとくさり、たれつつ
お子様か母親の関節の一つもキメるところですが

チキンな私は

カレーがくるや、
ありし日に「C&C」でカレーを食べたように
猛スピードで、絶品カレーを
流し込んで、
その場をあとにしたのでした。

にしても、
この一団とは、二度と鉢合わせをしたくないものです。

が、
ひょっとして、この一団が
こちらのお店を

オシャレな玉砂利をあたかも託児所のように
使うことができるという
誤った認識をもって

常連化されたら
どうしよう

などとまで思ってしまった
そんな午後でした。

杞憂に終わればいいのですが…





あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
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追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。

追2 ドラマーの樋口宗孝さんが先月30日に
おなくなりになりました。
かつてドラムを叩いていた時、そのテクニックに
ホレたことがあった身としては
人生の無常を感じてしまいます。
謹んで 心より、ご冥福をお祈りいたします。
♪12月1日オンエアー 第190回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です


♪「Beautiful fighter」 Angera
TV『屍姫 赫.』Op

鳴り響く教会の鐘(カリオンベル)のような音と
チェンバロのような音で演奏をされる
バッハの楽曲を想わせる旋律をモチーフとした
映画音楽風にも聞こえるような
大仰で大仕掛けなイントロが一転して
テンポが倍になるや、
16分音符のバスドラのビートが疾走感をもたらす
特徴的な激しいビートと、
同じく16分音符のスルどいカッティングが
キモチいいアップテンポの楽曲になり
独特の魅力でクセになるatsukoさんの
ボーカルがカラむという、
直球のアンジェラサウンドです。
歌の伴奏部分とかで活躍をするギターなどと
前奏や間奏で活躍をするストリングスに
フリージャズのように弾き乱れるピアノが
サビの部分で一つになるところが
なんともいえずかっこよいところですし
この伴奏に絡むボーカルがなんとも映えます。
間奏部分のジプシーバイオリンのような
バイオリンソロから
ライトハンドっぽく細かく動くギターソロで
曲がすすんでいったあとに
一旦リズムがオフになったかと思うと
教会音楽のようにストリングスやチェンバロっぽい
音が落ち着いて重ねられていく伴奏に歌が入り
盛り上げていった絶頂部分で
ブレイクを挟んで
再びサビへ突入する、といった構成も
カッコいいことこのうえないです。
サビ部分で入る破裂音っぽい効果音も
曲をビシッとしめています。
そして、波乱と終末を感じさせてくれる後奏も
曲を良い形で締めくくっております。





♪「through the looking glass」 中川翔子
「続く世界」カップリング

ストリングスの明るい響きと言い
曲にポップさをもたらすピチカートの響きといい
meg rockさんの手によるその歌詞といい
ひねりのない直球のアイドルポップ
しかも20世紀のアイドル全盛期の
香りがいたしまして、
そんな楽曲をあどけない感じで歌いこなしている
しょこたんの声がまた、なんともお似合いです。
と、はいうものの、
ドラムのビートが単純な8ビートではなく
少々ひとすじなわではいかない感じであったり
Bメロとかの伴奏のウラで
三連符を連続で用いているピアノのメロとかで
リズムに面白みを出していたり
ベースラインのアドリブっぽい動きであったり
チャイムの使い方も、曲のキモになる
目立つところで鳴らされるだけでなく
良く聴くといろいろなところで細かい動きをして
曲に厚みを出していたりなど、
やはり、21世紀の進化したアイドルの楽曲だなぁと
思えますし、そうやってよく聴いて
いろいろなシカケに気がついてニヤっとするのが、
しょこたんの曲の魅力でもありまし
鑑賞法でしょうかね。
そう聴くと彼女自身も、
アドケナイアイドルモードになって
ノリノリで歌っているのが
伝わって来るのですね。





♪「縁雷〜EN-RAI〜」 斎賀みつき feat.JUST
「FURANO History Factory」12月のマンスリーパワープレイ
WEBラジオ『隠の王』テーマソング

ピアノとストリングスがフィーチャーされた
和っぽい少々セツないサウンドに
斎賀みつきさんの、おっとこまえなボーカルが
よく合いますし、
このボーカルのあとにくる
カッコいいRapの融合がイイですな。
その和っぽいサウンドは、
ストリングスとかピアノだけではなく
ギュンと鳴るギターのスルドい音とか
チョッパーがペキペキと鳴っている
ベースの音とかに支えられています。
メロディーラインも和を意識した
旋律が展開されていきますし
間奏のギターソロも和のテイストですが
その一見相容れないような両者が
見事に融合されているのに加えて
TADAさんのRap部分がカッコいい部分と
斎賀さんとの曲部分がカッコいいのとで
相乗効果で全体的に落ち着いたイメージがありながら
なおカッコいいという、
斎賀さん楽曲の真骨頂です。





♪「Fantasy」高橋洋子
「傷だらけの夢」カップリング

大人しくしっとりと響くピアノの音に
アコースティックギターやストリングスの音
そして、ほわんとしたブラスのアンサンブルとか
アダルトなムードのコーラスが穏やかに響き
リムショットのカンという音も
こんな曲世界によくあっているような
AORっぽい曲です。
高橋さんのボーカルといえば
ハリのあるりんとした歌声がろうろうと響く
そんなイメージがありますが
穏やかな楽曲によくにあう
せつなげなところが心に染みる歌い方で
いいなと思いますし、
また彼女の引き出しの多さとかを
垣間見た感じです。
サビ前とかサビ中の転調っぽいコード進行も
大人っぽくて、カップリング曲とあわせて
独特な雰囲気を味わうことが出来る
佳曲ですね。





♪「バニラソルト」 堀江由衣
TV『とらドラ!』Ed

シンセを使ってオモチャっぽい音を作り
これまたイカニモなシンセの音で奏でられる
単純なベースラインの音とか
全体的に軽やかなビートとか
ほぼ常にといった感じで鳴り響く
16分音符のピコピコとした音の使い方とか
ブレイクと単純なビートに
効果音のようなギリギレといった音とか
そんな音たちがおもちゃ箱の中のような
ガジェットをイメージさせるように響き
そんな楽曲に堀江さんのキュートな歌声が
良く似合っています。
一聴すると、今流行の
アイドルテクノの文法で
かかれている曲です。
全体的にテクノですから
シンセサウンドに貫かれているのですが
中間部分に突如として
アコースティックピアノだけで
しっとりと歌われる部分があって
そこの部分が映えるのに加えて
その後ピアノとシンセのサウンドが
次第に融合をされて
曲を盛り上げていくウマさなんてのは
見事で、そんな構成の妙を見ると
キチンとオリジナルになっております。
曲はテクノとアコースティックの融合
詩ではバニラに塩を融合させることによる
効果を語っていまして
なんだか曲と詩が
リンクしているというか
詩のことを曲が体現しているというか
そんなところもウマいです。
堀江さんの通算9枚目のシングルでして
オリコンの週間ランキングでは
初登場7位でした






このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺だけでしか
聴くことが出来ない
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2771

追 冬祭りは
畏友GMクンのサークル「北蝦夷協和会」で参戦
2日目 29日(月)東5 パ-49aです。
2008.12.01 師走と寒さ
FHF
本日より師走であります。
朝もマイナス10度代の気温が少なくなく
きちと冷え込んでいる感じがします。

土曜日、朝の情報番組を見ていますと
京都の紅葉特集が放送されていました
今年は少々紅葉が遅いとのこと。

何でもかんでも温暖化といえば
よいというものでもないでしょうか

少々気になります。

と、なると、朝とかキチンと冷えているのは
辛いのですが、少々ホッとするような
気がするのです。



12月1日オンエアー 第190回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

さて、平安の女流文学の中でも
確固たる地位を占めた
「源氏物語」と「紫式部」ですが

ほぼ同時期に活躍し
しかも中宮定子に仕えていたのが
「清少納言」です。

「清少納言」といえば
枕草子ですが
成立年代ははっきりしていませんが

だいたい一〇〇〇年ごろに書かれました。

「春はあけぼのやうやう白くなりゆくやまぎは」
の書き出しで超有名な話でありますし

『源氏物語』は大人しげなしみじみとした
諸行無常を感じられる内容であるのに対して
『枕草子』は、
たとえば「○○なもの。××。△△。□□。……」
といった感じで列挙をしてゆきまして、
このようなパターンの章を類聚的章段っていうんですが、

アイドルのエッセイとか
グラビアの横に書かれた文章とか
「ジッタリン・ジン」の名曲「プレゼント」みたいな
「私の好きなのは、…と…と…と」
といった調子で

同じ平安時代の文学だからと
同じ調子で考えてはいけない

と、ボクは
橋本治センセイの「桃尻語訳 枕草子」で知りました。



そんな清少納言、中宮定子に仕えていました。
定子は一条天皇の奥さんで、
天皇の寵愛をうけておりましたが

この時は、定子の父である道隆に兄の伊周と
ライバルである藤原道長との
権力争いのまっただなか。

そんな争いの過程で、
一度は自分の目の前で
兄伊周と弟隆家が
検非違使にとらえられるのを目の当たりにして
ショックのあまり、落飾しておりますが

兄が許されると同時に還俗しまして、
結局その3年後に子どもを生みます。
ところが
その直後に死んでしまいます。

定子の還俗にあせりを感じたのが
娘の彰子を女御に出しているライバル藤原道長で
道長は、彰子にも中宮を号させました。

中宮とは天皇の正妻のことですが、
ここに史上初めての一帝二后となりました。

定子の死に、この状況が影響を与えていることは
明らかでしょう。

定子は失意のうちに死んでゆき
清少納言は絶望のどん底で
明るく解釈をすることが出来る文章を書いていたのです
それが『枕草子』です。


そして、この彰子に、紫式部は仕えていたわけです。

そんな紫式部は清少納言に対して

「清少納言こそ したり顔にいみじうはべりける人 さばかりさかしだち 真名書き散らしてはべるほども よく見れば まだいと足らぬこと多かり」『紫日記』黒川本(「得意げに真名(漢字)を書き散らしているが、よく見ると間違いも多いし大した事はない」 意訳)
「そのあだになりぬる人の果て いかでかはよくはべらむ」『紫日記』黒川本(「こんな人の行く末にいいことがあるだろうか(いや、ない)」意訳)

などの、殆ど陰口ともいえる辛辣な批評を書いています。

これらの表記は近年に至るまで様々な憶測、
例えば、紫式部が清少納言の才能に嫉妬していたのだ、
などの、野次馬的な好奇心で語られています。


ただ、本人同士は年齢や宮仕えの年代も
10年近く異なります。
定子が死に、清少納言が後宮を去った後
紫式部が出仕をしたので、
実際に面識は無かったようです。

だから『枕草子』も紫式部は
出仕が決まってから先輩女房が残したものを読んで
そしてライバル視をしたのが
真相なようです。

では、なぜ、そのような評価を下したのかですが
山本淳子教授が

「いつまでもダイアナ妃の手記が出ると、現在の皇太子妃の存在感が希薄になる」
という例で説明をされていますが

なるほど、という感じで納得をしました。

あと、清少納言に対する敵意の一因は
紫式部が読んだ『枕草子』の中に

紫式部の亡き夫である、藤原宣孝を
笑いものにしている箇所があって

夫の死に辛さをまぎらわすために
『源氏』の執筆をしたともいわけている
紫式部にとって、
これは許せないことであったのでしょう。

とも山本淳子教授が書かれております。

詳細は
『だれも教えてくれなかった『源氏物語』本当の面白さ』
林真理子×山本淳子 小学館101新書

一読をおすすめします。




さて、『源氏物語』が後世に与えた影響ですが

『源氏物語』の後には、作り物語が次から出てきます。

例えば、主人公である浜松中納言と継父左大将の娘、大姫との悲恋、
そして夢告で亡父が唐土の皇子に転生したと知り、
彼を求めて渡唐し、かの地で出会った后との恋と別れ、
といった様々な女性たちとのめぐりあいを主題としている。
夢のお告げや輪廻転生を軸とした超常的な恋物語である。
『浜松中納言物語〈はままつちゅうなごんものがたり〉』

現存するのは第一巻だけで、
妻を亡くした太政大臣は、母親の違う四人の子供をすべて引取って養育し
音楽の才能にすぐれ、箏を得意にしていた中の君(後に「寝覚の上」)は
十三歳の十五夜の夜、天人が降臨して彼女に琵琶の秘曲を伝え、
さらに翌年の十五夜にも彼女を訪れて、その数奇な運命を予言して去る。

一方、中の君の姉大君は左大臣の長男中納言(後に「関白」)と
婚約をしていたが、中納言は乳母の見舞いに訪れた先で、
ふとしたことから方違をしていた中の君と契ってしまう。
中納言は彼女を別人と混同したままに
その場を立ちさってゆくのだったが、
中の君は一夜の関係で中納言の子を身ごもり、
相手を誰とも知らないまま懊悩するのであった。

といった内容な『夜半の寝覚〈よわのねざめ〉』

この二つは『更級日記〈さらしなにっき〉』の作者の
菅原孝標女〈すがわらたかすえのむすめ〉が書いたとも
いわれてますけれど、よくわかっておりません。


また
『源氏物語』宇治十帖の薫大将に酷似する
主人公・狭衣の恋愛遍歴を描き、
主題・構成には『源氏物語』の顕著な影響が見える
『狭衣物語〈さごろもものがたり〉』。

などがありますが
源氏の影響を受けつつ、後世へ影響を与えたといえば


不思議な姫様の話である
美しく気高い按察使大納言の姫は、裳着を済ませたにも拘らず
化粧せず、お歯黒を付けず、引眉せず、平仮名を書かず、
可憐なものを愛さず毛虫を愛する風変わりなところがあった。
その様子を屋敷に入り込んだ風流男が覗き、歌を読みかける。
そんな気持ち悪い虫が大好きな姫を描いた
「虫愛づる姫君」をはじめとして不思議な短編を集めた
『堤中納言物語〈つつみちゅうなごんものがたり〉』

なんたって、この虫愛づる姫君は
「風の谷のナウシカ」の数多い下敷きの一つであることは
有名なお話です


あと、これまた超有名な

内気で女性的な性格の男児と、快活で男性的な性格の女児の
兄妹を、関白である父は
2人を「取り替えたいなあ」と嘆いており、
この天性の性格のため、男児は「姫君」として、
女児は「若君」として育てられることとなった。

男装の女児である「若君」は男性として宮廷に出仕するや、
あふれる才気を発揮し、若くして出世街道を突き進む。

また、女装の男児である「姫君」も
女性として後宮に出仕を始める。

その後「若君」は右大臣の娘と結婚するが、
事情を知らない妻は「若君」の親友宰相中将と通じ、
夫婦の仲は破綻する。
一方「姫君」は主君女東宮に恋慕し密かに関係を結んで、
それぞれ次第に自らの天性に苦悩し始める。

そして、とうとう「若君」が宰相中将に素性を見破られてしまうことで、
事態は大きく変化していく。

宰相中将の子を妊娠し進退窮まった「若君」は、
宰相中将に匿われて女の姿に戻り密かに出産する。
一方「姫君」も元の男性の姿に戻り、
行方知れずとなっていた「若君」を探し当てて
宰相中将の下からの逃亡を手助けする。

その後2人は、周囲に悟られぬよう互いの立場を入れ替える。

本来の性に戻った2人は、それぞれ自らの未来を切り開き、
関白・中宮という人臣の最高位に至った。

といった『とりかへばや物語』。


こちらも5か月前の今年7月に
若くしておなくなりになった作家の氷室冴子さんが
とりかえばやをアレンジした
『ざ・ちぇんじ!』で知った人も
多いのではないでしょうか。

こちらは山内直実さんによって
漫画にもなりましたし。


テーマがテーマだけに
数多く書かれた物語の中でも
どこかひっかかった人が多かったのか
語りつがれてまいりました。



といったところが、
源氏物語が平安時代の文学に与えた
影響です。

(あと現在の千葉県である上総の国府に任官していた父とともに
寛仁4年9月京へ帰国するところから起筆し、
源氏物語を読みふけり、物語世界への憧憬に過ごした少女時代、
それと相反して、度重なる身内の死去によって見た厳しい現実、
祐子内親王家への出仕、
30代での橘俊通との結婚と仲俊らの出産、
夫の単身赴任そして康平元年秋の病死などを経て、
子供たちが巣立った後の孤独の中で
次第に深まった仏教への傾斜までを、平明な文体で描いた
菅原孝標の女『更級日記〈さらしなにっき〉』なんてのも
ありました)



更に後世には
12世紀ぐらい、仏教思想の隆盛に伴って

「色恋沙汰の絵空事を著し多くの人を惑わした紫式部は地獄に堕ちたにちがいない」
という考えが出来
うそをつき人を惑わすのが仏教思想と相反するとして
「源氏供養」と称した紫式部の霊を救う
儀式が行われました。



また江戸時代になると、
幕府の保護、奨励した儒教から生まれた
「勧善懲悪」の考え方が浸透して、
過去の平安時代の文学に対して、
その考えを前提にして議論され語られた時期があり

源氏物語は批判をされたのですが

これに対して
「もののあはれ」という考えを提示することで
批判をしたのが
国学者の本居宣長でした。

「あはれ」という言葉は、
「しみじみとした趣がある」と訳しますが、
もともと、言葉では言い表わせない感情を感じたときに
発する「ああ」という感動詞です。

だから、「もののあはれ」というのは、
人が、人にしろ風景にしろ何かと出合ったときに感じる、
理屈では割り切れないような、
心の奥の深い深いところから立ち上がってくる
気持ちの揺れ、みたいなものです。

折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生まれる、
しみじみとした情趣や哀愁。
日常からかけ離れた物事(=もの)に出会った時に生ずる、
心の底から「ああ(=あはれ)」と思う
何とも言いがたい感情のことで。

宣長は自著『源氏物語玉の小櫛』で提唱し、
その頂点が『源氏物語』であるとしました。

まぁ、この50年後くらいに
子どもの多い将軍徳川家斉と
大奥をモデルにしたといわれた
『偐紫田舎源氏』柳亭種彦が
出版されます。

天保の改革で叱責されたことで
柳亭種彦はショック死を
したとのことです。



そんな「もののあわれ」、
感覚としてはわかるものの、
とらえることの難しい感情を、
五十四帖すべてに書き込むことができたのが、
そこにこそ『源氏物語』が、
日本古典文学の最高峰たるゆえんがあり
さまざまな影響を後世にあたえつづけるのです。



といったような日本文学史のみならず
日本人の精神に大きな影響を与えたのが
「源氏物語」でありました。




ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



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