高校野球北北海道大会、旭川支部予選が終わりました。
北大会へ駒をすすめたのは、
旭川実業・旭川龍谷・旭川工業の三校、
地元の、富良野高校は、決勝で工業に
負けてしまいました。
残念。
富良野球児の諸君、ご苦労さまでした。
ただ全国的に見ると
いよいよあちこちで、都道府県予選が
始まりまして、
高校野球のシーズンへ
突入をしていくのです。
さて、プロ野球ですが
交流戦が終わり
セ・パ両リーグのレギュラーシーズンが再開しました。
なかでも、埼玉西武ライオンズの初戦は
埼玉県高校野球の聖地
県営大宮球場で行われましたし
二戦目・三戦目は
西武ドームで開催される
ライオンズクラシックシリーズです。
このゲームをプロ野球のニュースなどでその映像を見て頭に浮かんだのが
「ぼくの西鉄ライオンズ」
というマンガです。
これは、「博多っ子純情」で知られています
長谷川法世さんのマンガのタイトルでありますが
そんなタイトルを久々に思い出したのが
今年のライオンズクラシックシリーズで
西鉄のユニフォームを着ることを
記者会見で発表した時に
片岡選手と中島選手が実際に着たのを見た時
からなのです。
僕自身、虎以外のユニフォームで一番トキメクのが
西鉄のユニフォームなのです。
球界のご意見番、豊田泰光さんが、
ライオンズは、正式な球団史に前身球団の九州時代のことを
いっさい触れていないということについて
ことあるごとに嘆かれていたのですが、
今年になって変わりましたね。
球団名に地名を入れたり、
大宮でも試合をするといったあたりの時は
単に時流にのった、というイメージでしたが
何かが変わったのでしょう。
そんな一環での、西鉄ユニフォームの復活です。
最初は、このイベントでもスーパーバイザーをおつとめである
豊田泰光さんがこのユニフォームをきて
記者会見に参加されていまして
この時は、
「OB戦みたいだなー、まぁこんなもんかなぁ」
といったのが、正直な感想でしたが
現役選手である、片岡・中島両選手が着るのを見ると
やはり、格好よくて、僕の目には間違いがなかったという
感じてしまいました。
まぁ、ナイキのスゥォッシュがワンポイントみたいに入っているのが
ご愛嬌なのですがね。
かつて、埼玉県民でありながら、昔からの虎好きで、
今はイキオイで公・楽天・広島を応援してるいのですが
レプリカユニフォームとか出たら、買ってしまいそうなイキオいです。
とくに大久保コーチとかのハマりぶりは
尋常ではなかったのですが
似合いすぎていて
それにしても、
この球団名変更・大宮での興行・
西鉄ユニフォームの復活と
現在の快進撃が、リンクするような気がして
なりません。
交流戦終盤で少々イキオイは止まりましたが
十二球団位置の本塁打数を誇る打線は健在。
しかも、和田・カブレラが抜けたのにも
イキオイはこの二人がいるとき以上
他球団からの補強といえば、石井一と岡本ぐらい
(種田とか三浦貴とかもいますけどね)
二人ともピッチャーですし、
ブラゼル・ボカチカといった大砲に
ハズれがなかったのもでかいですが
GG・中島・中村といった、
生え抜きで一発があるバッターが育っていて
相乗効果か、細川あたりにも一発が期待できるように
なっています。
かと思うと、片岡のような往年の西武野球を
彷彿とつさせてくれるような選手も健在です。
スタメンで起用されている選手も
石井義以外は、ほぼ生え抜きというのは
スゴいなと思います。
ちなみに石井義は、
川口市出身で高校は浦和学院ですから
これまた地域密着的選手といえますし
前述の三浦貴選手とは
高校時代の同級生です。
(三浦貴選手は、与野市(現さいたま市)出身ですが…)
育成の効果と、2軍をよく知っている渡辺監督が
ぴったりとマッチングした感じですね。
「かぶりもの」や、「キモティー」といった
キャラつくり路線は正直?ですが
日本プロ野球のあり方に示唆をあたえてくれる
取り組みです。
ってことは、日ハムも
「駒沢の暴れん坊」時代の
東映のユニフォームとかで
ゲームをすれば、
北海道に来た時からだけが日ハムではなく、
北海道以降の日ハムしか知らないファンにも
球団の歴史とかを啓蒙することが出来て
かつ、リスペクトをすることができて
よいのではないでしょうか。
なんてことも、ハマったら
日拓の七色ユニフォームとか
復活させたらいいんじゃネ
ってのは少々ヤリスギですが…
そんなヤジウマ的ながら
楽しいことを夢想してしまうのです。
ヌルく浅い野球ヲタの、
「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー中
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
先週のSPAの連載、
坪内祐三さんと、福田和也さんの対談
これでいいのだ!のなかで
こんな話が出てきました。
(前略)
福田「ただ、……実はね、ワタクシ個人的には殺人とかの「三面記事ネタ」ってほとんど興味がないんだよ。というのは、犯罪って、どんどん減ってるんだよね。去年までの統計で、例えば殺人の認知件数は07年が戦後最低でしょ。昭和30〜40年代の半分くらい。つまり最近の治安状況は、画期的によくなってるんだよ。マスコミも事件が減ってきているから、一つ一つの事件を大きく扱うのかもしれない。むしろ、興味深いのは、そんなに犯罪が減っているのに「治安パトロール」とか「防犯パトロール」とか、と地域や商店街ごとにグルグルと見回りしている人達がすごく増えたでしょ。そういう過剰や意識に興味が向くよ」
(後略)
と、のことですが
そんな実感が持てずに
なんとなく不安感が増幅されて、
福田さんは、地域防犯パトロールのことに言及されていますが
警察とかの警備もすごくコマかくなっていて
監視社会となっている。
ここらへんも気になるところですが
そんな一因が
こんなところにあるのではないでしょうか
こちらは、
岡田斗司夫さんの近著
「オタクはすでに死んでいる」(新潮新書)です。
岡田さんの著作といえば
いろいろと読ませてもらってますが
近年の「フロン」あたりから
最大のベストセラー「いつまでもデブと思うなよ」
といった著作には正直ぴんと来なかったのですが
こちらは結構なるほどと思うところが多かったです。
最初は彼の出した同人誌で
「ロフトプラス1」でのイベント
「オタクイズデッド」を文章化した
「オタクイズデッド」が底本になっているのかなと
思っていたのですが(こちらも、持ってます)
そこにとどまらず
上質の現代批判となっているのが
しっかり読めたうえ、
考えも深まったということで
ピンときたのだと思います。
この本にこのような内容がかかれています。
少々長い引用ですが、おつきあいください。
(前略)
しかし九〇年以降、日本は不景気の時代に突入しました。それも「極貧→貧乏→まだ豊かとは言えない」という昭和型の不景気ではありません。「街にはバブル時代の遺産が残っている=かつて日本は豊かだった→しかしいつまでたっても生活は楽にならない→きっと不景気は半永久的に続くに違いない」という、平成型とも言うべき「不景気をこじらせた」状態です。
このため、子供たちは大人になりたがりません。
大人だって、チャンスがあれば子供に戻りたくって仕方ありません。
だって、現実の生活では「明日は今日より苦しいかもしれない」という兆候しか見えないから。年金は破綻して環境汚染は進み、勝ち組と負け組みはますますはっきりして、日本は超高齢化社会に突入する。
こんなことを毎日聞かされたら、誰だって「大人になりたくない」「早く大人になるのは損」と考えて当然でしょう。
「小学校で『大人社会では当たり前の事件』が起きただけで過剰に拒否する」「若く見られることが何よりの美の基準」
私たちはいつのまにか、このようなバランスの欠いた思考に慣らされてしまっているのです。
岩村暢子著『普通の家族が一番怖い』(新潮社刊)では、「子供にいつまでもサンタの存在を信じさせたい」という親が急増している、という事実が指摘されています。幼稚園や小学校低学年の子供ではありません。同書には、中高生にも必死でサンタの存在を信じ込ませようとする親の異様な姿が描かれています。
(中略)
親が子供に「大人にならなくていい」「大人になると損だ」と教育しているのです。なぜなら自分たちもそう思っているから。
さて、さきほど私は「オタク文化が成立するための二つの要素」を述べました。
「日本の大人は子供っぽいので、オタクになる」
「日本の子供文化は大人っぽいので卒業する必要がない」
今、急激にオタクが増えているのは、オタク・ブームや「萌え」ブームだけのためだけではありません。経済の行き詰まり感が「大人になるのは損」という判断を、全世代・全階層に徹底してしまった。
「大人な判断」「大人の見識」「大人の品格」
これらの事はいちいち新書などで教わるまでもなく、身につけていることこそ「大人」の証拠でしょう。しかし、そういう「大人の属性」を得たとしてもなんの得があるのか?
あえて苦労を引き受け、常に向上を求める大人の姿勢は、短絡的に見るとあきらかに「損」なのです。そして、そういう「短絡的」なスパンでした、ものを考えられない。短絡的な感情=「今の気持ち」だけで判断することを「自分の気持ち至上主義」というわけですね。
そのため、オタクの総人口が急激に増えてしまったのです。
「無理して大人になるよりも、楽して子供っぽく得して生きる」
こりは今の若者の話ではありません。日本の全世代・全階層が無意識に求めている生き方です。
学校ですぐにキレる親や、病院で医師を吊るし上げる患者。
コンビニや喫茶店で怒鳴る客や、病的なクレーマー。
何か問題があると、責任者に土下座させないと気がすまないワイドショー・マスコミ。
これらはすべて私たち自身、または、すぐ隣にいる「平均的日本人」の姿です。
(後略)
オタクを批判しているつもりが、
実はそれが、オタクを大量発生させているのと
根っこが同じだった。
このことに改めて気がつかされて
目からうろこが落ちた思いだったのでした。
と、考えると、福田氏が述べている
監視社会も、なんともホームルーム的という
感じもしてきます。
岡田氏の文章に戻りますが、
オタク論から現在の世相論へと
発展しているのが、本書ですが
こんな文章でしめくくられています。
「大人になる、というのはイヤなことだけじゃないかもよ」
「老後の不安なく健康で長生きグルメで、ってばっかかんが得るのは、はたして『生きてる』って言えるの?」
以上、長々とよんでいただいてありがとうございました。
「老後の不安なく〜」といったことに疑問を呈したのは
中島梓さんも同様なことを言われていて
僕はそちらの本も読んで、
たくさんの示唆をもいただいたのでした。
と、いうことで、今回の諸々の事件だけでなく
現在のなんとなく、イヤな感じを
読み解くヒントになるかもしれませんので
よろしければ、一読をおススメします。
ヤジウマ的よろずウォッチャー「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
「週刊ベースボール」誌でエッセーを連載されていますが、
その中で
「僕が首都大学リーグで優勝したのは22季ぶりで
その時、明治神宮大会に出て」
といったむねのことを書かれていまして
それを見て、改めてビックリしたのです。
そうか、あの日から、それだけの日が
たっているのかと。
僕が大学生のときの86年
わが母校が十五年ぶり二度目の
首都大学リーグの優勝をきめたのです。
71年に優勝したときは
現在帝京高校の野球部監督である
名将・前田監督が4年生のときです。
ただし、前田監督はプレイヤーではなく
コーチャーでしたが、
その翌年、72年に、
後にドラフト1位で阪神に指名されることになる
益山性旭投手が入学します。
益山投手といえば、ドラ一で阪神に入ったものの
後にバッティングピッチャーとなりました。
が、当時の深刻な左腕不足から
85年、バッティングピッチャーから現役に復活したという
紆余曲折の野球人生をおくりました。
ちなみに、85年は
トラキチには、忘れられない
阪神タイガースが優勝をした年でした。
また、阪神タイガース、84年の末に出された
架空優勝実況のときに
胴上げ投手にもなっていませんでしたっけ…。
そんなことでトラキチの脳裏にこびりついている
ピッチャーの一人であります。
また、彼は、大洋から4位指名されたドラフト会議の際に、
司会のパンチョ伊東さんが、益山さんの名前に使われている漢字を
「『性』はセックスの性」と説明されたことで、
会場が爆笑の渦に包まれたことは有名なお話です。
後日パンチョさんは「『性別の性』と言っておけばよかった」
と語り、益山さんに対して謝罪をしたそうです。
また、このエピソードは、阪神1位指名時のものと
語られていますが、それは誤りです。
さて、そんな益山さんを要しても
優勝は出来なかった。
しかも、益山さんの1学年下には
東海大学に遠藤一彦さんがいて、
さらにそのあとには
原・津末・村中・戸田・市川和正といった
甲子園をわかせた球児が入学し
さらに下には、高野光さんがいて
ただでさえ強かった東海大が
ますます台頭をしまして、
東海・日体の二強の後塵をはいすることが多く
僕が大学に入学してからもそんな感じでしたが
ところが、この年は
あれよあれよという感じで優勝
大学の最寄のバス停横にある八百屋にも、
「祝・優勝」と飾られたり
祝賀ムードに盛り上がっていました。
秋の大会ということで、全国は明治神宮大会
僕が小学生のとき、
それこそ、まだ江川さんや植松精一さんが
法政の学生で
松本匡史さんや、早大の応武監督が早稲田の学生だった頃に
父親に何度となく神宮球場につれていってもらって
その応援団のカッコよさとかも含めて
大学野球の雰囲気に漠然とあこがれていた僕としては
大学生になって、神宮で野球の応援にいくというのは
アコガレのシチュエーション
なんてったって、首都リーグは
川崎球場とか日体大健志台球場とかでリーグの試合を
やっていましたからね。
ということで、イキオイコンデでかけていった明治神宮球場。
対戦相手は、東京新大学の覇者、流通経済大
まぁ、試合は結構一方的なスコアでまけてしまったり
少々前に不祥事をおこして応援団が解散をしていたこともあり
流通経済のエールを拍手でしかかえすことができなかったりと
そんなこともありましたが
僕にとっては、楽しい野球観戦の一ページですね。
そんなのから22期ぶりに優勝を経験し
97年の明治神宮大会に出場したのが
ピッチャーが現在楽天の愛敬投手
キャッチャーが前述の里崎捕手といった
強力バッテリーを擁するチームであった
というわけです。
時の流れの速さを感じますね。
さて、大学野球といえば、
先日、全日本大学野球選手権大会がおこなわれ
東洋大学が優勝をしました。
東洋大学の練習場がかつて住んでいた家から近かった
ということもあったので、
たまに練習を見に行ったりしていましたし
当時は誰がだれ、なんてことを意識していなかったのですが
この時に、あそこのグランドで汗を流していたのが
達川さんや松沼兄弟でした。
こちらも優勝したときには、
駅前商店街に横断幕が張られたりしていました。
そんなことを懐かしく思いながら
スポーツ新聞を読んでいると
各年のMVPがのっていました。
MVPは01年から制定されました。
以下の通りです
01年 久保 裕也
02年 木佐貫 洋
03年 脇谷 亮太
04年 福田 聡志
05年 高市 俊
06年 村田 透
07年 斎藤 佑樹
08年 中倉 裕人
初代の久保さんから
4代目の福田さんまでが
全員巨人の選手というところが
なんとも…
示唆的なのですが
ヤジウマ的スポーツウォッチャー「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
市内でルピナスの花が咲いています。
僕自身がルピナスの花を意識したのが
鴻の舞の金鉱跡に行った時
廃墟を覆いつくすように咲き誇る花のイキオイを見て
はじめて花名を知ろうと思ったのがきっかけです。
その後も、
万字でも、夕張でも、十勝三股でも
帰ってこない主の帰りを待つように
咲き誇っています。
本来なら北海道には自生していない
ルピナスですから、
そこに誰かが植えたのです。
廃線跡や産業遺跡を探訪していると
どうしても、かつて栄えた集落に
目がいきます。
そして、そんな集落の一つ
美唄の我路が、ある時新聞にのりました。
我路は、かつての映画館であった建物の
映写室だけが残留思念のように残っていて、
しかも蔦がからまっていて
オブジェのような趣になっていたり
かつて美唄炭山がはなやかなりしころの
写真などが数多く飾れている
三菱の記念館とともに
訪れるたびにさまざまな思いを
もたらしてくれる地域なのです。
何?と思って見ると、
そこに書かれていた単語が
「限界集落」
という言葉でした。
限界集落とは、永野大学の大野晃教授が
提唱した概念で
「冠婚葬祭や森林、道路の維持管理など
住民同士の相互協力によって維持される集落機能が
著しく低下した集落。
「65歳以上の高齢者が半数超」のほか、
小規模集落の場合は「働き盛りの壮年人口が4人未満」
と定義される。
過疎化がさらに進めば最終的に無人化して消滅に至る。
国土交通省の調査では、限界集落は全国に7873。
消滅の恐れがあるのは2641に上る。
集落のとらえ方は、町内会単位を目安としている場合が多い。」
という集落のことなのです。
先日の北海道新聞に、次のような記事がありました。
「限界集落」道内に570 道が初調査 「10年後」は4倍(05/24 07:37)
「道は二十三日、住民の半数以上が六十五歳以上で近い将来に消滅の恐れがある「限界集落」についての実態調査結果を発表した。道内すべての「集落」のうち9%にあたる五百七十カ所が「限界集落」で、住民の半数以上が五十五歳以上の「十年後の限界集落」はその四倍、全体の三分の一を超えていた。道は結果を詳しく分析し、今後の過疎対策に反映させる。
調査は、今年三、四月に道内全市町村を対象に初めて実施した。道内の「集落」は、百七十六市町村に二−二百十九カ所、計六千六百二十九カ所あり、うち「限界集落」は五百七十カ所(百十四市町村)だった。管内の集落数に占める「限界集落」の割合が高かったのは桧山管内(41%)と留萌管内(20%)、宗谷管内(16%)で、日本海側で目立っていた。
「十年後の限界集落」は百六十五市町村の二千三百九十六カ所(36%)に上った。調査では、「集落」の定義を「一定の土地に数戸以上の社会的まとまりが形成された、住民生活の基本的な地域単位」とし、どの範囲を一つの集落と見なすかは各市町村の判断に任せた。このため、市町村によって「集落」を町内会単位にしたり小学校区単位にしたりとばらつきがあり、調査結果からは大まかな傾向しかつかめない。ただ、担当の道地域づくり支援局は「過疎対策が北海道の将来にとって重要だということを、あらためて確認できた」としている。
「限界集落」の全国的な状況については、国土交通省が昨年八月に調査結果を発表。調査対象が過疎地指定された一部市町村に限定されており、今回の道の調査とは単純に比較できないが、「限界集落」の全集落に占める割合は全国で13%、道内は8%とされていた。」
道地域づくり支援局の
「過疎対策が北海道の将来にとって重要だということを、あらためて確認できた」
というコメントも
なんだか、ノンキだな〜と思うのです。
また、こちらは北海道新聞の社説です。
限界集落 この痛み傍観できない(6月3日)
過疎と高齢化で地域が追い込まれている。 六十五歳以上の住民が半数を超す限界集落の実態調査を道が行った結果、全集落の一割弱、五百七十カ所に達していることがわかった。
道の過疎懇話会が秋に知事に提出する報告書の参考データとして集めた。二年前の国の調査より二百カ所も一気に増えた。
衝撃だ。限界集落を抱える市町村は百六十カ所が「消滅する」と予測している。百を超す古里を失う事態を放置できない。
限界集落では若者や子供が減り、医療や福祉、教育など公的サービスも、除排雪や買い物など日々の暮らしにも不便を強いられる。
気がかりなのは五十五歳以上の住民が半数を超す「十年後の限界集落」が二千四百カ所近くもあることだ。限界集落の一歩手前だ。
何の手も打たずに人口流出を許せば、道内の九割、百六十五市町村にまで限界集落が増えかねない。
人々が暮らしているからこそ維持できる景観も、水田や山林などの防災機能までもが、人の手が入らないまま失われかねない。
対策を急ぐ必要がある。
全道的な人口減が背景にある。その要因は産業の衰退、都市への仕事や人の集約など複合的だ。
地域の努力で限界集落に陥るのを食い止めることは難しい。過疎地の振興を図る過疎法が時限立法のため二〇〇九年度末で期限切れとなる。その更新は不可欠だ。
留意すべきは、これまでと同じ内容のまま更新しても過疎を止められないということだ。
四次にわたる過疎法で基盤整備などを重ねたものの、限界集落は増え続けたからだ。
道内四町村を含む全国の過疎自治体が昨年つくった全国水源の里連絡協議会は、水洗や通信など新しい基盤整備に加え、空き家を利用した定住対策、農作業を通じた都市部との交流などを提言している。
地域の声を映す、きめ細かい対策づくりが欠かせない。
限界集落だから何もできないのではない。たとえば住民百二十人の渡島管内福島町・千軒(せんげん)地区は逆境をはね返す取り組みを続けている。
農家の自家用だったそばを「千軒そば」に育て、かつて松前藩主が通った旧街道をたどる「殿様街道探訪ウオーク」もつくりだした。
移住組の新住民が地域の資産を生かすよう提案し、住民が乗った。今では「住民に活気が出て、マチの人との交流も芽生えた」という。
活力を取り戻す自発的な動きを、地域を守る柱として大切にしたい。行政も支援の目配りをすべきだ。」
こちらも「衝撃だ」などとは書かれていますが
一流大学を優秀な成績で卒業されたのに加えて
北海道をくまなく取材されている北海道新聞の記者様が
書かれた文章にしては
今更「衝撃だ!」もないものだろう
と、思ってしまうのですが。
さて、先日、「広報紙 ほっかいどう 2008年5月」が
自宅におくられてきました。
それで、中をペラペラと読んだら、
次のようなことが書いてありました。
平成20年度北海道予算について◇主な重点政策◇
それぞれの地域で、夢と希望をもって暮らすことが
できる「安心と活力のある北海道」づくりに取り組みます。
(中略)
安心と活気に満ちた暮らしづくり
「住み慣れた地域で
いつまでも
安心して暮らしたい!」
地域が元気であるために、医療・福祉・子育てなど
安全・安心に満ちた暮らしをしっかり支え、
地域の主体的な取り組みを支援します。
「取り組みの一例」
(前略)
地域づくり:地域格差の是正や
懸案課題の解決にむけた地域の
主体的取り組み、財政再建など
に取り組む市町村を支援します。
なるほど。
これだけみれば
ケッコウなことなのですが
「市町村を支援します。」
ですからね、
道の主体的な取り組みとしての
過疎対策ではないことが
文面から読み取れるのですが…
最近の新聞には高校の統廃合のことものっています。
たしかに、ランニングコストの面を考えたら
学校の統廃合というのは、効率的かもしれませんが
教育に対する投資という観点で考えると
経済効率ばかり言ってられるわけではないと思います。
また、先日は郵便局がセコムに
なんて記事も目にしました。
当時の政府公約は
郵便局の数を維持する、
といった内容ですが、実際北海道内では
多くの郵便局が経済効率の名の下に
休業に追い込まれています。
鉄道や公共交通がなくなり
学校がなくなり、
郵便局がなくなる。
これが経済効率を第一にしなければならない
現在の状況であるならばねどこをどうすれば良いのでしょうか。
僕自身、檜山管内には観光で訪れた程度なのですが
支庁の再編に揺れております。
支庁再編も、経済効率を優先してという面があります。
また、道立病院の縮小も抱えています。
高校の統廃合もあります。
あとは、北海道新幹線が開業した暁には
地域の足である、江差線が廃線になります。
そのような現状を見ると
弱者の生活を脅かす
経済効率優先主義って
何なのかなと、思ってしまうのです。
知床開拓地も
開拓より観光を選択したという側面がありますし
先日トムラウシに行った時にも
「上富村牛小学校」の廃校あとの石碑がありまして
しげしげと見たのですが
トムラウシ地区の開拓も
昭和二十一年に入植がはじまったむねが
書いてありました。
知床と同様ですね。
まぁ、離農者が増えた理由は
国による強制移住ではなく
十勝岳の噴火などだそうですが。
北海道に来ることによって
無残に鉄路を剥がされたあととか
朽ち果てた集落の姿を見たりとかで
これらの問題をリアルに感じることが出来て
その点では、視野が広がりましたが
この対策について、当然僕も真剣に考えなければ
ならないことなのですが
政府や道ができることって
まだあるのではないのかなと
思っているのです。
たまにはマジメな廃墟ヲタの、「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー中
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。
追 夏のお祭り
三日目 東 ポ06 b
「東行本舗」です。
畏友GMクンと遊ぶ日
朝、GMクンから
「氷室冴子さんって、お亡くなりになったらしいっスよ」
との言葉、
…
ま、
マジっスか。
現在こそはしばらく遠ざかっているものの、
自分の、読書傾向に、いわゆるコバルトシリーズとかまでが
守備範囲に入ったのは
間違いなく、氷室さんのおかげなのです。
自分が、高校生の時
新井素子と北杜夫に傾倒している
まぁ、そんな高校生だったのですが、
部活動の時間、いつものように、
新井素子さんのよさを力説していると
後輩から
「新井素子もいいっスけど、氷室冴子もいいっスよ」
と、いわれまして、
「雑居時代 とか知ってます、よければ、読みます」
とか言われて、読み出したのですが
これにハマったのです。
テンポのいい会話に
キャラ立ちの絶妙さ
もう、直球ストレートでやらられました。
と、いったことで
学校の図書室へ行って
「さよなにアルルカン」「白い少女たち」から
「クララ白書」あたりを一気読み
そして、
気がつくと、どっぷりとハマっていたのでした。
ちなみに、その後輩とは
カワイラシイ紺サージのブレザーがよく似合う
オンナノコ
と、いうわけもなく
学ラン・銀縁メガネで
身長が175ある野郎でありましたが
それにしても、放課後の音楽準備室で
コバルト文庫を貸し借りしている
学ランメガネの2人組みって…
…
アヤしすぎます。
閑話休題。
しかも、高校を卒業した後も
なぎさボーイ・多恵子ガールのシリーズや
海が聞こえるといった一連の話では
やはりキャラのたち具合と
ストーリーの妙に
魅せられていったというわけです。
思えば、「マリみて」にハマっていたのも
氷室冴子さんの洗礼を受けたからかもしれませんし
(あと、「川原泉」さんの「大天使」シリーズの
洗礼ですかね、)
現在、北海道に住んでいるのも、
「雑居時代」とかで描かれている札幌の風景に
漠然とあこがれをもったからなのかもしれませんが…。
まだ、51歳とのことで
その早すぎるご逝去は、残念という簡単な言葉では
あらわすことはできませんが、
ここに追悼の意をこめて
心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
「イトー×ani」がお届けする
FURANO History Factory (F.H.F.フラノヒストリーファクトリー)
コールサインJOZZ1AS-FM 周波数77.1MHz
北海道富良野市とその周辺で聴くことが出来る
コミュニティーFM局「ラジオふらの」の
毎週月曜日午後四時からオンエアー中
番組へリクエスト・メッセージは
〒076-0026 富良野市朝日町5-17 レストランふらの広場内ラジオふらの
E-mail radio@furano.ne.jp FAX 0167-22-2787
リクエストなどは当ブログのコメント欄でも
受け付けています。