今年は雪解けこそ早かったものの、その反動かというほど
気温の上がらない羊蹄山麓です。

そんなこの時期、個人的な最大の行事といえば、夏の大お祭りの当落であります。
結果は土曜日に準備会から発送されるとのことで、ネット上では盛り上がっています。

私、土曜日~日曜日まではカープvsイーグルス戦と
Kalafinaのライブで仙台に行っていましたので、
自宅にはおらず、そうでなくても北海道は到着が遅いから、
その日のうちには来ないだろうな…
そんなことを思いながら月曜日。遠征を終えて同行した畏友p氏をおくって
この日は札幌に宿泊。翌朝6時40分に自宅に到着。

いつもどおり来てないだろうなと、思いながら、
ワタクシが住んでいる集合住宅を出てくるときと入る前に
手を合わせながら念をおくったりして入ったのですが、ありませんでした

月曜日帰った時も儀式をすませても、来てませんでした。
火曜日、水曜日も同様
例年のこの時期はそうなのですが
いつも以上に、一日キッチリとオシゴトをしつつ
自宅に戻ってから、集合住宅の前で二礼二拍手一礼。
さらに自室の前のドア前でもお祈りをしたのち、荘厳な面持ちで郵便受けに対峙します

というか、火も水も自宅に持ち帰りの仕事とか、クリーニングの洋服とか
荷物が多すぎて、きちんと二拍手できなかったのも
要因かもしれませんが…

そして木曜日、この日は手荷物が少なかったので、落ち着いた心持で
二礼二拍手一礼
ドアをあけると、
果たして、玄関の靴の上に大きい封筒が

裏返しになってるので、ひっくり返して見ると、パラフィン紙の窓です。

キマシタワー!!!

当選通知です。

郵便物の窓からは、スペースの番号なども確認できます。

ということで、いつものように、「ヨッシャー」と
ガッツポーズをしたあと小躍りして、大お祭りの神様に祈りを下げます。

6回連続での、自スペースの参加です。

夏は比較的強い私ですが、三年前にヤられまして、
冬は、2008年、2010年、2012年、2013年などに抽選漏れをしていますが、
またまたまたまたまた自スペースでの参加です。

と、いうことで、またあの外も中も熱気で溢れてい
くっそアツくなっている大お祭りへと出向くことができます。

貴サークル「東行本舗」は、日曜日 東地区“X”ブロック-34b
に配置されました。

ああああああ、うれしい。またリアル世界でも、仕事でもがんばれます。

準備会から送られてきた文書を見ると、
東7.東8ホールにサークルが配置されて
西ホールはすべて企業ブースだそうです。

ただ、この配置の変更は、このあとも続くということで
やはり、オリンピックの影響というのが、ヒシヒシと感じられます。


相変わらず、オシゴト関係では結構テンパることも多く
更に新しい仕事が増えたりと、環境が変わったことで慣れない感じですが、
これでまたひとまず、この時の楽しみを支えにしながら、
生きてゆけそうです。

ということで、いっちょ原稿書きも気合いれてがんばりますか。


ちなみに、参加日は3日目、8月13日(日) サークル名は「東行本舗」
スペースは東2ホール“X”ブロック-34bです。

このブログであれこれ書いた、野球場で食べたカレーの話をまとめて
自費出版物にした「球場カレーラヴァーズ」の4巻を持ってゆく予定です。

興味がありましたたら、足を運んでいただければありがたいです



畏友p氏は今回は日程の関係で、申し込みをパス。
畏友GMクンの結果はまだわかりませんが、
わかりしだいこちらで発表させてしただきたいと思います。

夏の大お祭りについての最新情報は逐次こちらで報告していきたいと思いますので
今後もよろしくお願いします。


ということで (´・ω・)ノシ
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毎週木曜日のお楽しみ、講談社の週刊「モーニング」誌ですが、
「疾風の勇人」〔大和田秀樹さん作 講談社モーニングコミックス〕の連載が
終了してしまいました。

先週も書きましたが、「疾風の勇人」は、
池田勇人を中心とした、戦後の政治史を描いた作品です。

最終回は、鳩山内閣が成立して、吉田派は冷や飯をくらい、
吉田茂と白州次郎、さらに麻生太賀吉が政界を去るなかで、
いかに巻き返すか、という盛り上がる展開で終わりです。

あああ、残念残念残念。

しかも、麻生太賀吉とともにライフル片手に登場したのが、
若き日の麻生太郎。

さらに、この回に初登場したのが、カストロ、チェ・ゲバラ、
さらに、JFKと、それぞれかっこいい姿で

これからどうやって、話が展開するのか、

池田をはじめとして、吉田学校の面々は、
死闘のすえ、どうやって巻き返していくのか。

そこには、石橋湛山なり、岸信介なりとのアツいバトルあり、
石橋湛山とは、アツい師弟関係もあり。

そして、通産大臣から総理大臣になっていく過程での本領発揮。

さらには、今回マンガに登場したキャラといかに絡んでいくのか、
期待もふくらみますし、
ここからが、もっともっと面白くなるのに~

ああ、ここで、終わるなんて、本当の生殺しです。
無念じゃあ、姉上。

マンガの末にあって、
池田勇人の今後の活躍にご期待ください。
の一言にも、シミジミしてしまいます。


でも、今後の活躍にご期待ください。ってことは、
本当に期待していいの。
「死闘!55年体制編」も
「宏池会爆誕編」も、いずれ、見ることができるの。
本当に、続きを見たいです。お願いします、なんでもしますから 状態です。


と、いうことで、こんな駄文で恐縮ですが、興味をもたれたかたは、
ぜひ手にとって読まれることを強くお勧めいたします。
と、いうことで。(´・ω・)ノシ
2017.05.28 疾風の如く
カールが東日本で販売中止になるという報道がありまして、
ネットでは大騒ぎになっています。

それに対して、
「おめえらは、いつもそうだ
 なくなると わかってから さわぐんだ
 ておくれに なってから…」
と、カールおじさんが語るイラストが
ツイッターにあげられていて、
なるほどなぁ、などと思ったのです。

カールもそうですし、こち亀の「両さん」も同じ様なことを
言ってましたね。

言われてみれば、確かにそのとおりです。
うん、他人のふりみてわがふり直せです。


さて、そんなカールの販売終了よりも自分にとって衝撃だったのが

「疾風の勇人」〔大和田秀樹さん作 講談社モーニングコミックス〕の連載終了です。

「疾風の勇人」は、池田勇人を中心とした、戦後の政治史を
描いた作品です。

大蔵省次官の池田が、盟友の佐藤栄作とともに、
吉田茂を中心とした為政者集団、吉田学校に加わり政治家に転身。
第二次吉田内閣をつくり、運営するのに苦労しつつ
独立を勝ち取るためにGHQとも渡り合う。

が、独立は方取るものの、独立後の日本の地盤を強固とするため
鳩山一郎と対立、鳩山を中心とした日本民主党は、
吉田内閣をジワジワと追い詰めていく。

そして、第五次吉田内閣は、総辞職を選択して、

というところで、「次号最終回」って、そんな殺生な。


話も魅力的で面白いですし、視点も斬新です。
それでいて、話しがわかりやすい。
池田勇人を主人公に選んだのも慧眼
ドラマチックな人生を送っていて、映画や小説などで取り上げられていないという
理由での主人公の選択ですが、
逆に言うと、なぜ今まで池田勇人の物語がなかったか
と考えるくらいなので、連載が始まったときは、快哉を叫んだものです。

池田勇人といえば、放言ですが、
ほとんどが、マスコミによって、誇張されて伝えられたものです。
「貧乏人は麦を食え」だって、
実際の発言は「所得の少ない者は麦を食い、所得の多い者は米を食う」という趣旨の
発言で、「そうした経済の原則の方に持っていきたい」とまとめているのですが、
当時の新聞は一部分だけを切り取って、池田叩きをしたのです。

ああ、マスコミって、今も昔も変わらないんですね。

そんなのにいちいちキレたりする池田がいいです。

しかも、そんな池田を描くのが大和田秀樹さんという好みなストーリーテラー

ということで、毎週モーニングを読む楽しみの何分の一かは
疾風の勇人のおかげでした。
〔最近は「バンデット 偽伝太平記」(河辺真道さん作)もお気に入り〕

そんな作品の魅力はいいつくせぬほどあるのですが、
キャラクターの造詣の秀逸さもその一つです。

池田勇人はともかく吉田茂、佐藤栄作、大平正芳、田中角栄といったキャラクターが
実に魅力的に描かれていて、この作品のために、何百冊もの
評伝や回顧録を読み込んだそうで、それが作品に血肉をあたえています。

そして、そのキャラクターの外観もすばらしい。
アニメ化もされた怪作マージャンマンガ「ムダヅモ無き改革」も
実在の政治家をモデルにしてキャラクターを作ってきますが、
これが実は疾風の勇人のキャラクター作りのプロトタイプだったのでは、
と思えるレベルです。

疾風の吉田茂は、ムダヅモの麻生太郎っぽいですし、
疾風の鳩山一郎は、ムダヅモの鳩山由紀夫っぽいです。

そして、大和田さんといえば、ギャグマンガの名作もおおい
細かくはさんでくるネタもくすっときます。
本作ではなく、外伝ですが、
「大蔵大臣田中角栄」に登場する竹下登は、「ウィッシュ」なんて言っています。

ああ、こういうのがすきなんですが。

最初は、第二部完とかで、しばらく休んで、第三部かな?などと思ったのですが、

本人のツイッターで

大和田秀樹‏ @hideki6809
突然ですが「疾風の勇人」は次週でおしまいですなう。
「死闘!55年体制編」、第四章「宏池会爆誕編」の再開は未定ですなう。

と出てきたので、しばらくは見られないみたいです。
ああ、サブタイトルの「所得倍増伝説!!」も泣いてます。
前述の「外伝」も出たくらいなので、普通に続編とかをやる
伏線だと思ったのですが




と、いうことは、このあとの石橋湛山とのバトルとか、
そこからの石橋内閣での蔵相就任。
その後妖怪岸のもとでも蔵相をつとめながら岸ともバトル。

からの総理大臣就任と、盛りだくさんのイベントが待っているのに

ああ、残念です。

さらには、カープの山本浩二の前の四番バッター山本一義が法政大学時代、
プロ全球団から誘いがきているなか、鶴岡監督に請われての南海入りが決まっていたのに、
通産省に呼ばれて大臣だった池田に乞われてカープに入る話とか、

国鉄戦に負けたのに腹を据えかねて、親友のサンケイ新聞貴社水野成夫社長に
「豊田泰光の電話番号を教えろ」といって番号を聞くや
豊田宅に「池田ですが。アンタ、よう打っとるが、
カープの試合に打ったらいけんよ」と電話をかけたという。

こんなシーンを見るのも楽しみにしてたのですが


ああああ、モーニングでなくていいですから、続きを見たいです。
お願いします、なんでもしますから 
状態です。



と、いうことで。(´・ω・)ノシ
現在も広島の平和通りのはずれに、隠遁中です。
ああああ、あそこのエラーがぁぁぁ
ああああ、あそこの被弾がぁぁぁ

ま、言ってもせんなきことですが、まだオープン戦じゃけ
立て直してくれるじゃろ。

と切り替えて、美味しいホルモンをいただいてから、
宿でWBCとか見ながらまったりとしています。

ゲームについては、また後日。

とりあえずは、タイトルの記事です。

昨日は、少しだけ当ブログで書きましたが、
訪れてみたい「この世界の片隅に」
すずさんの嫁入り
広島・江波から呉へ!
すずさんたちの思い出の場所をめぐって
キーワードを集めよう!

という、企画に乗っかって巡礼をしてまいりました。

朝は、7時に宿での朝食を食べてからそのまま宿を出て、
銀山町の電停へ。
7時18分江波行きの電車が来たので、そのまま乗り込みます。

途中福屋百貨店や、原爆ドームなど、「この世界」に出てきた建物の
横を通り過ぎるところで、気分が盛り上がります。
そして、土橋からの江波線は、初めて乗るところです。

舟入本町では、すずさんの嫁入りのときは、ここまでしか電車は
きてなかったんだな、などと思ったり
舟入川口町の電停で、たくさんの高校生が降りると、
舟入高校の生徒さんかな、模試かな、部活かな、などと思いながら
電車は、江波電停に7時50分に到着。
広電の江波車庫を見ながら、まずは、江波皿山を目指します。
まずは、天満川が見えるところへ出ます。
ここが、すずさんたちが、大潮の日にすいかを持って
草津まで渡った場所です。
そして、皿山の下へ。ここが、浦野家があった設定の場所です。
さらに広島高速三号線をくぐって、ゆるく斜めに走る道を
すすみます。
かつて、江波沖の埋め立てがある前は、
ここが海岸線だった場所です。
そんなブラタモリ的な考察も楽しいところ。

さらに歩いて、江波山公園に到着。
ここは軽く山登りです。
いい感じの傾斜が続きます。

と、盛大な羽音が。
鷺が飛びよりました。

本当に鷺が飛んでいます。スゴいな。
こういうのもうれしいのが巡礼です。

さらに進んでいくと、すずさんが、水谷さんのかわりに波のうさぎを描いたところです。
コクバ拾うてくるわぁ、などと映画の台詞をつぶやきながら山登り。
そして、高いところにでまして、ここがたぶん絵を描いた場所。
椿も咲き残っています。

今は、住宅地の先に三菱のクレーンが見えて、海はその先です。
そして、歩みを進めていきますと、
梅がきれいに咲いています。
そうやって、公園を味わったり、衣羽神社をお参りしていると、
江波山気象館の開館時間が来たのでなかへ。

昭和9年に竣工した広島地方気象台の本庁舎が建物が元ですので、
まずは内装とかが、当時の建築の味わいを堪能できます。
ドイツ表現主義のモダンな味わいが、すばらしい。
そして、こちらも被爆建物ということで、広島市重要文化財に指定されています。

原爆投下日の気象についての記録とか、
被爆当時にとんだガラスの跡とか原爆の爆風で曲がった窓枠とかが
興味深いです。

しばし展示物を見たり、屋上から改めて江波の海を見たりして
受付のところで、スタンプシートと、ポストカードをもらいました。


そして、江波の港、海神宮、丸子山不動院、松下商店など、映画の出てきた場所や、
本川の川べりを歩きながら、ここですずさんが砂利舟に
乗せてもらったんだなぁ、などと、空想します
そして、再び江波の電停にもどって、広島行きの電車に乗ります。

本来ならば、そのまま横川に出てからJRで呉ですが、
少し寄り道します。

原爆ドーム前の電停でおりて、まずむかったのが、勝鯉の森です。
ここは、旧広島市民球場跡地ですが、旧広島市民球場跡地と電車通りの間に、
ひっそりと佇む石碑があります。
それは、カープのリーグ優勝そして日本一の歴史が刻まれた石碑です。
近くには鉄人衣笠祥雄氏の連続試合出場記録を称えるレリーフもあります。

そんな石碑の、リーグ優勝のところに昨年の数字が刻まれているのを確認
ああ、なんかいい感じです。
外野ライトスタンドもいいです。
周囲には、カープの帽子をかぶっている同士も何人かおりました、
この人たちもオープン戦行くのかな、

そして、相生橋、原爆ドーム、レストハウスといった現存して、
映画にも出てきた場所を一通りまわったり、
かつての中島本町の地図を見ながら、ここらへんで、キャラメルとか
見たのかな、とか、ここらへんで、船から降ろしてもらったのかな
などと空想するのも楽しいところです。

本当は平和記念資料館も行きたかったのですが、
今回は時間の関係でパス。

11時開店の、汁なし坦坦麺のキング軒さんにいって、
シビシビする感覚が癖になりそうな坦坦麺を味わいます。

そして、中電前の電停から横川行きの電車にのりまして、
ここからまた、すずさんの嫁入り の経路をたどります。

横川駅から、11時56分発の白市行きで、広島へ
さらに12時30分発の広行きの安芸路ライナーで呉へむかいます。
そして、中電前の電停から横川行きの電車にのりまして、
ここからまた、すずさんの嫁入り の経路をたどります。

呉駅には、13時03分着
そこで、キーワードをゲットしてから、
広電バス辰川線に乗ります。

前回同様、すずさんのラッピングバスがやってきました。

13:35分にバスは発車。
前回さんざん巡礼で歩いた場所をバスはスイスイすすみます。
とはいえ、勾配がキツい箇所にさしかかると、エンジン音も大きくなります。
「やっぱり木炭バスは上がって来れませんでしたか」という小林のオバさんのセリフを
思い出したりして。

今回のキーワードをゲットするのはバスの中ですし、
前回聖域のスグ近くまで言ったので、辰川バス停までは行かずに、
三ツ蔵の近くの東4丁目バス停で、下車。

そこから、歩いて三ツ蔵でキーワードを確保。
この倉は、近くで見ると、その土塀の荒々しくも素朴な表面とかが、
いつ見ても独特の雰囲気がいい感じです。

つづいて目指すのは、千福ギャラリー三宅屋商店
千福は、呉のみならず、広島県内のいろいろなところで、
「酒王 千福」の看板を見ますし、
映画の中にも「千福」の看板が登場しています。

そして、中に入ってギャラリーを見学。
日本酒の試飲が出来たり、日本酒ソフトクリームがあったり
なかなか楽しい空間です。
「この世界の片隅に」ラベルの千福も並んでいます。


2月下旬、畏友p氏宅で、道民カジウラーの新年会がありました。

オイシイ物を食べて、オイシイお酒を飲んで、話しも盛り上がって、
本当に楽しかったです。

とはいえ、後半の記憶が…

気が付いたら宿のベッドの上。、
更新した覚えのないブログがあがっていました。

…何も迷惑かけてないよね、オレ…

職場とかの飲みではそんなこと全くないのですが、
先日のカープ反省会といい、今回といい、
気の置けない人との飲みだとそうなるみたいです。
これから気をつけます。
そんな時にお世話になって、
畏友tクンが、「これ、ヤバいヤツです」と言ったのが、
絵を描いているすずさんラベルの「千福 純米酒」
銀座の広島ブランドショップ tauさんで買ったやつです。

ヤバいとは、美味しくでスイスイいけてしますぎる
そんなヤバさです。

ま、皆さん案の定撃沈されていたのですが。

そんな閉じていた記憶が思い出してしまいます。

そんなお酒がずらっと並んでいるところは、やはり壮観です。

前回TAUで売っていなかった、
巡洋艦青葉のラベルの「千の福 味わいの純米吟醸」
ほほえんでいるすずさんのラベルの「千福 もみじ吟醸」もあります。
いいですねぇ。

ここで、お酒を買いたいところでしたが、最終日の移動距離も長いですし、
先の予定もいろいろあるので、今回は断念をいたします。
とはいえ、また今度、港の旧軍施設を見に来る時とか
再び立ち寄って、また買いたいです。


そして、今度は本通りに出て、れんが通りをめざします。
途中、前回遠目に見た、「メロンパン」さんの本店の横を通ったり、
かつての朝日遊郭の跡地である、医師会病院を見たりしながら
歩くことしばしで、レンガ通りの、ヤマトギャラリー零さんに到着。
こちらでも、スタンプをおしてもらってから、再びレンガ通りを駅方面に。
途中四ツ道路の交差点のかつてのヤミ市あとで、米軍の残飯雑炊を食べた場所とか
みながら、めがね橋をくぐってから、旧下士官集会所を横目に
キーワードラリーの入船山記念館を目指します。

途中、建物の中から、流れてくる金管楽器の練習の音に
少し癒されながら、傾斜のついた道をあがっていくと、
入船山記念館です。

こちらも前回来た場所ですが、改めて展示品を鑑賞してから、
スタンプをおしてもらってか、ポストカードをいただきました。
ヤッター!目標クリアです。

そして、さらに、追加のポストカードをいただくために、
呉市立美術館へ
コレクション展「戦後ニッポンの抽象画」を鑑賞します。
館内は、私と、高校生のグループだけです。
静かな感じで、気持ちがゆったりいたしますし、
呉って、抽象画の画家さんが多い街なんですね。
だからこその企画展でしょうか。

そんなことを考えながら、ポストカードをいただいて、
こちらをあとにしました。

そして、自衛隊の呉教育隊と呉警備隊に挟まれた道を歩いて、
大和ミュージアムを目指します。

こちらも、スタンプシート1枚につき1名観覧で
観覧料割引+記念ポストカードという特典があります。

鉄条網が上に走る高い塀に挟まれた道を歩くのが
なかなか面白い。戦前は、民間人が歩けなかった場所です。
堺川にかかる宝橋から灰が峰方面が綺麗に見えます。
あ、サギも飛びよります。

中央桟橋の個性的なドーム建築とか、ゆめタウンの看板などを見ながら
歩いて行きますと、到着です。

この日も賑わってます。

造船や製鋼などの科学技術を紹介する博物館は、
いまや、呉を代表するスポットとなっています。
ああ、いいなぁ。

と、堪能をしてからミュージアムショップへ
そこでは、千福大吟醸提督を発見。

ということもあって、大満足をしてから

帰る、帰る、広島へ帰るww とかおもいながら、
広島へと戻ってから、天津でしろにくてんぷらと、水餃子を
ビールと紹興酒でいただいて、大満足で宿へと戻ったのでした。


と、いうことで。(´・ω・)ノシ
巡礼記の続きです。

呉の駅北部と、駅周辺を満喫し、呉名物の屋台でしめて大充実した前日。
そして、翌日のこの日ですが、旧軍関係の場所を歩きます。

まずは、宿の朝ごはんをいただいてからチェックアウトの準備をすることしばし、
そしてチェックアウトをしてから、呉駅に向かいます。
今回お世話になった宿ですが、呉駅徒歩2分って立地が便利すぎです。

駅前のバスセンターから、8時25分発の、桂浜・温泉館行きのバスに乗ります。
前日に乗った辰川行きのバスは2人しか乗りませんでしたが、
こちらのバスは結構な人ががのっています。
この日も海がきれいです。

かつて呉の軍需産業を支えた工場群や、
呉の海上自衛隊の潜水艦などを見ながら、
走ることしばしで、警固屋5丁目に到着。

こちらから歩くことしばしで、青葉が大破着底した場所につきます。
バスの走る道から海にむかうと、目の前に高架道路があって、
すぐには行けない感じです。

と、いうことで、遠回りをして、海側に出ます。
思えば、この道をすずさんと刈谷さんが、モガの服とか嫁入りの時に来た晴れ着などを
食料と交換したり、塩水を汲みに来た時に、リヤカーを引いて歩いた道です。

そして、到着。

ここで、「郵便やサン♪」の縄跳び歌をBGMにして
哲さんが海を見ていた場所です。
穏やかな海。鮮やかな空。
あの日、哲さんが見た海もこうだったのか。

とはいえ、石碑があるはずなのに、ないですね。
海岸沿いには、釣りをしているオジさんこそいれ、それっぽいものはありません。

と、いうことで来たのとは逆方面の高架道路と一般道路が交わって
横断できるところまでいって、道路の逆側に行きます。

そして、しばらく歩くと、ありました。
巡洋艦青葉終焉之地 碑です。

堂々とした石碑の字は、中曽根康弘元内閣総理大臣が揮亳したもの。
中曽根氏が、青葉の乗組だった過去があるからの依頼だそうです。

と、いうことは、哲さんとも、勤務が重なっていたり
などと妄想もふくらみます。

碑に軽く手を合わせてから、バス停へ。
かえりは、警固屋5丁目のバス停から、9時37分のバスで、
今度は子規句碑前へむかいます。

途中、日新製鋼やIHIの工場群の威容に圧倒されます、
ここで、数多の海軍の艦船が作られたんですね。

自衛隊の潜水艦が複数とまっているところには、
たくさんのミリオタの人が集まっています。
そういうのを見ると、ここも再訪したいなぁ、
次は、江田島とか、艦船めぐりとか、湾内クルーズとか、アレイからすこじまとか、
そっちをメインに呉の観光をしたいなぁ、

などと思っていると、バスは子規句碑前に到着。

バスを降りると、ここらへんは、いわゆる歴史の見える丘の地域
明治22年呉鎮守府開設以来の歴史を感じることができる代表的な場所です。

明治39年に建築された海上自衛隊呉地方総監部(旧呉鎮守府庁舎)などの
旧海軍関連施設や、戦艦「大和」をはじめとした巨艦を建造した
ドックなどの旧海軍工厰時代の工場群跡が一望できるのです。

眼下にはかつて呉海軍工廠だった港湾が一望に広がり、
現在も稼働しているドックが見渡せます。
この、今も巨大な船が入渠しているドックに、
数多の艦船が入渠していたのです。

あまたの碑があって、それぞれを堪能したのですが、
目的は、晴美さんが死にすずさんが右手をうしなう
時限爆弾があった現場を見に行くことです。

宮原小学校の横に映画と同じようなカーブを描く道を発見。
ここです。
チョコレートは備えませんでしたが、軽く手を合わせてから、
今度は、その直前に空襲警報がなったため、防空壕に入れてもらった場所を訪れます。

空襲があった時に壊された、防空壕の向かいの家の塀が
映画と同じ感じで残っています。

大戦末期のアメリカ軍は、港湾施設を占領後に使用するということを踏まえて、
艦船などは攻撃しましたが、施設については、最低限の爆撃にすませたそうで、
その分、思いっきり住宅地に爆弾を落としたのです。

そんな激しい空襲のシーンを思い出しながら、
さらに駅へむかって歩いていくと、

??

同士の匂いのする人のグループに、次々すれ違います。
しかも、カラカラのついたトランクを持っている人も多数。
なにか、ここらへんでイベントでもあるのかな。

そんなことを思いながら、さらに歩いていくと、
横には、入船山公園のグランドが見えます。
国立病院の前にある病院への階段があります。
「この世界の」の中で、円太郎さんが、広の工場で空襲にあったあと、
入院していた病院の後継の病院です。

この階段も映画に出てきたねぇ。
そういえば、円太郎さんを見舞うすずさんのシーンで、
グランドで運動をしている海軍の軍人さんがうつりますが、
これは、入船山公園のグランドのことでしたね。

そして、入船山記念館。

こちらは鬱蒼とした森の中にあります。
重要文化財の旧呉鎮守府司令長官官舎を中心に、郷土館、歴史民俗 資料館(近世文書館)等があって、
呉の歴史をたどるのには、かかせない施設です。
外観この改修中のために、全貌が見えませんでしたが、
内装のしっとりとした具合はさすがです。

洋と和が調和した空間はすばらしい。
そんな当時の雰囲気を味わったり、コミックに出てきた伝単を見たりして
「伝単は届けんと、また憲兵さんにしかられんでぇ」などとつぶやきながら、
一通り展示を見終わりまして、街中へ向かいます。

呉市立美術館や、海上自衛隊呉音楽隊の看板がつけられた建物を横目にすすんでいくと、
旧下士官集会所があります。
すずさんが周作さんに帳面を届けに言った時に出てきた。
コーナーが丸くなっているのが特徴的なモダンな建物です。

こちらは1903年に下士官・兵のための厚生施設として設置されたそうです。
当初は「呉海軍下士卒集会所」という名称でしたが、1921年に「呉海軍下士官兵集会所」に改称されました。
この建物は、1936年に完成したそうです。
映画の中では、威風堂々とした将校さんが歩いていました。
現在は、映画の中とは違って、レンガ色に塗られています。
そして、看板には、海上自衛隊 呉集会所 と書かれています。

やはり、このモダンな建物も実物を見ることができてよかったです。
そして、めがね橋の下をくぐって、さらに北へ。
四ツ道路の交差点の自分のいる向かい側は、
すずさんと、径子さんが、残飯雑炊をUMAAAAしたところです。

そして、さらに進んでれんが通りへ。
そこでは、山乃家さんでうどんを食べてから駅に戻って、

広島にむかったというわけです。

広島では、新井口のCOCO'Sで西殿の写真をおさめたり、
基町で、「君の名は。」で、瀧の通っていた都立神宮高校のビジュアルのモデルとなった
基町高校を見てから、中央公園へ。
こちらは、「夕凪の街、桜の国」の中で、皆実とかが澄んでいた原爆スラムの跡地です。
皆実の弟の旭が晩年訪れたり、ぼーっとした場所でした。

ま、こちらは、3月のカープオープン戦のときに再び訪れる予定で、
そのときは、もう少し時間をとりたいな。

などと、思いながらこちらをあとにして、広島駅へ。

そこでお土産をシバきながら、14時35分発、のぞみ34号で、品川に向かいます。

さよなら 広島 さよなら

車内で、前日買ったメロンパンなどをいただきます。
そして、途中ウツラウツラしますが、珍しく、富士山もしっかり見たりして、

ただし、新横浜を出た後に急停車。

??

と思ったら、地震のせいで、緊急停車だそうです。

このタイミングで????

と、あせりましたが、結局20分遅れで品川着。
この日に乗る予定の20時15分発 AirDo37便には間に合いました。
よかったよかった


そんな「この世界の片隅に」聖地&聖域巡礼でした。


では、また(´・ω・)ノシ