ここしばらく
田村秀さんの『B級グルメが地方を救う』を
番組内で取り上げてきましたが

そんな本を読んだあとに
是非行きたいあのイベントが

今年も開催されます。

そのイベントとは

10月27日 オンエアー 第185回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」です。

そのイベントとは、今回で三回目を向かえる
B1-グランプリ
「B-1グランプリin久留米」です。

イベントの趣旨がHPにありました。

B級ご当地グルメの異種格闘技選手権?!
来場いただいた皆さんの投票で、B級ご当地グルメのNo.1を決定します。

B級ご当地グルメとは、安くて旨くて地元の人に愛されている地域の名物料理や郷土料理のことを言います。その「B級」のNo.1を決めようというのが、このイベントです。
「B級」というとA級と比較して劣っていると誤解されることがありますが、身近にあって誰にでも親しまれる存在と解釈してもらえるとうれしいです。 B級ご当地グルメの中には、狭いエリアで独自に食文化を形成してきたものも多く見られ、全国的な知名度は低くてもとても個性的で魅力的な食べ物がたくさんあります。
 B-1グランプリは、こうしたB級ご当地グルメでまちおこしをしようと活動している団体・グループが手を組んで、お互いに活動を盛り立てていこうという主旨で開催してきました。これまでに第1回の八戸大会(2006年2月)、第2回の富士宮大会(2007年6月)が行われ、今回の久留米大会(2008年11月)が第3回となります。 第2回の富士宮大会から、愛Bリーグ(正式名称:B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会)の主催事業となり、開催地の実行委員会と連携して開催しています。
出展しているのは、全国各地で、B級ご当地グルメによるまちおこしを目指して活動している団体で、愛Bリーグに加盟している団体です。

B-1グランプリ開催の経緯

「B-1グランプリ」は、2006年2月に、八戸せんべい汁研究所の企画プロデュースにより、青森県八戸市で第1回を開催。食でまちおこしをしている10団体が自慢のB級ご当地グルメを持ち寄ってグランプリを競ったのがはじまりです。来場いただいたお客様に、割り箸による投票をしていただいた結果、富士宮やきそばが初代グランプリを獲得しました。 2007年6月には、第2回大会を静岡県富士宮市で開催し、21団体が出展してグランプリを競いました。好天にも恵まれ、併催イベントを含めた来場者数は2日間で25万人となり、連日大盛況の中でイベントを実施。投票の結果、富士宮やきそばがグランプリを獲得し、連覇を達成しました。 主催団体となっている愛Bリーグ(B級ご当地グルメでまちおこし団体連絡協議会)は、第1回B-1グランプリ出展団体が中心となって2006年7月に設立。全国のB級ご当地グルメ団体同士が連絡しあい、食<B級ご当地グルメ>による地域活性の啓蒙普及の活動をしています。B-1グランプリについては、第2回大会より主催事業となっています。 久留米での開催は、愛Bリーグ加盟団体の中で開催地の立候補を募った際、久留米やきとり日本一の会が開催地として名乗りを上げました。2007年6月に行われた愛Bリーグの理事会で、正式に第3回の開催地として決定致しました。 また、第4回は、秋田県横手市にて2009年9月19日(土)・20日(日)に開催されることが決定しています。これは、2007年11月に行われた愛Bリーグの理事会で決定致しました。



とのことです。

今大会が、今までの八戸大会や富士宮大会と
最も違うところは、三会場に分かれて
行われるところでしょう。

会場と参加団体・料理は以下の通りです。


東町公園会場

群馬県 太田市 上州太田焼そば 上州太田焼そばのれん会 ¥300
埼玉県 行田市 行田ゼリーフライ 行田ゼリーフライ研究会(行田市のフライマップ)  ¥200
岐阜県 郡上市 奥美濃カレー 奥美濃カレープロジェクト実行委員会 ¥500
福岡県 久留米市 久留米やきとり 久留米やきとり日本一の会 ¥300
静岡県 袋井市 袋井宿たまごふわふわ 袋井市観光協会 ¥300
兵庫県 姫路市 姫路おでん 姫路おでん普及委員会 ¥300
静岡県 裾野市 すその水ギョーザ すそのギョーザ倶楽部 ¥300
青森県 八戸市 八戸せんべい汁 八戸せんべい汁研究所 ¥300


三本松公園会場

秋田県 横手市 横手やきそば 横手やきそば暖簾会 ¥300
長野県 駒ヶ根市 駒ヶ根ソースかつ丼 駒ヶ根ソースかつ丼会 ¥500
静岡県 静岡市 静岡おでん 静岡おでんの会 ¥300
福井県 小浜市 浜焼き鯖バラチラシ寿司 御食国若狭倶楽部 ¥400
神奈川県 厚木市 厚木シロコロ・ホルモン 厚木シロコロ・ホルモン探検隊 ¥300
山梨県 大月市 おつけだんご 大月市おつけだんごの会 ¥300
北海道 富良野市 富良野オムカレー 食のトライアングル(農・商・消)研究会 ¥500
青森県 黒石市 黒石つゆやきそば やきそばのまち黒石会 ¥400


両替町公園会場

青森県 青森市 青森生姜味噌おでん 青森おでんの会 ¥400
兵庫県 高砂市 高砂にくてん 高砂にくてん喰わん会 ¥400
静岡県 富士宮市 富士宮やきそば 富士宮やきそば学会 ¥300
鳥取県 鳥取市 とうふちくわ膳 鳥取とうふちくわ総研 ¥400
秋田県 仙北市 あいがけ神代カレー 神代地域活性化推進協議会 ¥450
福岡県 北九州市 小倉発祥焼うどん 小倉焼うどん研究所 ¥300
静岡県 浜松市 浜松餃子 浜松餃子学会 ¥400
岐阜県 各務原市 各務原キムチ鍋 キムチ日本一の都市研究会 ¥300



B-1といえば、グランプリを
気に入った料理に「箸」で投票をして
その総重量で決めていますが

今回はそのシステムも、少しかわるようです。

1食事チケットを購入
グランプリを決めるのは、来場された皆さんです。まずは、食べてみたい料理の食事チケットを購入して、複数の料理を食べくらべてください。
 ↓
②食べ比べて選ぶ
召し上がった料理のうち、気に入ったものを1品か2品選んでください。

③竹割箸を準備
食べ終えたら、お使いになった割箸(竹割箸*)をお持ちになり、3公園会場内に設置された料理別の投票箱に投票していただきます。
 ↓
④投票箱に竹割箸を投票
投票できるのは、お1人1膳(2票まで)です。最も気に入った料理1品に2票を投票していただいてもいいですし、2品の料理に1票ずつ投票していただいても結構です。

⑤計量と各賞の選考
獲得した竹割箸の計量を行い、最も目方の重かった料理が、グランプリを獲得します。その他、今回、各賞の選考が行われます。詳細は、後日発表いたします。


ちなみに竹割箸とは

今回の「B-1グランプリin久留米」および「くるめ食の祭典」で使われる竹割箸は、独自に開発された安全な化合物で抗菌・防カビ処理がなされています。漂白はされておらず、自然な竹の色と香りが保たれています。また、使用後は回収して竹炭にリサイクルされ、堆肥に混ぜて土に戻されます。環境と安全・安心に配慮した、この竹割箸は、北海道洞爺湖サミットでも40万膳利用されました



とのことです。


開催期間は、11月1日(土)・2日(日)
会場/福岡県久留米市 東町公園 三本松公園 両替町公園
時間/いただきます・午前10時[食事券販売開始・午前9時]/ごちそうさま・午後4時(各料理の販売は、売り切れ次第終了させていただきます)
主催/B-1グランプリin久留米実行委員会/愛Bリーグ
特別協賛 Asahiビール
地域特別協賛/タマホーム株式会社、西日本鉄道株式会社/株式会社梅の花
協賛/日清製粉株式会社、鳥越製粉株式会社 他、多数の企業様、店舗様
ほとめきの街 久留米・事前問い合わせ


B-1グランプリin久留米実行委員会
(財)久留米観光コンベンション国際交流協会/0942-31-1717
久留米市文化観光部観光振興課/0942-30-9137
久留米商工会議所商業振興課/0942-33-0214



さてさて、第一回の八戸大会は
10団体の参加でしたが、
現在は、ご覧の通り、
参加団体も倍以上に増えています。

ちなみに富良野カレーは第一回からの参加。

今回はどのような活躍を
みせてくれるのでしょうか

富良野オムカレーの奮戦を
応援したいと思います。

そして、来週の番組では
大会結果とかも、お伝えできると思います。

お楽しみに



あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
スポンサーサイト
♪10月27日オンエアー 第185回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です


♪「セキレイ」 結 月海 草野 松
(CV 早見沙織 井上麻里奈 花澤香菜 遠藤綾)
TV『セキレイ』Op

ピアノとかのキラキラした音に導かれ
ストリングスで奏でられマイナーコードで進んでいく
クールでカッコイイイントロがキャッチーです。
タンカタンタカというリズムを刻む、
重たいギターサウンドの伴奏に重なる
悲壮感あふれる勇ましい旋律を、
個性的な4人の声で交互に歌われるので
それぞれの声が持つウマさや個性を
楽しむことができるAメロ。
ソロで歌われるそれぞれの声が
コーラスや細かい受け渡しをしながら
一つの世界を展開していきながら、
また新しい色を見せてくれるBメロ。
そして、盛り上がったところで
サビはお約束の4人でのユニゾン。
しかも、それがメジャーコード進行の旋律ということで
突き抜けた開放感をも強く感じることができます。
バックで吹き鳴らされるブラスサウンドもカッコよく
ストリングスで奏でられる対旋律や、
ティンパニーのきめのタカタンという音も
すべてが勇壮に響き、曲を盛り上げています。
ストリングスの音が流麗な間奏が開けた部分、
Cメロのあとには、
サビの旋律をピアノ、ストリングス、グロッケンを
バックにして穏やかに歌われいますが
曲をコーラスにして和声で歌声を重ね
シンフォニックに楽器の音も重ねていきながら
細かい音を上下させ、曲を盛り上げていって
一気にテンションが上げていき
そしてサビにツッこんでいくところのカッコ良さは、
もう唯一無比、聴くしかないって感じですね。
この曲は「もってけセーラー服」の
神前暁さんの曲ですが、
彼にとっても新境地が開かれた曲として
印象に残るのではないでしょうか。




♪「絆」中孝介
「夏夕空」カップリング

ポロンと優しく響くピアノの音、
そして、ハープの音に導かれて入る
ストリングスやオーボエでの前奏をへて
落ち着いたそれらの伴奏にのる、
民族音楽を奏でる楽器のような
味のある倍音が多い歌声と、独特の節回しが
あくまでもうるわしい
中さんの声が、まずは心にしみてきます。
対旋律を奏でて、歌声と絡んでくる
ストリングスやオーボエの音も
曲を深いものにしていきますし、
曲は、次第にストリングスの音が雄大に広がってゆき
ハープ、ティンパニー、シンバルなどの音を加え
気がつくとフルオーケストラのように
なってゆくのですが、
歌は、あくまでも同じ調子を保ちながら
多くの楽器に負けず劣らず、楽器のようによく響く声が、
心に浸みわたるように、
メッセージを心の深いところのなかまで広げてくれます。
いつまでも聴いていたくなるような曲です。
キャッチフレーズの「地上で、最も優しい歌声」は
伊達ではありません。
元ちとせさんの影響でシマ歌に目覚めたそうですが、
奄美のシマ歌の旗手の今後の活躍も
大いに期待をしたいと思います。





♪「Crystal Quartz」 藤田咲
「FURANO History Factory」10月のマンスリーパワープレイ
ラジオ『藤田咲の音がナル箱庭』テーマ

今まで、この曲の進行について、
曲が進んでいくのに従って、
曲の世界が広がっていくのと、
それらともない、あどけなかった歌声が
次第にはっきりとリンと張られていくところから
少女の成長譚にも見える、と書きました。
実は、それは、曲の構成や歌声が変化するだけでなく、
歌詞の部分にも、いえると思います。
最初は、冒頭部分の「せかいはふしぎだね あの空 何色」
に象徴されるような
あどけない歌声にふさわしい歌詞ですが
サビの歌詞
「目覚めの時をずっと待ってる
募る想いが、天を染める
声を聴かせてきみとゆくから
鼓動震わす光へと…」
という部分になるのように
歌詞の内容も、少女が成長をするかのように
しっかりとしてくるという、
そんなところにも連動性を感じます。
しっかりとした曲と、彼女の歌声との相乗効果で
独特の世界が、構築されている
計算されつくした曲だな、と
再認識をしました。
この曲を今月のパワープレイのワクでかけるのも
今回で最後です。




♪「夏色惑星」 いきものがかり
 「ブルーバード」カップリング

まずはテケテケ♪からはじまり、
いかにもエレキって音の旋律に
アコースティックっぽくかき鳴らされ
GSっぽい明るく突き抜けたギターの音に
導かれたはじけるようなナンバーです。
GSといえばテケテケですが
テケテケも冒頭以外に要所要所に入れられていたり
ハモンドオルガンっぽい音だったり
エレキで奏でられるシブい対旋律のフレーズとか
グロッケン・タンバリン・ギロなどの音もあわせて
これまた明るく脳天気に響き
CMソングかーって感じですが、
いきものがかりは、メンバー全員が神奈川出身
さすがツボをこころえていらっしゃる。
と思いました。
歌詞も、歌声もそんな曲調にぴったりあっている
明るく少々ハスキーで舌足らずたらずなところが
これまたカワイイですね。
作詞作曲を担当した山下さんが、
松田聖子の大ヒット曲「青い珊瑚礁」をイメージして
作った曲だと述べているそうですが
やはり一連の湘南サウンドに
オマージュを捧げる曲と受け取りました。
歌詞に「夏の扉」なんてフレーズが出てくるのも
政田聖子さん意識のお約束でしょうか。
紅葉のシーズンですが
こんなので夏気分を思い出してみるのも
いいのではないでしょうか。





♪「そら」 Hearts Grow
TV『鉄腕バーディー DECODE』Op

明るく奔放に演奏される
ギターサウンドでのイントロにのっかる
ツインボーカルで、かけあいをしながら
曲を盛り上げていくってのが
まずいいですね。
女の子のボーカルが複数でてきて
それぞれの持ち味を見せながら、
ユニゾンやコーラスをする曲って
僕は、大好物です。
しかも、ギターサウンドは時に明るく
時にソリッドに奏でられ、
骨太なベースとも連動性があって
ここも聞き所です。
サビ開けのCメロ部分の
深いサウンドというドラムのビートという構成
ベースとアコギっぽいサウンドで
サビから本サビへといく構成もいいですが
旋律はあくまでも覚えやすく
親しみやすいサウンドでありながら
バッキングの音のイジりかたとか
リズムパターンのバリエーションなどが
いろいろと凝っていて
聴くたびに様々な発見ができる
そんな曲です。
Hearts Growは沖縄県本部町出身で
本部町にある、弁当屋の地下に作られた音楽スタジオ
「あじさい音楽村」に集まって音楽活動をしていた
地元の高校生たち6人によって
2004年に結成されましたが
うちなーサウンドのバンドには
どのバンドにも、
どこか一筋なわではいかない印象が強く
きもちよく聴くことが出来るのに加え、
どのミュージシャンも、引き出しの多さを感じて
それだけ沖縄という風土が音楽を空気のように
感じているというのが、伝わってきます。
余談ですが、
ワタクシ二回、本部町にいってまして
それぞれ青い海と白い砂
沖に浮かぶ「伊江島」のイエタッチューという
そんな光景にすっかりヤられてしまいましたが
そんなところで生活をしていたんだなー
ということで、楽しい沖縄の思い出まで
感じてしまう、そんなサウンドです。





このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
2008.10.27 初雪間近
FHF
朝、目覚めてテレビをつけると
稚内で初雪が降ったニュースを
流しています。

また、番組中に藻岩山で雪が降っていて
そんな映像もながしていました。

見るとスキー場の上の方は
ふるいにかけられてまぶされた
粉砂糖のように
うっすらと雪がつもっています。

富良野もまもなく平野部で初雪が見られそうな
そんな季節です。


さて、どこの地域でもそうなのですが
紅葉の時期は様々な葉が
その特性に応じて様々に色が変わってゆきます。
まるでリレーのバトンを
受け渡されるように。

山の上から始まった紅葉は
一旦里へと降りてきて

そして夏の間あれだけ濃い緑を誇っていた
山肌を蔽う落葉松の色が
次第におちていって
鮮やかな黄色になってゆきます。

北海道ではそんな落葉松は
紅葉の最終ランナー、アンカーで

現在の富良野とその周辺では、
多くの落葉松の木々の鮮やかなグラデーションが
楽しむことが出来ます。

これらの葉が真っ黄色に色づく山々も
僕は好きな光景の一つであります。

が、
落葉松の葉がすっかり落ちると
京都ではいよいよ紅葉のシーズンとなります。

10月27日オンエアー 第185回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

さて、理工系の学者で最もノーベル賞受賞者が多いのは
京都大学(含む京都帝国大学)です。

学問の街というイメージとぴったりなのですが

そんな京都が学問を珍重するのは
やはり長岡京遷都から東京遷都までの間

福原京に都が遷されたわずかな期間を除き
都であったからなのです。

だから、政治は当然のこととして
学芸も盛んとなります。

なかでも、現在の日本文学を
ある意味形作ったといっても良いのが

10~11世紀、いわゆる国風文化期の
王朝文学なのです。

長岡京遷都が784年
平安京遷都が794年で
それぞれ8世紀後半の出来事。

それから100年間というのは
まだ、唐代文化の影響が強かったのですが

唐の国力の衰退があり、

894年、菅原道真によってなされた
遣唐使廃止の建議によって

文化が国風化したのです。

まずは、今までマイナーであった和歌が注目されます。

これまでの貴族のタシナミといえば「詩」こと「漢詩」でした。

だから嵯峨天皇などの命で、勅撰詩集なども作られていたのですが

894年からわずか10年少々しかたっていない
905年に醍醐天皇の命で『古今和歌集』が作られます。
これが、最初の勅撰和歌集です。

「勅撰」というのは、天皇の命令、ということで、8世紀、奈良時代に成立した
『万葉集』は、最大の歌集でありまして、
上代の名だたる歌人のものから防人の歌や東歌まで
バラエティーにとんでおりますが、勅撰ではありません。

撰者の中心となったのは、紀貫之。ほかに、選者は
紀友則、凡河内躬恒、壬生忠岑の三人です。

選ばれた歌人の中で
特に有名なのは

まずは、在原業平です。
平城天皇の子を父として
桓武天皇の皇女を母に生まれ
血筋からすれば、天皇家の嫡流とも
いえるのですが

平城天皇は、嵯峨天皇との勢力争いである
薬子の変(平城太上天皇の変)で敗れることで
皇統が嵯峨天皇系へとうつっていき

これらのことで、臣籍降下をして兄とともに在原氏を名乗ります。

そんな悲劇性のある彼ですが
やはり有名なのは
六国史の最後『日本三代実録』に
「体貌閑麗、放縦不拘」と記されたように、
美男の代名詞のようにいわれていることでしょう。

「世の中に たえて櫻の なかりせば 春の心は のどけからまし 」
「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは 」
「月やあらぬ 春は昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして」

といった歌が有名でありますね。

また女流歌人の代表といえば
小野小町でしょう。

数多くの伝承でしられている人ですが

9世紀の歌人にして
文才は天下無双と言われたのに加え
閻魔大王の補佐をし
死者の蘇生まで行ったという
トンデモな伝説をも持つ
小野篁の孫であると言われていますが

小町と篁が活躍した時代が
重なっていると言うことで
多分違うのではないかと思われますね。

出生地も、秋田説が有名で
お米の名前とか、新幹線の名前にもなっていますが

こちらも決定的な決めてにはかけております。


そんな小野小町の名声を高めたのは
彼女が美女であるというところでしょう。


「花の色は移りにけりないたづらに 我が身世にふるながめせし間に」
という百人一首にえらばれた歌こそ。
彼女の美をよくあらわしております。


ただ、在原業平や小野小町が活躍したのは
9世紀で、まだ唐風文化の影響が強く
和歌はそれほど主流な文学のジャンルとはなっていない時代です。

が、勅撰和歌集を編集した紀貫之の時代、
つまり一〇世紀に、和歌が知られるようになった時に

「和歌がそれほど有名であった時代ではない時代に、スゴい連中が活躍していた!」
ということを貫之が、「古今集」の中で紹介しました。
そんな業平や小町をはじめとした六人のことを、
六歌仙といいました。

在原業平、小野小町、僧正遍昭、文屋康秀、喜撰法師、大友黒主です。

僕自身受験生の時は
「小僧のぶんざいで大喜び」
小僧文在大喜
野正屋原友撰

なんて覚えましたけどね、ナツカシー。

その後、鎌倉時代の「新古今和歌集」に至るまで
まとめて八代集とよばれる勅撰集が
作られ続けることになったのです。


さて、紀貫之といえば
和歌の人でありますが

日記文学の中でも
エポックメーキングな人であります。


30代で古今集を編纂しましすが
その後さまざまな仕事を歴任し
古今集編纂から25年して
国司として土佐へいき
5年後にかえってきますが

その任期を終えて
京へ戻るまでの紀行を書いたのが
『土佐日記』です。

出だしの「男もすなる日記というものを、女もしてみんとてするなり」
というのは、あまりにも有名ですが、

ひらがなでこの日記を書くための設定ですね。

この時代、男性の日記は漢文で書くのが当然だったので、
「紀貫之に従った女性」という設定で
仮名文字で書かれたのです。

仮名に対する言葉に真名があります。
真名とは漢字のことで、
漢字こそ、「真の字」で
仮名というのは、漢字を知らない段階やレベルの人
いわゆる女子供が「仮りに」使っている字にすぎない

という意味あいで、「仮名」と言われたのでした。

かつて1986年に山根一眞さんが出された本で
「変体少女文字の研究―文字の向うに少女が見える」(講談社)
がありまして、

大学生であった僕は
ナルホドなどと思いながら
読んだものでしたが…

もうあれから20年以上たっているのですね。

僕の話はいいとして
そんな気分と文字との関係が
国風文化の時代にもあったのでは、と
山根さんも論考されていまして

現在のギャル文字などに至るまで
こういうのは続くのだなぁ、と
思ったのですが。

女の子が、自分たちの感覚に合ったちょっと変わった
女の子文字を書く。

でも、重要書類など公式なものにそんな字を書くと
先生や上司に怒られる。

当時、仮名というのはそういう女の子文字だったわけです。


でも、そんな文字が、手を変え品を変え現れていくように

仮名こそが、自分たちの本当の微妙な気持ちを自由に書き表わすのに
最も適していると考えたのが、紀貫之だったのでした。


彼は、『古今和歌集』にも平仮名による序文である
『仮名序』をも書いています。
ちなみに
漢字の序文『真名序』を書いたのは紀椒望です。

それだけ、仮名の可能性に気がついていたのでしょう。

貴族社会では女性或は私的な場で用いるものとされ、
女流文学が平仮名で書かれた以外にも、
和歌、消息などには性別を問わず平仮名を用いていました。

そのため女手(おんなで)とも呼ばれ、
平仮名による最初期の文学作品である紀貫之の作品『土佐日記』も
作者が女性であるという前提に立って書かれています。

平仮名で書かれたものは、
漢文のものより地位が低く見られていましたが、
中国との公的交流が絶えて長くなるにつれて、
勅撰の和歌集に用いられるまでに進出しました。

そんな仮名普及のきっかけが
『古今和歌集仮名序』と『土佐日記』なのです。

ある意味、ここから日本文学がはじまったのです。
この革命性こそが、紀貫之のスゴさでしょう。


そして『土佐日記』に影響をうけたと思われるのが
10世紀後半の『蜻蛉日記』。

書いたのは、藤原道綱母です。

まだ地位も低かった藤原兼家と結婚するのですが、
兼家は出世の階段を登り詰めて、藤原氏のトップに立ちますが
もうひとりの妻時姫や、次々に出来る妻妾とのせいで
下積み時代を支えた妻を捨てるのです。

そして藤原道綱母は、愛と憎しみの修羅場の中、
子供の道綱に心の支えを見つけていく、といった話です。

日記のタイトルは
日記のなかの文
「なほものはかなきを思へば、あるかなきかの心ちするかげろふの日記といふべし」
よりとられていますが、

そんな愛憎劇がウケたのです。

まぁ、現在も、兼家に対する恨みから執筆したか、
兼家に対する宣伝のために執筆したかは

よくわかっておりません。

そして、11世紀になって『和泉式部日記』と
『紫式部日記』へとつながっていきます。


ということで、和歌・日記と見てきましたが
源氏といえば物語

物語文学がてたのも
平安時代の10世紀のお話でした。

流れとして大きいのが、伝記物語と歌物語です。


伝奇物語は、作り物語ともいいますが、架空の登場人物を出して
「奇」妙なことを「伝」える物語のことです。
フィクションの世界で、想像をイロイロと楽しむ
そんな分野でありますが、

最も古いのが『竹取物語』です。

『源氏物語』「絵合」巻にも
「物語の出で来はじめの祖〈おや〉なる竹取の翁」
と書いてあります

最古の物語文学です。890年代後半から
900年ごろ、遅くとも10世紀半ばくらいまでに
成立をしたと言われています。作者は不明です。

ま、ストーリーは今更紹介するまでもありませんが

日本で最初の物語がSFってのが
スゴいですね。

とはいうものの類似した話は
チベットのおとぎ話にもありますが…


そして、続いて成立したのが10世紀後半、『宇津保物語』です。
こらちは、全二十巻で
日本文学史上最古の長編小説ですず、これまた作者は不明です。

遣唐使として渡唐の途中、難破のためペルシアへ漂着し
天人・仙人から秘琴の技を伝えられ23年を経て日本へ帰着した主人公が
娘へ秘琴と清原家の再興を託した後に死にます。

娘は、太政大臣の子息との間に子をもうけたのですが、
貧しさをかこち、北山の森の木の空洞 うつほで子を育てながら
秘琴の技を教えました。

そんな感じで一貫して、琴がキーワードになりながら
宮中を舞台にお話はすすんでいきます。

さらに、10世紀末に成立したのが
『落窪物語』です。こちらも作者は不明です。

「落窪」というのは、落ちくぼんだ部屋のことで、
母親と死別したあと継母に落窪に押し込められ
理不尽にいじめられる不幸な落窪姫君が、
やがて貴公子と愛し合い、
最初は継母に幽閉される者の
貴公子に救出され
最終的に二人は結ばれたうえ
姫君をいじめていた継母にも復讐を果たす、という
典型的な継子いじめのオハナシです。
シンデレラとも似通った話ですね。

そんな単純な筋を軸にして
当時の貴族社会を写実的に描写した
リアルなお話として読まれていました。


これらの伝奇物語と並行して
歌物語の系譜があります。

歌物語とは、歌と歌に添えた物語
歌にまつわる説話などで
ストーリーをすすめていく手法ですが、

この代表が 『伊勢物語』です。
こちらも作者は不明、成立も多分10世紀前半であろうと
言われています。

こちらの書き出しも有名で「昔、男ありけり」
男とは、前述しましたイケメンの在原業平と言われています。
(業平の和歌を多数採録し、主人公を業平の異名で
読んでいる箇所があるところから、
作中に業平の名は出てきませんが、面影はあります)

また、伊勢物語は、「いろごのみ」の理想形を書いたものとして
源氏物語などに大きな影響を与えます。

前述通り、在原業平は平安朝きってのイケメンですが
ただまイケメンではなく、平安時代の男性貴族のタシナミ
すばらしい和歌とかを女性に贈ってこその、
所謂「色好み」でして、業平は、イケメンに加えて
女好きと風流との両面においても一流だったわけです。


 10世紀半ばには『大和物語』が出てきます。作者は、不明。
『伊勢物語』と重複があったり(筒井筒など)、極めて影響が強いのですが
伊勢物語みたいに統一した主人公はおらず
格段ごとに、和歌にまつわる説話などが
のせられています。

 続いて、やはり10世紀半ばの、『平中物語』
主人公の「平中」は、平安時代中期の歌人、平貞文で
(彼も『いろごのみ』な人であります)
こちらも、伊勢物語の影響が大きい作品なのですが、
伊勢物語に比べ地の文が多いというのが特徴です。

と、いったように
さまざまなパターンの話が
宮中を中心に作られ、読まれていくのです。


といったように
国風文化が成立した10世紀の100年間で、

勅撰和歌集の『古今和歌集』、
伝奇物語の『竹取物語』、
歌物語の『伊勢物語』、
日記文学の『土佐日記』、と、

それぞれのジャンルがはじまり

それぞれ新たな作品を派生させていって


そんな100年間で熟成されたともいってよい
日本文学の至宝が
源氏物語なのですが


この話につきましては
また来週のお楽しみであります。


ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



しばらくは文学史の話です
「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
当ブログ、木曜の「今週のカレー」のところには
札幌と岩見沢のカレーの記事が
ありますが

そうです、先週はイベントの関係で
札幌へ行っていて、
そのついでに、足をのばして
ニセコへと行ったのでした。

そのわりには
ニセコでカレー喰ってねーじゃねーか

という指摘もあるかもしれません。


ニセコではお蕎麦をいただいたのです。

前回ニセコに行った時には「いちむら」さんで
お蕎麦をいただきましたが
今回訪れたのは「いちむら」と並んでお気に入りのお店

「楽一」さんなのです。

アンヌプリスキー場の入口で
ネパール料理で有名な「ビスターレ・カナ」さんの
すぐ近くにお店はありますが、
まず車を停めてから板張りの
橋のように渡された廊下を渡っていく感覚が
面白いです。

廊下を歩いてたどりつくとそこは
ログハウス調の小屋で
中にはいるとカウンター席のみの
ジャズが静かに流れる
落ち着いた空間です。

カウンターに腰を下ろし
「鴨せいろ」と「季節の天ぷら」を注文し

オイシイ、ミネラルウォーターや、
そば茶を飲みながら、待ちます。

こちらは、注文が入ってから
蕎麦をうつ形式をとっているのですが

打ち粉をしたり、粉を生地に広げたりする
シャッシャッという音が、
ブラシでスネアをプレイする音にも聞こえたり
トントントンと生地をのばしたり蕎麦を切ったりする音が
ビートとシンクロしたりと、
静かな空間に流れるジャズと
蕎麦打ちの音が、溶け込んでいるのが
なんとも美しい世界を構築しております。

たぶん北海道でそんな音が楽しめるのは
こちらだけではないでしょうか。


外を見ると、散り際の紅葉が
風にそよぐ様子が
これまた一幅の絵画のようです。

そんな空間でいただく揚げたての天ぷらは
半分を塩で、半分をほんのりアマい天つゆで
いただいたのですが、
衣の軽やかなサクサクさと
具のオイしさで、
いくつでもイケる感じです。

かもせいろも
玄いお蕎麦であっても非常に繊細な
かつ、蕎麦のあじがシッカリと出ていて
蕎麦食べている感を満たしてくれる味なのです。

ヘタな処だと、黒い蕎麦は
ボソボソなだけのところとかも
少なくないですからね。

当然そんなことはありませんし
玄い蕎麦でここまで繊細なのは
ココでしか食べたことはありません。

しかも、つゆも、かえしや出汁ががガツンときいている
タイプで、蕎麦の強さに負けていません。

鴨も野趣に富んでる鴨の味が出ていながらも
エグ味などがまったくない
脂までおいしくいただけるタイプのかもでしたし

ネギが天ぷらになってでてきたところも
いい感じでした。

ってことで、
夢中になって食べてしまう
そんなお蕎麦なのです。

ワタクシの横では
外国人のお客さんが
満足そうにたべておられましたし。


と、いうことで、大満足のまま
次は温泉だ~

ってことで、「楽一」さんからほど近い
某ホテルへ行きました。

木の扉風の大仰な自動ドアが
お出迎えをしてくれましたし、
陽光がさしこむエントランスホールに
広々としたカウンターも
清潔そうでいいですね。

さすが有名ホテル。

と、いうことで湯銭を払って
脱衣場へゆき

いざ、浴室へ入ったのですが

!?

ん?

このにほひは…

すぐに露天へいったのですが

露天も同様だ…

ニセコらしい湯の香がしません。

せめて、湯の香をかがないと帰れん
とおもって湯の注ぎ口に鼻を近づけると

!!

さらに違和感の原因の臭いが
濃縮されて、鼻孔に入ってきて

10分足らずで退散。

外で、成分分析表を見たら
当たり前だの循環殺菌でした。

確かに、フロント横に
当ブログでは一度も取り上げていない
旭川近郊の某とか
南空知の某や某とか
留萌の某など
公共温泉系のパンフがおいてあって

そこの系列であることを
この時に知らされたのですが

でも、湯量が豊富で知られる
ニセコですからね~
大丈夫だと思いますよ。

が、結果裏切られたような
たいへん残念な結果で、
テンションだだ下がりのまま

車に乗りこんだのですが



せっかくニセコまで来たのに…



しかも、今年最後のニセコになるかもしれないのに



こんな温泉でシメるなんて…

20枚もある他人の手札から一枚引いたらババだった
みたいな感触、
なんとか払拭しなければ…

ということで

僕は自分のポリシーを曲げてしまいました。

そう、ここ数年僕は連湯をしてないのです。


が、これだけで帰るなんてヤリキレナイ

ってことで、
行ったのが
ニセコ昆布温泉「鯉川温泉旅館」です。

湯銭を手渡しして
ぎしぎしと鳴る昔の学校っぽい廊下を踏み
しばしあるくと大浴場ですが

まずは浴室わあれると、いきなりむわっとする
ウレしい洗礼がありまして

これですよ、ニセコの温泉は。

湯槽のへりが黄褐色に変色していますし
2段にわけられている奥の湯槽に
湯がざぶざぶとそそがれて
それが広い湯槽に注がれて
そこから惜しげもなく溢れています。

天井の明かり取りの窓もいい感じですし
長年の湯気でつくられて模様も
いいですね。

しかもあふれているお湯は
薄緑色のやさしい感触と
微妙に硫黄っぽい湯の香が
たまんねっス。

露天は露天で
名物の滝見の湯ですから
滝がじゃーじゃー
散り際ですが
紅葉もたのしめま鮨

これが温泉っスよね。

なんだ、最初からこっちにすりゃぁよかったんじゃん。

ま、某の湯銭800円は
高い授業料だったと思いますよ。


と、いうことで立て直して
札幌へと向かったのでした。

一応某もカウントすると80湯
(今年にはいって、循環湯槽しかない温泉は
二度目でした)
鯉川温泉で81湯です。



でもって翌日

つどーむでおあいしたかたがたにおかれましては
大変お世話になりました。

閉会時間より早めに引き上げて
岩見沢のGoYENでスープカレーを食べたあと
むかったのが

栗沢温泉でした。

空知は富良野とかニセコよりは
少しだけ温かいと見えて
紅葉は散りかけという感じ。

そんな森の中にたたずむ
隠れた名湯が、栗沢温泉なのです。

このこぢんまりとした風情がいいですね。

82湯目です。

湯銭を手渡ししたら、
なにかの会合をされているようでした。

脱衣場から浴室へ行くと
先客の方がお湯を楽しんでおられました。

そして透明でほのかにただよう湯の香が
いい感じのお湯で、湯槽が満たされております。

こちらは源泉温度が低いため
わかしているのですが

それでも充分なくらい
つるつるになる温泉なのです。

わかしてこんなにつるつるなんだから
わかしてなかったらどれだけなんだべって感じです。

ただこの時に会合があって
その会合にさんかされるかたが
結構頻繁にはいってきたのと
湯槽とか若干狭いので

1時間弱で引き上げました。


その後はまだ明るかったということもあり
そのまま万字~丁未峠~夕張~桂沢湖~富良野

という経路を久々にとりまして

久々の万字の町の風情とか
廃校に本格的に興味を持つきっかけとなった
旧万字小学校に
役目を終えて錆びた高圧鉄塔などと、
再会することが出来たのですが


万字温泉の建物の玄関部分が
雪の重みで倒壊していたり

ダム新設にともなって
国内最大の夕張炭鉱の象徴ともいえる自社炭使用火力発電所
清水沢発電所の建物の解体が進んでいて
かつては威容を誇っていたあの建物が
妙に建物がこぢんまりして見えたり

同じくダム新設に伴う道路の付け替え工事の
進捗状況が進んでいたりと

少々ツラい景色が多く目に入ってきてしまいました。

ふう

現夕張市長だってかつて「J誌」のインタビューに
「夕張が誇る風景」って
応えていたじゃねーかよー。

ったく…。

ヤリキレナイ思いはどこへ持っていけばよいのでしょうか。




ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています
かつて、当ブログで
J-CASTの07/5/24の記事
「こんにゃくゼリーで11人死亡 外国で禁止なのになぜ放置」
を紹介しました。

記事の内容は、タイトルの通り、
何故規制をしないのか、といった論調でした。

そして、規制をしないのかという論拠として

「こんにゃく入りゼリーは海外へも人気が広がったが、米国などで死亡者が出たことを受け、EUは03年にゼリー菓子へのこんにゃく使用を禁じた。同じころ韓国でも同様の措置が取られた。米国でも、事実上流通しないように当局が注意を呼びかけている。」

と、書いていたのでした。

また、この記事を基本として
論調をすすめている記事もありました。

ただ、この記事の内容
>EU、韓国、米国ではゼリーへのこんにゃく使用をすでに禁止している。

というところについて

EUのうち一部の国で禁止されているだけ、
アメリカの一部の州で禁止されているだけ
それをあたかも
EU全体、米国全体であるかのように表現するのは
なんらかの意図がこめられている。

と、検証をされている人もいるのも
以前、当ブログで書きました。


また、記事は

「別のメーカー担当者は「そのまま吸い込む食べ方に問題がある。表示で注意は呼びかけているが、最近は大きな事故がなかったことで、消費者の側も気の緩みがあったのではないか」と、まるで消費者が悪いといわんばかりのコメントをする。子供や高齢者は、食べやすい大きさに切って、よくかんで食べて欲しいとも訴えた。全面禁止措置の可能性についてきくと「メーカーの中でもゼリーの形状などの工夫を徹底する社も改善が不十分な社もある」と一律の「悪者扱い」に不満そうだった。」

としめくくられているのです。

「まるで消費者が悪いといわんばかりにコメントをする」
「一律の「悪者扱い」に不満そう」
というのは、Jの記者の意見でしょう。



ところが、最近のJ-CASTに載っている
「こんにゃく関係」の記事を二つ読みました。

以下の通りです。


これは10/14付けの記事です。

「こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせて窒息死する事故が相次いでいる問題で、製造会社は製造を当面中止することになったほか、自民党では「ゼリーの硬さなどを規制すべき」との動きも具体化しつつある。ところが、事故で窒息死した際の原因は「もち」「米」「パン」などの方が絶対数としてははるかに多く、「こんにゃくゼリーだけを規制するのはおかしい」との声も噴出。議論は混迷を深めつつある。
■死亡者の大半が乳幼児と高齢者
 発端となったのは、2008年9月30日に国民生活センターが行った発表だ。発表によると、兵庫県在住の男児(当時1歳10ヶ月)が08年7月29日、同県内の祖母宅で、凍らせた一口サイズのこんにゃくゼリーを、のどにつまらせた。直後に救急車で病院に搬送されたが、9月20日になって窒息による多臓器不全で死亡した。こんにゃくゼリーでの事故をめぐっては、同センターでは1995年以降、10回にわたって注意をよびかけてきたが、死亡事故は同年以来17件目だ。
 死亡者の大半が1~7歳の乳幼児と、68~87歳の高齢者が占めているのも特徴だ。メーカーや業界団体も「まったく無策」という訳ではなく、07年10月には、乳幼児や高齢者に「食べないで」と警告する統一マークの作成を進めるなどしてきたところだが、それでも事故が続いている、というのが現状だ。
 そのため、消費者団体などからは「規制すべき」との声が浮上している。実際、米国では02年11月、FDA(食品医薬品局)が製品回収の指示を出しているほか、EUでは03年5月、ミニカップに入ったゼリー菓子などに、食品添加物として、こんにゃくを利用することを禁止する決定をしている。それ以外にも、死亡事故が発生した韓国やカナダでも、回収などの措置が行われている。
 ところが、日本農林規格法や食品衛生法では、表示方法や衛生面でしか規制することができず、ゼリーの硬さや大きさを規制することができないのだ。
 これを受け、「現行法では限界がある」などとして、自民党の消費者問題調査会が10月10日、ゼリーの硬さなどを法規制する方針を確認。超党派の議員立法で、早ければ、今国会での法案提出を目指す。
 ところが、ここで問題になるのが、「窒息するリスクがある食品は、こんにゃくゼリーだけではない」という問題だ。
■野田聖子消費者行政担当相はあくまで規制進めたい考え
 例えば厚生労働省が08年5月に発表した調査結果によると、全国の消防本部で扱った窒息事故約700例のうち、原因の食材が食品成分表で分類できたのは432例。その内容を見ていくと、一番多いのが「穀類」で211例。「穀類」の内訳を見ると、「もち」77例、「米飯'(おにぎりを含む)」61例、「パン」47例、「粥」11例、といった具合だ。一方、「菓子類」は62例で、その中で「カップ入りゼリー」は8例、「ゼリー」は4例と、絶対値としては少ないのだ。もっとも、これには「もちを食べる人は、こんにゃくゼリーを食べる人よりもはるかに多い」という事実があり、「分母」が大きく違うため、「死亡率」は「こんにゃくゼリー」のほうが格段に高いとみられる。それでも、「こんにゃくゼリーだけが危ない」という主張には無理がありそうだ。
 実際、前出の自民党の会議でも
  「もちは、昔から死亡事故が多い」
との指摘が出ている。一方、10月2日には「小さな警告マークのみの(こんにゃくゼリー)商品は自主回収すべき」などとメーカーに求めていた野田聖子消費者行政担当相は、10月10日の記者会見で
  「もちはのどに詰まるもの、という常識を多くの人が共有している」
などと反論。あくまでこんにゃくゼリーへの規制を進めたい考えだが、他の食品の危険性との整合性の面から、今後議論を呼ぶことになりそうだ。」


こちらは10/17付けの記事です。

「こんにゃくゼリーメーカーに激励の声殺到 ネットでは販売中止反対の署名活動
「こんにゃくゼリー」で高齢者や乳幼児の窒息死亡事故が相次いでいる問題で、最大手の製造メーカーは、大部分の製造を一時中止することになった。ところが、その直後から「こんにゃくゼリーだけが悪者になるのはおかしい」といった声が相次ぎ、ネットでも販売中止に反対する署名活動が行われ、メーカーにも「普通では考えられない数」の激励の声が寄せられているというのだ。
ネットの反対署名1万1000を突破
1歳10ヶ月の男児が2008年7月、凍らせた一口タイプのこんにゃくゼリーを飲み込んで窒息、08年9月に死亡した事故を受けて、野田聖子消費者行政担当相が08年10月2日、こんにゃくゼリーメーカー最大手「マンナンライフ」の鶴田征男会長らを内閣府に呼び、再発防止策の提示などを求めた。その席で野田氏は「(従来の)小さな警告マークのみの商品は自主回収し、一から出直すことも考えては」などと促した。
一方のマンナンライフは、「行政の要望に対し、時間的に早急な対応が困難」などとして、事故があった「ミニカップタイプ」の製造を、10月8日から当面の間、中止することになった。
ところが、これと時期を同じくするように、「もちや米も窒息のリスクがある」という指摘も出て、「こんにゃくゼリーの『狙い撃ち』はおかしい」といった「こんにゃくゼリー擁護論」が広がりを見せているようなのだ。
例えば、J-CASTニュースが掲載した「『こんにゃくゼリー』法規制混迷 『もち』『米』も危険という声も」という記事にも、多くの「擁護コメント」が寄せられているほか、ネット上で署名活動を行うサイト「署名TV」では、10月3日から、こんにゃくゼリー販売中止への反対を呼びかける署名活動が始まっている。当初の目標が1000だったのに対して、10月17日午後には、1万1000を突破している。
署名には、
「時々しか食べませんが、無性に食べたくなる時があります。その時食べられないのは、辛い」
「今回は確実に消費者側に落ち度があったと思います」
などといったコメントが数多く添えられている。署名は11月3日まで受け付けており、相当な数の署名が集まるものとみられる。
「98%は激励の声」
「擁護論」は、ネット上にとどまらない。マンナンライフの品質保証室によると、事故以降、電話・メール・葉書などで、同社を激励する声が相次いでいるのだという。同社では、
「具体的な数については控えさせていただきたいのですが、通常では考えられない数です。非常にびっくりしています。とても励まされています」
と話す。そうは言っても、事故で死者が出ているだけに、批判の数も相当数にのぼるのではと想像されるが、実際のところは「批判の声は全体の2%で、残り98%は激励の声」という、異例の事態を迎えている。
なお、今回の事故の原因となったこんにゃくゼリーは、同社が82年に発売。94年に「蒟蒻(こんにゃく)畑」のテレビCMで人気に火が付き、「こんにゃくゼリー」の名前が全国的に広まったが、製造方法は「こんにゃくの中にフルーツ果汁を混ぜる」というもので、元々の呼び名は「フルーツこんにゃく」。同社に取材する限りでは、「こんにゃくゼリー」は、「ゼリー」というよりも「こんにゃくそのもの」と言った方が正確だ。
同社では、生産の再開について、
「表示も、容器も、中身も検討し直す必要があって、生産再開については、なんとも申し上げられない状況です」
と話しており、見通しが立たない状況だ。
同社が本社を置く群馬県は、こんにゃくの原料である、こんにゃくいもの生産日本一で知られ、04年度の統計では全国の生産量の82.1%を占めている(日本こんにゃく協会調べ)。」



こんなのを比較して見ると、
主義主張が異なうことで、あたかも会社ごと対立している
全く別のメディアでとりあげられているニュースであるかのような
錯覚を覚えるほど、違う姿勢で描かれていて、
手のひらを返した的な違和感を覚えるのは
僕だけでしょうか。


また、かつてのこの記事は
インターネット検索サイトで
ほんの2週間前まではリンクが張られていたのですが

現在はそのリンクもなくなっています。


なんだかなー、って思うのですが。

(ま、このあと、J-CASTが某新聞系雑誌のOBによって
設立された、などという話にふくらませてもいいのですが
それは、また何か機会があれば…)



この問題については
給食中にパンをノドにつまらせた児童の
死亡事故に対する政府の対応と
この事件に対する政府の対応との
整合性、

それと先日、このタイミングで発表された
春先に起きた某メーカー(メーカー名は非公表)の
こんにゃく入りゼリーによる死亡事故に対する
事件と、政府の対応に整合性

今後も注意し続けなければならない
ニュースだと思っています。

(パンでの問題での
学校と保護者との間でおきたさまざまなヤリトリや、
その中で、マスコミが果たした役割
(保護者が学校に行く前に
心情をマスコミ相手に吐露するなど)
とか
消費者担当行政相が自身の選挙区に
本社を持つメーカーが、
「蒟蒻畑」にそっくりの製品を開発し、
ここの社長が大臣に政治献金している会の相談役で、
その2ヶ月後に、大臣が「蒟蒻畑」だけをストップさせた。
という事柄がネットで流れている問題とかも
気になりますが)


認識違いなどありましたら
ご教示ください。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
2008.10.24 新宿限界集落
高校生から大学生の時にハマったのが
大友克洋さんのマンガです。
[「気分はもう戦争」とかの、
あの当時の時代のニオイ感じる
微妙にユルい感じがお気に入り…]

なかでも、「童夢」には衝撃を受けましたね。

核となるストーリーもすごいのですが
圧倒的な画力で描かれる超能力の描写をはじめとした、
マンガのみが持ち得る説得力と
虚構の世界を現実と思わせる筆力。
あたかも虚構の世界に迷い込み
現実と虚構の差がなくなるように感じるという
不思議な感覚。

今でも鮮明に覚えています。

また、細密画のような圧倒的な書き込みで描写される
団地のカッコ良さと、迫力
そして、根底に流れる団地が持つ
無機質さと不気味さ…。

だから、「団地萌え」の気分は
よくわかるのです。


しかも、「童夢」以来、団地とお年寄りって組み合わせに
つい、目がいくようになってしまったのですが…


さて、
先日の新聞記事です。

新宿に「限界集落」 
65歳以上が半数の団地出現

東京・新宿区に65歳以上の住民が半数を超える大規模都営団地が出現したことが、同区社会福祉協議会の調査で6日分かった。高齢化に加え建て替えで高齢者が集中したことが原因で、高齢化率トップの群馬県南牧村並みの「限界集落」が都心に生まれたことになる。区社協は孤独死の増加も心配されるとして、対策に取り組み始めた。

 山間地で高齢化率が5割超の「限界集落」は存続が困難とされる。インフラの整った都市の事情は異なるが医療など支援が重要。国立社会保障・人口問題研究所は団塊の世代が多い都市部の都道府県で高齢化が進むとみており、「限界集落」が地域の中心都市に現れる可能性もあり、新たな都市問題となりそうだ。

 超高齢化が判明したのは総戸数約2300戸の「戸山団地」。1990年から全16棟の建て替えが進んでおり、新宿区社協は、約6割の新住民が入居した昨年末以降、成富正信・早大社会科学部教授と調査を開始。

 団地住民が大半を占めるこの地区の住民基本台帳調査で高齢化率が51.6%に達したことや独自調査から、区社協は住民の過半数が65歳以上と推定。高齢化率は19.8%の区平均を上回り、75歳以上の約6割が独り暮らしとみている。

 約340世帯が暮らす2号棟のあるフロアには、独り暮らしの1DKばかり35室が並ぶ。住民の鴛谷幸男さん(79)は「ドアを閉めると中の気配が分からない」と孤立感を話す。共用階段の電球取り換えも、70歳を超える世話役には危険で維持管理も重荷だ。

 区社協は住民の高齢化に加え、棟によっては1DKが半数近いなど単身者用に偏った建て替えが、独り暮らしの高齢者の増加につながったと判断。家族向けを増やすなど多様な街づくりを工夫すべきだったと指摘する。

 都住宅整備課は「困窮者を優先入居させる必要があり、単身高齢者が増えた」と、住宅政策としては適切とする。しかし、都市の公営住宅に高齢者が集中する傾向は各地でみられ、成富教授は「人間関係が希薄な都会は住民が孤立しかねない」と、対策を訴えている。

                  ◇

 ■入居者「都心の姥捨山」

 「ここは都心の姥捨山(うばすてやま)だね」。高齢化率5割を超す東京・新宿区の戸山団地の3号棟で8年前から暮らす本庄有由さん(70)は、つぶやく。同団地で今年、小学校に入学したのは5人、成人式を迎えたのは10人だが、昨年亡くなった高齢者は50人に上るという。

 既に数人の孤独死に立ち会った。「冷房の効いた夏場より、部屋が温まった真冬の方が悲惨な状態で見つかる」といい、何カ月も周りが気付かない共同体は異常と話す。約4年前に妻を亡くし独り暮らしの本庄さんにとって、近所付き合いは最後の「きずな」と思う。

 同団地では、1960年代に発足した自治会が昨年、解散。各棟ごとの夏祭りや食事会、同好会活動は有志で続けている。「住民が集まる口実を絶やさず、互いにドアを開けておくことが大事」と、今夏の盆踊り大会参加者の一人は話した。

 高齢者が増え続ける都市の公営団地は、各地にある。高齢化率23.8%(3月末)と、政令指定都市で最高水準の北九州市。同市門司区にあり、9棟約220戸の後楽町団地を昨年調査した北九州市立大の楢原真二教授によると、住民の高齢化率は87%、平均年齢は約74歳に達していた。



なるほど。

炭坑もそうなのですが
高度経済成長期にもてはやされたものの
このようなニュースを聞くことが
最近は、少なくありません。

そもそも限界集落も
高度経済成長期は、
炭坑があったり、森林資源がとれたりで
人が多く住んでいました。

室蘭あたりをドライブしていると
威容を誇る製鉄所の光景も
そんな時代に輝いておりました。

団地自体も高度経済成長期の
時代のたまものでしょう。

限界集落にしても
鉱山跡などの産業遺跡にしても
建物自体が赤錆でできているような
製鉄所も

そして、団地についても

マイナスなニュースを耳にする機会が
多いからこそ
そのようなものに対して
僕自身は温かい視線を
むけたくなるのかもしれません。



また、高度経済成長とは
直接つながりはないのですが、
先日、札幌の紀伊国屋で,ようやく

「もうひとつの知床-戦後開拓ものがたり」
菊地慶一著,道新選書を
購入し、速攻で読みましたが

丁寧に取材されている真面目さと
開拓に汗を流していた方々に対する
敬意や温かい視点に貫かれた
好著であると思います。

当ブログで何度となくオススメしている
「知床開拓スピリット」と
あわせて読んでほしい一冊です。



ヌルく浅い産業遺跡ヲタの「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています
☆「すーぷかりー ひげ男爵」
(札幌市中央区北一条東2-5-12 ビーンズコート1F)


久々の札幌遠征ということで
どこへ行こうかと考えたのですが
最近あちらこちらで良い評判を聞く

「ひげ男爵」に決定。

と、いっても「ルネッサ~ンス♪」のひげ男爵では
ありません。(アタリマエやないか~いw)

訪れた時間は午後6時半ほど
地下鉄東西線「バスターミナル駅」を降りて
少々薄暗い中をやや歩くと
周囲にカレーのいい香りが漂っていまして
それに釣られるようにして
お店の前へ。


道路に面する部分には、全面ガラスが貼られているので
非常に明るく、
店内のインテリアやテーブル、イスに至るまで
スタイリッシュで、美容室を思わせる外見と内装ですが、

井上雄彦さんの作品をはじめとして、
オトコ好きがするマンガがいっぱいおいてあったりとか

ガラスケースの中にみっちりとつまった
フィギィアなどが

空間を和ませている感じですかね。

しかも奥の方には
簾がさがっている上に、習字が貼られていまして



と思ってみると
焼酎のメニューでした。

そうそう、こちらは焼酎も充実していました。

メニューを見ながらオーダーを考えましたが
まずは、初めてのお店ということで
素直に、チキン野菜。辛さは価格が割り増しになる4番
トッピングは、具に「ときたまご」と「舞茸」
スープにもトッピングできるということで
「ガリガリガーリック」をトッピングして
「プレミアムモルト」とともに、オーダー。

プレミアムモルトを飲みつつ
洋楽のBGMに耳を傾けながら
待つことしばしで
かぐわしい香りとともに登場しました。


ヲ。


黒く重厚な陶器の皿に入った押し麦入りご飯と
同じテイストの器に入った、タップリの具に
見え隠れする、少々白濁したオレンジ色のスープ。

香りもいい感じで鼻孔をくすぐり
もう期待でワクワクです。

ってことでスプーンですくって
まずスープを一口。





ゥヲヲヲヲ


こ、これは



まずは、旨みのカタマリが押し寄せてきます。

濃厚なコクと旨みに
ガーリックのパンチがミックスされた

これはウマいわ~

と、おもったっけ





今度は、スパイスの刺激が襲来です。

この、波状攻撃。

食べるたびに
押し寄せてくる旨みとコクとパンチと刺激に
翻弄されてしまいます。

豚骨・鶏ガラベースに和風だしを加えて
10時間以上煮込んでいると、喧伝しているのは
伊達ではありません。



ウマいというか
キモチいい。

そんなスープを盛り立てる具材ですが

まずはチキンですが
表面がカリッと揚げられていて
食感サクサクなうえ
揚げられた内部に肉滴と旨みを
たっぷりと閉じこめているという
ジューシーさ。

そしてその骨離れの良さは
丁寧に調理をされていることを
物語っているようです。


スライスされたカボチャもアマけりゃ
にんじんもアマい。

スライスされているのにアマみが伝わるのは
それだけ素材がよい証拠。

四角くカットされたダイコンの食感やウマみも
素揚げされたナスやじゃがいもも
一口入れると
その素材のうまさと、スープのうまさで

これまた幸福な波状攻撃。

しかも、キャベツ・白菜・ピーマンと
あとたっぷりとはいっている春雨も
その口の中で与える食感が
オモシロくウレシイですね。

そして、トッピングの舞茸は
素揚げされて食感・旨み両方のバランスが
カレーに色彩を加え、

ときたまごは、春雨とあいまって
なんだか別の料理の趣であり

これまた変化を見せてくれるのです。

しかもそれに素朴な味わいの
押し麦入りご飯がよくあう。


ふー、幸福ですぅ。

ビールもすすみますぅ。


ってことで、いつもの
三分の一になったご飯を
三分の一になったスープに投下して、
いっきにかけこみまして

ビールをぐびっ。


ぷっはぁ~

いんや~、幸福でありますぅ。


しかも、「スパイスの刺激」と文中では書いたのですが
辛さで有名な他店と比べて、ダイレクトに口の中で
辛味を感じるタイプではないのです。

が、

後半部分から、ビール飲んでるせいもあるのでしょうが

滝汗がとまらなくなってきて

顔面やアタマはおろか、
Tシャツまでびっしょになってしまいました。

こんなのも、
あまりないですね。


ということで汗だくで
お金を払いにいきましたら


お店のオネエさんが
「ひげ割りで100円引きになります」
「(嬉)」

そうです、私、ヒゲキャラなのです。

ってことで

めっちゃうまかった、や、ないか~い♪

とひとりごちながら
ススキノへと消えたのでした。

ルネッサ~ンス♪



☆「すーぷかりー ひげ男爵」
(札幌市中央区北一条東2-5-12 ビーンズコート 1F)
◇営業時間◇11:00~15:00(LO14:30) 17:00~22:00(LO21:30)
◇定休日◇不定休 ◇駐車場◇ あり




☆「Curry & So on GoYEN」
(岩見沢市6条西10丁目 4-5)

札幌でのイベントを無事終わらせまして
富良野へ帰る途中ってことで
カレーを食べるとなると、
やはり岩見沢。

で、岩見沢の昼下がりにやっている
個性派カレーといえば

GoYENです。


最近は、ほんとうにあちらこちらで見るようになった
昭和の古民家改造系のお店ですが

入口にススキとか生えているので
一瞬、車から見たときとかは
ビックリしてしまいます

が、駐車場に車を止めて、車から降りると
きちんとカレーの良い香りがいたします。

安心安心。

少しだけ新しい感じの玄関のドアをあけて
土足で他人の家に上がるみたいな背徳感とともに、
中に入りまして

外の窓に面した
2人がけのカウンター風の席にすわって
メニューを見ました。


…まだ、ここのハンバーグカレーって
たべてないなー、

と思ったところで

ハンバーグカレーをオーダーしたのですが

「すいませーん、こちら品切れなんです~」

ま、イベント帰りということで
お店に行ったのが午後2時半過ぎてましたから


ってことで、第二候補は玄関先に貼ってあったメニューにあった

茄子とベーコンのスープカレー、辛さは料金追加の30番、
ライスは「こんがりチーズご飯」を注文。

茄子もベーコンもワタクシ、大好物ですから。


ということでBGMの洋楽に耳を傾けつつ
飾ってある紐に通された「五円玉」の束とか
各種ホールトマとの缶のデザインとか
ブルーライトがオシャレな水槽などを
眺めつつ、まつことしばし

とちゅうで、間断なく「ジャー」「ジャー」と
具材を調理しているアブラの音がして
もうこの時点で期待マックスです。

でもって、良い香りとともに登場しました。


分厚い陶器の食器に入った
明るい非透明系オレンジ色のスープに

たっぷりと入った具材の数々。


まずはスプーンでスープを一口。



ヲ!

ゥヲヲヲヲ


これは、ウマいっス。

コッテリとしたコクにウマみが
ぎゅっと凝縮されていますし

ウマみの原因の一つは
スープの明るいオレンジ色の原因でもある
トマトです。

トマト系のウマ味とこってりさと
さまざまなエキスがつまっている
極ウマスープとの相乗効果で

これだけウマくなっているのでしょう。

しかも、後追いするスパイスの刺激も
これまたたまりません。

ゴリゴリとはいっている
粗挽きスパイスはだてではありません。

こんなビジュアルにもヨワいワタクシでありますよ。


でもって具材ですが
ベーコンは、「yellow」とか「べす」とか「suage」で
見ることができる、分厚いタイプが
ぺろんと入っているわけではないのですが

香ばしくもかみしめると味があるタイプが
タップリと

茄子は茄子で、これまたジューシーなヤツが
一口サイズにかっとされていて
ゴロゴロと入っています。

このたっぷりとはいったところも
ウレシイですなー。

こんな具材の上をおおっている
たっぷりのっかった、細切りされて
素揚げされたにんじんですが

これまためちゃアマですし

じゃがいも、キャベツ、カボチャも
しっかりと火が通っていながら
素材のウマさがよく生かされていますし

このオレンジのスープと
ビジュアル的にもマッチをしているのが

にんにくの芽であります。

これがいいんですよ。

オレンジと濃い緑という色合いもよければ
コクのあるスープにパンチをあたえてくれる

その味もすばらしい。

この時は久々なので忘れていましたが
こちら、ニンニクのトッピングもできたのです。

次こそは忘れないように…。

しかも、こんなバラエティーのとんだカレーを
アツアツのミニフライパンのような器で出てくる
こんがりチーズご飯があうのですよ。

タタでさえこくがあるところに
さらに濃くしてくれるという。

もうウレし過ぎですな。

ということでいつものとおり
残ったスープにライスをイン、

とっておいた半熟卵の固まりかけた黄味とともに
食しました。

うぉー

至福の瞬間でございます。

ふー。


ってことで、大満足のあと
温泉へむかったのですが

そこで



はじめて、唇がスパイスの刺激で
ヒリヒリするのに気がつきまして…


食べている時は、そんなに気にならなかった

と、いうか

スパイスの刺激を忘れさせてくれるほど
ウマいスープであるのですね。

また、感心させられてしまいました。

おそるべしGoYEN




☆「Curry & So on GoYEN」
(岩見沢市6条西10丁目 4-5)
◇ 営業時間◇11:30~22:00
◇定休日◇無休  ◇駐車場◇ 有り




あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
もう一ヶ月前になるでしょうか、
札幌で北見の「オホーツク北見塩焼きそば」に
舌鼓を打ちまして

「オホーツク北見塩焼きそば」をはじめとして
さまざまなB級グルメを取り上げた
集英社新書 田村秀さん著『B級グルメが地方を救う』を
番組内の「富良野印度化計画」と当ブログで紹介をし

その最後に

「あと、この本の第一四章は
「B級グルメ検定!」ですが
この中で、どのような問題が出されたのか
と、いうことにつきましては
また、来週のお楽しみであります。」

と言って、書きましたが、

おまたせしました



10月20日 オンエアー 第184回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」です。

「B級グルメ検定」は
こんな問題が50題、出題されています。
試しに10問紹介ます。


第一問 B級ご当地グルメの祭典、B-1グランプリの第一回目が開催されたのは?
  ①富士宮市 ②八戸市 ③久留米市 ④鳥取市

第二問 第一回、第二回のB-1グランプリの人気投票で一位になったのは?
  ①富士宮やきそば ②八戸せんべい汁 ③横手やきそば ④久留米やきとり

第三問 三大焼きそばと称されるのは、富士宮やきそば、横手やきそばとどれ?
  ①日田焼きそば ②オホーツク北見塩焼きそば ③石巻焼きそば ④太田焼そば

第四問 横手やきそばに欠かせないトッピングは?
  ①肉かす ②福神漬け ③だし粉 ④紅生姜

第五問 じゃがいも入り焼きそばが有名なのは?
  ①那須塩原市 ②黒石市 ③栃木市 ④北見市

第六問 茶色のセイロ蒸しの中華麺が使われているのは?
  ①石巻焼きそば ②富士宮やきそば ③横手やきそば ④日田焼きそば

第七問 新潟が発祥のユニークな焼きそばは?
  ①アメリカン ②イタリアン ③ジャーマン ④カナディアン

第八問 オホーツク北見塩やきそばに欠かせない材料でないものは?
  ①ホタテ ②タマネギ ③塩 ④キャベツ

第九問 二〇〇七年の家計調査で餃子の消費量が一位だったのは?
  ①浜松市 ②裾野市 ③宇都宮市 ④静岡市

第十問 宇都宮餃子の店が数多く出店しているのは?
①餃子パーク ②餃子博物館 ③来らっせ ④餃子館


と、いった内容です。
また、他に、北海道関連の問題を見てみると

ガタタンが名物な町は?
  ①夕張市 ②芦別市 ③滝川市 ④歌志内市

豚肩ロース肉とタマネギを串に刺したやきとりが有名なのは?
  ①美唄市 ②八戸市 ③室蘭市 ④苫小牧市

様々な鶏の内臓肉を一本の串に刺したやきとりで有名なのは?
  ①室蘭市 ②旭川市 ③夕張市 ④美唄市

次の中でタケノコをよく使うのはどれ?
  ①トルコライス ②エスカロップ ③かつめし ④ボルガライス

なんて問題がありまして、
一問が2点の配点で

八〇点~一〇〇点 B級グルメ一級
六〇点~七八点 B級グルメ二級
四〇点~五八点 B級グルメ三級
二〇点~三八点 B級グルメ四級
〇点~十八点 不合格、出直しです。本書を第一章から読み直してください。


という判定です。

果たして、私のスコアは、

ジャーン

46/50ということで
92点

無事B級グルメ一級を獲得できました。

ヤッタネ。


ハズしたのは、佐世保バーガーのマスコットの名前と

龍ヶ崎市で売り出しているコロッケの名前と

小倉焼きうどんに目玉焼きを載せたものの名前と

かしみん焼きで有名な市

の四題でした。

まぁ、よく内容を理解しながら本を読めば
解けた問題なのですが…


もう少し修行をつみまする。


ちなみに解答ならびに、その他の問題については
ぜひ
集英社新書 田村秀さん著『B級グルメが地方を救う』を
購読されることをオススメします。


さて、

そんな全国の「ご当地B級グルメ」が一堂に会する
あのイベントが、いよいよ再来週に
やってまいります。


そのイベントは何かというと

詳細は来週月曜日のお楽しみでアリマス。



あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
♪10月20日オンエアー 第184回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です

♪「ダリアな気持ち」 白石涼子

軽快に八分音符を刻む不響和音の
ピアノの響きではじまるイントロに続き
ストリングスが旋律を奏でるという
楽器や音の使い方とかに、
大貫妙子さんとか
鈴木さえ子さんの楽曲を
僕は重ねてしまったのですが。
そんなポップスの文法が
印象的に響いてくるのです。
大貫さんや鈴木さんの声も
どちらかというとファニーな感じですが
この曲での白石さんの声も
まさにそんな感じで、
Charaさんとかの
ガールズポップの歌い手さんとかをも
彷彿とさせてくれますし、
そんな歌声がピッタリとくる
明るい曲調で、ミディアムテンポな
ポップナンバーといって良いでしょう。
イントロからサビの後半にいたるまで続く
アコースティックギターの音色とか
ストリングスの音色とかも
そんな明るい世界をいい形で盛り立てていますし
サビ部分のストリングスの対旋律とかの
明るくサワヤカではじけた感じも
曲世界とよくあっています。
AメロBメロと、サビの旋律とかの対比でも
楽器の使い方とかによって
よく映えていますね。
白石さんは、少々ハスキーな声の持ち主なので
少年役とかをこなすことが多く
曲とかでも、少年っぽい芯の強い声をも
披露しているのですが、
こんなカワイラシイ女の子の
ウタもよく似合っておりますし、
改めて彼女の芸幅の広さを
感じることもできます。




♪「LEATHER FACE」FLOW
「WORLD END」カップリング

ギターとベースが連動して一つフレーズを奏でることで
ダイナミックさを表現するのは、
バンドサウンドのキメの部分では
よく聴くことが出来ますが
まさにそんな音の使い方で
コード進行をしていったり
フレーズを締めくくったりすることで
ダイナミックな曲世界を
盛り上げているのが印象的です。
A.Bメロの部分では、
ボーカルが、イコライザーかPCなどで
加工されているところに、
えもいえぬ隔靴掻痒感をえますが
だからこそ、サビ部分が際立って聞こえていて、
そんな曲構成のウマさとカッコよさを感じます。
間奏開けのサビ部分では、
最初ボーカルが加工されていて
そんな音が、繰り返し後に霧が晴れるように
ストレートな音として出してくる当たり、
これまたカッコいいのに加えて、
歌詞カードを見ると、
普通の歌部分と
PCで加工れているボーカル部分を
違う字(PC部分とかは歪んだ字を使って)にしていて
これまたメッセージともども連動している感があって
そんな小技も、心ニクいですね。




♪「Crystal Quartz」 藤田咲
「FURANO History Factory」10月のマンスリーパワープレイ
ラジオ『藤田咲の音がナル箱庭』テーマ

ピアノの音にあどけない声が乗っかって
このまま曲が進行していくのかなと思ったところに、
太くしっかりしたベースとギターの音が
かまされるところで、
まず、おっ、と思うのです。
ただ、その後には、
アコースティックギターの穏やかな音になったり
ドラムのビートが入るかと思うと
なかなかビートを刻まないという
ある意味じらされる感じが続くのですが、
この後にサビ部分とかで刻まれる8ビートを
ドラムが刻む前から予兆させてくれるのが
藤田さんの歌がしっかりと、
8ビートを意識させてくれる歌い方を
しているからでしょう。
だからこそのサビ部分での
かっこよさや爽快感へと
つながっていくというわけで、
曲構成とともに、そんな彼女の
ウマさにも気がつかされる曲でもアリマス。




♪「ARIA」 Kalafina
 「sprinter」カップリング
劇場版『空の境界 第四章 伽藍の洞』Ed

グレゴリアンチャントを思わせる
荘厳なコーラス(歌詞はきちんと梶浦語です)と、
メインの歌の部分もスコットランド民謡や
ケルト音楽を彷彿とさせる、
どこかなつかしい旋律を歌っている、
ハリのあるボーカルが映えます。
さびの部分で、ろうろうと歌い上げるところも、
しっかりと荘厳なコーラスや演奏を受け止めて、
合わせて深い世界を構築していますし、
後ろで響く、さまざまなパーカッションの音色も
不思議かつ荘厳な世界を彩っております。
特に間奏あけのパーカッションワークに、
対旋律をかなでる
歌うようなチェロの響きという古風な音色に、
PCで刻まれるリズムに、
PCで加工をされたようなサウンドを溶け込ませるところに、
すべての音で一つの世界をつくりあげている
前衛絵画のようです。
リズムをオンにしたりオフしたりという使い方は
この世界に陰影とメリハリをつけていますし、
ギターとコーラスを重ねて
バグパイプのような音色を創りあげ
スコットランドっぽい旋律を奏でさせている技法に
感心するや、
旋律に別のメロディーで、最初はコーラス風に
次第に大きくしていって、旋律・対旋律を
一つの世界へと収斂させていくという
奔放さに翻弄される気持ちよさを
味わうことができます。
梶浦サウンドが、音の玉手箱であることを
実感したい人は一聴をオススメします。




♪「乾いた花」 micc
TV『魔法遣いに大切なこと ~夏のソラ~』Ed

アコースティックギターのアルペジオに重ねられる
エレキギターの旋律という組み合わせで
淋しげで哀調のある演奏に乗っかるのが、
「邦楽史上、もっとも耳元で聴きたい声」という
キャッチフレーズがピタッとくる
ふわんと澄んだ声が心地よく響く
おだやかでスローテンポなナンバーです。
さびの部分から
ドラムでビートが刻まれますが
ルーズで胴の響きの音が強調された
無骨なスネアドラムの音とかが
印象的なのに加えでドラムの無骨さと
歌のカワイラシイ部分との対比も
路地裏感が表現されていて
この曲世界にマッチした音の使い方ですし、
曲がすすむにしたがって
次第に力強い歌声になっていくという
少女の生長譚を思わせるような
曲の構成と歌のウマさもいいですね。
ま、あどけなくも強い声と
哀調のとんだ曲調と歌詞の組み合わせが
僕的にツボであったZONEなど
Run Time系のアーティストの楽曲と
かさなるところがあります。
しかも、歌を担当しているmiccさんこと
笹尾実久さんは、北海道釧路のご出身で、
ご自身も、下北沢で歌っているのですが
このアニメの主人公も、北海道の美瑛から出てきて
魔法遣いになる修行をする女の子
というところにも、
シンクロニシティーを感じます。
また、彼女自身もYASUKOという
下北沢で歌っているシンガーの役として
声優もこなしているのですが
彼女が番組内で「9月の海はクラゲの海」とか
「青空のマリー」を歌っているそうなのです。
これは、ムーンライダース好きな僕としては
是非聴きたいところであります。
北海道では、番組を見ることできませんでしたし、
DVDが出たら買うかもしれませんが
その感想はまた別のところで。
F.H.F.は、道内出身アーティストを
応援します!!。








このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775
FHF
「栄光なき天才たち」とは
僕が大学生の時に「ヤングジャンプ」で
連載がはじまったマンガですが、

思えば、現在B級グルメを取り扱った
マンガとして僕のなかでは双璧である
「駅前の歩き方」の作者
森田信吾さんを知るきっかけと
なった作品でもありました。

(ちなみに、B級グルメマンガの双璧で
もう一方の雄は「孤独のグルメ」だと思うのですが…)


さて、そんな「栄光なき天才たち」は
その他にもいろいろなことを
僕に教えてくれました。

10月20日オンエアー 第184回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

日本人として今回、四人のノーベル賞受賞者を
日本人〔南部さんは米国籍ですが〕出しました。


日本人ではじめてノーベル賞を受賞したのは、
1949年の湯川秀樹博士ですが、

実は1901年の第一回から
候補者として日本人は上がっていました。



例えば北里柴三郎や野口英世が
そうだそうなのです。


野口英世の業績はある程度有名ですが

北里柴三郎とは…?




北里柴三郎は、1853年/嘉永5年に、
熊本県阿蘇郡小国町で庄屋の長男に生まれました。

腕白で、もとは軍人を志していましたが、
両親の願いにより熊本藩の藩校「時習館」から
熊本医学校へ進学して、そこでマンスフェルトに出会った事で
本格的に医学への道を決意しました。


1875(明治8)年に東京医学校(現・東京大学医学部)へ進学
1883(明治16)年に医学士となります。

在学中に「医者の使命は病気を予防することにある」と確信して、
予防医学を生涯の仕事とするため、

大学卒業後は、

かつて適塾で塾頭をつとめ
維新後は海外視察などの経験により
文部省医務局、その後、
医務局がうつされた内務省に入った
長与専斎が局長であった内務省衛生局へ就職。


同じ熊本出身のうえに、東京医学校の同期生であり、
東大教授兼衛生局試験所所長を務めていた
緒方正規のすすめによって、
1885(明治18)年よりドイツベルリン大学へ留学しますが、
そこで、細菌学の大家であるローベルト・コッホに師事し
多くの発見をします。

中でも、破傷風菌純粋培養法と
破傷風菌抗毒素の発見は
前人未踏のもので、
世界の医学界を驚嘆させました。

さらに、菌体を少量ずつ動物に注射しながら
血清中に抗体を生み出す血清療法を開発しました。


1890(明治23)年には、血清療法をジフテリアの治療に応用し、
研究所の同僚であったベーリングと連名で
「動物におけるジフテリア免疫と破傷風免疫の成立について」という
論文を発表しました。

この論文によっても第1回ノーベル医学・生理学賞の候補に
北里の名前があがったのです。

ところが、結果は
抗毒素という研究内容を主導していた北里でなく、
共同研究者のベーリングのみがこの業績により受賞したのです。

医学賞選考委員会が当初46名の候補から15名に絞り込んだ中に
北里の名前はあってもベーリングの名前はなかったのですが

それにもかかわらず
ベーリングが受賞をして、北里が受賞できなかったのは
東洋人、黄色人種であったからなどともいわれています。


ちなみに余談ですが師匠のコッホが
ノーベル賞を受賞したのは1905年のことです。



さて、これらの論文がきっかけで
欧米各国の研究所や大学から
多くの招きを受けたのですが、

「国費留学の目的は日本の脆弱な医療体制の改善と、
伝染病の脅威から国家国民を救うことである」
という理由で招きを固辞し、
1892(明治25)年に帰国しました。


しかし、ドイツ滞在中に、
「脚気の原因は細菌である」とする
東大教授緒方正規の説に対し,
脚気菌ではないと批判をした為、
北里は恩知らずであるとして
母校東大医学部と対立する形となってしまい、
帰国後も日本での活躍が限られてしまいました。


ところが、この事態を聞いた福澤諭吉の援助によって
芝公園に、私立伝染病研究所が設立されることとなり、
北里はそこの初代所長となりました。

その後、「伝研」は、国に寄付され
内務省管轄の国立伝染病研究所となり
伝染病予防と細菌学に取り組みます。

ここには、北里のもと、赤痢菌の発見者である志賀潔や
梅毒治療で高名な秦佐三郎
黄熱病や梅毒の研究発見で知られる野口英世
ハブの血清療法で有名な北島多一
といった、日本近代医学を代表するような
そうそうたる面々が集っており、

1894(明治27)年には
ペストの蔓延していた香港に、政府より派遣され、
病原菌であるペスト菌を発見するという業績をあげました。

そのような成果をあげながらも、北里は
「伝染病研究は衛生行政と表裏一体であるべき」
との信念のもと、内務省の所管ということで、
研究にあたっていたのですが、

1914(大正3)年に政府は、所長の北里に一切の相談もなく、
伝染病研究所の所管を突如文部省に移管し
東大の下部組織にするという方針を発表しました。

これは、脚気をきっかけとしての長年の東大との確執が
背景であるといわれていますが、

北里は自分の志に反する政府のやり方を承服できず、
移管に反発し所長をやめて、
新たに私費を投じて私立北里研究所
(現・社団法人北里研究所。北里大学の母体)を
設立しました。

この時に、志賀潔をはじめ研究所の職員全員が
北里についていくため一斉に辞表を提出したということで
「伝研騒動」などとも言われております。

そこでは狂犬病、インフルエンザ、赤痢、発疹チフスなどの
血清開発に取り組みました。

福澤諭吉の没後の1917(大正6)年、
福澤諭吉による長年にわたる多大なる恩に報いるために、
諭吉の遺志を継いで、慶應義塾大学医学部を創設し、
初代医学部長、付属病院長となります。

しかも、それだけに止まらず
医学部の教授陣には、北島多一や志賀潔など
北里研究所の名だたる教授陣を惜しげもなく送り込み、
北里は終生無給で顧問として
慶應義塾医学部の発展に尽力したのでした。

また、日本医師会長を始め多くの医学団体の要職に就き、
わが国の公衆衛生特に結核の予防のほか、
医学、医学教育の発展に大きな足跡をのこしたということで

やはり日本医学界の巨人といっても
良い活躍をしたのでした。




と、いったように、
人種差別でノーベル賞を受けられなかったと
いわれるのが北里でしたが、

学会の確執などで受賞できなかったとされるのが
鈴木梅太郎です。

彼は1874(明治7)年4月7日
静岡県榛原郡堀野新田村(現 牧ノ原市)で、
農業・鈴木庄蔵の次男として生まれます。

その後農科大学(現東京大学農学部)農芸化学科を卒業し。
東京帝国大学教授を務めるとともに
理化学研究所の設立者として名を連ねます。

そんな彼が、1910(明治43)年、
米の糠から抗脚気因子として
「世界初のビタミンであるアベリ酸」
(のちにオリザニンと改名、ビタミンB1)を発見しました。


しかし、この時に二つの悲劇がありました。

一つは、このときの論文がドイツ語に翻訳される際、
「これは新しい栄養素である」という一行が
訳出されなかったということです。

このためオリザニンは世界的な注目を受けることがなく、
第一発見者としては日本国内で知られるのみと
なってしまいました。

この後、クリスティアーン・エイクマンと
フレデリック・ホプキンスが
1929年にノーベル生理学・医学賞を受けますが

貧弱な食生活が、脚気の原因となることを実証
なかでも、玄米が脚気を防ぐということから
ビタミンを発見したということで

鈴木の研究と多くの部分が重なっています。





また、あと一つの悲劇が
鈴木が農学者であったということです。


脚気に効く「アベリ酸報告」の当時は、
東京帝国大学医学部を中心とする多くの医学者の間で
脚気は感染症であるという説が信じられていました。

そこでくちさがない某医学者が
「農学者が何を言うか、糠が効くのなら小便でも効くだろう」
と非難したといいます。

この某医学者とは、北里と確執があり
伝研の移管を画策した中心人物である青山胤通か、
脚気は細菌による感染症であると
死ぬまで主張していた森鴎外であると
いわれています。

ちなみにこの鴎外がたてた
白米中心のレーションを与える方針によって

日清戦争時の陸軍では、
戦死者よりも脚気で病死した兵士のほうが
多かったのは、有名なお話ですが。

ただし、しかし実際にオリザニンによって
脚気が治癒した例が相次ぐと、
脚気感染症説論者もオリザニンの効果を
信じざるを得なくなりました。

全く、北里にしても、鈴木にしても
脚気をめぐった東大や森鴎外一派との確執に
翻弄されてしまったのが悲劇といえば悲劇ですし

野口英世も東大との確執は
そうとう強かったようでした。


また、鈴木は、1922(大正11)年に合成清酒を発明し、
1924年(大正13)に「理研酒『利久』」の名称で
市販しています。

合成清酒とは、
工業用アルコールに糖類、有機酸、アミノ酸などを加えて、
清酒のような風味にしたアルコール飲料のことですが
1918(大正7)年に起きた米騒動をうけて、
将来の食糧難における対策、という視点から
研究に着手したものなのです。

が、これがこの後に
「美味しんぼ」での登場がきっかけに批判されて
現在でも「もやしもん」などでも
色々と言われている

発酵時にできたアルコール以外を加える
「三倍増醸」の技術にも影響を与えました。

よかれと思ってしたことが
金儲けの手段として使われてしまった好例です。


ちなみに現在の理化学研究所の理事長は
ノーベル賞受賞者の野依良治さんです。


また、戦前に理化学研究所を中心として
形成された旧財閥「理研グループ」の
企業としては
リコーとかオカモトとか理研食品などが
身近ですかね。




さて、今までのべたのは
人種問題や、学会の確執で受賞が出来ない例でしたが
ノーベル財団の読み間違いで受賞できなかったのが

山極勝三郎でした。


彼は、1963(文久2)年
上田藩(現在の長野県上田市)に生まれます。

同郷の医師である山極吉哉の養子となり、
ドイツ語を学びつつ医師を目指し
1880(明治13)年に東京大学予備門、
1885(明治18)年には東京大学医学部(のちの東京帝大医学部)に
入学し、
卒業時は主席という成績を残しました。

1889(明治22)年には肺結核を患うものの
療養を続けながら研究を行って

1891(明治24)年からドイツに留学、
帰国後の1895(明治28)年に
東京帝大医学部教授に就任します。
専門は病理解剖学で、特に癌研究では日本の第一人者でした。


当時、癌の発生原因やメカニズムはわからなくて、
主たる説に「刺激説」「素因説」などが存在していました。

山極は煙突掃除夫に皮膚癌に罹患する例が多いことに着目して
刺激説を採って、実験を開始します。

その実験は、ひたすらウサギの耳にコールタールを塗布し続ける
という地道なもので、すでに多くの学者が失敗していたものでした。

しかし、山極は、北大を卒業したのちに山極の研究室へ入った助手の
市川厚一と共に、実に3年以上に渡って反復実験を行い、
1915(大正4)年には、ついに人工癌の発生に成功します。


「栄光なき天才たち」での、この実験の描写というのが
マンガならではというか、
マンガ表現の最大のポイントで

リアリティーを読者に感じさせてくれるものでしたし

山極にしても、北里柴三郎にしても
野口英世にしても、
その実験のテクニックと数の多さが
他のヨーロッパの学者よりもスゴかったというところに

同じ日本人として漠然としたウレしさを感じます。



さて、
その一方で、山極による人工癌の発生に先駆けて、
デンマークのヨハネス・フィビゲルが
寄生虫による人工癌発生に成功していました。

当時からフィビゲルの研究は一般的なものではなく、
山極の研究こそが癌研究の発展に貢献するものではないか
という意見が存在していたにもかかわらず、

1926(大正15)年にはフィビゲルにノーベル生理学・医学賞が
与えられました。


ところが、

後年、フィビゲルの研究は
ごく一部のネズミにのみ再現可能で
一般的な例ではないということが実証され、
現在の人工癌の発生と、それによる癌の研究は
山極の業績であることが証明されています。


当時のノーベル賞の選考委員のひとり、
スウェーデンのフォルケ・ヘンシェンは後日、来日した際に
「山極にノーベル賞を与えるべきだった」と
当時の選考委員のミスを悔やんだそうです。

また、選考委員会が開かれた際に
「日本人にはノーベル賞は早すぎる」
との発言があったことも明かしています。
(ただし、このことについて
否定的な見解をしめす人もおります。)

原則としてノーベル賞の選考は非公開とされていますが、
フィビゲルの受賞は「ノーベル賞最大の汚点」ともいわれていることから
贖罪の意味もこめて明かしたのではないかと言われています。

フィビゲルがノーベル賞を受ける前の、
1923(大正14)年には帝大を定年退官。
フィビゲルがノーベル賞を受賞した
4年後の1930(昭和5)年に、
肺炎でなくなっています。




いずれも、異なる例ですが
惜しくもノーベル賞を逃したという点で
共通をするのかなと思いますし

250年間、間断なく進歩し続けた西洋文明と
ほぼ隔絶していたにも関わらず

これだけの成果をあげた明治人の
気骨とすさまじいパワーや向学心に
僕らも学ぶところが多いのだなあと

思ったのです。



また、このことを教えてくれた

『栄光なき天才たち』の素晴らしさを
再認識をしたりもしたのですが。
(ちなみに、この三人のエピソードについては
森田さんだけではなく、
原作者 伊藤智義さんも関わっております。為念)

単行本は17巻まで出ています。
機会があれば、一読をおすすめします。




ノーベル平和賞受賞者ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



来週はがらっと違ったテーマでお話をする(予定)の
「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
先日ネットで

上武大が初出場、青学大は33年ぶり 東海大、順大も通過=箱根駅伝予選会

という記事をみつけました。

どれどれ、と思って
記事を読みましたら、以下のとおりでした。

第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(2009年1月2、3日)の予選会が18日、東京・立川市で行われ、上武大が初出場を決めたほか、青山学院大が33年ぶり14回目の出場を果たした。また、注目の東海大、順天堂大なども通過を決めた。

 第85回大会は記念大会となるため、前回大会より3校増えた史上最多の23校が出場。予選会は13の出場枠をめぐり争われた。選考方法は、各校上位10名の合計タイムによりまず10校を選び、続く3校については、第87回関東インカレ(学生陸上競技対校選手権大会)の成績に基づくポイント制との併用により選ばれた。
 以下、予選通過を決めた全13校。

1位 城西大学(10時間13分20秒)6年連続6回目
2位 東京農業大学(10時間13分46秒)2年連続64回目
3位 上武大学(10時間15分47秒)初出場
4位 日本体育大学(10時間17分04秒)61年連続61回目
5位 拓殖大学(10時間17分43秒)4年ぶり32回目
6位 神奈川大学(10時間18分04秒)18年連続41回目
7位 東海大学(10時間18分15秒) 37年連続37回目
8位 専修大学(10時間19分25秒)5年連続65回目
9位 明治大学(10時間19分30秒)2年ぶり51回目
10位 大東文化大学(10時間21分01秒)42年連続42回目
(以下は、関東インカレポイントとの併用により選出)
11位 国士舘大学(10時間17分57秒)4年連続42回目
12位 順天堂大学(10時間20分13秒) 52年連続52回目
13位 青山学院大学(10時間20分33秒)33年ぶり14回目

あ、あれ?
わ、わが母校の名前がない?

と、思って
さらに詳しいページにいくと

14位:法政大学 10時間20分39秒 
15位:國學院大學 10時間25分51秒 
16位:平成国際大学 10時間30分11秒 
17位:関東学院大学 10時間36分33秒 
18位:流通経済大学 10時間39分35秒 
19位:松蔭大学 10時間41分30秒 
20位:麗澤大学 10時間41分58秒 
21位:創価大学 10時間47分09秒 
22位:東京経済大学 11時間09分52秒 
23位:防衛大学校 11時間12分39秒 
24位:東京大学 11時間13分42秒 
25位:慶應義塾大学 11時間16分19秒 
26位:東京大学大学院 11時間18分26秒 
27位:立教大学 11時間19分30秒 
28位:創造学園大学 11時間22分20秒 
29位:国際武道大学 11時間23分06秒 
30位:東京理科大学 11時間35分04秒 
31位:駿河台大学 11時間37分42秒 
32位:東京学芸大学 11時間38分00秒 
33位:横浜国立大学 11時間38分48秒 
34位:学習院大学 11時間40分15秒 
35位:筑波大学 11時間46分27秒 
36位:成蹊大学 11時間46分49秒 
37位:千葉大学 11時間52分06秒 
38位:筑波大学大学院 11時間54分27秒 
39位:首都大学東京 11時間54分44秒 
40位:白鴎大学 11時間55分20秒 
41位:北里大学 11時間55分22秒 
42位:一橋大学 12時間01分58秒 
43位:埼玉大学 12時間03分49秒 
44位:東京工業大学 12時間12分03秒 
45位:群馬大学 12時間36分05秒 

と、ありまして、さすがにこれは?と思って
念のため昨年の箱根のHPを見たら、

去年の順位は
1位 駒沢
2位 早稲田
3位 中央学院
4位 関東学連
5位 亜細亜
6位 山梨学院
7位 中央
8位 帝京
9位 日本
10位 東洋

〔以下 城西・日体・国士舘・専修・神奈川・法政・東農
棄権が 東海・大東・順天〕
でした。

そうか、昨年シード権得ていたんですね。
予選会常連だから、つい、また予選会のページから
見ていました。

とりあえず校歌でも歌っときますか
「紫匂~う武蔵野の~♪」


ま、箱根については長距離選手育成という観点などで
さまざまな批判もありますし

主催テレビ局の報道姿勢がヤカましくて
そこには?と思うのですが

でも、
冬のお祭りが終わった直後でのへーっとできるのと
自分の母校が出るというので
ついみてしまいます。

今年もシード権獲得目指して
がんばってほしいですね。




さて、
温泉のお話です。
前日の野中温泉はむっちゃ良かったですし、
とんかつのみしなや、木多郎のカレーもウマかった。
Q-Pingの2巻も面白かった

ってことで大満足の翌日、

網走駅から前を走るDMVの後ろに
ピッタリとつけていきながら
浜小清水までノンビリとドライブ。

その後は、峠の路面状況とかの心配はどこへやら
絶好調でまずは野上峠を越えて
釧路からは太平洋沿いを走って
そして向かったのがこちら

第78湯目は、
十勝川温泉のホテル緑湯郷です。

こちらはもともと橘香苑という名前で
そのころから気になっていたのでしたが

十勝川独特の北海道遺産にも指定されている
モール泉がたまらんですな。

濃いウーロン茶色半透明のヤツが
ざんざんと注がれていて

ぷんぷんと独特の木の饐えた香りが
漂っているのです。

くー。

お湯はツルツル、お肌もシットリ

たまりません。

モールとは、ドイツ語で湿原のことで、
かつては世界で2箇所しかないと言われていましたが、
その一つが十勝川温泉なのですが

最近では帯広市内の温泉も
お気に入りです。

が、帯広市内の温泉になくて、十勝川にあるものはなにか。


露天風呂なのですね。

ってことで、露天へ。


露天の景色もなかなかで
十勝川や、白鳥大橋を見ることができます。

ただし、この日は風が強くって
びゅーびゅー吹いていたってことと

露天の湯温が若干低かったということもあって

少々寒かったですね


ってことでお肌しっとりをキープしながら
JICA帯広のグリーンカレーに舌鼓をうって

宮脇書店で秋の夜長の読書用の本を仕入れたあと
〔「雷とマンダラ」雷門獅籠著 ぶんかしゃ刊 など。
かつて立川志加吾の名前で、モーニングに「風とマンダラ」を連載されていましたが、
立川一門前座全員破門によって失職とともに、連載中止。その後大須演芸場の雷門一門へうつり、そんな大須での濃い芸人さんのエピソード満載ですが、中でも、伝説の紙切り芸人・大東両閣下(1928~2006)のエピソードは涙なしでは読めません。私も彼の死の2ヶ月後に開催されたコミックマーケット70で頒布された『「本家立川流」増刊号』の大東両閣下追悼号も迷わず購入しました。〕

ホテルへ入ったのでした。


でもって翌日。

天気予報は晴れ。
しかも三国峠の路面状況も問題なさそう。

ってことで一路北を目指しました。


扇が原展望台から見る
十勝平野の景色には、いつも感動しますし

緑と黄色と赤と茶色のコントラストは
一幅の絵画の趣です。

そんな景色とか
然別湖畔の湖と紅葉のコントラストなどを
楽しみながらドライブをして

ついた先が、第79湯め
山田温泉ホテル福原でした。

こちらは、
私の出勤時のお楽しみ
HBCラジオ「朝刊さくらい」の番組内コーナー
「桜井宏の今朝の三枚おろし」の火曜日
「舘浦あざらしの朝から旅日記」の中で
あざらしさんが、
「山田温泉の今年の営業は火曜までです」
と、言っていたのと、

今年は何度か建物の前を通ったものの
素通りをして温泉に入ってはいなかった
ということで

野中温泉に次ぐ目的は
当初からココだったのでした。

そう、こちらは10月から5月までは
冬季休業をしてしまうという
温泉なのです。

しかも、湯守の浅野さんが体調を悪くされていて
営業が危ぶまれている温泉でもあるのです。


ってことで原生林の中にぽつんと立つ
一軒家であるこちら、

玄関から入ると




浅野さんがフロントでニコニコしている姿を
まず、見ることができました。

お元気そうで、よかったです。

日帰り入浴の時間より
少々早くついてしまったのですが
快く入れてくれるということなので
ご厚意に甘えさせてもらいながら

浴室へ。


昔ながらの湯槽と
改築された部分とのコントラストも
ここにひさびさに来たなーという感を
深くさせてくれます。

なかなかいいですよ。

何がいいって、
透明でざんざんと溢れるお湯が
たまらないのです。

中央にでんとある
円形の大きい湯槽も

端にある
方形の小さい湯槽も

それぞれ、極上の温泉で
満たされているのです。

くー、たまらんです。


と、いうことで、最初は
大きい湯槽に身を沈めたり

ざんざんと注ぎ込まれている
湯口にあるマグカップで

ゴクゴクっとナトリウムっぽい味の
温泉を飲んだりしながら堪能。

そして、そののちは
小さいほうの湯槽で

でーん、と横になりながら

外の景色と温泉という
絶妙の取り合わせを堪能しました。


しかも、私が入って15分ぐらいは
一緒に湯に使っているお客さんもおりましたが

彼が出てからは
かしきり状態。

ってことで、軽く窓を開けて
外の空気と温泉のコラボレーションまで
堪能させていただきました。

この空気とこのお湯

たまらない取り合わせです。ハイ。

ということで、再び大きい湯槽と
小さい湯槽に交互につかったり

小さい湯槽でのへーっとなったりして
(アサくてヌルい温泉ヲタですからね、私)

小一時間ばかり
すごさせて頂きました。


そして、こちらに来た時の
お約束。

休憩室にあるお水を
くぴっと飲むことですが

当然味わいました。


甘露甘露。

一息いれたところでお礼を述べて
大満足で、車に向かいました。

そして、
今年の邂逅に感謝しつつ、
「来年も変わらぬ姿で、あうことが出来ますように」
という想いで、軽く手を合わせ、
山田温泉をあとにしました。



その後、幌鹿峠を越えて
すっかり葉の色が落ち着いた
糠平の街を過ぎ、

糠平湖を北上し、

三国峠へ。


峠への上がり口からの景色もすばらしいし
紅葉の見頃は過ぎたとはいえ
大雪湖から層雲峡にいたる景色も
この時期ならではのもので
当然大満足。


その後は、FMりべーるの「かしまし食堂」と
HBCの「カーナビラジオ午後一番」を
ザッピングをして楽しみながらドライブをし

「アジア金星堂」でカレーを食べて

旭川駅前でヲ買い物をしたあと
買ったCD(平野綾w)を持って、

富良野に戻って
ラジオの生放送へと
向かったのでした。


ふー満足満足。

ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています

今日 10月19日 札幌つどーむ G-14「東行本舗」です
先週の日曜日のブログならびに
木曜の「今週のカレー」を参考にしていただければ
おわかりかと思うのですが

「土日も勤務期間」が終わりまして
先週は、道東へと旅だってました。

と、いうのも、
これ以降の時期は
狩勝峠とかを越えるのが辛くなるだろう、
という読みで

夏タイヤで行けるウチに、まずは狩勝越えを
ということから、道東へ向かったのでした。

出向くことを決めた前から
ずっと天気予報を気にしていましたが
幸い天候も恵まれ、狩勝の路面も乾燥状態。

散り始めた紅葉に彩られた、
かつて国鉄三大車窓であった景色を
堪能しながら峠越え。

清水町御影の「とんかつのみしな」で
カツカレーを食べたあとに
先を急いだということで道東道に乗りました。

その間、この道東ドライブの中で
「JICA帯広のレストラン」へ行くきっかけとなった、
「FM-JAGA」の「Hello! JICAfe」を
聴いたりしながら、しばらく快適に走行していると、
前の車がやけに丁寧な運転をしておりました。



?と思いながら、その運転に追随をしていると、



白と黒のツートンの車が
路側帯にとまっていました。

道東道はそんなに交通量の多い高速ではないのですが
毎回使うたびに、
ツートンの車を見るような気が…


その後、足寄まで高速のお世話になり
そこから螺湾・上足寄と茂足寄川沿いの集落を
どんとんのぼっていって

そして、たどり着いたのが
雌阿寒温泉です。

こちらには、
野中温泉ユースホステル
オンネトー温泉景福
国民宿舎野中温泉別館

の3軒があって、
それぞれ個性的な湯槽やお湯が
楽しめるのですが

この日は紅葉がきれいであったということで
外の景色が楽しめそうな温泉をチョイス。

第77湯目は
国民宿舎 野中温泉別館です。
ィヤッフーっ!

まずは何がいいって
車を降りた時点で漂ってくる
硫黄の香りで

この、緑の風に混じる硫黄の香りを嗅ぐと
ここにかえってきたんだなーという感を
強くします。

そして古い建物ながら
丁寧に清掃がされていて
清潔に保たれている廊下とかを歩いていくと
脱衣場。

そこでタオル一丁持って
浴室へいきますと


むわっと来る硫黄の香りに
ウレしくてクラクラします。

年季が入った濃焦茶色の木でできた湯槽を
ざんざんと溢れるお湯が満たしているのだから

タマりまへんな~。

そして、この日は
紅葉を見る湯ってことで
露天へ向かったのですが



これまたいいっすわー。

露天ってことで
湯温が少々低いのも
好みでありますし

岩でできた湯槽は
半身浴ぐらいになる高さの場所も、
肩までゆったりと疲れるような場所もあって

それぞれと気分や使っている時間によって
バリエーションをつけることが可能で

これがまたいいのですね~


「野中温泉 露天風呂」と筆文字っぽく
かかれているところとかも
風情がありますよ。

しかも、景色は
前面に紅葉が入ってくるという感じではないのですが
緑の草のところどころを彩る
紅葉というコントラストもこの時期ならではのもの。

この湯に入りたくて
この景色を見たくって

ここまで来たのですよ。

いやー、最高っスね~。

なんて感じで、内風呂と露天を
何度か往復しているうちに
気がつくと時間は1時間を経過。

しかも、脱衣場からにぎやかそうな
家族連れの声がした。ということで
次に来るときはきっと来年となるので
名残は惜しいのですが

こちらをあとにしました。

その後は、せっかくここまできたのだから
オンネトーの魅惑的な湖面の色と
紅葉のコントラストを楽しんで

釧北峠を越えて、北見の福村書店で
この日の晩にホテルで読む本を仕入れて
(堀江蟹子さんの「QPing」の2巻とか…
それにしても、アイカワラズの軍人ネタとかラジオネタとか
シュールなギャグの切れ味が、サイコーでした。)

「FMオホーツク」とかをBGMにしながら
宿を目指してひた走り、

木多郎でカレーをいただいてから

ホテルに到着したのでした。

「ということで、
現在某所潜伏中であります。

いやー、昨日の温泉は
帰ってからシャワーを丹念に使ったにもかかわらず
まだ、湯の香がほんのり残っております。
いんやぁ、えがったぁ~」

と書いたのは

野中温泉だったのでした。

次に行くのは、来年ですが
その時は、景福かなぁ…。


ってことで、
取り敢えずこの日の日程は満足をして

翌日も極上温泉へと
車を走らせたのでした。


それはどちらかというと…


明日のお楽しみデアリマス。



ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルくて浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2775

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています

10月19日 札幌つどーむ G-14「東行本舗」です
☆「とんかつのみしな」
(清水町字御影南1線57番地43)

職場の同僚に、旨いカレー屋はどこか
といった旨の質問をされるのですが
その時に、「カフェ・ノラ」と「朝日のあたる家」と
「正直村」と「山香」を紹介したところ

大層喜ばれまして

その後、自身の経験してくれたカレー体験などを
話してくれるようになったのです。

そんな彼が最近のイチオシとして
アツくすすめてくれたのが
「とんかつのみしな」さんなのです。

こちら、かつては新得町内に本店があって
帯広にも何店舗かあったのですが

現在、かつての「みしな」の本店であったところは
「喜兆」という、これまたトンカツのお店に
なっています。
(経営をしているのは、「そばの館」ですが…)

新得時代には、富良野に近いということもあって
何度か足を運んで

肉滴溢れる香ばしいカツに
舌鼓をうったのですが

同じ国道沿いではあるものの
清水町御影にうつってからは
初めての訪問でした。

11時開店のところ、11時15分くらいに
行ったのですが、すでに何人ものお客さんで
賑わっておりました。

さすが人気店。

揚げ物のアブラのよい香りに包まれながら
カウンターに腰を下ろして

ヒレカツカレーと迷ったのですが
最初ということで

まずはカツカレー(ロース)をオーダー。

十勝でお店に入った時の定番である
「十勝毎日新聞」を読み

十勝情報を仕入れながらも
待つことしばしで登場しました。

まずは、横長で深いお皿に
盛られた大量のライスとカツ

そこに溢れんばかりに盛られた
茶色い定食屋さん風のカレーで

普段はルーから行くのですが
ルーから行ったら、溢れそうです。

ということで、慎重に
ルーがたっぷりとかかったカツをまず一口。

サクっと。





これは、

これはウマいっす。

ルーは、しっかりと野菜や肉のエキスが染みこんだ系で
コクと深みがしっかりあって
まろやかなのだけれども、

あとからじんわり汗をかくタイプ。

そういえば、メニューを見たら
カツカレーでないカレーは
「インドカレー」と書かれていましたっけ。

そうそう喫茶店とかで「インドカレー」と書かれていると
こういうカレーが出てきましたよ。

なつかしー。
しかも、きちんとした誠実な味で

とんかつやさんの、カツカレーです。


しかも、キツネ色で肉厚のカツは
そんなに衣がピンっと立っていて
エッジきいてる感じではないのですが、
噛みごたえも軽やかで
サックサクな感じですし

歯でかみ切ったあとにもぐもぐしていると

次々と、肉滴が溢れ出てきます。

カツを一片食べたあとで
カツの断面が目に入っていたのですが

脂身なんか薄い桜色に輝いていまして
グルメ番組でお目にかかれるような
理想的なカツの断面です。


ハンバーグカレーを食べる時などに特に実感をするのですが
トッピングされた料理から溢れ出る肉滴と
カレーがまざったところで
旨さが累乗されるところというのが
タマらないのですが、

実はそれは、ハンバーグかれーだけではなく
カツカレーでもこれがキモになるんだなぁ、
ということを、再確認したのでした。

てなことを考えながらも
夢中になってほおばりながら
一気呵成でコチソウサマでした。

ふー、大満足っス。


と、満腹をさすりながら
僕の後、新規で来たお客さんのオーダーを聞いていると

「ヒレカツカレー」「ヒレカツカレー」などと
口々に言っているので


再訪した時は
是非「ヒレカツカレー」を。


ってか、メニュー多すぎて
目移りしながら
ウレしい悲鳴をあげそうです。

創業39年の秘伝ソースが激うまだという
評判も聞いていますから、尚更です。

かえすがえす、もう少し富良野に近ければ…

無念。


職場の同僚一押しなのが
よくわかりました。


☆「とんかつのみしな」
(清水町字御影南1線57番地43)
◇営業時間◇11:00~21:00〔オーダーストップ20:30〕
◇定休日◇水曜日 ◇駐車場◇ あり




☆「スープカリー専門店 木多郎 網走 呼人店」
(網走市呼人389-4)

網走湖畔から天都山にかけては
「やまね工房」といった
カワイイぬいぐるみを作るお店をはじめ
隠れて、気の利いたオシャレなお店が多い
一角でありますが、

JR石北本線呼人駅からほど近く
網走湖畔の国道から天都山へと
登っていく入口にあたる場所にある
こちら、木多郎 網走 呼人店 さんも
一見すると、小ぢんまりとしたログハウス風で
オシャレな趣の一軒であります。

中にはいると、細長い店内で
テーブル席が何席からという作りでして

そんなに大きいお店ではないですが

だからこそいい感じ。

内装も木を生かして暖かみを感じます。

そもそも、「木多郎」という店名にも
そんなメッセージがあったような気がします。

ってことで、テーブルの上にあるメニューを実ながら
オーダーを迷うことしばし…

せっかく、網走まで来たんだから
木多郎の中でも網走の2店
(呼人店と駒場店の2店、出店しています)
でしか食べることができないメニューを。


でも、今は、カニとかカキとか
シーフードって気分じゃないなぁ…

と、いうことで、オーダーしたのが
生ラムステーキスープカレー。
辛さはここから割り増しの+50円の4番をオーダー。


まつことしばしで

じゃーん。

登場しました。

明るいオレンジ色の
非透明系のスープを

まずはすくって
ぱくっと、一口。



を?


ヲヲヲヲ?


これは

ウマいっスね~。


そして


濃いっスね~。


まずは、スープ自体が
すごくとろっとしているところがたまらんです。

そして、そのトロ味の原因というのが
このあとジワジワとくる
トマト由来のウマ味です。

そんなフマ味が、うそっ!てほどでていて
濃縮されているのが
トマトケチャップをはじめとした
トマトベースのソースのウマさにも通じています

しかも、そんな旨みがストレートで来たあとに
じわっと、しかも確実にやってくる
スパイシーな感触が、なんとも刺激的で

ウマ味と刺激の波状攻撃に
翻弄されっぱなしです。

具も、看板のラムステーキが
これまた、うそっ!てほど一杯はいっていまして

ラム独特の野趣に富んだ風味が
濃厚スパイシースープとベストマッチ。
中央がほんのりと桜色って感じの
絶妙な火の通し方も、これまたいいですね。

にんじんや・ピーマンや・ナスといった
脇役の働きも見逃すことができません。

ウマイウマイいいながら食べ進み
ふたたび、メニューに目をおとした時に

ベーコンエッグのカレーに
目がいきました。


いやー、このスープだったら
フワフワ卵とか、合うだろーナー。

卵トッピングできたら
もっと幸せになれたのに

と、思いつつも、
最後にはいつもの残ったスープにライスを投下して

一気に喰いきって

ぷっはー

ごちそうさまでした。

気がつくと、すっかり
汗だくになっていました。


そんな火照った体に
夜風がキモチいいもので

車に乗り込んだ直後に、流れてくるラジオが
土曜日夕方のお楽しみ
「 Suntory Saturday Waiting Bar AVANTI」でして

この時にたまたま
「ラーメンにトマトを入れたらウマい」なんて
お話をしていまして

木多郎の直後ということで

思わず大納得をしてしまったのですが




☆「スープカリー専門店 木多郎 網走 呼人店」
(網走市呼人389-4)
◇ 営業時間◇11:30~15:00/17:00~22:00〔火・水以外〕
11:30~15:00〔水曜〕
◇定休日◇火曜  ◇駐車場◇ 有り




☆「JICA帯広国際センター レストラン」
(帯広市西20条南6丁目1-2)

自分がコミュニティーFMの番組を担当しているせいもあるのですが
よその地区に行ったときにも
お気に入りのラジオ番組の時間帯でなければ

つい、コミュニティーFMに
チューニングを合わせてしまいます。

この前日には「FMオホーツク」を聞きましたし。


さてさて、土曜日の昼頃、帯広を走っているときには
「FM JAGA」を聞くことが多く

番組は「Hello! JICAfe」のことが多いのです。

この番組はJICA帯広国際センターの提供で
JICAの事業で海外へ行った人とか
日本に来ている外国の方とかの
体験談などを聞くことが出来る希有な番組です。

そんな番組内で、いつか「JICA帯広国際センター レストラン」の
話題をされていまして、

その時から、気になっていたのです。

と、いうことで念願叶って
訪れました。

かつて畏友GMクンと「広島vsヤクルト」を観戦に行った
帯広の森の一角に国際センターがあり

そのなかのレストランで
一般開放もされているお店なのです。

三連休の中日ということもあり、
公園の森の中では楽しそうな家族連れが多くて
いいですね。

そんな空間を通り過ぎると
瀟洒な建物がありまして

そこが帯広国際センター。

手前のガラス張りのところが
レストランです。

中にはいると、大きい窓からはいる陽光の明るい店内で
外国人の方が、食事をされたりしているほか

何組もの談笑している上品そうなお客さんがいて
なかなか良い雰囲気です。

メニューの下にあるプラスティックの札を持って
入口でお金を払い、

呼ばれたら取りに行くというのは
さながら社員食堂の趣ではありますが

嫌いではないです。

平日朝の営業時間とかを考えると
職員とか研修生の食堂という
側面もあるのでしょう。


で、メニューにチキンカレー・ポークカレー・グリーンカレーが
ありましたが、

せっかくのJICAですから
一番国際色豊かなグリーンカレーをオーダー。

清潔そうなテーブルの前のイスに腰を下ろし
待つことしばしで呼ばれまして

トレーを片手に取りに行きましたら

をを

このビジュアルは
予想以上に本格的。

と、いうのも
まずはどっさりと
パクチーやレモングラスが
入っているところとか

大ぶりの鶏肉や、焦げ目がしっかりついたなすが
見え隠れして

しかもその下には
抹茶ミルクのような
ライトグリーンのスープですから。

これは期待ですそうです。

ってことでぱくっと一口



を?

これは


じぃぃぃん


これはウマい。

まずは、ココナッツミルクの
マイルドな味が前面に来ていながらも

旨みやコクも申し分なし

そしてじんわりと効いてくるスパイスの刺激が

なかなか好みのバランスで
たまりまへん。

しかも、具材に入っている

鶏肉やナスは
噛めば噛むほど、味が出てくる感じの
素材自体の味も楽しめる
しっかりとしたもので
農業王国十勝の名に恥じるものではないし

個性的なカレーとの相性もバツグンです。

そんな鶏がゴロゴロとはいっているのも
肉喰ってる感を満足させてくれて
ウレシイです。


しかもスープをすくっていくと、
シャクシャクな歯ごたえがウレシく
しかも味もしっかりとしたタケノコとか

カレーの甘みをいい形で盛り上げている
玉ねぎなどの具材も
次から次へと登場をして

これはもりあがります。


しかも、食べている途中で
レモングラスとかパクチーが口にはいると

一気に気分は
東南アジアへと飛んでいってしまいます。


帯広の小高い丘の上にある
閑静な森の中にいて穏やかな昼下がりをスゴしつつ

口の中だけ東南アジアだなんて


こんな異文化体験は
はじめてですよ。


いいっすわー。


最後はいつもの通り
ライスを投入して、一気に食い尽くします。


いやー、サイコーっスね。


食べ終わっているときには
うっすらと汗をかいているのも
ワタクシクオリティー。


ゆったりとした昼下がりを過ごすには
もってこいのステキなスペースということで

再訪して、別のカレーメニューに行くか

さもなければ、「ナシゴレン」もあったので
今度はこちらをチャレンジして
みましょうか。



☆「JICA帯広国際センター レストラン」
(帯広市西20条南6丁目1-2)
◇営業時間◇11:30~14:00/17:30~20:30
〔平日のみ7:30~8:30も営業〕
◇定休日◇なし  ◇駐車場◇ 有り




☆「アジア金星堂」
(北海道旭川市東5条11丁目2-1)

遠出をしたとしても、
最後に買い物のために旭川へよりますと
やはり、昼飯はカレーです。

まぁ、旭川でカレーといえば
こちらしかないでしょう。

といったわけで向かったのが
アジ金でした。


車を駐車場に止めて
いつもの「キュウキュウニョリツリョウ」の席に座って

何喰おうかな~などと考えを巡らしている時に

前日食べた、JICAのグリーンカレーを思い出しました。


「また…、ココナッツミルクのカレーを食べたい…」


と、いうことで、オーダーしたのが

ココナッツミルクの入ったスープカレー(アジ金流に言うと、スゥプカレェ)
「ローツェ・チキン」でした。


前回こちらを訪れた時は「キーマオリジナル」「
その前が「ムルギー」
その前が「札幌スゥプ」
その前が「給食のカレー&タコライス」で
さらに前が「札幌スゥプ」に
さらに前が「ジパングカレーのハロハロ」ってことで

実はこのブログにカレー食べ歩きのことを書いてからは
初登場かもしれませんが、

カレー友達の 畏友GMクンも、畏友P氏も
ココナッツミルクすきなので

寝釈迦時代から一緒に
注文をしていたメニューであります。


と、いうことで、前回にこちらを訪れた時から引き続き
田中圭一さんのマンガを笑いをこらえながら読みつつ
待つことしばしで

いつもの良い香りとともに登場しました。


オレンジがかったスープで
独特のスパイス遣いの香りにくわえて
ほんのりとアマい香りが
ミックスされて




いいですね~。

このコントラストがいいのですが

上澄みのように赤いつゆが
染み出てくるところってのも
札幌すぅぷなどと変わらずに
いいです。

タマリマセン。


ってことで、まずは一口

ぱくっと



んっ?



ヲヲヲゥ!


じぃぃぃん。



これっスよ。

こちらの穏やかで
お袋のアジのような落ち着けていながらも

独特でだからこそ僕を魅了する
スパイス遣い。

しかも、スープのベースがココナッツミルクということで
ほんのりと甘いのです。

だから落ち着ける分が最初にやってきます。

ウマイウマイいいながら
するすると食べられる感じです。

が、アジ金のカレーをあなどってはいけません。


丁寧に調理をされた具材のアツアツさと
スパイスの刺激によるアツさは
各メニュー共通のこと。

油断をするとヤケドしますぜ。


前回いただいたキーマのように
粗挽きされたスパイスが
表面に大胆に散らされている感じでは
ないのですが
穏やかに優しくも、ウマくて刺激的に
独自の使われ方をしているスパイスが
カレーをもり立てているのは
変わらずに、

しっかりとどんどん汗が出てくる感じが
カレー喰ってる感を満たしてくれます。


そんなスープを引き立てている
骨離れの良いチキンも
肉の旨みがシッカリとしたジューシーな代物。
にんじんもホクホクだし、
じゃがいももピーマンも
北海道の秋のお野菜だーってかんじで

こんな野菜やスープに
もやしのしょりしょりとした食感も
たまりませんな。

そんな野菜とかの食感のアンサンブルも絶妙。
ウマイウマイいいながら
ワシワシと食べ進めてしまいますよ。


ってことで、最終的に
いつものように、残ったスープに
ライスを投入、

いっきにかっこむをやりまして


ふぅ。

大満足でアリマス。

あとキーマがレギュラーメニューになったという
アジ金ファンには喜ばしい
メニューの改訂があったというニュースも

ファンとして特筆をしておきましょう。

やっぱりアジ金はやめられんですバイ。





☆「アジア金星堂」
(北海道旭川市東5条11丁目2-1)
◇営業時間◇11:00~14:00、17:00~21:00(売り切れ次第閉店)
◇定休日◇火曜日、第1第3水曜日 ◇駐車場◇有り







あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

10月19日 札幌つどーむ G-14「東行本舗」です
先日当ブログで語った通り
「駅弁ひとり旅」の6巻 双葉社 アクションコミックス
監修: 櫻井寛 作画 はやせ淳 を購入し
一気に読みました。

遠軽駅の駅員は
こんな言葉遣いしないよな~
とか、
(ひょっとして深川駅の売店のオバちゃんは
こんな言葉遣いするのかな?)
「いただきまふ…むん」とか
「おぃひぃぃ」という感想は
いかがなものか?
などのツッコみどころこそあるのですが
(ま、「極道めし」のアクションコミックですからね
あ、ボク「極道めし」は大変面白いと思っております。
大好きです)

遠軽の「かにめし」も富良野の「とんとろ丼」も
両方とも超オイシソウですし
瞰望岩を登ったり、カムイコタンを自転車で走るエピソードは
なかなか微笑ましかったこともあわせて
面白く読ませていただきました。

さて、そんな話をしたのは
先々週、札幌で北見の「オホーツク塩焼きそば」を食べた感想を
のべたせいなのですが。

そんな「オホーツク塩焼きそば」をはじめとして
さまざまなB級グルメを取り上げた
集英社新書 田村秀さん著『B級グルメが地方を救う』を
先週は「富良野印度化計画」で紹介をし

その最後に

「あと、この本の第一四章は
「B級グルメ検定!」ですが
この中で、どのような問題が出されたのか
と、いうことにつきましては
また、来週のお楽しみであります。」

と言って、ブログにも書きましたが、

実は、富良野のB級グルメをめぐって
次のようなニュースが入ってきたので

急遽、そちらを紹介しました。



10月13日 オンエアー 第183回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」です。

富良野でカレーの情報を知りたければ

まずはこのブログ
「FURANO CURRY NET」ですが

その10月8日の記事です。

「パンパカパ~ン・・・ オムカレーランチ旗を管理している当研究会が、平成18年3月20日にメニュー化後、富良野オムカレー提供店に売った本数が、平成20年10月7日に10万本を達成しました!
食数で言えば、各提供店のランチ旗在庫本数をカウントすると10万食に未達ですが、7店舗からスタートした富良野オムカレーが、現在10店舗になり、約2年7ヶ月で10万本にに達成したことは嬉しい限りです。
来年3月20日の丸3年で10万本を目標にしていたので、それよりも早く到達できました! これも富良野カレーネットブログをご覧いただいている皆様をはじめ、富良野市民や道内外の関係者・マスコミ・カレーファンのおかげであり、この場を借りて、心よりお礼申し上げます。
仮に10万本を10万食とした場合、単価1,000円×10万食=1億円の売上げになりますが、恐らく、訪れたお客様全員がオムカレーを食べたことではないので、提供店にもたらした経済効果はそれ以上あるかと思います
また、夏の観光シーズンには、10店舗の提供店では対応しきれず、富良野オムカレーが品切れになる事態を招くなど、このようなロスをカウントすると、10万食はもっと早くに達成していたことが推測されます。
今後は提供店だけがクローズアップされることなく、カレーのまち効果が富良野農業・観光振興の一助となり、交流人口を増やす切り札として、地域経済の活性化に寄与(全体最適)するようになればと思います。10万本を達成したことに甘んじず、さらに提供店を増やしながら、「競争と連携」をもってさらに提供店を増やしながら、「競争と連携」をもって、おいしさへの追及(こだわり)、満足度を高めるサービス(おもてなし・ホスピタリティー)を提供店と共に進めていきますので、引き続き富良野オムカレーをはじめ、カレーのまち“ふらの”を温かい目で、ときには厳しい目線でご指導・ご指摘いただきながら応援・ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。」

とのことなのです。

富良野オムカレーの6箇条は

地産地消を訴えている内容がほとんどですが

中には
ランチ旗を立てるという
遊び心にあふれる一行がありまして

そのランチ旗が10万本出た
ということなのです。

まぁ、このメニュー化に取り組んだ10店舗にしても
例えば20食とか10食とかの
限定にしている店舗もあるので

食べたいのに食べられなかった人の数も含めると
やはりもう少し多くの人が
オムカレーを食べようとしたと言えますし

メニュー化をしていない店舗
(「めし家 あきら」の「オムレツカレー」をはじめ
「麦秋」「きゃらうぇい」「あるぷ」「山人」
などでも、それぞれ近いメニューがありますね)
で、「オムカレー」を注文したお客さんもいると

やはり経済効果は評価できます。


あとは他の新興B級グルメ同様
いかに、今以上に地元への浸透し
愛されるメニューになるか

そのために僕は
ブログで情報を発信するのに加えて
更に、何ができるのか

今後とも考えていきたいと思います。

ひとまずは、オメデトウございました。


あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787



10月19日 札幌つどーむ G-14「東行本舗」です
♪10月13日オンエアー 第183回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です

♪「涙 NAMIDA ナミダ」 平野綾
TV『ヒャッコ』Ed

歪んだシンセの音や、みっちりと詰まったコード進行や
ビシビシとなるビートに乗って響く
聴くからにトランスの文法で作られた曲に
マイナー進行で切なげな旋律と
歌詞だけ聴くと、演歌のテイストが入った
詞をぶつけるという、
今風でありながら、曲調と歌詞のなせるわざか、
どこか昭和~90年代の香りがする曲です。
こんな曲をも自分のものとして歌いこなす
平野さんの歌の力は、さすがです。
この曲は、今年の夏のナイスガールプロジェクトの一環で
ハロープロジェクト等にアーティストを輩出した
つんく♂さんのプロデュース曲なのです。
どうりで。
まぁ、今更トランスというのも
……なのですが…
彼の方法論は、その独自のリミックスとコラージュセンスに
泣きの入ったフレーズが散りばめられた
歌詞を組み合わせることで、
一時代をリードしてきた人ですからね。
予定調和的な転調も
安心して聴くことが出来ます。
ただ、平野さんの元気が弾けるようなナンバーが
ツボな人には、少々…かもしれません。
通算8枚目のシングルで、
発売当日は平野の誕生日であり、
バースデイリリースとなったそうです。
ということで、遅れましたが
お誕生日おめでとうございます。
今週のチャートでは、どこまでのばしてくるのでしょうか。




♪「sweet passion」 栗林みな実
ゲーム『君が望む永遠 ~Lastet Edition~』Op

ズーンと下腹に響くイキオイで
ウーハーを鳴らすような音色が
効果的に使われている、
これまたマイナーコードのクールな楽曲です。
BDがズンズンと四分音符を刻み
その上に乗るの楽器が16分で
ベースラインやリズム、
そのたコードに対旋律などと、
それぞれの役割を果たしていきながら
キッチリと刻んでいく伴奏に
麗しい彼女の歌声とか
奔放なギターソロが絡んでいくという
彼女の楽曲の特徴的が前面に出ている曲にして、
作曲の菊田大介さん的な曲であるのですが、
太い音や低い音も
システマチックに細かい動きをしているところとか
シンフォニックな香りがしますし、
イントロから、後奏にいたるまで
歌の後ろや、ギターソロの後ろなどで
通奏低音のように流れる一貫した旋律が
印象的に脳裏に引っかかってきます。




♪「Crystal Quartz」 藤田咲
「FURANO History Factory」10月のマンスリーパワープレイ
ラジオ『藤田咲の音がナル箱庭』テーマ

あどけない歌声とリンクするような
シンプルな歌詞を最初は歌っていて
その歌詞と声質が、
実にピッタリとハマっているのですが、
次第に声質をハッキリとさせてくるに従って
歌詞もそんな感じとなっていって
そして、サビの部分で朗々と歌い
しっかりとしたメッセージを伝えるという
そんな曲の構成が、
あたかも一人の少女の成長をも
思わせるようで、
かっこよくもあり、
ウマいなーと感じるところであります。
この曲構成は、まずは
彼女のウタのチカラがあってのことですが、
楽器の使い方も、洒脱な感じですし
様々な楽器の音を巧みに使っていて
最後にむけて盛り上げていくのですが
そんな暑苦しい感じや、
おしつけがましい感じがせず
あくまでも軽やかでさわやかなところが
聴いていて、好感の持てるところです。




♪「麤皮」 ALI PROJECT
 「わがたし悪の華」カップリング

弦楽四重奏の重厚なサウンドと
ハウスミュージックで多用される
低音などをビシビシとかまし、
歪んだ効果音のようにも響く
ギターの音や
切迫感を増す感じで迫ってくる
シンセの音群のかみあわせが、
文にすると不自然のようなのですが
調和して一つの世界を構築しているのが
アリプロの楽曲ですし
ここに、擬古典調の衒学的な歌詞を
三連符を自由自在に駆使しながら歌っていく
宝野アリカさんのボーカルは
こののうな曲世界を持つアーティスト達の
牽引者にして、元祖の風格です。
また間奏部分に、メジャーコードで
明るい曲調の弦楽四重奏を置くことで
より歌部分での雰囲気が
強調されます。
総じてカップリング曲よりも
趣味性が全面に出された濃い一曲です。




♪「永遠の恋」 榊原ゆい
ゲーム『かのこん えすいー』Ed

ストリングスやアコースティックギター
ピアノなどがフィーチャーされた
メジャーコード進行で曲がすすむ
ミディアムテンポのさわやかなナンバーで
明るくてハキハキとした歌声が
少々花にかかってかわいらしい感じを
醸し出しております。
ジャケットの写真では榊原さんは
ウエディングドレスを着ておられますが
聴くからに、結婚式の歌って感じです。
彼女自身、ブログで
「「永遠の恋」を聴いてぃる時は、
「ウエディングドレスを着るんだ」
「花嫁になるんだ」って
ず~っと幸せな気持ちに満たされていました。」
などとコメントをされております。
彼女は声優であり、歌手である以外にも
作詞作曲に加えて・ダンサーや振付師など、
多岐に渡って活動をしていまして
そんなところも
曲にあらわれているのではないでしょうか。






このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。



「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787


10月19日 札幌つどーむ G-14「東行本舗」です
2008.10.13 紅葉の時期に
FHF
十勝岳温泉などの紅葉は
このところの冷え込みのせいもあって
次第に里へと降りてきておりまして
あちらこちらで絶景を見せております。

職場に植えられている木も緑色からオレンジ色へと
鮮やかなグラデーションを見せていますが

これを見ると、京都で見た鮮やかな紅葉と
このグラデーションまでを絶妙に表現した
生麩の入ったお吸い物を

思い出してしまいます。

思えば、夏・冬のイベント以外で
本州へ行くことも
最近ではめっきりと減ってしまい…


京都、久々に
訪れたいな~と
思いますね。

そんな京都は、古都にして、観光の町でもあるとと同時に
学術の街でもあります。

10月13日オンエアー 第183回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

今回、四人のノーベル賞受賞者を
日本人〔南部さんは米国籍ですが〕出しましたが

南部さんが東大卒ということで
東大〔含む東京帝国大学〕卒業の受賞者が
京都大学〔含む京都帝国大学〕卒業の受賞者を
上回りましたが、

理系の分野に限っていうと
まだ京大卒の受賞者のほうが、多いです。

さて、そんなウンチクのひとつも出てくる
ノーベル賞ですが、

ダイナマイトの発明者として知られるアルフレッド・ノーベルの
遺言に従って1901年に始まった世界的な賞です。


物理学賞 ・化学賞 ・生理学・医学賞 ・文学賞 ・平和賞・経済学賞

〔経済学賞のみ、正式名称は
アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞です。〕

以上の6部門からなり、
それぞれが世界的な権威を持っています。

特に自然科学部門のノーベル物理学賞、化学賞、生理学・医学賞の
3部門における受賞は
科学分野における最大級の栄誉であると考えられています。

近年は医学・生理学賞と化学賞、物理学賞との
境界が曖昧な分野が増えてきています。

今回化学賞を受賞した方が、
医学・生理学賞で受賞するかと思った旨の
発言をされていますが、

そういうことです。

しかも、今回物理学賞も、化学賞も
複数の受賞者がおりましたが


複数人による共同研究や、
共同ではないが複数人による業績が受賞理由になる場合には、
一度に3人まで同時受賞することができるそうです。

また、基本的に個人にのみ与えられる賞ですが、
平和賞のみは団体での受賞が認められています。


賞金額は、2001年から現在まで
1,000万スウェーデン・クローナ〔概算で1億4000万円〕で
賞金の配分については、
受賞者が2人(団体)の場合は全賞金を折半。
受賞者が3人(団体)の場合は、
「1人ずつが単独の研究による受賞」
「3人の共同研究による受賞」
であれば1/3ずつ
「1人が単独、2人が共同研究による受賞」であれば
単独受賞の人物が1/2、
共同受賞の2人が残りの1/2
(1人あたり1/4)を得る形になり

物理学賞はこの形で賞金の配分がされると
マスコミで報道がありました。


選考をするのは物理学賞、化学賞、経済学賞の3部門については
スウェーデン科学アカデミー、
生理学・医学賞はカロリンスカ研究所、
平和賞はノルウェー国会、
文学賞はスウェーデン・アカデミーが
それぞれ行っていて、
受賞者へは賞状とメダルと賞金が与えられます。
ちなみに一億数千万円ものお金、税金はどーなると
思ってしまいますが、

日本居住者がノーベル賞受賞に際して受け取った賞金は、
日本においては所得税法第9条13号ホに基づいて
非課税となります。

これは湯川秀樹博士がノーベル賞を受賞した時、
賞金に課税されることに世論の反発が起こり、

1949年11月24日に、
「贈與(個人からの贈與及び個人以外のものからの贈與のうち、学術、技芸、慈善その他文化的又は社会的貢献を表彰するものとして交付する報奨金品を非課税とする」
と所得税法が改正されました。

湯川博士のノーベル賞が、所得税法をも
変えたのです。


さて

さて、一億数千万の資金はどこから来るのか。

これは、ノーベルの遺産をその遺言に基づいて
ノーベル財団が運営しています。

ただ、経済学賞は1968年に設立され(1969年から授賞)、
その原資はスウェーデン中央銀行の基金によります。

そのため、この賞は正式名称を
「アルフレッド・ノーベルを記念した
経済学におけるスウェーデン中央銀行賞」としておいて、
厳密にはノーベル賞には含めないそうです。


まぁ、日本人でまだ受賞者のいない唯一の分野でありますが


あと、現在は、受賞者が人の場合、
10月の受賞者発表時点で生存していることが条件とされます。
発表された後、12月10日の授賞式までの間に死亡しても、
いったん発表された賞が取り消されることはありません。


原則的にノーベル賞の選考過程は公表されていないので
「ノーベル賞の候補」というものは
公的には存在しないことになりますが、

「いつか受賞するだろう」と目される人物が
各分野に存在するのも事実である。

前々回くらいから今回にいたるまで
受賞をうわさされている村上春樹さんは

その代表例といえるでしょう。



授賞式は、ノーベルの命日である12月10日に、
平和賞を除く5部門はストックホルム(スウェーデン)のコンサートホール、

平和賞はオスロ(ノルウェー)の市庁舎で行われ
受賞者には、賞金の小切手、賞状、メダルが
それぞれ贈られます。

また、ノーベル賞受賞者は受賞後に
「ノーベル・レクチャー」と呼ばれる
記念講演を行うのが通例になっている。

その後、ノーベル賞受賞者はストックホルム大学や
ストックホルム経済大学などの大学の学生有志団体が
毎年持ち回りで行うパーティーに出席し、
そこで大学生らと希望する受賞者はさらなる躍進を願って
いっせいに「蛙跳び」をするのが慣例となっています。

ここらへんも、前回のノーベル賞日本人受賞者が
出たときに報道されたので
ご存知の方も多いでしょう。



さてさて、ノーベル賞の提唱者
アルフレッド・ノーベル〔1833~1896〕は
スウェーデンのストックホルム生まれ。

生まれたとき、父親は破産したばかりでしたが、
家族と別れてロシアで興した事業が成功。

1842年には父親の住むサンクトペテルブルグに向かい、
のちに親の事業を手伝います。

ここでの主な仕事はロシア軍を相手にした
機雷の製造・設置でした。

やがてクリミア戦争が起きると、
軍から大量の注文があり、大儲けをしますが、
1853年、戦争終結と同時に注文が止まったばかりでなく、

軍がそれまでの支払いも延期したため、
事業はたちまち逼迫。父は1859年に再び破産します。

また、ノーベルは父の会社を手伝っているときの
1855年に、知人の化学者が発明した爆薬
ニトログリセリンのことを知り
初めて実用化することに成功しました。

しかし、ニトログリセリンは振動に弱いのに加えて、
狙って爆発させることが難しいという欠点があるので、
起爆装置を開発し1862年に水中爆発実験に成功
1863年にはスウェーデンで特許を得ます。
が、翌年に爆発事故で弟エミール・ノーベルと
助手が死亡しノーベル本人も怪我を負います。


そして、さらを珪藻土にしみこませるなどして
刺激に弱い点を改良、

1866年に安全に使えるようにしたダイナマイトを発明します。
翌年ダイナマイトに関する特許を取得し。

1871年にはダイナマイト生産を開始します。
時にノーベル38歳のことでした。


ダイナマイトは工事現場での岩盤の破壊など、
作業の効率化を進めるものとして広く普及しましたが、
同時に戦争にも爆薬として使用され

これに心をいためたノーベルが
世界平和を願って設立。

と、いうのが、僕が読んだノーベルの伝記でした。

が、このあと、ノーベルは
武器製造工場を買収し
本格的に武器製造へと進出をします。

ノーベルが61歳のときでした。

現在もノーベルの名を冠する会社はヨーロッパ各地にあり、
爆薬製造や化学工業を行っています。

特にドイツにある「ダイナマイト・ノーベル社」は、
対戦車兵器パンツァーファウスト3や
ケースレスライフルG11用弾薬など、

現在も兵器の開発・製造を行っていますが。


そして、武器会社設立の翌年に
遺言状を書き、この内容が

ノーベル賞設立のきっかけとなります、

ただ、この遺言状が何通もあったり
内容が結構矛盾だらけだつたりで
相続執行人を悩ませるようですが

最後に書かれて、最終的に有効とされた遺言状に、
遺産を使って賞を作り、
科学技術、文学、平和など合計5部門に貢献した人物に
賞を贈るように記載されていました。

ノーベル本人はこの賞に名はつけていませんが、
これが「ノーベル賞」です。


そして、この遺言状を残した翌年

1896年12月7日、脳溢血で倒れました。

倒れる1時間前までは普通に生活して、
知人に手紙を書いていたのですが。

倒れた直後に意味不明の言葉を叫び、
かろうじて「電報」という単語だけが聞き取れたそうで
これが最後の言葉となりました。

急ぎ親類が呼び寄せられましたが、
3日後に死亡しました。

生涯独身、子供もなく。
死の床にも召使がいただけで、
駆けつけた親類は間に合わず、
誰もいなかったという

寂しい末路であったそうです。


ノーベルも波乱万丈の人生を歩みますが
ノーベル賞受賞者にも
受賞しなかった者にも

波乱万丈な人生が待っております。

なんてお話は
また来週であります。


ノーベル平和賞受賞者ダライ・ラマ14世の、
チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



来週もまた科学史のテーマでお話をする
「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
土日も勤務期間中が終わりました。

ィヤッフーっ!

ということで、
現在某所潜伏中であります。

いやー、昨日の温泉は
帰ってからシャワーを丹念に使ったにもかかわらず
まだ、湯の香がほんのり残っております。


いんやぁ、えがったぁ~


とはいえ、再来週から再び
土日も勤務期間へと突入をするのですが

トホホ。


ってことで、現在逃避行中の温泉については
また次回。

今回は
「土日もお仕事期間」中に足を伸ばした
温泉についてです。



まずは74湯目
大雪山白金観光ホテル。

こちらは、美瑛町は白金温泉の入浴施設の中でも
お湯の質が良く、しかも広々としているのに

若干、日帰り入浴の価格が高めに設定されているため
比較的すいておりまして
広い湯船でのんびりとしたい時には

お世話になります。


入った時は九月下旬
時間は午後五時前でしたが

気温はすでに五度程度。

ふーさぶさぶ
と思いつつ

こちら名物の長細い露天風呂にいったところ
僕も含めてお湯を楽しんでいる人は
2人しかおりませんでした。

しとしととそぼ降る雨の中の
露天風呂。
しかも、湯槽を満たすのは、
白金独特の、ほんのりと漂う湯の香と
濃い碧茶色のしっとりとするお湯、

ということで、なかなか風情がありました。


その後、美瑛駅前「そば天」で
びえい豚のカツ丼をいただいたのでした。

ウマウマ


続いて、75湯目は
お仕事中のオアシス
フロンティア フラヌイ温泉。

しかもこの日は
風邪のひきはじめであったということで
40分以上かけて丹念にヒャッコい温泉へと
つかりましたら。

2日で風邪は抜けました。

さすが、温泉パワー。


76湯めは
十勝岳温泉 湯元 凌雲閣

十勝岳はちょうど紅葉で鮮やかな時期。
今が一番の見ごろでして
車を走らせながら、こちらの露天からの眺望を
期待していたのです。



が、



到着したら

ホテルのところまで雲が降りてきていて
すっかり温泉は雲海の中でした。


しかも、露天風呂の山側の湯槽は
フロンティア フラヌイ温泉の
しゃっこい温泉よりも湯温が低い状態。

ってことで、入るのは断念をしたのです。

お湯自体は、赤みがかった茶色が独特で
白いタオルとかつけたら染まってしまう
十勝岳でも、ここだけで入れるものが

巨石がインパクトある内風呂の湯槽にも
絶景がインパクトある露天の湯槽にも

たっぷりと満たされているのです。

ぬるめのお湯だったのに、

風呂から上がってから 身体がぽかぽかして来て
フラヌイとこちらと立て続けにたったおかげで
風邪が抜けたのかもしれません。


ただ、こちらも、白銀荘ほどではないですが

いつ行っても人でにぎわっています。



ちなみに今まで入った温泉については
左側の欄にある温泉三昧をクリックしてもらえれば
見ることが出来ます。

よろしければ。


ヌルく浅い温泉ヲタ(温い温泉と湯船の浅い温泉が好きという意味も可)
の、「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています
2008.10.11 群馬発
僕の母が里帰り分娩をしたため
ほとんど記憶はないのですが
僕は群馬で生まれました。

祖父母も、叔父さん叔母さんも
いとこも群馬に多いということで
行く機会も少なくありません。

ある程度物心がついたときから
祖父母の家へ行ったついでに
群馬のローカル線などに乗りに行くことも
ありました。

なかでもお気に入りが
わたらせ渓谷鉄道〔旧足尾線〕や、上毛電気鉄道とともに
「鉄子の旅」でブレイクした
偉大なる鉄ヲタ横見浩彦さんが、
全駅完乗完降をなしとげた
上信電鉄です。

上信電鉄は、JR高崎駅から
ネギとコンニャクで有名な下仁田駅まで
走るローカル鉄道です。

祖父の家に行くときには
上信電鉄のバスにお世話にもなったのですが


初めて高崎駅の0番線ホームにたったときの感動と

その沿線の景色や風情のある駅は
今でも鮮明に思い出されます。

そんな光景に、富岡製糸場とともに
とくに印象深いのが
「マンナンライフ」の工場と大きなタンクでした。

そのときは
さすが、こんにゃくの群馬県、スゴいなぁ

としか思ってなかったのですが

こんな騒動になるとは…



毎日新聞の記事です。

「自民党の消費者問題調査会(会長・岸田文雄前消費者行政担当相)は10日午前の会合で、窒息死亡事故が相次ぐこんにゃくゼリーについて、形状などを規制する議員立法の策定に向け検討に入った。のどに詰まりやすい形状のほか、子供や高齢者が食べないよう警告する外袋のマークの表示方法などについて規制する方針。
 同ゼリーをめぐっては、兵庫県内で1歳10カ月の男児が9月に死亡していたことが明らかになり、窒息死事故は95年以来、計17件に上る。厚生労働、農林水産の両省は業界団体などに形状と警告表示の改善を指導しているが、規制する法律はなく業界団体やメーカーの自主規制に任されているのが実情だ。
 こんにゃく加工品メーカー「マンナンライフ」(本社・群馬県)は7日、男児の窒息死事故を受け、ミニカップ入りこんにゃくゼリー「蒟蒻(こんにゃく)畑」の製造中止を決めたが、他メーカーにはこうした動きは広がっていない。」


こちらも同じく毎日新聞の記事ですが
少々前のものです。

「幼児がこんにゃくゼリーを食べて窒息死した事故で、国民生活センターは30日午前、死亡したのは兵庫県の男児(1歳10カ月)と発表した。こんにゃくゼリーによる死亡は17人目で、昨年10月に業界団体が表示改善して以降、初の死亡事故。再び死者が出たことでこんにゃくゼリーの安全性を問う声が高まるのは必至。行政や業界の対応の不十分さを指摘する声も上がっている。
 同センターによると男児は7月29日、祖母宅でおやつに凍らせたこんにゃくゼリーを食べた。直後にのどに詰まらせ、病院に運ばれたが脳死状態になり、9月20日に多臓器不全で死亡した。
 食べたこんにゃくゼリーはマンナンライフ(本社・群馬県)の「蒟蒻(こんにゃく)畑マンゴー味」。ハート形のミニカップに入っていた。同社のこんにゃくゼリーは96年と05年に死亡例がある。
 こんにゃくゼリーをめぐっては、同センターが昨年7月、死亡事故が相次いでいることから販売規制の検討を関係省庁に求めた。これに対し、厚労省や農水省などは業者に再発防止の指導を行う一方、消費者にも注意喚起をしていたが、規制についてはいずれの省庁も「法律の対象外」としていた。
 一方、業界団体の全国菓子協会など3団体は昨年10月以降、子供と高齢者が食べないように警告する統一マークを商品に表示することを決めた。こんにゃくゼリー自体の形や硬さには「基準を決めるのは困難」として改善策は見送られていた。また、凍らせると詰まりやすくなるという注意表示をつけている商品もあるが、「蒟蒻畑」にはなかった。
 米国や欧州連合(EU)、韓国ではこんにゃくゼリーの回収や販売規制などの措置が取られている。
 国民生活センターの島野康理事は「これだけ大勢の人がなくなっている。政府で何らかの規制、対策を考えるべき」と話している。
 マンナンライフによると、男児の父親から8月12日に事故の連絡があったが、具体的な対策は取っていなかった。同社品質保証室の茂木克己室長は「事実関係をきちんと確認しないと、行政などに通報できないと考えていた。事故を真摯(しんし)に受け止め、より分かりやすい表示に改良したい」と話している。」


こちらは同じ時期の産経新聞の記事です。

「こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせた兵庫県の男児が死亡した事故を受け、野田聖子消費者行政担当相は2日、男児が食べたゼリーを製造した業界最大手、マンナンライフ(群馬県富岡市)の鶴田征男会長ら幹部3人を内閣府に呼び、警告表示の見直しなど今後の対応について説明を受けた。子供や高齢者が食べないよう警告する表示が小さい現商品の自主回収について、同社側は「検討させてほしい」とした。
 野田担当相は冒頭、「事故は痛ましいこと。(こんにゃく入りゼリーで)17人もの命が奪われ、前政権からゆゆしきこととして取り組んできたが、今回また犠牲者が出たことを厳しく受け止めている」と話した。
 野田担当相は、ゼリーの形状について、のどに詰まらせないようなものに変えることも要請。同社側は将来的に、事故のあったミニカップタイプの製造を中止する考えを示したという。」

この要望についての受け入れが困難である
とのことで、コンニャク入りゼリーの製造中止が
決定したニュースも先日流れました。


お亡くなりになった方と、関係者の方には
深く、ご冥福をお祈りしたいと思います。


これは以前の
「J-CAST」の記事です。

「こんにゃくゼリーで11人死亡 外国で禁止なのになぜ放置

07年に入り、こんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせ、7歳の男の子2人が死亡していた。国民生活センターが2007年5月23日こんな事実を発表した。1995年以降、11人も死亡したことになる。EU、韓国、米国ではゼリーへのこんにゃく使用をすでに禁止している。日本ではどう対応してきたのか。
同センターによると、過去にこんにゃく入りゼリーをのどに詰まらせて死亡したのは、68歳以上が3人、40歳代が1人、6歳が2人、2歳以下が3人。最近では1999年が最後だった。ほかにも死亡には至らなかったが、のどを詰まらせ病院に行き、後遺症が懸念されたケースもある。
こんにゃく入りゼリーは、一口サイズのものが1991年ごろから出回り始めた。同センターによると、現在ではほとんどが一口サイズのものだが、今回の2件の死亡事故のゼリーのサイズとメーカーは調査中だ。
「子供や高齢者は控えるべき」など8回の注意喚起
 95年に1歳6カ月の男の赤ちゃんが死亡して以来、同センターはこれまでに7回の注意喚起を発表していた。「続発!一口サイズのこんにゃく入りゼリーによる死亡事故」(1996年6月)、「ソフトタイプこんにゃく入りゼリーでも窒息事故 幼児には与えない方が無難」(97年9月)など。2006年11月が直近で今回が8回だ。今回は「子供や高齢者に食べさせることを控えるべきである」とし、06年の「幼児等には与えない方が良い」より踏み込んだ。
メーカー側はこれまで、のどに詰まらせる可能性があることを伝える注意表記を目立つようにしたり、ゼリーの大きさや、通常のゼリーより硬いとされる硬さを変えるなどの対応をしてきた。しかし、従来より柔らかくしたタイプでも後に死亡者が出た。同センターは「いくら改善努力をしてきたとしても、死亡者が新たに出たという結果責任は大きい」とメーカー側の対応にいらだちを見せている。
ようやく全面禁止も含め検討
こんにゃく入りゼリーは海外へも人気が広がったが、米国などで死亡者が出たことを受け、EUは03年にゼリー菓子へのこんにゃく使用を禁じた。同じころ韓国でも同様の措置が取られた。米国でも、事実上流通しないように当局が注意を呼びかけている。
同センターは「国や業界団体と協議しながら、全面使用禁止も含め、検討する必要がある」と今回の約8年ぶりの死亡事故を重く見ている。EUが禁止措置を取った03年ごろは、日本では1999年以降死亡者ゼロが続いている時期でもあり、大きな動きにはならなかったが、今回は違うという姿勢だ。
あるメーカーの担当者によると、約8年間も死亡事故の報告がなかったことで、改善を目指す姿勢に気の緩みがあった。
別のメーカー担当者は「そのまま吸い込む食べ方に問題がある。表示で注意は呼びかけているが、最近は大きな事故がなかったことで、消費者の側も気の緩みがあったのではないか」と、まるで消費者が悪いといわんばかりのコメントをする。子供や高齢者は、食べやすい大きさに切って、よくかんで食べて欲しいとも訴えた。全面禁止措置の可能性についてきくと「メーカーの中でもゼリーの形状などの工夫を徹底する社も改善が不十分な社もある」と一律の「悪者扱い」に不満そうだった。」

とのことです。


このような以前からの指摘に対して
措置を怠った会社の責任を
今回の死亡事故で問うような
論調を多く目にしました。

また、この記事を基本として
論調をすすめている記事もありました。

ただ、この記事の内容
>EU、韓国、米国ではゼリーへのこんにゃく使用をすでに禁止している。

というところについて

EUのうち一部の国で禁止されているだけ、
アメリカの一部の州で禁止されているだけ
それをあたかも
EU全体、米国全体であるかのように表現するのは
なんらかの意図がこめられている。

と、検証をされている人もいます。


また、今回の記事について

ほかの危険な食品による同様の事故のデータと比較して
コンニャク入りゼリーの危険度を
検証されている方もいるので紹介します。


「もちは84倍危険」。GIGAZINE(10月1日)

「こんにゃくゼリー、また幼児死亡 対策取られず17人目」ということで「マンナンライフ」の「蒟蒻畑 マンゴー味」を凍らせたものを当時1歳9ヶ月だった幼児に与えたところ、死亡したとのこと。上記写真は搬送先の医師より提供された事故品の写真です。

主婦連合会事務局長である佐野真理子さんいわく「そもそも高齢者や子どもが食べてはいけないお菓子が流通していること自体おかしい」とのことですが、それならもっと窒息死の事例が多い危険な食べ物についても同様に検討すべきではないでしょうか。

というわけで、「こんにゃく入りゼリー」よりものどに詰まって死亡した件数が多い危険な食べ物を調べてみました。ベスト10は以下から。

厚生労働省:食品による窒息事故に関する研究結果等について

この調査は2008年1月から3月にかけて行われたもので、2006年1月1日からの1年間、消防本部および救命救急センターを対象として事故事例を調べたもの。なお、国民生活センターのデータによると、この期間において「こんにゃく入りゼリー」で死亡した件数は「2件」です。なので、2件よりも多いものを列挙することにします。

まず、消防調査では全部で432例あり、中身を大別すると以下のようになります。

もち:77例
ご飯(おにぎり含む):61例
パン:47例
あめ:22例
すし(食品成分表で分類できないのでその他扱い):22例
おかゆ:11例
だんご:8例
流動食(食品成分表で分類できないのでその他扱い):8例
カップ入りゼリー:8例
ゼリー:4例
しらたき:4例

次に、救命救急センターでは全部で371例あり、中身を大別すると以下のようになります。

もち:91例
パン:43例
ご飯(おにぎり含む):28例
すし(食品成分表で分類できないのでその他扱い):19例
だんご:15例
流動食(食品成分表で分類できないのでその他扱い):13例
おかゆ:11例
あめ:6例
カップ入りゼリー:3例

この両方を足した結果、明らかになった「こんにゃく入りゼリー」よりものどに詰まって死亡した件数が多い危険な食べ物ベスト10は以下の通り。意味がないような気もしますが、こんにゃく入りゼリーの2例と比較して何例かを計算し、何倍危険かも示してあります。

1位:もち(168例、「こんにゃく入りゼリー」の84倍危険)
2位:パン(90例、「こんにゃく入りゼリー」の45倍危険)
3位:ご飯(89例、「こんにゃく入りゼリー」の44.5倍危険)
4位:すし(41例、「こんにゃく入りゼリー」の20.5倍危険)
5位:あめ(28例、「こんにゃく入りゼリー」の14倍危険)
6位:だんご(23例、「こんにゃく入りゼリー」の11.5倍危険)
7位:おかゆ(22例、「こんにゃく入りゼリー」の11倍危険)
8位:流動食(21例、「こんにゃく入りゼリー」の10.5倍危険)
9位:カップ入りゼリー(11例、「こんにゃく入りゼリー」の5.5倍危険)
10位:ゼリー&しらたき(それぞれ4例、「こんにゃく入りゼリー」の2倍危険)

※こんにゃく入りゼリーの方が、ご飯などと比較して口にする割合が少ないので、「ご飯はこんにゃく入りゼリーよりもはるかに高い危険が食事のたびに付きまとっている」わけではないです。

で、堂々の1位となった「もち」ですが、窒息の原因を見てみると、もちは口にはいるときの温度は50度~60度でやわらかいのですが、体温に近い40度になると硬くなって付着性も増加するため、窒息の要因になると推察されていることがわかります。

「こんにゃく入りゼリー」の場合、冷やして食べる食べ方が窒息の一つの要因になると推察されています。

また、窒息死全体の年齢を見ると、65歳以上の老人と1歳~4歳の乳幼児が多かったとのことなので、それらの年齢の人についてはそもそも窒息しやすいという認識を高めていく必要性があるわけです。

主婦連合会事務局長である佐野真理子さんの「そもそも高齢者や子どもが食べてはいけないお菓子が流通していること自体おかしい」という発言はおそらくこういったデータをよく知らなかったがゆえに引き起こされたものです。

つまり、「65歳以上の老人と1歳~4歳の乳幼児にもち・パン・ご飯・すし・あめ・だんご・おかゆ・流動食・カップ入りゼリー・ゼリー・しらたきを食べさせると窒息死する可能性が高い」ということをより周知徹底することが先決であり、「マンナンライフ」に圧力をかけて「蒟蒻畑」を発売禁止にするのはお門違いです。「こんにゃく入りゼリー」を発売禁止にしても何も問題は解決しません。

なお、「こんにゃく入りゼリー」がことあるごとに叩かれて、「もち」などがあまり問題視されないのは、その食品が登場してからの歴史の違いにも原因があると考えられます。「正月に雑煮のもちをのどにつまらせて死亡」という黄金パターンのように、危険性がまだまだ周知されていないためであると推測されます。そのため、「こんにゃく入りゼリー」についてメーカーができることは、まさに地道な周知徹底作戦だけだと思われます。



なるほど

ちなみに、今回問題となったゼリーの外袋には

「警告
お子様や高齢者の方は、のどに詰まるおそれがありますので、食べないでください。」

と書かれているそうですが…

今まで、いろいろな記事を
可能な限り公平な視点をこころがけ
見てみたのですが

今回のコンニャク入りゼリーは
会社は「報告もれ」などのミスこそあれ
担当大臣までが、どのような意図を持って
発言されたのかはわかりませんが
どちらかというと、危険防止という観点よりは
スケープゴート的な役割を
背負わされてしまったみたいというのが

僕の今のところの感想です。

あと、冒頭に紹介した毎日新聞の記事ですが

「こんにゃく加工品メーカー「マンナンライフ」(本社・群馬県)は7日、男児の窒息死事故を受け、ミニカップ入りこんにゃくゼリー「蒟蒻(こんにゃく)畑」の製造中止を決めたが、他メーカーにはこうした動きは広がっていない。」

と、あるところに、
あたかも毎日新聞が製造中止をすることを
是としているように認識できて

少し違うのでは?と

前出の「J-CAST」の記事を読んだときと
同じ質の違和感を
持ってしまったのですが…。



認識違いなどありましたら
ご教示ください。


「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
☆「COFFE 我夢舎楽」
(富良野市日ノ出町2-3 2F)

先日の当ブログでも話題にしましたけが
先日購読した本「すごい駅弁!」は
オススメであります。

なんたって、最初に目に飛び込んできたのは
遠軽駅の隠れた絶品駅弁の「かにめし」です。

この写真と小林しのぶさんと矢野直美さんのお二人のお話。
そして、次に登場した
北見駅のこれまた隠れた絶品駅弁の「ほたて丼」の写真と
お二人の話を読むだけで、

これはいい本に違いない、と思い
速攻で買い、一気に読んでしまいました。

(同様の理由で、今まで立ち読みですませていた
「駅弁ひとり旅」も、最新刊に遠軽や富良野が登場しているので
それくらいは手元に置いておこうとか、
思っているのですが…)


さて、小林さんと矢野さんのお二方、
それぞれ単独の著書も読み応えがある本が多いので
あわせてオススメなのですが

矢野ちゃんこと、矢野直美さんの著書に
北海道新聞社出版局から発売された
「北海道のんびり鉄道旅」があります。

JR北海道車内誌に彼女がしていた
写真とエッセイの連載をまとめた本です。

彼女が北海道ない、あちらこちらを旅して
沿線の自然や観光スポットなどを
写真と文章で紹介しています。

その本の中で富良野へ来た矢野さんが
立ち寄ったお店ということで、
本の中で紹介されているお店が
「我夢舎楽」さんです。

先日出張のため、JRを使い旭川に行ったのですが
帰りの富良野線の中で、もうおなかはペコペコ
車内で「すごい駅弁!」とかを
読み直しているから、尚更なのですが…

で、ペコペコなお腹で
「すごい駅弁!」を読みながら
夕食どうしよう…、と思っているときに

すごい駅弁…小林さん…矢野さん…

そういえば、矢野さんが薦めていたカレー屋が
富良野駅前にある!

と、思って即決し、
駅を降りてすぐ左にある
店舗の階段をあがって
2階へとあがりましたら

木の扉がお出迎え。



現在富良野駅は駅前の整備中でして
かつての古い建物とかは
全部壊したのですが、
矢野さんが訪れたのは、そんな整備前で
店舗内にも、昭和の香りがぷんぷんと残る
アジのある様子が
写真を通じて伝わってくるのです。

が、この時おじゃまをした時
あたりを見渡すと、
かつての店舗で使われていた丸木でできた
机とか椅子とかを使われていたり

木張りの内装を貫かれたりということで

かつての雰囲気をよく残しているといって
よいのではないでしょうか。

無骨な丸木のいすに腰を下ろして
メニューを見ながら注文をしたのは
カレーとコーヒーのセット。

BGMの徳永英明に耳を傾けながら
待つことしばしで登場しました。

カレーとサラダが長方形のお皿にのっていますが
横4/5くらいがカレーとご飯
残りがサラダとサラダの上には
缶詰の白桃とミカンがのっています。

こりはウマそうだ。

ってことでまずは
赤っぽいルーを一口。





じぃぃん

王道の喫茶店のカレーに比べ
すごく優しい味です。
そして、ルーは
アマい印象を受けます。

スパイスの刺激よりも
その赤さの原因となっている
トマトととか、じっくりと炒められている
タマネギとかのエキスが
じんわりとでている感じで
そこにヤサシさを感じるのです。

また、かたまりの肉がゴロンと入っている
タイプではありませんが

肉のエキスもしっかりとルーにしみ出ておりまして
そこもウマさをもり立てる
役割を果たしております。

とにかく丹念に煮込まれたという
印象を強く受けまして

ウマイウマイいいながら
一気に食べてしまいます。

また、アマい印象をうけながらも
しっかりとカレーなので
そんなスパイスで満たされた口には
サラダや懐かしい感じの
缶詰フルーツが
いい清涼感を与えてくれます。

そんなことで、一気に食べ尽くしてしまいました。

でもって、食事も半ばにさしかかるころ
ビーンッという鋭いコーヒーミルの音。

食事の後には
かぐわしい
コーヒーが登場をしまして
そちらも堪能をしました。

「うちのコーヒーね、田中邦衛さんもオイシイっていってくれたんだよ」

そんなマスターのお話もアジのうちです。

下にあるデータの欄で
不定休となっていますが

前述の「北海道のんびり鉄道旅」で
矢野さんがインタビューされたところによると
その年は年に4日しか休んでいなかったそうです。

そんなコダワリもいいですね。



☆「COFFE 我夢舎楽」
(富良野市日ノ出町2-3 2F)
◇営業時間◇9:00~22:00〔6~10月〕
10:00~22:00〔11月~5月〕
◇定休日◇不定休 ◇駐車場◇ あり




☆「カフェ&ビストロ パニエ」
(富良野市北の峰町22-27)

どんなコンディションで、食事を迎えるかによって
店舗選びは、大きく選択枝が異なってくるのですが、

この日はとにかく、米と肉を食いたいーという
欲求がおおきかったのです。

しかも、前日は赤っぽいヤサシイ味わいのカレーを食べたので
今回は、もうすこしワイルドなカレーを
食べたーい。とも思ったのです。

そんな時にピンと頭に浮かんでくるのが
北の峰にある、パニエさんです。

なんていってもこちらは、
富良野産のタマネギをラードで3日間炒め、
野菜、果実、チーズに30種類のスパイスを加え、
隠し味に醤油がきいたコクのある黒カレー
を売り物にしているのです。


先日も「たまや」で黒いカレーを食べましたし

上富良野は国道沿いの「ウッディーライフ」や
富良野の超有名店「唯我独尊」など
オイシイ黒いカレーが多いのですが

そんな一件がこちらなのです。

建物内に階段があったり
死角になりそうなスペースがたくさんある
不思議な感じの店内に入りまして

富良野オムカレーにひかれましたが

今日の目的はあくまでもカツカレー。
早速オーダーをしました。

店内では常連さんが
元気にお話をされておりますが

そんなのに耳を傾けながら
待つことしばしで

香ばしいにおいとともに登場をしました。


たっぷりと盛られたご飯の上には
これまた大振りなカツがどんと鎮座し

一方には、パセリが散らされたコーンに、
富良野産の福神漬け、
大降りのフライドポテトの付け合わせが

そしてカツの上から付け合わせ野菜の逆側にむけて、
たっぷりのカレーがかけられています。

カレーの上には、ルーの色とのコントラストがあざやかな
生クリームが洋食のように散らされていて

ルーから、付け合わせから
全体的にゴマが散らされております。

久々のカレーということで
まずはルーから。

ぱくっ





じぃぃん。


久々の味は
炒めタマネギとかの香ばしさや
ふくよかさが際だっていますが
そのあとにすぐにスパイスの刺激が
追いかけてきまして。
口の中にコクとともにいっぱいに広がります。

これはウマい。

この香ばしさとスパイス遣いの粗さからくる
クセのあるワイルドな味わいと

生クリームが
絶妙なバランスです。

しかも、アツアツのカツが、ジューシーですし、
これまたクセのあるカレーによくあって
いいのですね。

散らされているゴマも
カツやライスにもきちんと働いて
いい仕事をしていますし


添えられたサラダも
新鮮野菜。

付け合わせも、コーンはすごくアマいですし
ポテトはたぶん普通にジャガイモを切ってから
揚げられたものでしょう。

こういった付け合わせまで
出来あわせですまさずに
オイしい富良野野菜で提供するというところに

お店の人のコダワリが見えて
ニコニコします。

こんな少々苦みばしったカレーには
コーヒーがよく会いそうだなぁ

などと漠然と考えつつ
満腹を抱えて
家路へとついたのでした。



☆「カフェ&ビストロ パニエ」
(富良野市北の峰町22-27)
◇ 営業時間◇11:00~22:00
◇定休日◇不定休  ◇駐車場◇ 有り







あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
先日、仕事の一貫で
札幌へ行った時に、
「さっぽろオータムフェスト2008」
の会場を覗きました。

行ったのは
新ご当地グルメが集まった西5丁目会場で

昼食時に訪れたこともあり
なかなかの盛況ぶり

同時に、同じ西5丁目会場で開催されておりました
Hokkaidoラーメン祭りともども
盛り上がっておりました。

なかでも、一番たくさんの人を集めていたのが
地元富良野の「らぁめん 支那虎」さんです。

ここのコゲ塩も、支那そばも、チャーハンも
全部、ウマいっスからね~

ただ、込んでいるのに加えて、
僕の家の近くにあるので、いつでも食べられる
ということで、パス。


また、「なんぷエゾカツカレー」は
「なんぷ亭」がお店を出しておりましたが
こちらも店舗で食べたことがある。

と、言うことでパスをして

気になっていた
北見のオホーツク塩焼きそばを
いただきました。

透明のパックごしに
まず目に入ってくる大ぶりのホタテ。

先日購読したメディアファクトリー社の
ナレッジエンタ読本12
駅弁女王 小林しのぶさんと、
フォトライター 矢野直美さんの共著
「すごい駅弁!」でも絶賛されていた
北見駅は「守屋」さんの
「ほたて丼」とかを思い出させてくれます。

こちらの話はまたいつか時期を改めて…

しかもこのほたてがぷりっぷりで
ウマいっスね~。

玉ねぎもアマくていい感じ。

しかも焼きそばをつつむオダヤカな塩味ってのが
なんともタマらんです。ハイ。


一気呵成に食べたあと
「こりゃー、売り上げもでるなー」
という感想を持ったのです。


さてさて、当番組でも
いろいろなB級グルメを取り上げてまいりましたが
こんな本を先日購入しました。


10月6日 オンエアー 第182回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」です。

本のタイトルは『B級グルメが地方を救う』 
著者は田村秀さん、
集英社新書 2008年9月発売の本です。

この本は、安価で美味しいローカルフード
いわゆるB級ご当地グルメを紹介しながら

いかにご当地グルメを地域振興に活用するか
という趣旨で書かれた本です。

著者の田村さんは、グルメライターとかではなく
自治体を取り巻く問題がご専門の新潟大学の教授で
あちらこちらを旅される機会があり
そこで珍しい食に出会ったことと

食を通じてその地を知り、
かつ、この食が、ご自身が研究されている
自治体格差などの問題に
応用できないか

といったことから
問題提起をされたのではないか
と推測されるのです。

序章にも

「本書では、全国各地のローカルフードを紹介し、どのような特徴があるかを明らかにするとともに、ローカルフードを活かしてどうすれば地域が元気になれるか、その方策を探ってみたいと思う。」

と書かれていて

オビには
「富士宮やきそばの
経済波及効果217億円

宇都宮市・浜松市=餃子、
静岡市=おでん、
福井市=ソースカツどんぶりetc…

地方経済を元気にする
B級ご当地グルメのスターたち!」

と、あります。

さて、
内容を見てみると以下の各章にわかれています。


序章

第一章  各地で盛り上がるB級グルメフェスティバル

第二章  三大焼きそばの街
     富士宮、横手、太田

第三章  実は十大焼きそば
       黒石、那須塩原、石巻、栃木、日田、新潟、北見…

第四章  餃子日本一はどこだ
       宇都宮、浜松、裾野

第五章  とんカツ列伝
       福井、駒ヶ根、会津若松、岡山、瑞浪、新潟
       訓子府、長崎、根室、加古川、越前

第六章  はばたけやきとり達
       美唄、室蘭、福島、東松山、長門、今治
       久留米、丸亀、新潟、釧路

第七章  身も心も温まるおでんの街
       静岡、青森、姫路

第八章  個性いっぱいのコナモン達
       岸和田、高砂、行田、大洗、山形

第九章  麺もいろいろ
       香川、北九州、盛岡、呉、広島、山形、富山
       徳島、須崎、伊那、名古屋

第一〇章 ご飯ものもいろいろ
       横須賀、鳥取、札幌、北九州、金沢、岡山、
       帯広、下呂、金武

第一一章 まだまだあるぞB級グルメ
       佐世保、函館、鹿児島、熊谷、龍ヶ崎、高岡
       芦別、舞鶴、呉、苫小牧

第一二章 B級グルメを科学する?

第一三章 B級グルメが地方を救う!

第一四章 B級グルメ検定!


と、続きます。

道内の地名も、
北見、訓子府、根室、美唄、室蘭、釧路、札幌、函館、芦別、苫小牧と
内容が想像つくものから?と思うところまで、
いろいろバラエティーにとんでおります。

またカレーも、第一〇章を中心に
「横須賀の海軍カレー」
「鳥取カレー」
「札幌のスープカレー」
「北九州市門司区の焼きカレー」
が紹介をされていました。

(富良野オムカレーについては、巻末付録の
都道府県別B級グルメの表と
第一章の第二回B-1グランプリの出展料理・団体のところに
名前がありました。)


まあ、章立てをみてもおわかりかと思いますが

ウエイトはB級グルメの紹介におかれていて
それはそれで面白く読めます。

ちなみに第一三章には14ページ裂かれておりますので
著者の意図は伝わってきますが、
そちらをメインで期待され読まれると
少々物足りなく感じるかもしれません。

が、この本を書くために調べられた参考資料が
巻末に載せされているのですが

それが、全国区の本だけではなく
地方出版社や新聞社の本から
HPにいたるまで幅広く紹介をされていて

こちらをあたると、それぞれの取り組みや
経済効果などといったものが
よくわかるのです。


中でも静岡新聞社は
「だもんで静岡おでん」新井由己 著
「餃子伝説」静岡新聞社 編
「ヤ・キ・ソ・バイブル 面白くて役に立つまちづくりの聖書」
渡辺英彦 著

といった、興味深い三冊もの本を
上梓しているということで

そんな新聞社の存在に
ウラヤマシサも感じたりします。




あと、この本の第一四章は
「B級グルメ検定!」ですが

この中で、どのような問題が出されたのか

と、いうことにつきましては

また、来週のお楽しみであります。




あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
♪10月6日オンエアー 第182回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です

♪「Trickster」 水樹奈々
『アニメロミックス』TVCM曲
TV『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2008年10月パワープレイ

水樹さんの楽曲というと
アップテンポの打ち込みビートに
トランス系のシンセサイザーがのっかるような
伴奏の曲が多いような気がしてましたが
こちらの曲は、
弦の音がビンビンと下腹に響き
重低音でソリッドなベース、
胴の響きが印象的で
時に刻む十六分音符のビートが
疾走感を出しているドラムに、
奔放なソロが光る
ギンとしたギターサウンドの
アンサンブルで構築される
直球のバンドサウンドで、
こんなスリーピースと水樹さんの
伸びやかで楽器みたいに美しく響く
独特のハリのある声が
よく調和をしているのです。
また、ギター・ベース・ドラムで作る
ブレイクのキレの良さと
水樹さんの歌声ののびやかさという
組合わせときたら、
水樹さんの歌声を引き立たせて、
かつ、カッコよく演出をしているという
一つの世界を創りあげていて
これまたタマリマセンな。
トランス系独特のひきつったようなシンセの音とか
アンバランスなようでよくまっちしている
派手なストリングスの対旋律こそ
ありませんが、
ピアノの音とかが効果的に使われていて
これまたいい感じですし
しかも、最後がアカペラで
朗々と歌いきって終わるって
これは、カッコ良すぎます。
水樹さんも、作曲の上松さんも、GJです。
ちなみに『Trickster』(トリックスター)は、
水樹奈々の18枚目のシングルで、
直訳すれば “詐欺師”ですが、
秩序の破壊・創造を担う神話的存在の意味だそうです。
デイリーチャートとかでの動きも良かったので
明日に発表されるランキングが楽しみでアリマス。




♪「ブルーウォーター」 白石涼子
「Hatch」カップリング


ワウワウとなる感じのギターの音色に
主旋を補うグロッケン
伸びやかなストリングスの対旋律
凝ったビートのドラムに
軽やかなベースラインといった
スウェディッシュポップの文法で作られた曲に、
うりょっちこと、白石さんのボーカルが
さわやかに響きます。
彼女の声は幅広い声域ながら少々ハスキーなところが
彼女が持つキャラクターである
明るさと元気さに通じるようで
すごく好感を持て魅力的です。
というか、うりょっちの声が
ただ単にスキなのですが
コーラスもサワヤカながら
大人な感じでいいですね。
サビ開けのバスドラのビートと
弦のピチカートに歌声が乗るってのは
少々新しいような。
この曲は、アニメ『ふしぎの海のナディア』の
オープニングテーマのカバーで
もと曲は森川美穂さんが歌われておりましたが
自分の曲のように歌いこなしています。




♪「Crystal Quartz」 藤田咲
「FURANO History Factory」10月のマンスリーパワープレイ
ラジオ『藤田咲の音がナル箱庭』テーマ

ピアノとストリングスと
アコースティックギターが、
切なげなイントロを奏でて
藤田さんのあどけない感じの声に
エレキギターのギュンという音がのったり
ドラムのフィルインが入ったりと、
楽器を次第に重ねていきながら
音を厚くさせていくのとは違う感じのアレンジで
次の展開が容易に見えないということで
ワクワクします。
ドラムのビートもそうですし
アコースティックギターや
エレキギターの音も
小出し小出しにしていって
ある意味じらされているような感じになり、
様々な種類音を聞かせることによって
この音が全部混じって
藤田さんの明るい声に導かれたら
という期待がだんだんふくらんできます。
というところで
印象的でカッコいいサビへと
突入をしました。
このカタルシスがたまりません。
しかも明るくあどけない感じの歌声の
藤田さんの歌声もただかわいらしいだけではなく
さび部分では、朗々と歌われ響いています。
歌もうまければ、曲の構成もなかなかやるものだなぁ
と思いました。
パワープレイでおつきあいしますが
聞くたびに新しい発見の
できる曲かもしれません。




♪「愛・おぼえていますか(デカルチャーエディションsize)」
ランカ・リー=中島愛
 「星間飛行」カップリング
 TV『マクロスF』挿入歌

「愛・おぼえていますか」といったら
僕が高校生の時、日曜の部活を早あがりして
(一日の練習であったとしても、午後は休んで…)
しかも親の目を気にして
居間にある24型のテレビではなく、
二階の小部屋にある16型のテレビで
隠れるようにして見た
そんな思い出に加えて
ボク自身もゼントラーディー人ばりの
カルチャーショックを受けた。
そんな「マクロス」シリーズ最大の
傑作ではないですか。
飯島さんバージョンは脳髄まで
しみこんでいるのですが、
こちらもピアノの音色や
シンセがポコポコとなる音色
ノイズっぽいザリッとしたグランジ感に
ちょっと未来っぽいアレンジこそあるものの
かつて、大画面で堂々とこの番組を見ることができなかった
そんな過去まで一気に思い出してしまいましたよ。
またアコーディオンっぽい音を
バックにしてのメッセージも、結構キます。
にしても、今週は「ブルーウォーター」に
「愛・おぼえていますか」って
さながらカバー特集ですね。




♪「傷だらけの夢」 高橋洋子
OVA『COBRA The ANIMATION ザ・サイコガン』Op

16分音符で鋭いカッティングを刻みつつ
少々ワウっているギターに
ジャジーな雰囲気が漂う
ベースとドラムという
路地裏を思わせるような
一聴するにアダルトな作品でありますし
要所要所ではいる
吹き鳴らされるホーンセクションでの
晴れがましいブラスの響きとか
ブレイク前に出てきて
これまたカッコよさを補っている
ティンパニーの刻みとか
ダルな音色ながら
鋭く吹き鳴らされる
テナーサックスのソロとか
とにかくカッコイイ要素が
これでもかこれでもかと
詰め込まれております。
こんなジャジーな曲に
高橋さんのジャズボーカリストのような
ハリと伸びがあり
圧倒的な歌唱力を誇るボーカルが
よくあうのです。
しかもサビでシャウトしている部分とかは
今までの高橋さんの曲で
見られなかった部分なのに加えて
スゴくハマって聞こえますので
これまた新しい出会いです。
『コブラ』生誕30周年を記念しての
アニメ化ということで
気合いがはいっていますが、
高橋さんの楽曲は、そんなスタッフの気合いに
負けず劣らずといったところでしょうか。
あと、アダルトな楽曲にマッチした
作詞をされているのは及川眠子さんでした
どうしても、高橋/及川作品というと
「残酷な天使のテーゼ」をはじめとした
エヴァ曲を思い出してしまうのは
ボクがそういう世代だからでしょうか。





このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。


10月のイベント決定しました。詳細は後日。
な「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
2008.10.06 生麦生米生卵
FHF
このあいだ、仕事を終えて
十勝岳温泉へと向かったのですが
山の木々は鮮やかに色づいておりました。

先週来、ぐっと冷え込んだせいで
一気に紅葉がすすんだような気がします。

朝起きて、気温が10度を切っているのは
あたりまえ。

こんどは、いつ氷点下になるのかなぁなどと
来る冬に対して思いを馳せてしまうのですが。


10月6日オンエアー 第182回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
放送を終えました。

先週まで、薩英戦争のお話をさせていただきました。

NHKの大河ドラマ「篤姫」では
「すいか、うまか~」
「シャンパン、うまか~」のシーンは
出てきませんでした。


残念。

ボクとしては、またお一(オカツ)だったころ篤姫が
大久保達にタイをふるまった時の
大久保達の感想
「こん鯛、うまか~」と言ったのは
このエピソードの伏線に聞こえてならず

笑いをこらえるの必至だったのですが…。



[何そのシーン?という方は
先週の当ブログをご覧ください]

さて、そんな薩英戦争の発端となったのが

生麦事件です。

生麦事件は、文久2年8月21日(1862年9月14日)に、
生麦村(現在の神奈川県横浜市鶴見区生麦)付近において、
薩摩藩主の父・島津久光の行列に乱入した
騎馬のイギリス人を、供回りの藩士が殺傷した事件です。


文久2年(1862年)、薩摩藩主島津茂久(のちの忠義))父・
国父、島津久光は、幕政改革を提案するために、
700人にのぼる軍勢を引き連れて江戸へ出向きました。

久光の提案により、井伊政権によって追放された
松平慶永や、徳川慶喜らの一橋派が
復権することになります。

が、この薩摩から江戸へ上がる途上で

いわゆる寺田屋事件が起きています。

当時の薩摩の立場であり
朝廷でも主流の考えであった
公武合体に不満をもった
尊王攘夷派の薩摩藩士や他藩の藩士、浪士の行動を
[公武合体派公家の襲撃計画など]
いさめるため説得をしますが、
ここから同士討ちが始まった。

これか寺田屋事件の概略です。

久光自身が、朝廷から不逞浪士を鎮撫するように
勅命を受けていたこともありました。

だから、単に薩摩藩の内輪もめといったような
簡単な事情ではないようです。


さて、そんなこともありながら
道中は順調にすすみ、文久の改革と呼ばれる提案も
受け入れられたということで目的を達し、
勅使[天皇の使い・代理]であった大原重徳とともに
京都へ帰る運びとなりました。
(大原重徳一行とは
日にちはずれていましたが。)


行列が生麦村に差し掛かった時に、
騎馬のイギリス人といきあいました。

横浜でアメリカ人経営の商店に勤めていた
ウッドソープ・チャールズ・クラーク、
横浜在住の生糸商人ウィリアム・マーシャル、
マーシャルの従姉妹で、香港在住イギリス商人の妻であり、
横浜へ観光に来ていたマーガレット・ボロデール夫人、
そして、
上海で長年商売をしていて、やはり見物のため来日していた
チャールズ・レノックス・リチャードソンです。

この4人はこの日、東海道で乗馬を楽しんでいました。


ちょうど事件が自宅前で起こったため
一部始終を間近に見た生麦村の住人、勘左衛門が、
事件当日に神奈川奉行所に出した報告書と

神奈川奉行支配定役並・鶴田十郎覚書と

そして当時イギリス公使館の通訳見習だった
アーネスト・サトウの日記をつきあわせると
おおむねこのような感じです。


行列の先頭の方にいた薩摩藩士たちは、
正面から行列に乗り入れてきた騎乗のイギリス人4人に対し、
身振り手振りで下馬し道を譲るように説明したが、
イギリス人たちは、「わきを通れ」と
言われただけだと思いこんだ。
「わき」といったところで、
行列はほぼ道幅いっぱいにひろがっているので、
結局4人は、どんどん行列の中を逆行して進んだ。

鉄砲隊もつっきり、
ついに久光の乗る駕籠のすぐ近くまで馬を乗り入れたところで、
供回りの藩士たちの無礼を咎める声に、
さすがに、どうもまずいとは気づいたらしい。

しかし、あくまでも下馬して敬意を表するという発想はなく、
今度は「引き返せ」といわれたと受け取り、
馬首をめぐらそうとして、
あたりかまわず無遠慮に動いた。

そのとき、数人の藩士が抜刀し、斬りかかった。

4人は驚いて逃げようとしたが、すでに遅かった。

リチャードソンは、肩から腹へ斬りさげられ、
臓腑が出るほどの重傷で、
桐屋という料理屋の前から200メートルほど先で落馬し、
追いかけてきた藩士にとどめを刺された。

マーシャルとクラークも深手を負い、
ボロデール夫人に、
「あなたを助けることができないから、ただ馬をとばして逃げなさい」
と叫んだ。

夫人も一撃を受けていたが、
帽子と髪の一部がとばされただけで、無傷だった。

マーシャルとクラークは、血を流しながらも馬をとばし、
神奈川のアメリカ領事館(本覚寺)へ駆け込んで助けを求め、
ヘボン博士の手当を受けることになった。

無傷のボロデール夫人が、まっさきに横浜の居留地へ駆け戻り、
救援を訴えた。


ちなみに公爵島津家編纂所編の『薩摩海軍史』によれば、
リチャードソンに最初の一太刀をあびせたのは奈良原喜左衛門、
さらに逃げる途中で抜き打ちに切ったのが久木村治休
落馬の後、介錯のつもりで止めをさしたのは、
井伊直弼を襲撃した有村次左衛門の兄、有村俊斎、
のちの海江田信義だそうです。
[ま、これは海江田が後に語った話でもあるのですが]


なお、当時近習番で、後に大蔵卿・大蔵大臣・総理大臣を歴任する
松方正義によれば、
駕籠の中の久光は「瞑目して神色自若」であったが、
松方が「外国人が行列を犯し、今これを除きつつあります」と報告すると、
おもむろに大小の柄袋を脱し、
いつでも自ら刀が抜けるよう準備をしたそうです。


これまでも、浪士による攘夷行動はありましたが
それはあくまでも個人的な行為
このような藩士が一斉に斬りかかるような事件は、
初めてでした。

こののち、英国公使館も動きますし
保土ヶ谷に止まった久光も
藩士を探索に出させたりしています。

が、その後
「浪人3.4人が突然出てきて外国人を殺してどこかへ消えた」
という報告書を幕府に出し、この十日後に
「足軽の岡野新助が異人を斬って逃げた。探索につとめている」
という、なんともナメた報告書を出しました。

実は、薩摩の大名行列一行は
江戸に到着して間もない時期に

江戸に来る時、すでに久光の行列は、騎馬の外国人に遭遇し
狭い東海道で、日本人の通行にはかまわず、
横に並んで広く場所をとり、不作法が見受けられる。
としていて。続けて、
「久光も少々のことには目をつぶれ、
と藩士たちに達してはいるが、
先方に目にあまる無礼があった場合は、
そのままにするわけにもいかない。
各国公使へ不作法はつつしむように達して欲しい」

と、訴えているのです。

それに対して幕府は
そういう達しはすでに出しているが、
言葉も通じず、習慣もちがうことから、
我慢して穏便にすませて欲しい」

というその場しのぎのもので、
実のところ幕府は、
「大名行列への不作法をつつしんでもらいたい」などという達しは
出していませんでした。

しかも、この後、イギリス政府と交渉をする時も
「なぜ薩摩の大名行列を知らせなかったのか」ということに対し

「勅使は高貴だが、大名は幕府の下に属するもので達する必要はない。これまでもそれで問題はなかった」と答えて、
「勅使より薩摩藩の通行の方が問題が起こる可能性が高いのはわかりきった話だろう」
と、イギリス代理公使のニールにつっこまれています。

このことは、幕府の統制が及ばない薩摩藩を、
「大名は幕府の下にあるのであり、
さらに島津久光は元藩主でさえない」

という国内[というか、幕府]のみで通用する
形式的な身分論でのみとらえてしまい、

その幕府の本音を外交上の重要な場面で持ち出してしまった。

これは、幕府側に政権当事者としての現実認識が欠けていい、
最初から「大名など身分が低く尊重する必要はないので、
無礼をはたらいてもかまわない」と認めてかかっているに等しいです。

この二枚舌外交にいわば、薩摩もイギリスも
翻弄されてしまったのです。

しかも、幕府はある意味自分たちの怠慢と無知が
事態を招いたにもかかわらず
軍勢を率い、勅使をともなって、
幕政に口を出しに来た島津久光に対して、
敵意をもっていたということもあって
この生麦事件の知らせに、
「薩摩は幕府を困らせるために、わざと外国人を怒らせる挙に出たのだ」
と受け止める幕臣が多数で、薩摩を憎み、
イギリスを怖れることに終始し、
対策も方針もまったくたてることができないでいた。
とのことです。

なんだか、今も昔も役所って…って
思いますね。


しかも、当然ですが
イギリスや薩摩にも非はあります。

当時、宣教の機会をうかがって来日していた
アメリカ人女性宣教師のマーガレット・バラは、
アメリカの友人への手紙に

「その日は江戸から南の領国へ帰るある主君の行列が東海道を下って行くことになっていたので、幕府の役人から東海道での乗馬は控えるように言われていたのに、この人たちは当然守らなければならないことも幕府の勧告も無視して、この道路を進んで来たのでした。そしてその大名行列に出会ったとき、端によって道をゆずるどころか行列の真ん中に飛び込んでしまったのです」

と書いたそうです。

アメリカ公使館は非公式の通知を受けていたか、
あるいは情報を得て、独自の判断から自国民に
警告を出していたのではないかとも考えられます。

また、こんなアメリカ人もおりました。

事件が起こる前に島津の行列に遭遇した
アメリカ人商人のユージン・ヴァン・リードは、
すぐさま下馬した上で馬を道端に寄せて
行列を乱さない様に道を譲り、
脱帽して行列に礼を示しました。

これを見た薩摩藩士側も
外国人が行列に対して敬意を示していると了解し、
特に問題にならなかったそうです。

ヴァン・リードは日本の文化を熟知していて、
大名行列を乱す行為がいかに無礼な事であるか、
礼を失すればどういう事になるかを理解していたので、
生麦事件の被害者に対して
「彼らは傲慢にふるまった。自らまねいた災難である」
非難する意見を述べています。

また、被害にあったリチャードソンについて
英国ブルース公使は、本国の外務大臣への半公信に

「リチャードソン氏は慰みに遠乗りに出かけて、大名の行列に行きあった。大名というものは子供のときから他人に敬意を表せられつけている。もしリチャードソン氏が敬意を表することに反対であったのならば、何故に彼よりも分別のある同行の人々から強く言われたようにして、引き返すか、道路のわきによけるかしなかったのであろうか。私はこの気の毒な男を知っていた。というのは、彼が自分の雇っていた罪のない苦力に対して何の理由もないのにきわめて残虐なる暴行を加えた科で、重い罰金刑を課した上海領事の措置を支持しなければならなかったことがあるからである。彼はスウィフトの時代ならばモウホークであったような連中の一人である。わが国のミドル・クラスの中にきわめてしばしばあるタイプで、騎士道的な本能によっていささかも抑制されることのない、プロ・ボクサーにみられるような蛮勇の持ち主である」

リチャードソンが、上海で活動していた時も
苦力に暴行を加えたり
していたなどの過去をふまえて
書かれています。

しかも、リチャードソンたちは、
「今日は島津三郎通行の通知ありたり。危険多ければ見合すべし」
と友人から忠告されていたという話もあるりまして

でも、出かけたのは、やはりナメていたところが
あるのでしょう。

また、前述し、生麦事件について
多くの証言を残しているアーネスト・サトウは

「……あなたの東方問題に関する長文のお手紙は大変私には興味がありましたが、それについて詳細に申し上げ、またリチャードスン事件についての情報を差し上げる時間はありません。あの当時の日記に私は註釈をつけて置きましたが、それらは舞台裏にいなかった十九歳の少年のものであります。私の記憶に最もなまなましく残っている事実は、他の人々全員に先んじてウィリスが単独で東海道を馬に乗って、負傷者が横たわっている米国領事館まで行き、そのうちの何人かが、おそらく襲撃に加わった、薩摩藩のサムライたちのなかを切り抜けたことです。彼が危害を加えられなかったという事実は、その場に現れたかも知れないすべての外国人たちを殺傷することが、島津三郎の家来たちの心中にはなかったこと、そしてリチャードスン殺害は双方の不幸な大失策であったということです。当時私が耳にしたのは、彼が馬の向きを変えたとき、島津三郎の駕籠に近過ぎ、どうかしてそれに触れたか、おそらく棒の先端に触れたかしたということです。しかし、これが実際に起こったとか、そして一行をサムライたちの怒りに曝したなどと私は主張する気はありません」

と書き残し、
まだ現役の外交官であるにもかかわらず
被害者に同情的な感想をのべてないのです。

以上に見るように、生麦事件は、
リチャードソン一行の現地蔑視からくる
礼儀を欠いた行動によって発生したもので、

上海におけるリチャードソンのふるまいにも
粗暴なものがあり事件を引き起こしていることから、
イギリス外務省も、内々には非を認めていたようです。

ただ、極東に進出していたイギリスのミドル・クラスの人々には、
現地の習わしをふみにじる粗暴なタイプも多く
[駐日イギリス公使ラザフォード・オールコックは
横浜の居留民社会を「ヨーロッッパの人間の屑」と表現していました]
上海の商人仲間におけるリチャードソンの評判は、
かならずしも悪くはなかったようです。
ま、ワルくて当たり前な世界では
多少ワルくても評判は下がりませんよね。

ただし、そうであれ、国益を第一に考えなくてはならない
イギリス外務省も、その指令を受ける在日イギリス公使館も、
横浜居留商人などの強硬論や
被害者家族の訴求が出てくると、
無視することはできなかったのです。

そして、薩摩のほうは薩摩のほうで

二太刀目をキメた、久木村治休は
「私ども薩藩の若侍は夷人となると切ってみたかったものだ。しかし、やたらに斬るわけにはいかない。実際、負傷外人が駆けて来た時は「御馳走が来たな」と思った」

と回顧録に書いている、というような話もあります。

薩摩から出て、初めて傍若無人に行動する多数の外国人を見て、
攘夷気分を昂ぶらせていた藩士も多かったわけで、
しかも当時、攘夷殺傷は一般に
英雄行為として称えられていましたから。

薩英戦争直前に
「スイカ、うまか~」で乗船したあと
「オイはヤツば切る」「オイはヤツば」と
誰が誰を切るか、相談していたことを
思い出させてくれるエピソードです。

しかも、この攘夷行動に対して

攘夷を歓迎していた東海道筋の庶民は、
「さすがは薩州さま」と歓呼して
久光の行列を迎えたそうです。
これは、事件当時戸塚の宿役人の、後年の談話です。

京都の朝廷にも攘夷の雰囲気が蔓延し
近代化を模索していた薩摩の思惑と
少々異なってしまうようでした。

が、こののちのイギリスとの交渉・決裂を経て
結局攘夷を捨て、イギリスと相互理解をし
近代化へと邁進し、倒幕の原動力となるという。

結果論ではありますが、生麦事件と薩英戦争は、
幕藩体制の矛盾と、徳川幕府の交渉能力の未熟さを、
諸外国に向けて露呈させるきっかけとなったのです。


歴史に「もし」はありませんが。

生麦事件が、薩摩の大名行列ではなかったら…

外国に高飛車に交渉に来られても
次藩の有利になるまで交渉し
そして交渉が決裂してのちはじめて戦闘をするという

「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」
という、クラウゼヴィッツの戦争論を
地でいくような戦いを展開した

薩摩ならではです。

しかも、戦争への備えも万全

結果も、外国のテクノロジーを見せつけられはしたものの
痛み分けという結果でした。
[イギリスがナめてたことも大きかったですが]


が、江戸時代幕末の諸藩に
薩摩ほどの万全の備えを持ち、かつ気骨があった藩は
ないでしょう。

[長州びいきの僕としては、長州と言いたいところですが
残念ながら、四国艦隊砲撃と薩英戦争を比べると
訓練された正規軍と野盗やゲリラの戦い
以上の差を感じてしまうのです…]



そんな薩摩と、不良外人の取り合わせ

しかも、不良外人もいれば紳士もいる、グレートブリテン
[アヘン戦争も国を挙げてイケイケという
わけではなく「国旗の栄光はケガされた」と
批判する政治家もおりましたから]
と、薩摩という取り合わせが

やはり歴史の神様の産物だなぁ
と思うのです。






ダライ・ラマ14世の、チベットに対する提案は以下の通り。
(1987年、アメリカ議会の人権問題小委員会での「チベットに関する5項目の和平案」)

・チベット全土を平和地域とする
・チベット民族の存続を脅かす中国の人口移動政策を放棄する
・チベット民族の基本的人権および民主主義に基づく自由を尊重する
・チベットの自然環境を保護し、回復させる。チベットでの核兵器の製造、核廃棄物の投棄をしない
・チベットの将来の地位について、また、チベット人と中国人との関係について、真剣な交渉を開始する

そして、チベット人による本当の自治権が得られれば独立は求めないと譲歩しました。(1988年、「ストラスブール」提案)



来週からはまた
違うテーマでお話をする「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787

リクエストなどは
当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
☆「Asahikawa 棗や L☆VOICE」
(旭川市3条通9丁目1704-24 POW WOW2F)

お仕事が忙しい時期であっても
別の仕事がらみでで旭川へ行くことがありまして

そんな時に重宝するのが
駅から徒歩で行くことができるカレー屋さんです。

そんな買物公園付近で最近のお気に入りは、こちら。
10周年を迎えた、札幌のスープカレー屋さん「棗や」の
旭川の支店です。

いつものようにカンカンカンと
鉄の軽やかな音がする階段を踏みながら
二階へ上がり

中に入りますと、
いつも腰をかける窓際の席のレイアウトが
微妙にかわっておりますが

オシャレなデスクマットとか
イスなどは当然変わらずいい感じ。

BGMで流れる、ショパンやリストのピアノ曲も
いいですね。

で、今回でワタクシは三回目の訪問でして
前々回は「ニラトーフキーマ」
前回は「白湯チキン」と
それぞれ個性的で
バリエに富んでいる札幌のスープカレー諸店のなかでも
こちらでしかたべることができないメニューを
オーダーしました。

ってことで、今回は特にアテを決めて
訪れたわけではないので
ペラペラと分厚い表紙で
絵本みたいなメニューを見ていますと



本能的に発見したメニューが
「大豆スペシャル」でした。

これも、結構イケそうな感じがします。

ってことで、メニューに「オススメ」として紹介されていた
長いもをトッピングし
辛さは1.0。
この日は徒歩で訪れたということで、
ビールと一緒にオーダーをしました。

でビールを飲みのみ待つことしばし。

登場したのは、
見るからにこってりとした、
非透明系くすんだオレンジ色の
鮮やかなスープです。

一口スープを行きますと

!!

ヲヲっ。

濃いっ。

味わい深く、コクと旨みが
凝縮されたスープに溶けた
動物性の脂や、旨味が
ねっとりとからみつくのです。

これはキモチいい。

そして、

か、カラい。

さすが1.0(大辛)

濃厚なスープにスパイスの刺激が組み合わされて

これはウマからいし、
カラさがウマさに負けていない。

刺激的だけど、刺激だけが
突出していないという

そんなバランスのよさが
まずいいですねー。

そして、具材の大豆スペシャル。

何がスペシャルかというと

挽肉とともに、
納豆・豆腐・揚げが入っているのです。

大豆製品が三品も入るなんて
そりぁ、スペシャルですわ。

特にこってりとしたスープに対して
豆腐はあくまでもあっさりとした感じで
スープをささえて
〔これは、ニラトーフキーマでもそうでしたが…〕

納豆のクセのある味わいや香りが
お互いの良さを引き立てている感じで
ベストマッチです。

また、カレーやライスとは
別の容器に入れられて提供されるお揚げが、
後乗せサクサクって感じで、
これまたタマりませんね。

挽肉もしっかりとした肉のウマ味をだしていて
納豆などにはまけておりませんし

個性的なスープや具材などの
こってりとした味ととろんとした食感に
ニラキーマトーフを彷彿とさせるなり
ネギの緑が一服の清涼剤です。

しかも、底には
緑豆はるさめが入っていて
ちゅるりんとした食感が
これまた面白い。

しかも緑豆はるさめですから
これもお豆の力ですね。

トッピングをした
輪切りをされて火が通された
長いもは、後のせシャクシャクという感じで

これまたあっていますよ。

個性的な器に入ったライスとも
ベストマッチで

1/3くらい残ったライスを
最後にいつものようにスープに投下し

おもきしレモンを絞って
いただいたのですが

よく、最後のお楽しみにとっておいた
半熟卵とかをツブしながら食べて

「極上の卵掛けご飯の趣~」
などと、のたまっておりますが


一口食べて

!!


これは

極上の納豆ご飯の
趣ですよ。

納豆のタレが
そのままスープカレーのスープという。

これも新しい発見ですね。

しかも、ここでもネギが
効力を発揮するのです。

ということで
最後の最後まで楽しめたカレーでありまして
大満足でお金を払って、
店をあとにしましたが、

お店を出るときまで、見送ってくれるサービスとかは
他の店にはなく、誠意が目に見えて
いいですね。

ちなみに、店名「L☆VOICE」の「L」には
「LOVE」「LUCKY」「LOUD」といった
意味が込められているそうです

そのイミをしかと受け止めることができる
カレー、また食べに来ますよ。




☆「Asahikawa 棗や L☆VOICE」
(旭川市3条通9丁目1704-24 POW WOW2F)
◇営業時間◇11:30~15:00 17:30~21:30
◇定休日◇不定休  ◇駐車場◇ ?





☆たまや(中富良野町東3線18号)

取り敢えず、今週の土日までは
絶賛「土日もはたらいています期間」続行中なのです。

ふぅ。

ま、10月11日になれば
ようやく5週間ぶりの、休みと
なるのですが…

ふぅ。

ただ、土日のお仕事の時は
平日のお仕事の時に比べて
始まりと終わりの時間が少々早いのと
昼食を食べる時間がゆっくりとれるのが

まだ救いといえば救いです。

と、いうことで、一人で気分を変えるべく
むかったのが、

たまに気分転換で、
富良野近郊をデタラメにドライブした時に
木の看板に手書きで
「黒カレー・定食」などと書かれている
そんな看板を発見して以来
気になっていた
田園の一軒家でした。

行くまで、名前をはじめとした
予備情報が一切ない状態だったので
少々度胸もいったのですが
おとずれたのが、
「たまや」でした。

駐車場に車を置いて
ウッドチップが敷かれたところを
踏みながら行くと、

黒い外壁が特徴的な
趣のあるお家がありまして
そこが店舗です。

なんでも、築半世紀以上、昔の大工職人が
こだわって作った純日本家屋を
改築した、古民家改造系のお食事処です。

中に入って靴を脱ぐと、
タタミの上に4席の座卓。そしてそれぞれ丸い座布団が
4つずつ置かれています。


暖簾のように下げられている和布とか
落ち着いた趣のランプシェード
欄間の彫刻とか、おかれている花とかも
センスがあります。

しかも、大きい窓からは
頂上に雪を抱く「十勝岳連峰」が見えているのです。

こりぁ、スゴい。

で、この日オーダーをしたのは
看板にも書いてあったビーフカレーでした。

注文して待つことしばし、
流れる「STVラジオ」の放送に耳を傾けながら待っていますと
時折「ジャーっ」と盛大な音がして
アブラの良い香りが漂ってきます。

この時、お客はボクだけでしたが
なぜビーフカレーに揚げ物の音?

と疑問を持ちながら待っていると

よい臭いとともにカレーが運ばれてきて
なぞが解決しました。

お盆の上にのせられた
凝った和っぽい柄の皿に
ライスと黒いルーカレー
そして境目の処に素揚げされたナスとカボチャとシシトウが
乗っかっていたのでした。

音の原因はこれですな。

ということでまずはルーをパクリ。


じぃぃぃん


富良野界隈で、黒いカレーを食べさせてくれるお店は
多いです。

むしろ、こちらも地元に根ざしている
ご当地カレーのような気もします。

が、スパイシーさは少々おさえめの
ヤさしい味がまず好印象。

玉ねぎが溶け込んでいたり
さまざまなウマみやエキスのこくが
ジックリ煮込まれている様が
伝わってきます。

しかも、ビーフカレーと言えば
牛肉のウマ味は
ハズせないのですが

脂身までウマいですよ。

これはいい。

しかも、野菜も野菜で
しっかりと富良野の野菜です

緑の味わいがウレしいししとうも
ジューシーでエキスがシミシミなナスも
少し口に入れただけで甘さがガツッと伝わってくるカボチャも

すべてが大満足のお味なのです。

なんでも地元の農家の方々の地産品だったり
お店の浦で作っている無農薬野菜だったり
するそうですから。

野菜も存分にウマいはずですよ。


そういえば、ルーカレーにこのようにして
野菜を盛りつけて提供されるカレーといえば、
なんだか三笠の古母里を
思わせます。

はやっているのですかね。

古母里も、古民家を改造した
定食&カフェですしね。

と、いうわけで、一気呵成に食べまして
大満足、
ごちそうさまでした。

カレーに舌鼓をうっている途中に、
団体でお客さんが登場。

彼らは口々に「豚サガリ定食」を
注文しておりました。

ことらの看板は、「かみふらのポーク」と「直農野菜」の料理です。

今度はそちらをいただくとしますか

と、玄関の近くに飾られている
小さなギャラリーにおかれた小物を見ながら
思ったのでした。




☆「たまや」(中富良野町東3線18号)
◇営業時間◇AM10:30~PM6:00
◇定休日◇5月上旬~10月下旬の間は無休
11月~4月末まで休業  駐車場 あり





あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければコメント欄で教えてください。

当ブログによせていただいたコメントは、さしさわりなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。

カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
北海道日本ハムファイターズ
CS進出です。

このあとは短期決戦ですし
しかも、苦手なバファローズとライオンズ
さらに本拠地以外でのゲームですが

なんとか一つでも多くの勝利を
積み上げてほしいと思います。


また、セ・パ両リーグが発表した、
9月の月間最優秀選手(MVP賞)に
ダルビッシュ有投手とフェルナンド・セギノール内野手
小笠原道大内野手と阪神藤川球児投手って…

球児以外はファイターズ関係者じゃないっスか。
かつては三人とも一つのチームでプレイをしていたのですね。




かと思うと
北海道の高校を卒業した
ジャイアンツの加登脇投手
マリーンズの木興投手
北海道の大学を卒業した
ファイターズの内山投手や

元ファイターズの正田投手の
戦力外通告のニュースなどもあって


そんなシーズンに突入をしたのだなと
シミジミと感じ入ります。


さて、本題です。
先週は、ハガレンこと
「鋼の錬金術師」の作者にして
ご実家が、十勝で農家をされている
荒川弘さんが、新書館の「ウンポコ」誌で
連載されている北海道民必読のエッセイマンガ
「百姓貴族」の中で、

道内だけなら食料自給率は197%で
現在4割を切る日本の食料自給率は
北海道が日本から独立をすると2割まで落ち、

荒川さんの出身地、十勝管内だけなら
自給率は1000%超え
管内の年間食糧生産量で
四国四県410万人の全住人をほぼ養うことができて

しかも市町村単位だと
自給率6400%を越える村もある。

そんな内容を、コミカルに描いている。
といったお話を、先週は紹介をしました

ちなみにこちらには
もととなったデータが書かれています。

よろしければ。

http://www.tokachi.co.jp/kachi/0612/12_16.htm


閑話休題。

ここ、富良野も
農業が盛んな土地です。

ということで、アレコレと調べてみたのです。

9月29日 オンエアー 第181回放送分
「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」
での、コーナー「富良野印度化計画」です。

さてさて、富良野の農業ですが

上川支庁のHPを見ますと

北海道の市町村の中で
にんじん、ほうれんそう、タマネギが2位
メロンが3位
ブドウ、アスパラガス、スイートコーンが4位
レタス、カボチャが5位の収穫量だそうです。

ちなみに、にんじんの1位は南富良野町
9位が中富良野町
メロンの4位、中富良野町 5位、上富良野町
カボチャの6位、上富良野町
アスパラとタマネギの7位、中富良野だそうです。

その他富良野市で、主な農産物では、
小麦が22位、てんさいが23位
ジャガイモと、水稲が、47位
生乳が53位、という結果です。

道内180の市町村数ですから
いずれも平均以上の生産量でしょう。


富良野市のHPによりますと
生産量は(H18年度)

タマネギ 77300㌧
てんさい 46100㌧
にんじん 15100㌧
ジャガイモ 9800㌧
小麦    7230㌧
スイカ   6660㌧
カボチャ  4930㌧
水稲    4190㌧
メロン   3970㌧
大豆     348㌧

といったところです。


それで、
今度は農水省のHPへ行きましたら
国民1人・1年当たり供給純食料
という項目がありましたので

収穫量を富良野市の人口25000で割って
単純にその数値との割合を出してみました。


例えば水稲ならば
4190㌧÷25000=167.6㎏

これに対して米の供給純食料は61.4㎏ですから
272%の自給率ということになります。

同じ調子で計算をしていくと
大豆は204%
小麦は895%
牛乳は1423%
ジャガイモにいたっては
なんと2465%


といった調子で

いずれも市内だけで消費をすると考えると
すごいことになります。


また、農水省のHP内に
「地域食料自給率計算リスト」というのがあって

こちらはカロリーベースで自給率計算をするのですが
主な農産物の年間の収量や人口を入力すると
自給率が出てくるのですが

入力しましたら

452%と言う結果がでました。

「食糧自給率450%の ふらの市」
といったキャッチフレーズとか、どうですかね。

十勝まではいきませんが
なかなかのものだと思うのですが。

と、いうことで、これからは
そんな地面の恵みを受けまして

カレーが美味しくなるシーズンでもあるのです。



また、先日のニュースで
こんなのを拾いました

最も魅力のある街は札幌市――地域ブランド調査2008

ブランド総合研究所は9月25日、「地域ブランド調査2008」の結果速報を発表した。これは国内1000の市区町村を対象に、認知度や魅力度など全63項目からなる調査を8月に実施し、全国3万5309人から回答を得たもの。
評価は100点満点で算出。たとえば魅力度を調査する時は、まず各市区町村ごとに「とても魅力的」「やや魅力的」「どちらでもない」「あまり魅力的でない」「まったく魅力的でない」の中から回答者に選んでもらう。そして、「とても魅力的」を選んだ人の比率に100を掛けた数値と「やや魅力的」を選んだ人の比率に50を掛けた数値を足した点数を魅力度としている。

 調査の結果、最も魅力度が高いとされた市区町村は3年連続で札幌市(59.5点)。札幌市について「とても魅力的」と答えた人は36.4%、「やや魅力的」は46.3%と8割以上の人が魅力を感じていた。以下、函館市(55.9点)、京都市(55.1点)、横浜市(51.9点)、小樽市(49.2点)が続いた。上位10位までに北海道の市が4つランクインしている。

●最も「IT・先端技術のまち」のイメージが似合う市区町村は?

 この1年で最も魅力度が上昇した市区町村を調べると、トップは石垣市でプラス16.1点。以下、宮古島市(プラス12.7点)、白川町(プラス12.0点)、白川村(プラス10.9点)、由布市(プラス9.7点)が続いた。離島や世界遺産がある観光地が上位を占めた。

 また、ブランド総合研究所は同時に街のイメージについて尋ねた調査結果も発表した。「IT・先端技術のまち」とイメージする人が最も多かったのは豊田市。「生活に便利・快適なまち」は世田谷区。「スポーツのまち」は鈴鹿市。「環境にやさしいまち」は屋久島町などとなっている。

そして、富良野市は「2008年 魅力度ランキング」の第7位、

ランキングは、
1位札幌(昨年1位) 2位函館(昨年4位) 3位京都(昨年3位)
4位横浜(昨年3位) 5位小樽(昨年5位) 6位神戸(昨年6位)
7位富良野(昨年8位) 8位鎌倉(昨年7位) 9位軽井沢(昨年10位)
10位金沢(昨年9位)
以下、屋久島・那覇・仙台・長崎・宮古島・福岡・奈良・石垣・日光・旭川・伊豆
と続きます。


因みにイメージ想起率では
1位札幌(昨年1位) 2位函館(昨年2位) 3位富良野(昨年5位)
4位京都(昨年3位)・小樽(昨年4位)

環境にやさしいまちでは
1位屋久島町(町村合併で新設されたため昨年データなし)
2位富良野(昨年1位) 3位四万十町(昨年2位)
4位軽井沢町(昨年3位) 5位四万十市(昨年4位)

でそれぞれ上位ランキングをされました。

そんな記事も、あわせて紹介をしました。

ちなみに詳細はこちらにあります。
http://tiiki.jp/survey2008/


こんなデータも、市民生活向上の
一助になってくれると良いなと
思うのですが。



あなたのオススメはどこのカレーですか?

あなたのカレーに対するこだわりはなんですか?

よろしければ、コメント欄などで教えてください。

当ブログによせていただいたコメントも、さしさわりがなければ
番組内で紹介させていただきます。


あと、コーナー「富良野印度化計画」の内容と、
かつて僕が訪れたカレー店については
左の欄のカテゴリー「印度化計画」を
クリックしてくれれば、見ることができます。


カレー莫迦一代のナビゲーター「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
♪9月29日オンエアー 第181回放送分

「FURANO History Factory(=FHF・フラノヒストリーファクトリー)」の
番組内でオンエアーをした曲です



♪「Life goes on 〜side K〜」 CHEMISTRY
TV『西洋骨董洋菓子店〜アンティーク〜』Op

早めのテンポの曲ですが、
シンセやエレキなどのサウンドがミッチリつまった
密度や音圧がある感じではなく
むしろ空気感のある伴奏でありながら、
トランスっぽいリズムパターンと
少々歪ませてワウワウとなる
シンセやギターの音色に
今風の音の響きとひねりを感じます。
それ以上に、こんなシンセサウンドに
対旋律を奏でるストリングスのストレートな音色や
サワヤカで軽やかな
川端さんの歌声をのっけるという
アンバランスなようで、
絶妙なバランスにたもたれているところが、
佳曲だと思います。
軽みがあって洒脱なサウンドは
オシャレな作りのこの番組とか、
原作の世界にも通じるなぁなどと
感心しますね。
「Life goes on」はシングルとしては初めて
CHEMISTRYのお二人によって作詞作曲が行われた曲で、
アレンジに関しても、同じひとつの楽曲を
川畑さんと堂珍さんのそれぞれがプロデュースするという
そんな試みをとっています。
ま、このテの曲の常で
曲を聴くとオープニングの映像が出てきてしまうのは
他の曲も同様なのですが。
いずれ、side-Dもオンエアします。
お楽しみに。




♪「ひとことだけの勇気 re-product version」 栗林みな実
「unripe hero」カップリング

かき鳴らされるアコギのカッティングの爽やかさに加え
タンバリンの16分音符の刻みとか
グロッケンの軽やかな音色に
ストリングスの裏旋律が、爽やかさを
引き立てている、ミドルテンポの曲です。
そんな音の背後に流れる
ドラムの少々クセのあるビートに
奔放なベースラインもいいのですが
これらの伴奏に、
明るく伸びやかな歌声がのっかりまして
特にサビ部分での声が
元気をもらえる感じでいいですね。
間奏部分のギターソロは
栗林さんのアップテンポの曲で見られる
ギュンとした音ではなく、
こちらもサワヤカさを演出した音ですし
間奏開けのブレイクやリズムオフとかの使い方も
手慣れたモノで、お約束なのですが
いいなーと思って落ち着いて聴ける曲です。




♪「ライオン」 May’n/中島 愛
「FURANO History Factory」9月のマンスリーパワープレイ
TV『マクロスF(フロンティア)』Op

この曲について1か月にわたって
アレコレと書いてきました。
元気で明るいポップナンバーであったり
イントロの曲調の差がキャッチーであったり
2人の個性的な声がソロパートでも生かされて
そんな声がハモったりユニゾンで歌われたりしたりと
あまたある私のツボにいちいちハマる曲ですが
歌詞と番組のシンクロ具合が、
はんぱないところもいいですね。
メッセージを聞くことによって
励まされること必至なのです。
しかも、最終回では、クライマックスのいい場面で
しかもカッコ良くこの曲が使われておりまして
音楽、歌詞にあったような映像と
同時に見せられると、やはり
ニコニコしながら見ています。
まぁ、北海道では
最終回が終わったのが、朝の4時でしたが…
せめて、通販番組と順番を入れ替えて
(通販番組3時04分~、マクロスF3時34分~)
放送をしてほしかったですね。
この時間帯なら深夜アニメではなく
早朝アニメですよ。
何があったのでしょうか、HBCに…
あと、この曲のあとにボクの声で
コーナータイトルが入って、いい雰囲気を
ブチコワシてしまってすまんですのう。
この曲をこのワクでかけるのも
これでオシマイでアリマス。




♪「まぶたのくに」 milk rings
 「マハラジャになりたい」カップリング
 ラジオ『A&G 超RADIO SHOW~アニスパ!~』Ed

カップリング曲は、バリバリの偽インド風味の漂う
無国籍ナンバーでしたが
一転して、ギロやクラベスの刻みも軽やかな
ラテンビートのミドルテンポナンバーです。
浅野さんと鷲崎さんの2人の掛け合いが、
ラジオ番組を彷彿とさせていいのも
カップリング曲と同様ですが、
この番組だけではなく、
広くラジオ番組に親和性を感じる
リスナーと呼ばれる人々の
おそらくつぼをつくであろう言葉の数々に、
ボクもヤられてしまいました。
童話作家の側面をも持つ、ますみんの
ワザを見たような気がします。
この曲聴くと土曜も終わりだなぁって思います。
ちなみにこのCDはミニアルバムですが
オリコンのチャートではシングルと扱われ、
発売初日には、デイリー42位に
ランクインを果たしたそうです。




♪「恋をしている」 ROUND TABLE featuring Nino
TV『うぇぶたま3』Ed

涼しげなストリングスの音色や、
軽やかなピアノのポップでサワヤカな響きが
リズムボックスっぽいビートにのっかる
そんなアンバランスさが
まずはキャッチーです。
この伴奏にのっかる
少々鼻にかかった感じで
舌足らずなところが魅力的な
Ninoさん声でして、
いつの時代にも、このテの声質の女性シンガーの
楽曲って耳にします。古くはNOKKOさんとか
最近ではYUKIさんあたりが
そんなカテゴリーの歌手ですが
その影響を強く感じます。
ただ、そんな甘くもカワイラシイ
歌声ではあるのですが
曲中のコーラスだったり
ストリングスのアレンジなどが
どこかAORを思わせるところがあったり
ベースラインが大人っぽくて
奔放ってところに
そのテの音楽とは決定的に違い
一線を画している感じですね。
もともとROUND TABLEは、
大学のジャズ研究会で結成されたそうで
そんな出自を聞くと、
作曲の北川さんの音楽のルーツを
垣間見たような気がして
思わず納得してしまいます。





このような曲をかけているFHFですが
リクエストも受け付けています。

リクエストは、このブログのコメント欄でも
受け付けます。

よろしければ。



「イトー×ani」がお届けする 
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM  周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」で
来週より、毎週月曜日午後五時からオンエアー中

番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17
レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787